中国の経済成長を横目に日本の経済はまだまだ低調である。ところで、その中国始め東アジアの企業は、日本に比べて経営者が若くて高学歴、色々な面で進んでいるという記事を以前日経新聞で読んだ。


日本企業の不振と対照的に、東アジア企業の躍進は目覚しい。日本の労働者や技術者に関しては国際的競争力に問題はないが、経営者については問題点があると経済産業研究所理事、根津利三郎氏が述べている。


まずは年齢。中国企業のトップの平均年齢が46歳、韓国が54歳、シンガポール、マレーシア、タイなどでも50代が主流なのに対して日本は63歳。競争力が激化するにつれて体力、気力、知力の充実した若い経営者が求められるのは当然だろう。入社からのプロセスを比べると日本が10年遅れているのは大変無駄だという。日本企業は新卒者を会社のカラーに染めるのに10年かけているが、その10年とは一歩外に出たら役に立たない「無駄の10年」なのだ。


また、経営者レベルで博士、修士などの高学歴化が進み、経営学修士(MBA)保有比率は韓国が約2分の1、中国が4分の1と高い時に、日本はわずか2%。アジア企業は日本から学ぶところが大、との感覚は日本人の思い上がり、と氏は指摘している。彼らは97、98年のアジア金融危機を境に日本モデルから米国モデルに切り替えているというのだ。日本企業は新たな経営者育成の道を探る時が来ている、と氏は進言してい
る。


年齢には個人差があるから70歳でも経営者としての能力があり、50歳でも能力がない、という事には疑いがないが、昨今の、年代が上の経営者の不祥事を見るにつけ(古いなあ)(時代錯誤も甚だしい)(そういうの、もう通用しないよ)と思う事がよくある。旧世代のやり方や価値観がすべて悪いとは言わないが、私などはかれこれ30年ほど前から日本人の既成の価値観が古いと思っていた口だから、いまさら体制が変わるとも思われないが、それにしても旧態依然で、かつて山本五十六はアメリカを「眠れる獅子」と形容したが、私は日本につい「鈍牛」のイメージを持ってしまう。


日本が「滅びた鈍牛」になり果てる前に、躍進を続けるアジア諸国のトップを見習って日本のトップも日々精進して欲しい。国際的な大企業の経営者が英語ぐらい操れないでは中国や韓国のトップと会った時に恥をかくではないか。


 「ロスト・イン・トランスレーション」という映画があったが、日本人の英語力のなさが散々茶化されていた。あの映画が世界で公開されたかと思うと恥ずかしくてしょうがないのは私だけではあるまい。

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金髪の日本人にギョッ!

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shinjo


日本に来るまで日本人は黒髪、黒い目だと思っていたので「茶パツ」「金パツ」のあまりの多さにバッファロー出身の留学生アリスはびっくり!


日本に来て間もない頃、道を聞くにもまず欧米人はいないかとキョロキョロした。で、金髪の男性を見つけたので後から声をかけた。


"Excuse me!"(スミマセン)


ところが、振り返ったら日本人!英語は通じないし、彼女の日本語も怪しげで、コミュニケートするのは遂に断念してしまった。


どうして日本人がブロンドに髪を染めなきゃいけないの?その問いかけにホストマザー(私)は、


ママ「うーん、アリスがびっくりしたのも無理ないわ、ママも最初は眉もひげも黒なのに金髪なんて気色悪かったけどもう驚かなくなっちゃった、慣れって恐ろしいわあ」


アリス「ゼッタイ、慣れない!NYメッツにいた頃のシンジョーの金髪も評判悪かった」


ママ「まあ、ブロンド崇拝は西欧にもあるから日本人ばかりを責める訳にはいかない。マドンナもマルチナ・ナブラチロワも染めてたし。ま、日本人はブロンド崇拝というより流行りモノには従うといういつものパターンでしょうね。似合うかどうかなんて関係ないのよ」


アリス「人真似をするなんて個性がないなあ、差があるって素晴らしいのに」


ママ「ニーナ・シモンの歌に"Black Is the Color of My True Love's Hair"(恋人の髪の色は黒)っていう名曲があるんだけど、60年代の黒人運動のスローガン、「ブラック・イズ・ビューティフル」のように日本人も"Black hair is beautiful"と誇りを持って言えるようになって欲しいなあ」


アリス「賛成!」

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ニューヨークで古着屋をやっていた私に必要な英語は、とりあえずは 接客英語 でした。つまり

セールスマンシップを発揮できる英語です。これは1年半店をやっている間に随分上達しました。今でも

人に何か売り込むのは得意です。

 

そして、次に必要なのが ケンカ英語 でした。なぜなら、女1人で店番をしていると、悪質なからかいや万引きなど、トラブルの元はいくらでも降って湧いてくるのです。最初はからかわれて泣いていた私ですが、そのうち男性相手、かなりビッチーな黒人女性(彼女たちのタフさには白人女性は及ばない)相手に怒鳴っていたのです。

 

ある意味、英語は怒鳴るのに最適です。罵り言葉が多いし、女性言葉によるハンデがありませんから。

 

だから、母国語である日本語でなかなかケンカができないとか議論に勝てないというのは不思議な事です。

 

そんな私が愛読しているのが 弁護士谷原誠先生のメールマガジン「弁護士がこっそり教える絶対に負けない議論の奥義」 です。是非ご覧になってみてください。目からうろこです。これであなたも日本人、アメリカ人両方に議論で勝てる!?

 

 

 

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「内的自覚を避け、自分自身との対決を避け、自分が群衆の中の1人だと凡庸さを認めたからといって謙虚でも遠慮深いのでもない。


逆だ。


凡庸人の情熱的な傲慢がある。凡庸人のスノビズムがある」


「ユダヤ人」(JP サルトル)より


ホント、こういう人、いるよなー。





礼儀を重んじた国日本は今や罵りの国

 


日本は東京都心のある地下鉄の駅で「怒れるマスカラ」事件を目撃した。


それは一見、何気ない光景から始まった。一人の若い女性がベンチに座り注意深く化粧を施していた。

一人の老婦人がそばを通りかかり、老婦人がよくやるように、女性の行儀の悪さに不快感をあらわにした。

すぐにその22歳の女性は怒り狂い、老婦人の肩をつかみ、揺さぶり、そして怒鳴った。


老婦人はよろめき、入ってくる電車に向かって倒れこみ、頭と胸に重傷を負った。犠牲者は病院に運ばれ、加害者は刑務所行きとなった。かくして、マナーに関する日本の世代間の争いは幕を開けたのである。

無遠慮な喫煙、大声での携帯電話通話、ウォークマンのヘッドホンからもれてくる不快な音などは、イライラの元だと世界的に認知されている。が、日本特有の無作法の形態がある。


電車の乗降で、他人の身体的空間への配慮などそっちのけ。また、多くの日本人男性は混雑した電車でポルノ本を見ることにやましさを感じない。


子供っぽく不適切な振る舞いは日本の政治のエリートをも汚染している。小泉首相が昨年、若手議員相手にお説教したように。


「開会中の国会では携帯メールを打ったりマンガを読んではいけません」


そういうささいな無礼を働く人は反撃してくるという実例がある。


「一度傘を振り回している人に注意したことがあるんです」テレビ解説者ノリコ・キモトさんが言う。

「彼は振り向いてこう言ったの。『黙れ、ババア!』怖かったわ」


そのような状況に置かれた日本人は更に別の問題に直面する。日本の言語に罵り言葉がないというのは正しくないが、標準的な罵り言葉は確かに英語のそれと較べて劣っている。


「この野郎」という意味で一般的に使われる言葉 " kisama " さえ、単に「あなた」の無礼な言い方である。

日常で使われる最も悪い言葉は「死ね、馬鹿野郎」だろうが、これにしても「Drop dead, you idiot」よりちょっと悪いに過ぎない。


下品な罵り言葉に乏しいため、怒れる日本人は、英語表現をますます頼みにすることになる。それは日本式にはこう発音されている…
" Fakkyuu "


筆者註


こんなん、とっくの話やん。タイムズさん、遅いよ、ネタが。それにオチがダサイっつーの。



出典 TIMES ONLINE
ttp://www.timesonline.co.uk/printFriendly/0,,1-3-1600980,00.html

総務省が、ブログ利用者2年後には約782万人に達するとの予想を発表したという。ブログサービス、広告、ソフトウエア、出版など、広範囲のマーケットが活性化するとの見方がある一方、ジャパン・メディア・リビューのデイビッドジェイコブソン記者は日本のブログは、なぜアメリカのように政治やマスコミに対して影響力がないのか、という疑問を投げかけている。


それに関しては下で見て頂くとして


 http://nikkeibp.weblogs.jp/gato/2005/06/tokumei.html


私が見るところ、やはりブロガーの意識が低いと思う。


自己主張がアメリカほど強烈ではないという面もあるし、現実の世の中には興味がない、単に「お遊び」でブログをやっている人が多いからではないか。







コンビニ強盗とか銀行強盗など今では珍しくないが、30年前にはあり得ない事件だった。昨年9月の内閣政府発表によると55.3%と最も多くの人が「空き巣」に遭う、又は知り合いが遭っている、と答えている。私の近所でも空き巣は異常に多い。日本もつくづく治安が悪くなったものだと実感する。


日経新聞「世界耳寄り通信」に空き巣、物盗りに対する世界の防犯対策があれこれ載っていた。


ロスアンゼルス在住の方は「経済的に許す限り安全な地域にすること」「一戸建てはマンションに比べ危険度が高いので番犬を飼う、警備会社と契約する」など自衛手段を講じるべきと書いているが、これは経済的にゆとりがないと無理。


台湾在住の方は、引越し時に家財を盗まれる可能性があるのでトラックに見張りをつけるそうだ。そう言えば、近所の引越しやコンビニへの配達トラックを見てもトラックの後ろが全開で無用心だと感じないでもない。ちょうどミルクがあったりして1個頂戴しようかと思った...ことはない!


オーストラリアの方は、電気工事の作業員が来る前に貴重品は身に付け、大切な家財は納戸にしまって置くという用意周到さだったが、工事終了後に見たら納戸のデジタルカメラがなくなっていたという。工事中に納戸から作業員が掃除機を出して使っていたという。詰めが甘かったようだ。業者などが来る場合は知り合いに来てもらって「人の目」を増やすのが有効、と書いてある。


長期間家を空ける時にはタイマーで部屋の明かりをつける、ラジオをつけっぱなしにするなどの対策を取る人も多い一方で、空き巣が入った場合まで想定して多少の現金をわざと置いておくというベルギー在住の方がいた。盗む物が何もないと腹立ち紛れに物を壊す恐れがあるそうだ。


こうした策は日本でも役に立つ物もあるし、まだ必要ない物もあるが、私も空き巣に入られた事が2度ある。大事な物を盗まれるのもしゃくだが、誰か知らない人間が自分の生活空間に土足で踏み込んで来たという事実が気味が悪く、恐ろしく、不眠になったものだ。もっとぞっとするのは、警官いわく、泥棒は案外身近な人間だったりする、というのだ。空き巣事件以降、私は人を信じられなくなってしまった。


それが現代を生き抜く為にいい事なのか、それともあくまで人を信じて生きた方がいいのか、残念ながら私は人に対して非常に注意深く、かつ疑り深くなってしまった。


無邪気な目をした、人を疑う事を知らない、正直で明るい田舎育ちの女の子(私です!)をこんなにしてしまう世の中が嘆かわしい。

深い喉(Deep Throat)とは?

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タイトル: 大統領の陰謀

アメリカは「ディープ・スロート」の話題で持ちきり。これはニクソン大統領を辞任に追い込んだ1972年のウォーターゲート事件の情報源だった人物の仮名で、「大統領の陰謀」にも出て来る。

 
マーク・フェルトという、当時FBI副長官だった人で、エドガー・フーバーの後のFBI長官のポストには自分が(ニクソン大統領に)任命されると思っていたのが、されなかったから彼を恨んだ結果だと言われている。
 
しかし、この「ディープ・スロート」、リンダ・ラブレース主演の1972年のハードコア・ポルノ「 Deep Throat(深い喉)」から取った、言うも恥ずかしいような名前。喉が深いとは、彼女がペニスを喉の奥深くまで入れる事ができるからで、字幕のない洋物のポルノを見てあらすじを書くという仕事をしていた私はもちろん見ている。
 
いやはや、入るわ入るわ、見ていて仰天の特技である。
 
この映画が流行った頃、
I choked Linda Lovelace(僕はリンダラブレースの喉を詰まらせた)
というTシャツを着ていた男性を見かけて笑ってしまった。
 
まさかねー(笑い)。
 
ウォーターゲート事件以降、政府部内または企業内の犯罪行為を匿名で告発する人物という意味が加わったというから面白い。

2度と行かない店

2度と行かない店、いっぱいありますねえ、私の場合。
自腹で払ってるんだからうるさくなるのは仕方がない。
ちょっと古くなるが、「おとなの週末」というグルメ関係の雑誌に「ラ・ロシェル」という料理の鉄人の坂井浩行さんの店のことが出ていた。ここはかつて「恨ミシュラン」で酷評された店だそうだ。渋谷駅近くのこじゃれたクロスタワー内にあるこの店の夜景は絶景だそうだが...
東京の夜景ねえ、ごちゃごちゃして絶景とも呼べない気がしますが、まあ先を急ごう。
横川潤さんご一行(彼、NYのレストランの本も出している)4人で出かけたそうだ。そのレポートに腹が立ったので行く以前に(高くて行けないけど)行きたくない店になってしまった。あまりに腹が立ったのでここに接客の状況を再現してみたい。
席につき、注文に迷っているとウェイターは「お決まりの方からどうぞ」と注文をせかしたのだそうだ。横川さんも、いまどき、ファミレスだって注文が決まらないようであれば後にするというのに、と書いていて、じゃさっさと決めなきゃと思いつつも内心でブーイング。彼はNYで鍛えられた割りには優しいいい人らしい。それとも単に出版社にごちになってるから腹が立たないのか?
私ならこの時点でムッとして店を後にしたくなる。次に、同伴の人が高ビーなウェイターに「フォアグラのソテーとフカヒレのス-プでは、どちらがおすすめですか?」と問うと、「それは、まあ、お客様の好みですから」なんてふざけた答えを返している。この時点で私なら
That's it!(ガマンできない!)
とばかりに席を立つのは間違いない。大体、よく知らないからこんな答えしかできないのだ。その日のメニューを熟知して、すらすら読み上げるようなウェイターもいるNYではこんな時、こういう答えをしてくれるだろう。
「もちろん、どちらもオススメですが(と、ビッグスマイル。何しろチップがかかっている)フォアグラは今朝フランスのナンタラ地方から空輸されて来ていまして、この地方のは特にしっとりとして味がいいとされています。フカヒレはいつも同じところから仕入れているので特に普段とお味は変わりません。ですのでどちらかお迷いでしたら本日のところはフォアグラをお試しになってみてはいかがでしょうか(とか何とか)」
彼ら御一行が頼んだフォアグラの上に乗っていたそば粉のクレープ、確かギャレットとか言うんですが、それがしなびていたと言うし、18000円もするワインが虫の入ったグラスに注がれたという。虫が入っていると知らせると、そのグラスを一旦下げ、虫を取り出したグラスを又持って来たという。ちょっと引用する。
「このグラスは?」「虫を取り除いたワイングラスです」「えっ、虫が入っていたグラスですか?これで飲めというのですか」「このワインはお客様がお買いになったものですから、ご判断におまかせします」(筆者註:意味、よくわかーんない)「ボトルを替えて頂けないのですか」「それはできません」「店の責任者を呼んでください」「私がこの店のソムリエです」何ともはや、クレーム対応のイロハも知らないひどいソムリエである。ぽかっと頭の1つも殴りつけてやりたい。
後にグラスワインを2杯サービスしてくれたというが、腹の虫は納まらなかったと同伴女性が書いている。ご無理ごもっとも。スタッフは食材の知識は豊富だが楽しそうに見えないと横川さんは書いている。人にサービスするのが楽しくないからなのだろう。そんな人にサービスされるのも楽しくないからやっぱりこんな店には行かず自分で作ったアジの干物でも食べよっと。