美しい日本

美しい日本、美しい日本人といったスローガンは今まで目にした覚えがない。大分以前の文藝春秋に寛仁親王が「美しい日本」と題されたインタビュー記事で次のような事を仰せられていた。少々抜粋してみる。


● 日本人は開国以来、諸外国の人々から勤勉、親切で思いやりがある、責任感が強い、清潔かつ身奇麗、などと称賛されてきた。(私も日本人はcourteous /礼儀正しい、という声をよく聞いた)


● しかし昨今ではそれらの「美風」が地に堕ちた感がある。新幹線の中でビジネスマンが平気で携帯電話をかけていたり、子供が走り回っても騒いでも親は注意をしない。殿下は何十回怒鳴りつけたかわからないとあるが、恐れながらそんな狼藉三昧は日常茶飯事。殿下、今では電車の中で女どもは化粧をしたりケーキを食べたり、男どもは鼻毛を抜いたりエッチなマンガ雑誌を読みふけったりしているのです。


● イギリスのように方言、訛りで国民が区別される事がない、多神教の神道が基本なので仏教やキリスト教も取り込んでこられた。宗教戦争はゼロだし識字率も100%に近い、これは素晴らしい事であるとのお言葉、まったくもってその通りでございます。どこぞの国のように政治と宗教がべったりと両面テープみたいにくっついている国では何千年もの間戦争や内紛が絶えません。


私はアメリカに住んでいた時に日米双方の長所短所をよく比較したものだが、日本人のいい所は、義理人情、情緒、気遣いなどにすぐれていて他人にやさしく礼儀正しい点だと思っていた。帰国した当時(30年前)の日本人は私が思った通り素晴らしかったが、眺めせし間に時代も人も変わり、夜に無灯火でスピードを出して走ってきた自転車女性に「危ない!」と注意しても「クソばばあ」と暴言を吐かれるご時世。


路上喫煙禁止地域だって構わずスパスパやる人、お年寄りがいても知らぬふりで優先席に腰掛ける10代、20代。人を押しのけてまで先を急ぐ電車の乗降客などなど、あまりのマナーの悪さに(昔の日本人のマナーも決して良くはなかったが)、電車に乗る度、外出する度、段々と気分が滅入ってうつ状態になってくる。このままでは突進して来る男性に突き飛ばされないよう盾をかざして歩かなくてはいけない状況になるかもしれない。


実際、私は盾代わりになる大きな荷物や、ヤリとして使える先の尖った傘を手にしていると心なし安心していられるのだ。


殿下は日本人の将来に楽観のご様子であらせらせられるが、私は日本人は段々精神的にいびつになりつつあるような気がしてならない。新人類だ、X世代だとポコポコ出てくる新種、珍種に世の中が異業種交流会状態になっている。少なくともそうした交流会では意見交換や他から学ぶ姿勢があるが、日本の異世代の人々は交流すらしない。私も、無礼で危険な自転車族に関わり合いたくないので事故の際役に立つ自転車保険というのに最近入った。通勤保険というのがあればついでに入りたい。


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ステーキレストランチェーンのフォルクスが、ステーキと称して内臓肉と脂肪を混ぜ合わせて作った「成型肉」をお客に食べさせていたそうだ。(11月15日朝日新聞オンライン版)公正取引委員会が同社に対して景品表示法違反で排除命令を出すまでに約44万食が提供され、計5億4000万円を売り上げたという。罰金
がないなら売り抜け勝ち、嘘のつき得というものだ。

母親がピーマンやにんじん嫌いの子供に、小さく切ったりすりおろしたりしてそれとわからないように食べさせるのとは訳が違う。この店で食事をした事はないがきっと経営陣はこう思ったのかもしれない。(回転寿司だってイクラ、ウニなどと言って実は似て非なる物を提供して許されているではないか、消費者はバカだから
わかりっこない)。私もたまに回転寿司を食べるが、嘘がキライな私はこうした偽物は食べない。知ってか知らずか偽物を食べている人を横目でチラと覗ってみるのみである。

ある時渋谷区恵比寿の蕎麦屋に入ってカツ丼を注文したらなぜか異常にまずい。カツを揚げた油が古くて匂うせいもあったが、ふとカツの断面を見てみると、ロースの一枚肉ではなく、ペラペラの安い三枚肉を重ねているのである。これでは美味しいはずがない。値段は通常のカツ丼と変わらない。今なら「ひどいじゃないですか」とでも言うところだが若かった私は周りの卵のみを食べて、「カツ」はそっくり残す事で抗議の念を表明したつもりだった。が、そんな食べ物を出すプライドも何もない料理人に通じたかどうかは疑わしい。もう10数年前の話だが食べ物に関する執念たるや並々ならぬものがある私はこんなカツ丼に600円も支払った悔しさを今でも引きずり、きのうも新宿の飲み屋のマスター、史郎氏にグチッたほどである。

黒豚でもないのに黒豚と表示したり、賞味期限を長くしてみたり、スーパーなどの当表示は大分前から問題になっているが改まっているのかどうか。近所に「つるかめランド」というスーパーのチェーン店がある。ここで出来たての「海鮮巻き」という、魚の細切れを具にした巻き寿司を1度買ってみたら、明らかに具の新鮮度
が低く、ヒジョーにまずくて腹が立った。おそらく前日の売れ残りを(ええい、わかるもんか、使っちゃえ)とでも思ったのだろう。

嘆かわしい世の中になったものだ。こういう悪徳商法に消費者が対抗する手段は苦情が1番、2番は不買運動である。私も海鮮巻きは2度と買わないし、お勧めもできない。



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日経ビジネスExpressダイジェストというメールマガジンの村上富美氏のコラム「サービス考現学」にこんなエピソードが書かれてあった。

地方のホテルの30代のパートタイマー女性が、ビジネス客が多く、夏場が閑になるので子供向けのイベントを開いたらどうかと上司に提案したところ、「パートはパートの仕事をしていろ」と叱られたという。なんという上司だろう。その時点で私ならやる気を失う。彼女のえらいところはその後、上司が代わり、様々な提案
をし続けた点。そして人事部長から「正社員にならないか」と誘われたという。このエピソードに関連する男性と女性からの反応は対照的だったとある。

ある男性読者は、「一部の男勝りの女性が働くのは構わないが、メディアは、控えめで夫を支える資質を持った女性の未来を惑わすべきではない」という、何とも前時代的なメール。一方、就職活動中の女子大生からは、企業の人事担当者に「女性は家庭を持つと仕事が中途半端になる。女性には家庭を優先してほしい。だから当社では、男性と女性を区別する。女性は結婚したら辞めてもらう」と言われて驚いたというメール。何をかいわんや。

村上氏も「正直言って、私も驚いた。20年近く前に私が就職した頃の状況と、あまり変わっていないのかとも思えてしまった。(中略)女子大生に『生き方』を押しつけるような会社は、そろそろ変わってもいいのではないかと思った。女性の地位向上、云々ではなく、会社自身の効率向上のために、だ」と書いている。

以前、米軍横田基地に配属された兵士に聞いた話だが、仕事の手順などでいいアイデアがあったらどしどし提案するよう奨励しているそうだ。もしそれが採用されるとちょっとしたボーナスが出るそうだ。実にプラクティカルで私は100%賛成である。ディベート、対話を積極的に行なう、男女の格差を無くして女性の視点を取り入れる、ほめて伸ばすなど、働く者をエンカレッジするアメリカ、ディスカレッジする日本、そういう図式が見えてくる。

付け加えると、横田基地で提案を出すのは男でも女でも構わないのは言うまでもない。

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独身で、主婦の生の声を聞くチャンスがないので「こたえてちょーだい」というTV番組をよく見る。下世話でリアルな内容が肩が凝らず、起き抜けの頭脳にはちょうどよい。「エロおやじ」を取り上げた回には実に恥知らずのセクハラおやじがいるものだと勉強にもなった。

 スポーツクラブの女性インストラクターAのケース
彼女が教える水泳クラスに半分お尻がはみでたいわゆる半ケツの、しかも見苦しいブーメラン型海パンで現れ、彼女の胸に偶然を装ってタッチしたりするエロおやじがいたそうだ。水中で自分のイチモツを出すに至っては遂に彼女の堪忍袋の緒も切れて、男性インストラクターに助けを求めたという。今まで痴漢、変態、色々と遭遇した来た私もそこまでひどいエロぶりの男はお目にかかった事がない。

 主婦Bのケース
夫が留守がちの奥さんの家に、近所の亭主が「寂しいんでしょ」と夜中に押しかけたケースでは、最後は先方の奥さんを呼んで穏便に解決したそうだが、何度も家に入れるのはいかにもまずい対応だ。これでは勘違いされる恐れ大である。私はこの女性には同情しなかった。もっと早く取るべき態度、手段があったと思うのだ。

一番悪いのは女性を自分の性的妄想のえじきにするエロおやじどもだが、それをある程度許す女性も良くない。これから男女がビジネスの場でも生活の場でも共存していくのに適さない旧世代の価値観の持ち主であると思う。

先日映画のプロモーションで来日したミッキー・ロークがTV局のスタッフの女性を自分の膝の上に乗せて口説いていたが、ああいったセクハラまがいの事を彼はアメリカでは決してしないと断言できる。冗談ならともかく、アメリカの女性などはちょっとタッチしただけで大仰に叫んだり、拒絶したりする。行き過ぎだと思うこと
もあるけれど、それほどセクハラに対しては敏感な国なのだ。

 もし私がそのTV局のスタッフだったら、“Not now. Later(今じゃなく、後でね)”とでもいなしたところだろう。同席していたデイブ・スペクター氏がお得意の冗談であの事態をうまく切り抜けられなかったのは、彼のファンとしてはがっかり至極である。ま、本音を言えば、どうせエロならプールのエロおやじよりミッキー・ロークの方が格段にいいとは思うけれど。え?そんなの公平じゃないって?人生が公平だなんてあり得ないのである。カピーシ?(わかった?)