辛辣な風刺劇 「イヴの総て」を観て | パンクフロイドのブログ

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こうのすシネマ

午前十時の映画祭 より

 

 

製作:アメリカ

監督・脚本:ジョセフ・L・マンキウィッツ

撮影:ミルトン・クラスナー

美術:ライル・ウィーラー ジョージ・W・デイヴィス

音楽:アルフレッド・ニューマン

出演:ベティ・デイヴィス アン・バクスター ジョージ・サンダース セレステ・ホルム

        ゲイリー・メイル ヒュー・マーロウ セルマ・リッター マリリン・モンロー

1951年9月16日公開

 

アメリカ演劇界の最高峰のセイラ・シドンス賞が、新進女優イヴ・ハリントン(アン・バクスター)に与えられようとしていました。しかし、イヴの本当の姿を知る数人だけは、複雑な表情を浮かべながらその様子を冷ややかに見守っていました。

 

田舎から出てきたイヴは、毎夜劇場の楽屋口に立っているところを、劇作家ロイド(ヒュー・マーロウ)の妻カレン(セレステ・ホルム)に声をかけられ、大女優マーゴ・チャニング(ベティ・デイヴィス)に紹介されます。マーゴはイヴが彼女の熱烈なファンであり、哀れな身上話を聞かされると、早速住み込みの秘書として雇います。

 

マーゴは何事もそつなく仕事をこなすイヴを重宝したものの、彼女の利発さに警戒を抱き始めます。更に、イヴがマーゴの恋人であり演出家のビル(ゲイリー・メリル)に対して厚かましい態度をとったため、マーゴの怒りを買う羽目になります。その一方で、イヴはカレンに取り入り、ビルやロイドにマーゴの代役に推薦してもらい、着々と大女優の後釜を狙い始めます。また、批評家のアディスン(ジョージ・サンダース)も、野心的なイヴに興味を示し、彼女の後押しをします。

 

そんな折、カレンは夫やビルに当たり散らすマーゴに対し立腹し、マーゴをこらしめるため、自動車で旅行した際、いたずら心からガソリンを抜いてマーゴの舞台に穴をあけさせてしまいます。マーゴの代役に舞台に立ったイヴは、見事に公演を成功させます。また、アディスンはマーゴの年齢を当てこすりイヴへの賛辞を書きたてました。

 

さすがに、カレンは罪悪感に駆られますが、後の祭り。カレンはイヴたちと食事をしていた際に、イヴに化粧室に呼び出され、彼女がガソリンを抜いた件をちらつかせ、マーゴ用に書かれたロイドの脚本をイヴのために使わせる話を持ちかけられます。ところがカレンが席に戻ると、マーゴからビルとの結婚を打ち明けられ、家庭生活を優先させることを聞かされるのです。思わぬ形で問題が解決したことに、カレンは大笑いしてしまいます。

 

一方、イヴの野心は留まることを知らず、カレンからロイドを奪い、ロイドと結婚することによって、ブロードウェイの征服を夢見ます。しかし、ここで彼女の計画に思わぬ邪魔が入ります。アディスンがイヴの過去を調べ上げ、彼女が語っていた身の上話が真っ赤な嘘だったことや、今までしてきたやり口の数々をネタに、イヴを一生彼から離れられないようにがんじがらめにしてしまいます。こうして各人の回想が終わり、イヴは、受賞式後のパーティーを欠席しアパートに帰ると、部屋の中に見知らぬ少女がいるのを目に留めます。

 

久々の鑑賞でしたが、野心を抱いた女のエグさ、その女に翻弄される周囲の人々の災難を堪能しました。ジョセフ・L・マンキウィッツの映画は、「三人の妻への手紙」「五本の指」「探偵スルース」のような主要作品しか観ていませんが、改めて彼の最高傑作であることを認識させられました。

 

イヴは一見健気で気配りのできる感じの良い女性に思えますが、話が進むにつれて、へりくだった物腰の嫌らしさが鼻につくようになります。彼女の本性に真っ先に気づくのが、マーゴの付き人をしているバーディーで、彼女を演じているのがセルマ・リッターなのも適材適所と言えます。ただし、皮肉屋の彼女の持ち味は、イヴよりもマーゴとのやり取りで本領が発揮されます。

 

皮肉や当てこすりはセルマ・リッターのみならず、ベティ・デイヴィスを始め、ほとんどの登場人物に用いられています。棘のある会話の応酬は、この映画の見どころのひとつでもあります。マーゴは自分に無断でビルの誕生日のお祝いコールをセッティングしたあたりから、イヴを怪しむようになり、何とか厄介払いしようと考え始めます。

 

ただし、人間関係が悪くなりそうになると、別の人間を使って関係を修復したり、状況を好転させたりするのが、イヴの得意とするところであり、その取り入り方も巧いのです。こうなると感情に波があり、思ったことをそのまま口にするマーゴには分が悪く、男どもは簡単にイヴの側についてしまいます。斯く言う私も、第三者の立場から冷静に判断できますが、当事者だったらコロッと騙されそう(笑)。

 

概ね男たちがイヴに対して警戒感が薄い中、唯一、批評家のアディスンだけは、彼女に自分と同じいかがわしい匂いを嗅ぎ、本性を見抜きます。彼は新人女優の売り出しにも協力しているらしく、パーティーに連れ出しては関係者と会わせています。その新人女優の中にマリリン・モンローもいて、狡猾なイヴとは対照的に、ちょっとおバカな女を演じています。でも、華やかさでは、地味なアン・バクスターを圧倒していましたね。

 

マーゴは恋人のビルとは年の差が8歳もあるのを負い目に感じ、そのことが様々な誤解を生み、ビルが彼女から離れそうな原因を作っています。また彼女自身、舞台で自分より遥かに若い役を演じることに忸怩たる思いがあり、劇作家のロイドと衝突する遠因にもなっています。マーゴはビル、ロイド、カレンと良好な関係を築いていながら、親しい間柄がいつ崩壊してもおかしくない危機的状況にあります。

 

彼女が家庭に入ることによって、4人の関係は保たれるものの、すべて丸く収まるとは思えません。マーゴはビルと結婚をしますが、女優である彼女にとって必ずしも満足の得られる結末ではないし、カレンは今まで通り華やかな雰囲気を纏った生活を送れますが、いつまたイヴのような女が現れて、夫を奪おうとするかもしれません。イヴにしても華やかな名声を得たものの、アディスンに急所を掴まれ、関係を続けて行かねばなりません。そして、アディスンも周囲に敵視されながら、何食わぬ顔でポーズをとって生きていくほかなく、これはこれで辛いと言えます。

 

本作は風刺の込められた人間喜劇の面があり、マンキウィッツは演劇界における弊害をチラチラ指摘しつつ、返す刀で映画界をもヤリ玉に挙げています。登場人物からは辛辣なセリフが飛び交い、親しい間柄の人物同士でもグサリと突き刺さるほど舌鋒は鋭いです。会話の中味は、くすぐりに留まらず物事の本質を突いている分、残酷さもあります。ただし、個々の人物を冷徹に捉えながらも、成熟した手法で演出されているため、思いの外口当たり良く感じられます。とりあえず、イヴのように本心を隠したまま、巧妙に立ち廻る女には注意しなくては(笑)。