「つらい、苦しい、悲しい、心配、行きづまり

 

1月18日(木) 弊社「新春ミーティング」。

 

「実践人の全国研修会」の「立腰タイム」で、たまたま相大二郎学園長の隣に座わらせていただいた奇跡的幸運!に感謝しつつ、これは洋先生が逢わせてくれたに違いない、と瞬間的に強く感じたのです。

 

「一燈園」を開設した西田天香(1872年〜1968年)さんの稀有な思想、お便所掃除、生活態度などは石川先生の著書をとおして断片的に学ぶ度に感嘆、驚愕するばかりでした。

 

そのたびにチャンスがあれば「一燈園」でセミナーを開催できれば、生涯忘れられない体験になると確信しました。結果的にはただの願望で終わったことは明らかにいたらない自分の怠慢にほかなりません。

 

同先生の教えは有名な下記の「自戒」に集約されています。どうするかの答えは「自分を捨てる」無心の実践から生まれた気づきです。「自分を捨てる」は後日天香さんに学ぶ予定です。

 

 

 

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「森信三先生の一天地を拝して」——序文にかえて②

 

1月17日(水)冬の土用入り。

 

石川洋先生の序文抜粋の続きです。

 

「精神のみなぎっている人は、生涯の目標を日常の行とし、淡々として積み重ねておられるのである。その深さをさわやかに受けこなす人を生き方の達人というのであろう。肝に銘じて学ばせて頂きたい。

 

この度刊行された森信三先生の『訓言集』は弟子の方々の純一な尊敬の念で記述されているので、先生の言動が愚鈍な私のようなものにも魂を揺さぶる学びを与えてくださる。感謝の一語に尽きる。

 

『学話』に『死は人生の総決算である。肉体が朽ち果てた後尚残るものは、肉体が動いている間に為した真実あるのみである。即ち不滅なるものを印してゆくのは、肉体の動いている間だけである。大死一番とはここの処を悟ることである』と。余人を寄せつけぬ厳しさを感じさせる。

 

・・・最近はプラス思考とか夢をもつという未来への心理的発想が安易に用いられているが、振り子のように安定性に欠ける傾向がある。人間的にいうならば、尊敬があって定まり道は開くのである。

 

しかも『年とともに尊敬するものがはっきりして来るようでなければ、人間は大成しない』の言は、ずしりと重い老いへの提言として抱きとめさせて頂いた。平伏あるのみである。

 

・・・(附記)『死は生まれる前の“故郷”への帰還である。お互い人間は何時死ぬかも知れぬと覚悟して、現在の生活の全充実を期すべきである』(学話)。この光柱の如き教説は、他の宗教者、哲学者に言い切れていない実である。これから森信三先生の真価が問われてくることであろう」。

 

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「森信三先生の一天地を拝して」——序文にかえて①

 

1月16日(火)

 

「森信三訓言集」(平成25年、致知出版社)へ石川洋先生の序文抜粋です。

 

「師曰く『人は肉体的には一度より誕生しないが、精神的には幾度も誕生する事ができる。一日一日が、精神的誕生でなくてはならぬ』。又『人間の修業は一つずつである。その時その時、自分の為すべきことを正確に行うこと』・・・と語られている。

 

・・・自分のことになるが、私の名前は『洋(よう)という。洋は海を意味するが、洋のつく海は、『太平洋』「大西洋」『印度洋』の三つの大海だけにつかわれているのである。

 

青年移民としてメキシコに渡り、医者として帰国した父が、長男である私に太平洋のような大きな心に育って欲しいという願望と神に捧げる祈りを込めたと母から聞かされた。

 

五歳の時に父を亡くしたが、その親心が私の魂を育て、曲がりなりにもゆるぎなき一本の道を歩ませてくれていると心に記している。

 

・・・名前は『親の願望』であり、『性』は先祖の徳である。それを純化して宇宙の根本生命に帰一するものとして受け止めている。・・・又師弟の会話には人温的な柔軟心が伝わってくる。先生に触れた人なら誰でもが感じる一瞬の微笑がある。

 

だが、『学話』を読むうちにはっとした。『言葉すくなくして、しかも内面的な明るさを持つことが大切である。しかもこの明るさは、邪念のない清らかな心情から出る』と自戒されている。今にして先生の日常の心の置き処に気づかされ頭の下がるものを覚えた。」

 

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「幻の講話」の「一巻選集」(平成20年)監修

 

1月15日(月)小正月。半襟の日。

 

ちなみに森信三先生の「幻の講話」、「一巻選集」(平成20年、実践人の家)の監修は石川洋先生です。「幻の講話」全5巻は森信三先生の「生き方を学ぶ」入門書として読書会テキストの定番になっています。

 

「一巻選集」は全5巻の中から石川先生が内容を選び抜き一巻にまとめた選集です。同先生は「歴史的経書としての『幻の講話』」のタイトルで冒頭に書き綴っています。

 

「人間教育の混迷を極める今日、人間を根っこから育てらない教育の一大欠陥は、教える側を掘り下げる視点より、表皮の対症療法に追われている空しさにあるのではなかろうかと苦慮するばかりです。・・・

 

一燈園の子弟を育てる学園の校長をされる先生に、西田天香師は在職された一県の諸学校の『一日小使い』の托鉢を命じられた。すでに校長職にあった方であるが、学校の便所を掃除されながら、生徒を『生徒さん』と拝めるようになり、一年後に一燈園の校長として迎えられた。

 

森信三先生の教育実践学の根底にあるのも、人類を普遍的に育成する哲理と実践が、先生自身の端的にして、明解な『行学不二』の證として示されている。」

 

森先生がいかに実践を重視していたかということです。「『行って余力あらば以って文を学ぶ』(論語)つまり学問が人生の第一義ではなく、生きることが第一義である」ということです。

 

さらに「森信三訓言集」*(平成25年、致知出版社)の序文で石川洋先生は述べています。(*「森信三訓言集」は「修身教授録」の姉妹編で昭和10年代初の授業内容を生徒が筆録したものです。)

「商人」と「販売業者」は違う

 

1月13日(土)

 

振り袖レンタル業者が成人式当日に業務停止という悪質なニュースがマスコミを賑わせています。一年以上前に全額を支払い、当日を心待ちしていた本人はもとより家族には信じられない惨事以外のなにものでもありません。

 

きもの業界の信頼を一挙に失墜させ、これからの振り袖早期販売はもとより高価なきもの販売への消費者の眼はいちだんと厳しくなっていくのは必定です。

 

「信用情報」によれば同社は平成20年呉服小売店のコンサルティング事業を創業、23年3月法人改組し福岡でシーン・コンサルティングを設立、その後横浜に本社を設置。24年横浜店を開設、27年5月福岡天神店、同年6月つくば店、同年11月八王子店を開設。

 

当初はコンサルティング業務を行っていたが、ほどなく振り袖レンタル・同販売店「振袖レンタル&フォト『はれのひ』」を開設して現業に転換したとのことです。

 

同社は振り袖のレンタル業者であり、振り袖をとおして幸せを届ける商人ではなかったのです。業者は儲けることを第一義と考えるのに対し、商人はいつの時代でもお客さまを第一に考えることで信頼を育んできたのです。

 

もとより良心的な商人であっても倒産を避けられない事態に陥ることが生じます。しかし、最悪の場合でも消費者へ迷惑をかけないために最善を尽くすのが商人の商人たるゆえんです。

 

今回の倒産劇は商人としてはあり得ない不祥事であり、決して許されることではありません。改めてわが国の商人たちが築き上げてきた「商人道」の教えを痛感させられる不祥事件でもあります。

 

「偉くならなくていい!立派にならなくていい!

人のお役にたつことである」

 

1月12日(金)

 

下記の「新生第一歩」は石川洋先生が治療から退院し新しい一歩を踏み出した年の賀状(2015年)で、これが最後になりました。

 

新生第一歩

 

合掌 「我以外皆我が師なり」

新たなる年を迎えつつしんで感謝申しあげます。

小生勿体なき事ですが、八十五才をたまわりました。

いたらなき身でありますが、一命をささげる

所存であります。

一歩をふみ出す決意をいたしております。

お導き下さいませ。

道友の皆様方の御平安を御記念申しあげます。 

再拝  石川洋祈念

 

今を生きる人として、石川先生の気づきは下坐業に徹した人でなければ気づくことのできない深さがあると幾度となく教えられたのです。「下に降りると凡てのものが活かされる」(天香)のでしょうか。特に印象深く心に残っているのは次の言葉です。

 

・「偉くならなくていい、立派にならなくていい、人のお役にたつことである」

・「いたらない人間なのだからあたためあっていこう」

・「捨てなければ得られない」

・自戒(後日紹介します)

 

同先生は森信三先生の得難い理解者の一人でもありました。「実践人」道友の中でも同先生を慕う人が多いようです。

 

石川洋先生の「生き恥に生きる」の衝撃!

 

1月11日(木)鏡開き。

 

いつも作務衣姿の石川先生は一段高い演壇で一礼すると必ず壇上から降り、聴衆と同じ目線で自分に問いかけるように話していました。先生のひと言の重みを感じつつ心からご冥福をお祈りします。

 

この数年は病のため体力が衰えながらもカンボジアの学校支援事業に携わり、あるいは多くの人々の要請に応えて力の限り講演を続けておられた姿に深い感銘を受けていました。

 

石川洋先生との巡り合いはご著書「一人には一人の光がある」(柏樹社)の「生き恥に生きる」に心を打たれたことに始まります。「人を信頼する」ことの重みを痛感させられたのです。

 

拙著「日本型専門店」(1984年刊)の「日本型コンセプト」を構成する「人間主義」の基本として「従業員を育成する」の項で引用させていただき、その後お目にかかり快く諒承していただきました。

 

以来、同先生には幾度となく弊社セミナーの講師として、今を生きる人として、経営者としての心のあり方をメンバー店共々に学ばせていただきました。

 

「生き恥に生きる」は盗み癖のある子どもをもつ母親が先生のところへ相談にきた時の話で、「人を信頼する」ことへの深い気づきを示唆されたのです。どんな子どもであっても、親なればこそわが子を信じることです。

 

信じることは愛!愛あれば何の恐れもありません。親が信じない子どもを他人が信頼するはずがありません。ありのままを受け入れることで子どもは救われ、信頼は深められます。伝統的な日本の社会で親は常に世間体を気にしながら生きる、「恥の文化」が半ば常識になっていたのです。

 

逢うべき人には必ず逢える!

 

1月10日(水)

 

ご縁とはまことに不思議なものです。2015年8月の「実践人の全国研修会」、早朝の「立腰タイム」でたまたま座った席の隣におられたのが一燈園の相大二郎学園長(学校法人・燈影学園)だったのです。

 

まさしく「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える、しかも一瞬早過ぎず一瞬遅すぎない時に」(森信三)をまたも実感させられたのです。この言葉は「実践人」道友の間で最も共感の多い言葉だとのことです。

 

ちなみに「実践人」とは「実践人の家」(森信三先生創設、一般社団法人)道友の名称であり、また機関誌の名前でもあります。

 

創開者である森信三先生の教学(全一学)に則り、「共に学び、実践し、自己の生き方を確かめつつ、いささか社会に貢献し、一隅を照らす使命の実現に努めようとする」のが「実践人」の趣旨です。

 

昭和52年7月から社団法人として認可・発足し、平成21年の制度改革から一般社団法人に移行しています。月刊「実践人」の発行、全国各地で「読書会」、「研修会」を開催。毎年8月後半には「全国研修会」が開催されます。

 

森信三先生の「人生二度なし」に共鳴して自己を学び、交流を広げたい方はぜひご入会ください。すばらしい道友が待っています。個人会員(年間6千円)、法人会員(年間1.5千円)があります。

 

さて、相学園長から一燈園同人の石川洋先生がこの7月5日に他界されたと知らされ愕然となりました。身体の奥にしみわたり、心を洗われる同先生の叫びを覚えておられるメンバー店経営者は少なくないと思います。

 

 

「我、未だ木鶏に及ばず」

 

1月9日(火)

 

破竹の勢いで連戦連勝を続けていた双葉山が安芸の海に敗れたとき、師の安岡正篤へ打った電文、それが「我、未だ木鶏に及ばず。」です。木鶏は荘子に出てくる言葉だそうです。

 

故堂平信也会長(ゆたかや)にお聴きした話です。意味は下記のとおりです。

「戦わずして勝つ」ことが最高の戦略とされていますが、「木鶏」はまさにその象徴、同会長が目指した姿ではなかったでしょうか。

 

 

 その昔、紀省子という闘鶏を飼育する名人がいて、王のために一羽の鶏を育

 てていた。王が「もうぼつぼつ蹴合わせてみても」と催促すると、紀は「ま 

 だまだ、今空元気の最中です」と断った。

 

 それから十日ばかりして、王が「どうじゃ」というと、「まだ、相手を見ると、

 興奮してダメです」

 

 さらに十日。しびれをきらせた王が「いくら何でも、もうええじゃろう」と

 せっつくと、「まだいけません。敵に対して、こやつが、と嵩にかかるところ 

 がある」と、まだおあずけ。

 

 そんなことがあって十日目に、やっと紀がOKを出した。

 

 「もう、ぼつぼつよろしいでしょう。相手が挑戦してきても、いっこうに動 

 じません。ちょっと見ると、木彫の鶏のように、その徳が完全になりました。

 どんな鶏が現れても、応戦する前に退却しましょう」

 

 蹴合わせてみたら、果たして、その通りであった。(伊藤肇訳)

 

活路を拓くのは「ウェブとリアルの融合」

 

1月8日(月)成人の日。

 

きもの、ジュエリー専門店は本年もさらに厳しい商戦が待ち受けています。年頭から厳しい話になりましたが、専門店としてリスクをもちながら各店の情報を共有化し、独自の顧客開発を進化させていかなければなりません。

 

きもの、ジュエリーの魅力を伝え、身につける喜び、楽しさを親身になって提案していくことです。そのためにウェブ(スマホ)の活用は欠かせません。今や最大最強のツールになってきました。

 

弊社提案の「ウェボリューション」は新しい時代への適応を目指しています。「ウェブとリアルの融合」による独自の戦略構築は必至です。ぜひ本年の重点課題として取り組んでいただきたいと思います。

 

ブログの手抜きには☎で即座に「どうしました?」と注意されたのが11月に永眠された人生、商売の師である故堂平信也会長(ゆたかや)。ブログを始めて以来最も怖い読者でした。

 

歳末にはハナジマさんの加代子専務(創業者夫人)、さらに「日本きもの専門店グループ」事務局長としてお世話になった久保田武(秀之輔)氏が急逝、ああ!世は無常なり、ご冥福を心からお祈りします。

 

昨年の12月は主体性、使命観を確立する視点から「人生二度なし」、森信三先生の壮絶を極めた人生、さらに日本人の生き方にふさわしい「全一学」の一端を学びました。

 

本年も石川洋先生、さらに同先生が青春から修業を始めた師の西田天香さんに学びます。西田天香さんとはどういう人なのか、京都の山科にある「一燈園」とは果たしてどんな集団なのでしょうか?