曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

元『BURST』、『BURST HIGH』編集長の曽根賢(Pissken)のコラム


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[緊急イベント告知2題]

今日(1月18日)の夜8時より、モダンフリークス主催のニコ生「地獄のハードコアカルチャー最前線『進捗ナイト』#66」が放送され、私(曽根)もゲストで参加します。
(PISS★KEROのライブ予定)
ぜひ、見てください。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv310265515
1990年代から日本のハードコアシーンを牽引してきた死体カメラマン釣崎清隆&身体改造ジャーナリストケロッピー前田。その両御大を迎えて、この世の知られざる【進捗】報告を行なう地獄のトークセッション。ゲストに石丸元章&曽根賢(ピスケン)。


[1月21日鬼子母神みちくさ市開催]

恒例の雑司ヶ谷鬼子母神での「みちくさ市」が新年早々開催されます。
●1月21日(日)午前11時より午後4時まで。
●雑司ヶ谷鬼子母神参道。
(曽根&石丸元章のブースはキク薬局を背にして斜め右向こう。コンビニのポプラを左にして前方約50メートル左側です)
●死体カメラマン釣埼清隆も参加予定。

私(曽根)は今回も、シングル小説、「BURST」「BURST HIGH」のバック・ナンバー、詩作品の生原稿を販売します。
道端で我らと酒盛りするだけでもいいので、ぜひ遊びにきてください。

※ただし、雨&雪の場合は中止となります。

 

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※去年の暮(確か29日)にアップしたブログが翌日に削除されていた。
理由はわからない。
ので、再度アップしてみる。
(曽根)



[鬼子母神日記]

●巻頭連載[第30回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

「Van Gogh is dead here!」
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 


(2017/ Acrylic on canvas.) 



曽根さんのブログを読み返すと、僕の自叙伝は仙台に帰る事になった所で終わってるんだな。
では、その続きを。

ここ数年、友達や先輩によく言われるのは今の時代、絵で食べるのは大変だからブライアンの様なスタイルで生きるのが時代にあってるよ。という事らしい。
東京に住んでいないので何とも言えないのだが、そうらしいのだ。
何とも不思議な感覚だよなぁ。昔は絵で食べてるのがすごい!って感覚だったけど。

で、自分の話に戻ると、16年位前に仙台へ戻って2年くらいは『SMスナイパー』の連載と『バチェラー』という巨乳雑誌のイラストの連載をして暮らしていた。たまに友達のバンドのCDジャケットとか。
まぁ、実家なので家賃はかからないし、たまに母親が巨乳のイラストの下地の塗りを手伝ってくれたりしたのは楽しかった(笑)
自分的には褐色の次の作品を創造しようと必死だったわけだが。

2日起きて2日寝る生活をしてた。
ある日、外で親父のネズミだー!!と言う声がして外へ出ると、そこにいたのは、なんと可愛いウサギだった。
しかも手のひらに乗るくらいのサイズのだ。
どこから逃げて来たのかわからないが、そのままウチに居着いてしまった。
仙台へ戻ったばかりで友達もいないし、唯一の友と言えるのは、このウサギだけだったので彼の為に大きいゲージを作った。
それから2年弱、心を開いて話せる相手はこのウサギだけだった。
ベタだけど「うーちゃん」と名付けた。

(※以上を読み、曽根爆笑)




12月26日(火)鬼子母神の天気は不明(雨戸を閉めっきりで外に出ていないため)。

冒頭、お恥ずかしいが言い訳を。
以下の文章、おそらくめちゃくちゃ。
久しぶりに酔っ払って書いている。
というか、酔わなければ、とても年内には書けそうにないのだ。
前回のブログで予告したように、今日で10日間、半「連続飲酒」状態におちいっている。
(※17日も友人たちと呑んだので)
明日も忘年会があるし、その後も、とても推敲できる頭の状態ではなかろう。
自業自得はじゅうじゅう承知。
(そもそも素面で推敲しても、面白いかどうかはわからんのだが)
けれど、どうしても今年最後にあなたへご挨拶がしたい。
という、53歳のけな気な気持ちを察していただき、なにぶん悪文には眼をつぶってほしくお願いする次第である。

じゃあ酒の力を借りて、18日から今日までのことを、一気呵成に書いてみよう。
レッツ・ゴー。
(って、我ながら今年最後まで極楽トンボだなあ)


12月18日(月)鬼子母神は晴れ。

夕方6時半、ようやく前回のブログをアップし、ボスYの事務所をあとにする。
(静岡のお祖母様から送られてきた蜜柑――夏ミカンくらいもある超大物――をボスYより手提げ袋いっぱい貰った)
いったんPCと蜜柑を部屋に置いてから、副都心線に乗って中目黒まで。そこから日比谷線に乗り換え六本木へ。
川崎美穂(元『TATTOO BURST』編集長)との待ち合わせは、六本木駅19時。
常に私を待たせる川崎に「今夜は遅れるなよ」と何度も念を押したくせに、30分の遅刻である。

大箱のナイト・クラブ「DiA tokyo」で開催される、『BURST』時代から現在までいろいろと世話になっているHIROさんの「50歳誕生日パーティー」へ招待されているのだ。
(※バンド「カイキゲッショク」、「湾岸の羊」のヴォーカリスト。奥さんはやはり歌手のAIさん)
3階の入口で、記帳し、招待者用の手首に巻くテープ(?)をもらう。
が、こういうことに不慣れな私がもたもたしていると、2人の巨躯な黒人バウンサー(用心棒)のひとりが、いきなりテープを手首に巻いてくれ、おどおどと恐縮する。
(HIROさんも若いころ、ロスや六本木でバウンサーを経験していたはず)


●チェ・ゲバラ&HIROのコラボ・バースデイ・ケーキ(約幅1メートル×縦50センチ)。値段を想像し、楽しくなってくる私(曽根)であった。ちなみに私は、ど真ん中をいただいた。


会場はコロシアム風にすり鉢状になっている。
おしゃれな客が、すでに300人(500人?)ほども詰まっていたが、いちばん高い場所のソファー席にはあまり人がいない。
「ビップ席かな? まあいいや」
と、川崎とのぼった。
10人がけくらいの大きなテーブルに、いかつい男が2人座っていた。
「ここは関係者だけなんでしょうか?」と訊くと、ぼくらもわからないんで勝手に座ってるんですとのことだった。
私たちも勝手に座った。

(※ちなみに入場料は無料。1ドリンクつきでバイキング型式の各種料理もあった。私は入る前に川崎から焼酎のペットボトルを買ってもらっていた。私はジン・トニックをひと息で呑み干すと、そのグラスにドボドボと安焼酎をそそいだ。以後それを繰り返す)

隣になった男たちとへらへら語りあっているうちに、ステージ上の大きなスクリーンで有名ロッカーたち(鮎川誠とか)が、HIROさんへのメッセージを語りはじめた。
(ステージ後方にはDJが2人いた)
その後、HIROさんが登場、進行補佐にAIさんも紹介される。
(AIさんと会ったのは1度きりだが、実は2人のつき合い初めからHIROさんより聞かされていた)
で、御大「内田裕也」氏登場。

HIROさんは「内田裕也ファミリー」の若頭(ここ10年以上「ニュー・イヤー・ロック・フェス」の実質上の管理者――ブッキングを含め)であるから、御大は病床から足を運び、それでもスーツに青いストール姿でばっちりきめて祝賀を表した。
(バックでは御大の歌うテーマ・ソング「コミック雑誌はいらない」が鳴っていた。このオリジナルがPANTA「頭脳警察」であることは、もはやPANTAファンしか知らないだろう――ちなみに御大は常に、マイクの頭をV字に指2本で挟んで歌うが、本人いわく「ステレオになるから」とのこと)


●御大は体調が悪く入院先からの出演だったが、薔薇の花束をたずさえ、見事なスピーチであった。スーツに青いストールが異様に決まっていた。


「ピスケンさんですよね? このあと、ここで(進行表を指さす)スピーチですからステージわきに来てください」
突然現れた、進行係りの男が言う。
よくぞ、私を見つけたものだ。いっさい面識がないのに。
なにより「そんなこと聞いてなーい!」。

(※この夜、20人以上に挨拶されハグを繰り返したが、実はいっさい記憶のない顔ばかりで、抱き合いながら恐縮しっぱなしだった。中には外人2人もいたが、いつ何で仕事をしたのやら)

ステージのMC言うところ、「乾杯10番勝負」と題して、スピーチ&乾杯をするとのこと。
もうすでに始まっていて、私の出番は3番目だという。
「この俺に、このステージに立ってしゃべれってか!」
この雑司ヶ谷鬼子母神「七曲荘」引きこもりの53歳無職男に?
すると隣の男が私の耳元で言う(音がうるさいため)。
「スピーチするんですか。僕もなんですよ」
「え、何番目です?」
「10番目です」
「そりゃ、トリじゃないですか」
「はあ」
「何分しゃべります?」
「3分くらいかなあ」
「じゃあ、僕は1分にします」
って1分もなにも、いったい何をしゃべればいいのだろう?
精神的どもりの、前歯が欠けて滑舌不自由な私が。

その後なしくずし的に、きらびやかな六本木大箱ナイト・クラブのステージで、私はスピーチをし、乾杯の音頭をとった。
HIROさんは、過分な言葉で私を壇上へ呼び込んだ。
焼酎グラスは空だったので、もう1杯ジン・トニックを用意してもらった。
私は首に巻いた、シギー吉田よりもらったスカーフの按配ばかり気になって、川崎へなんども「これで、かっこう大丈夫か?」と聞いてステージへ上がった。
それも、なんと私の登場曲は、爆音のピストルズ「アナーキーUK」である。
降りる時もそうだ。
こんなベタな曲を。
しかし、中学2年のときピストルズを(ドラム缶の底で)聞き、つまり「ロック」を聞き、以後こんな人生を送った私にとって、なんとまあ誇らしかったことか。
富ちゃん(母)に見せてやりたかったほどに。


●右後方に見えるのは本来「ビップ・ルーム」なのだろうが、この夜は「キッズ・ルーム」となっていた。


私がしゃべった内容は、
●出会ったのは、HIROさんが28、9(?)私が32あたり。HIROさん主催の「六本木水曜会」を取材したとき。
●それから、私の編む『BURST』で、「オーバー・ザ・エッジ」と題する連載対談のホスト役を、雑誌廃刊までしてもらう。
●『BURST』の表紙を3回(TATTOO BURST1回)飾ってもらった。
(バーストでは釣埼清隆と同数)
●廃刊以後も年に1、2回ほど酒に誘ってくれ(ただしHIROさんは呑まないが)、新宿の知る人ぞ知る焼肉屋で、カルビを1枚1枚を丁寧に焼いて、私に食べさせてくれる。
●2人きりのカラオケ屋で、AIさんのPVをとことん私に見せつける。


●内容はどうあれ、言葉を「噛み」もせず無事に乾杯する。カーゴ・パンツの両脇のポケットには、安焼酎のカップ・ボトルが入っている。


スピーチ&乾杯のあと、ステージ脇に座っているAIさんへ挨拶をした。
「いつも、うちのひとがありがとうございます」(言文ままではないが、ほぼこういう感じ)
彼女はテレビで見ると「きもったま母さん」的な、女丈夫に見えるが、実際は小柄で、なによりそこらのまっとうな主婦(実際女の子の母である)の印象だ。
HIROさん同様、言葉のたたずまいがきれいだ。
そこは歌手。
言葉がきれいなのはあたりまえか。


●私の肩を抱いて、めいっぱいサービスしてくれたAIさん。


「言葉のたたずまいがきれいだ」と書いて、ふと思い出した文章があるので、以下に記しておこう。
詩人の私にとっても、毎年新年に噛みしめる第一のテーマである。

「こんにゃく、あげ、すじ、ふくろ、ぎんなん、きぬかつぎ……そしておでん。みんな何と落着いた言葉だろう。長い間使いこまれて角のとれた、渋いつやのある言葉たち。
観念とか形而上とか、詩という言葉だって、それらの前では発音からして比べものにならない。
「だいこんは三日も煮なきゃ、うまくなんないね。」
とおでんやの親爺は云う。
ぼくらはこれから言葉を煮る者だ。
もう煮えている言葉を守り、まだ煮えていない言葉を煮つづける」
(谷川俊太郎『詩を考える』「日本語に殉じる覚悟」思潮社)


電撃ネット・ワーク等の後、またそれらを挟み、ヒロさんのバンド「湾岸の羊」、そして「カイキゲッショク」のライブがあった。
よかったねえ、これがまた。
私はど真ん前で、ひとり暴れました。
いまの「カイキゲッショク」は、そろそろきそうな予感がする。
(特筆すべきはギターのタツ――元ガスタンクのリフのかっこよさだ)

 


●いちばん前で両手を上げているのが私。Vサインは当然、2本指の間に親指を出した、ピスケン流「ファック」サイン。私の場合「最高!」の意思表示でもある。

そうそう、書き忘れるところだった。
「乾杯10番勝負」のトリ、私の隣にいた男――つまり私が勝手にへらへらしゃべっていた男――が壇上に上がり、そこで彼の正体がようやくわかった。
「新極真会」世界チャンピオン塚本徳臣氏。


つまり隣で相手をしてくれていた男は、世界でいちばん「強暴」なお方であったのだ。
やはり強いひとは優しいな。
 

 


●左が塚本氏。真中の女性はなんとなく会場で声をかけ、席まで連れてきたモデルの女性。たったひとりサンタクロースのかっこうをしており、それも超ミニだったため声をかけずにはいられなかった。

 

 

当然最後はAIさんの歌う「ハピネス」。バカな私はやはりいちばん前ではしゃいでいる。




●パーティー終了後、楽屋(5、60畳もある)にて、「カイキゲッショク」メイクのHIROさんと。このメイクは映画『バッドマン ダークナイト』のジョーカーをイメージしたもの。最初に見たとき私は、『ブレード・ランナー』のレプリカントを模したのかと聞いて、HIROさんをくさらせたのが今やいい思い出。


同行した川崎は、以上の写真をボスYへ送ったのち、電話でこう吐き捨てたそうな。
「あんだけ行く前に、行きたくない行きたくない、六本木なんてクソだ、おれは行っても寝てるよって、ぐずぐずほざいていたのに、会場に入ったら最後、あんだけはしゃいでるボンクラ見たことないよ」
と――以上の写真撮影、川崎美穂。おつかれさま。


12月19日(火)鬼子母神は?(晴れていたような)

午前9時より呑み、夕方には寝たような。
寝る前に、元同僚の松隈くんへ、22日に呑みにこないかとメールをしたらば、
「仕事でいけません。自由でいいなあ」と返信あり。
ああ、これまでの人生で、友人知人より同じ言葉を100回は言われたが、そのたびにショックを受ける。
あのねえ松隈くん、私はただただ「自堕落」なんですよ。
私はこれまで1度だって「自由」ではなかったし、ましてや「自由になりたい」なんて考えたこともありませんぜ。
それに「自由に生きたい」という考えは、私にとって「猥褻(わいせつ)」だと感じるから。
詩人は「言葉のあや」と、「定形」にがんじがらめに生きる者です。
もちろん、作品はそこから(自由になるのではなく)超えた場所へ飛びたいとは思っているけれど。
松隈くん、新年まってます。


12月20日(水)鬼子母神は晴れ。

午後7時から高円寺「バンディッド」にて、モダン・フリークス主催の「死体忘年会」(進捗ナイト出張編)というトーク・ライブがあった。
(しかしまあ、なんというイベント・タイトルだ)
出演者は、モダン・フリークス主幹のMC福田くん、死体カメラマン釣埼清隆、身体改造家ケロッピー前田、ゴンゾー(ならず者)ジャーナリスト石丸元章、そして私と、いつもの面子である。

早々と酔っ払っていた私は、トーク・ライブの内容を一切おぼえていない。
が、トーク最後の「PISS★KERO」ライブが、個人的にめっぽう楽しかったのは憶えている。
なにせ、ライブのために、5時に早入りし、前田くんと1時間もリハをしたのである。
(短いリハはしたことがあったが、PAを通してこんなに長くしたことは初めて)

PISS(小便)はハンド・マイクで自作詩を読みあげる。
KEROは、オーストラリア先住民の楽器である「ディジュリドゥ」を、ボーボーと詩にあわせ吹きまくる。
で、今回はそのバックに、KEROの作ってきたリズム・トラック並びに効果音を追加。
KEROはもともとテクノ系のミュージシャンなので、その手は本職なのだ。
これらの音に合わせて詩を読みあげたところ、びっくりするほど楽しかったのだ。
18歳から46歳まで、私もずいぶんとギター&ヴォーカリストとしてライブをやってきたが、実は1度だって楽しいなんて思ったことがない。
つねに恥ずかしさが先にたった――つまり才能がない。

これまで4回ほどのPISS★KEROライブは、つねに3、4分の短いものだったが、今回は10分以上、客を置きっぱなしにして勝手にやった。
客の感想は聞いていない。
だが、ライブ後の打ち上げで、私は前田くんへ決然と言い放った。
「目指せフジ・ロックだ」
本気である。


12月21日(木)鬼子母神は晴れ。

絵描きの西巻徹(同い年)と、ジャズ・ライター小峰ちゃんと3人で結成している「鬼門会」(ただあつまって呑むだけの会)の忘年会を、この「七曲荘」6畳で開催した。
他に、西巻さんの30歳も年下の彼女Kちゃん(日芸)と、遊びにきたエロ雑誌「ホット・ミルク」編集長高柳、そして隣室の兵庫くんも参加。

初めから最後まで楽しく呑む。
が、皆がどんな酒を、どんな肴をもってきてくれたのか、どんな話に盛りあがったのか、今や一切の記憶がない。
(いや、あいかわらず小峰ちゃんがお洒落であったことくらいか)
この日で、連続飲酒5日目。
そろそろ知能低下がはなはだしい。


12月22日(金)鬼子母神は晴れ。

夕方4時に、知的障害者施設所長の日下(くさか)さんが、いつものように、大量の酒と肴をもって部屋へ来る。
隣室の兵庫くんも交え、楽しく呑むが、9時くらいには私ひとり沈没。
(その前に、私のオネダリでピザをとってもらったことは憶えている)
深夜目覚めると、畳に寝ていた私のうえに、毛布や布団がかけられていた。
私がつぶれたあと、2人は池袋究極のふきだまりであるカドウチの「常盤」へ行ったとのこと。
2人とも好きだねえ「ちてきしょうがいしゃ」たちが。


12月23日(土)鬼子母神は曇り(だったはず)。

起きがけ(午前8時)、性懲りもなくテーブルに残っていた酒を、おそるおそる呑む。
呑みながら、図書館から借りてあったDVD映画をPCで見る。
(前のPCはDVDを見る機能が壊れていた。先日ボスYの奥さんからもらったノートPCのおかげで、4年ぶりに映画が見れるようになったのだ)

作品は黒澤明の『天国と地獄』と『野良犬』。
何度も見た映画だが、やはり面白い。
で、千鳥足で図書館へ行き、また2作品借りてくる。
(借りられるのは1度に2作品まで)
今度は松田優作主演の『それから』と『蘇る金狼』。

若いころ何度か見て、森田芳光監督『それから』は好きな作品だったが――原作も漱石の長編では1番好き――この年になって見直すと、演出が思わせぶりでガキっぽいなあと興ざめした。
(特に何回も出てくる都電車両内の幻想シーン)
ただし、やはり藤谷美和子の演技は最高である。
ちなみに私は、コアマガジンの同僚3人と、私設「藤谷美和子ファン・クラブ」を作っていた過去をもつ。
むろん、今でも好き。

『蘇る金狼』も、子どものころから何回も見た映画だが、感想は今も変わらず、そのラストの展開に、泥酔男はまたもや激怒し、画面に毒づいた。
「朝倉哲也(主人公)は、そんなセンチな男じゃない!」
ましてや、女に刺されたナイフを、さらに自分で深く刺しこむとは何事だ。
朝倉哲也は「精神病患者」じゃない。
なによりも、「悪党は決して反省しない」のが原作者・大藪晴彦のテーゼなのだから。
怒り心頭のまま布団を敷き――昏睡。


12月24日(日)鬼子母神は曇天。

毎年恒例の(確か2001年くらいから続いている)PNNTAのクリスマス・ライブ「ウンチ・クリスマス」が、渋谷「ラ・ママ」にて行われた。
(ウンチは本来アンチであったのだが、初回のポスターでスペルに誤植があり、そのまま続いている)
今回は、トシさん(ボンゴ)が参加したため、つまり「頭脳警察」ライブとあいなった。


●ライブ前にトシさんへ「いっぱい歌ってください(コーラスを)。トシさんの歌が好きなんです」と余計なことを言ったら、「ありゃ、奇声だよ」と応えてくれた。これぞ「日本ロック界のレジェンド」である。ところで左がシギー吉田で、右が私。念のため。



●PANTAとユニット「響」を組んでいるギターのタクミさん。私の顔をおぼえてくれて気さくに声をかけてくださる。PANTAの傑作アルバム『クリスタル・ナハト』のアレンジャーでもある。そういや、この写真に関係ないが、ミュージシャンでありライターである和久井光司氏の顔も会場にあり、その原稿のファンである私は写真をいっしょに撮ってもらいたかったが、用事があるようでアフター・パーティー前に帰ってしまったのが残念であった。

主催は、友人で同い年の、田原(ヤクザ編集者)と写真家シギー吉田。
私は、機材の搬入搬出、物販売りとして参加。
小屋入りが午前11時半(対バンが多くリハが長いため)。
それからアフター・パーティーも含めて終りが11時半という長丁場であった。
田原には「呑むんじゃないぞ」と、リハの間に釘を刺されていた。

「ラ・ママ」の地下へ降りる階段を、パンタのギター・アンプ(それもツイン・リバーブ)を運ぶのは、いやもう大変であった。
何も持たずに上がっても、辛い年ごろなのだから。
「そういや……」
と、以前この階段を這って上ったことを思い出す。
「悪夢」みたいな思い出である。

「ラ・ママ」へ入った最後は10年ほど前の、やはりクリスマス・イヴだった。
それも当時人気絶頂の「銀杏ボーイズ」のライブである。
その後、銀杏ボーイズの2冊本を編集する末井(昭)さんと、奥さんの(神蔵)美子ちゃんに誘われ、当時の女と「ラ・ママ」へ向かったのだった。
着いてびっくり。
寒空の下、小屋の入口前に、チケットを買えなかったファンたちが200人ほども立っていたのである。
その前を歩くときは、心底恐縮した。
なぜなら私はそれまで、銀杏ボーイズを聞いたことがなかったのだから。

当然、小屋の中は(消防法に触れてるんじゃないかと思えるほどに)超満員である。
で、確か1曲目が始まる前に、ヴォーカルの峯田が、客をあおりはじめたところで、突然気が遠くなった。
それも、このままじゃ気を失い昏倒するくらいの異常状態である。
(おそらく酸欠が原因)
「まずい、まずい、まずい……」
末井さんに「具合が悪いんで外に出てます」と、どうにか告げて、扉を出たところでしゃがみ込み(おそらく数十秒)気を失った。

ふと気づくと、末井さんが私の肩に手を置き「大丈夫?」と心配している。
大丈夫、小屋の前の店で休んでますと、どうにか言えた。
それからが大変だった。
階段が上れないのだ。
ちょっと気を許すと、たちまち意識が遠くなる。
しかしそこに倒れているわけにはいかない。通報される。
必死で、本当に這いずって上った。

実は――そのとき私は4日間も眠っていなかったのだ。
(3人は知らない)
女が出張取材で家を空けていたのをいいことに、友人たちと連日キメて遊んでいたのである。
4日間も眠っておらず(何も食べておらず)、酸欠では、そりゃ生死をさまよったってしょうがない。
それも死んだらお笑い草だ。
なぜなら、そのときまだ私は、ドラッグ・カルチャー誌『BURST HIGH』の編集長であったから――。

どうにか上りつめ、外へ出てみれば、なんとまだ100人以上のファンが寒風にさらされ立っているではないか。
皆がいっせいに私を見た。
彼らの眼にはおそらく、殺虫剤で死にかけたゴキブリが這い出してきたみたいに映ったであろう。
そしてまた、1人出てきたんだから、1人入れるのではと、健気に思った人もいたかもしれない。
「すみません、ごめんね、俺みたいな部外者がチケット無駄にしちゃって」
と胸でつぶやきながら、よろよろと小屋前のイタリアン呑み屋へ入り、ライブが終わるまで、テーブルに突っ伏していたのであった。

閑話休題(それはさておき)。

もちろん、頭脳警察のライブはよかった。
(オープニングにPANTAは、今回用意された木製の十字架を肩に背負い登場した。まるでメル・ギブソン監督の「パッション」のように)
客もいっぱい入った。
抽選会では、PANTA着用の衣服がプレゼントされた。
物販もそこそこ売れた。
私は隣のブースの人たちや、対バンのガールズ・バンドにも頼まれ、商品を連呼した。


●田原の胸につけた、この日に用意した「頭脳警察」缶バッチ(300円)。

その姿を憐れんだのか、なんと終了後、田原からギャラをいただく。
その他に、残ったPANTAのプレゼント用私服(Tシャツ)から、選んで持ち帰ってもいいという。
2枚選んだ。
そのうちの1枚が、なんとモリッシー(元スミス)のツアーTシャツである――「Viva Hate」(憎しみ万歳)。

まさかPANTAがモリッシーTシャツを着るわけもないから、誰かからのものが紛れこんだのだろうか。
それとも寝巻き?
と、しておこう。


●私たちが着ているTシャツは、この日のためにつくられたオフィシャルもので、PANTAの名曲「さようなら世界婦人よ」の原詩である、ヘルマン・ヘッセのドイツ語詩がプリントされている。左下のパンク・キッズは客の息子さん。Gジャンに鋲とは「ストレンジ・パンクス」の資格十分である(そんな人気企画がバーストにあったのだ)。ちなみに私の来ている黒いTシャツは、じつはヒートティック。むろん下もはいている。

すべてが終わり、シギーや田原に食事を誘われたが、シギーの車に私が乗れば、若いのがはみ出るので、殊勝にも席をゆずり電車で帰った。
深夜スーパーにて(ギャラで)牛肉やクレソンやら酒を買い、部屋でステーキを焼いて〆の酒を呑んだ。

翌日、田原へメールすると、
「(仕事中)呑まないでくれてありがとう」と返信があった。
「えっ、気づかれなかったのかあ」と苦笑した。
もちろん私はずっと呑んでいた。
朝の出がけ、気つけにまず、兵庫くん特製の「コーヒー・ウオッカ」をショット2杯。
小屋に入ってからは、ペットボトル(500ml)いっぱいに詰めてきた焼酎「黒霧島」を、生(き)のままちょこちょこ口にした。
それも頭脳警察のライブが終わるころには空っぽ。
そのあと、アフター・パーティーが始まると、田原から「呑んでいいぞ」と声がかかり、店の生ビールを3杯ほど呑んだ。

そりゃ、クリスマス・イヴ、それも「警察」のライブだ。
(※ファンは「頭警(ずけい)」と短縮するが、バンドの身内は「警察」と呼ぶことができる)
そりゃ、呑まずにいられようか。
この自堕落で、ほどというものを知らない、野放図なボンクラが。
で、昨日(25日)は、友人Tと兵庫くんとでクリスマス忘年会があった。
そして今日は前夜のながれの、ひとりっきりの忘年会。
明日は「みちくさ市」の忘年会がある。

さて、今年最後のブログも、ただただ呑んだくれている話に終始した。
めんぼくない。
せめてあなたに、新年に向けた詩を2つ贈ります。
ながながと書いてきたが、実はこれをあなたへの挨拶にしたかったのだ。



「元旦の夜明けまえ」

僕はこれまでの人生の道のりを、
たった一本のマッチで照らし歩んできた。
(ときに松明をかざしてくれた女もいたけれど)

でも、この暗がりを歩く助けとなるのは灯りじゃない。
それはいつだって、僕の数歩まえを歩く君の足音だ。

元旦の夜明けまえ、僕は耳をすましながら、
君のあとを千鳥足で歩いてゆく。
君だけが太陽の位置を知っているのだから。



「戌年2018」

「新年」はつましい食卓に正座し、
今年の君の軍隊を徴集する。

 明日へ明日から次の明日へ、
 亡命しつづける君のために。
 
馳せ参じた犬は、そして僕は嬉々として、
大晦日に君が投げたボールを、
今年いっぱい追いかけるだろう。



読んでくれてありがとう。
来年も御贔屓のほどを。
おやすみなさい。
よい年の夢を。




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御茶ノ水駅前店/新宿パンクマーケット/渋谷パンク・ヘヴィメタル館/下北沢店/通販センター
●中野ブロードウェイ「タコシェ」にても発売中です。
●西早稲田「古書現世」にても。
●下北沢「気流舎」にても。
●南池袋「古書 往来座」にても。
●雑司ヶ谷「ジャングル・ブック」にても。
●駒込「青いカバ」にても。
(以上の場所は、ネットで調べてください)

[ユーチューブにてシングル小説A面「八重桜」のPV公開中]
●曽根自身が声と手足で出演しています。
※ガレージパンク・バンド「テキサコ・レザーマン」が全面協力!

[ユーチューブにてPISS&KEROのファースト&セカンド・ライブ放映中]
●中野「タコシェ」にてのポエトリー&サウンド5回。
●下北沢「気流舎」にて。

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「鬼子母神日記」

 

11月21日。

 

「雑司ヶ谷鬼子母神は静か」。

 

 

言葉を消される日があっても、

やがてあなたは、その言葉を握るときがあるだろう。

熱い、熱い、熱い、その言葉を。

なぜなら、僕とあなたはその言葉を握り、手を焼かれ、

ちいさなこの手を燃やすために生まれてきたんだ。

「その」とはなんだって? 

 

母よ。

八宝菜を作ろう。

人参をきれいにきざもう。

僕は御飯の炊きあがりぐあいを心配して。

 

ああ、僕は金もうけのために生まれてきたんじゃない。

ましてや、この生を楽しむために生まれてきたんじゃない。

僕はおまえのために生まれてきたんだ。

そのおまえとはわからないけれど。

おそらく、

おまえだろ?

 

 

 

曽根賢(PISSKEN)

 

 

 

P,S

まだ3枚目のシングル小説をフィニッシュしていない。

昨夜Gさんと殴りあった。

指輪のはめたこぶしで殴られたため、左頬がちょっと裂けている。

どう、あやまればよいのか。

なぜならなにも覚えちゃないし。

 

 

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[雑司ヶ谷みちくさ市]

 

恒例の古本&雑貨市「みちくさ市」が11月19日に開催されます。

場所は雑司ヶ谷鬼子母神参道にて。

時間は午前11時より午後4時まで。

曽根と石丸さんのブースは「きく薬局」ななめ前か、コンビニ「ポプラ」 の前あたりにあるはず。

曽根はシングル小説のほかに、「BURST」「BURST HIGH」

そして自筆の詩を売ります。

※尚、トークショーのあいだはブースにおりませんので、ぜひ会場へ遊びにきてください。

 

■11月19日、同日開催イベント

▼みちくさ市トーク「雑司が谷番外地~どうせ俺らの行く先は~」

石丸元章×曽根賢(ピスケン)×武藤良子(イラストレーター)
11月19日(日)13:30~15:00(開場13:10~)
会場 雑司が谷地域文化創造館 第2会議室

※詳細は検索してみてください。

 

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[鬼子母神日記 番外編]
※今回は番外編のため佐藤ブライアン勝彦の連載は割愛します

 

9月12日(火)鬼子母神は雨のち曇り。

2017年の夏は私にとって、陰々滅滅たる季節となった。

煙草を買いに、雨上りの夜道を歩くたび、両わきの水たまりからひょいひょい腕が伸び、足首をつかむんで往生した。
お化けじゃない。
みんな過去から伸びた私の手――悔恨――その野太い指。
50男らしく、ふてぶてしく、踏みつぶしながら歩くのだが、すっかり痩せた。
(実際の私の手は子どもじみて、とても開墾などしたことのない細い指をしているのだが)

そんな夏も終わり、雑司ヶ谷鬼子母神にて、恒例の古本雑貨市が開かれる。
参道1畳を拝借して、私も詩を啖呵売しよう。
詩はたましいのアクセサリーだが、詩人こそ、あなたの首へブラ下げるにふさわしいアクセサリーだよ。
(ただし真贋は、質札にだけは化けない葉っぱだけれど)

あなたよ、来たれ、詩人を買いに。
詩人はあなたの胸で「くつがえされた宝石箱」となって輝くだろう。
南の果実に北の果実の薄皮をはりつけた「知恵の実」となって甘く香るだろう。
麻糸でつないだホウズキの実となって笛を吹くだろう。
銀でつないだホップの実となって恋人を酔わすだろう。
金でつないだ千匹の蠅の屍骸は、たちまち呪文と変るだろう。
となえた途端、千匹の蠅はあなたの胸で音をたて羽をふるわせる。
そのとき頭上で、夏の太陽が蘇るのだ。
あなたの頭上で、千匹の蠅は蘇るのだ。

そんな詩人を缶ビール3本で買えるよ。
(もちろんシャンペンでもウィスキーでもジンでも、なんならモルトフ・カクテルでもOK)
それとチップに、バターとパンと卵と、カナディアン・ベーコンを少量。
詩人は常に腹をすかしたアクセサリーなのさ。
(あなたの魂が常に腹をすかしているように)
蚕のように腹いっぱい喰わしてやってこそ、詩人は持ち重りのする言葉を吐くんだ。

※以上、深夜の戯れうた

 

●先日シギー吉田に撮ってもらったポートレイト。高田馬場のタイ料理屋にて、酒とめしを奢ってもらったときのもの。やはりだいぶご酩酊の様子。われながら「遺影」のようだ。

(これが遺影になるだろう)
 


お盆明けに実家から「七曲り荘」へ帰ってきて以来、週に4日は朝食に「冷し中華」をつくって食べている。
いっこうに飽きがこず、今日も起きがけからいそいそと、テーブルに俎板を敷き、あぐらをかいて調理する。
私のつくる「冷し中華」の基本レシピは20年前から変わらない。

うす焼き卵をつくり、麺と少量の〈豚しゃぶ肉〉を茹で、肉ごと麺を氷水で冷す。
そのあいだ、冷たいキュウリを1本とトマト1個、うす焼き卵を食べやすいよう適当にきざむ。
(キュウリ1本は多すぎると笑うだろうが、私の冷し中華の〈キモ〉はキュウリなのだ。他の具が失くったってかまわないくらいである――いやトマトもか。今年も夏中毎日2、3個のトマトをかかさず食べており、石丸元章さんに「どんだけトマトが好きなんだよ」と呆れられたほどだから)

なるたけ大きな鉢(これも大事)へ、麺に付いているスープ、たっぷりの酢、麺つゆをそそぎ、胡麻油とラー油、ついでに辛子も溶かしてかき混ぜる。
そこへ具と麺を入れ、更にしっかりと混ぜあわせて完成。
つまり「冷製スープ・サラダ麺」といったところか。

うん、今朝もめっぽう旨い。
すっぱさと、冷たい水々しさと、甘さと辛味に、たちまち頭も身もシャキッとする。
冷蔵庫にはまだまだ、麺(百円ローソン)も〈豚しゃぶ肉〉も、卵もトマトもキュウリも残っている。
明日も明後日も、朝食は「冷し中華」となるだろう。
そして2017年の夏に――友がパクられたこと、友が精神病院へ5回目となる強制入院をさせられたこと、友が自死したこと、短編「我らの世代を看取る我らの世代の墓碑銘」を書いていたことを、この先「冷し中華」を食べるたびに思いだすだろう。

がしかし、2017年の「寒い夏」も――シギーから何度も食事と酒をおごられ小遣いをもらい、田原や松隈くんや大野さんに食事と酒をおごられ小遣いをもらい、北海道の漁師田中さんから生ホッキ貝を大量にもらい、ヤマシタからトウモロコシを箱いっぱいもらい、コミネちゃんから和食器をひと山と高級肴をもらい、兵庫くんから何本も特製「コーヒー焼酎」をもらったことを、この先「冷し中華」を食べるたびに思いだすだろうか?

この夏2カ月かけて、53歳にしてとうとう読み通した(20回目の挑戦で)、プルースト『失われた時を求めて』(文庫本で14巻?)の時の記憶はすでに失われ、冷し中華どころか「紅茶にひたしたマドレーヌ」を齧ったところで、エピソードも筋も登場人物も胡散霧消し、どこへ求めていいのやら――の私であるから。

[9月17日みちくさ市出店]
雑司ヶ谷鬼子母神での恒例古本雑貨市「みちくさ市」に、今回も石丸元章さんと2人でブースを出します。
場所●鬼子母神参道の「キク薬局」(みちくさ市本部)を背にして、右斜め先。
日時●9月17日午前10時より午後4時まで。
売物●シングル小説(ファースト&セカンド)、『BURST』『BURST HIGH』、詩の生原稿作品――すべてその場でサインします。
※雨天中止

なあに実は、ここ数日「冷し中華」ばかり食べているのは「米櫃」が空だからでもある。
(夕食はパスタや餅やトースト――「安い食パンだから耳は棄てるよ。まずいから」とほざいたら某女より叱られた)
だからなにとぞ足を運び、御贔屓のほどをお願いしたい。
さすれば現在エンディングで滞っている、3枚目のシングル小説のAB面の原稿にも、よりもっと「体重がのる」ってなもんだ。
なにせ体重は今だ48キロであるから。

――たったいま、ラジオの天気予報を聞き、しばらく途方にくれた。
日曜日の東京は、台風で荒れるやもしれんとのこと。
タヌキの皮算用をしながら、その日曜日を一日千秋の思いで待ち、煙草をおしみおしみ吸い、残りの餅を数え数え口にしている私だのに。
「日曜日に嵐がくるかどうか? 賭けをしようぜ」
なんて相手もいない。どころか賭ける金がはなからない。
こういうときどうするか?

詩人はふと笑みをうかべ、畳に寝転び、ふて寝するだけなのです。
「金はなくとも雨はたっぷり」と詩人ブコウスキーは自らをなぐさめざるをえなかったが、この「七曲り荘」もさすがに雨漏りはせず、6畳に水溜りはないのだから、悔恨の腕に首を絞められる心配もないさ。
たとえ腕が伸びても、立ちあがって、ふてぶてしく踏みつぶす。
それくらいの体力は温存している。
この50男は。

おやすみなさい。
読んでくれてありがとう。
シングル用短編書きあげしだいブログを再開します。
よい夢を。

 

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