腐ってやがる・・・ぷログ

オタク系海洋生物ぷログです。

ぷっとしたログだからぷログ。

時々、というか度々ネタが生えてきます。
最近はふなっしー依存気味。


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何故、ウルトラマンは地球人の為に戦うのか。

どうも、この話は国防とかが三度の飯より大好きな人に好んでウルトラマンを米軍の核の傘にようなものに例えられたりして、手垢がついているものの、そういった答えは的外れなものだと思っている


また、「ウルトラマン」が沖縄出身の金城哲夫の作品である事は、知る人ぞ知る事実である。
当時の沖縄は米国に占領されており、本当に異国であっただが、それとは別に元々本土と異なる琉球人としての在り方という民族的な側面も有った。
円谷プロで文芸を担当していた金城は当時の沖縄と日本本土の狭間で生きているのであるが、そんな自らの姿は宇宙人と地球人の狭間で生きるウルトラマン=ハヤタの姿であったのである。
現在ではその点自体は多くの論者に語られるが、それならば「ウルトラマンが戦う理由」は意外なほどに明快である。

つまり、ウルトラマンは地球人で居たかったのである。
地球人に肩入れしていた、というよりは地球人として生きる事を望んでいたのである。

そうなれば、災害も侵略も他人事ではない、自分自身の問題として処理していたに過ぎない。最終話で迎えに来たゾフィに地球は地球人自身が守らなければいけないと諭されたのも、結局のところ「お前は地球人ではないのだ」と指摘され、止む無く故郷へ帰ったのである。


ちなみに、金城が怪獣ブームの末期に企画実現で苦労していたという話は第九回で語っているが、ヒットを出せなくなった彼は円谷プロを辞め、沖縄へ帰り、その後若くして命を落とした。
まるで、ゼットンと戦ってボロボロになり故郷へ帰還したウルトラマン当人の様である。
だが、それだけ身を削った作品だからこそ、現在においても輝いているのではないか。


人がそこにあるかぎり、苦悩がある。
アニメや特撮などのドラマといったテレビまんがは確かに虚構であるが、生み出した当人の苦悩は真実である。

そういう風に見ていけば、泡沫のような作品群も浮かばれるのではないだろうか。

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実は先週の日曜に出そうと思ってて、色々あってだし損ねました、長い間お付き合いいただきありがとうございました。

この連載の間に大震災という日本の歴史上においても稀な大災害も起きましたが、無事に締めくくる事が出来ました。


猫玉の次の連載に・・・そんなのあるの?って・・・どうだろうねえ。

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さて、一段落というか現在まで何とか辿り着いたところで、結局何を書きたかったのかと言われると何だが、私自身は環境問題などが趣味のレベルで好きなのであるが、そう別にそこに使命とかは感じていないのである。

ただし、動物保護はどうすればいいのか、意外なほど把握していない人が多いのではないだろうか。
多分、何処かに隔離して繁殖といった見解になるのかもしれないが、それでは動物園と変わらない。


実際には生息環境を整えつつ、乱獲などでの無駄死にを減らすぐらいのものである。
捕鯨問題を語ると鯨を保護すれば増えるのが当たり前、とか簡単に言う御仁は多いが、その内情を理解している訳ではないだろう。
たとえば、環境収容量がある、動物を維持するリソースと言いかえればいいか、リソースを超えて増える事は有り得ない。鯨を保護すれば無限に増えると思い込んでいるのであれば、リソースの問題を全く考えていない事が明白である。

動物を維持するリソースは環境であり、結局ある特定の動物を保護するには、その環境やその動物と関わる動物も保護しないといけない、そう考えれば環境保護団体グリーンピースの主張する南極海を最終的にサンクチュアリにすると言うのは合理的なのであろう。
ただ、そこまでやると流石に将来の資源問題に禍根を残す気がするが、それはここで語る事ではない。

つまり、テレビまんが・・・、アニメや特撮等のドラマも結局は単体で成り立つものではなく、それを成り立たせるリソースや状況が有って始めて存在し得るものとして時系列で検証とまでは言わないが、実際問題として個々がバラバラに語られてきた事で関連があるのに見落としてきた部分を拾い上げていくといった作業をやりたかったのである
こういう見方は、人によっては愛がないと言われそうだが、逆に具体的な像を結んだ部分も有るのではないかと思う。


もっともここまで言っておいてなんだが、この歴史は恐らく江戸時代まで溯る事も可能である。
大まかに見えているのは、テレビまんがの元が児童向けの時代劇のドラマや映画までは溯っているが、戦前から漫画文化は存在したし、児童映画も存在した。
さらにはそれらの大元は江戸時代の黄表紙といった読み物に辿り着くのであろう。

ちなみに、「ゲゲゲの鬼太郎」などの水木しげる作品の妖怪は伝承のものや水木の創作物の他に江戸時代の黄表紙発祥のものも存在する。
まあ、そこまで行くと手に余るので、まあいつか書ける日が来るといいかな、とか思っている。


最後にこのジャンルではそろそろ古典の域に達する1966年の「ウルトラマン」について触れたい。
何故宇宙人であるウルトラマンが地球人の為に戦うのか?。


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「プリキュアシリーズ」を含むニチアサタイムはドラマとしては「大人の鑑賞」に堪えても、ジェンダーの扱いはどこまでも「児童向け」なのではないか。
子供のものを大人が見るのがいびつなのか、大人が見るに耐えるものの基準が子供向けなのがいびつなのか?。
問題は、ジェンダーの扱いが児童向けである理由は恐らく玩具を売る都合なのではないか、という事である。
実際、志や規範ではなく、商売の正義の方が抗い難い。
なぜなら、何処かで利益を出さなければ、続いていかないからだ。

女子アニメは逆にソフトを売る事で利益を上げている深夜枠に根づいているのも、皮肉と言える。ゴールデンタイムにアニメや特撮などのテレビまんがを放映する時代も遠く過ぎ去り、朝に玩具屋主導のアニメを放送するのが当たり前になってしまった。
これは、視聴率が既に取れないということで、アニメの商品価値が著しく下がってしまった現状にも一因がある。

しかし、価値が落ちたからといって、そそくさと撤退するのも如何なものだろうか。
まあ、視聴率がすべてであると言われてしまえばそれまでなのだが、既に取り上げた「機動戦士ガンダム」、「宇宙戦艦ヤマト」、「ルパン3世」の三作品はアニメブームの立役者であるが、同時に本放映では視聴率が取れずに打ち切られているのである。


そういった作品は深夜に追いやり、メジャーなカルチャーとしては衰退するのか、この状況も新しい作品がヒットしてが好転させるのか…、いやいや「新世紀エヴァンゲリオン」は大成功したが、エヴァンゲリオンはソフト化で作品の利益を補う作品の代表作になっているのだから、この状況にはそもそも寄与しない。

ただ、気になるのは、最近特にCMで昔のアニメの主題歌が引用される事である。
実物大ガンダムもそうだが、これもまた悪条件を跳ね除けて成功したアニメーションの知名度を金で買って後から利用しているに過ぎない。
しかし、「みんなが知っているアニメ」が衰退しているのであれば、こういった知名度そのものが石油や石炭のような有限の資源となっているのではないか。
消費するだけ消費して、製作サイドやクリエイターに何一つ寄与しない以上、いつかこの資源も枯渇するだろう


参考資料
『創 2011年4・5月号』創出版『深化するTVアニメ 新たなスキームの模索』渡邉一樹


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