本 2016/Sep. 087

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見守られて生きる
矢作 直樹
2015

印象に残った文章

私はよく武士道精神を引き合いに出します。いかなることが起ころうとも、その準備、こころがまえ(覚悟)をしておくことが、明日を生きる活力となる。これが武士道の真髄です。そのために礼儀・作法があり、他者への思いやりと、自分への戒めを忘れてはならないのです。

西洋の神様は唯一絶対神ですが、私が神様だと感じるのは、八百万(やおよろず)の神々まで含む、広い意味での神様です。もっと言えば、私たち一人ひとりの中にも神様が宿っています。これを内在神(ないざいしん)と言います。

ちなみに「理想の死にかた」というものは、ありません。
死にかたにこだわる必要は全くなし。どこでどんなふうに死んでも、魂の存在には関係ありません。「畳の上で死にたい」などと言いますが、仮に孤独死や事故死したとしてもです。
それより「死ぬ直前の気持ち」が大切です。

知らない知識を受け取る、自分とは違う考え方を受け取る、予期せぬ状況を受け取る。受け取るというのは、合意や同意とは違います。考え方なり人なり、その存在を承認(認知)すること、それが受け取るということです。

直観、すなわち感性を研ぎ澄ますためには、どんな状況でも素直に「見る」ことが大切です。まずは虚心坦懐(きょしんたんかい)に考える、余計なことを考えずに謙虚にある。
そのために必要なのは、普段からできるだけ好き嫌いせず「いろいろなものに興味を持つ(関心を持つ)」態度です。

貢献という段階では、陰徳(誰にも言わずに善行を行うこと)を積むことに大きな意味があると思います。老人や子どもを見守る、街中のゴミを拾う、列にきちんと並ぶ、公衆トイレを掃除する、席を譲る、黙って寄付をする。

勇気とは過ちを認め、過ちを受け取ること。

「人智の及ばない力があることに気づく」
これがしかたがないという心構え、つまり究極の学びです。

私たちがこの世界に生まれて来ただけで、この上なくラッキーなこと。いつも「これで十分、今で十分」と感じていれば、自分が予想もしない事態に見舞われたとしても、うろたえる必要はありません。

とにかく、相手が話し終わるまで全部聞くこと。この姿勢が重要です。

マイナスな状況を繰り返す根っこには、二つの要素の欠如があります。
それは、承認と感謝です。

教えるということは相手とこ対話であると同時に、自分の中にある葛藤との対話でもあるのです。

それでも教えるに際して、私がいつも頭に置く言葉があります。①鑑識眼(審美眼)、②融通無碍、③緩急自在、この三つです。

ちなみに自分と同じ意見の相手(同類)と付き合うと、衝突することもなく楽しい時間を過ごせますが、自分と全く違う意見、異質な発想の持ち主と付き合うと、自分の中にある潜在意識が刺激され、発想の引き出しが増え、思考の柔軟性が磨かれます。

想像は意識エネルギーですから、良いも悪いも同じエネルギーに同調し、想像した出来事を実際につくろうと動き始めるのです。

では想像力を良い方向に働かせるには、どうすればいいのか。それには二つの方法があります。五感を使うこと、行動すること、この二つです。

人生の質が変わる七つの言葉
「ありがとう(ありがたい)」
「おかげさま」
「さすがです」
「ごきげんよう」
「また会いましょう
「いただきます」
「ごちそうさまでした」


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本 2016/Sep. 086

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日本人のお役目
矢作 直樹
2014

印象に残った文章

アジアをはじめ、世界で日本の教育が注目されているのは、宗教色を排して普遍性を教える日本の姿勢を見抜いているからかもしれません。

教育に関する勅語(ちょくご)

 私は、私たちの祖先が遠大な理想のもとに、道義国家の実現を目指して日本の国をお始めになったものと信じます。そして国民は忠孝両全の道を完(まっと)うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、美事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
 国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで社会公共のために貢献し、また法律や秩序を守ることはもちろんのこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。
 そしてこれらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私たちの祖先が今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。
 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私たち子孫の守らなければならないところであるとともに、この教えは昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

明治二十三年10月三十日
御名    御璽

※ 御名(ぎょめい) 御璽(ぎょじ)とは、天皇のご著名とご印のこと

これぞまさしく道徳です。

簡単に説明すると、会釈十五度、普通礼(敬礼)三十度〜四十五度、最敬礼四十五度〜六十度。これが標準的なお辞儀の作法です。

古来、日本人には「気を読む」という能力があります。
今では空気を読むという言葉が普通に使われていますが、気を読むというのは相手の持つ気=エネルギーを読み取ることです。

気を読むことができる日本人は、わざわざスキンシップして肌を密着させなくても相手のエネルギーを読むことができます。

白か黒かを決められない微妙な状況では、「善処する」という言葉が活きるのです。

先送りは判断しないことではありません。
時間の経過とともに人の感情や社会の状況が変わるという事実を踏まえて、判断する材料を増やしながら決断することです。

なぜ合掌するのかというと、その形を取ることで想念のエネルギーが集中しやすいとしっているからです。

合掌は念をとばすための形なのです。この場合の念は感謝であり、自らの願望や恨みであってはいけません。
これは「祈りの効果」につながります。天皇陛下による毎日の合掌も、国民・国家、そして世界全体の安寧(あんねい)を祈ってのものです。

虫の音や鳥のさえずりを耳にして風情(ふぜい)を感じる、大自然の脅威を感じて万物の創生を知る、森や山に神を見出す、それらが歌となり、祭り(祀り)となり、建築や町づくりに生かされ、長い時間をかけて伝統・文化へと昇華する。
日本人はこういうことが大好きです。自然との一体感(自然=神々への感謝の念)を持てるからです。

心を形として表すこと---心のありよう、それが道です。

従って、そこで重要なのは優劣ではありません。
切磋琢磨する姿勢であり、一番大切なのは「無私(むし)の境地」に至ること。

列に並ぶことは秩序の正しさを貴ぶところから来ていますが、自分を抑えて相手に譲ることも思いやりの思想であり、それは高いレベルの礼儀です。

譲ることのできる人は余裕のある人です。
余裕とは心の広さであり、心の広さは優しさという言葉に置き換えられます。

自分がこの世界に輪廻転生して来たという事実を知ること。これこそ、心に余裕を生み出すきっかけです。
私たちは「楽しむために」この世に転生しました。
人生でさまざまな経験をするために、経験でさまざまなことを学ぶために何度も転生しています。

どんな時でも相手に逃げ道を用意する、それが日本人の資質です。追い詰めることで得られるものが何もないことを、本能的に知っているからでしょう。
これは「許し(赦し)の文化」です。

どんなことが起きてもあわてない、焦らない。そのためには普段の準備を怠らないことが大切です。

加齢と病気は裏表の関係であること、平均寿命にこだわらないこと---このふたつは重要です。理解できれば、人生を楽しめると同時に肉体死への心の準備ができるはずです。

日本人の考え方、判断、そこに流れる価値観は、総じて平和的なものばかりですが、それは同じ日本人だから通用するのであり、世界はまったく別物と割り切った意識も必要です。

どんな食べ物にも命が宿っています。それを私たちが食するわけですから、「いただきます」「ごちそうさま」であり、持つべき意識は「もったいない」なのです。

共食はコミュニケーションの基本であり、それは「気を許す」「気脈を通じる」ということにつながる作法です。

同じ事象でも、それをどうとらえるかが大切というわけです。

ちなみに「三方(さんぽう)よし」という言葉にも日本人の気遣いがあります。
近江商人の商いに対する基本姿勢ですが、三方とは、私(売り手)、あなた(買い手)、世間、の三つです。
これは商人の心意気を示しており、自分だけ良くてもダメ、自分と相手だけ良くてもダメ、皆が良くないとダメ、つまり世の中への貢献(社会貢献)を意味する貴重な言葉です。

「直観」(物事の本質を理屈抜きで捉えること)は見えない存在からのギフトであり、論理を超えた存在です。
ギフトである直観は「気づき」です。私たちは気づくことで学びます。気づかなければ一生学ぶことなく、この世での時間を終えてあちらの世界へと帰ります。

日本に行ったことのない外国人が日本の印象を問われると、ほとんどの人が挙げるのが「宗教心のなさ」。
しかし彼らが来日してお祭りに遭遇した時に思うこと、それは日本人が神々=見えない存在を敬愛する姿勢への感動です。

今では誰が勝ったとか、負けたとか、取り組みの結果だけが先行していますが、そもそも相撲は神に敬意と感謝を奉納する儀式です。

ちなみに勝った力士が懸賞金を受け取る際、軍配に向かって左、右、中、と三回手を切る儀式は「手刀を切る」と言われます。手刀は土俵を守る「造化三神(ぞうかさんじん)」への感謝です。左を切るのは神皇産霊神(かみむすびのかみ)への感謝、右を切るのは高皇産霊神(たかみむすびのかみ)への感謝、中を切るのは天御中主神(あまのみなかぬしのかみ)への感謝、というわけです。

私たちの肉体と、私たちの本体(魂)は、ひものようなもので結ばれています。肉体は魂の持つ意識で操作されているのです。西洋ではこれを「シルバーコード」と呼び、日本人はそれを魂の緒(たまのお)と呼びました。

地産地消(ちさんちしょう)、身土不二(しんどふじ)は「近い」という方向での教訓ですが、その逆に「遠い」という方向での教訓もあります。それは「人間に近いものを避け、人間から遠いものを食べる」という食の教えです。
生物としてみた場合、人間に近い動物、たとえば牛・豚・鶏などはダメ、それより遠い魚、さらにもっと遠い穀物や果実など植物から食べるべし、ということです。

すべてを包み込む---。
これが日の丸を掲げる、日本人のお役目ではないでしょうか。

戦争はするものではありませんが、そこまでに追い込まれた真実を知ることなく、現在の感覚だけで、「だから日本はダメだ」「日本は悪い」などと自虐する必要はありません。
自らを貶めることはしてはいけないのです。
私たちに必要なものは、日本人が持つ本来の誇りです。何かで迷った時は、日の丸をご覧ください。

日本には「袖振り合うも他生の縁」という言葉があります。
誰かとのご縁は、それまでのさまざまな生(過去世)の因縁によって起こるもの、たまたま道で袖が触れ合ったとしてもその人とは過去世のつながりがある、そんな意味です。

そもそも私たちは、どんな時代にどこの国で生まれようと、もとは同じ大いなる存在から分裂した「分け御霊(みたま)」です。
その事実を知ること。皆がそれぞれの学びのために転生しているのだということを思い出すこと。
これが「魂の教育」の基礎であり、自分を知るという言葉の本質です。自分を知るということは、他者を知ることです。

魂の教育と歴史の教育。
これが教育改革の基礎だと思います。真実の歴史を表に出し、詰め込み式や偏差値重視の姿勢をやめない限り、日本人の覚醒は望めません。

本当の意味でのエリートとは、自己利益や保身に走る人ではなく、いかなる時も「国家をどう生かすか」を考える人たちです。

どんなものにでも対応できる、解決できる風呂敷を創造した日本人は、世界の難題を解決する智恵を持っています。


備忘録

山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)
この世のすべてに仏性が宿る、すべての存在に対して常に見えない力が働きかけてあるべき姿に戻そうとする。


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本 2016/Sep. 085

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天皇
矢作 直樹
2013

印象に残った文章

ここで大きな疑問があります。教科書のどこにも天皇陛下の最も大切なお仕事である「国の平和と国民の安寧を願って祈られる」ことが明記されていないのです。

陛下がおっしゃる「国民と共に」、また皇后様がおっしゃる「心を寄せ続ける」という言葉

天皇皇后陛下は、皇太子同妃両殿下の時代から、宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿)における祭祀を大切にしてこられました。古くから伝わる祭儀を忠実に受け継がれ、常に国民の幸せと繁栄を祈っておられます。

米国大統領が最高の礼装であるホワイト・タイ(燕尾服に白い蝶ネクタイ)で出迎える相手は、世界で3人。それはローマ法王、英国女王、そして日本の天皇だけ、ということはご存じでしょうか。

ちなみに、皇居の暖房は、20度とずいぶん控えめに設定されているそうです。

国民の代表による政府が機能不全に陥った場合の天皇陛下のご決断力とその影響の強大さ、そして危機に際し自国で対応しきれなかった私たち日本人の危機対応能力の不十分さ、この本で私が述べたかったのはこの二点です。


備忘録

戦前の四大節
四方拝(1月1日)元旦、紀元節(2月11日)神武天皇の即位の日、天長節(4月29日)昭和天皇の誕生日、明治節(11月3日)明治天皇の誕生日。

戊辰詔書(ぼしんしょうしょ)
日露戦争の先勝により列強と肩を並べたと国民は慢心し、私生活では奢侈に傾き、一方、地方では地主と小作の関係の悪化や労働争議により疲弊も目立ち始めた。こうした状態を憂慮された明治天皇は、明治41年、国民への戒めとして、「戊辰詔書」を発布され、国民の勤勉・質素倹約を説かれた。

 


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