本 2017/Mar. 019

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千住家の教育白書
千住 文子
2001/11/25
 
日本画家・千住博、作曲家・千住明、ヴァイオリ二スト・千住真理子の母親が書いた本である。
 
印象に残った文章
 
「よくできる学生などが、いよいよ卒業というころに悩んで相談にくる。聞いてみると親との意見不一致なんだ。就職、進路の問題など特に多い。親は自己愛、利己主義、自己満足、わがまま、それらすべてを捨てなくては駄目なんだよ。これは幼児の親にもいえるよ。親は自分の考え違いに気づくことがない。自分の生んだ子は、自由にしてもよいなどと思ったら、大きな間違いなんだ。親の人格の問題になってくる。子供を育てるのは、子供自身の自由を基本として、見守るという謙虚な考えに徹しなくては駄目なんだよ」
 
そして得た結論としては、自分を無にしてかかることだった。親は自分自身の期待を子供にかけてはいけない。それは親のエゴイズムにほかならない。
私利私欲のすべてを捨てて、子供と接しなければならない。それでは親はかわいそうかというと、そうじゃない。子供が賢く育ったら、うらしいことなんだ、と思う。
報いのない愛、献身の愛、神に近い愛、これは自分自身が修養し、自分を磨くことにかかっている。結局、子育ては私自身の問題といえるのだろう。
 
「勉強は学校で教わるものだ。家で教えるものではない」
 
「家で手伝って、成績が上がって、何か本人のためになると思っているのかい。大人になったらどうするのだ。誰か教えてくれるのかい?」
 
「子供は親のものではないんだ。将来どんなことをやっても自由なんだよ」
 
「後でよいことを、今するのは止めなさい。今必要なことだけに絞って突進しなければやれないよ」
 
「本人がそれほど望むなら、その一途な情熱を僕は高く評価するよ。あの子はこれから先とても大変な道を選ぼうとしているのだよ。まず高いハードルを越えなければ駄目だ。僕が言っているのは、学校の優劣ということではない。ハードルの問題なのだよ。容易な道を選んでは駄目なんだよ」
 
「近い道など探すな。遠い道を苦労して行けよ」
 
「成功は、努力と才能の掛け算なんだよ。どちらか片方がゼロでも答えはゼロなんだ」
 
''人生のチャンスをつかむ''
''勝敗を問題にせずそのプロセスを大切にする''
この父親の考え方や意見に、そして勇気をもって猪突猛進するこの父親の性格を見たことは、自分の将来を考え始めた二人にとって、大きな刺激であった。と同時に彼ら自身の事件でもあった。そして人生に対する態度が自ずと方向づけられていった。
 
人にとって何kが一番大切な事であったのか…。
子供が芸術家になっても、化学者になっても、医者や法律家になっても、同じことであった。料理人になっても価値に変わりはなかった。
大切なことはほかにある。
どんな人間になるかということである。
そして、親がどんな人間に育てるかであった。
むずかしい教育は、やさしい愛情より劣るのではないか。
過ぎた日、私は夫とそんな話をしたことがあった。
「愛があれば、子供を叩いても虐待ではない(私たちは子供を叩いたことはない)。愛がなければ子供の頭を撫でても、良い子は育たない。すべての鍵は愛である」
 
 

 

 

 

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本 2017/Mar. 018

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あるヨギの自叙伝
パラマハンサ・ヨガナンダ
1983/09/10

霊的体験が満載のこの方、パラマハンサ・ヨガナンダさんの本は、とても神を身近に感じられる物語がたくさん書かれている。祈れば通じて、この世界に表現されるのだ。

クリア・ヨガにも興味が湧く。

本書では、眠らない聖者や、食べない女性ヨギ、マハトマ・ガンジーが出てきたり、学校を設立したり、ヨガ指導のためにアメリカへ渡り講座を開いたりヨガ施設を設立したりと内容が濃い。


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本 2017/Mar. 017

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この出会いら魂が選んだこと
木村 藤子
2016/07/05

 

印象に残った文章

 

言い換えれば、この世に生まれてきた限り、どんな人でも向き合わなくてはいけない魂の課題があり、それを良いこと、悪いことのさまざまな体験の中で気づかせてくれるのが、縁あって出会う身近な人たちなのです。
 
つまり、過去・現在・未来というひとつながりの流れの中で、カルマに応じた課題を克服しながら魂を磨き、輝かせていくことが、この世に生まれてきた理由であり、魂の望みでもあるのです。
 
たとえ、一時期仲たがいするようなことがあったとしても、自分の非を認め、相手を許し、思いやりを持って接していれば、やがて幸せが訪れるでしょう。
つまり、
「自分の欠点に気づいて、直すこと」
「相手をよく理解して、許すこと」
「身近な人との良好な関係を築く努力をすること」
が大事で、これらは、幸せの3条件と言ってもいいかもしれません。
 
そこで、相手を責めたり、排除しようとするのではなく、自分が気づいていない心の不足に目を向けられるかどうか---あなたの心のあり方が問われているのです。
そう考えるならば、困難な状況に直面した際にも、「これは、私にとってどのような意味があるのか?」「何を気づかせるためのメッセージなのか?」ということを静かに自分に問いかけることができるのではないでしょうか。
 
大切なのは、その縁をいかに今回の人生の中で良縁にしていくかであって、過去世を詮索せずとも、カルマは必ず現世に引き継がれているからです。
 
要するに、この世で出会った身近な人たちとの交流を通して、相手のことをよく理解すると共に、自分の欠点や不足を知って、「人としてどうあるべきか」を学びながら我欲を抑え、社会の中でより良い関係を築いていくことが大切です。
 
人とうまく交流ができるかどうかは、地位や財産、学歴や職種とはまったく無関係です。いくら学歴が高く、才能があったとしても、心が養われていなければ無意味で、人との交流においてしくじるおそれがあります。
 
ですから、もし子供が何か問題行動を起こしたり、その兆候を感じたら、まず親自身が「自分の接し方、育て方に間違いはなかったか?」と省みるべきでしょう。
 
心をおろそかにすると、うわべだけつくろったり、何でも他人事としてとらえ、精神的に成長できずに、社会についていけない人や精神を病む人も出てきます。
 
このように、我が強い人は、自分勝手で思いやりに欠け、自分の思い通りにならないと気がすまないのでちょっとしたことで人と衝突する。それゆえ、人から嫌われ、人が離れていくことになるのです。
 
それはその人のカルマがトラブルを引き寄せてしまうからで、言い換えれば、まさにその時が自分のカルマに気づくチャンスでもあるわけです。
 
ただ、子供たちのしつけに関しては、何をしても許す優しい親を演じるでもなく、かと言ってガミガミしかったり、感情的に怒鳴りつけるようなこともなく、何かあったらまず「それを、どう思うの?」と聞くようにし、ここぞという時にだけ注意するように心がけてきました。
 
ですから、まず子供の考えを聞いてから、こちらの考えを伝え、それでも子供がわからなければ「自分で体験して、失敗して、気づきなさい」というくらいの気持ちで接することも時には必要だと思います。
 
要するに、人は長所をほめられた時よりも、むしろ短所を指摘された時にこそ心のあり方が問われる、ということです。
人から忠告されたときに、感情的にならずに、いかに冷静に自分の至らなさや我欲を省みることができるか…。
夫婦関係におちても、亀裂が生じたり、かみ合わない場合は、今一度自分を見つめ直すべきです。
 
幅広い人との交流の中で、人の意見を聞くことは、独善的になることを戒め、心を成長させてくれるのです。
 
まだ若いからと言って、「一人で生きていける」と思っているうちに孤立してしまうこともあるので、孤独な老後生活を送らないためにも、過去・現在・未来のつながりをしっかりと考えたうえで、血縁のみならず、他人であっても、身近な人たちと信頼が得られるようなおつき合いをしておくことがとても大事です。
 
何ごとも決して他人事ではなく、やがてはわが身に返ってくる、という気持ちを忘れないでほしい!
 
日頃から、親類縁者や職場の人たちとも仲良くできる心があれば、いかなることがあっても、苦しい出来事があっても、それなりの忍耐の日々の中で心がしっかり保たれているはずなので、難を乗り越えることができるでしょう!!
 
愛に飢えた人たちによるさまざまな不幸の連鎖---それを止めるのは、まず親自身が心を養うこと、そしてそれを自覚したうえで、子供たちへの接し方を見直してみることです。
 
私たち大人が、将来を担う子供たちに伝えなくてはならないものは何なのか?
親が子や子孫に遺してあげられる心の財産は何なのか?
それこそが、思いやりや愛情、人と人との信頼ではないかと思います。
それを私たち大人が日常、自らの言動で示してあげてこそ、子供たちにとって明るい未来が描けるのではないでしょうか。
 
そのように、「相手の立場や気持ちをくみ取る思いやりを持ちながら、自分自身の心をふり返って落ち度がなかったかをを確認すること」が大事です。
 
頑固さが、学びを妨げ、せっかく出会った人との関係を悪くしてしまうのです。
なので、まず人の心に目を向けて人の心を推しはかれるよう、人間関係について学び、知識を得ることが大切です。
幅広い人との交流を通して、
「人としてどうあるべきか」
「何が長所で何が短所になるか」
「どうすれば人と仲良くできるか」
等々、さまざまな知識を得ることによって、あらゆる角度から、人やものごとを見られるようになり、それにともなって、理解力や判断力も養われていきます。
 
心と心を通じ合わせるためには、まず「自分が伝えたい言葉」が相手に届いているかどうかが大事で、相手に対してどのような言葉の表現をするのがよいか、そこでの理解力や判断力、知識力が問われます。
 
「どうすれば相手がこちらの意見を素直に聞いてくれるか」というと、まず相手の長所を認めることから始めると、相手の心が開きやすいと思います。
 
人と交流をするうえで心がけておくべきなのは、相手の気持ちをくみ取り、思いやりを持つことで、これはどんな関係、どんな間柄であっても言えることではないでしょうか。
ただし、自分では思いやりを持って話したつもりでも、相手の心がそれを素直に受け入れてくれるかどうかは別問題で、話す側が相手の心をよく把握していない場合、どんなに親しい間柄であっても、知らない間に相手の反発を招いてしまうことも無きにしもあらずです。
 
実際に身近な人と言葉を交わし、表情を見ながら意見を述べ合う中で、人の気持ちや考え方、いろんな角度からの見方や自分が知らない知識など、さまざまなことを知る体験が大事なのです。
 
「知識があれば、ものごとの理解が深まる」
「相手をよく理解するには、思いやりや愛情が必要」
「知識、理解力、思いやり(愛)、これがあれば、世の中皆仲良くできるね」
 
だからこそ、相手に対する思いやりを持って理解力を深めながら、自分の我を抑えることが大事で、その努力の積み重ねが心を成長させ、魂を向上させることにつながるのです。
 
我欲にまかせて人と対立し、和することなく突き進んだとしたら、幸せとは逆方向、やがてはマイナスの結果を生むでしょう。
我欲や憎しみは、そのまま自分に跳ね返ってくるからです。
反対に、自分の不足に気づいて相手を許し、理解力や判断力を深められれば人と和することができ、相手を許せるチャンスとなり、自分にとっても相手にとっても望ましい結果がもたらされるでしょう。
相手への思いやりや優しさは、同じように自分にも戻ってくるからです。
 
相手に対して何か疑問を感じたり、意見の違いがあったら、その時に、
「なぜ?どうしてそう思うの?」
「あなたはどうしたいの?」
「どうすればいいと思う?」
と、自分の意見を主張する前に、まず相手の意見に耳を傾けることが大事です。
 
 
 
 
 
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