ヒロシマナガサキ

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ヒロシマナガサキ



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ヒロシマナガサキ


スティーヴン・オカザキ監督の作った原爆の映画を観て欲しくて
ブログを更新です。

1995年。被曝から50年めの原爆展をアメリカで開く予定でしたよね。
アメリカ国内の猛反対で中止になったニュースを聞いて
複雑な気持ちになったことを思い出します。

アメリカの人々の知る原爆は戦争を終わらせたポジティブな選択。
そして、焼け野原の荒涼とした写真だけ。
黒こげの折り重なる人々の地獄絵図に光はあてられずに過ぎてきました。

アカデミー賞ドキュメンタリー映画賞
に輝いた本作は広島に原爆が落とされた日でもある8月6日に
全米(HBO)でテレビ放送されるそうです。

広島、長崎の方達には特別な日。

まだ過去の遠い記憶ではありません。

自らの体験を語ることすら堪え難い苦しみを伴うこと。

今伝えなければ・・・
今語らなければ・・・

一人でも多くの世界中の人に観てもらえることを願います。

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証言者として登場される14人のうちのお一人、深堀さんから
原爆体験を聞かせて頂いたのは5年前。
我が家のリビングで子ども達とお話を聞きました。
翌年、長崎の原爆記念館と平和記念公園へ。

核実験をおこなう国の映像がエンドレスで映し出されて
世界中のどこよりもアメリカがダントツで実験に励んでいることを知り
スミソニアンが没になる訳も解ったような気になったのでした。




14歳の少年だった深堀さんは
8月6日に家族を失い、その後、親族も亡くなり天涯孤独となりました。
生き残ったことは地獄。。。
それほどに過酷な状況です。

死ぬ事を考えたけれど、ローマカソリックだから自殺もできなかったと。
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映画館には年配の方が多かった。

この映画はドキュメンタリーとしてはかなり抑制されていると思う。

地獄の苦しみを味わった証言者の語りが抑制されているから、そんなふうにかんじたのかもしれない。

こんな苦しみは自分が最後になればいいという願いが込められている。



アメリカ軍の撮影したフィルムはカラーである。
原爆症の人々を治療することなく、ひたすら記録したのだ。

なぜ、軍都である広島には普通の空襲がなかったのだろう?

最初から、原爆実験を想定していたのではと思わせる。

実験とは14万人を殺傷して、その後、原爆症でさらに14万人以上を死に至らしめるという人体実験のことだ。

冒頭にパンクな女の子バンド”あふりらんぼ”の路上ライブ。
広島での黒田征太郎さんのペインティング・パフォーマンス。
このどちらにも朱色が使われていたのが印象に残る。

朱色は焼けただれて皮膚を失った肉の色なのだと思う。
爆発による火柱の色なのだと思う。
原爆症が伝染するという間違った思い込みによる差別の色なのだと思う。

そして、多分・・・日の丸の色なんだと思う。


ヒバクシャを置き去りにしたまま世界は動き続けていたのだ。
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