春の若菜にちなんで不老長寿を願う!

 

2月17日(金)

 

「七草の会」はまさしく日本の文化を伝える

 

「七草がゆ」は江戸時代の年中行事で、今でも正月7日に食べる習慣が残っています。食べると一年病気にならないといわれて定着したものです。

 

「七草かゆ」が定着した背景には、信仰的な面だけでなく、正月のご馳走で疲れた胃腸を休め、青菜の不足する冬場の栄養補給という実利的な効用があったと考えられています。

 

まな板にのせた春の七草を、狩衣姿の茶道家が「七草なずむ唐土の鳥が 日本の国に渡らぬときに」と七回唄いながら、リズミカルに刻む古式ゆかしい儀式です。儀式後、寿獅子による厄払いで全員が七草粥と点心を賞味します。

 

幻の銘酒といわれる越乃寒梅が供され、日舞・邦楽などの伝統芸能が次々に披露され、東八拳の打ち初め、お茶席と飽きることなくきもので遊べる風流なイベントで毎年趣向が凝らされています。

 

この日の記念品は粥を入れる十二支の入った抹茶茶わん。十二支は十二年間で一セット集められることから楽しみにしている顧客も数多く、都合で参加できない場合には記念品だけは欲しいとせがまれるという人気ぶりです。

 

堂平社長は述べています。

 

「この会は純粋な伝統文化の催しで、商いとは無関係だと理解しています。したがいまして、私どもの得意先だけではなく、どなたさまにもお気軽に足を運んでいただけます。日本の良さがぎっしりと詰まったこの会は呉服屋ならではと思っています。」

 

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700名を招待する「きものの集い」

 

2月16日(木)

 

二つ目は文化催事で、顧客と店を結びつける絆になっています。きものを着ていただくためには、「きものを着るといっそう心が満たされる」という場の提供が求められます。その一例が年に一度、700名前後のお客様を招待して開催する「きものの集い」です。

 

大森晃氏(元じゅらく常務)はゆたかや繁盛の秘密を3点に要約し、特に名物の文化催事を詳細にレポートしています。

 

1. 顧客に提供する商品を吟味して品質を保つ

2. 社員教育を徹底して顧客の満足度を高める

3. 地域社会の特に文化面で貢献する

 

「11月には著名な歌手を招いてのディナーショーです。会場のパラシオ宝来は

昭和59年(1984年)に建設した展示場で、三百台以上を収容できる駐車場を備えています。そのパラシオ宝来が華やかなきもの姿で包まれる今や名物行事です。

 

ゆったりとした五百帖の展示場、一階の喫茶サービス、二階のお食事スペースなどが整い、講演会やディナーショー、結婚披露宴などの文化催事に活用できる当地最大の民間ホールです。

 

あるいは地域の歳時記として定着している正月7日の『七草の会』は昭和62年から始まりました。主婦が正月の忙しさから解放される時期に当たり当初から好評で毎年人気を高めてきたのです。」

 

この会はお客様を限定せず参加費をいただいて開催している文化催事。今では上田市の風物詩としてNHKを初め民放、新聞各紙で伝えられています。

 

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ゆたかやが支持された理由は?

 

2月15日(水)「新年度ミーティング」(和道経営の会、JMG)

 

顧客満足の基本は情報発信の店舗運営

 

「レンタルは年々生活者のニーズが高くなるように感じています。やり方次第で面白い商売になっていくのではないでしょうか。大いに研究する価値があります。私共ではブライダルは扱っておりませんが、七五三、振袖、春夏秋冬の江戸褄、喪服、ひとえのきもの、あとは袴です。

 

販売活動のすべては情報発信の店舗を中心に考えます。外商部、店内催事、大型催事(パラシオ宝来)も毎日の店舗運営が基本になります。店舗機能を充実させないと顧客満足は難しいと考えているからです。」

 

同社長の方針を実証しているように、同店の経営幹部はゆたかやが支持されてきた理由として「オリジナル商品、文化催事、社員教育の徹底の三点」にあると話しています。

 

「ゆたかやはさまざまの産地、いろいろの作家の作品も売れる商品にして紹介しょうとしています。あまたの作家先生の作品を扱っておりますが、これだけ特徴のある商品を、すべて買い取りで揃えているのは少ないと思います。

 

芸術院、人間国宝クラスの先生方など普通なら行き逢うこともないような方とお会いし、商品製作をお願いしているのですから、これほど有り難いことはないのです。

 

商品の半分以上がオリジナル商品。これはゆたかや創業以来の政策であり、直接作家の先生や産地の方々とデザイン、予算など打ち合わせて制作していただく方法をとっています。」

 

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「私をイメージしたものを自由に創ってください」

 

2月14日(火)バレンタインデー。

 

専門店の生命は商品です。商品政策について堂平信也社長は述べています。(会報「ウエーブ」《1995年11月号》、「21世紀型専門店」のインタビュー)。

 

「ゆたかやの商品政策は、売れるものを買ってきて販売するのではなく、ゆたかやにしかない商品を売る商いです。『店格』をなによりも大切にしたいからです。どこにでもある商品を売るのは『ゆたかや』ではありません。

 

格に見合う商品を大事に商う、そのことに共感してくれる先生方がおつき合いしてくださったのです。作家の作品を買うのは、『私をイメージしたものを自由に創ってください』とお願いすることです。

 

私にでききることは作品を評価し、それを買って支援することです。染色の皆川月華先生の作品が好きでお訪ねしたり、お迎えしながら多くの作品を描いていただきました。業界で初めて先生のきものを創らせていただき、永いおつき合いをさせていただきました。」

 

夏季セミナーの講演、「トップリーダーの条件」で商品と店舗機能について述べています。

 

「主力商品のトップは『きもの一枚に帯三本』と言われているように袋帯で、これに続くのが訪問着、留袖、色留袖、付下、小紋・・・。返品は委託商品以外いっさいいたしません。問題は委託商品なんです。

 

委託が多くなるとお客様の目を惑わせ、販売員の腕を低下させることです。5反借りて3反売り切る行商の方々の真剣さから学ばなければなりません。商品を大切にすることです。『安くすれば売れる』と考えるのは、商品を粗末にすることです。」

 

長い目でお客様に満足していただく関係づくり

 

2月13日(月)

 

夏季セミナーの講演(堂平信也会長)の続きです。

 

「経営者は『自分に厳しく』しないと社員がついてきてくれないと思います。一方では強いこだわりをもった人間です。田畑を耕し、種を蒔き、肥やしをやり、実ったら刈り取る農耕型の正攻法にこだわっております。

 

長い目でお客様に満足していただく関係づくりです。したがいまして、商人道から外れた不正の商売、目先だけのおかしな販売手法は嫌いです。やはり税金を払えることが経営のすべてに通じています。

 

相対的に需要が落ちていることは否定できませんが、日本人の生活からきものが消えることはありません。考え方、やり方次第でまだまだ繁栄していく可能性をもっていると思います。

 

そうした中で生活者の信頼を裏切るような、目を疑いたくなるような販売手法が続出してきました。これではいかんということで、トップの経営理念を基本にCS経営(顧客満足)を目指す『和道経営の会』が発足し、会長を引き受けることになりました。

 

消費者のためにならない販売はしない、あくまでもきものフアンを創造し、顧客を拡大していくことが経営者の使命ではないかということです。正攻法の商いで伸びていきたいという情報グループです。

 

そのために『利は元にあり』の言葉のとおりです。リスクを持たなければ儲かりません。借りてやる商売では儲かりません。ゆたかやでは『安く仕入れて普通に売る』(粗利益率)という姿勢を貫いています。安く仕入れて安く売ることは他店様にご迷惑をかけることになるからです。」

 

別途積立金は資本金の10倍目標

 

2月10日(金)観劇の日。

 

弊社夏季セミナー(平成9年7月)の講演、「トップリーダーの条件」(弊社発行)で堂平信也会長は述べています。

 

「昭和43年(1968年)に三階からなる新店舗を新築し、結果的に十期で3億円の売り上げを達成、十五期で7億円、二十期で念願の10億円を突破。その後一時は14億円を越えておりましたが、現在は少し落ちています。

 

資本金の十倍の別途積立金をつくることを創業時の目標にしておりました。そのせいでもありますか、昭和49年(1974年)から優良法人、55年から高額所得公示法人として今日に至っています。

 

前期の税引前利益は1億2300百万円、総資本は16億1000万円。今期は別会社を合併しましたので21億5000万円になっております。

 

資本金が4950万円ですから、まだ目標の十倍には達しておりません。将来の活用を見越して土地を購入するのが好きだったこともあります。・・・正直なところ、ある程度の税金を納め続ける会社でないと発展できないと考えています。

 

今日まで動物的カンだけでやって参りました。ただ『有言実行』を貫きたいと考えてきました。言ったことは守らなければなりません。口から出た言葉はもう戻ってこないからです。」

 

ちなみに良寛さんの言葉の戒めです。

 

・言葉の多いこと・慌ただしく言う・差し出口・人がもの言い切らぬ内に言う・己の意地をいい通す・人の話の邪魔をする・鼻であしらう・学者臭き話など。

全員がきもの姿の動く広告塔!

 

2月9日(木)

 

ゆたかや創業の事情について神谷誠氏(丸正元専務)は述べています。

 

「ご自分では公言されませんが、当時は資金的にも人的にも苦労されたと思います。同じ地域に独力で別の店を創業するのですからお得意さまもその日からの創造です。

 

この苦しみの体験が『他に接するに春風をもってし、秋霜をもって自らを律する』という生き方、人生観を形成されたと思います。

 

この人生観、哲学に立脚して正攻法の商売を貫いてきたことが新規のお客様を創造する力となり、信頼感が深まり自然に商売が拡大したようです。早くから「目配り・気配り・心配り」を徹底し、顧客満足を実践していたのです。

 

仕入先に対しても商売としての厳しさは当然ですが、支払いはどこよりも早く、仕入先は創業当時と比べてほとんど増えていません。

 

そのことが単なる取り引きではなく、各仕入先との取り組みをしっかりと確立し、新しい企画提案、新商品のどの店よりも早い展開となりお得意様の期待に応えてきたのだと思います。」

 

開店以来、ゆたかやの全社員はきものがユニホーム。店内はもとより所用で街へ出かける時も常にきもの姿です。歩いていても一目で「ゆたかやさん」と分かります。

 

社員も当初は注目されることを意識していたようですが、毎日着ていると着こなしも自然に身につき、きものの良さをピーアールしていく広告塔の役割を果たしてきたのです。

日本や地域の伝統文化を伝える生活文化提案

 

2月8日(水)針供養。

 

ゆたかや繁栄の謎、その鍵は社長ご夫妻の人間性とその生き方にあります。同社長ご夫妻と親しい神谷誠氏(元丸正専務)、大森晃氏(元じゅらく常務)、細尾真生氏(細尾社長)、修業生の立松晴康(立花屋社長)から助言をいただきました。

 

ゆたかやの設立は昭和36年(1961年)設立、創業は37年。地域一番店の大衆呉服店「どうひら」(上田市)の後継者でもある堂平信也氏がゆたかやの創業を考えたのは、やがて到来する大衆消費社会への鋭い洞察です。

 

昭和33年頃から大型店、NCなど流通業に新しい波動が生まれ、34年には皇太子ご成婚による美智子妃殿下の訪問着。「どうひら」は大衆呉服の店であり、「大衆路線では限界を迎えるのでは?」と。

 

やがては高級呉服が求められる社会になるとの確信です。文化性の高い専門店としてモノ売りの発想ではなく、日本や地域の伝統や文化を伝える生活文化提案、情報発信力で「どうひら」とは全くイメージを差別化した専門店づくりです。

 

開店して「三年赤字を続ける結果になれば店を閉める!身を引かせてもらう覚悟の三十二才。一方では「決めたら必ずやり遂げる」との強靱な意志と徹底した仕事ぶりは、結果的に営業二年目で黒字化に成功したのです。

 

第一期(商いなし) 48万円の赤字

第二期 売上高 5100万円 38万1千円の赤字

第三期 売上高 7800万円 181万円の税引き前利益

第十期 売上高 3億2900万円 1472万円の税引き前利益

 

ゆたかや繁栄の謎に迫る!

 

2月7日(火)

 

昨年のNHK大河ドラマで登場した真田一族の本拠地、人口12万人の上田市で信じられない成果を出しているのが「ゆたかや」です。高級呉服の店として1店舗14億円を突破する売上高、経常利益は1億円前後を持続。

 

同系の大衆呉服店「どうひら」と合わせた売上高は22億円を突破。理論的には不可能な売り上げ実績の秘密はどこにあるのか?その答は経営者ご夫妻の生き方に求めるほかはありません。

 

研究会をとおしてその秘密を探り、学びたいと考えたのです。結論として「ゆたかやには繁栄の体系(仕組み)があるようで見えず、見えないようで顧客満足へ完璧の体系をつくり上げている」ということです。

 

「あるようで見えず、見えないようである」というこの矛盾こそ、実は日本型経営、日本人経営者の特質です。顧問の嶋口充輝教授(慶応義塾大学)はこれを「不合理の合理」と呼び、門下の金顕哲助教授は「戦略なき経営」と命名しています。

 

「不合理の合理」、「戦略なき経営」が意味するのは、日本の経営者と欧米の経営者との違いです。日本の経営者には「理念があって戦略はなく」、日々の実行プロセスを重視します。

 

理念は「普遍的かつ超長期的であり、日々の実行は超短期的」と嶋口教授は指摘しています。常に「今が大切!」という発想、「時は今にしかない」の道元に通じています。

 

したがって、「日本の経営者は理念を語り、欧米の経営者は合理的な戦略を語る」という両者の特性があるようです。

 

ゆたかやの守護神(久子夫人)は語る!

 

2月6日(月)抹茶の日。

 

「日本語の美しい」久子夫人にきもの専門店の「奥様」として心掛けていることを尋ねると、歯切れのよい答が返ってきました。(1997年4月)

 

「お客さまが私の顔を見て洗濯や夕食の献立のことを考えるようだといけないと思います。お客さまは憂さばらしにお出かけ下さるのでしょうから。お買い物はその時の気分次第です。」

 

同じことを紺文の奥様も話していました。「大部分は雑談時間で、買い物はせいぜい10分から15分です」と。

 

「ゆたかやは高級呉服の店ですら、『いつも結城、大島を着ていなくてはいけませんよ』、と店舗設計の先生から教えていただきました。

 

毎日きものを着ていますと、どういう風に着ると動きやすいか、働きやすいかを自然に考えているんです。その体験をもとに体型に合わせたり、季節に合わせた着こなしをアドバイスしています。

 

『言葉の乱れは心の乱れ』と自分に言い聞かせています。子どもの小さかった頃は、何かしてもらった時には『ありがとう』、いけないことをしたときには『ごめんなさい』を厳しく言いました。

 

始めと終わりの挨拶を大切にすることを母(お琴の師匠)から自然に学んだように思います。母は教える立場の人ですから礼儀作法は今でも厳しいかもしれません。

 

社員さんに対して本当に純粋な気持ちで、自分の身内よりも大切にしたいと心掛けておりました。社長が本当に純粋で優しく、思い入れの強い人ですから」。