Prof_Hiroyukiの語学・歴史談義

・歴史旅行記や言葉(日本語・フランス語・ドイツ語など)へのこだわりを書き綴ろうと考えています!    
                      
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源為義と由良姫の「セット出演」にそぐわない義朝の「女性遍歴」!(大河ドラマ考No.67 清盛⑪) に続く「大河ドラマ考」です。


今週の「平清盛」は、第12回「宿命の再会」

源義朝が京に戻って清盛と再会。東国で得た勢力を誇示します。

そして、義朝は由良姫と結ばれる一方で、清盛は後添えとして時子を娶ります。

ドラマでも述べられていましたが、得られた後継者(源頼朝・平宗盛)も同い年というライバルぶりです。


(1)大河ドラマでは女性名を表す場合にこの様な暗黙のルールが。

ところで、オープニングを見ますと平時子は「時子」とのみ記されています。

大河ドラマでは、女性は「名前のみ」の表記が普通になっているのです!


当時は妻が結婚によって姓が変わらない事も有って、煩雑さを避けるためでしょう。

勿論、北条政子日野富子(花の乱)の様な歴史上極めて有名な人物は「例外」ですが。


(2)という事は、平時子も平氏?

その通りで、清盛も時子も桓武天皇の皇子・葛原親王(かずら はら/わら しんのう)を共通の祖先に持つ「桓武平氏」です。

ところが、清盛は武家であり、時子の家は公家なのです。


(3)両家の違いはどうして生じた?

葛原親王の王子のうち、兄の高棟王(たかむねおう)の子孫が時子の家であり、弟の高見王(たかみおう)の子孫が清盛の家です。

もちろん高棟流が嫡流。

しかし、歴史用語の基礎(第12回:賜姓皇族-源氏と平氏) でも述べました様に、そのままでは賜姓皇族は代を経る毎に官位が落ちて参ります。

時子の父・時信の極位が正五位下。「堂上」とはいえ、余り誇れる様な地位ではありませんでした。


桓武平氏の嫡流がこの様な有り様ですから、庶流である高見王の系統はもっと切実です。

息子の高望王(親王の子と言う説あり)は新天地を見い出すために地方に国司として下向。

そこで武士となって実力を蓄え、何代か後に京に戻りました。

子孫である正盛・忠盛・清盛の活躍は、ドラマで描かれている通りです。


(4)この様に遠い親戚ではありますが・・・

同族意識は濃厚に有ったのでしょう。

今回から時子の弟・平時忠が登場しますが、この人物は清盛ファミリーの栄華に便乗した上で

「(現代的に言えば)平家でなければ人では無い!

と言った人物ですからね。



先述の様な言を「さらっ」と言ってしまう事からも分かる様に、時忠も一筋縄ではいかない人物。

森田剛さんの今後の演技にも期待ですね!

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