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2007年01月23日(火)

『50歳プラス』 を生きる 地ビール工房 店主 馬場 勇さん(61歳)

テーマ:起業
きめ細かい泡に、黄金色に輝くビール。グラスを口に運ぶと、さわやかな苦みがのどを潤す。常連客が「うまいね」と飲みほすと、地ビールの「麦雑穀工房マイクロブルワリー」(埼玉県小川町)店主の馬場勇さんは満面の笑みを浮かべた。

 二年前、工房を開くまでは大東文化大学の助教授だった。専門は電子工学と情報科学。同大の東松山キャンパス(同県東松山市)でコンピューターと向き合う電子工学の世界は魅力的ではあったが、無機質な世界に浸るうち、自分で何かを「つくる」という感覚が失われる気がしていた。

 十三年前の一九九三年、小高い丘陵が連なる里山が気に入り、「のんびりと畑仕事がしたい」と小川町に移り住んだ。大学で週三回講義する傍ら、廃業した農家から借りた畑で麦やキビ、アワなどの雑穀を栽培した。

 「一粒一粒が宝石のよう」というほど大事に育てた穀物を何とか活用できないか。そんな時、ビールキットでビールを作ると、「なかなかうまいじゃないか」。地ビール作りがひらめいた。麦を加工しやすいのも魅力だった。「麦は製粉するのが大変だが、ビールはもみ殻がついたまま砕くだけでいい」

 大学の研究も一段落した三年前、「地ビールで起業しよう」と退職を決めた。五十八歳だった。「事業が軌道に乗れば、山間地を開拓して麦や雑穀の栽培をやろうという人が増えるかも。そうして里山文化を取り戻せたら」と夢も広がった。

 ところが、研究者の世界とは勝手が違った。醸造免許の取得には、製造施設や販売先確保など厳しい法規制の条件を満たさなければならず、初期投資の費用もかさむ。

 しかし、苦労はいとわず、インターネットのメーリングリストを通じて協力者を募った。「面白そう」と集まるボランティアの力を借りて、醸造所の設計や内装工事、醸造免許の申請もした。

 醸造タンクなど機械設備は、北米で中古品を探し、輸送費などを含め約六百万円で購入。費用は新品に比べ四分の一ほどで済んだ。経営を成り立たせるために、醸造所でビールのほか、パンも販売することにした。

 妻の和江さん(56)は最初、起業には反対だった。だが、夫が不器用にパンをこねる姿を見ていられず、パン作りは和江さんの仕事に。約一年間の準備を経て、二〇〇四年四月、地ビール工房のオープンにこぎ着けた。

 現在、作っているのは、自家製の小麦や雑穀などを使ったフルーティーな「雑穀ヴァイツェン」、ブルーベリー使用の「ブルーベリーエールビール」など四種類。うわさを聞きつけ、大阪や名古屋から飲みに来る人も。まだ収支が合うには至らないが、「飲んでおいしいと言ってくれる瞬間が一番うれしい」。

 ビールの味は仕込みごとに違い、「いつかは味に自信のあるビール一種類だけに絞るのが目標」と言う。地ビールを始める人が一人でも増えてくれればと願っている。

  (砂上麻子)

    ◇

 工房の営業は午前十一時-午後六時(十月は同七時)。月、火曜は定休日。宅配も行う。電話=0493・72・5673。

2006.10.25 東京新聞

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2007年01月22日(月)

笑福人(4) 隠さない

テーマ:笑顔
ふだんは、コンブ詰め作業に使う大部屋に、クリスマスツリーが飾られた。きょうは、朝からパーティー。五十人ほどが集まった。

 出し物の合唱が始まった。メンバーがつくった「きよしのズンドコ節」の替え歌だ。

 「嫌じゃありませんか精神病 幻聴幻覚妄想で いてもたっても生きられず 自分の体に傷つける~♪」

 「いいじゃありませんか精神病 神からもらった宝物。普通の人とは違っても みんな立派な病気持ち~♪」

 歌う人も、手拍子をする人も、多くは統合失調症などの疾患をかかえている。だが、だれも隠そうとせず、自分のことをよく話し、よく笑う。

 北海道の襟裳岬近くにある浦河町。競走馬の生産と漁業が主産業の小さな町で、精神疾患患者が支え合って暮らす社会福祉法人「浦河べてるの家」は、年間二千人もの見学・視察者が訪れる有名施設だ。施設にかかわる患者さんは、百五十人を数える。自宅に戻った人もいるが、多くは町内に点在するグループホームや共同住居で暮らしている。授産施設「ニューべてる」でのコンブ詰め作業のほか製麺(めん)、清掃、出版、講演など、さまざまな仕事がある。

 「ニューべてる」での作業風景を見た。

 朝九時半からのミーティング。まとめ役の人が、一人一人に体調や気分を尋ねる。「気分、体調よくない。仕事しない」と、個々に勝手に決めていく。だれも文句を言わない。掃除が終わると、すぐに昼ご飯。袋詰めをすると申告した人は、午後からコンブを袋に詰めていく。

 売れ筋の二五〇グラム入りを詰める作業をするうち、一人から「計量で二五〇グラムぴったりだったら、みんなで拍手しよう」と提案があり、みんなで“ぴったり賞”に挑戦。笑いが絶えない。

 共同住居で暮らす吉野雅子さん(24)も統合失調症。四年前、札幌市での講演会で、べてるの家の仲間たちの明るさに元気づけられここへ来た。

 「前は頭の中で考えたことが全部、他の人に知られている感じがした。苦しかった。病気を知られると、変に思われるんじゃないかと怖くなり、家に引きこもった。孤独で、何もできない自分を否定してばかりだった。でも、ここに来て、自分は変われた」と笑う。

 弱みを見せ合い、悩みを一緒に考えてくれる仲間に囲まれ「一人じゃない」と安心できた。病気の経験を講演したときに、聴衆から「感動しました」と言われ、自分を好きになれた。今もまだ監視されている感覚になることはあるが、コンブの加工品を売る店で客に笑顔で接することができる。

 近くの浦河赤十字病院に入院していた患者さんたちが中心となり、一九八四年に生まれたのが「べてるの家」。幻聴にさいなまれるなど、病気の悩みは尽きないが、仲間と症状の原因を探り合い、対処法を考えていく。仲間の力を借りて病気と付き合いながら、一人ひとりが少しずつ、役割を担い、楽しんでいるのが印象的だ。

 講師として外部に呼ばれることが多い松本寛さん(34)は「以前は悪い幻聴さんに言われて、お金を盗んだり、暴力をふるったりしていた。何をしていいか分からず、もがいていた。でも、今は、病気の経験者として講演する役割が見つかった。自分の居場所を見つけたら、幻聴さんに惑わされず、楽しく過ごせるようになった」と話す。

 同病院の精神科医川村敏明さんは「病気を否定せず、生かしている。それが彼らの明るさの原動力」と評価する。

 病気への接し方も「真剣だけど深刻でない」という。だから、湿りがちな幻聴の話も、楽しく明るい話になってしまう。年に一度、メンバーの“秀逸な病状”を表彰する「幻覚&妄想大会」では「女性の声で、一緒にUFOに乗ろうと誘われ、中継基地の襟裳岬に行こうとしたが、仲間や先生に『UFOに乗るには運転免許が必要』と言われ、思いとどまった」といったエピソードが披露され、爆笑がわき起こる。 (終わり)

     ×  ×

 この連載は、安藤明夫、重村敦、酒井ゆり、佐橋大が担当しました。

2007.01.05 東京新聞


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2007年01月21日(日)

笑福人(3) 明日があるさ

テーマ:ニート
Tシャツの胸に「孤独」と大書した紙を付けた若い男性が、ステージに立った。

 「ここ何日か、しゃべってないなー」「確か、最後にしゃべったのは、コンビニの店員さんだったよなー」

 そして、紙コップを軽く持ち上げ「孤独に乾杯」。

 十人ほどの観客は、無表情のままだ。

 東京都世田谷区の小さなライブハウスで昨年十一月行われた「お笑いニート祭り」。笑いのイベントとは思えない、不思議な空間だった。

 出演した七組は、東京都港区の山中企画に所属するタレントの卵。全員が男性で、ニートあるいは引きこもりの経験者だ。

 録音したテープの声に合わせて「歯磨き型の魚群探知機のテレビショッピング」と題したパフォーマンスをする人、歌を口ずさみながら登場し、短いクイズを出して、また歌いながら帰っていく人。

 司会者にできばえを聞かれても、みんな気の利いたコメントを言うわけでもない。一瞬間を置いて「まあまあです」「よかったです」。

 このそっけなさ、テンションの低さが、妙におかしい。事務所の先輩タレントたちは舞台裏で大笑いしていたが、場内はいたって静かだ。そういえば客席にも、似た雰囲気の若者が多い。

 山中企画の山中伊知郎社長は、「お笑いタレント養成のセミナーに引きこもりやニートの子が何人か来て、それならばニート軍団を結成してみよう、と思った。ネタもまだまだだし、一般的にはつまらないでしょ。でも、引きこもりやニートが集まっているってだけで、ぼくにはたまらなく面白い」と話す。

 人間関係を結ぶのが苦手な若者たちが「笑い」の世界を目指すのは、なぜだろう。

 出演者の一人、草創(くさわけ)真太郎さん(26)のアパートを訪ねた。

 築三十年、四畳半一間。南向きの窓は隣の建物に遮られ、昼も蛍光灯が必要な部屋だが、仲間のたまり場になっている。この日も、養成セミナーで知り合った林孝丞さん(26)、堀内陽介さん(24)らが来ていた。

 北海道出身の草創さんは“浮き沈み”の激しい経歴の持ち主だ。

 中学時代に不登校を体験した。「学校の意味」に疑問を感じ、友達づきあいがおっくうになったのだという。高校時代は打って変わって活動的になり、草野球チームを作ったり、他校にレスリングを習いに行ったりした。大学を卒業するとすぐにベトナムへ行き、知り合った男性の家に転がり込んだりして、一カ月滞在した。「楽しくて安心感があった」という。

 でも帰国した途端、実家に引きこもり、そのまま二年が過ぎた。毎日、部屋で本を読み、ゲームをして、テレビのお笑い番組を見た。爆笑問題や島田紳助が好きで、一つ一つの言葉に感銘を受けるうち「この世界なら、分かり合える仲間がいるかも」と思った。ネットで調べると、いくつかの事務所が養成講座を開いていた。

 「東京へ行こう」-引きこもり生活からの卒業だった。

 タレントとしての収入はまだないので、レトルト工場で働き、月十五万円ほどを稼ぐ。引きこもっていたころの自分からは想像できなかった毎日だ。フリーターの林さんや「今も引きこもり気味」という堀内さんとは、しばしば缶ビールを片手に、熱っぽく笑い談議に花を咲かせる。「今のテレビの笑いは、作り物だ」という点では一致するのだが、自分の目指すものは、なかなか具体的に見えてこない。

 今のところ、草創さんは実体験に基づいた「自虐ネタ」を寂しそうに語るのを芸の一つとしている。「自分の作った草野球チームを首になった」「百人いるパーティーなのに、円卓で一人で食べていた」…。昨年十月、堀内さんと「逆ナン乱入パフェ」というコンビを組みお笑いタレントの登竜門「M-1グランプリ」に出場したが、一回戦で敗退した。

 「いい経験でした。ぼくには笑いしかない。やれるところまでやろうと思っています」と草創さん。未来は見えないけれど、「笑い」をよりどころに、人生に踏み出そうとする若者たち。なかなか魅力的だ。

  (「笑・福・人」取材班)

 2007.01.04 東京新聞

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2007年01月20日(土)

笑福人(2)小さい人へ

テーマ:笑顔

■落語で心を救いたい

 カセットデッキから、落語の出囃子(でばやし)が流れる。教室の引き戸を開けて入ってきたのは、落語家の司馬龍鳳さん(41)=愛知県春日井市。児童たちは、はじけるような笑顔と歓声で迎えた。

 名古屋近郊の同県岩倉市にある岩倉南小学校。一年生の国語の授業だ。龍鳳さんは机の上に敷いた座布団に座り、古典の「ろくろっ首」を一席。「首を長くして待っているって言っても、本当に伸びるわけじゃないよ」と解説も付けた。

 続いて「だじゃれ大会」。児童たちはわくわくした表情で、準備してきた作品を順に披露した。

 「チーターが落っこチータ」「バッタがバッター」「この島には、シカしか(・・)いない」…。

 あまりおもしろくなくても、ネタがかぶっても、龍鳳さんは必ずほめて、拍手で盛り上げる。決してけなさないのがルール。黒板に「きょうのめあて」が張ってある。

 せりふ…はっきりと

 どうさ…大きく

 きもち…つたわるように

 じぶんやともだちのいいところをみつけよう

 児童たちが安心して笑い、表現できる場をつくることが、龍鳳さんの授業の目的だ。

 岩倉市の二つの小学校で、龍鳳さんは非常勤講師を務めている。授業以外にも、気心の知れた教師と教育論を戦わせたり、母親たちの「落語笑女隊」や一年生限定の落語クラブをつくるなど活動は広がり、一、二学期で百四日間も同市に通ったという。「あれだけ子どもたちを愛せるのはすごい」と担任教師も脱帽する。

    ◇

 二十代前半は、東京で過ごした。故・春風亭柳昇師匠に弟子入りし、高座を夢見た。バブル期で、小遣い稼ぎの仕事は事欠かなかった。「芸のたしなみ」と酒を飲み、夜ごと遊びにふけるうち、ウイルス性の髄膜炎を発症。のどもやられ、声が出なくなった。療養のために故郷の愛知県に戻ったが、病状は回復しない。妻典子さんとの新婚生活も、入退院のくり返しだった。

 ある日、入院先の病室のテレビで、三遊亭金馬師匠の落語が流れ、それをきっかけに同室の患者たちとの会話に花が咲いて、気分が晴れた。「自分を救ったのは笑い。やっぱり落語しかない」と腹を決めたら、病状はみるみる好転していった。

 三十二歳のころ、地元での活動を再開し、選んだテーマが「福祉」。特別養護老人ホームを慰問したり、市民講座で笑いの効用を説いたりしていたが、そのころ出会ったのが、児童養護施設暁学園(同県東海市)の園長で、子どもの虐待防止ネットワーク・あいちの理事長を務めた故・祖父江文宏さん。劇団の役者でもあった祖父江さんと芸術談議をするうち、家庭が危うい時代の中で、多くの子どもたちが苦しんでいることを教えられた。虐待、ドメスティックバイオレンス(夫から妻への暴力)、ギャンブル依存、借金苦…。「お前が笑いで助けられたなら、それをだれかにも分けてやれよ」とハッパを掛けられた。

 そのころから、祖父江さんにならって、子どものことを「小さい人」と呼んでいる。「大人と子ども」の上下関係ではなく、対等の立場という思いを込めて。

 「仕事を理由に、家庭をおろそかにしない」という気持ちも強くなった。夜は、典子さん、長男真生君(11)と三人で枕を並べて、いろんな話をするのが日課だ。

     ◇

 龍鳳さんに落語の指導を受けている小学校二年生の司馬ひよこちゃん(8つ)は、昨年暮れ、同県内の病院で開かれた落語会にデビュー。得意の「寿限無」で、入院中の子どもたちを喜ばせた。「人前で話せない子なのに」とお母さんは驚く。

 三年生の男の子コンビ「キッドブラザーズ」も、特訓の成果で漫才の呼吸がぴたりと合い、拍手を浴びた。

 この子たちが先生役を務め、他校の児童たちを指導する計画も進んでいる。

 練習して自信を身につける。喜んでもらえる体験を積む。言葉の世界に興味を持つ。それらすべてが、苦しい時代を生きる「小さい人たち」の道しるべになると、龍鳳さんは信じている。 (「笑・福・人」取材班)


2007.01.03 東京新聞
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2007年01月19日(金)

笑福人(1)大阪生まれ

テーマ:笑顔
あけましておめでとうございます。何かと暗いニュースが多かった旧年ですが、こんな時代だからこそ「福を呼ぶ笑い」を大切にしたいものです。新年のごあいさつに代えて、日本の元気な笑いを探ってみます。 (「笑・福・人」取材班)

 おばちゃんは、今日も快調だ。

 商店街の通りの先を指さし「あそこの果物屋さんに、“私のことダイアナ妃って呼んで”って言うてあるんです。それで、私が通りかかるたびに、“ダイアナ妃!”って声かけられて、喜んで返事してたんやけど…」。ちょっと間を空けて「そしたら、しまいに“ダイアナヒヒ”になってしもて」。

 ツボを心得た話術。七十五歳とは思えない切れ味に、周りの店員さんたちは、手をたたいて笑い転げる。大阪市の住吉大社に近い粉浜商店街の呉服店「本こころや」。近くに住む藤永歌恵子(かえこ)さんは、二日に一度は顔を出して、奥のいすに腰掛け、笑いを振りまく。

 店員の吉田美奈子さん(68)が、突っ込んだ。

 「お孫さん、きれいな顔してますなー。奥さんに似て」

 「いや。私ん方がきれいですわ」

 「またやわ…」

 「あの孫、根性悪いですよ」

 「それは、奥さんでしょ!」

 なぜか「美人ネタ」が多い。二人そろうと漫才が始まると言われる大阪。テンポの速い「ボケとツッコミ」のキャッチボール、あとくされのない軽口が、暮らしに染み付いている。藤永さんは、十年前から近くのマンションで一人暮らしだが、そんな孤独を感じさせない。

 「ここへ来ると、元気が出るんですわ。気い使わへん。憩いの場所ですわ」。介護保険のサービスは、まだまだ縁がなさそうだ。

    ◇

 大阪の文化を研究する前垣和義さん(相愛大学客員教授)によれば、商人の町の伝統が「笑い」を生んだのだという。

 「江戸の武士社会では、笑いは低級なものと位置づけられ、人前で笑うのは慎むべきことだった。ところが大阪の商人たちは、うまくコミュニケーションが取れないと、商売にならない。初対面の人同士も緊張をほぐすには、笑いが役立つ」

 相手を警戒させない関西弁の音楽的なリズムもあって「ずけずけと本音を言っても怒らせない会話術」が受け継がれてきた。子どもたちは近所のおじちゃん、おばちゃんとのやりとりの中で自然に身につけていく。そしてテレビ。吉本新喜劇や漫才番組を見ない子は、まずいない。こうした環境で「おもろいやつ、は最大級のほめ言葉」となるわけだ。

 興味深いデータがある。

 全国で多くの高齢者が被害に遭った「振り込め詐欺」。各都道府県の警察がまとめた二〇〇五年の認知件数や被害額は、東京都が断然トップで約二千九百件、総額五十二億円。愛知県も約千百件、十三億円に達したが、大阪府は約四百件、四億円と飛び抜けて少なかった。

 「知らない人から電話がかかってきても、大阪人はふだんから機転の利いた会話に慣れているからうろたえません。疑問には突っ込んで切り返すんです」と前垣さんは誇らしそう。「本こころや」の吉田さんもその説にうなずく。「分からんことがあったら『何で?』って聞くのが大阪人。地元のおばちゃん連中が『気いつけや』って言うてくれるし」

 高齢社会を迎えた日本。老後の幸せのために「大阪の笑い」に学ぶべきことは多いようだ。

 大阪ボランティア協会の事務局長・早瀬昇さんは、一九九五年の阪神大震災の際、救援活動にあたる関西人たちに「笑いの底力」を見たという。「悲惨な現場でもしゃべくり、笑うことで緊張を和らげる。真剣に行動するけれど、深刻にはしいひん。そんな作法が身についてました」。被災者たちも、自宅の倒壊を「家なき子になってしまいましたわ」と笑い、友人の無事を「やっぱし、悪いやつはくたばらんなー」と、また笑った。そうして苦境を乗り切った。

 全国の商店街も苦境が続く。その中で、粉浜商店街は、経済産業省の「がんばる商店街七十七選」に選ばれた。藤永さんのような常連客と、商店主らの濃いつながりが、元気の源になっている。

2007.01.01 東京新聞

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2007年01月18日(木)

沖縄色豊かにユニーク教育 シカゴに日本語幼稚園

テーマ:こころみ
ウチナーンチュパワーを世界に―。旧与那城町出身の八巻(やまき)希(みのり)さん(29)らが立ち上げた米シカゴ郊外の幼稚園が地元で話題になっている。エイサーや三線をカリキュラムに取り入れたユニークな教育方法や、シカゴ初の日本語で幼児教育を行う幼稚園として地元メディアが取り上げ、注目されている。 八巻さんは就職した聖マタイルーテル幼稚園で英語による幼児教育をするうちに、日本語での教育の必要性を痛感した。シカゴ近郊は、転勤などで赴任した日本人も多く、子どもの教育に保護者が悩んでいたからだ。
 「自己主張を始める時期に、知らない言葉に囲まれると、自己主張ができなくなる。子どもにとって大きなストレスになる」と八巻さん。自分の要求が伝えられず登校拒否になったり、外で日本語を話す機会がない園児が母親の言葉遣いになったケースもあったという。
 保護者の要望も受け2004年に同幼稚園内に日本語部を設立。園児1人から始まり、現在は日本人駐在員の子どもなど3歳から5歳の30人が通う。
 「沖縄の文化を広めたい」と八巻さんは、園児の教育カリキュラムにエイサーや三線を取り入れる。園児らは三線の音色とともに指遊びをしたり、あいさつなどの練習をする。
 エイサーは、シカゴ沖縄県人会からパーランクーの提供など協力を得ながら行っている。園内には「イーヤーサッサー」と声が響き、毎朝、エイサーを練習する園児の姿があるという。2月初旬に、現地の博物館で披露する予定だ。
 さらに同園では、綱引きなどを行う日本式の運動会や、泥んこ遊びなども取り入れている。「米国と日本の教育の違いに戸惑いもあるが、多くの人に支えられている」と語る。絵本などは、県内の知人から譲り受け、保育士の資格を持つ弟、サムエルさん(27)も手伝った。
 「園児の中に、沖縄出身はいないが、わたしが愛する沖縄を、子どもたちも誇りに思っている。ウチナーンチュの温かい心を子どもたちに学んでもらえるよう励みたい」と言葉に力を込めた。

1月17日 琉球新報

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2007年01月17日(水)

「自分」を追い求めて:私の生き方/4 ポニー牧場を運営、石井博史さん /鳥取

テーマ:フリースクール

1月10日 毎日新聞


 ◇学びは最高の遊び--ポニー牧場を運営するハーモニィカレッジ理事長・石井博史さん(54)=八頭町
 鳥取の市街地を眼下に望む空山展望台。近くで風車3基が静かに回る中、子どもたちの歓声が飛び交う。石井博史さん(54)が開設したポニー牧場(鳥取市越路)。乗馬と馬の世話を通じて学ぶ喜びを伝えたいと、約1ヘクタールの土地にオープンさせた“学びや”だ。
 八頭町(旧八東町)出身で八頭高を卒業後、岡山大に進学した。中学教師だった無着成恭氏のベストセラー「山びこ学校」などの影響から、76年に高校・社会科教諭の採用試験を地元で受けたが、不合格。桐だんすなどを作る実家を手伝った。
 77年秋。父の友人が、東京の財団法人ハーモニィセンターの会報をくれた。「ポニーに乗って野原を駆けよう。親抜き、先生抜き、勉強抜きで自然を満喫しよう」。馬との交流を通して、青少年を育成する試みだった。
 すぐ、東京に飛んだ。事務局は型にはまった組織とは違う個性あふれるエネルギーでみなぎっていた。一度断られたが、「女房にも書いたことのない長いラブレター」を3通程書き、就職した。

 85年から、福島県内の牧場で教育責任者を任された。自然体験を求める都会っ子や不登校の悩みを持つ小中学生ら約40人を毎年受け入れ、生活を共にした。子どもたちは、自分が必要とされていることや思いやることを学んだ。石井さんも家族や先生と深くかかわり、子どもの授業参観にも駆け付けた。
 長男として実家を継ぐため、95年にUターン。自宅近くに牧場を作り、04年には県畜産振興協会から無償貸与を受け、現在地に拡張した。子どもの心身医療に取り組む大阪府の社団法人も興味を示し、キャンプに毎年参加。自宅に不登校の子を延べ約40人受け入れた。地元小学校や高齢者、障害者、一般の大人の参加もある。2人の娘はポニーの背中で育ち、二女は大学生、長女は織物デザイナーを目指す。
 県教委は06年から、引きこもりに悩む子を対象に4泊5日のプログラムを実施。湯梨浜町教委なども、自然体験の必要性を学ぼうと牧場訪問を続ける。先月28日には、小雪が舞う中、新潟や熊本など6都府県から6~26歳の男女27人が来場。ポニーにまたがる顔には、喜びが満ちていた。
 「学習は最高の遊びなのに、学ぶ喜びを教えることができていない」。石井さんは、学校現場の問題点をこう指摘する。受験に焦点を当てた勉強は子どものペースを無視している、ともいう。
 「自分で決めると、責任感と冒険心が芽生える。これが学びの本質。成功しようがしまいが体に定着する。失敗してもしからず、よくチャレンジしたとほめる。丁寧に応援することが正攻法だ」
 子どもが“自分らしさ”を出せるフリースクール。石井さんの思い描く教育の輪は、着実に広がっている。【山下貴史】

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2007年01月09日(火)

<ひきこもり学生>和歌山大が支援室 専門スタッフ配置

テーマ:大学

1月6日15時2分配信 毎日新聞


 ひきこもりや摂食障害などに悩む学生が勉学に取り組めるよう、医師や臨床心理士が専門的にケアをする「メンタルサポート室」が9日、和歌山大学(和歌山市栄谷、小田章学長)に設置される。ひきこもりを克服した先輩学生もボランティアで参画し、就労も支援する。同大などによると、ひきこもりの大学生を対象に専門スタッフを配置した組織は全国的にも珍しい。和歌山県とも連携し、同県全域のひきこもり対応拠点としての役割も担う。【福田隆、最上聡】
 ひきこもりは全国で40万~100万人いるとされる。同大でも大学院を含め計約4000人の学生のうち、常時80~100人程度がひきこもりの状態にあるという。同大保健管理センター所長の宮西照夫教授(精神医学)の調査によると、学内で精神疾患を発病した学生数は82~92年(11年間)は100人だったが、93~03年(同)は328人に増えた。そのうち、適応障害は12人から91人、摂食障害は3人から22人と増加が目立った。
 適応障害の大部分は男子学生。講義の履修登録方法を周囲に聞けず、そのまま登校できなくなるなど、ささいなことがきっかけとなるケースが多い。また、摂食障害はほとんどが女子学生で、中には月約10万円の仕送りをお菓子代として約5日間で使い切り、食べては吐くことを繰り返して深刻な過食・拒食状態となり、勉学に取り組めない例もある。
 同大は01年からカウンセリングルームを設け、学業復帰を果たした「元ひきこもり」の先輩学生が下宿を訪問するなどしてメンタル面でサポートに当たるなどして、効果を上げてきた。今回設置されるサポート室には、常勤で精神科医1人と看護師2人、非常勤で精神科医1人、臨床心理士3人、精神保健福祉士1人を配置。ひきこもり経験のある学生たちがサポーターとして7人ほど加わる。曜日ごとに適応障害、統合失調症、対人恐怖症、摂食障害などテーマを決めて集団療法などを行うほか、予約制で家族や学外からの相談も受け付ける。
 宮西教授は「『大学生にここまでのケアは必要ない』との意見が主流だが、少子化による大学全入時代を控え、中学高校でひきこもりだった人が大学に入る機会が増えてきた。大学として精神的サポートが必要な時代が来ている」と指摘。小田学長は「充実した大学生活を送ってもらうための取り組みとして、体制を強化した」と話している。
 問い合わせは同大保健管理センター(073・457・7965)。


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2007年01月01日(月)

シブヤ大学公開講座に「MOTTAINAI学科」-伊藤忠と提携

テーマ:大学

12月28日20時14分配信 シブヤ経済新聞


 NPO法人「シブヤ大学」(渋谷区宇田川町)は伊藤忠商事(港区北青山2、以下伊藤忠)と提携し、同法人が展開する無料公開講座のひとつとして「MOTTAINAI(モッタイナイ)学科」を開設する。

 今年9月に開校し、ミュージシャンや雑誌編集者、格闘家など各分野で活躍するその道の「プロ」が独自の無料公開講座を受け持つシブヤ大学。渋谷エリア各所で毎月第3土曜に開かれる講座は、ネットでの予約が各クラスとも数分で定員になるなどの盛況ぶりを見せている。

 開校後は月に6~8枠のペースで講座を開講。ミニシアター「シネマライズ」(宇田川町)内では公開前の新作映画をテーマに講義を展開。今月は円山町の割烹料理店で芸者による「お座敷遊び」講座も開いた。

 来年1月に立ち上げる「MOTTAINAI学科」では、ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんの提唱で始まった世界共通の環境プロジェクト「MOTTAINAI」の精神をレクチャーする。MOTTAINAIブランドは今年7月に伊藤忠が国内ライセンスを取得し、ブランド事業に乗り出している。

 講座内容は、料理研究家・島本美由紀の「ゴミを出さない簡単おもてなし料理教室」(1月20日)、環境コンサルタントのペオ・エクベリさんによるクラス(2月16日)など。同学科で風呂敷の使い方やゴミの分別法などのレクチャーも行う。受講料は教材費などを除きすべて無料。

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