本能寺(寺町御池):2017年8月

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おはようございます 京都の小次郎です

 

先日、広島の知人から『生もみじ』という名前の「もみじまんじゅう」をいただきました。

 

どの部分が『生』なのかな…中身の『餡が生』なのかな?

 

ゴメンナサイ。小次郎は昔ながらの『もみじまんじゅう』のほうが…。

 

 

さて、今回も8月の休日に歩いた京の繁華街「新京極」界隈をご覧いただきましょう。

 

前回のブログでご紹介させていただいた「天性寺」(てんしょうじ)から寺町通りを北に向かって歩いてすぐのところにあるのが、日本史の教科書にも名前が出てくる「本能寺」(ほんのうじ)です。

 

 

本能寺は「織田信長」(おだのぶなが)が天正十年(1582年)に「明智光秀」(あけちみつひで)に攻め込まれた『本能寺の変』で有名な寺院ですが、四方に堀や土居が築かれ城塞のような当時の本能寺は、現在の寺町から南西に1km以上離れた京都市中京区油小路蛸薬師付近にあったそうです。

 

 

 

 

小次郎が参詣させていただいた日には境内の大賓殿宝物館でイベントが開催されていたためか、このような戦国時代の装いをしたスタッフがイベントの案内をされていました。

 

 

境内の東には、本能寺の変から一か月後に織田信長の三男「織田信孝」(おだのぶたか)によって建立された信長公廟があります。

 

 

織田信長・信忠父子の墓は、京都府京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町にある浄土宗の寺院「阿弥陀寺」(あみだじ)にあったような気がするのですが…。

 

 

次回の「小次郎の京散歩」も8月の京都市内をご覧いただこうと思っています。

 

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