今年の2月、お気に入りの東京都写真美術館を訪れた。閉館間際だけれど、何か行かなくちゃ行けない!そんな思いに駆られ、写真美術館に入った。今回は、予定に無かった行動なので、何をやっているのかは、まったく知らなかった。ところが、ホールに入って、チラシをあれこれ見ていたら、「文学の触覚」と言う文字が目に飛び込んできた。文学?写真美術館で?と疑問に思っていたら、穂村弘と言う文字が目に止まった。ん?んん?穂村・・・弘・・・?え?穂村さん?チラシを1枚つかむと、文学の触覚と題された会場のある地下へ向かった。

 入り口を入ると、ゲーム機のDSが数台並び、DSで読む文学が公開されていた。また、白壁には、小説や詩が投影されていた。その中に混じって、穂村さんの短歌が白壁に黒の文字で描かれていた。
 それは、まさに描かれていたと呼ぶにふさわしい。書かれたと言うより、文字がひとつのグラフィック作品のように描かれた文字として作品が壁から浮き出ているかのように感じられた。もちろん、それは、白壁に黒文字と言うマジックなのかも知れないが。
 それぞれの作品を見ながら、面白い試みだと思った。文学という”読むもの”と言う意識を”見せる”ものにしている点では、斬新な企画だと思った。だが、逆に、文学をアートとしている点は、賛否が分かれるだろうとも思った。特に小説や詩は、読むものであると言う意識が強い。読みにくいものは、やはり、文学としてのジャンル分けには入りにくい。読んでもらってナンボのところがあると思うからだ。ネット詩などは、ネットと言う特殊な空間でこその部分はある。文字が回ったり、消えたり伸びたり縮んだりするのは、ネットならのものでもある。それは、紙の上では難しい。だが、この企画は、この会場の作品そのものが、ひとつの大きなネット詩のような空間の広がりを作り出そうとしたのではないかと感じられた。そう言う意味ではとても面白く斬新な企画だと思う。しかし、これが、これ一回きりで終わってしまっているように思える。賞を取ったから終わりではなく、ここから更に高みを目指し、文学の触覚を伸ばしていって欲しいと思う。それでこそ、文学の触覚なのだから。

 さて、穂村さんの作品「火よ、さわれるの」と題された13首。実に、興味深い。火は、触れない。いや、触っても構わないが、火傷を閣議せねばあるまい。しかし、文学と言うフィールドの上では、実にたやすく触れるのである。本物の火と同じように、時によっては、火傷をしてしまうこともあるのだが。
 文学の触覚は、触れそうで触れない部分に触れていると思う。逆を言えば、文学そのものが、触れそうで触れられないものに触れることが出来るのだと言っているようにも思えるのだ。穂村さんの作品も、その意図を受けるように作られているように感じた。その題材が「火」であったことが挙げられる。「火」の発見によって人類は、大きく進歩したと言われている。だから、作品の題材に「火」を持ってきたことで、この企画そのものが文学の進化だと言いたかったのではないかと思ったのだ。

 呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる

 冒頭の1首であるが、火が呼吸している様子をうまく取られていて、それがまるで不思議な生き物のように感じている主体がいる。それに対し、それは「火である」と教える貴方がいる。人類が火を発見して行く過程のようにも思える。そして、最後の一首、

 一千九百八十一年冬の微笑がエスペラントの「火」のごとく燃ゆ

エスペラントは、希望する人と言う意味がある。文学と言う火は、人々の希望のように燃えているとも受け取れるのだ。まさに、この企画が今後の文学の希望の火でもあるかのように。
 一度燃やした火は、誰かが燃やし続けなければ、いつかは消えてしまう。文学と言う火を燃やしたなら、燃やし続けていって欲しいと思う。それが自分自身なのか、まったく違う他者なのかは分からない。しかし、この企画が、その小さな火種を起こそうとしたことは、間違いない事実だと思う。そして、それを象徴する穂村さんの作品だったと思うのだ。
 いささか、深読み、はたまた思い込みかも知れないのだが・・・・・文学が人々にとっての希望の火であって欲しい、と、そんなことを思いながら、閉館の時間を迎えたのであった。


     Popん?TANKA

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私の好きな歌 かばん7月号掲載

テーマ:



レーエッセイ わたしの好きなうた
「MUSICIAN」~あきらめない夢は終わらない~

 18時25分、2ベルが鳴り響くコンサートホール。開演に先立ち注意のアナウンスが流れる。女性のぎこちない声が終わると何処からとも無く手拍子が起きる。それはさざなみが広がるように、会場全体へ広がってゆく。波が会場を包み大きなうねりになる頃照明が静かに落ちる。
 18時30分、ギターの音が開演を告げる。と、会場は総立ち、手拍子は拍手と歓声へと変わる。照明が点き、ステージにはALFEEの3人が。拍手と歓声は増し、こうして、めくるめく3時間強のステージの幕が上がる。

 ALFEEのライブは、歌もさることながら、彼らのトークとそして何より、あのコントがライブにハマる原因の大部分を占めていると言っても過言ではない。通常と言っても、他のライブには、あまり行かないので分からないけれど、「歌のリハ30分、コントのリハ2時間」と言わしめるライブなんて何処を探しても無い!と思う。まさに3時間強ギャグで構成されているのじゃないかとも思うほど。突っ込みどころ満載の歌、衣装、動き、そのどれひとつとっても、何時間でも語れてしまう要素が散りばめられている。また、坂崎さんのアコギの音色・櫻井さんの美声・高見沢さんの歌詞が三位一体となって不思議な世界が構成される、それがALFEEのライブ。
 そんな、不思議な世界観を持つ彼らだが、デビューから彼らの歌には、一貫して「あきらめない夢は終わらない」と言うテーマが込められている。それが、ライブパフォーマンスと相まって歌詞にリアリティを持たせている。普通、こんな事を言えば、青臭いと言うか、ちょっとこっぱずかしさを感じてしまうものだが彼らが歌うと心に迫ってくる。その根底には、全く売れなかった10年間があるのだと思う。この10年が有ったからこそのリアリティなのだ。
 彼らの言葉を少し拾ってみる。

♪海が見えるまでは 時間がかかるけれど きっとそこは喜こびで満ちているだろう「セイリング」1979年
この歌と夢を信じて明日へ 明日へ向かえ……「SAVED BY THE LOVE SONG」1981年
夢をその手で 掴みとれ!あきらめないで 明日を信じて「A.D.1999」1983年
命が尽きるまで夢追いかけようぜ「Sweat&Tears」1986年
♪だからどんな悲しみが 絶え間なく続いても いつでも夢だけを信じてきたのさ
「Victory」1993年♪Chasing The Wind あきらめない夢は終わらない「風を追いかけて」1993年
君が目指した夢をつかもう どんなに遠くても あきらめないで「自由になるために」2000年
無理な夢でも言葉にすれば 自然に体はそれに向かうものさ「BEAT POP GENERATION」2001年

 いかがだろうか?ちょっと拾い出しても、こんなに出てくる。書ききれないほどある中の1部である。

 この原点とも言える曲が「MUSICIAN」と言う曲ではないかと思っている。1974年にデビューし、1980年に出されたアルバム「讃集詩」に初収録されている。しかし、この曲はシングルカットされていない。アルバムとライブのみでしか聴くことが出来ないのである。そんなまさに氷河期ど真ん中、アルバムのラストにいれた彼らの思いは、いかばかりだったか。しかしこの曲があったからこそミュージシャンへの道を捨てることなく続ける事が出来たのだと思う。
♪つらくてもギターは捨てられない 心で泣けばいいのさ
と言う歌詞で始まり、
♪夢をこの手で つかみ取るまで 君のために 歌いつづけよう
で締めくくられる。
坂崎さんのギター一本で語られるこの歌は、何かに行き詰まった時に聞くと「もう少し頑張ろう」と素直に思える。
♪思いどおりに ならない時には 他の夢求めようと 何度も思い悩んだけど・・・・

  確かに、人生は思い通りにならないことばかり起こる。そして、何もかも投げ捨ててしまいたいことの方が圧倒的に多い。上手くいかなくてイライラしたり、自分は駄目だぁ~と落ち込んだりする。しかし、そんな時、自分を支えてくれるのはこの曲なのだ。焦りや怒り、どうしようもないほどの不安に駆られる時、彼らのステージを思い出しながらこの曲を聴くと不思議な力が湧いてくる。それは、気障なようだけれど彼らの生き方に触れることが出来るような気がするからかも知れない。
ヒット曲に恵まれなかった10年間。周りの人たちがヒット曲を出し世に進出してゆくのを尻目に、ライブハウスでの地道な活動や他の人のバックバンドをしながらやってきた彼らだからこそ聞く人の心に響くのだと思う。
 人は、誰でも何かに憧れる。その憧れの種が夢へ変わってゆく時、人は生きる力を手に入れるんじゃないかと思う。思い通りにならなくても、そう、例えそれが失敗に終わってしまったとしても、夢に向かっていれば必ず何かを掴む事が出来るのじゃないかと思う。
勿論、失敗に終われば、確かに辛い。それこそ、時には死んでしまいたい事もあるかもしれない。けれど、追いかけた夢は無駄じゃないと思うのだ。逆にもし、そこで死んでしまったら描いた夢に対して失礼だと思う。真に願った夢は裏切らない・・・なんて、青臭い事を言っている気もしないでも無いが・・・たまには、真正面から語ってみるのも悪くはないか。
 そうそう、思春期の頃、よく母親に「あんたは夢ばかり見ている。もっと普通でいなさい」と言われていた。しかし、夢を持てずに過ごすなんて事のほうがはるかに不幸だ。今、DNAの見地からも、何かに向かって生きる人間は病気の発症率が低く、また病気になったとしても治癒率が高いことが少しずつ証明されてきている。
夢物語も見続ければ現実となるし、いくつになっても「夢」を持ち続けることは生きる力になる。そう教えてくれた原点がこの歌なのです。

♪ミュージシャンにあこがれ 見果てぬ夢追いかけて 一歩ずつゆっくり 歌の足跡残したい 

 そして、この歌詞に触れるたび、物を書くこと、表現する事を続けていこうと思う。
 ALFEEの3人がそうであったように、自分も書き続けてゆこう、立ち止まったり、振り返ったりしたくなったら、この曲を何度でも聴いて前に進もうと思う。短歌も詩であり歌です。一歩ずつゆっくり歌の足跡を残したいと。まだまだ、短歌の世界の喜びまでは至っていない。むしろ、あっちこっちにぶつかり、にっちもさっちもいかなくなって迷走を続けているのが現実。それでも自分の歌を読んで何かしら感じてもらえる人がいたらと思うこの頃。

 最後に、ALFEEの歌からイメージした1首を。

拳を上げろ退屈なんてぶっとばせ声嗄れの路ラジカルティーンエイジャー
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短歌研究 2007年 11月号 [雑誌]
¥1,000
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今月号の特集、
『短歌で許される「創作」の範囲とは』 -100%フォクションとは違う、短歌の創造力と想像力ー

この中の、高野公彦さんの文章に、疑問を覚える。
まだ、一読しただけなので、詳しいことは書けないが、なんだかもやもやする文章です。
何故、過去のことを現在形で詠んだものを新人賞の応募にしてはいけないのか?
過去のことや虚構のことを詠むなら、実名を明かして発表せい!と言う根拠が分からない。
うちは、100%フィクションでも構わないと思っている。
100%ノンフィクションのものなど、逆に詠みたくは無い。
だから、短歌は、私性と言うものを問われるのかもしれないが、私性を一切排除した作品が(かなり難しいが)を書きたいと思っている。
その人の人生経験的なものを読んでも、何も思わない。むしろ、「あぁ、そうですか」で終わってしまう。
うちは、フィクションとノンフォクションの間を行き来しながら、自分に照らし合わせて空想の世界に浸りたいと思う。
全てがノンフィクションで、離婚だ病気だと読まれた日には、暗くなってしまう。ただ、痛みしか残らない。
だから、どこか、それが、現実では無いと言う部分、また、未来への希望の持てるものが欲しい。
90歳の人が、10代20代の事を今現在の想いのように読む、それをその人のプロフィールなしに読む。
それは、スリリングなことだと思う。
作品=作者と言う考えになってしまうことが、残念でならない。

じっくり読んで、また感想を書きたいと思う。


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                  手を伸ばす青空の先触れたのは無垢という名の真白き余白 

 ちょっと思うことがあるので、筆名について書いてみようと思う。

 うちのハンドルネームはネットを始めた頃から 愛海舞=Kamomeとしてきた。ネット上での名前である。
 由来はと言えば、ず~っと昔から中島みゆき姉さんのファンで「かもめはかもめ一人で空を行くのがお似合い♪~」この歌を聴いてから、空を飛ぶ鴎に憧れ続けた結果、鴎は海を愛しながら飛んでいると勝手にイメージしてつけたのが愛海舞=Kamomeなのである。
 実は、この名前にKamomeと当て字のごとく読ませるようにしたのは、ネットを始めてからである。それまでは、愛海(いつみ)舞(まい)としていたのだ。でも、そうしていたのは、中学の頃だけで、ずっと使っていなかった。
 理由は、いたって簡単。詩を書く機会がなくなったからである。何故無くなったのか?それもいたって簡単な理由。詩を書くよりも別なことに夢中になったから。それに他ならない。
 で、その他に夢中になったことと言えば、「芝居」である。
 このことを抜きにしては、うちの事はきっと語れないだろう。って、誰も語れなんて言ってないかもしれないが。。。。。。いつか書けたら書いてみたいものであります。

 芝居を始めて何年かしてから姓名判断で名前を付けてもらった。その名前が「美里和香慧」なのである。
付けてもらった時は「和香慧」の「慧」は「栄」だった。でも、芝居を辞めて(辞めざるをえない事情により)ずっとこの名前は封印してきた。
 しかし、ひょんなことから短歌を書くことになり、完全にハマってしまって「かばん」と出会う。そして、かばんの投稿するさいの名前が必要になった。最初は、「愛海舞」にしようかとも思ったのだが、何を思ったのか「美里和香栄」の名前を引っ張り出したのだ。しかも「栄」を「智慧」の「慧」に変えて。
 何故そうしようと思ったのかは、自分でも説明がつかないのだが、そうしたくなってしまったのである。

 だが、枡野さんの所に軽い気持ちで投稿をし始めた頃は、Kamomeで投稿していた。他のネットの投稿サイトと同じような感覚だったからかもしれない。しかし、かばんに投稿し始めて丸2年が経とうとしていて、題詠マラソンに「美里和香慧」の名前で出していることもあり、短歌と言うものに対してもっと真剣になりたいと思い始めてきた最近。
 なので、愛についての投稿から、枡野さんのところも美里の名前で出していたのでした。
 これからは、詩は今まで通り「Kamome」で短歌は「美里和香慧」にしようと思うのであります。

 作風によって名前を変えるって事も時には面白いかもしれない。でも、それは、もっと自分自身のバリエーションとか書きたいものの方向性が定まってからでも良いかも知れないと今は思っています。
 作風を変えるって言うのは、本人にとっては冒険でもありますしね。詩の世界なんかでは結構名前を変えて投稿している人もいますからねぇ。。。名前を変えてもバレバレの人もいますが。。。
 
 どんな名前にしようと、自分の作風に対するポリシーがあれば、良いのではないかと、うちは思っています。もうひとりの自分を作り出して、作っていくのもそれはそれでありなんじゃないかとね。

 では、また次回に続く。。。
 昨日のイベントに参加した感想を枡野さんの所と辰巳さんの所へトラックバックしたところ、思わぬ反響がありびっくりしています。
 そんな中、落合さんより質問を受けましたのでそれに答える形で思うところを書いてみたいと思います。
ただ、これはあくまでも、うち個人の想いであることを先にお断りしておきます。
 
 落合さんの質問の趣旨は「結社に入っていても他の投稿サイト(ブログ)へ投稿しても良いのか?」ということだと思いますが、間違っていないですね。

 まず、ひとつ訂正と言うか確認しておきますが「かばん」は結社ではありません。
結社と言うのは(うちも正確に定義されていのかは知らないのですが)結社を主催する人がいてその人の指導のもとに、短歌の勉強をしてゆく場所らしいです。
そして、同人と言うのは、結社のような指導する人がいないと言うことです。
うちが「かばん」に参加したのは、結社ではないと言うことが大きな要因です。
結社に入ったことが無いので、結社の良さも悪さもわかりませんから絶対にこうだとは言えません。
その事を前提にお読み下さい。

 うちは、結社に入っていようと同人に参加していようと、他の投稿サイトに投稿することが悪いことだとは思わないです。
 何故なら、ひとつの場所にこだわってしまうと自分自身の広がりがなくなってしまうように感じるからです。
勿論ひとつの場所で徹底的にやることもそれはそれで良い事かも知れません。しかし、色々なところに参加することで様々な刺激が自分の中に取り込まれてくるので、幅が広がるように想うのです。

 もともと、うちは短歌ではなく「詩」を書いていました。「詩」と言うのは、ネット上に色々な投稿サイトがあります。そこに、投稿しながら様々な人と出会い、Collaborationをしたりイベントを企画したりしていました。
 短歌との出会いも、その「詩」の投稿サイトでした。(そこのサイトには、「詩」「短歌・俳句」「画詩」と様々なジャンルがあります。)
 その「詩」の投稿欄で知り合った方と短歌でのメールのやり取りを通じ、短歌を始める事となりました。このことは、このEssayの一番最初のところで書いていますので、そちらを参考にしてください。(カテゴリのEssayを選んでくだされば、最初から全部読めます)

 それと、うちがこのEssayで何度か書いていますが、短歌と言うのは(短歌に限らず表現と言う意味で)コミニュケーションのひとつでもあると思っているので、他のサイトにお邪魔したりすることは良いことだと思っています。
 自分が感銘を受けた短歌なり、言葉なり、絵・書・写真、そういったあらゆる表現に対して素直に反応していたいのです。違うジャンルだからとか違う結社だからみたいな部分での線引きはしたくないのです。
 自分が良いものは良いと感じたものには、その思いを素直に表現として返していたいのです。ですから、枡野さんのかんたん短歌に投稿もすれば、辰巳さんの所にもお邪魔します。題詠マラソンも面白いと感じるから参加もします。また、詩の朗読会などのイベントにも時間の許す限り参加するのです。
 わかっていただけましたか?
まずは、七夕歌会に参加してみての感想。

今回、初参加させていただき、ありがとうございます。

今回は、口語短歌と言うことで参加させていただきました。
どんなにか面白いわくわくするような歌に出会えるのかな?と期待していました。
しかし、並んだ歌には「口語」と言うものからチョット遠い歌があったように思います。
これは、口語「発想」の歌と後から付け加えられた部分で余計戸惑いがあったのではないかと思いました。
文体は、結構重要だと思いますので、口語発想であればみたいな中途半端な提示は混乱を招くような気がしました。
その辺を次回口語でと言う機会があるならば、はっきりとしたほうがよろしいのではないかと思いました。
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以下、うちのコメントに対して、参加者の方から意見があったので、それに対しての質問と意見を書かせてもらいました。
七夕歌会自体の掲示板は、期間が過ぎてしまうと消えてしまうみたいなので、転記しました。

旧仮名使いについてですが、ここで名前が上がったので、ここにお返事を書かせていただきます。

口語の中に旧仮名使いをされると言うことは、そこに何かしら意味があると思うのです。
短歌を書き始めた頃、その辺が良くわからなくて「雰囲気」で旧仮名使いをしていたことがあります。
けれど、「何故旧仮名使いにしたのですか?」と質問されて、意味なく旧仮名使いをするのは避けたほうが良いとアドバイスをされました。
そこで、今回、旧仮名使いをされた方、または、今回は使わなかったけれど旧仮名使いをされている方に質問をさせてください。
そこにどんな意味がこめられていたのでしょうか?
旧仮名使いを使うには、使うだけの意味があると思うのです。
うちには、その意味が読み取れなかった。だから、使わないほうが良いのではないか?と思い、その思いをコメントに書かせていただきました。
また、自分のブログにも、Essayとして旧仮名使いのことを以前に少し書かせていただきました。
↓がその記事です。
http://ameblo.jp/pop-rock-tanka/entry-10001251823.html
(このEssayは、うちの短歌との出合いや短歌の周辺のことを書いていますのでよろしければ読んでみてくださいませ。)

旧仮名使いをされる方は、何故そこに意味を持たせて使われているのでしょうか?
歴史的なものだから?有名な歌人さんが、歴史的仮名使いに移行されているからですか?
うちは、文語の歌や古典的な歌を否定するつもりはありませんし、自分でも時たま書くこともあります。
それに、バリバリの文語の歌であれば、旧仮名使いでも違和感を感じません。けれど、読みにくいことは確かです。
もちろん、慣れの問題もあるとは思いますが。。。
たかだか、短歌に触れて2年ちょっとのうちと、ここにいらっしゃる何十年も詠んできた方では、レベルが違うのかもしれません。
うちが読んできた現代歌人さんは両手両足で余るほどですし、過去の有名な人はきっとゼロです。学校時代に習った人でさえ覚えている歌はないです。
岡井さんは、この間の短歌ヴァーサスの特集で読みましたが、それだけです。
馬場さんの名前は聞いたことがありますが、それだけです。
先月なくなられた塚本さんも、じっくり読んだのはイベントで配られたプリントでした。
ですから、こんな質問をすることは違うのかもしれません。
しかし、短歌を知らない(詠まない・読まない)人にとっては、旧仮名使いや文語の歌はちんぷんかんぷんだし、共感を得るには、難しい。
耳で聞いたとしても、古語は意味がとりにくい。
何が伝えたかったの?と思ってしまうのです。
現代詩の小難しい歌よりも正直難解に感じてしまうのです。
でも、うちは、何故旧仮名使いをされるのか、そこが知りたいです。
Essayを書いた時に、明確な答えを下さる方はいらっしゃいませんでした。
これをお読みになって、明確な自分なりの答えをお持ちの方は、ぜひ教えてくださいませ。
うちは、短歌に興味のない人にも短歌を読んで欲しいと思います。
そして、読んだ人が、Happyな気持ちになってくれたら嬉しいのです。
また、短歌を知らない、興味のない人にも魅力的なものを創って行きたいと願っています。
そのためには、旧仮名使いで戸惑う作品よりは、その時代時代にあった言葉で書いてゆきたいと思っています。
短歌は、文学作品であり、芸術(アート)作品であり、それと同時に、雄弁なコミニュケーションツールであると思っています。万葉における相聞歌などは、その代表的なものではないでしょうか。
コミニュケーションツールであれば、単なる暗号の謎解きではなく、思いを伝えるものとしての価値がなければならないと思っています。
(そう言う、謎解きの部分が面白さの一因であることもわかっていますので、この場合は、コミニュケーションとしてのと言うところなので、お間違いなくお願いします。)
何故、旧仮名使いをされるのですか?
そこに、どんな意味を持って(おいて)短歌を詠まれているのですか?
ここに書かなくても結構です。
うちのブログやサイトのBBSに書いてください。メールでも構いません。
どうか、ご指導くださいますようお願い申し上げます。

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これに対し、やそおとめさんからコメントをいただいているので、それも一緒に転記いたします。


やそおとめ 題名:歴史的かなづかい

私も歴史的仮名遣いを遣っています。間違えることも多々にあり、新かなにしたらどんなに楽かと思うのですが、新かなは口語そのものだから調べなくても間違えないのです。

今回も口語の問題で、例えば、「云いし」は文語だから「云った」にせなあかんと、たたらを踏んで、「見た」と遣いまましたが、文語なら「見し」だし・・と、結構遣いづらかったです。

文語と歴史的仮名遣いは連結しているので、、「えおとこ」じゃ、少しも色っぽい業平は浮かび上がらないのです。ここは「ゑをとこ」にしないと駄目なんですよね。

この美しさとは感覚的なもので、美しく感じない人もそれでいいのではないかなと思います。

演歌好きもポップス好きもジャズ好きも何でそれがすきなのと聴かれても、それぞれの感覚にまつちしたからと答えるしかないのでは?

業平の歌ですが、

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

月は昔の月ではない春は昔の春ではない私は私今も同じままなのに・・(済みません下手な口語になつちゃいました。)

下手な喩えですが、言い換えても感覚にぴつたりな人はこの口語の詠い方でも構わないでしょう。

しかし、つきやあらぬ はるやむかしのはるならぬ・・・と詠いだす、音韻の毛穴がひらくような恍惚は、文語で旧仮名遣いじゃないと出ないのです。

文語の美は、朗々たる音韻にこそ秘められていると感じます。口語のつぶやきじゃない、謳いあげるオペラのあの迫力です。
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やそおとめさん、ありがとうございます。
お返事は、コメントの方でさせていただきます。
 今回は少し、短歌の周辺の事を書いてみようと思う。 

 うちが、短歌を書き始めて丸2年ちょっとになる。そんな中で最近「短歌の風景」と言うことを強く考えるようになってきている。
 書き始めのころは、とりあえず猿真似的に従来の基本形を軸にしながらも自分の想いをその中に込めてきた。それが、さまざまな歌人さんの本を読むにつれ、自分の表現としての言葉を選び始め、自分なりの工夫をするようになってきたと思う。
 しかしまだ「短歌そのものの風景」と言うことまでは考えが及んではいなかった。だから、目先の面白さとかに目を奪われていたように思う。
 それが、枡野さんの本を読んでいて、短歌には「短歌の背景」があるのだと気づかされたのである。それは何か?と言うと、短歌には短歌でなければならない表現があり、「短歌だからこそ出来る表現」があるのだと言うこと。
 適材適所という言葉があるが、まさにそれと同じで「短歌だからこそ出来ること」「短歌でなければ出来ないこと」があるのだと。
 音楽だからこそ出来ること、映画だからこそ出来ること、漫画だからこそ出来ること、舞台だからこそ出来ること、小説だからこそ出来ること、詩だからこそ出来ること、写真だから出来ること、絵だから出来ること等々数限りない表現方法があるのだ。
 言い換えるならば「短歌でなければ出来ないこと」を探すことが「短歌としての言葉を生かすこと」なのではないかと思うようになった。
 そう思って短歌を読んでいると「この風景は、短歌じゃなくても良いじゃないか?」と感じるようになってきた。これは、映画やテレビドラマでも他の媒体での置き換えが可能であり、そっちの方が面白い表現になるだろうと思えるものがある。
 その辺りの、背景の混在が短歌を面白くないものにし、画一化した、単なる写生描写の歌にしてしまっているのではないかと思うのである。

 例えば、自分の歌で下記の作品がある。(これは、初期も初期に書いた作品)

「ぷりぷり ぷりてぃ~ プリンちゃん 今日も今日とて ぷりんぷりん(意味なし) 」
「ひと目合った その日から! 恋の花は満開で 瞳はきらきらお星様 ☆ヾ 池田理代子も適わない オスカル おぉ アンドレ ヒッシっとな(字余り)」

 短歌を知らない人からは、結構と受けた作品ではあるが、この作品に短歌的な背景があるか、もしくは短歌的な背景を加えられるか?と言ったら、答えはノーだろう。
 では、短歌でなければならない、短歌だからこその表現は一体何なのだろう?
 残念なことに、自分自身にとってのこの答えは、まだ実は出ていない。当分出ないかもしれない。しかし、常に考えながら最近は短歌を作っている。ただ沸いてきた言葉を57577の流れに乗せるだけではなくて、どういう風景ならば、短歌としての背景を持たせつつ面白い表現が出来るのかを考えている。そんなチャレンジを繰り返しながら、いつかこれだ!と明確に言える日が来ると思っている。

 もしひとつ、ヒントとなるものがあるとしたならば、それは写真ではないか?と思ってはいる。写真と言うのは、まさに一瞬の空気感を切り取ってくる。その切り取った、切り取られた中に無限の可能性と言うか、イマジネーションを広げてゆかなければならないし、広げさせなければならない。この「一瞬を切り取る」と言う部分が、短歌が写真と似ていると感じる。切り取った部分から何を見せるか?何を見せられるか?なのだと、写真を撮りながら思うのである。
 写真を撮ってみれば?とは言わないが、見るだけでもいい勉強になるのではないだろうか。

「さよなら三角 また来て四角 じゃんけんぽいぽい あっちこっちむいて じゃあねまたあした!」
166  今日は、やっとと言うか何と言うか、makoさんの一番最後の質問に答えながら色々書いてみようと思う。

(1)短歌を詠む上で、何を一番重要視していますか?
(2)定型・非定型に自分なりのこだわりを持っていますか? また持っている場合は、どのようなこだわりですか?
(3)ネット中心で短歌活動を行うことの、どこが旧歌壇から否定されているのだと思いますか?
(4)短歌の上達のためには、何が必要だと思いますか?ネット歌会について、どう思いますか?また、参加したいと思いますか?
(5)短歌を通じて、何を伝えていきたいですか?短歌哲学をお聞かせください。

5.短歌を通して何を伝えたいのか?

 哲学などと言う大それたものではないが、うちが目指す短歌は、基本的に面白いものである。
 笑っちゃえる短歌。ふふって思える短歌。作品としてはなかなか出来ないのだが、落語みたいな感じのもの。川柳とは違う、人を和ませるような作品が創れたら良いと思うのである。

 情景歌や写生歌ではなく、また病床にあったとしても、人を笑わせてしまう力を持った作品が創れたら良いと思う。
 暗い・重い短歌は読んでいて、気持ちが落ち込んでしまう。だからなんなのよ!と青木さやか的に叫びたくなってしまうのである。
 切なさや儚さはあったとしても、重苦しいのはゴメンなのだ。だから、日常の世界をPOPにシャープに詠んでゆきたい。

 そして、たとえ辛いこと、哀しいことがあっても「生きてて良かった」って思える作品を創りたいのである。
 時には、自虐的なことを書きたくもなるし、書くことだってある。でも、そればっかりじゃなくて、生きる希望がどこかに感じられる短歌を創れたら良いとおもう。それは、芝居をやっていた頃から変わらない。
 見てくれた人が幸せな気分になってくれる事が一番なのだ。読んでくれた人が、幸せな気持ちになってくれる作品、それがうちの最終的に目指す短歌だと言える。

 くしくも、枡野さんがブログの中で、似たようなことを言っていた。「生きてて良かった」って感じられる作品を募集しますと。
 その作品、短歌に限らず、絵でも音楽でも「生きてることの歓び」を感じられる作品と言うのは、力をもらえる気がする。
 どこか退廃的な、自虐的になり過ぎる歌は、希望が見出せなくなってしまう。重いよぉ~潰されるよぉ~って感じになってとても疲れる。
 そう言う作品に共通するのは、基本的にどこか人を拒絶している気がする。
 先日聞いてきた講演会の中で、すばらしい作品には、人を癒し、勇気づけ、エネルギーを与えるとあった。その内容を聞いて、非常に共感するものを感じた。
 うちにとって、他を癒して行くものは笑いだと思っているので、どこか笑ってしまえる作品を目指して行きたいと思っている。

 うちは、ずっと「詩」所謂ポエムの言うやつを書いてきて、表現において何か破れないものがあった気がする。
 それが、短歌とであったおかげで自分の中に潜んでいたものが何か出てきたような気がするのだ。
 短歌と出会えてよかった。短歌を知って、2年強。詠んだ短歌は2000首を超えた。勿論これが短歌なのか?と首をかしげるものも含めてだが。。。。。
 これからも、様々なことにチャレンジしながら作品を創って行けたらと願う。

 かばんの会に入った頃、会員の方からこんなことを言ってもらった。
「今は、短歌を創ることが楽しくて仕方がない時期でしょう。でも、詠めないなって感じる時が来るかもしれないし、きっと来るでしょう。だけど、そこで短歌をやめないで下さい」って。
うちは、この言葉がずっと胸に残っている。

 きっと、うん。絶対短歌はやめないよ。ずっと、ずっと書き続けます。

 最後に。

 このEssayを書き始めたとき、短歌を紹介してくれた人がいると書いたけれど、うちに短歌と言う表現をもたらしてくれた彼に、尊敬と感謝を込めてこう言いたい。

短歌との出会いをありがとう。
190 今日は、makoさんのサイトに書かれていた質問の4つめを、また聞いてきた講演会の話と絡めて答えてみようと思う。

(1)短歌を詠む上で、何を一番重要視していますか?
(2)定型・非定型に自分なりのこだわりを持っていますか? また持っている場合は、どのようなこだわりですか?
(3)ネット中心で短歌活動を行うことの、どこが旧歌壇から否定されているのだと思いますか?
(4)短歌の上達のためには、何が必要だと思いますか?ネット歌会について、どう思いますか?また、参加したいと思いますか?
(5)短歌を通じて、何を伝えていきたいですか?短歌哲学をお聞かせください。

4.短歌の上達とネット歌会

「上達したい」

 講演会の終わり、質疑応答の時間があった。その中のひとつを紹介しながらこの質問に答えてみたい。

Q 私は、真似事ですが絵を描いています。この真似事と言うことをどう思われますか?それと、上達する為の何かヒントみたいなものはありますか?

A 今、真似事とおっしゃいましたが、この真似事と言うことはとても重要なのです。何故かと言うと、まず喜びが起きるためには段階があります。

 まず一番初めの喜びは、「真似をする」模写をする喜び、次にそれが似ていると感じる、似ている事が客観的にみて「解る」ようになることです。
  して、そこからさらにオリジナル、自分にしか描けないものを表現したいと思うようになる。この段階を踏むことで、上達したいと言う想いが生まれてくる。そうすると、その喜びを他にも与えたいと思うようになる。その連鎖が人を感動させる力になってゆくのです。


 ほぼ、この答えに集約されているとは思うのだけれど、うちの思いを付け加えるならば、その熱意を持ち続けられる強い心と仲間がいたら良いのではないかと思う。馴れ合いになってはいけないが、仲間と言うのは心強いものである。そう言う仲間を作れるかどうかも、重要なことではないかと思うのである。
 千住博さんは、お寺の襖絵を描かれていた、その時テロにあわれたそうだ。ご本人は、パリにいらして実際にはNYにいなかったのだが、その襖絵を描いていることを知っている仲間のアーティスト達が、「千住が凄い作品を創っているんだ」と警戒厳重な千住さんのNYのアトリエに出向いて、千住さんの描かれていた襖絵を必死で裏返し傷がつかないようにしてくれたと言うのだ。
 仲間の大切さを再認識した瞬間である。情熱を持ち続けられる仲間をいかに持てるか?で上達の仕方も違うのではないだろうか?

「ネット歌会」

 ネットというツールを使うことによって、手軽に自分の歌を評し合える利点がある。しかし、忘れてはならないのが「いかに相手を自分と同じように大切に思えるか?」と言うことだ。

 ネットと言うのは、手軽な分安易になりやすい事と顔が見えない分、言いたい放題になりやすいと言う点だ。

 某サイトの例を見ても(知らない人はごめんなさい)読んでいて暗くなると言うか、おいおいって突っ込みたくなるような、個人攻撃(バトル)が展開されてしまう。それでも、自分の道を貫くのだ!精神がないとやっていけないこともあるかも知れない。しかし、救いのなくなるような言葉の選び方だけはしてはいけないと感じるのである。
 そこには、論理的な思考と相手を思いやる気持ちのバランスがなければいけないと思う。そう言う最低のルールを守りながら、お互いに向上しあいたいと言う気持ちを育てられる場が増えれば、ネット歌会と言うのは有効な方法ではないかと思うし、そう言う場に参加できたら嬉しいと感じるのである。

188 今日は、makoさんのサイトに書かれていた質問の3つめを、聞いてきた講演会の話と絡めて答えてみようと思う。

(1)短歌を詠む上で、何を一番重要視していますか?
(2)定型・非定型に自分なりのこだわりを持っていますか? また持っている場合は、どのようなこだわりですか?
(3)ネット中心で短歌活動を行うことの、どこが旧歌壇から否定されているのだと思いますか?
(4)短歌の上達のためには、何が必要だと思いますか?ネット歌会について、どう思いますか?また、参加したいと思いますか?
(5)短歌を通じて、何を伝えていきたいですか?短歌哲学をお聞かせください。

3.ネット中心と旧歌壇

 昨日、聞いてきた千住博さんの話の中で、「芸術とは、peace making process つまりは、communication&imaginationである。」と言う話をされた。
直訳すれば、平和を作り出すための手順であり、他者への問いかけと創造である。
何のことか、これだけでは解らないと思うので、ひとつずつ簡単にだが解説してゆこう。

「peace making process = 平和を作り出すための手順」

優れた芸術作品には、不思議な力がある。それは、人を癒し、励まし勇気とエネルギーを与える。
本来、芸術の果たす役割は、そこにこそある。
20世紀と言う時代は、ショック&センセーショナルがもてはやされた。しかし、NYの飛行機爆破テロによって、価値観が変わってしまった。芸術が果たす本来の役割をあのテロによってあらゆる芸術家たちが気づいたのである。
ショッキング、センセーショナルな作品には、人を癒す力や励ましてゆく力はないのだと。

「communication&imagination」

芸術は、一方通行ではなく、相互通行。それが、communication。他者と関わろうとする事ができる。
絵をみてくれる、音楽を聴いてくれる、そう言う人たちがいて初めて、芸術は芸術としての価値が生まれてくる。
そこには、イマジネーション=創造・想像が常に働いている。
発表するまでは、作者のもの。しかし発表して見せた瞬間から、それは他者のものとなる。それが、芸術である。と..........< /span>


「ネットについて」

 ネットというツールを使うことによって、閉鎖的なイメージを壊す役割を担ったのではないかと思う。
 紙媒体が優れているわけでも、ネット媒体が劣っているわけでもなく、短歌と言う成り立ちが、閉鎖性を生んでいるひとつの原因ではないかと思う。
 枡野さんの短歌が、最高得点を獲得したにもかかわらず、賞に入らなかったのがその典型的な例ではないだろうか。
 うちは、ネットから短歌をはじめたので、逆に旧歌壇の体質も何もよく解らない。なので、そちらについてのコメントは想像でしかない。その点だけは忘れないで欲しい。
 その上で、千住さんの話しから、うちが思うことは、ネットでも旧歌壇でも良いのではないか?ということだ。どちらが優れているではなく、「どちらもあり」で良いのじゃないかと。
 コミュニケーション、相互通行がしやすいのがネットだと思うので、うちはネットを主な媒体としてゆきたい。しかし、紙媒体としての旧歌壇的なものも利用しつつ、ネットもやってゆきたいと思う。

 そして、忘れてはならないのが、peace making process だと思うのである。
優れた作品には、人を癒す力がある。その根底には祈りがあるからだ。人を喜ばせよう、楽しませようと言う気持ちが込められている。
 うちは、ネットだから、紙だからというわけ方ではなく、みてくれる、聞いてくれる、読んでくれる人たちのために、その人を楽しませてあげたい。その思いで短歌なり、詩なり、写真なりを想像し続けたいと思う。この辺は、5の質問に詳しく答えたいと思う。

「ネットが否定されるのは?」

 それは、ネットの何たるかを知ろうとしないだけの話ではないかと思うけれど...............
旧歌壇のことを良く知らないので、これについてはこんな具合しか言えないです。
すみません。

では、また、以下に続く.........