2016年4月10日放送「情熱大陸」
文字にすると何度でも読み返せるし、新しい発見もあるかと思い、ほぼ全文書き起こしてみました。ボストンではホテルのロビーで8時間も彼を待ち構えていた方がいたとか・・・。
世界選手権は怪我と戦い、プレッシャーと戦いながら、決死の覚悟で臨んだ大会だったということが、番組を通してよくわかりました。おそらく少しでもほっと一息つける唯一の場所はホテルだけだったはずです・・・。
8日前、アメリカ、ボストン。優勝を逃し、ホテルに戻る表情はどこかうつろに見えた。ソチ・オリンピックのゴールド・メダリストは去年、前人未到の最高得点を叩きだし、絶対王者と呼ばれていた。左足のけがを隠して挑んだ覚悟の大舞台。一挙一同がメディアの注目を集め続けた。
(以下敬称略)
質問:好きな寿司ネタは何ですか?
羽生:今の気分的にはちょっと赤身が食べたい。
アイドル顔負けの人気を誇る青年は、しかし、淡々とこんな言葉を口にする。
羽生:孤独ですよ、ほんとに。言ってみれば、周りの環境っていうのがある程度、自分の精神状態であったり、肉体であったり、そういうものにすごく左右してくるんですけど、でも、それを遮断しないと自分が思っているパフォーマンスができないんですよね。だからある意味で、孤独にさせてもらいたい。むしろ。
誰とも分け合うことができない孤独。冷え冷えとした氷の上で、ひたすら己れ自身と向き合っている。果てしない高みを目指す21歳。その素顔。世界選手権まで3か月を切った今年1月。羽生は大阪に姿を見せた。ネイビーのマフラーに青いフレームの眼鏡。ほっそりとした体つきからはリンクで放つオーラを想像するのは難しい。年末にグランプリファイナル3連覇の偉業を成し遂げ、身辺は多忙を極めていた。
質問:ぼーっとしたくなりませんか?
羽生:いや、もう、それはオフの時間に非常にボーっとしていますし。現実逃避もすごくするし、だから大丈夫です。
質問:現実逃避とは?
羽生:音楽聴いて熱唱するか、ゲームの中に入り込むか。
質問:ゲームは何かはまっているものは?
羽生:3DSのモンスターハンタークロスにはまっていて、普段はむしろスケートから結構離れていることの方が多くて、ぼくはそんなに練習量が多いタイプではないんですけれど、ただ、ふとした瞬間に、あ、これスケートにも使えるかなとか、ふとした瞬間に気が付くものが、生活の中で・・・たとえばテレビを見ていたりとか、いろいろ話していたりとか、それこそ、ゲームをやっている時とかも、あ、これちょっと使えるなって思ったものを、いろいろ理論的に考えて、イメージでやってみて、で、うまく行ったら氷上でやって、みたいなことはしますね。フィギュア・スケートの業界で考えると、二十歳過ぎると中堅というかね、そういうところがあって、自分、老けてるのかな、みたいな。自分、もう年寄扱いなのかな、みたいな。だけど、逆にそれぐらいの結果を出してきたってことでもあるし、昔から注目されて、応援されてきたっていう証でもあると思うし、それプラスさっき言ったいろんな経験がある、勝ち負け含め、オリンピックという素晴らしい経験もあるし、それは絶対的な自信です。
質問:大阪に来たら何か必ず食べたいものはありますか?
羽生:明石焼き食べたいなって思うんですけど、これまでの人生の中で2,3回しか食べたことないですね。しかもコンビニの。でもなんか、いつもコンビニですね。たいていはコンビニかルームサービスですね。そんな生活ばっかです。
待っていたのはアイスショーへの出演だ。ショーで滑ることも、世界選手権を控えた羽生には格好の肩慣らしだった。練習の成果を試合と変わらない環境で試せるし、世界のトップスケーターが顔をそろえる。先輩、荒川静香も出演者の一人だった。
羽生:何も違和感がなかった。
荒川:毎日やらないとできなくなっちゃうからさ。
羽生:感覚全然ないですよね、一日やらないと。
荒川:トウループとサルコウとアクセルぐらいしかショーでやらないから。ルッツとかやってないと、それらが難しく感じたら嫌だから。もっと難しいことをやっておけばよかった。
羽生が頭を下げた相手はエフゲニー・プルシェンコ。かつて、世界選手権で3度の優勝に輝いたベテランだ。天才スケート少年と騒がれ始めたころから、プルシェンコに憧れ、技術だけでなく、ヘアースタイルまで真似していた。年齢的にはひと回り違う二人。だが、ロシアの元王者がただ一人、脅威を感じた相手が羽生だった。時代は移り、今、羽生は名実ともに世界の頂点にいる。
タイミングをはずした羽生をプルシェンコは見ていた。コーチのようにアドバイス。滅多に人を褒めない元王者が、羽生には賛辞を惜しまない。
プルシェンコ:羽生はフィギュアスケートの新世代だと思います。本当に強い選手は、一度勝ってからも消えずに、勝ち続けることができます。良いレベルを維持するのは難しいが、これができる羽生は素晴らしい。
開演前、羽生がさりげなく後輩を気遣う姿を目撃した。
羽生:寒くないの?
宇野:大丈夫ですよ。
羽生:着て。俺、オープニング出ないから。
リンクを離れれば和やかなスケート仲間。
織田:今日、コケたら謝るわ。
羽生:そこはやっぱ誇るべきメイドイン大阪だから。
織田:コツはなんですか?
羽生:右手を回す
織田:ショーマのランディング(笑)
こんな時、羽生は世の中のどこにでもいる青年と変わらない。人気は圧倒的だ。出演が決まった時点でチケットはたちまち完売した。ショーは華やかに幕を開ける。スケーターたちは皆、楽しげだった。現役のゴールド・メダリストはスペシャル・ゲスト。出番はこの日のクライマックスに用意されている。
羽生:多分、一番、自分が盛り上がってる自信ある。めっちゃ出たいです。振付覚えて出たいです。仕方ないですね。
ショーの雰囲気に触れると、滑ることが、ただただ面白かった少年時代を思い出す。だが今は、測り知れない期待を背負う選手なのだ。演技の前には必ずイメージトレーニング。体の軸を正確に保ち続けるトレーニングは、フィギュア・スケーターにとって最も大切な準備だという。自分の中に完璧なイメージを作り上げて、本番を迎えた。ひとたびリンクに立つと、その表情はもう王者の貫録をたたえている。
質問:終わって何かしたいことは?
羽生:まずはもう練習したいです。とりあえずはしっかり体休めて、万全な状態にして練習に臨めたらなと思います。
質問:次はもう目標に向かって?
羽生:もう世界選手権だけなんで頑張ります。
ショーを終えるとまっすぐホテルへ。
質問:大丈夫ですか?
羽生:大丈夫です。お疲れ様でした。
試合と同じく、渾身の力を注ぎこんでいたのだろう。生真面目な羽生はすっかり消耗していた。
1994年、仙台に生まれ、4歳でスケートを始めた。早くも2007年には全日本ジュニア選手権3位、中学一年でその表彰台に立った男子は羽生が初めてだった。当時、思い描いていた夢。
羽生:オリンピックに出て優勝することです。
根っからの負けず嫌い。夢中で練習に打ち込んだ。遊び盛りをリンクと学校の往復だけに費やした日々。既にこの頃から羽生はストイックな少年だった。夢を手に入れた今、いったい何が今、彼を突き動かしているのだろう。それは自分の限界を広げようとする並々ならぬ向上心かもしれない。
羽生が得意とするトリプル・アクセル。2010年と2014年を比べると、ジャンプの出来栄えを評価する得点が伸びている。2010年のトリプル・アクセルでは、失敗を避けるためにしっかりと助走をつけて宙に舞い上がっている。だが、4年後にはジャンプ直前にチェンジ・エッジと呼ばれる技で重心を右から左へ移していた。さらにこの態勢から振り向きざまにジャンプ。バック・アップ・カウンターというテクニックを入れて、ほとんど助走なしに跳んでいる。直後に両足を伸ばし、左右に広げるのはスプレッド・イーグル。同じトリプル・アクセルでも、リスク覚悟で前後に3つの技を加え、磨きをかけていた。
羽生:もちろん、技術というものも進化し続けなければならないところだと思いますが、ただ、それはバランスの取れた進化であり、精神面であったり、体力面であったり、技術面であったり、すべてにおいて進化しなければ、それは進化とは言えないと思います。
質問:一番大事なことは何ですか?
羽生:とにかく僕が進化し続けること。まだまだ進化できるぞと。
練習の拠点としているカナダ、トロント。世界選手権を目前にした3月、羽生はホーム・リンクで最後の調整に励んでいた。だが、私たちは密かに聞かされていた。その左足に激しい痛みがあることを。リンクに入る前に一礼。激痛の気配などおくびにも出さない。コーチのブライアン・オーサーとトレイシー・ウィルソンが見守る中で、練習が始まった。一昨年、世界選手権の覇者となった。だが去年、その座をハビエル・フェルナンデスに奪われた。左足の不調ごときで王座奪還を諦める訳にはいかない。
羽生:くっそー。
ブライアン:本番ならここまで疲れていられないよ。練習だからいいけど。
トレイシー:疲れている時こそ、膝をちゃんと使いなさい。疲れているときはつま先に体重がかかるから、前かがみになるのよ。だからバランスが余計に必要になってくるのよ。疲れている時ほどとにかく膝を使いなさい。
羽生:そこそこ(壁を指さす)。オリンピック・メダリストとワールド・チャンピオンが書いてあって、毎年、その年のやつが書いてあって、「ユヅル・ハニュウ2014」の後に「ハビエル・フェルナンデス2015」が書いてあるから、めっちゃ悔しくて。「ちくしょう、何だこれ!」って思ってやってます。
羽生: もっとしんどい時に、よくあれ見て、「なめんなよ」って。「俺、ぜってーやってやっから」って、やってます。
この時点で左足のトラブルはトップ・シークレット。思い切って本人に尋ねてみた。
質問:今日、足を気にしてましたよね?ケガのことって(世界選手権が)終わったら言っても大丈夫なの?
羽生:言わないかもなー。わかんない、その…言わないかもしれない。GPシリーズ始まる前から、ですかね、ちょっとずつ、違和感を感じてたんですけれども…。まぁ、だんだん痛くなっていって。まぁ、でも今、ちゃんと歩けてるし(笑)。ここまでしっかりやってきたんで。ホント、ありがたいです。(場所は)左足ですね、足、足首かな。
質問:自分って強い人間ですか?
羽生:弱いです。めちゃくちゃ弱いです。弱いからからこそ、そこで遮断しないと、そこまでもっていけない。強ければ、周りが何を言おうと、周りがどんな環境であろうと、関係なく自分を作り出せると思うんですよ。自分が作り出せない理由は、多分弱いからだと思うんですね。
質問:辛いときはどうやって乗り越える?
羽生:もう、乗り越えようとしないです。辛いものは辛い、認めちゃう。辛いからもうやりたくないんだったら止めればいいし。それでいいと思っています、僕は。
世界選手権はボストンで開かれた。ショートプログラムでは圧巻の滑り。2位に大差をつけて首位に立つ。優勝は確実に思えた。だが・・・フリーで大きく崩れ、王座奪還は果たせなかった。試合後、羽生が語ってくれた胸の内。世界選手権で惜しくも2位に終わった羽生結弦。もう来季を見据えていた。
羽生:はっきり言って、このままでは自分は終わらないし。もう本当に次の目標に向けて、自分の結果どうのではなく、自分の理想、自分がしたいこと、自分のスケートをもっと高めたいなと思って。だから全部スケートに活かしていって、スケートと自分の生活っていうのは割り切れないけれど、割り切らなきゃいけないところも多分あると思うし、スケートと生活とそのメリハリをしっかりつけて自分の中でスケートを心から楽しめたら、と思います。これからも頑張ります。
進化を続ける21歳。目の前には誰も見たことのない荒野が広がっている。
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1月のアイス・ショーについては、番組の中で楽しんでいた様子なので、本当のところはわかりませんが・・・。痛み止めの注射を打ちながら、1月に北と西でアイスショー。震災となると・・・使命感に駆られて無理をしてしまったのではないかと思い、切なくなります。1月でなくてもよかったのではないかと・・・。
それからこの番組を見るとはっきりわかりますね。彼が試合前に一番必要としているのは集中を高めるための「環境」だということが。自分はとても弱くて、どんな環境でも集中を保てるほど強くないから四苦八苦している、ということが伝わって来ます。静かに見守ることが一番の応援だと思います。
photo : http://mainichi.jp/articles/20160410/org/00m/200/004000chttp://mainichi.jp/articles/20160410/org/00m/200/004000c