ままごと生活

ネガティブな日々の雑感と、ままごとのようなハンドメイドやライフワークと。


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のんきで頭の中いつもお花畑だった私には
現在の私の姿は不本意です。


姉は父を責めすぎ…と思いながら
もし私が父をかばったら
「じゃあ、あなたが父の借金を払ってよね?」
と姉に言われそうで何も言えない。


それに私はどちらかというと
父に性格が似ている。
父が死んだら
その厳しさの矛先は私に向くのだろうかと今から不安になっている。


こんな卑怯な私に私自身が自分を信じられません。
いろんなことを回避して
家に閉じこもっている結果がこれ。
自分自身にもっと責任を持たなくては…。
私を動かすのは私自身じゃないの?
それができる環境に私はいるのに、
なんで出来ないのだろう。


姉は優しく正しい人です。
その姉がちょっと異常なほど父を責める。


…多分姉はがっかりしてるんだと思う。
愛されていない、尊重されていない、頑張りを評価されない、認められない。
空しさ、寂しさ。


そう思うことは、
私が姉を上から目線で見ているのだろうか?


姉は、
私のほうが父のモラハラに気付かないほど自尊心がない、と思っていると思う。


そうなのかもしれない。


正しいのは姉なのに
なぜ私は姉がもう少し折れてくれたらなんて思うのだろう。


父の助けにもならず
姉の助けにもならず
自分の助けにもならず。


私って本当に役立たずだなぁ。


私自身は

父にも姉にもいつもとても助けてもらっているのにね。


■□■□■□■□■□

できない、ではなく代替案を考えること。
嫌でないことは喜んでやること。
…あれもこれも、できない、嫌、したくないでは

自分自身が窮屈だよね…。

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料理は苦手だし、
基本的にすごく怠け者の私、

食事の支度はあまり楽しくありません。


父の満足するものも
姉の満足するものも作れず。


姉は「十分だよ!」と言ってくれますが、
それは自分で好きなようにアレンジして食べるから。
「もっとシンプルでもいいくらいだよ!」と…。
ありがたいような惨めなような。


時々父に
ご飯を家で食べるのかどうか
何時ごろ食べるのか
前もって言って欲しい、と言うことがあります。


不規則なのに何も言わない父。
たまに「いらない」と言ってくれるときはすでに食事の支度が終わってる時間。

「もう少し早く言ってくれても…。」
私もイライラして嫌な言い方をしますが、
それに対する父の言葉は、

「食べればいいんだろう!」でした。


なんかもうどうでもよくなっちゃった。


父にしたら一食分ぐらい明日に回すとかどうにでもできることを何ぐちぐちと言ってるんだ?という感じみたいです。


私は「作ったんだから食べろ!」という気持ちは全然無いです。


ただ夜は、ご飯とか父がいなければ炊かなかったのに…。
明日の朝炊けばみんなで炊き立てご飯が食べられるのにな、というだけの話です。
温め直しでもそりゃいいですよ。
冷凍にしたっていい。
光熱費は父が払うんですからね!


…なんて売り言葉に買い言葉になっちゃいます。
買い言葉は口には出せませんでしたが。


私は「食べる時間に合わせて作りたいから時間が分かると嬉しい。」と伝えたいんだけど、うまくいきません。
父は予定を聞かれるのを嫌がります。
…仕事じゃないんだから後ろめたいんだよね、
頭の中は遊びでいっぱいで温かいご飯なんて父は望んでない。


私は私で上手に切り盛りできないことへの後ろめたさがあって
お金も無いのに、外食やお惣菜を買うことが増えました。


父は
言いたくないことやごまかしたいことが多くて、
こちらの質問に曖昧に、わざとポイントをずらして答えたりするので、
少しも知りたいことが分からないです。


会話がキャッチボールにならない。
投げた言葉は返す振りしてわざと取りにくいところへ捨てられます。


父は人当たりが良いようで
実はちゃんと人と向き合うのが苦手なんでしょう。
そしてそれを許され続けてきたんでしょうね。


まぁ年齢的にも変われはしないだろう、

こちらは空しいけど、

でもそれは母も耐えてきたに違いない空しさだし、

人は不完全な物だし、

私だっていろんな欠点を許されてまたは見逃されてここにいることができてるわけだし…。


許すとか許さないでなく

感情ではなくて

役目、仕事と考えれば

私がそれが完全に放棄するのは我侭だし、

人がどうのこうのと自分が怠ける理由にはならないわけで・・・


・・・と私が父を責め切れないところが
姉にはまた許せないようで。
そうやって周りが父を甘やかすから!と。


私の欠点は

問題を改善しようとしないことでしょうか。


…はぁっ。

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揚げ物をする・・・かな。


料理すっごく苦手です。


面倒くさがりなのと
センスの無さ。


ハンバーグとかコロッケとかは作りません。
作れません。
形を整えるとか

整えた後加熱とかの何段階もの手順がいるものってイライラします。

揚げ物もしません。


個別にきれいに盛り付けるのが苦手なので、
大体いつも炒め物か煮物・スープ・鍋などが夕食です。
大皿にどーん!です。


料理以外にも
掃除、洗濯など家事してます、とは人には言えないレベルです。


母が死んでから
姉と一緒に外食する機会が増えました。
きれいに盛り付けられた料理を見ると
そう難しそうには思えないんですが、
いざ自分でやるとなると全然ダメです。


母がよく鶏のから揚げを作ってくれたので、
今年は私も揚げ物をやってみようかなと思いたちました


・・・が!


昨年やりたかったこと、

・一人外出、外食を楽しむ。
・ダイエットをする。

どっちも少しもやりませんでしたので、
今年の目標も達成できる自信はありません…が、


どの目標も無しにしたわけではなく…今年に持越しということで…得意げ


抽象的な目標として
・耳、聴覚情報を意識する、
・目、視覚的なバランス感覚を意識する、というのを心がけたいと思います。

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年賀状。

今年出すのは3枚です。


たかが年賀状、されど年賀状。

3枚なので、手書きのメッセージを入れるようにしていますが、
近況と言えるものは何もないし、
お元気ですかやご多幸をお祈り…も毎年同じすぎるので今年は駄洒落で行こうかなと思って一晩考えました。


干支のひつじを頭文字に文章を作る。
う~ん・・・

ひ、ひ、ひ…


とりざけ(一人酒)
 まみかたてに(つまみ片手に)
 ょやのかね(除夜の鐘)」


とりのむ(一人飲む)
 きもないよの(月も無い夜の)
 ょやはふけいく(除夜は更けいく)」


うっわー私って天才!
でも全然年賀状にふさわしくないガーン


じゃあ、羊にまつわる諺は?と
思って調べてみたけど、
良い意味の諺は見つけられませんでした。


「羊」が入った漢字。
義・善・美
これはいいんじゃないだろうか!

善く美しい年になりますように、とか。


それとも「羊」から離れて
こんなのはどうだろうか?


パタリロ好きな人にしか分かってもらえないけど。


数カ国語で
「あけましておめでとう」を書く。
パタリロを書く。
「僕は数ヶ国語で新年の挨拶ができるのだ」と言葉を入れる。

・・・。
3人ともパタリロが好きだとは思えない…。


迷って、結局選んだのがこれです。


「2015年に向かっていざひつじん(出陣)!」


・・・ちなみに姉にも聞いてみたんです。

未年で駄洒落系で何か思い浮かぶ?と。

そしたら

「・・・うメェ~もの食べようね!とかは?」とほぼ即答。


私は一晩かけたのに、即答なんてひどい!

とは言いませんが負けたと思いました。


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母が亡くなったとき、
母亡き後の生活への不安はあったけれど
強烈なショックや悲しみはなかった。


むしろ、もう病院へ行ったり、
低血糖などを心配する必要がなくなり
楽になったと感じた。


ショックや悲しみは無かったけれど、
毎日のように泣いてはいる。


母を思い泣いてはいても
それが母への愛情かと言うとそれは違う。


母への罪悪感や自分の情けなさへの憤り。
大好きな母を幸せに出来なかった自分、
私を大事にしてくれた母を救えなかった自分に対する悔恨の気持ちでしかない気がする。


私は自分のことばかりしか考えられず、
他者への愛情というものがないです。


もしこれから母が生きていた過去に戻れるなら
もっと違った親子関係を築けるだろうか。


こういう考え方が傲慢なんだろうけどね。
人間関係なんて一方通行じゃないし、
母は私に幸せにしてもらわなければならないような不幸な人ではなかったとも思っています。


母の悩みの大部分は父だったろうと思います。
でも私は父の性格、お金遣いを軽く考えており、
母の苦しみを少しも分かってはいなかった。
(そのツケを今払わされています)


もう少し、真摯に母の不満や悩みに耳を傾けていれば、
母の助けになったり、
一緒にいろんなことを楽しんだりが出来ていれば、
母はお酒を飲むことも無く、
今でも生きていたに違いないです。

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