平田真実のブログ

戦う牧師平田真実の個人的ブログ。
昔の思い出話、グルメ、格闘技、ペット、家族、教会、会社、最近は福島原発放射能被曝問題のことまで徒然なるままに・・・何のブログだろう?と雑多過ぎる内容ですが、これが私です(笑)

フェイスブック http://www.facebook.com/hirata.makoto
ツイッター https://twitter.com/MAKOTO_HIRATA
CASA POGONA 中長期型家族向民宿 https://www.airbnb.jp/rooms/9370532

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最近、カルト教団信者と思われるFacebookユーザーに、キリスト教系各コミュニティーのグループが混乱させられているようだ。

 

私の所属していたグループも、管理者のアカウントが乗っ取られる事件が起きた。
すぐに対処したが、グループは一度解散、管理者を変えて新しく別にグループを作り直さなければならない事態となった。

このようなネットでサイバー攻撃を受けたときに対応を間違えると簡単にコミュニティーは崩壊する。

 

そこで、自分なりに対応の仕方をまとめてみたので、参考にしていただきたい。

☆まず彼らの目的を知る。
彼らの活動は、自分たちの教義を広め信者を増やすことがもちろん目的であるが、ネット上での活動のもう一つの目的は既存のクリスチャングループのメンバーに不安を与え、混乱を起こすことのように思われる。
もし慌てて、グループを辞めたり、Facebookを退会すれば彼らの目的が果たされたことになる。
またこういう時に陥りやすいのは、アカウントを乗っ取られたメンバーや、カルト信者のメンバー承認した人、また管理者への責任追及である。
アカウント乗っ取りは誰にでも起こりうるリスクで、乗っ取られた被害者と言える。
敵は誰なのかをはっきりさせ身内の責任は追及してはいけない。
問題への落ち着いた対応が先決であり、解決後は以後、気をつけようということでよい。

さて、いろんなケースがあるかと思うが、最近起きた問題からとりあえずケースバイケースで説明する。

1.管理者のアカウントが乗っ取られた場合
まず、管理者、またはメンバーのアカウントが乗っ取られた場合は、できるだけすぐにアカウントを復活、パスワードを変更していただくことが先決となる。

 

Facebookのログインページで 「パスワードを忘れた場合はこちら」 や「パスワードをお忘れですか?」 を選び、指示に従っていくと新しいパスワードを設定しなおすことができる。

再度乗っ取りを防ぐため、できればこのときに登録しているメールアドレスも変更しておくとよいだろう。(登録したメールアドレスは非公開に設定)

そして怪しい友人はすべて友達から削除する。(誰でも申請してきたら友達承認するのは危険。誰でも受け入れる姿勢の牧師先生に誰でも承認する傾向が多くみられるがネット上では悪意もって近づいてくる率が高いので注意しよう。たとえ、知っている名前でもなりすましもあるのでお互いしか知らない話題でメッセージやりとりするか、リアルに連絡をしたりして確認が必要。)

理由は後ほど述べるが、このとき、とりあえず何かしらのグループを主催してFacebookを活用している人はブロックはしなくてよい。

末端のメンバーは友達申請とかしつこく来ると厄介なのでブロックしよう。

あとは、自分の設定からセキュリティーとログインをクリックし、セキュリティーの強化の3項目を設定、二段階認証を使用にするなど、個人アカウントのセキュリティーを強化しておこう。

管理者がグループから削除・ブロックされ不在となった場合。
すぐに信頼おけるアカウントが大丈夫なメンバーが管理者に立候補または推薦してもらって管理者不在の状況を抜け出す。

そして2.へと対応は続く。

2.アカウントが無事な場合
管理者のアカウントが無事で、カルト信者と思われるメンバー、または乗っ取られたアカウントメンバーに不適切な書き込みをされた場合。
この場合は、問題と思われるメンバーと書き込みを削除、グループからブロックするだけでよい。

 

まずメンバーリストを表示するため人数のところをクリックする。

 

 

 

 

削除したいメンバーの右横にある印をクリックしてグループから削除を選びクリック。ブロックするを選ぶ。

これは、グループからのブロックであって個人的ブロックではない。グループに再びこの会員が入って来ないためとグループの存在自体を見えなくするため。

 

グループ管理者が怪しいアカウントを個人的にブロックすると、また別のところで問題が起きた場合、相手の姿が見えなくなるので注意。

見えない敵とは戦えない。

友達から削除で十分で個人的アカウントのブロックはする必要がないだろう。

自分が管理者になることはまずないというメンバーは個人的にもブロックしても構わない。

むしろそうすることをお勧めする。

ブロックは必要に応じていつでも解除も可能。


3.管理者の対応
問題となるメンバーをグループから全部締めだすことができたら、次にグループのセキュリティーを強化する。

グループのトップ画面からメンバーを追加の右横の・・・をクリックしてグループの設定を編集をクリック。

管理者は大変になるが、できればメンバーの承認を管理者またはモデレーターの承認が必要ですに設定しておくとよい。

 

なぜなら、メンバー承認を誰でも可能にしている状態はカルト信者が紛れ込んでくる可能性が高くなるからだ。

 


グループのプライバシーも会の趣旨に応じて公開、非公開、秘密から選ぶことができるが、ローカルな神学校の卒業生のコミュニティーのようなものは秘密でよいだろう。グループの存在は見つけられにくいが、個人的に誘っていけばよい。

 

これで、まずは安心。
あとは、クリスチャンのグループ同士で情報を共有し、対策をしていこう。
怪しいアカウントになっている友人がいれば忠告、友達削除するように勧めよう。

 

くれぐれも、面倒くさいとか、ネットは怖いとか思わないで欲しい。

カルトが活用しているのに、クリスチャンがこの時代、ネットを活用しなくなると野放し状態になってしまう。

また、中心メンバーが逃げていなくなれば、取り残されたベビークリスチャンは危険に晒されることになる。

例外として、管理者のアカウントが乗っ取られたケースでは、中心メンバーの一人くらいは個人アカウントで管理者とカルトアカウントをブロックし、相手から見えないようにしてグループに残って対策するとよい。

ブロックしないと、乗っ取られた管理者の権限によってグループを締め出される。

こういう時は一致団結、役割分担、チームプレーが重要になる。

学んで知恵を持ってしっかり対処すれば恐れる必要はない。

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久しぶりにこれは余韻の残る良い映画を観た。

ネタバレになるので、まだ見てない方はこの先読まないでください。

2004年公開(日本では2005年)のアメリカ映画「バタフライエフェクト
http://movie.maeda-y.com/movie/00521.htm

DVD発売のキャッチコピー。

「君を救うため、ぼくは何度でも過去に戻る。
最も切ないハッピーエンドの物語。」

この映画を観終わったとき懐かしい切ない思いが蘇ってきた。

それは小学生の頃、筒井康隆原作の「時をかける少女」が「タイムトラベラー」という題でテレビドラマ化されたのを観た時と同じ感覚。

それから後、筒井康隆のファンになり中学時代は小説を読みまくった。

それはともかく、最近の日本の映画や原作、脚本もかなり影響を受けているのではないかと思う。

「僕だけのいない街」にしろ「君の名は」にしても、パクったのではないかと思うくらい基調テーマの発想アイデアがバタフライエフェクトに似ている。

 

時系列からいくと、

 

時をかける少女→バタフライエフェクト→僕だけのいない街→君の名は

 

となるが、アメリカのバタフライエフェクトが筒井康隆の小説に影響を受けたかどうかはわからない。

しかし、最近の日本のヒット作がこのバタフライエフェクトに影響を受けたことは間違いないだろう。

筒井康隆もその前にあった何らかのアイデアに影響を受けているだろうし、パクリといったら限がなく、どんな作品もその前にある作品の影響を受けているのは当然ではあるので似たものを作ることを否定はしない。

しかし、私の個人的な比較感想としては、同じようなストーリーでも、「君の名は」は「バタフライエフェクト」のDVDに収録されている別バージョンのハッピーエンディングと同じになっており、それよりも「時をかける少女」と「バタフライエフェクト」のエンディングのほうが切ない気持ちになり何とも言えない余韻を残してくれる。

作品の感じ方は観た人それぞれなのだろうけど、映画評論家前田有一氏の「バタフライエフェクト」に99点をつけた評価に賛同する。

それは別として、また別の観点から比較すると、過去に戻って誰か、または未来を救うというストーリーは、一歩間違えると現実逃避となり、非現実的な夢物語に惑わされないように気をつけて欲しい。

現実に生きる私たちには絶対に不可能な能力であり、時間は常に前に進んでいくという認識を誤らないようにしなくてはいけない。

今という時間は絶対に戻らない、やり直しのできない点であり後悔のないように生きる大切さを見失ってはいけない。

原発事故が起きてしまったらその前にはもう戻れない。

起こってしまった現実をしっかり受け止めて生きる強さ、と今後二度と同じ轍を踏まないようにするにはどうすればよいかを考えるべきだと思う。

だからこそ、こういったストーリーの映画でも未来に向けて生きるために活かせるものもある。
例えば映画「バックトゥザフューチャー」。当時、仕事で悩んでいる友人を誘って観に行き、今という困難を乗り越えれば未来が変わることを伝えるために利用させてもらったことがある。
「バタフライエフェクト」はそんな教訓を与える映画ではまったくないが、現実逃避的な映画でもない。
最近の日本の流行りと何が違うのか、愛という点では似ているけど・・・。
その微妙な違いは何なのだろうか。
ちょっと自分でもわからないのでまた思考の種にしていこうと思う。

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パラグアイへの移住をお手伝いしている中で、大きな誤解となる出来事があり、それが昨日イグアス移住地のある宿へ行って、その噂話を耳にしました。

 

まずはその話がどうして出てきたのか?からお話します。

昨日は、永住権の申請をお手伝いしたお二人が無事手続きを終え、残りの滞在期間を利用してイグアスの滝見学に連れて行ってほしいということでガイドとしてついて行ってきました。
そして宿をご案内した時に、そのお二人はそこの女将さんから何のためにパラグアイへ旅行に来たのか尋ねられ、永住権取得のためで平田さんに手伝ってもらって一週間で手続きを終えたことを話したら女将さんが驚いて、どうやってそんなに早くできたのか私が聞かれたのです。
そして、女将さんはこれまでお手伝いしようとしてお金だけ取ってできなかった人の話や自分で手続きをして取れなかった人、逆に取れた人、いろんな人がいるねという話となり、女将さんはこれまで大金を払ったにも関わらず、最近も永住権取れずに日本へ帰った家族がいるという話をされました。
私もそんなひどいことをする人がいるのかと、通常は実費400ドルくらいでガイド料としてはどんなに動いても上限500ドルですよと答えました。
それは安いですね、ほかにもやっている〇〇さんも同じ額ですね、けれど騙された人は3000ドル以上も払って取れなかったと旅人さんの間で噂になっていると女将さん。
へ~、そんな人もいるのかと私。
私はこれまで17名永住権申請手伝って取れなかった人は一人もいませんよ。難しくて他の人が放り投げた件でも途中から請け負って取ることができました。ただ、途中で自分から放棄した人は別でカウントしてません。たとえばあるご家族は〇人家族で・・・と話をしたら、女将さん、その家族ですよきっと、その話は・・・。様々な話の共通点から同一人物とわかりました。

いったいどういう話になっているんだ?

 

そこで、私は自分の泊まっている宿に戻って、どうしてそんな話になったのだろうと考えて、気がつきました。

 

3000ドルというのは永住権申請のためではなく、家族全員が個室3人部屋600ドルと4人部屋800ドル2部屋を3か月+シェアルーム使っていた宿代です。

一部屋だけならお一人200ドル(一泊ではなく一か月の値段)でよいとお話ししたのですが、2部屋分の部屋代払っても2部屋が良いとおっしゃるので、月単位割引に一か月+400ドルも更にディスカウントした金額でした。それで計算しても一人あたり一泊約8ドルがパラグアイの相場でも決して高い金額ではないことを世界中を旅して渡り歩かれる旅人さんなら理解してくれるでしょう。部屋はすべてエアコン完備使い放題です。さらにシェアルームのキッチン、リビングは貸し切り状態、持って来られたパソコンもそこに置いて宿の契約しているプロバイダーと有線で繋ぎ使われていました。その場所、照明が暗い(パラグアイはどこの家も暗い)というので、新しいライティングも工事して取り付けてあげました。パラグアイで売っている最大級の電気オーブンも使わせてほしいと購入、シェアルームに置き場所を作り毎日使っても、本来なら電気代が余分にかかるのも請求しませんでした。こんな条件をいったいどこの宿が受け入れてくれるでしょう?

その宿代3000ドルが永住権申請の代行費用という話にすり替わり噂になったのでしょう。

 

それで、どうして宿泊が3か月になったかというと、それもご本人たちが面倒だからと日本で無犯罪証明を取って来られなかったからです。つまり、こちらに来てから日本大使館を通して取り寄せると3か月かかるのです。そのことはご本人たちにも伝え、できれば取って来られることをお勧めしたのですが、どっちみちずっと住むのだし時間がかかっても良いからとご本人たちが選ばれたのです。
それならせめてアポステーユ付の戸籍謄本を持ってきてくださいとお願いしたのですが、それもアポステーユなしの戸籍謄本を持って来られました。そのやりとりはすべて証拠としてメールに残っていていざとなれば私もすべてのメールを公に見せることができますが、ご本人たちは忘れられたのか、それらは私の責任としているようです。

 

それでもお客様に、こうだったじゃないかと責めることはできないので、我慢し、どんなことがあっても最初の提示した金額で取れるよう、余計にかかった分は私が自腹を切るつもりで対応してきました。

 

まず最初にひっかかった問題が健康診断でした。その前に来られた方までは血液検査を受けなくても医師の診断書があれば厚生省に書類認可を受けることができました。ところがパラグアイの法律が変わり、パラグアイの病院で受けた血液検査の結果も添付するように変わっていたのです。その問題自体はすでに実際血液検査を受けていてご本人たちが持っていたので、クリアできたのですが、そういうことで申請が二度手間(2回目の申請費用は私の息子が負担しました。)、一日厚生省に出すことが遅れたため、なぜか私がだましたかのように言われ、「人を騙すと地獄に落ちますよ」と責められたのです。
それを言われて私も実際にお手伝いしていた息子も非常に傷つきましたが、翌日、「そんなことを言った覚えはないが、異国へ来たストレスでひどいことを言ったかも知れない、すみませんでした」と謝って来られました。

 

そして時が過ぎ3か月後、無犯罪証明が届き、やっとすべての申請書類が整い提出できると移民局へ出かけたら、戸籍謄本を通して大使館で取った出生証明が使えないことがわかったのです。ある旅人さんが自力その方法で取れたのは家族関係を証明する必要がなかったからで、家族で申請する場合は、出生証明だけでなく戸籍謄本を訳したものが必要だと移民局。(ここで注釈、パラグアイの公的手続き、民間のたとえば銀行手続きなどある程度決まっていても担当者で対応が異なることが多く、たまたまできたケース、できなかったケースを比べても仕方ないことが多いのです)

 

とにかく、アポステーユ付の戸籍謄本を出さないといけないということになり、先に揃えた書類の有効期限が切れないうちにそれを準備するにはどうしたらよいか、必死に考え調べました。親戚に頼んで委任状をパラグアイから送り、書類をそろえて送り返してもらうには時間がかかる。

 

そこで知恵を絞った結果、行政書士を通して頼めば、すぐに書類を取り速達で送ってもらえば間に合う計算で、その費用も私がすべて負うからとご本人たちに連絡を取りすぐに動きました。
ところが、この時点でご本人たちは私に不信感を抱き、もう手続きは自分たちで調べてやるからとすべての書類の返却を求めてこられたのです。そうなるとどうしようもありません。宿も出て行っていましたので、なかなか連絡が取れず、メールを何度出しても返事がありませんでした。困ったなと、でも自分たちがやるにしてももうこの方法しかないと私は自腹を切って行政書士に支払い、書類を取り寄せました。そして、私の息子がそれを届けに行ったら、「まあ、怖いわねえ。こんなプライベートな書類、赤の他人でも簡単に取れるの?」とだけ言われ書類を受け取ったそうです。


その後、誰かに頼もうとしたのか、自分たちで続きをしようとしたのかはわかりません。
もう一つ課題があり一人だけ少し遅れて申請することになりそうでしたが、とにかくどんな問題が起こっても、続けさせてさえもらえば確実に取れるまでやるつもりで知恵を絞り、動く予定で、その方法でできるという計算と自信もありましたが、信頼されなければどうしようもありません。費用もこちらが赤字になってもお客様に負担をかけるつもりはないと伝えていました。
あれからどうなったのか、ずっと心配していましたが、結局、できずに日本へ帰られたとのこと。
そして、3000ドル以上も騙し取られて永住権取れずに日本へ帰った人たちがいるこの噂がパラグアイに残ったということです。

 

ここで、私の仕事を説明しておきますが、永住権取得は代行業としてではありません。
代行というのは弁護士のような資格を持った人でないとできないのです。そして、費用も相場として一人あたり1500ドルくらいです。私もそれで取りましたから決して高い金額ではないと思います。しかし、私の仕事は本人たちが手続きをするのをあくまでもガイドとして付き添って助けるという名目です。
だから、代行よりかなり安いですし、逆に取れる取れないというより、お手伝いした時間、内容によって動いた分はその対価を受け取るということです。それで3か月の間にほとんどの書類を準備し、動きましたが、当時は前金は一部20パーセント。残りは申請が済んだのちにいただくというようにお客様との信頼関係の上にやっていましたので、結局残りの80パーセントは受け取れなかったのです。動いた分はすべて無駄になり、行政書士の費用も負担、ひどい目に遭ったのはこちらのほうでした。

 

この話とは別に、3か月の間、買物に連れて行ったり、息抜きの遊びに連れて行ったりとサービスでやらせていただいた分がかなりありましたが、そのお礼にと約4万円ほど現地のお金でくださったこと、これは返そうと移った先の宿代を私が払うと宿主に連絡するなどいろいろ手を尽くしましたがご本人たちが固く拒否、できませんでした。でも、そんなつもりで動いたわけではないですが、ガイドとして計算すると4万円でも足りないくらい動いてますし、逆に受け取りそこなった1600ドルの一部負担か、もしくはアポステーユ付戸籍謄本の取り寄せのために日本の行政書士に支払った分ということで自分を納得させることにしました。

 

いつ日本に彼らが帰ったのかは私もわかりませんが、信頼して任せてもらえたなら半年前にはすべての手続きを終え、今頃はセドラーも取れていたことでしょう。
残念でなりません。決して悪い方たちではなく、私の行き届かない面もあったろうし、責めるつもりではないです。パラグアイの不文律な手続きが日本から来たばかりの人には理解しづらいこともあるでしょう。

 

この件、私としては本当なら忘れてしまいたい出来事でしたが、なぜ、こんな話を今さら蒸し返すのかというと、パラグアイや旅人さんたちの間で噂が広まり耳に入ったこと、このままではこれからパラグアイへ永住権を取りに来たいと思う人にまで不信感を与え、迷惑をかけてしまうこと、私の友人の耳にもこの話がいって誤解してほしくないこと、私だけでなく家族に迷惑がかかってはいけないこと、などから黙っていられなくなったのです。

 

 

私の話を信用するかどうかはそれぞれですが、一方からの話だけで判断はしないで欲しいと思います。

そして、自分の目で確かめ人を判断、噂に左右されないようにして欲しいものです。

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http://mfotos.hatenadiary.com/entry/2017/01/22/082354

Hatenaブログからの続きになります。

 

吉岡大さん。

 

ブラジリアン柔術界の伝説的存在。

日本で無敵の強さを誇り、世界でも2位まで登り詰めたスーパースター。

そんな吉岡大さんと最初の遭遇はポゴナ・クラブジムを同好会から正式ジムとしてオープンした2005年5月3日の台東リバーサイドスポーツセンター。

私の柔術試合を捌くレフリーが吉岡さんでした。

5分間の試合時間で4分以上お互い立ちのまま。
まるで柔道のような試合展開でした。

残り時間約10秒で相手が仕掛けてきたのに合わせて大外刈りでテイクダウン、そのまま抑え込んで勝利、青帯昇格させていただいた思い出の試合です。

 

数年経ってからの後の吉岡さん談。

「あのままどちらも技が決まらないまま終わったらレフリー判定。困った。早くどっちか決めろ。」

と思っていたそうです。

(すごい、あの試合憶えていてくれたんだ!感激)

 

その後2007年、ジムが成長を遂げ、柔術のスパーリングも盛況になってきた頃、その吉岡さんが出稽古に来てくれたのです。
柔術とジムを始めて僅か2年で柔術界のレジェンドが練習に来てくれる。
これは私にとっては奇跡的な出来事でしたし、柔術クラスのメンバーにとっても嬉しかったと思います。
それがそのうちに毎週出稽古、習慣となっていったのです。
練習内容は10本のスパーリングを吉岡さん自ら相手を選んで行うというもの。
たとえスパーリングの相手をできなくても見るだけで勉強になる。
ジムの柔術クラスにとって大きな存在となりました。
そして、私のような年寄りでも何度もスパーリングの相手に選んでもらえ良い練習ができました。

 

しばらくして私は首の病気が発覚しドクターストップ、練習ができなくなってしまいましたが、少しづつ首に負担をかけないレッグドラッグパスの練習を再開、3年後に再び試合出場できたのも、一つは吉岡さんとの練習で自信を取り戻せたからだと思います。

吉岡さんとスパーした人はみんな何もさせてもらえない、技が通じず自信を失っていたようですが、私の場合は吉岡さんがわざと攻めさせてくれたので、「おお!世界の吉岡さん相手にここまで攻め込めたぞ」と勘違い、逆に自信がついたのです。

吉岡さんとしては際のディフェンス練習相手に私を選んでいただけだったのでしょうけど・・・。

 

また、今ポゴナジムアスンシオンの指導をしている長男、真之も相手してくださいました。
中学生の時には大人の部で3位になった息子に「中学生に負けたと大のオトナの対戦相手が知ったら、柔術やる気失くすよなぁ・・・」と笑っていました。
その後、茨城の高校でレスリング部、寮生活をしていたため、たまに帰ってきた時に練習参加。
当時の息子はレスリングで燃え尽き症候群、やる気なく、いやいやだったのが、スパーリングをして「天来の才能がある」と褒めてもらい調子に乗り、今や吉岡さんが目指していた世界一を狙って毎日自発的に練習しています。
吉岡さんが決してサービストークをしない真実一途な性格だからよけいに嬉しい言葉でした。
今、もう一度スパーリングしてもらえたらと、もうこの地上でその夢は叶いませんが、私は生命の復活を信じているので、全く不可能なことではないと思っています。
もちろん、吉岡さんが練習相手は自分で決めるので選んでもらえたらの話ですが・・・。

 

最後に吉岡さん、ありがとう。
ポゴナ・クラブジムを愛して、怪我で実現できませんでしたがポゴナ・クラブジムの名前で最後は試合にエントリーしてくださったことを感謝しています。
ポゴナ・クラブジムは17年前、私が神様と約束して創設したジムです。
そんなジムに協力し、喜んで加わってくださったので神様も喜んでいると思います。
だから私も必ず天国で再会できることを信じているのです。

いつまでも忘れません。

そのときまで!

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まず本日は広島原爆からちょうど71年、黙祷を捧げたいと思います。


さて、久しぶりのブログ更新となります。


「パラグアイは日本より暑いはずなのに40度を超える真夏でも熱中症の話をなぜか聞いたことがありません。」


このツイートがリツィート30を超え、反響が大きく、何故だろう?というご質問もいただいたので、自分なりに考えてみました。


まず、熱中症というのは必ずしも気温が高いからなるとは限らないらしいです。
湿度や空気の組成などの影響もあると言われています。
パラグアイも必ずしも湿度が低いわけではないのですが、暑さに対する対応は慣れているようです。


まず、テレレというマテ茶の葉っぱや、薬草を冷たい水で出したものを持ち歩き、こまめに水分補給をする習慣が根付いています。
ただの水ならコップ3杯も飲むとお腹がパンパンになってしまうのですが、不思議なものでこのテレレ、1リットル、2リットルといくらでも飲めるのです。
自分専用の水筒とコップを持ち歩き、持っていない人は持ってる人から気軽にもらうことができます。
私も、役所とか行く度に飲むかとよく勧められました。


日本では、テレレはあまりポピュラーでないので、自家製スポーツドリンクを作るのも一つの手ではないでしょうか。

我が家で毎日作っているスポーツドリンクのレシピを参考にアップしておきます。


砂糖                       50cc
塩                         1.25cc
生ジュース(オレンジやグレープフルーツなど)    50cc
レモン汁(生でも市販のレモン汁でも)        30cc
冷水                       700cc


こまめな水分補給、熱中症対策として大切な要素だと思います。


また、アスンシオンは世界一緑の多い首都として樹木に覆われた町となっています。

至る所に木陰があり気温の割に涼しく感じます。

家屋も天井が高く床はタイル、通気性の良い作りになっています。

その代わり、短い冬は気温の割に寒く感じます。


もう一つの理由は、日本人は会社や学校へ行くということに対する生真面目さだと思います。

それが悪いというわけではないですが、パラグアイは暴風雨が激しいと仕事や学校は休みます。

そうでなくても、簡単に休みます。

暑くて今日は長時間外に出ると危ないなと感じたら、何が何でも出なくても良いのです。

また、一番熱くなる時間帯はシエスタというお昼休みの習慣があります。
学校は早朝から始まりお昼には終わり部活動はありません。
様々なリスクに対して、マネージメントは自己責任、個人の直感的判断に任されています。

そんな社会の雰囲気があるため、熱中症に対してもリスクが低くなっているのではないかと思います。
日本での適応は難しいと思いますが、リスク対策を社会に任せっぱなしにするのではなく、個人的判断で柔軟に対応する考え方は学ぶべきではないでしょうか。


さて、最後にもう一つ。

熱中症の原因が空気の組成(窒素酸化物、金属など)にあるとしたらパラグアイは空気が澄んでいるというのもあると思います。

もちろん、首都アスンシオンは車が増え、日本じゃ車検に通らないような車から出る排気ガスで主要道路の環境は酷いものです。

しかし、一つ道を入ると澄んだ空気になります。

豊富な樹木が空気を綺麗に浄化してくれているのでしょう。

その他の南米都市に行った時に見たスモッグもアスンシオンでは見たことがありません。

他の南米都市で熱中症がどうなのかは調べたことがありませんし、どんな空気組成が熱中症に影響を与えているのかわかりませんが、一つ気になるのは某テレビ局の方が、日本のテレビのニュース番組以外で熱中症に注意を喚起するテロップを入れ始めたのは2011年の夏からと仰っていたことです。


パラグアイに熱中症になる人が一人もいないということは大袈裟だと思いますが、少なくとも社会的な問題になるほど取沙汰されてはいないですし、日本でもかつて今日ほど取り上げられることはなかったのではないでしょうか。

地球温暖化のせいだけにしてはいけないような気がします。



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関西で無農薬、無肥料で作物を育て、配布なさっている梅原さんをご紹介したいと思います。

梅原さんは、私が3年前に日本訪問した時に京都で大変お世話になった方です。



キャベツもこの通り、無農薬なので虫が食べていますが、中の良いところは安心して食べられます。












作物も拘りの品種がいろいろ。















まずは、お試しセットを頼んでみてください。

安心で美味しい季節のお野菜が届けられると思います。

ご興味のある方は、Facebookでまず梅原さんに平田のブログで見たと挨拶メッセージ、お友達になってから直接ご注文ください。

私も、日本に住んでいたら頼んでいたと思います。

梅原さんのページはこちら から。

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パラグアイでは日本人的感覚での計画通りにはまず事が進まない。
それが良いか悪いかということよりも、それが現実なのだから受け入れなければならない。
嫌ならドイツとかに移住した方が良いだろう。
時間感覚がゆったりと流れ、どんなに焦っても願った通りに動かないのだ。

たとえばパラグアイで商売をしようと計画し、不動産を手に入れようとしても、よくあるのが相続問題が絡んでおり契約が成立するまで半年間の法的期間が必要になることだ。
その間、何かを建てようとしても正式な建築許可は下りない。
抜け道はあるにはあるが、せっかく建てて、万が一売買契約が成立しなければこちらが費用を出した分は建て損になる。
そして、建築もなかなか思うようには進まない。
日本人の常識では考えられないことばかりに直面する。
照明、スイッチの位置、排水などしっかり意思を何度も伝えて、現場を見ていないととんでもない結果に泣く。
そんなこんなでようやく建築完了したらそこから建築確認、営業許可、様々な手続き、宣伝、浸透も時間がかかる。

そのような軌道に乗るまで持ちこたえられるくらいの余力を持って計画しないと頓挫するだろう。

また、人に何か頼んでも、それが有料、ボランティアに関わらず、実際にやってもらうまでは時間がかかる。急ぐなら自分で動くことしかないのだ。

そんなアドバイスも、早急に動きたい新移住者にとってはうざったく聞こえるのか、なかなか受け入れてもらえないのだが、決して悪意を持ってネガティブな面を話しているわけではないことを理解して欲しいと思う。
それが現実のパラグアイなのだから。
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移住避難者を非常に貶めようという意図的なものを感じるブログを見つけたのでまず紹介します。

(ブログの書き方って難しいですね。最初リンクだけ貼ったら私が書いた内容と間違われてリツィートされたので、説明を追加、リンク表題も書き直しました。)

「震災で東京から逃亡し500万円がパー。4年間の四国生活から帰京し浦島太郎貧困」←移住を決意させ


これって、酒に溺れて貯金使い果たしたとか、放射能リスクや移住避難の問題じゃなくて、本人の問題ではないだろうか。
それに、ツイッター情報に振り回されたって、自分で勉強しなさすぎでしょう。
ちゃんと勉強してれば、自分の選んだ道、そうはブレないはず。
移住するしない、移住した後、どのように生き、幸せを掴むか、人それぞれで、移住の失敗を人や人の情報のせいにしちゃいけない。


確かに、移住避難はこれまでの生活とは大きく変わるし、価値観も大きく変わらなくては生きていけないけれど、そこで幸せに、立派に生活している人たちもいる。


移住しようとする人にとって大事なのは人に頼るのではなく、自分というものをしっかり持って、生きていくことだと思う。
それができない人はどこに住んでも、真の幸せを見つけることはできない。


私も、パラグアイ移住のアドバイスと永住権取得のお手伝い、できる限りのことはさせてもらっているが、本人達がどのように生きていくかはそれぞれの考え方や技能などあるだろうからあまり干渉しないようにしている。
最初はボランティアでやっていたが、どんなにしても本人次第で地獄にもなることを経験して懲りたので、割り切って動いた分だけの報酬、パラグアイでの相場分は昨年からいただくことにした。


天国になるか、地獄になるかまでは責任を持てない。

私のやっていることは、それぞれ自立してもらうことが目標で、そのための最初のとっかかりに過ぎない。
でも、尋ねて来られたらできる限りのアドバイスは行っていこうと思う。


その中で一つ言えるのは、ただ放射能から逃げてくるというネガティブな面だけでなく、避難先で何をするのか、自分は何をやりたいのか、その地のために何ができるのかなどを考え計画を実行に移すことが成功と幸せの秘訣ではないかと思う。


パラグアイの中長期滞在型民宿 CASA POGONA

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2016.2.26 NHKニュース

メルトダウンは3日後にはわかっていたのに隠ぺいしたという問題が大きくニュースで取り上げられ各メディアでも取り上げられており、別にどの記事でも良いのですが、メディアによってはすぐに過去記事を削除するところもあり、パラグアイ避難移住の記事を取り上げていただいた毎日新聞の社説を代表してリンクさせていただきます。


炉心溶融 不信募らす東電の「発見」

 ↑ クリックで毎日新聞の社説へ飛びます


当時からメルトダウンを心配し、そういう発言をしたりジャーナリスト上杉隆さんの発言をリンクしていた人はデマ、煽っていると批難を受けました。
今回の記事は、私を含めそういう方達にとって激しい怒りを再燃させるようなものでした。


東電のマニュアルは5年間メルトダウンを隠すことと揶揄される方さえいました。
まあ正確には5年隠したのではなく(2か月後にメルトダウンを認めて、5年後になる直前に3日目にはわかっていたけど認めるのが2か月後になったということを発表した)ということですが・・・。


そんなニュースも、『政府やマスコミの言う通りメルトダウンはデマ』だと信じていた人や、さも常識人を装って『冷静になろう』『正しく怖がろう』と私たちを戒めていた人たち、あるいは目の前のことに夢中で、自分や家族の命に関わることなのに無関心を装っていた人たちにとっては、素通りの内容なのでしょう。


素通りしない方の中には、『今さら言っても仕方がない。これからが大事なのだから』と、いうもっともな意見も理解できます。


しかし、私が思うにこの2か月という情報隠蔽した期間がとても重要なのです。
友人がこのニュースにこんなコメントを書いてました。
『3日後に報道し適切な避難措置を講じていれば、現地の住民はもちろん、県外から支援に駆けつける必要もなくなるわけだから、死ななくても良かった人、ガンにかからなかった人、かかっても早期発見出来た人がたくさんいますよね。罪深いです。』


これを読んで、何のことかわからない人もいるでしょう。
誰も死んでないよって。


それだけ当時のメルトダウンの受け取り方次第で、情報格差も大きく広がってしまったのです。
鼻血や発疹の話題に始まり、免疫低下による病が増えたこと、有名人だけでなく自分の周りでも急性〇〇(癌や白血病だけでなく心臓や脳の疾患)で突然亡くなった方、駅や電車で急病人で電車が止まったり、自動車運転中に突然亡くなって突っ込む事故が増えてること、甲状腺癌の子供たちが優位で増えたニュースなどを見ても、それらの関連性に気がつかないのです。


情報を追っている人にとっては、素人でも〇〇という放射性核種が体の○○という部位に影響を与え〇〇という病気になりやすいというようなことを専門家並に知っています。
どんなに自然界にある放射線や、レントゲンなどの医療被曝との比較で安心させようとしても内部被ばくを外部被ばくの物差しで測ることができないことを知っているので通用しません。


ところがどうでしょう?
事故から二か月後までメルトダウンしていないという情報を信じていた人達は、時間差でメルトダウンの情報が入っても『何も起こらなかったじゃないか。誰も死んでない。復興ムードを壊すようなデマは広めるものではない』と相変わらず放射能リスクについては無頓着なのです。
それを応援するかのようにあらゆるこじつけで、安心情報を流す人たち。
(メルトダウンをデマ呼ばわりした学者さんとか事故直後当時の書き込みネットからご自分の投稿をそっと削除なさっておられるようです。)


放射能は目に見えず、匂いもなく、その影響はじっくり冷たい水から時間をかけてじっくり温める茹でガエルのように、数か月から十数年という歳月をかけて出てくるものです。
人間の心理はそんなに長い時間、目に見えないものと戦うことができないので、たった二ヶ月でも目に見える変化がないと安心と決め込んでしまうようです。

また、周りの人が騒がないから大丈夫という同調もあるでしょう。
一度、安心と決めたからには、情報もそれに都合のよいものしか見ない、聞こえない、言わないとなります(それは逆にも言えます。危険と決めた人はそういう情報だけを受け入れる傾向があるのは確かで間違った情報まで拡散してややこしくなる)。


もちろんすべての人がそうであるとは言いません。
放射能リスクを重々承知して、原発が爆発しようと、メルトダウンしようと、それでも逃げずこれまで通り普通に生活するのだという人もいるでしょう。
でも、そうでない、もしあのときすぐに正しい情報を知らされていたら西日本や海外に子供を連れて避難していたという人も少なくなかったはずです。

また安易に汚染地に足を踏み入れることもなかったでしょう。


3日目に公表することと二か月遅れで公表することとは大差があったのです。
パニックになるから公表しなかったというなら、事故を起こした時、国が混乱し国民の命が危ぶまれパニックになるような危険な原発は利用するべきではありません。


『デマ呼ばわりした人たちは今どうしているのだろう』というようなツィートをいくつか見ました。
もう過去の取り返しがつかないことは仕方がないとして、せめて謝罪して欲しい気持ちがあるのだと思います。


マスメディア数社の社員の方からは私も個人的に謝罪の言葉はいただきました。
今後、その謝罪が更に広がり、正しい情報の拡散、国民の命を守る方向に向いて行ってくれることを強く願うものです。

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もう仕事から遠ざかって10年以上も経つのにブライダルの夢を見た。


2日前と当日現地到着してからの2回、事務所に確認電話をしなくてはいけないのだが、当日、控え室に入って準備中になぜだか聖歌隊とかスタッフ、誰も来ないなと思いつつ、電話してないことに気がついた。
慌てて電話したら、集合場所は控え室ではなく建物の最上階にあるチャペルであるとのこと。

チャペルへ行ってみたらすでにみんな集まってリハーサルが行われており、司式者がほかの先生(なぜだか私の友達)に変更されていた。
と、この先夢はいろいろと続いたのだが、省略。


とにかく、ブライダルはいろいろと気を遣うことがあり、ミスは絶対に許されないのだが、これは夢の話で実際はそんなミスをしたことはない。事務所からはこれだけの数(2000組以上は受け持った)をこなしていながらミスが一度もないのは凄いとよく言われていた。



遅刻、名前や指輪の間違いなどミスの話は、結構あるようで、それを防ぐ自分なりの秘訣は何だったのかと考えてみたら、それはいつも最悪の想定をして動いてきたことだと思う。
人身事故で電車が止まるかもしれない。雪が積もって渋滞になるかもしれない。おなかを壊してトイレに行きたくなるかもしれない。式中に何か邪魔が入るかもしれない。などなど・・・。


だから、たとえば一時間前の集合時間だとしたらさらにその1~2時間前には現地の近くまで行くようにしていた。その分、時間調整は駅から一時間くらい歩いてタクシー代を節約したりと(交通費節約は事務所にとって助かるだけだったが)。



取り越し苦労、神経質、無駄、〇〇脳とか言われるかもしれないけれど、危機管理はそれくらい徹底してこそ、逆に余裕が生まれよい仕事ができるのだと思う。
それはいろいろなことにも言えるのではないだろうか。


と、白髪が増えた分だけ好きなことを言わせてもらおう(^^;)

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