李夫人その5

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李夫人を語る前に、武帝のさきの衛皇后に触れないわけにはいけません。

李夫人と兄の弐師将軍の李広利の運命を定めたのは、本質的に、衛皇后なのです。
衛皇后、若くは、衛子夫も、その歌舞をめでられて、平陽公主に依って、武帝に薦められました。

衛皇后は、係累に、大将軍となった衛青、さらに驃騎将軍となり、若くして死んだ霍去病を持ちます。衛青と霍去病は、武帝にとっては、のちの三国志で劉備を支えた関羽と張飛に当たります。いわば、飛車と角車です。

衛皇后が、こうした係累を持ったことが、李夫人と兄の李広利の存在を規定し、マルクスが著作であざけった後世のナポレオン三世の場合と同じように、歴史が戯れと、そして悲劇を描くことになります。
こちらは、「ブリューメルの18日」とは違って、たかだか婦女子の話ですが。
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李夫人その4

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李夫人が生まれ育ったのは、中山の芸人一族とされます。
漢書には、3人の兄弟が記載されています。

武帝に妹を「北方に佳人あり」と売り込んだ李延年、フェルガナの大宛国に遠征した弐師将軍の李広利、そして、李夫人の没後、一族誅滅の原因を作った李季です。

李延年は、若いときに法に触れて腐刑を受けて、宦官となり、やがて宮中のどこにでも出入りができるようになりました。
李延年は、音楽の才に秀で、歌唱がたくみで、すばらしい詩文と楽曲を作り、武帝の身辺にあって、協律都尉となり、印綬を帯びるほどになりました。
その楽曲を聴いて感動しない者はいない、といわれました。

「北方に佳人あり」の李延年の舞のあと、武帝は、「そんに佳い女がいるものか」といぶかったそうです。
武帝の傍にいて愛妾を薦める役割をなんども果たしてきた平陽公主がすかさず、李延年の妹を推挙するというわかりやすい展開ののち、まだ若い李夫人が、武帝の前に登場します。

「妙麗で、舞がうまかった」
史書はあっさりと、かつ簡潔に記録しています。
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李夫人その3

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 張藝謀(チャン・イーモウ)の映画「LOVERS(十面埋伏)」(2004)の出だしの場面、舞伎館・牡丹坊で、章子怡(チャン・ツィイー)が、鮮やかな色調のもとで、見事な舞を見せます。

 北方に佳人あり
 比類なき絶世の美女なり
 ひと目見れば、城を傾け――
 ふた目見れば、国を傾ける
 たとえ城を傾け、国を傾けても――
 手に入れずにはいられない

 李夫人の兄の李延年が、武帝の前で、実際にこう歌い、優雅な舞を見せて、妹を武帝に薦めたのです。この詩文に乗って、章子怡が舞っているのを見て、ここだけは、李嘉欣にやらせたかった――。
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李夫人その2

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 李夫人の容姿については、紀元前のことで詳らかではありません。
 ただ、武帝と李夫人の孫にあたる昌邑王賀については、「漢書」の武五子伝が記録しています。

 「背は高くて、大柄な身体つきである。顔色は青白く、目は小ぶりで、鼻先はとがり、ひげや眉が薄い」

 武帝の後を継いだ昭帝が崩じたときに、この昌邑王賀がいったん擁立されたのですが、喪中の宮中で淫乱の振る舞いがあり、賀は、わずか27日で廃されました。

 李夫人は、河北の中山の出身ですから、北方系の血筋だったはずです。背丈は高く、肌は白く、鼻筋が通った、小ぶりな顔立ちだったと思われます。

李夫人その1

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 中国きっての美人女優といえば、香港出身の李嘉欣でしょうか――。

 1988年に「ミス香港」に選ばれて、ミッシェル・リーという芸名で映画に出るようになりました。大ヒットした「笑傲江湖」3部作の第2作「東方不敗」(1991)で、主人公の武林剣士の妹弟子役を演じていました。ご記憶の方もいるはずです。

 李嘉欣には、「李美人」という呼称が付いています。
 この呼称は、漢の武帝の愛妾、李夫人を明らかに意識しています。

 ただし、李夫人とは違って、この李美人の方は、しごく気が強い。

はじめに

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この戯書集で取り上げるのは、みんな中国の古今、つまり、隣国のいにしえの昔と現在の話です。

日本の婦女子を題材にすれば、最初に身近なところから、批判のつぶてが飛ぶことはわかりきっています。

わたしは、そんな愚挙はいたしません。
その辺を忖度のうえ、みなさんの都合のそれぞれにより、どこかの国の場合に当てはめていただけると幸いです。