2005年06月29日(水)

デジタルオーディオ当たる

テーマ:News

ネットの懸賞でデジタルオーディオプレーヤー(Panasonic SV-MP720V)が当たりました。メモリ512MBで実売16000円くらい。同タイプのiPodシャッフルより高いのは、FMチューナーとか録音機能とかが付いてるからでしょうか。しかし、このカタチ(半分のところでポキっとふたつに折りたい衝動に駆られる)といい、色といい、いかにもパナソニックって感じですね。やはりデザインではアップルにはかないません。

いままで愛用していたのは、MP3(とCD-RW)が再生可能なポータブルCDプレーヤーで、好きなサイケ曲とかをMP3に変換してCD-RW(700MB)に焼いたものを移動中とかに聴いてました。というわけで、MP3ライフ自体に基本的な変化はないのですが、やはり小さくてポケットに入るというのは大きな威力です。それと、CDプレーヤーの液晶リモコンはトラック番号だけで曲名までは表示されなかったのですが、これはアルバム(フォルダ)名と曲名まで表示されるのがありがたいです。聴いてて「ん、これ、なんていう曲だっけ?」っていうことが多かったもんで・・・。

(PCのハードディスクには、これまでMP3化した音楽ファイルがギンギンに詰まってるので、)デジタルオーディオのフォルダにホイホイとドラッグ&ドロップするだけでOK(CD-RWに焼くという手間が省ける)のもいいところ。ただ、付属のストラップは×。レインボーカラーにギラギラと凶悪に光るので目立ってしょうがない。これはちょっと提げられません。ま、ほとんどポケットに入れて使うからいいんですが・・・。


「ツイてやんな」とお思いかもしれませんが、実はわたくし、ネット詐欺にも遭っております。オークションで16000円くらいで落札したプリンタ複合機が詐欺だったんですね。だから今回の懸賞とでちょうど差し引きゼロ。世の中うまく出来てるもんです。

でも、まさか自分が詐欺被害に遭うとは思ってもいませんでした。あとから思い返すと、ちょっとした注意をしていれば被害を防ぐことができたんですが、それはあくまであとから思えばのこと。とても巧妙で、まったくといっていいほど普通のオークションと変わりありませんでした。ヤ○ーオークションだったのですが、商品写真も自宅で撮ったような写真がちゃんとあり、20くらいあった評価もすべて「非常に良い」でした(ほとんどは購入評価でしたが、いくつかは販売評価もありました)。落札後のメールには住所・氏名・電話番号が明記されていました(もちろん架空ですが)。いつものオークションと違ったのは、お金を振込んだ後にまったく連絡が取れなくなったことくらいです。

ショックだったのは、振込口座がオークションのトラブル口座リストにしっかり載っていたことです。これに載っていると被害にあったお金は補償してもらえません。振込む前にトラブル口座を確認しなかったのが最大の落度ですが、金額設定がまた巧妙で、2万円以上だったらもう少し注意していたと思うんですが・・・。それにしても、素朴な疑問ですが、なぜ被害が報告されている口座を、銀行は一時的に凍結できないのでしょうか???
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2005年06月24日(金)

第27回 Charlatans

テーマ:無人島サイケ

もちろん、同名の英国のバンドではありません。こちらはサンフランシスコの元祖シャーラタンズです。シスコ勢といっても、その活動の始まりは1964年にさかのぼり、まだサイケデリックという言葉も知られず、シスコサウンドやその拠点となるMatrix, Avalon, Fillmoreといったハコが生まれる前のことでした。

彼らが最初に名をなしたのはシスコではなく、お隣のネバダ州のバージニア・シティという町です。かつて銀鉱で栄えたこの町も、閉山後は最盛期の人口三万人からわずか五百人足らず(当時)へと激減し、ほとんどゴーストタウンのようになっていました。ところが、逆にその有様が西部開拓時代の面影を残す観光スポットとして注目されるようになり、それに目をつけた西海岸からの出向者が古い店舗(ホテル?)を買い取り、リフォームして、レッド・ドッグ・サルーンという西部開拓時代の酒場(サルーン)風のバーに仕立て上げました。シャーラタンズはその店のハウスバンドとして雇われたのです(*1)。

彼らはシスコでくすぶっていた頃から服装をワイルド・ウェスト・カウボーイとミシシッピ・ギャンブラー・スタイルのコンビネーションでキメていて(ピアニストのマイク・ファーガソンはシスコでアンティーク・ショップを開いていた)、自分たちを売り出すのにバージニア・シティが恰好の場所と考えたのでした。(このファッションははのちにシスコに帰ってからも変わらず、彼らのトレードマークとなりました。)


シャーラタンズがレッド・ドッグ・サルーンでデビューした日、1965年6月21日は、記念すべきサイケデリック文化誕生の日とされています。(これが定説かどうかは保証できませんが。)

彼らはデビューにあたって、メンバー自身で描いた宣伝ポスターを制作しました。これはのちに"The Seed"(*2)と呼ばれ、後続のフィルモア・ポスターなどのサイケデリック(ロック)ポスターの第一号となりました。(これは定説です。) また、彼らはいち早くステージでLSDを用い、サイケなライトショーを取り入れました。店のオーナーは当時22歳の息子に経営を任せていて、彼は利益を度外視して、バンドと共に夜な夜なサイケデリックな狂宴をくりひろげたのです。その噂はたちまち広まり、西海岸のみならず全米各地からヒッピーたちが彼らの「ハプニング」を観に集まって来ました。

数か月後、オーナーに店の経営の実情を知られたことと、バンドがドラッグ所持で町を追われてシスコに戻ったことで、サイケ発祥の地の栄誉はサンフランシスコに譲ることになりますが、その後シスコのサイケデリックシーンで起こったこと、ドラッグとアートと音楽が一体となったイベントの原型はシャーラタンズがレッド・ドッグ・サルーンで始めたことだったのです。

さて、肝心の音楽ですが、不幸なことに、その潜在能力に反してレコード制作の面では恵まれませんでした。最初に契約したカーマスートラ(Lovin' Spoonfulらのいたレーベル)は、シングル曲"Codine"(*3)がドラッグのことを歌っているという理由で発売を拒否し、バンドとの契約すら解消してしまったのです。そのため、発表予定だったアルバムはお蔵入りとなってしまいました。

ようやく1969年にアルバムを発表したときには、主要なメンバーはバンドを去ってしまった後でした。この唯一の正式アルバム、その名残りはとどめているものの、彼らの本来の魅力を完全に伝えているとは言えないので、むしろ1996年に発売された"The Amazing Charlatans"というコンピレーションの方をお勧めします。こちらにはカーマスートラ時代のアルバム収録(予定)曲やシングル、デモなどが収められています。


アーティスト: Charlatans
タイトル: Amazing Charlatans

アルバム作品に恵まれなかったのは、当時のシスコのバンドに共通するスタンスだったアンダーグラウンドな姿勢を貫いたからなのかもしれませんが、同僚のジェファーソン・エアプレインやグレイトフル・デッドのようにレコード契約に恵まれていれば、彼らに伍するビッグネームになっていたかもしれないと残念に思います。

カントリーやジャグバンド、グッドタイムミュージックなどをベースとしたルーツロックを乾いたアシッド感覚に乗せて奏でるスタイルはとてもクールで、いま聴いても新鮮です。のちにバーズやグレイトフル・デッドなど多くのバンドがルーツロック的な方向に進んで行ったことを思うと、その先進性に驚かされます。特に、ものごとや世界に対する独特の距離感の「涼しさ」が私は好きです。

ちなみにメンバーのダン・ヒックス(シャーラタンズへは最初ドラマーとして参加)がソロ転向後、そのスタイルのウェスタン・スウィングとともに、なぜか近年日本でブームとなりましたが、その要素はすでに40年前のシャーラタンズの中に見出すことができます。(独立後の定番の"How Can I Miss You When You Won't Go Away", "I Got Mine", "By Hook or By Crook"などはシャーラタンズ時代の曲。)

なお、昨年(2004年)"San Francisco 1969"というタイトルで、正式アルバムのオリジナルテープからのリマスタ盤が新たに発売されました。


アーティスト: The Charlatans
タイトル: San Francisco 1969


*1
店は当初バーズを雇おうとしたのですが、「ミスター・タンブリンマン」が大ヒットして一躍メジャーになったために叶わなかったという逸話があります。

*2
最初予定していた開催日が延期になったため、The Seedには微妙にデザインが異なる2種類が存在します。下図左がオリジナルバージョンで、日付がJune 1-15, 1965となっており、右の配布版はJune 21となっています。オリジナルのデザインは作画・構成をマイク・ファーガソンが、Charlatansのロゴをリーダーのジョージ・ハンターが担当しました。"Charlatans"の下には"Direct from San Francisco"と書かれています。この文句がヒッピーたちの目をシスコに向けさせたのかもしれません。


*3
オリジナルはバフィ・セントメリーで、QMSをはじめ当時の多くのサイケバンドがカバーしました。私はやはりシャーラタンズのバージョンが圧倒的にカッコイイと思います。(自作のサイケコンピを作るとき、この"Codine"や"Alabama Bound"は外せません。)
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2005年06月20日(月)

火星の人類学者

テーマ:
火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)
オリヴァー サックス
火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)

交通事故によって色覚を失い、世の中のすべてが白黒テレビのようにしか見えなくなった「色盲の画家」。とつぜん飛び跳ねたり、衝動的にあちこちに触れたり、奇妙な言葉を口走ったりせずにはいられない「トゥレット症候群の外科医」。動物の肉体的・生理的な苦痛や恐怖には共感できるが、人との心の交流や社会的なふるまいが理解できない、まるで自分は「火星の人類学者」のようだという自閉症の女性動物行動学者……。

本書は、映画「レナードの朝」(*1)の原作者で脳神経科医である著者が、患者に対する臨床というより人間としての交流を中心に描いたノンフィクションです。その中で、サイケデリック漂流記的に最も興味深かった「最後のヒッピー」というエピソードを紹介しておきます。


デッドヘッズ(グレイトフル・デッドの心酔者)だったグレッグは、ティモシー・リアリーの「LSDでハイになれ、ドロップアウトせよ」のメッセージに従って、60年代後半に大学をドロップアウトする。定番コース?のアシッドヘッド(LSD常用者)から宗教ジャンキーへの道に進んだ彼は、クリシュナ教団の信徒となり、音信不通となってしまった。

1975年に両親がようやく再会できた時には昔の息子の面影はなく、まったく別人のようになっていた。脳腫瘍によって完全に視力が失われ、脳の記憶をつかさどる機能に障害を受けていたのだ。しかし、グレッグの心は仏のように穏やかで、自分の目が見えないということさえ理解していなかった。まるでサトリを開いたかのような様子が、教団内でも一目置かれる存在になっていたのだった。

グレッグは教団から連れ出され、脳腫瘍は手術で無事取り除かれたものの、失われた視力と記憶能力は回復しなかった。大統領は誰かと訊くと「リンドン(ジョンソン)」と答え、「ジミー・・・」とヒントを与えると「ヘンドリクス」と答えるありさま。(当時の大統領はジミー・カーター。) なにか新しいことを経験しても、数分後にはすっかり忘れてしまっているという状態だった。

ところが、大好きだったグレイトフル・デッドの話をすると、人が変わったように生き生きとしはじめる。「・・・なんてったってデッドが最高。ほんと、あんなグループはほかにないね。ジェリー・ガルシア、あのひとは聖者だ、導師(グル)、天才だよ。ミッキー・ハート、ビル・クルーツマンのドラム、すごいよねえ。それにボブ・ウィアーだろ、フィル・レッシュだろ。だけど、ピッグペン、ぼくは彼を愛してるんだ・・・」

「フィルモア・イーストにも聞きに行ったし、セントラルパークでも聞いたな・・・」 その曲目も全部細かく覚えていて、好きな曲を始めから終わりまで歌ってみせた。「セントラルパークで聞いたのは、いつごろ?」と尋ねると、「もうだいぶ前だな。一年以上たつんじゃないか」と答える。だが、当時グレイトフル・デッドがセントラルパークで最後に開いたコンサートは、それより8年前の1969年のことだった。そう、グレッグが生きているのは1960年代。彼は60年代に囚われた男だったのだ。

時は過ぎて1991年の夏、グレイトフル・デッドがマディソン・スクウェア・ガーデンでコンサートを開くと聞いた筆者は、車椅子のグレッグをコンサートに連れて行くことにした。60年代に逆戻りしたかのようなデッドヘッズたちに囲まれ、彼も刺激を受けている様子。
「そうだ、セントラルパークでビーインがあったっけ。最近はとだえているよね──たぶん、一年以上になるんじゃないか、よく覚えてないけど……コンサートや音楽、LSD、マリファナ、なんでもあった……ぼくが初めて行ったのは、フラワー・パワーの日だった……いい時期だったな……60年代にはいろいろなことが始まった──アシッド・ロック、ビーイン、ラヴイン、マリファナ……最近ははやらないけど……アレン・ギンズバーグ──よくヴィレッジに来てた、セントラルパークにも。彼もずいぶん見てないな。最後に見てから一年以上になる……」

バンドがステージにあがると群集は熱狂し、グレッグも興奮に恍惚となっている。
「ピッグペン! ほら、ピッグペンがいるだろう」
「それがね・・・彼はいないんだ。・・・もう、デッドのメンバーじゃないんだよ」
「どうして──クビになったのかい?」
「・・・ちがうんだよ・・・死んだんだ」
「そんな、かわいそうに・・・」
しかし、一分もすると、また、
「ピッグペンだ! ほら、ピッグペンがいるだろう・・・」

「すごかったね」コンサートが終わって会場を出るとき、グレッグが言った。「今日のことは決して忘れないよ。人生で最高の日だった」
できるだけコンサートの気分と思い出が持続するようにと、帰りのドライブのあいだじゅう、筆者はデッドのCDをかけつづけた。一瞬でもデッドの曲が聞こえなくなったら、コンサートの記憶がグレッグの頭から消えてしまいそうで怖かったのだ。グレッグは帰る道すがら熱心に歌っていたし、療養所で別れるときも、まだ興奮にうっとりしていた。

翌朝、グレッグは療養所の食堂でぽつんとひとり壁のほうを向いていた。グレイトフル・デッドをどう思うか、と尋ねると・・・
「すごいグループだよ。ぼくは大好きだな。セントラルパークに聞きに行ったことがある、フィルモア・イーストにも」
「そうだってね。だけど、そのあとはどう? マディソン・スクウェア・ガーデンに聞きに行ったばかりじゃないかい?」
「いや」と彼は答えた。「マディソン・スクウェア・ガーデンには行ったことがないよ」


*1
30年間の昏睡状態から目覚めた患者(ロバート・デ・ニーロ)と、彼を救おうとする医師(ロビン・ウィリアムズ)の葛藤を描く、実話にもとづいたお話。
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2005年06月15日(水)

第26回 The New Tweedy Brothers

テーマ:無人島サイケ

The New Tweedy Brothers
The New Tweedy Brothers
(画像はオリジナル・アナログのもの)

このところ、(1)当時出されたアルバムは1枚のみ。(2)そのオリジナル盤は希少で高価なコレクターズアイテム。(3)近年CD化され内容も名盤としての評価が固まる。・・・というタイトルを紹介していますが、このアルバムThe New Tweedy Bros!(1968)はその中でも最も定番といえるものでしょう。しかし、以前は中身よりもむしろ、変型ジャケット伝説(*1)で有名だったようです。長年のサイケファンで、(このアルバムの存在を知りながらも)近年再発されて初めて聴いたという人は、予想以上の内容に驚いたのではないでしょうか。

曲自体の系統は簡単にいうとフォークロックです。バーズのようなイノセント系というより、ラヴィン・スプーンフル、バファロー・スプリングフィールド、シャーラタンズ、といったバンドに近くて、ルーツミュージックとしてジャグやグッドタイムを取り入れた、洗練されてスタイリッシュな感じがするものです。初期のシングル(CDのボーナストラック)にはラヴィン・スプーンフルの影響が、アルバム本編には当時バンドの活動の場であったシスコ(出身はオレゴン)で最先端の音だったシャーラタンズ(後日掲載予定)の影響が強くうかがえます。

さて、そこまでは特に珍しいものではありません。問題はその表現というか、音そのものにあります。まったくコマーシャルな匂いがしない純粋さ。録音しているということさえ忘れているかのようなピュアさ。ボーカルの声が裏返えろうが、楽器が音を外そうが、リズムがバラけようがおかまいなし。キラキラとした輝きと可能性に満ちた素材が、ほとんど料理されずにそのまま盛られている。それがすこぶる美味い。

おそらく、もっとリハーサルを重ねて、アレンジを磨いて、しっかりとプロデュースすれば、メジャーなビッグタイトルにも伍するような作品に仕上がっていたかもしれません。しかし、それがこれと同じような感動を呼ぶかどうかは疑問です。曲自体の上質な感じ・豊かな感じと、その表現のイノセントさ・ピュアさの対照の妙が、本作の最大の魅力だと思います。

なお、ジャケットのクレジットがThe New Tweedy Bros!という表記になっているため、バンド名もそのように記載されていることがあります。


*1
オリジナルのジャケットは、アルミ箔張りの六角形で、通常のレコード屋の棚には収まらないような大きさのものでした。当初、プレスされる1000枚のアルバムに合わせて1000枚分のカバー用のシートが発注されましたが、印刷屋から受け取ったのは500枚のみでした。(変型ジャケットはバンドのメンバーが手作業で折畳み・糊付けしたそうです。) 初回分のアルバムを配布した後、その利益で(オーダーに合わせて)印刷屋に追加注文しようとしたのですが、次にカバーシートを受け取りに行った時には、すでに印刷屋は店じまいしていたのでした。ということで、アナログは、変型ジャケットのもの、ジャケットつきだが変型ではないもの、ジャケットなしのもの、と数通りが出回っているようです。ジャケットつきは全部で百枚も現存していないようで、変型ジャケットのものは、その作り上、ほとんどがダメージを受けていて、初期状態のものを入手するのは不可能に近いそうです。ちなみに先頭の画像は、レココレのサイケ特集号に載っていた変型ジャケのシールド(未開封)美品というお宝。価格は・・・天文学的な数字だそうな。
2005年06月12日(日)

第25回 Music Emporium

テーマ:無人島サイケ

アーティスト: The Music Emporium
タイトル: The Music Emporium

前回のC.A. Quintet同様、こちらも唯一のアルバム(1969)のオリジナルが高値を呼んだタイトルです(*1)。一般のロック史で語られることはほとんどありませんが、いずれも60sサイケを代表する名盤として、その評価が定まりつつあります。

バンドの特色は、まずドラマーが女性であること。女性ドラマーを擁するグループは当時もモジョ・メンやベルベット・アンダーグラウンドなどがありますが、こちらはベースも女性で、(ギターとオルガンの)男二人+女二人という珍しい編成です。

音のほうは、当時のサイケデリックシーンのオムニバスという風情で、男女混声のフラワーなボーカル、チープなオルガン、歪んだギター、ヘンテコな東洋趣味、・・・という王道を行くもの。C.A. Quintetがかなり濃いファン向けという感じなのに対して、本作は60sサイケ入門としてもお勧めできる内容です。しかし、一曲目の"Nam Myo Renge Kyo"の「ナンミョーホーレンゲーキョー♪」の美しすぎるコーラスで、コアなファンも昇天確実でしょう。

惜しむらくは(それが特色のひとつでもありますが)、ギターの音が当時の英国ヘヴィブルース系で、これがもっとバリバリにファジーだったら・・・。でも、オルガンの強烈さがそれをじゅうぶんに補ってくれています。

アルバム作品的にも、バラエティに富んだ曲想(*2)が少々バラバラで未熟な感じがすることや、本編が短くてやや物足りなく感じることなど、決して傑作とは言えないかもしれません。しかし、そのへんがジェファーソン・エアプレインなどの第一級のバンドでは味わえない、「いかにも」なB級サイケ感を醸し出していて、逆に美味しかったりします。


*1
プレスされたのは300枚のみで、コレクターの間で$3000以上で取引されたとか。

*2
基本はダウナー(鎮め・沈み)系で、日本人の琴線に触れるコテコテなメロディなんかも嬉しい。
2005年06月10日(金)

フェスティバル・エクスプレス [日本版DVD]

テーマ:News

タイトル: フェスティバル・エクスプレス

以前こちらに書いたロック映画「フェスティバル・エクスプレス」の日本版DVDが7月29日に発売されます。本編に加え約50分のアウトテイク映像などの特典付き2枚組。現在Amazonで予約受付中です。

実は劇場公開は観に行けなかったので、日本版の発売を待ってました。実売価格も海外版とあまり変わらないので、待ってて正解でした。

販売元の詳細情報はこちら
2005年06月09日(木)

第24回 C.A. Quintet

テーマ:無人島サイケ

アーティスト: C.A. QUINTET
タイトル: Trip Thru Hell

60sサイケ史上最強の「不気味ちゃん」ことC.A. Quintetです。前回のLoveもかなり変態入ってましたが、このバンドの変態さにはかないません。このTrip Thru Hellは1969年の唯一のアルバムですが、オリジナルのLPは激レアアイテムで、千ドル以上で取引されていたそうです。

本作の最大の個性は、激チープオルガンと激チープトランペットのからみで、まるで「Gメン '75」か、はたまた「続・荒野の用心棒」かという趣きは、当時の百花繚乱のサイケサウンドの中でも、ひときわ強烈な異彩を放つものです。

天然なのかと思いきや、それ以前の67~68年のシングル(CDのボーナストラック)を聴くと、これが同じバンドなのかと耳を疑うほどの違いようで、アルバムのイメージとは真逆なバブルガムポップ風の曲から、黒っぽいR&Bのカバー、正統的シスコサイケ風ナンバーまで千差万別。いったいどういう心境の変化から、こんな風情のアルバムが出来上がったのか不思議です。意図的に作ったのでしょうが、何か悪いものを食ったあとで安物のドラッグでバッドトリップして、欝とパラノイアに取り憑かれたかのようなダウナー感覚は、「天然モノ」としか思えません。

はたして、これを60sサイケのビギナーに勧めていいものかどうか疑問ですが、一度ハマるとひじょうに中毒性が高く、私は二週間くらい聴かないとムズムズしてきます。
2005年06月06日(月)

スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー

テーマ:映画

DVD出ましたね。なんかテレビ宣伝もリキ入ってたようで。(一瞬「カツラのCM?」とか思いましたが・・・。)

この映画のテーマをひとことで言うと、「レトロSFの世界を全編CGで作ってみよう!」というもの。1930年代頃のパルプSF誌に掲載されたお話をそのまま映像化したような作品です。下の画像は1930年代頃の米SF誌の表紙を並べたものですが、この手のレトロフューチャー(昔の人が想像した未来像)な感覚が好きな人は必見です。逆にいうと、こういう絵を見てもまったくトキメかない人は楽しめないかもしれません。


ポイントはオールCGというところ。役者の演技はすべてブルーバック合成だそうです。よく知らないですが、デジタルそのもののCGでアナログなレトロ感覚を出すのはかなり難しいことなのではないでしょうか。そのへんをごまかすため?なのか、画面が全体的に暗いのが難といえば難ですが、それも許容範囲で、当初の製作意図はじゅうぶんに成功してると思います。

お話の方は単純なんですが、当時のパルプ(サイエンス)フィクションの感じを出すためには、あまり高級になってしまっては面白くないわけで、チープな感じを保ちながら、目の肥えた今の観客も楽しませるという難しい仕事をそつなくこなしていると思います。こういった趣味的な映画は、入れ込みすぎてひとりよがりになりがちだったりしますが、本作は適度な遊びとユーモアを入れる余裕もあって、観終わったときのスッキリ感も高いものでした。

遊びといえば、全編に昔のSF映画やヒッチコック映画へのオマージュがちりばめられているのも、もうひとつの見どころです。下の画像は新聞記者のヒロインが謎のロボット軍団の襲撃に遭って側溝にカメラを落としてしまい、手を差し込んで取ろうとする場面です。さて、何という映画の一場面から採られたものでしょうか?(ヒント:元ネタでは側溝に落とすのはカメラではなくてライターです。)



上のシーンも日本の某映画へのオマージュが入ってますが、当時の日本の新聞が細部まで違和感なく模されていて感心させられます。そのへんの遊び心と細部へのこだわりを両立させているところがハンパではなくて好感が持てました。(光線銃なんかも真っ直ぐなレーザーでなくて、丸い輪っかの光線がポワポワと発射されるところが嬉しい。)

さて、キャストですが、ヒーロー&ヒロインにジュード・ロウグウィネス・パルトロウ。ヒーローの元カノにアンジェリーナ・ジョリーと、「絵」になるメンツが揃ってます。ジュードとグウィネスは「リプリー」(*1)でも共演してましたが、ほんと、このふたりのツーショットにはホレボレしてしまいます。ふたりにアンジェリーナがからむ画面を見てるだけでも楽しいです。



*1
余談ですが、この「リプリー」、せっかくのジュード&グウィネスなのに、なぜ主役のリプリー(マット・デイモン)をわざわざあんなイケてないキャラにしたのでしょうか? 原作がああいうキャラなのだと思ってる人もいるようですが、まだ「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンのイメージの方が近いのでは?



タイトル: スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー プレミアム・エディション
2005年06月03日(金)

第23回 Love

テーマ:無人島サイケ

このLoveというのはマイ・フェイバリットなバンドのひとつなんですが、そのツボというかハマりどころが、そんじょそこらのサイケとはかなり違ってるし、どこがどういいのかを言葉で説明するのがひじょうに難しいので、なかなか単純には人に勧めにくいという、レビュアー泣かせのバンドであります。

最もわかりやすい個性は、バンドの顔であるアーサー・リー(ギター、ボーカル、作詞作曲)が黒人だということでしょうか。しかし、その音に黒っぽさはほとんど感じられません。「フォークロック界のジミ・ヘンドリクス」と呼ばれたそうですが、なるほど、容姿なども含めて「黒人ロッカー」としてのジミヘンのイメージに近いものがあるかもしれません。(実際、ふたりには親交があり、メジャーデビュー前の65年ごろからレコーディングセッションをしていたようです。)

アーサー・リーは南部のメンフィス出身ですが、少年時代にLAに出てから、ハスラーなどをしながらバンド活動をしていました。(自身で「黒人最初のヒッピーだ」と豪語していたとか・・・。) 彼に決定的な影響を与えたのが、この地で見たバーズのステージで、元バーズのローディのブライアン・マクリーンらと結成したLoveのデビューアルバム(1966年)は、バーズの影響が色濃い前サイケ的フォークロック作品となっています。

このデビュー作、レココレのサイケデリック特集号などでも紹介されていますが、ファンとしては、最初にこれを聴いてほしくないなという気持ちもあります。まだ(特に作詞作曲やアレンジの面で)「Loveらしさ」がほとんど芽生えてないし、「できそこないのバーズみたい」といわれても、あながち否定できないからです。それでも、パンク・フォークロックとでも呼びたいくらいのナマなバイブレーションとエネルギーを秘めていて、後続の作品を聴いた後で振り返ると、その混沌として分裂気味な作品世界は、やはりLove的な特異さなんだなということがわかります。

問題はその次の2枚です。どちらもデビューの翌年(1967年)の発表ですが、わずかの間に目覚しい進化を遂げています。それは曲作りの面に顕著で、Loveならではの特異で目くるめくような楽曲世界が展開されています。その特徴を言葉で説明するのは難しいのですが、思いついた言葉を並べてみると、「ルーツ不詳」「分裂症的」「自家撞着」「乱視的」「ねじれ」「美しい景色に見とれていると、いきなり崖から突き落とされた」・・・などなど。「シュール」という言葉で説明されていることがありますが、私は「シュール」というイメージとはちょっと違うなと感じます。(むしろ「ヘンテコリン」の方が近いかもしれません。)

ルーツ不詳な感じはジミヘンの楽曲群とも相通ずるところがあって、分裂症的・自己撞着的な部分も含めて、自身が黒人であるということの内面的葛藤が色濃く反映されているのではないかという感じがします。アシッドソング風の曲にしても、内的なドラッグ体験そのものと、それを外から客観的に眺めているようなクールな視点とがごちゃ混ぜになってるような印象があります。サイケ的な文脈で言うと、単純に曲自体で擬似トリップ体験させるようなありがちなものではなく、奇妙なコード進行やフレーズやリズムでアシッドトリップのようなイメージを外側から再構築して、しかもそこに内的で混沌とした詞や感情が乗っかるという独特の表現に惹かれます(*1)。セカンドの"Da Capo"では、LPのB面がシスコサイケ的なフォーマットの約19分のサイケチューンで占められているのですが、これがLoveらしくなくてあまり面白くないというのも偶然ではないように思います。


アーティスト: Love
タイトル: Da Capo

ということで、「ダ・カーポ」は前半と後半(A面とB面)で楽曲の魅力に格段の差があって、アルバム作品としては最高とはいえないのですが、その次の"Forever Changes"はロック史上に燦然と輝く60年代を代表する大傑作アルバムだと思います。私自身、数千枚の所有CDのなかで、おそらく最も多く聴いたタイトルではないかと思います。しかし、何度聴いても新鮮で飽きることがありません。前述したような曲そのものの魅力に加え、60sサイケごころをくすぐる絶妙のストリング&ホーンアレンジなんかも素晴らしいの一言です。60s好きなら、死ぬまでに是非とも一度は聴いてほしい一枚です。


アーティスト: Love
タイトル: Forever Changes [2001 Deluxe Edition]

このあと、Elektra時代にもう一枚"Four Sail"(1969)というアルバムを出していますが、オリジナルメンバーはアーサー・リーのみになってます。強力な前作に比べるとLove的な魅力は薄まっていますが、単純に当時のロックアルバムとしてみれば良質な佳作だと思います。その後も再結成を含めLove名義で何枚かアルバムが出てますが、聴かなくても特に損はありません。

ただ、1972年のArthur Lee名義のソロアルバム"Vindicator"は、もろにジミヘンへのリスペクトをあらわにした、ハイテンションでかっこいいB級ハードロックアルバムになっています。(Love的な要素は皆無に近いですが・・・。) それと、2003年(*2)には"Forever Changes Concert"というCD(&DVD)が出てまして、これは同年にロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールのステージで(ストリングやホーンを交えて)演奏された"Forever Changes"の曲を、曲順もオリジナルと同じに再録したものなのですが、内容は予想した以上に良かったです。もちろん、先にオリジナルを聴いてからのお話ですが・・・。

ところで、Love独特のマジカルな曲の魅力(*3)ですが、実はデビュー作でいちばんLoveっぽい印象なのは、バート・バカラックのカバーの"My Little Red Book"や、ブライアン・マクリーン作の"Softly to Me"だったりします。マクリーンは、Loveを象徴するような名曲"Alone Again Or"や"Orange Skies"なども書いているし、彼の脱退後のアーサー・リーの曲は次第にLoveな感じがしなくなるので、ひょっとしたらLoveの個性の原点はアーサー・リーではなくブライアン・マクリーンの影響ではないのか?という一大疑惑が私の中で湧き上がったことがありました。しかし、マクリーンのソロ(Love時代のデモなどを収録)を聴くと、Loveというよりティム・バックレーみたいな感じなので、やはりアーサー・リーの個性・影響力(アレンジ能力)によるものだろうな、というのが結論です。


*1
このように書くと、なにか超絶的な技巧があって、文学的な感動みたいな深いものを感じさせるように思われるかもしれませんが、決してそうではなくて、あくまでも「天然」で、どちらかというと安っぽい感じもします、でもそれがいいんです。「天然パーマ」ならぬ「天然サイケ」という感じでしょうか。

*2
アーサー・リーは1995年に前のガールフレンドのアパートに押し入って放火したカドで逮捕され、保釈されたものの、その翌年に隣人とのトラブルの際に銃を発砲し、拳銃の不法所持で再び逮捕。過去にドラッグで捕まったことがあったので、カリフォルニアの三振法(三回犯罪を犯すと重い刑罰になる)にひっかかり、禁固8~12年という刑となりました。出所したのは2001年末のことです。

*3
後年のネオアコなどのアーティストに多大な影響を与えました。彼らの曲をカバーしているのも、メジャーどころだけでも、ムーヴ、ラモーンズ、ザ・ダムド、UFO、アリス・クーパー、ラッシュ・・・と多種多様です。ジム・モリスンやロバート・プラントも心酔していたそうです。

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