2009年10月08日
3D Surroundで知る
テーマ:時事ネタ国慶節について、かなり長々と書きました。
10月1日、中国の国慶節という日に
友人3人はチベットにて
そして更に1人が北京にて。
同時期に、同じモノを、違う場所から見ていました。
彼らの日記をリンクで並べ、読み比べができるようにしたいトコなのですが、
今は、諸々の事情があってできません。
そのうちやります。
なぜそんな『リンクを貼って、読み比べしてみ』という事がやりたいのかと言うと、【事実を多面的に見ないと、真実は見えない】からです。
いや、多面的に見ても何も見えない時だってあるけれど、
色眼鏡を掛けさせられているのに気付くには、それが必要だし、
ある一面だけしか見てないよりかは、ずっと良い。
“イジメ”に対し、
『イジメる側からの視点』からだけの意見や
『イジメられた側の視点』からだけの意見。
『親御さんの立場』からの意見に
『校長先生の立場』からの意見。
『教育委員会の立場』からの意見。
そのどれもが、単独では問題解決に繋がらないのと同じ。
彼らの日記を読み比べれば、少なくとも
【10月1日に起こった出来事】は、
“in 北京”と“in チベット”からのステレオ音声になる。
ただ、日本に暮らしている僕らは、それを『3D Surround』へ、
更なるバージョンアップさせなければならない。
日本はあらゆる情報で溢れていて、本屋さんへ行けば
腐るほどの本が1000円そこらで販売されている。
そして、それらを買うのに
身分証明書もいらない。思想の確認をされる事もない。
手にとってレジへ行き、必要なお金を払いさえすれば、すぐに手に入る。
極めて自由。
国内で自由に得られる情報と、
実際に現地へ行った人の言う事、書く事。
そういった『違う視点・違う場所・違う環境』様々なものを多面的に見て、
感覚をよりニュートラルに近付け、
正邪の判断を下し、行動に落とし込む。
これは日本に暮らす者の責務だと思います。
インターネットが生活インフラとして広く浸透し、世界は何だか狭くなったように感じるけれど、それはある側面では、やはり『感じている』だけ。
確かに、今までよりも情報が広がる速度は早くなったし、
スカイプやナンやを使えば、今すぐイタリアの友人と話ができる。
ただ、そのせいで闇はより目立たなくなってきた。
『世界は狭くなった』という感覚が招いた弊害の一つです。
だから余計に、【情報を多面的に捉える】必要があると思います。
多分、ネットで得られる情報は寄りに寄ってると思う。
僕らは“グローバル化”や“国際社会”という言葉に酔わされて、
目隠しをされている事に気付いていない。
今、この瞬間も、悲しんでいる人がいて、泣いている人がいて、
苦しんでいる人がいるというのに、僕らは何も見えちゃいない。
100の悲しみを知り、1の幸せを感じる。
そんな時代はもう終わったと思っていたけれど、まだまだ足りない。
100の悲しみが100の幸せを教えてくれるなら、まだ良い。
でも、真のグローバル化、真の国際社会とは、
1の悲しみが100の幸せを教えてくれる事を意味するのだと思う。
その為の一歩が、この日本ではカンタンに手に入る。
自分の意思でアンテナを立てれば、いとも簡単に。
危うくも、それなりに暮らしていける日本にいる僕らに
突きつけられている見えにくい課題
【99の悲しみを消せるか?】
その為のプランと行動は、今すぐに必要だと思います。
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