本題に入る前にまずはこちら↓の記事を。 

ホテルと「宿坊」の壁が、なくなりつつある?

 

これに関しては、一部の宿坊では今でもそこを運営している宗派の関係者でなければ利用不可という原則論を貫いているところもあるようですが、そもそも宿坊が一般観光客を受け入れるようになったのは江戸時代までさかのぼる話なわけで。

 

今までは利用者もたいてい日本人であって、利用する方もある意味「暗黙の了解」的な意識があったからあれこれ言われなかっただけであって、外国人観光客を積極的に受け入れるようになったり、それに合わせたスタイルの変更だのなんだのとやりだしたことで、こういう違和感だのなんだのという話が出てくるようになったんでは。

 

べつに日本にはこういう文化もあるよというのを紹介する意味で、宿坊的ホテルというもあってもいいとは思いますけど、それは観光客向けのアトラクションというか体験施設ですよという明確な境界線があることが大前提なわけで。あくまでも宗教施設の一種であるという最低限の譲れない(譲っちゃいけない)部分をなあなあでなし崩しにしてきたからこういうことになるんじゃないかと。

 

 

この話に関連して、以前書いた記事↓を思い出したり。

「京都」ブランド衰退の導火線にペットボトルのお茶のCMがなりうるということ

 

(画像はいらすとやより)

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