消化管の閉塞を迅速に解消する手技として、ステント留置術が普及し始めている。従来の胆管・食道・胃十二指腸用に加え、大腸ステントが今年1月に発売され、緊急手術や人工肛門造設を回避できるようになった。


 ボストン・サイエンティフィックジャパンは、今年1月に大腸ステント「Wall Flex」(図1写真)を発売した。これまで国内の消化管ステントは、胆管用、食道・胃噴門用、胃幽門・十二指腸用しかなく、大腸用の実用化は欧米に比べて10年以上遅れていた。大腸ステントの登場により、消化管閉塞用のステントがほぼ出そろった。東邦大医療センター大橋病院消化器内科教授の前谷容氏は、「消化管ステントのデバイスラグがようやく解消した」と評価する。


ぽちルンルン部屋

いずれの消化管ステントも悪性腫瘍による消化管閉塞を対象とし、主に癌終末期の緩和医療に用いられる。腫瘍が増殖して消化管が閉塞した場合、食事ができないなど、患者のQOLは大幅に低下する。

 例えば、胃幽門・十二指腸ステントが実用化されるまでは、胃空腸吻合術もしくは経鼻胃管や胃瘻による減圧しか治療の選択肢がなかった。しかも手術は侵襲性が高く、経鼻胃管は患者への負担が大きく、胃瘻は腹水が増えた患者には利用できなかった。胃幽門・十二指腸ステントは、内視鏡的に閉塞部位に留置するのみ。非侵襲的に閉塞を解除でき、食事も数日後から可能になる。承認後、普及してきており、「年間4000~5000人に実施されているのでは」と、前谷氏は推測する。

 今年発売された大腸ステントも、大腸癌などの終末期患者で生じた腸閉塞を非侵襲的に解除する効果がある。このような患者が腸閉塞を起こした場合、これまではイレウス管の留置か緊急手術が行われていた。だが、「イレウス管の効果は限定的」(東邦大医療センター大橋病院外科准教授の斉田芳久氏)であるため、多くの患者で開腹手術による人工肛門造設が標準的に行われていた。

 斉田氏は、「緩和目的でのステント留置成功率は9割以上と高い」と話す。海外では既に大腸ステントの留置が標準治療となっており、それを受け、大腸癌研究会による『大腸癌治療ガイドライン』では、大腸ステントを以前から腸閉塞の治療法の一つとして推奨している。「狭窄部位が2カ所程度までならステントで対応できる」と斉田氏。大腸ステント留置術は、イレウス管の挿入に比べて難しい手技ではなく、手技の習得もしやすいという。

 ただし、いずれの消化管ステントも有害事象として、穿孔やステントのずれ、再狭窄などが生じる可能性が低いながらある。

大腸ステントで人工肛門回避
 大腸ステントは、切除可能な大腸癌患者における閉塞治療への応用も期待されている。

 「根治的手術を目指す場合も、ステントを用いることで腸閉塞を迅速に解除することができ、患者はイレウス管や緊急手術を回避できる」と斉田氏。

 その後、患者の状態が落ち着くのを待って待機的手術を行うことで、手術の安全性も向上する。また、待機的手術では病変部のみの切除が可能となり、人工肛門の造設を回避できる。斉田氏は「待機的手術では、病変組織とともに留置したステントを摘出するので、ステントは一時的な留置となる」と説明する。

これまでに斉田氏らは、切除可能な大腸癌患者における閉塞を対象に、大腸ステント留置を100例以上実施している。閉塞解除の成功率は緩和目的と同様の9割以上。

 ただし、大腸は穿孔が生じやすい臓器だ。「これまでのところステント留置による穿孔は少ないが、注意は必要」と斉田氏。大腸ステント留置術の安全性を高めるため、今年、斉田氏や前谷氏らは日本消化器内視鏡学会の附置研究会として、大腸ステント安全手技研究会(代表世話人:斉田氏)を立ち上げた。

 「研究会で症例を集積して安全な手技のエビデンスを確立し、国内外に発信したい」と斉田氏は力を込める。さらに、「大腸ステントによる治療が普及すれば、人工肛門の患者が大幅に減るだろう」と期待する。

良性疾患への応用研究も
 ようやく出そろった消化管ステントだが、課題も残る。前谷氏は、「現在国内で使用できる胃・十二指腸ステントは2種類で、大腸ステントは1種類のみ。症例に合わせて異なる性状のステントを使い分けたいが、種類が限られるので、それができない」と話す。拡張力や柔軟性などが異なる複数種類のステントが必要だという。

 さらに前谷氏は、「ステントの種類が増えれば、クローン病など炎症性腸疾患や、吻合部狭窄などの良性疾患への応用が可能になるだろう」と予想する。予後が長い良性疾患では、長期のステント留置は有害事象のリスクを高めるので、一度留置したステントを抜く、もしくは留置後一定期間が経過すると消失する生体吸収性ステントを用いる必要がある。そのため海外では、メタルステントに膜を張ったものやプラスチックステント、生体吸収性ステントの研究開発が進んでいる。

 循環器領域に比べステントの実用化が大幅に遅れていた消化管領域だが、今後その種類が増えれば、様々な応用が可能になりそうだ。