私はストレスを受けやすい気質で、日中いやな事があると夜なかなか寝付かれないのでニューヨークで「ストレス」というサプリメントを見つけた時には(これだ!)とさっそく購入した。睡眠薬も買えるので一緒に買って切らさないようにしている。


最近受けたストレスはセクハラである。

近所に男女の知的障害者が集う施設があり、時間も金銭的余裕もない私はたまにお手伝いする程度のつきあいだが、女性とは全く問題なく世間話をする。が、男性メンバーの中には性的にもまだ壮健な者がいて、女性メンバーや私のような外部の人間にたまにちょっかいを出す。

ある40代男性は1度私の尻に触ったのでその場で怒った。その後「僕のセックスフレンドになりませんか」と言われた時には「そういう事を言うものではない」とたしなめた。気分が悪いのはもちろんの事である。相手が健常者であろうと知的障害者であろうとその不快さに大して差はない。施設の従業員に報告して注意して

もらおうとしたが、代わりに謝るだけである。子供のおいたを謝る母親のごとくである。


知的障害者だからといって甘やかしていいものだろうか。彼は勤めてはいないが社会人として多くの人間に接する。電車で女性の尻に触れば痴漢行為で逮捕されるのである。

またつい最近は違うメンバーにセクハラをされた。彼は健常者と全く見分けがつかない。知的ですらある。いやらしい目つきで私の尻を見ていたりするので話すのも避けているような状態だが、彼が写真集を持って来て見るように誘う。うっちゃっておいたらわざわざ開いて見せに来る。ちらっと見ると、開脚した女性の陰部がはっきりと写っていた。不愉快になり「興味がない」と2度言って断った。

この件に関して友人に話したら「施設の人に言うべきだ」と言う。確かにそのままにしておいたらまた同じような事を繰り返すかもしれない。彼らのずるい所は施設の従業員の女性には決してセクハラ行為はせず、私のような「被害者」をうまく見つけて性的なストレスを晴らすのである。そのストレスをそっくり受けて今度はこちらにストレスが生じて夜寝付かれなくなったりする。1週間経った今でもまだ気分が悪い。

善悪の判断がつかない重度の障害者でなし、やはり悪いことは悪い事だと指導するのが筋だと思う。

「でもね、痴呆のお爺ちゃんなどは看護婦さんのお尻にタッチすると元気になるらしいよ、人助けでいいじゃないの」

と妹は言うのだが、とんでもない、看護婦さんや介護士さんはプロである、慣れている、給料も貰っている。それに元々やさしい人が多いように思う。


対するに私は素人さんであり、慣れていず、それに金など一銭も貰っていない。それにやさしくすれば男はつけ上がると思っているクチなのだ。


今度触ったら叫んでやろう。


「セクハラで訴えてやる!」



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いやー、知り合いがどんどんブログを始める。

いい事だ。


という訳で、私もNYに行く時には必ず持参する海苔のサプライヤー、金海苔 さん

のブログを紹介したい。


うるさ型の私が褒めることは滅多にないのですが...

美味しいですよ、彼の海苔は!



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やっぱり他の人も同じ事を考えていた!


「アッコにおまかせ」だったと思うが、世界陸上の司会の織田某が「この後すぐ!」と

視聴者を(だまくらかして)引っ張っているが、この後すぐとは何分ぐらいまでを指す

のか大学の教授にコメントを求めていた。


今回はマジメに見なかったからいいようなものの、前回は熱心に見たので

「この後すぐ!」に釣られて深夜だというのに1時間ばかりも待って、終い

には


(何よ!すぐ、すぐってもう小1時間じゃないの!いい加減にしろ!)


と怒ってチャンネルを切った経験のある私としては大いに興味をそそられた。


大学のセンセによると、この、あの、その、のうち、この、は一番時間的に短く

(知ってるっつーの)10分以内であろうとの事。


私だったら「この後すぐ!」はCMの後すぐ、つまり3分以内だと思いますけどね。

もう織田クンの言う事など信じられない。今回も「この後すぐ」は連発したんだ

ろうか。


しかし日本語には曖昧なのが多い。いや、使う日本人が曖昧なのか。


そば屋の「今、出ました」は「これからゆでます」とほとんど同意義だし、「すぐそこ

ですよ」が1キロ先だったりする。私はこういう曖昧語がきらいで自身でもあまり使

わないようにしている。


電話で「少々お待ちください」と言われると「少々ってどのぐらい」と聞き返すほどである。


最近はよんどころのない電話の用事もなるべくパソコン上からIP電話でかけるように

している。これだと多少待たされてもメールの返事を書けたりするから時間が

無駄にならない。


あ~便利。


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たまに近所の食堂で中年の看護婦さんに会う。物静かな、大人しい感じの方で、私とは全く違うタイプなので、実際のところ話はあまり合わない。が、外国人の患者さんが来院する事もあるそうで、たまに英語の相談に乗ったりする。


今日も今日とて、整形外科にイギリス人が入院して来て手術をするという話を聞いた。何でも日本に来たばかりで日本語は全くダメ。全くお気の毒だと、最近腰痛で苦しんだ私は同病相哀れんだ。入院となると本を読むぐらいしかする事がない。しかし、英語の本は入手が困難だし、高い。彼が来日するに当たって重い本を持参したとは思えない。たまたま本を整理中だった私の手元には不要の英語の本が20冊ばかりあったので、これをあげたらどんなに喜ぶだろうか、と思いつき、我ながらいいアイデアだと思って、2、3冊差し上げたいので持って行ってくれまいか、と提案したら、彼女は曖昧にうなづいた。善は急げとばかり「今から取りに行ってくるのでちょっと待ってね」と言うと「近いんですか」とか「そうですね」とか、話は私主導でどんどん進んで行った。


と、「でも規則で、知り合いでないと物はあげられないんですよ」と言う。え?本ぐらい、彼女の知り合いの私からならいいのではないかとまず不思議に思った。病院側も随分と硬い事を言うものだ。


はっきり言って私は鼻白んだが、そのイングリッシュ・ペイシェントを自分の身に置き換えて、異国の地で入院している時に誰かが日本語の本をくれたらどんなに嬉しいだろうと思うと、何とか渡してあげたい気持ちが強く、「図書館に寄付するのならいいかもしれないけど」とポツンと言ったので「じゃ、そうするわ、そうしたら彼も見られるし」と話をさらに進めようとすると、また曖昧にうなづく。


よし、これで決まり、と本を取りに行く、と伝えるとどうも浮かない顔をしている。どうもイヤな雰囲気だ。彼女は古いタイプの日本人によくいる、自分からは決してノーと言わず、人に察して辞退してもらいたいタイプなのだと思い当たった。私の友人にはそういうタイプはいないので危うく間違いを犯すところだった。「あら、
やっぱり要らない?」と探りを入れると「うん、寄付できるかわからないし、いいわ」とようやく本音を言った。


もう、早く言ってよ!と私は内心うんざりした。最初から本を持って行くなど、彼女に取っては論外だったに違いない。面倒なのかもしれないし、規則が本当に厳しいのかもしれない。が、ダメならダメではっきり断られれば私だって無理強いはしない。それが、寄付ならいいとか言い出すものだから期待したのだ。
 
私が危ういところで察したからいいようなものの、本を渡したら捨ててしまうか、(ああ、あの人は人の気持ちも察しないがさつな人だ)と思ったか、およそいい結末は生まなかった気がする。しかし、それは自分に起因する面もあるのだ。外国人の患者さんと接する機会も多い彼女が、彼らに対してのらりくらりと核心を避け、イエスノーをはっきりと言わず、相手に期待すら持たせるような物言いをすれば、誤解やミスにつながるかもしれない。


たまに会う人だけに指摘しにくく、また、彼女の中に他人を受け入れない要素があって、私は彼女に本音で話せなかった。ナースという職業なのにコミュニケーションスキルが低い、これではいい看護は出来ないだろう。


察しの文化はいつでもどこでも、まして外国人には通用しない、奥ゆかしさと優柔不断は別物であるといつかどこかで気付いて欲しい。





ヤフオクの縁

テーマ:

ヤフオクであれこれ安くて便利なものを見つけては買っている。今のところ、大きな外れはない。

便利だったのが簡易網戸。


ご存知のように網戸はなぜかバカ高い。という訳で

ここで買い求めた ↓


http://auctions.yahoo.co.jp/jp/booth/hc_okuno

http://hc-okuno.com


ここからがいいところで(笑い)


おっちょこちょいで、面倒くさがりの私は、アドビのCDROMを買ったまま、

インストールしないまま数ヶ月ほったらかしにしていたのだが、いざ、先日

ようやくインストールしようと思ったらシリアル番号を書いた紙がなくなっている!


という訳で、↑から買い求めたと勘違いしてあせってメールをしたところ、「うちじゃない!」

とは言わずに親切に対応してくれた。


シリアルはなぜかインストール前なのにごちゃごちゃマイコンピュータに入っていて、

その中にしっかりシリアル番号を書いたテキスト文書があった!


ふー、ようやくインストール完了!最初のPDFを作ってにっこり!


奥野さん、ありがとうございました!





た人