サイファさんのヘッドオフィスは、スメラシアの虹のいちばん下の階層の中にあった。
奥に事務処理のエリアがあり、
通路に面した所に、広い受付カウンターがある。
展望区画が近く、結構高級なエリアである。
貿易商社関連の事務所がかなりテナントとして入っている。
サイファさんがいる。
何か憔悴しきった風だった。
あたしは、カウンター脇にある植えこみの影からいきなり現れるようにして彼の前へ進んだ。
「ねぇ、あなたのお兄さんてさ、」
「…」
「あのビッグマウス・サタファでしょ。」
「うぅ…」
ビッグマウス・サタファ、広域指名手配の詐欺師である。
まさかねぇ、こんなハンサムな弟さんがアシスタントやってるとは思わなかったけどさぁ。
あたしはジャンパーのポケットに、ふみーはケープの中にポテンシャルフリーザーのグリップに手をかけたまま。
念のため。
携帯型の物理不可逆兵器だったらたいてい防げる。
彼は一度顔を伏せると、ゆっくりと視線をあげた。
_This area,no quantum reaction energy weapon system recognized_
(_この区画に量子反応兵器は確認されません_)
スーツの近接警戒システムが、
あたしのほっぺからあたしの耳の奥に、外には聞こえない声で囁いた。
あたしは美青年に声をかけた。
「やつは複写個体なんだよね?」
「…」
「“ふくしゃこたい”って何、お姉様?」
「違法に作られた無性生殖培養個体のことさ、オリジナルの記憶マトリクスを強制的にコピーしてんだよ。」
「兄貴のオリジナルには一度だけ会ったことがある。」
「ふ~ん」
ふみーが頷いた。
「下のさ、」
あたしは、WORKING POOR CANNON PROJECTの広告のあるフロアの方向を指さして、
「あのWORKING POOR CANNON PROJECTの広告、全部ウソでしょ。」
「…」
ふみーは、小脇にかかえていた愛用の黒いワークステーションをカウンターの上に置いた。
エンボス加工された歯形のついた白い果実のマークが入ったやつだ。
「…俺、逮捕されるんだろ?」
「監察官って知ってる?」
あたしは、ハンサムさんの質問をはぐらかした。
とりあえずさぁ、研修中のあたしらに逮捕権は無いんだけどな。
あたしは、ジャンパーの前をはだけて、左むねを見せた。
オフィスのBGMには、あのWORKING POOR CANNON PROJECTのテーマ曲がかかっていた。
♪ 道端にねころびむさぼる惰眠
我は銀河の失業者
はかない夢想にすりよる我が身
我が夜明け来らず
引きつる笑いのみ…♪
あたしら定点監察官が身につけるスーツの環境制御回路。
回路の表面に刻印されている模様は、銀河の常住不変の真理を表すという。
「きれいでしょ、」
いぶし銀の中に様々な色の回路の刻印が見える。
「…」
あたしの測り知ることなど永遠に不可能かもしれない1200万標準紀元も昔から、
延々と続く大統一銀河大洋圏の惑星監察官達のステイタスシンボル。
この回路はエネルギー制御回路だから、いざとなればこれ一つで大型船のスターターキーとしても使えるらしい。
あたしはまだやったことないけどね。
「監察?官?かんさ…?」
「うん♡」
「ね♡」
あたしら二人は、思わず美少女の笑顔で決めた。
「え?、えぇぇぇぇ?」
美青年は、彼自身の然るべき記憶に思い当たったようだ。
あたしは言うべきことは言った。
「政治システムを騙して甘い汁を吸ったやつは死刑にする、っていう行政自治体が、このあたし達がまわっているグリュモラウシアス通商自治圏内で602ある。」
ふみーは、ワークステーションのパワーキーにパーソナルコードを打ち込んだ。
彼女のように、両手4本指シフト専用のキーボードとトラッピングパッドが、
くんっ、という軽やかな音とともにワークステーションの上に突出し、
向こうが透けて見える半透明のモニターがキーボードの上に現れ、
機能拡張モジュールが12個ほど読み込まれると、起動画面が終了し、レビテーションデスクトップの待機画面になった。
デスクトップの下方にあるドックの中のオペレーションパレットの立法関連データバンクからプレゼンテーションを指定し、
さらに2,3の処理を加えると、
モニターが横幅だけ5倍程度に拡大し、
横並びに主な自治惑星政府の民事、刑事関連の法規を解説する画面が現れる。
「あ…」
こういうものは初めて見るらしい。
あたしは、空中に浮いているモニターの端をつまんでサイファさんに見やすいように角度を変えた。
ほんと、知る、ってことはいいことなんだよ、ね。
「ほらニシュライン星系、ビズンから26光年ほどのところね、」
デスクトップ上に展開しておいた地図の縮尺グリッドを指でドラッグしてビズンからニシュラインへの直行イメージを表示する。
「ねぇ、ふみー、変換利く?」
「えーと、シェモラ語の典礼文体?」
「そう。」
「できます。」
サイファさんが書いていたメモがそうだったので、合わせてあげる。
ワークステーションに搭載されている文字フォントの数は、およそ4億種、
言語モジュールキット数はおよそ350万種類以上。
ふみーがフォント検索で『シェモラ語典礼文体』と入れ、
次いですべての文面を『コマンド+全般』で選択すると、
翻訳スクリプトが超高速で翻訳を開始し、
文字幅のウエイトバランスの変化で若干段落がずれながらシェモラ語典礼文に変わっていく。
「ここには、
有機知性体特種待遇権剥奪
ってゆー法律があるな、」
サイファさんの顔…
変換は終わったようだ。
「これは怖いよぉ、」
あたしは、スーツの手の甲にあるツールボックスを起動して“指先ライト”を点灯させ、自分のあごの下から自分を照らした。
だめだ…ハンサムさんは、うつむいちゃってる。
せっかくこわがらせようかと思ったのに…
相棒はくすくす笑っている。
あたし達は、ランチボックスを広げて、差し入れするつもりで持ってきたお茶をカップに注いだ。
スペアミントブルーの湯気の立つ液体がカップの中で揺れる。
ふみーったらさ、
あたしがお茶を入れると、
“わーい、リャスミンティーだ”
と言って喜ぶ。
なんのことだろ、そういうお茶でもあるんだろうか。
サイファさんにもカップを渡す。
なかなか口をつけようとはしなかった。
「貧乏が悪いんだ…」
消えいるような声だった。
憔悴しきったつぶやきだった。
あ~ぁ…
この人、ほんとに詐欺師のアシスタントなのかしら。
思いなおしたようにため息をつくと、ハンサムさんは、乱暴に、居住まいを正すように髪の毛をかき上げた。
「食うの、困ってたんですか?」
ふみーがおずおずと尋ねる。
「い、いゃ…」
サイファさんは否定する。
あたしは、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
こーゆー気まずい間なんて、結構慣れてるから、ちょっと様子を見る。
苦悩のハンサムさんは、視線が少し落ち着かなくなってきた。
「貧乏が悪いんじゃないよ、」
そうよ、ふみーを見てみなってのよ。
ふみーをちらっと脇目でみると、我が意を得た(?)とばかりに頷く。
「ただの一回でも貧乏を他人のせいにしなかったかい?」
彼の目から、涙が流れはじめた!
「した、してたよ、兄貴は…」
あぁ、美青年の涙!
「ビックマウス・サタファね、」
「兄貴は、いつも世間がこんなじゃなければ、っていってた。」
サイファさんの声は、しぼりだすようにかぼそく、震えていた。
ついでにふみーも泣き出した。
口もとを、きっ、と結んで、涙の美青年の激動の青春を一遍たりとも残さず受け止めよう、という覚悟、なのかもしれない。
(後で聞いてみよう)
「絶対に俺が自由になれないように兄貴は邪魔してくる、」
「うん」
「金や情報や、」
「うんうん」
「おまえがいなけりゃ、自分はやってけねぇんだ、血のつながった兄弟じゃねぇか、って…」
「うんうんうん」
「お前のために、オレはオレの予備を作っておくんだ…おまえがオレにそうさせるんだって…」
「苦労してたんだねぇ、うんうんうん」
ふみーは、滝のような涙と鼻水を流しながら、必死でうなずく。
あたしはかなり余裕である。
純真な相棒にハンカチを差し出してやる。
ちんっ…
もう一度彼女の顔を覗き込むと?
だ、だめだぁ…
あたしは吹き出しそう。
あたしは、必死に笑いをこらえ続けた。
しかし、この子は、まだまだボーイフレンド作れる器じゃねえよな、ほんと…
「あなた自身の人生においてさ、」
「…」
「あなた自身が懺悔すべきだと思う。」
「…」
「お兄さんは関係ないんじゃない?」
素人が作った複写個体は、数年から10年以内で死んでしまう。
複写個体の作成と所有は、生命倫理規範上は相当ヤバいものの内には入ってる。
生命体の意識ってーのは、複素特異点を中心にして特別に方向ずけられた一時も固定される事のない量子波動だからね。
人格もどきのコピー情報マトリクスを作ることは簡単にできても、
それを使って出来上がった肉体を再起動したところで
オリジナルの生命波動を再現することなど絶対無理。
でも半端な状態ならいくらでも作れちゃうから、ろくでもないことをするやつが後を断たない。
だいたい自分のコピーを作って、
それに繰り返し乗り移っては不老不死になろうなんて、
未開の星の教育の足りない人が読むまんがだよ、それって。
監察官の仕事やってるとつくづく思っちゃうけどさ。
数十人から数百人の複写個体を駆使して悪事を働く手合いは、詐欺や泥棒をやっているうちは、惑星監察官の基準からすれば、相手をするには能いしない小悪党ということになる。
テロリスト集団やマフィアと結びついたら即座にマークだけどね。
ビッグマウス・サタファは、その意味ではグレーゾーンだった。
あたしは、気合いを込めて、言葉をくり出した。
「あなたはあなたの人生を生きなきゃ、ね、」
ねぇ、そんなにうつむかないでさ…
「ねぇ、生きるってどういうことなんだよっ」
美青年は、泣きながら机を叩いて立ち上がった。
あたしは息を呑む。
ふみーは彼の顔をじっと見守っている。
「うまいもん食って、おもしろおかしく過ごせリャそれでいいのかい、」
彼は、やけくそ半分に呻いた。
あぁ、美声年の涙…
あぁ、美青年の苦悩…
「違うわよ。」
ふみーは美青年の手の上に、そっと手をのせた。
「違わないよ。」
「違うったら。」
ふみーは、少し手に力を入れたみたいだ。
「兄貴はそうは言わない…」
「あなたはお兄さんのこと、愛してるの?…」
「…」
「オレだってバックアップとって、何度も何度もやり直したいよ…」
「あなた、勘違いしてるわよ。」
「お兄さんの複写個体は、あれすべてただの召し使いよ。」
「え!」
「あなたは、この銀河で、ただ一つの“あなた”という名前の特異点なのよ。」
あたしは、ハンサムさんに言葉を送った。
「あんたは、あんたが思ってるほど悪いことはしてないのよ。」
ま、犯罪者であることには変わりないんだけど。
長耳少女は、息を吸い、居住まいを正した。
「ずっと、お兄さんのいいなりだったんだよね、あの日も…」
そう、あの日のことだ。
このハンサムさんは、デブの兄貴、ビッグマウス・サタファの言い付けで、スメラシアの虹で、件の『WORKING POOR CANNON PROJECT』のポスターの設定作業をしていた。
そして、その場所をこの子は観ていたのだ。
三日の時を超えて…
あたしはあの時、キッピルコンタクトが必死の演算処理の果てにクリップした画像をプリントアウトした紙を、ハンサムさんに見せた。
「あ…」
ハンサムさんは、あたしが思ったとおりに声をあげた。
彼にしてみれば、不思議な画像には違いない。
あたしにしたって、不思議だもんね、未だにこれは。
別に、全然関係ないんだけど…
なんか、
神はすぐそこにしろしめす
…なんて言葉、思い付いちゃった…
「あなたのお母さま、随分連絡とってないんでしょ?」
「え?」
「…お亡くなりになったのは6年前?」
え?
ふみー?
何それ?
「お亡くなりになったのは、病気?」
あたし、聞いてないよ、そんなデータ・・・
何で?
相棒の瞳は、まっすぐハンサムさんに注がれ、その輝きは、果てしなく深くなってるみたいだった。
…そうか…
「あなたのお母さま、ずっとあなたのこと見てるんだよね…」
「…」
ハンサムさんは、唇を硬くかみしめていた。
そしてわなわな震えていた?…
(うつむきかげんなので、よく見えない)
彼は、顔をあげた。
「辺境開拓のための人材募集には…」
「え?」
「莫大な助成金が手に入るんだ、だから…」
美青年の口を開くペースが、何となく穏やかになった。
あたしは思ったけど、
この人、
ほんとに生きるの下手なのかも。
右手で頭をかきむしるようにして、ひたすら重い苦悩とともに彼の姿はあった。
「ねぇ、冷めちゃうわよ。」
あたしは、お茶を勧めた。
サイファさんは、口へもっていきかける。
「ねぇ、ビレシア系、だっけ、あそこへ連れていった人たちってどうしたの?」
聞かなきゃいけないことだった。
「みんな、ジャングルの中に放り出してきちまった…」
「最後までは見届けてないんでしょ?」
「う…俺は、こっちで作業すすめる事が多かったから…」
「現時点で、『WORKING POOR CANNON PROJECT』で連れ去られた数、235,461名、判ってるけど、」
「うそ、そんなに多いはずない、」
「やっぱりね、」
相棒が、いくつかのメモが挟まれたクリップボードを、彼に見せた。
「唯物主義中枢協力者連邦機構と、ドツマ共同自主圏連邦の対外折衝部が関連した非合法の組織が200近く、ビレシアがらみで動いてるのが判ってるの、」
「…」
「でも今判ってるのはそれだけ…」
「…」
「ねぇ、あなた知らない?」
相棒の長い耳は、サイファさんの顔に向かって立ち上がっていた。
対有機体センサーモードだ。
こんな時の彼女に対して嘘はつけない。
この子を騙すつもりで、あることないこと喋りまくっても、
この子は、
“ふ~ん、そう…”
と言って、すべて見抜いてる。
「知らない、そ、そんなことオレは知らない!」
「そうなの…」
ハンサムさんは、勢いよく聞き返した。
「ねぇ、その200の非合法組織って何なのさ、ビレシアに置き去りにした連中は?」
きっとこの人は、いい人なんだ。
「わからない、生きてる可能性は殆どないわよ…」
「うぅ…」
彼の涙の量は、再び一気に増え、カップの中へとぎれることのない涙滴となって落ち始めた。
あたしも彼の手の上に、自分の手をゆっくりと重ねた。
ちょっとだけ時が止まればいいな、とあたしは祈った…
惑星監察官とは
大統一銀河全域の
様々な知的有機体によって運営される
超法規的平和維持機構のメンバーのことである
★★.。:''!。(美少女!?)惑星監察官達の記録☆16話 拉致被害者01/完了☆
奥に事務処理のエリアがあり、
通路に面した所に、広い受付カウンターがある。
展望区画が近く、結構高級なエリアである。
貿易商社関連の事務所がかなりテナントとして入っている。
サイファさんがいる。
何か憔悴しきった風だった。
あたしは、カウンター脇にある植えこみの影からいきなり現れるようにして彼の前へ進んだ。
「ねぇ、あなたのお兄さんてさ、」
「…」
「あのビッグマウス・サタファでしょ。」
「うぅ…」
ビッグマウス・サタファ、広域指名手配の詐欺師である。
まさかねぇ、こんなハンサムな弟さんがアシスタントやってるとは思わなかったけどさぁ。
あたしはジャンパーのポケットに、ふみーはケープの中にポテンシャルフリーザーのグリップに手をかけたまま。
念のため。
携帯型の物理不可逆兵器だったらたいてい防げる。
彼は一度顔を伏せると、ゆっくりと視線をあげた。
_This area,no quantum reaction energy weapon system recognized_
(_この区画に量子反応兵器は確認されません_)
スーツの近接警戒システムが、
あたしのほっぺからあたしの耳の奥に、外には聞こえない声で囁いた。
あたしは美青年に声をかけた。
「やつは複写個体なんだよね?」
「…」
「“ふくしゃこたい”って何、お姉様?」
「違法に作られた無性生殖培養個体のことさ、オリジナルの記憶マトリクスを強制的にコピーしてんだよ。」
「兄貴のオリジナルには一度だけ会ったことがある。」
「ふ~ん」
ふみーが頷いた。
「下のさ、」
あたしは、WORKING POOR CANNON PROJECTの広告のあるフロアの方向を指さして、
「あのWORKING POOR CANNON PROJECTの広告、全部ウソでしょ。」
「…」
ふみーは、小脇にかかえていた愛用の黒いワークステーションをカウンターの上に置いた。
エンボス加工された歯形のついた白い果実のマークが入ったやつだ。
「…俺、逮捕されるんだろ?」
「監察官って知ってる?」
あたしは、ハンサムさんの質問をはぐらかした。
とりあえずさぁ、研修中のあたしらに逮捕権は無いんだけどな。
あたしは、ジャンパーの前をはだけて、左むねを見せた。
オフィスのBGMには、あのWORKING POOR CANNON PROJECTのテーマ曲がかかっていた。
♪ 道端にねころびむさぼる惰眠
我は銀河の失業者
はかない夢想にすりよる我が身
我が夜明け来らず
引きつる笑いのみ…♪
あたしら定点監察官が身につけるスーツの環境制御回路。
回路の表面に刻印されている模様は、銀河の常住不変の真理を表すという。
「きれいでしょ、」
いぶし銀の中に様々な色の回路の刻印が見える。
「…」
あたしの測り知ることなど永遠に不可能かもしれない1200万標準紀元も昔から、
延々と続く大統一銀河大洋圏の惑星監察官達のステイタスシンボル。
この回路はエネルギー制御回路だから、いざとなればこれ一つで大型船のスターターキーとしても使えるらしい。
あたしはまだやったことないけどね。
「監察?官?かんさ…?」
「うん♡」
「ね♡」
あたしら二人は、思わず美少女の笑顔で決めた。
「え?、えぇぇぇぇ?」
美青年は、彼自身の然るべき記憶に思い当たったようだ。
あたしは言うべきことは言った。
「政治システムを騙して甘い汁を吸ったやつは死刑にする、っていう行政自治体が、このあたし達がまわっているグリュモラウシアス通商自治圏内で602ある。」
ふみーは、ワークステーションのパワーキーにパーソナルコードを打ち込んだ。
彼女のように、両手4本指シフト専用のキーボードとトラッピングパッドが、
くんっ、という軽やかな音とともにワークステーションの上に突出し、
向こうが透けて見える半透明のモニターがキーボードの上に現れ、
機能拡張モジュールが12個ほど読み込まれると、起動画面が終了し、レビテーションデスクトップの待機画面になった。
デスクトップの下方にあるドックの中のオペレーションパレットの立法関連データバンクからプレゼンテーションを指定し、
さらに2,3の処理を加えると、
モニターが横幅だけ5倍程度に拡大し、
横並びに主な自治惑星政府の民事、刑事関連の法規を解説する画面が現れる。
「あ…」
こういうものは初めて見るらしい。
あたしは、空中に浮いているモニターの端をつまんでサイファさんに見やすいように角度を変えた。
ほんと、知る、ってことはいいことなんだよ、ね。
「ほらニシュライン星系、ビズンから26光年ほどのところね、」
デスクトップ上に展開しておいた地図の縮尺グリッドを指でドラッグしてビズンからニシュラインへの直行イメージを表示する。
「ねぇ、ふみー、変換利く?」
「えーと、シェモラ語の典礼文体?」
「そう。」
「できます。」
サイファさんが書いていたメモがそうだったので、合わせてあげる。
ワークステーションに搭載されている文字フォントの数は、およそ4億種、
言語モジュールキット数はおよそ350万種類以上。
ふみーがフォント検索で『シェモラ語典礼文体』と入れ、
次いですべての文面を『コマンド+全般』で選択すると、
翻訳スクリプトが超高速で翻訳を開始し、
文字幅のウエイトバランスの変化で若干段落がずれながらシェモラ語典礼文に変わっていく。
「ここには、
有機知性体特種待遇権剥奪
ってゆー法律があるな、」
サイファさんの顔…
変換は終わったようだ。
「これは怖いよぉ、」
あたしは、スーツの手の甲にあるツールボックスを起動して“指先ライト”を点灯させ、自分のあごの下から自分を照らした。
だめだ…ハンサムさんは、うつむいちゃってる。
せっかくこわがらせようかと思ったのに…
相棒はくすくす笑っている。
あたし達は、ランチボックスを広げて、差し入れするつもりで持ってきたお茶をカップに注いだ。
スペアミントブルーの湯気の立つ液体がカップの中で揺れる。
ふみーったらさ、
あたしがお茶を入れると、
“わーい、リャスミンティーだ”
と言って喜ぶ。
なんのことだろ、そういうお茶でもあるんだろうか。
サイファさんにもカップを渡す。
なかなか口をつけようとはしなかった。
「貧乏が悪いんだ…」
消えいるような声だった。
憔悴しきったつぶやきだった。
あ~ぁ…
この人、ほんとに詐欺師のアシスタントなのかしら。
思いなおしたようにため息をつくと、ハンサムさんは、乱暴に、居住まいを正すように髪の毛をかき上げた。
「食うの、困ってたんですか?」
ふみーがおずおずと尋ねる。
「い、いゃ…」
サイファさんは否定する。
あたしは、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
こーゆー気まずい間なんて、結構慣れてるから、ちょっと様子を見る。
苦悩のハンサムさんは、視線が少し落ち着かなくなってきた。
「貧乏が悪いんじゃないよ、」
そうよ、ふみーを見てみなってのよ。
ふみーをちらっと脇目でみると、我が意を得た(?)とばかりに頷く。
「ただの一回でも貧乏を他人のせいにしなかったかい?」
彼の目から、涙が流れはじめた!
「した、してたよ、兄貴は…」
あぁ、美青年の涙!
「ビックマウス・サタファね、」
「兄貴は、いつも世間がこんなじゃなければ、っていってた。」
サイファさんの声は、しぼりだすようにかぼそく、震えていた。
ついでにふみーも泣き出した。
口もとを、きっ、と結んで、涙の美青年の激動の青春を一遍たりとも残さず受け止めよう、という覚悟、なのかもしれない。
(後で聞いてみよう)
「絶対に俺が自由になれないように兄貴は邪魔してくる、」
「うん」
「金や情報や、」
「うんうん」
「おまえがいなけりゃ、自分はやってけねぇんだ、血のつながった兄弟じゃねぇか、って…」
「うんうんうん」
「お前のために、オレはオレの予備を作っておくんだ…おまえがオレにそうさせるんだって…」
「苦労してたんだねぇ、うんうんうん」
ふみーは、滝のような涙と鼻水を流しながら、必死でうなずく。
あたしはかなり余裕である。
純真な相棒にハンカチを差し出してやる。
ちんっ…
もう一度彼女の顔を覗き込むと?
だ、だめだぁ…
あたしは吹き出しそう。
あたしは、必死に笑いをこらえ続けた。
しかし、この子は、まだまだボーイフレンド作れる器じゃねえよな、ほんと…
「あなた自身の人生においてさ、」
「…」
「あなた自身が懺悔すべきだと思う。」
「…」
「お兄さんは関係ないんじゃない?」
素人が作った複写個体は、数年から10年以内で死んでしまう。
複写個体の作成と所有は、生命倫理規範上は相当ヤバいものの内には入ってる。
生命体の意識ってーのは、複素特異点を中心にして特別に方向ずけられた一時も固定される事のない量子波動だからね。
人格もどきのコピー情報マトリクスを作ることは簡単にできても、
それを使って出来上がった肉体を再起動したところで
オリジナルの生命波動を再現することなど絶対無理。
でも半端な状態ならいくらでも作れちゃうから、ろくでもないことをするやつが後を断たない。
だいたい自分のコピーを作って、
それに繰り返し乗り移っては不老不死になろうなんて、
未開の星の教育の足りない人が読むまんがだよ、それって。
監察官の仕事やってるとつくづく思っちゃうけどさ。
数十人から数百人の複写個体を駆使して悪事を働く手合いは、詐欺や泥棒をやっているうちは、惑星監察官の基準からすれば、相手をするには能いしない小悪党ということになる。
テロリスト集団やマフィアと結びついたら即座にマークだけどね。
ビッグマウス・サタファは、その意味ではグレーゾーンだった。
あたしは、気合いを込めて、言葉をくり出した。
「あなたはあなたの人生を生きなきゃ、ね、」
ねぇ、そんなにうつむかないでさ…
「ねぇ、生きるってどういうことなんだよっ」
美青年は、泣きながら机を叩いて立ち上がった。
あたしは息を呑む。
ふみーは彼の顔をじっと見守っている。
「うまいもん食って、おもしろおかしく過ごせリャそれでいいのかい、」
彼は、やけくそ半分に呻いた。
あぁ、美声年の涙…
あぁ、美青年の苦悩…
「違うわよ。」
ふみーは美青年の手の上に、そっと手をのせた。
「違わないよ。」
「違うったら。」
ふみーは、少し手に力を入れたみたいだ。
「兄貴はそうは言わない…」
「あなたはお兄さんのこと、愛してるの?…」
「…」
「オレだってバックアップとって、何度も何度もやり直したいよ…」
「あなた、勘違いしてるわよ。」
「お兄さんの複写個体は、あれすべてただの召し使いよ。」
「え!」
「あなたは、この銀河で、ただ一つの“あなた”という名前の特異点なのよ。」
あたしは、ハンサムさんに言葉を送った。
「あんたは、あんたが思ってるほど悪いことはしてないのよ。」
ま、犯罪者であることには変わりないんだけど。
長耳少女は、息を吸い、居住まいを正した。
「ずっと、お兄さんのいいなりだったんだよね、あの日も…」
そう、あの日のことだ。
このハンサムさんは、デブの兄貴、ビッグマウス・サタファの言い付けで、スメラシアの虹で、件の『WORKING POOR CANNON PROJECT』のポスターの設定作業をしていた。
そして、その場所をこの子は観ていたのだ。
三日の時を超えて…
あたしはあの時、キッピルコンタクトが必死の演算処理の果てにクリップした画像をプリントアウトした紙を、ハンサムさんに見せた。
「あ…」
ハンサムさんは、あたしが思ったとおりに声をあげた。
彼にしてみれば、不思議な画像には違いない。
あたしにしたって、不思議だもんね、未だにこれは。
別に、全然関係ないんだけど…
なんか、
神はすぐそこにしろしめす
…なんて言葉、思い付いちゃった…
「あなたのお母さま、随分連絡とってないんでしょ?」
「え?」
「…お亡くなりになったのは6年前?」
え?
ふみー?
何それ?
「お亡くなりになったのは、病気?」
あたし、聞いてないよ、そんなデータ・・・
何で?
相棒の瞳は、まっすぐハンサムさんに注がれ、その輝きは、果てしなく深くなってるみたいだった。
…そうか…
「あなたのお母さま、ずっとあなたのこと見てるんだよね…」
「…」
ハンサムさんは、唇を硬くかみしめていた。
そしてわなわな震えていた?…
(うつむきかげんなので、よく見えない)
彼は、顔をあげた。
「辺境開拓のための人材募集には…」
「え?」
「莫大な助成金が手に入るんだ、だから…」
美青年の口を開くペースが、何となく穏やかになった。
あたしは思ったけど、
この人、
ほんとに生きるの下手なのかも。
右手で頭をかきむしるようにして、ひたすら重い苦悩とともに彼の姿はあった。
「ねぇ、冷めちゃうわよ。」
あたしは、お茶を勧めた。
サイファさんは、口へもっていきかける。
「ねぇ、ビレシア系、だっけ、あそこへ連れていった人たちってどうしたの?」
聞かなきゃいけないことだった。
「みんな、ジャングルの中に放り出してきちまった…」
「最後までは見届けてないんでしょ?」
「う…俺は、こっちで作業すすめる事が多かったから…」
「現時点で、『WORKING POOR CANNON PROJECT』で連れ去られた数、235,461名、判ってるけど、」
「うそ、そんなに多いはずない、」
「やっぱりね、」
相棒が、いくつかのメモが挟まれたクリップボードを、彼に見せた。
「唯物主義中枢協力者連邦機構と、ドツマ共同自主圏連邦の対外折衝部が関連した非合法の組織が200近く、ビレシアがらみで動いてるのが判ってるの、」
「…」
「でも今判ってるのはそれだけ…」
「…」
「ねぇ、あなた知らない?」
相棒の長い耳は、サイファさんの顔に向かって立ち上がっていた。
対有機体センサーモードだ。
こんな時の彼女に対して嘘はつけない。
この子を騙すつもりで、あることないこと喋りまくっても、
この子は、
“ふ~ん、そう…”
と言って、すべて見抜いてる。
「知らない、そ、そんなことオレは知らない!」
「そうなの…」
ハンサムさんは、勢いよく聞き返した。
「ねぇ、その200の非合法組織って何なのさ、ビレシアに置き去りにした連中は?」
きっとこの人は、いい人なんだ。
「わからない、生きてる可能性は殆どないわよ…」
「うぅ…」
彼の涙の量は、再び一気に増え、カップの中へとぎれることのない涙滴となって落ち始めた。
あたしも彼の手の上に、自分の手をゆっくりと重ねた。
ちょっとだけ時が止まればいいな、とあたしは祈った…
惑星監察官とは
大統一銀河全域の
様々な知的有機体によって運営される
超法規的平和維持機構のメンバーのことである
★★.。:''!。(美少女!?)惑星監察官達の記録☆16話 拉致被害者01/完了☆







