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ちっとも偉くない坊さん宝玖のスピリチュアルな話・霊視の現場から

仏教の難しい教えは言えないけれど…日々の霊視体験から真実を語ります。だから「ノンフィクション説法」とでも名付けてみましょうか…。


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今までたくさん霊視鑑定をしてきて、よく聞く言葉が、

「夢にも出てきてくれない」という言葉。

それはなぜなのでしようか?

そういうパターンの場合、

生きている人が、亡くなった方への思慕や後悔の想いが強すぎるということのようです。

それと、日々に充実感を感じていない、

時間が止まったかのように過去にしか意識がないというパターンの時。

そしてそれは、亡くなった人への執着心となって、

亡くなった人を苦しめることになります。

実は、生きている人の切なる願い、

故人の言葉を聞いたり、姿を見たりして

苦しみから解放されたい・楽になりたい・救われたいという思い

これは、生きている人のエゴなのです。

現世という苦しみの世界から

極楽というあの世の世界で安らかになりたいと思っている故人に

寝た子を起こすような行為である無理やりの降霊をすると、

故人を苦しめます。

また、反対に故人がこの世に未練を残すのは、

この世に気になることがある時に、

伝えたい、わかってもらいたいという思念が残り、成仏できなくなる。

故人を思って、

「会いたい、会いたい」と

残された人の嘆き悲しみの思念が強ければ強いほど、

それを分かっているけれど助けてあげれない、

触れているのに感じてもらえない、言葉をかけているのに聞こえていない、

それが故人にとってもどんなに辛いことか・・・。

だから申し訳なくて、夢枕にも立てないでいるようです。

故人に対して、自分の心が楽になるような救いを求めて頼ってはいけない。

このパターンをたくさん霊視してきたので、

アドバイスとしては、

早く故人と会いたいと思うなら、

泣くのはやめて、生きている日々を大切にしてほしい。

前向きになって、頑張っているよという元気な姿を見せてあげてほしい。

そうすることによって、

故人は、

「自分が死んだせいで苦しめているという自省の念」から解放されて、

迷いがなくなり、夢に現れたり、側に寄ってきて、

暖かなオーラを発して守ってくれます。

あなたが故人の持つオーラ、気を感じるアンテナは、

あなた自身が元気にならなければ、感度が冴えわたりません。

互いにクリアになると必ず夢にも出てくるし、

側にいることも何となく感じられる余裕が出てきます。

そして、霊感がなくても、

故人が語りかけていることを感覚でわかってきます。

こうなんだと思い込みに囚われていると、目が曇る(この場合アンテナを曇らせている)

生きている人間関係と同じで、故人との心の交流が出来なくなるのです。

私達は誰でも、大切に思っている、思ってくれている人たちと、

それがたとえ故人でも、ちゃんと意思疎通は出来るのです。

自分を縛っている後悔の念を伝えて救われたい、何が何でも会いたい、

生きがいがなくて、時間が止まっているとかの後ろ向きな生活

これらが実は、故人との交流が出来ないでいる理由。


たとえ、霊能者に故人の言葉を聞かせてもらっても、思い出ばかりの生活をすると、

一時的に救われてもまた、故人に会いたいとなって、

そのたびに、霊能者に頼るのか、いつまでたっても、真の故人との正しい交流が出来なくて、

互いに苦しみを与えあうことの悪循環。

亡くなった人は全ての煩悩を捨てて、仏様という「大慈悲」の気持ちで

生きている人を見守りたいのです。

煩悩を持たせるような事はしてはいけない。

一生懸命、生きがいを持って生きている充実した姿を見せてあげてください。

そして、良いことだけを思い出し、悪いことや後悔の念は忘れて

明るい思い出話を故人に語りかけよう。

そうすれば、自然に気付きがもたらされて

守ってくれているという暖かい気持ちが現実的に感じられて

繋がっていることを信じるという気持ちとともに

生きていく勇気が出てきます。

「一生懸命、幸せになるために生きている人に勇気を与えること。」がお仕事です。

これが仏様となった故人のやるべきお仕事。「無の境地に至り、生きている人を大慈悲で見守る。」だから、魂の故郷で一緒に過ごせるように、「天寿をまっとうする時がくるまで、幸せになるために頑張るから、その時まで向こうで待っていて。」と返事をしてあげてください。

※追記
私の友人とその子供たちは
今では亡くなった父親と夢で何度も
リアルな会話が可能になりました。

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