曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

元『BURST』、『BURST HIGH』編集長の曽根賢(Pissken)のコラム


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[鬼子母神日記]


(※以下、私のノート・パソコンが壊れため、コアマガジンの2人にアップしてもらったが、次回以降わからない。しかし、次回から「詩人たちの食卓」と題し、3回原稿を書いている。あとはノートPCしだいだ)


●巻頭いつのまにやら連載
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」
[第11回]

佐藤ブライアン勝彦●作品

作品集 Katsuhiko Brian Sato 2016 


MILK / 1997 Collage on bord


医師から、「昔は精神病と扱われていたが、最近の研究では体の病気と言われています。脳から不安を感じさせる物質が出るために、強迫神経症になる事がわかってきました」
と、薬を3種類ほど処方された。
しかし、「絵を描かないように」と言われても辞められるはずもなく、薬を服用し、絵を描こうとしたが、薬が効き過ぎたせいか全く描けない。
まるで思考が止まってしまったみたいだ。
行動を起こすのも、一度頭で復唱しないと体が言うことを聞いてはくれないのだ。
結局3日程飲んで薬は捨ててしまった。
「完治したかも?」と思ったのは社員旅行でベトナムへ行ってからか。
海外でストレスを発散したら、いつの間にか治っていた感じだった。

現在も絵ばかり描いていると、たまに強迫神経症が頭をもたげてくる時がある。
特に上京する時に家から出られなくなるのだ。
2001年に実家の仙台へ戻り、新たな作品をと意気込んで描いていた時期があった。懲りずにまた籠って。
結局、「梅核気」になり2年程苦しむはめに陥った。
口を開けると吐き気がするのだ。人とも話せず食欲もでない。

そんな時、「居抜きの店をやりませんか?」と近所の人から声をかけられた。
元々調理師をやっていたので、これは天の救いかもと二つ返事でオッケーした。
するとどうだろう?
なんと店を開店した日に治ってしまったのだ。
自分には「絵から離れる時間も必要なんだな」と思った。
それからは昼から夜はイタリアン・レストランをし、深夜から朝まで絵を描く生活を続けている。

こんなリズムが合っているんだと気付くまで何年かかったことか。
現在2016年9月29日朝4時、近所のコンビニで「いつ寝ているのですか?」と聞かれました。
そんな俺の作品集の展示販売があります。

JR岐阜駅直結のアクティブGで開催される「GIFUアートWEEK」というイベントの中で、3階に期間限定で六本木ヒルズ・ミュージアム・ショップがオープンし、その中で展示販売をします。お近くの方は是非!
http://active-g.co.jp/event/






9月20日(火)鬼子母神は雨(夕方から豪雨)。

午前9時半起床。
歯を磨いた後、冷たい麦茶を飲み、共同便所で用を足し(今日も快便なり)、ついでに便器掃除をする。
終わって洗顔、ひげを剃り、水に浸けていた食器を洗う。
それから卓上のカセット・コンロで湯を沸かし、濃い煎茶を淹れる。

熱いのをすすり、さて、10時間ぶりの煙草に火をつける。
頬をへこませて強く吸い、ガンジャなみに煙をたっぷりと肺に溜め、威勢よく吹きだす。
「旨い」
途端にめまい。それがなんとも心地よい。
茶を飲み、また深く吸う。
カフェインとニコチンというアルカロイド毒素が血管を走り、数秒指先が冷たくなる。
その後すぐにからだが温かくなる。

まったく、寝起きのカフェイン&ニコチンは旨い(=効く)。
どちらの葉っぱの味も、このさい二の次だ。
育ちがわかるな。
おまえは「闇市」をかっぱらいで生き、シケモクで飢えをまぎらす浮浪児か。
「逞しさ」とは無縁の、甘ったれた半生であったくせに。
とは云え、
「こんなことが続くはずがない。いずれ破滅の時がやってくる」

なんて、呑気に煙草を2本。
勝手な節をつけて口ずさむのは、色川武大の随筆にあった一節。
「朗らからッからッかラリルレロ、われらの胸はいつも朝……」
戦時中、「シミキン一座」が舞台の幕開きに合唱していた歌だそうな。
「朗らからッからッかラリルレロ、われらの胸はいつも朝……」


朝食の用意をする。
前夜から、もどしておいた干し椎茸の汁に、昆布出汁(顆粒)と塩と醤油を足し、2合の「炊き込みご飯」をつくる。
具は、もどし椎茸と人参だけ――。

油揚げが欲しかったが、その100円の金がない。
昨日予定されていた鬼子母神「みちくさ市」で、シングル小説の1枚でも売れれば、と皮算用していたのだが、雨で市は中止となってしまったのだ。
まったく〈極楽とんぼ〉も雨には飛べぬ。
いや、そもそも売れる見込みなどあるわけもないのだが。

(で、なぜかPCも起動しなくなり、とうとう壊れたかと、1日中ブルーとなる。今日の夕方に「滅茶苦茶」をし、どうにか起動したが、それまでのデータがぶっ飛んだ。まあ、未発表作品はバックアップしてあったが、しかし書きためた資料や新作の詩やブログの直し原稿や、写真や書きかけの原稿はすべて消失)

――それでも、炊きあがった炊き込みご飯の匂いに、ひなびた「ゴージャス」を覚えた。
干し椎茸と醤油の香ばしさが、たちまち6畳の部屋に満ちる。
(もどしたドンコは女のこぶしほどもあったのだ)
しゃもじでかき回すと、いい塩梅に「おこげ」ができていた。
それを丼に盛り、焼き海苔をもむ。

昨夜の残りの玉ねぎの味噌汁を温め、生姜の千切りをちらす。
なかなかオツな味で、春先からちょくちょく食卓に乗せている。
他に、蕪の糠漬けと、北海道のR嬢が送ってくれた「手作りの筋子」で、炊き込みご飯を食べる。
薄味の炊き込みご飯に、しょっぱい筋子がよく合う。

(筋子は昆布で巻かれてあった。それを開き、包丁を使わず箸で、見事な柘榴色をした魚卵をくずして頂く。丁寧に血管の掃除をした初物の筋子は、粒が大きく、いっさい生臭さみがない――それがちょいと物足りないが)


満足して、丼と箸を流しの水につける。
それから、濃いコーヒーを淹れる。
コーヒーも日本茶も紅茶も、ひどく濃いのが好きだ。
味よりも先に、カフェインの強さを求めるからだ。
原稿を書くときに、必要不可欠なものはカフェインとニコチン。
コーヒーよりカフェイン量の多いコーラも、金があれば飲む。

雨音を聞きながら、熱いコーヒーをすすり、残り少ない煙草を、おしみおしみ吸う。
ふと、ジム・ジャームッシュ監督の『コーヒー&シガレッツ』の1場面が頭に浮かんだ。
イギー・ポップからトム・ウェイツがもらって吸う煙草は「マールボロ」だったろうか、「ラッキー・ストライク」だったろうか?

なんにしろトム・ウェイツの吸いっぷりは見事だったな。
あれぞ、アメリカ産「あらくれもの」のイメージ体現者だ。
コーヒーの飲みかたも正当西部劇流。
それに比べてイギー・ポップは、飲むのも吸うのも昼休みの体育教師みたいだった。
(ちなみに、英国探偵小説作家のチェスタートンによると、茶は異教徒の飲み物で、コーヒーはプロテスタントの阿片、ビールこそがクリスチャンの飲料だという)

私の「コーヒー&シガレッツ」の思い出をさぐると、真っ先に浮かぶのが「X川キャンプ場」での一服だ。
30代の雑誌編集者時代、何もかもから逃げ出したくなると、よく奥多摩のX川キャンプ場へ早朝、1人で行った。
むろん泥酔して。

買い物を済ませ、調理道具を借りたあと、酒と肉類を川の浅瀬に沈めてから、バンガローのカビ臭い布団で眠る。
起きるのはたいがい夕方だ。
流し場で口をゆすぎ、顔を洗ってから、食材や調理器具を川原へ運ぶ。
石でかまどを作り、買った薪で焚き火をする。
そして(酒を飲む前に)まず湯を沸かし、インスタント・コーヒーをつくる。
(マグカップも金を払えば借りられる)
寝起き1本目の煙草に火をつけ、呆然と黒い川――幅は15メートルくらいか――の流れに眼をやりながら、コーヒーをすすり一服する。

峡谷は日が暮れる前に暗くなる。
季節はなぜかいつも、春か秋だった。
その時分、キャンプ場は閑散としている。
空気はひんやりと流れ、川水も冷たく、酒や肉魚の冷蔵庫がわりにできた。
狭い石ころだらけの河原には、私以外、たいがい火はない。
川は無音で流れ、焚き火の弾ける音が時計がわりだ。
木綿やネルのシャツの、腕の肌触りが気持ちいい。
そして、インスタント・コーヒーは素晴らしく苦く、煙草はほどよく甘く、温かい。

私にとって、それはひとつの儀式のようなものだった。
ヘミングウェイの「二つの心臓をもつ川」の主人公、ニックを気取っていたのだ。
実際、自著『BURST DAYS』には、X川キャンプ場での一夜を書いた「二つの心臓をもつ川のふちで」と題した作品がある。
その夜には、恋人のNを呼んだが――。


あれは浅秋の夕方だった。
日は面前の山にかくれ、はみだした空はサーモン・ピンク、川原は薄暗かった。
そこに私以外の火は、やはりない。
焚き火にあたりながら、湯を沸かしていると、背後から石を踏む音がした。
振り向くと、寝袋と大きなリュックを背負った若い男である。いや、私の眼から見れば、少年だった。

火をかしてほしいという。キャンプ場に来て、肝心のライターが切れてしまったらしい。
少年は、かまどに顔を寄せ、くわえた煙草に火をつけた。
コーヒーを飲むかと訊くと、飲むという。そして背負い荷物を足元に下ろし、リュックからスチール製のカップを取り出した。

少年も焚き火のそばに尻をつき、2人でコーヒーを飲みながら、しばらく無言で煙草を吸った。
私は寝起きで、ましてや二日酔いで、頭が働かず、言葉が出なかった。
少年も口の重いタチらしかった。
酒を呑むかと訊くと、彼はホッとしたように「呑みます」と答えた。
そして「酔っぱらう前に」と、かまどから離れた石のない場所に、蛍光グリーンの1人用テントを張りはじめた。

その間に私は、残った鍋の湯でソーセージを茹でた。
それと、皮つきのジャガイモを櫛切りし、コンビーフと一緒にフライパンで炒める。
ソーセージの皿にもフライパンにも、たっぷりと粒入りマスタードをそえた。
他に、新宿駅の地下で買ってきた高価なブルー・チーズも、ソーセージのわきに千切る。
(向かう車中の肴として齧ってきた残りものだ)
あとはバゲットを半分と、トマトとキュウリを丸のまま少年へ手渡した。
それと塩の小瓶。


酒を一緒に呑みはじめると、ようやくぽつぽつ互いに言葉を交わしはじめた。
最初の酒は、川水に浸けていた白ワインだった。
それはほどよく冷えていた。
次が赤ワイン。
2本を呑み干した後は、日本酒を鍋で温めて。
少年はなかなか強かった。
当時私の編んでいた雑誌、『BURST』を知っていた。
クラスで回し読みしたり、立ち読みしたりしただけで買ったことは無かったそうだが。

途中、盛大に火を起こし、白ワインに浸しておいたワタごとブツ切りにした烏賊を、道端で婆さんが売っていたキノコと一緒に、塩胡椒、もどしたサフラン、たっぷりのオリーブ油とバターで炒めた。
少年は〈ジャガコンビーフ〉同様、フライパンを千切ったパンでぬぐっては、あらかた食べてくれた。
その食いようが、いかにも育ちの良さを感じさせた。
私は手つかずのバケット半分も少年にあげた。
肴ですむ年頃じゃないもの。

日本酒を呑みはじめたあたりで、彼はテントから、何やら包みを持ち出してきた。
風呂敷を開くとまず、デジタル時計の赤い数字が眼についた。
手製の時限爆弾だという。
焚き火のゆらめく炎に照らされた、古典的なルックスをしたそれは、ダイナマイトが3本束ねられていた。

「なぜ、そんなものを俺に見せるんだ?」とは訊かなかった。
どうしてか、別に不思議な気はしなかった。
しかし、さすがに「そいつで、何を爆破させるんだ?」とは訊いた。
少年は、「まだ決めてません」と答え、これは最初の試作品だから、明日もっと川を上って、爆破実験をするつもりですと、いたずらっぽく微笑した。
私は興奮し、付き合わせてくれと頼んだが(雑誌に記事を載せようと思ったのだ)、少年は潔く断った――写真も断られた。

「山火事に気をつけろよ。男子一生の恥だからな」
「はい」
「それと逃げ道は、事前によく検討して、まず実際に歩いてみるんだぞ」
「はい、必ずそうします」
次いで「明日の夜もここで呑もう」と言いかけたが、せかして「事故」を引き起こさせるような気がして我慢した。
その後、蕎麦を茹でて、威勢よく2人ですすった。
お互いマグカップを蕎麦猪口がわりにして。

「明日は早く出ます」という少年と、かまどの前で別れ、バンガローに戻ったのが0時くらいだったか。
奥多摩の秋の夜更けともなると、シャツ1枚ではさすがに、酔って焚き火にあたっていても寒さを我慢できなかった。
それに尻が痛い。
別れ際、残り物の食材や調味料といっしょに、古い文庫本を2冊あげた。
1冊は憶えていないが、もう1冊は田村隆一の詩集だった。
少年の連絡先を、私はあえて訊かなかった。
敷きっぱなしの蒲団にもぐりこみ、たちまち眠った――。


――昼近くに目覚めた。
窓の外はまぶしい。
ドアを開けると、紙切れが足元に落ちた。
少年からだった。簡単な礼が書かれてあったが、やはり連絡先の文字はなかった。
そのかわり、礼状はこんな言葉で〆られていた。
「P.S.自殺なんてしませんから心配しないでください」
眼にした途端、苦笑した。
そんなことは一度も頭に浮かばなかったからだ。
わざわざ「時限」爆弾を抱いて自殺するやつはいまい。

流し場へ行くと、前夜水に浸けていた鍋やフライパンや食器類が、洗って干されてあった。
口をゆすぎ顔を洗った後、水をくんだ鍋と、マグカップを持って川原へ出た。
案の定、かまどの周りもきれいになっていた。
礼状のノート紙をつかって、数本残っていた薪に火をおこした。
少年へインスタント・コーヒーの瓶をあげる前に、2杯分ほどの粉をティッシュに包んでおいたのだ。

秋晴れの石の川原は、風もなく、がらんと明るかった。
むろん誰もいない。
熱いコーヒーをすすり、煙草を吸う。
そして耳を澄ます。

――子鳥のさえずり以外、眼の前の川の流れも、あたりを囲む木々の葉ずれも聞こえない。
「彼は、田村のあの詩を読むだろうか? その前に」
期待に耳を澄まし、私はコーヒーを飲み、煙草を吸う。
そして、16歳のとき頭に焼きついた、あの詩の言葉を口にする。

「毎朝 数千の天使を殺してから」


     1

「毎朝、数千の天使を殺してから」
という少年の詩を読んだ
詩の言葉は忘れてしまったが
その題名だけはおぼえている さわやかな
題じゃないか
おれはコーヒーを飲み
人間の悲惨も
世界の破滅的要素も
月並みな見出しとうたい文句でしか伝えられない
数百万部発行の新聞を読む
おれが信用しているのは
株式欄だけだ
総資本のメカニズムと投機的思惑だけが支配する
空白の一頁

     2

少年の朝と
おれの朝とは
どこがちがうのか?

     3

少年には数千の天使の顔が見えるというのに

    4

殺してから
きみはどうするんだ?

歩いて行くんです

どこへ?

とても大きな橋がかかっている河のそばへ

毎朝?

ええ 毎朝
手が血で汚れているうちに

     5

おれには数千の天使が殺せないから
煙草を吸いながら
海岸まで乾いた道を歩いて行く
台風が過ぎさったばかりだから空には
積乱雲
それでいて海の色は秋
夏と秋とが水平線によって分割されている
不透明な空間を
細い川がながれている
おれの痩せた手に浮きあがっている弱々しい毛細血管
大きな橋がかかっているはずはない

     6

大きな橋のこちら側は
真昼のような世界なんです
どんなものでも光っている
シャツのボタン
虫歯
空気銃
サングラスの破片
桜貝
あらめの匂い
そう 河は海に流れこんでいて海の水と河の水が混合していて

それに
むろん
ぼくの足跡まで

     7

よし それではきみにかわって
大きな橋のむこう側の世界については
おれが説明しよう
影の部分
事物も観念も影だけでできている
まるで癌細胞のように
影は影を養分としながら放射線状に増殖する世界
腐爛した溺死体の内臓
膨張しつづける緑色の思想
淫売婦と僧侶と商人どもで沸騰している古代市場
猫 羊 豚 馬 牛
肉という肉が肉屋の店頭に吊るされているというのに
血はどこにも流れていない

     8

そうか
数千の天使を殺さないと
大きな橋が見えてこないのか
真昼の世界と
影の世界を
つなぐ
大きな橋
 
     9

ぼくがいちばん性的に興奮する場面を知っていますか?
いつのまにか大きな橋が消えると
黒い馬があらわれる
だれも乗っていない
馬だけが光の世界を横切って
影の世界の方へゆっくりと歩いて行く
力つきて
黒い馬は倒れる 獣の
涙をながしながら腐敗もしないで
そのまま骨になって
純白の骨になって
土になる
すると
夜が明けるんです
ぼくは遊びに行かなくちゃ
数千の天使を殺し
数千の天使を殺してから



(田村隆一 詩集『誤解』より)





コーヒーを2杯飲み、煙草を5本吸い終えるまで、上流の森の方からは、なにも聞こえなかった。
思い切り、立ち上がった。
鍋に残った湯で火を消し、足でかまどの石をくずすと、私は川原を後にした。
そして、紙袋に隠したビールとウイスキーを呑み呑み、電車で編集部へ帰った。

5日ほどして、差出人の書いていない私あての葉書が編集部へ届いた。
そこにはひとこと「成功しました」と書かれてあった。
少年の筆跡に間違いない。妙なくせがある。
それから数カ月、私はテレビやラジオのニュースに耳を澄ました。
しかし、いつまでたっても爆破音は聞こえず、耳を澄ますのは、ときたま思いついたときだけとなった。



あれから20年近くが経った。
が、私は今でもときおり、コーヒーを飲み、煙草を吸っているとき、ふと耳を澄ます。
デジタル時計の赤い数字を思い浮かべて。
しばらくすると、きまって笑みがこぼれる。
少年はまだ躊躇しているらしい。
この「七曲荘」を爆破することに。
俺を爆殺することに。
「その前に、おまえが自殺すんなよ」
人を殺しても、自分を殺してはいけないのだから。



9月23日(金)鬼子母神は夜明け前から雨、のち昼から雨上がる。

電話で相棒のユージから誘われ、午後3時より高田馬場のチェーン居酒屋で呑む。
夜になってから元平和出版同僚の有山くんと広瀬くんが合流。
その後4人でカラオケ屋に行く。
3人の歌に合わせて、ずっと1人で踊り狂う。

そして、いつものように吉田拓郎の「ともだち」を歌っている途中、なぜか私は異常に興奮し、拳ででかいモニターを何度も殴った。
むろん、やわなモニターは1発目で壊れた。
気付いた店員とすれ違うようにして、私は皆を残し、七曲荘へ逃げ帰った。

有山くんから電話があり、店員とまだ交渉中だという。
「なんでお前らも逃げないんだよ!」
「店に入るとき、広瀬さんが名前と連絡先を書いてるでしょが」
「マジの連絡先書くなんて、ヒロちゃん馬鹿だろ!」
「曽根さん、おれたちは曽根さんだけに金を出させようとしてないんだよ」
「なにを! おまえらは、俺を売ったのか!?」
途端、電話が切れた。

しばらくして、隣室の兵庫くんが酒をもって現れた。
「八海山」を呑みながら、最初は笑って呑んでいたのだが、しだいに私は、兵庫くんにカラミはじめた。兵庫くんの作品について。
さすがに兵庫くんの顔が変わった。
しかし大人の兵庫くんはコップ酒を呑み干すと、寝ますとひとこと言って部屋にもどった。
私は蒲団を敷き、眠った。



9月29日(木)鬼子母神は曇り。

現在、高田馬場にある出版社「コアマガジン」にいる。
パソコンを、元同僚のパソコン・マスター「かつき」さんに直してもらったのだ。
(他に、ヤマギワくんという若いのも手伝ってくれた――編集長高柳は打ち合わせで編集部にいなかった)
ヤマギワくんに言われた。
「とにかく、早く次のPCを買わないとまずいですよ」
そばに立つ、かつきくんは憮然。
むろん、私はうなづきながら苦笑。
ヤマギワくんは私のことを何も知らないのだし。

[誰かノート・パソコンちょうだい!]
やはりもう、この(後輩広瀬に貰った2007年モノ)ノート・パソコンはワヤだ。
あなたの、買い換えて残っているモノをください。
ただしノートじゃないと、部屋にネットが繋がってないので図書館へ行けない。
頼む。Gメールに連絡くれたし。



さて、この文章をアップしよう。
少し酔っている。
(だいぶ)
高柳が、煙草(わかば)2箱とカップ焼酎を2本を、私のために、たつきくんへ渡してくれていたのだ――昨夜から煙草を我慢していた私は、電話で煙草をねだったのだった。
久しぶりの編集部。
足元を猫のミミが歩く。
こいつも長生きだな。
まだ私が30代のころ、机の下で毎日眠っていたころからの付き合いだ。

「自分を売るくらいなら、女を売りなさい」
と、私をさとした、「文化大革命」を生きのびた元理容師の老女と、今年の夏も会えなかった。
死んだのだろうか。
あのプルシアン・ブルーを身にまとった、美しい老女は。
(おととしの夏のブログにて)

カラオケ・モニター壊し事件から約1週間。
まだ私は、逃げている。
ごめん、ヒロちゃん、有山くん。
俺はどうやら、ひどく「くったく」しているらしい。



おやすみなさい。
読んでくれてありがとう。
よい夢を。



[ザ・シェルビス新制作メンバー募集]
●詳細は8月1日のブログ「緊急『The SHELVIS』制作メンバー募集」にて。


P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――1万5千円)
※宅配便着払い

●原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と1万円ほどで)

●pissken420@gmail.com


[シングル小説「The SHELVIS」発売中]

●7インチ・レコードと同じ体裁の小説集(A面「八重桜」/B面「熱海にて」)定価1,600円


●本作の購入は、これからしばらく、曽根のメール(pissken420@gmail.com)へ直にお申込みください。
(ただし、毎日メールチェックが出来ないため、お返事が数日遅れることをご了承ください)


●以下の「ディスクユニオン」の店舗で発売中。
御茶ノ水駅前店/新宿パンクマーケット/渋谷パンク・ヘヴィメタル館/下北沢店/通販センター
●中野ブロードウェイ「タコシェ」にても発売中です。
●西早稲田「古書現世」にても発売中。
●下北沢「気流舎」にても発売中。

[ユーチューブにてシングル小説A面「八重桜」のPV公開中]
曽根自身が声と手足で出演しています。
※ガレージパンク・バンド「テキサコ・レザーマン」が全面協力!

[ユーチューブにてPISS&KEROのファースト&セカンド・ライブ放映中]
●中野「タコシェ」にてのポエトリー&サウンド5回。
●下北沢「気流舎」にて(最新)。


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[鬼子母神日記]

9月17日(土)鬼子母神は曇天。

「みちくさ市」
雑司が谷鬼子母神にて19日午前11時(午後4時まで)。

1鬼子母神参道の「キク薬局」斜め前のシャッター前にて、私は、石丸元章と共に、酔っぱらって立ってます。
(嘘か。お互いシラフっぽい)


――ただし、雨が降ったら「みちくさ市」はないらしい。




おれは金がないから、当日、おまえさんの金を当てにしている。
なにより、セカンド・シングルの話がしたい。

しょうがないから、次回のブログにて、セカンド・ジャケットを公表しようか?

そろそろおれだって、くそくらえだ。
たった20万円(それも前回ペイしてる)の手も上がらないのか。


おやすみなさい。
くそ!
よい夢を。
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[鬼子母神日記]

●巻頭いつのまにやら連載
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」
[第10回]

佐藤ブライアン勝彦●作品




――光が見えだしてから、のめり込みすぎて精神と体に弊害が出て来てしまった。
絵を1枚完成させ、絵のネタでも探しにと青山の「ワタリウム」でポストカードを見ていた時、空間がねじれ目眩(めまい)がおきた。
まずい! と思いなんとか外へ出たが、入り口を出た瞬間に倒れてしまった。
壁にもたれながらじっとしていると、左腕に痙攣までおきはじめ体に力が入らない。
たまらず、近くを歩いていた人に救急車を呼んでくださいとお願いをした。
その人は救急車が到着するまで大丈夫ですか? と声をかけてくれていた。

その後、救急車に乗ったまでは記憶にあるが、気付いた時は病室だった。
目にライトをあてられ「瞳孔が開いています」と聞いた時は終わったなと思った。
その後、点滴をし、医師に話を聞くと「筋緊張性目眩」という診断だった。
長時間同じ姿勢でパレットを持っていたのが原因らしい。
それからは机をパレット代わりにしている。
(今の机で5代目くらいだろうか)

また、強迫神経症も患った。これが1番辛かった。
当時アパートの2階に住んでいたのだが1階まで階段を降りると「鍵は閉めたのか?」と何度も戻ってしまい、さらにひどい時は駅からでも戻ってしまう。

「自分では最高の絵が描けたと思っても、誰も俺の絵を知る人はいないのか、もし火災にでもなったら人目にふれず絵が燃えかすに・・・・・・」
などとネガティブな考えが頭をもたげ、部屋の鍵のみならず、仕事へ行く際にはコンセントも外しだした。
これは以前コンセントにほこりが溜まり、そこから火がでる映像を見てしまった為だ。

そんなある日、ついに俺にとっての「Xデー」が来た!
なんと椅子に上り、電球を外そうとクルクルと回しはじめだしたのだ。
その瞬間、一体俺は何をやってるんだろう? と怖ろしくなり、すぐに近所にあった総合病院の精神科に電話をした。
診断の結果、強迫神経症との事だった。しばらく絵を描くのを控えて下さいと――続く。
(勝彦●文)




9月10日(土)鬼子母神は晴れ。今日明日と、裏の「大鳥神社」のお祭り。

夕方、『ザ・ネッシー タイラー・ロックの冒険4』ボイド・モリソン(竹書房文庫)を読了。

滅多に〈エンタメ小説〉を読まない私が、なぜ図書館の新刊コーナーで同書上下巻を手にしたかと云えば、それは小学生時代「ネッシー博士」を自称し(2年半かけて写真&イラスト入りの『我がネッシーに関する覚書』と題した張り混ぜノートを3冊編纂)、将来はむろんスコットランドのネス湖に移住して「この手でネッシーを釣上げる」ことを夢見ていた男なのだから、なんであれ「ネッシー」の文字を見過ごすわけにはいかなかったのだ。

話はダーウィンとネッシーの遭遇から始まり、ナチスの過去の遺産である生物兵器を巡って、主人公と敵が世界中を追っかけっこし(この部分が全編の50分の49を占める)、最後にネス湖で両陣営が、ネッシーをいたぶりまくるという内容。

作者はハリウッドでの映画化しか求めておらず、全編が徹頭徹尾「シナリオ原稿」である。
「ネッシー」と題しながら、ネッシーが出るのは序章と最後だけ、それもネッシーを船の甲板にまで上げておきながら、そのルックス描写はおそるおそるで曖昧。
落ちはまさに子どもだまし。
なによりネッシーの体長が、たった10メートルほどとは何事だ。

いやはや、この『ネッシー』同様、映画『シン・ゴジラ』はひどかった。
ただしゴジラの造形は「シン・ゴジラ」にとどめを刺す。
それを『キネマ旬報』の表紙と、見開き1枚のスチールで確信したからこそ、苦手な映画館へ入ったのだ。
(映画を観たのは8月9日。帰省直前に池袋で)

ほぼ15年ぶりに自分でチケットを買って映画館で観た「怪獣映画」は、途中何度も睡魔に襲われるほどかったるく、恐くも笑えもしなかった。
これは前代未聞の、大作「ト書映画」だ、と嘆息したのみ。

いったいぜんたい、作り手が「主役」とその魅力をないがしろにしている。
そしてドラマのト書(設定・説明)部分ばかりを描いている。
つまり、履き違えたリアルを標榜するあまり、怪獣映画の「荒唐無稽のダイナミズム」を真っ先に扼殺している。
(ただし、ゴジラを成長(?)させるアイデアは秀逸だった)

とにかくゴジラを出ずっぱりにしろよ。
なぜ、途中でゴジラを1週間(?)も立ち往生させるんだ(ラストも同様)。
それと俯瞰描写が長すぎる。シリーズ1巨きなはずのゴジラが、コケシに見えるじゃないか。
また、役者は「群衆」以外、せいぜい10人で十分だろう。

なにより、いきなりのゴジラ首都上陸は、ドラマツルギーの初手として言語道断である。

まずゴジラは長崎に上陸せねばならない。そして、そのまま山陽道を縦断蹂躙して(むろん広島の原爆ドームを踏みつぶして)、やがて京都御所を焼きつくし、大阪城、名古屋城を破壊してから、ようやく首都進出、皇居を目指さねばならない。
そもそもゴジラは、田んぼを歩き、山河湖を越え、茶畑やキャベツ畑を踏みにじって「上京」しなければならないのだ。

そして皇居寸前で、米軍の「新兵器」によって東京湾へ追い立てられ、入水するように海へ沈む。
「これまでの死者並びに行方不明者の数100万人超」のテロップ。
東京の焼け野原に昇る朝日に向かって、国土復興を誓う男女。

で、ラストは満を持して、三陸海岸から再度ゴジラ上陸。
ゴジラ見得を切り、咆哮――。
海女の手からアワビが落ちる。
その美しい少女の顔のアップ。
間髪入れず「終」の文字。
なお咆哮は続く――エンド・ロール。

これが正解だ。

ちなみに丸谷才一は「ラの研究」と題するエッセイにて、本邦の怪獣の名前にラがつくことの多いことを上げ(ゴジラ、モスラ、ガメラ、ミニラ、ガバラ、キングギドラ、ジグラ、ゴモラ、ゲスラ、ベムラー、アントラー、ガボラ、ヒドラ、ガゼラ、エトセトラ)、まず、米文芸評論家のレスリー・フィードラーの説を引く。

フィードラーは著『フリークス』にて、怪獣神話はどんなふうに生まれるかを論じ、フロイトの説を引いて、こう言う。
「フロイトは、怪物的なものに関する我々の基本的な感覚は、生まれて初めて女性器を見たときに生ずる、と述べたが、むしろ、大人の男性器を見た子どもは、それを怪物として、フリークとして意識するのではないか」と。

そして丸谷はエッセイを、こう〆る。
「怪獣作者たちの心の底には、あの梵語『魔羅(マラ)』のラが、暗くそして巨大に位置をしめてゐるのではないでせうか」と。

『シン・ゴジラ』の作り手たちの心の底の魔羅は、あんな程度の手慰みで済むほど小さいのだろう。
その男根まで小さいとは言っていないので、念の為。
それはお互い様だ。


断酒6日目。
祭を覗くこともせず(呑みたくなるので)、夕食後、8時に早々と就寝。



――8月10日(水)宮城県大崎市古川は晴れ。

夜、実家近くのチェーン・パスタ屋で1時間ほど、親父が死んだとき以来24年ぶりの「兄弟会議」を開く。
(マサキの家族も実家に来てくれたので、いっとき中抜けするだけにし、町の呑み屋に行くことを止したのだ)
議題は「母と家」について。
最初からシビアな話となり、私とジュンは意気消沈し、マサキの明るさに救われる。

が、写真のピザが、なんとも淋しい。
(他に頼まなかった。モノ頼めば唇寒しといった雰囲気が場にあった)
これが初の「兄弟酒」の肴か。
冷凍食品をチンしたようにも見えるな。

長男は手をつけなかった。
がしかし、母の耄碌と死後を憂い、また互いの暮らしを憂う「兄弟酒」には、ふさわしいと思えた「モノの味」が、今も舌に残っている。

結局、ピザは丸いまま〈オミヤ〉となり、実家で待っていた甥っ子たちが食べた。



●右がジュン(二男/49歳/自衛官)、真ん中がマサキ(末っ子/45歳/バス会社勤務)。左の私(長男/52歳/無職)は当然昼間から呑んでおり、ここでもほぼ1人でワインを2本空ける。写真は担当のウエイトレス。私がいつものように「お姉さん、お綺麗だねえ」と呆けた口をきいた直後。勘定はおそらくジュンが払った。


[9月19日雑司が谷鬼子母神「みちくさ市」に出店]

「みちくさ市」とは鬼子母神参道で行われる「古本」バザー。
(午前11時より午後4時まで)
『ブルーズ・マガジン』の石丸元章さんと共に、曽根がシングル小説を物販します。

尚、ブースの場所は、今週末に改めてアップします。



9月11日(日)鬼子母神は朝方雨、のちずっと曇天。

起床6時。
今朝も7時前から(おそらく練習なのだろう)お囃子が聞こえる。
バナナと冷奴に、牛乳割のヨーグルトという、我ながら妙な――と云うか老人の病人食のような――朝食をすまし、煎茶を淹れ、板チョコを齧りながら読書。

本は図書館から借りてきた、分厚い2段組の『インタヴューズ Ⅱ――スターリンからジョン・レノンまで』(クリストファー・シルヴェスター編/文藝春秋)。
作家のインタヴューでは、フィッツジェラルド、ベケット、ヘミングウェイ、ノーマン・メイラー、ナブコフ、バロウズなどがある。

昼食は、納豆に白瓜の糠漬け、ネギ入り煎り卵、玉ねぎと揚げの味噌汁で炊きたてのご飯を。

午後2時、子ども神輿の声が七曲がりの路地に入ってきた。
廊下へ出て、1年中開けっぱなしの小窓から見下ろす。
そろいのハッピを着た子どもたちの数を数えると、ちょうど10人。
(男子4人女子6人。大人は7人)
子どもたちは皆小学1、2年生ほどで、「わっしょい」と声こそ上げているが、自分のしていることを理解できないのだろう、視線も足取りもあやふやである。
しかし懸命に子ども神輿は、七曲がり荘前の角を曲がって行く。

部屋に戻り、熟考すること1分。
岩手の醤油屋の若旦那・城戸さんから米醤油味噌と一緒に頂いた「ビール券」が残っている。
私は決然と立上ると、酒を買いに出た。
そして目白通りにある酒屋へ向かった。
そこならビール券のおつりをきちんと払ってくれる――。

目白通りに出た途端、ふと思いつく。
「そうだ酒を買う前に、散歩がてら、久しぶりに御神木へ挨拶してこようか」 
そこで目白へ向かって、ぶらぶらと歩きだした。
学習院の脇を通り、目白駅を越し、しばらくして左に折れる。
150メートルほど歩くと、高級住宅街を通る路の真ん中に、「私の御神木」である樹齢100年を超す欅(けやき)が、〆縄をされて立っている。
近衛邸の敷地にあったとされる欅だ。

その木を、今より20年前、32歳のころより、勝手に「私の御神木」とさせてもらっている。
当時、南長崎に住んでいた私は、会社へスクーターで通勤していたのだが、この路が近道となっていた。
通ううちに自然と、木の好きな私は、その欅に願うようになっていた。
「どうか、あと1号、バーストをつくらせてくれ」と。
編み始めた『BURST』が、10号続くのさえ、夢のまた夢に思えていたころだ。
嵐の晩、泥酔して木に抱きつき願ったことさえあった。

『BURST』はその後、姉妹誌や増刊号を含め、ざっと150号近く続くこととなった。
最初その御神木を、私は「男神」と思っていたが、初めて恋人を連れていったとき、木を抱いた恋人から「わたしはこの木、女だと思うな」と言われ、その瞬間から「女神」となった。
確かに、そのほうが抱くのに都合がよい。

御神木を見るのは、今年の2月2日の深夜に、酔っぱらってガール・フレンドと来たとき以来だった。
(2月の『ガール・フレンド』と題したブログでは、御神木を見にいったことは省略してある)
あの夜の御神木に葉はなかったが、今日の御神木はこんもりと葉におおわれている。
しかし夏が終わり、その葉はうっすら黄みがかっている。

私は立止まり、御神木を見上げながら「どうにかやってます」とつぶやくと、すぐに引き返した。
願い事は多すぎて、口にするのが恥ずかしかった。
雑司が谷へ戻ると、ビール券で安焼酎を買い、部屋へ帰った。


夜の8時に、酒と肴を手に、七曲がり荘裏の「大鳥神社」の祭りへ顔を出した。
銀杏の大木が数本ある小じんまりとした境内に、10ほどの夜店が立ち、若い父母と、小学生がたむろしていた。
お神楽の舞台前にしつらえた長椅子の端に座り、私は紙袋に包んだ酒瓶をラッパ呑みする。
中身は焼酎の麦茶割だ。瓶半分の焼酎は、すでに部屋で呑んでいた。

胸ポケットに入れたミックス・ナッツを齧り、麦茶割をすすり、お神楽の舞台をぼんやりと眺める。
笛と太鼓に合わせ、長い白髪をふり乱した天狗が、なにやら憤ったように足音を鳴らし踊る。
話どころか、その所作に、どんな意味があるのかさえ解らないが、不思議と退屈は感じない。
見渡すと、お神楽を観ているのは、私ひとりだけだ。
それも、なんとなく裕福な気分にさせる。

私は膝の上で、薄い箱を開けた。
さっきピザ屋で買ってきたマルゲリータ(380円)だ。
長方形が斜めに切られてある。
そのまだ温かいピザを口にしながら、またじっとお神楽を観る。


舞台が終わったのが8時45分。
祭は9時で終わりだが、小学生たちはまだ帰らず、夜店の片付けも始まらない。
が、確実に雑司が谷鬼子母神の夏は終わった。
私は立上ると、ゴミを棄て、神社を後にする。
まだビール券が1枚残っていたので。


おやすみなさい。
読んでくれてありがとう。
よい夢を。


[ザ・シェルビス新制作メンバー募集]
●詳細は8月1日のブログ「緊急『The SHELVIS』制作メンバー募集」にて。
「あなたよ、手を上げてくれ!」



P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――1万5千円)
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(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と1万円ほどで)

●pissken420@gmail.com


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●本作の購入は、これからしばらく、曽根のメール(pissken420@gmail.com)へ直にお申込みください。
(ただし、毎日メールチェックが出来ないため、お返事が数日遅れることをご了承ください)


●以下の「ディスクユニオン」の店舗で発売中。
御茶ノ水駅前店/新宿パンクマーケット/渋谷パンク・ヘヴィメタル館/下北沢店/通販センター
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曽根自身が声と手足で出演しています。
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[鬼子母神日記]

「Welcome to COCOA BEACH」 
(1995, Acrylic on board )
佐藤ブライアン勝彦●作品




この話を人に話すまで、恥ずかしくてものすごい時間がかかった。
「One Busy Place」を描いている頃から、絵が「光の線」に見えだした。
すでに女性の形もなく、ただ縦横に光の線が走っている。
線が所々歪んでいるが、頭に入ってきた色を置くと、綺麗な直線になっていく。

そこまでいくと、何も考えなくととも勝手に手が動き、絵を描ける様になっていった。
完成する時、女性の目以外が光に包まれて見えなくなる。
さすがに頭がおかしくなったかと不安になったが、それからますます絵が面白くなった。

また、描いてる途中で「股間に電流が走る」というのもあるんだけど、それが本当に気持ちよくて、ついつい自慰行為に走ってしまう。
はっきりいってSEXより気持ちがいい。
しかし、気持ちよさにかまけて自慰行為をしてしまうと、極度の脱力感で絵が描けなくなる事に気づき、それからはぐっと我慢するようにした。

俺的な見解なんだけど、股間に電流が走る時は、絵が順調に進んでいる道しるべの様なものかなと。
ただ、その状態になるには、何十時間も集中した後に起こる事に気付いた。
それからはこの快感と苦行をかねた制作行為にますますハマってしまった。
よく「ブライアンは絵を続けていけるよね? モチベーションは何?」と訊かれるが、この出来事が無かったら続けてこれたかどうか。

その後、バルザックの知られざる傑作を読んだ時には、フレンホーフェルが見ていた物は光だったのでは?
と勝手に解釈し、いたく感動してしまった。
老画家は『美しき諍い女』を完成させ若い画家たちに見せるのだが、それはただ色彩に溢れ、彼らに見えるのは足の先だけだったと。

抽象と具象の問題提起のようにも思えるが、それだけではない。
画家本人だけが見える世界があるのだと、いまでも心の支えになっている小説の一つだ。
強いていうなら、作中に自慰行為の描写があったら最高だったんだけどね。
(勝彦文)




8月31日(水)鬼子母神は晴れ。

悪夢より目覚め、起床正午半。
寝汗がひどく、からだを拭き、下着を替える。
洗顔後、ふぬけた気分と腰つきで、のろのろと爺むさく米をとぐ。

ついで、前夜からもどしていた干し椎茸の汁に、昆布出汁(顆粒)と塩をつまんで足し、すまし汁をつくる。
実(み)は、昨夜の鯛の刺身と、もどしドンコのきざみ。
(鯛は小さなサクを半値で買ったのだが不味くて残したのだった)
温め直したときに葱を散らそう。

煎茶を淹れて、なにやら呆然と一服。
ラジオから、藤田敏八監督『8月の濡れた砂』の主題歌(石川セリ)が流れる。
8月末日。風強し。
窓外の枯れたミニ・ヒマワリは、3本とも褐色の首を落としている。
部屋の隅には、夏の初めからの酒瓶が11本も立ってある。
壁には7月6日に着た喪服と、7月14日の〈ゲリラ豪雨〉にずぶ濡れとなったシャツがぶら下がったままだ。

(6日は、上京以来ずっと世話になっていた高田馬場の呑み屋店主「寿々のおじさん」の通夜式。14日は、末井昭さんがサックスを吹くバンド「ペーソス」のライブ日――6日の香典は弟のマサキから借り、14日はチケット代から打ち上げ代まで末井さんに払って貰った――その2日の出来事を、帰省前に何度も書いてみたのだがモノにならなかった)

夏の終わりとともに、5歳は老けこんだような心持がする。
それも自業自得のキリギリスか。
8月中、連日朝から酒を呑み、肴(さかな)――例えばホヤ酢とか、冷奴とか、ニンニクの醤油漬けとか、笹かまとか、シソ巻き味噌とか、冷やしトマトとか、モロキュウとか、胡桃とか、枝豆とか、トウモロコシとか、烏賊ゲソ揚げとか、ナス炒めとか、ミョウガの梅酢漬けとか、傷んだ桃のコンポートとか)ばかりで、ちっとも身になるモノを食べていないのだから、骨身が痩せてカラカラとしか鳴らないのは当然だ。

おとついの月曜日に、石丸元章さんと彼の若い恋人に誘われ、鬼子母神参道にある珈琲店「K」ですこし駄弁った。
「けんちゃん、ロマンスはないの?」
と、ジム通いを再開したマッチョな石丸さんが訊く。
「う~む、ないねえ」
と、昨夜銭湯で計ると56キロを切っていた私(身長174センチ)は答えた。

で、そう答えてすぐ、ちょいと胸が突かれた。
淋しさにではない。
問いに対する、自分の無感動・無関心にである。
元来「恋愛中毒者」であると自認していた私だったのに、いったいどうしたことだろう。
おいおい、骨身がそこまで枯れちまったのか?

ましてや――米を水に浸けてから、これを書きはじめ、1行2行書いては茶を飲み飲み、ひろい読んでいるのは井伏鱒二の文集というテイタラク。
とても色気のある、若やいだ気持になろうはずもない。
それも、たまたま開いた頁が、有名な掌編「へんろう宿」だった。
(初読は20代の前半か)

「私」が泊ったその木賃宿には、齢違いの3人の婆さんと2人の少女(小学生)が住んでいた。
その5人ともが嬰児のときに、「お遍路」がその宿へ棄てていった孤児だという。
その宿屋には代々そんな「風習」が残っており(つまり3人の婆さんの前にも婆さんたちがおり)、男の子は大人になれば出ていくが、女たちは宿への恩返しとして、一生結婚もせず、浮気もせず、死ぬまで「へんろう宿」に住まい、尽くすのだという。
そして作品は、こう締めくくられる。

私を戸口まで見送ってくれた極老のお婆さんは、
「どうぞ、気をつけておいでなさいませ、御機嫌よう。」
 そう云って、丁寧に私にお辞儀をした。
 その宿の横手の砂浜には、浜木綿が幾株も生えていた。黒い砂浜と葉の緑色の対照は格別であった。


(※はまゆうは、真っ白な綿を裂いたような長い花びらをしている)

井伏の筆は、こういう土着的な風習、一見物悲しい小世界を描いても、決して慨嘆的になったり、自己のやわな気持を抒情的な言葉へと変換したりはしない。
あくまで即物的に語る。
まさに、本質的にハードボイルドな文章だ。

が、なにしろ辛気臭い。
と云うか、その辛気臭い「芸」を愛でる余裕が、現状の私にはない。
(もちろん初読の20代にもなかったけれど)
いや、そもそも芸を愛でようとする態度こそが、辛気臭い欺瞞だろう。
いまさら鴨長明を気取るガラか?
私の現状は、「原稿依頼がないから」この七曲がり荘の6畳間に引きこもっているだけの、自称作家だ。
第一、19歳のお前は『方丈記』を、「自称世捨て人のたわごと」と切って捨てたではないか。

くそっ!
何を私は、グズグズ言わずもがなのことを書いているのだ。
ましてや、あいかわらず語る歩行が千鳥足じゃないか。
悪夢なんぞに足をとられるなよ、無職の52歳。
現状を率直に語れ。

ええっい、飯はやめだ、呑んじまえ。
とっておきの「一の蔵 特別純米 生原酒――立春朝搾り」を。
そして昨夜書いた辛気臭い詩を、臆面もなく、景気よくばら撒こうぜ。
この詩こそが、今の私の支離滅裂な「現状」なのだと。



「悲しい話」


悲しい話を聞いたよ。
おまえがおまえを売ったと。
おれはどうすればいい。
この悲しみさえ売ればいいというのか。

手羽先をかじると、びっくりするほど小骨が皿にたまるね。
もう85日、太陽を見ていない。
「星は燃えているから美しい」と言ったおまえが、おまえを売ったって?
おれはどうすればいい。

静かに、静かに、ぞっと、ザリガニの尾がちぎれる。
11歳の夏の終わりに。

この悲しみのまどろみを。
この火ぶくれた安心を。
いったい誰に売ればいい。
このどんつきの部屋から。





――8月18日(木)宮城県大崎市古川は曇天。

前日の夕方、私が高校生のころ家にあずかっていたHとNのお母さんが、
「夏巡業 大相撲大崎場所」
の自由席チケット(3千円)を2枚もってきてくれた。

場所は「大崎古川総合体育館」。
(ざっとキャパは3千人)
興業は朝の8時から午後2時まで(ちびっこ相撲とか、幕下以下の取り組みとか、弓取り式とか)。
ペアマス席A――2名分が2万円(座布団付)。
「横綱弁当セット」は3千円。
(弁当の他、相撲土産・地酒・パンフレット)

そのせっかくの好意を、おふくろは「歩けない」と億劫がり拒んだが、俺がちゃんと連れていってやるからと、ありがたくチケットを頂いた。
(チケットはとうに完売していることを事前に友人から聞かされていた)
おふくろは相撲にいっさい興味がない。
けど、私は今でもラジオで聞くほど好きだ。
とは云え、実際に生で観たのは1度だけ。

今から10年ほど前に、末井さんに誘ってもらい、両国国技館の升席で観た。
升席が異様に狭いことにびっくりしたっけ。
4人用と聞いていたのだが、私と末井さん(身長180センチ)の2人だけでもう窮屈で、あらかじめ手渡される土産物(大きな焼き物の鉢とか)を置くと、弁当どころか、名物の焼き鳥を広げるのも大変だった。

(※名物の焼き鳥とは、国技館の地下で作られている「マズウマ」な一品で、冷めてもおいしいように、一度蒸してからタレをつけて焼いてある)

けれどやはり、館内にこもる新鮮な「鬢付け油」の匂いや、拍子木の響き、行司の奇声、なにより力士の骨肉がクラッシュする音にしびれた。
花火同様、あらゆる「格闘技」観戦は、現場の音こそが醍醐味。
横綱朝青龍が全盛期で、土俵に仁王立つ彼は、はっきりと「闘神」に見えた。


12時半予定の、横綱白鵬と日馬富士(鶴竜は不出場)の土俵入りだけを観ることにし、タクシーを呼んだのが11時半。
(それまでに私は、缶ビールを5本は開けていた)
出がけに、直径30センチ以上もある真鯛の兜(半割)のウロコを丁寧にとり、たっぷりと塩をふって、ザルへあげとく。
その見事な真鯛の兜も、チケットといっしょに貰ったものだった。

外は霧雨模様。
10分ほどで会場に着き、駐車整理員の指示を無視して、入り口そばまで車をつけてもらう。
おふくろの肩を抱き、そろそろと会館内に入ると、客に交じって相撲取りが佃煮にするほどいた。
(翌日の新聞によれば、その数100人以上)

自由席は2階なのだが、田舎の施設のためエレベーターがない。
おふくろは、おそらく階段を上がれまい。しかし、その小さなからださえ長男はおぶえる体力がない。
そこでスタッフに頼み、荷物を上げるためのリフトに乗って2階へ参上。
だが、自由席は更に階段を使わなきゃならない。
「かまやしないか」と、そばの空いているスタッフ席に2人で座った。
特等席である。

客は桟敷も2階の椅子席も満員。
スタッフ席のそばが力士の控室となっており、浴衣を着た「小象」密集度もすこぶる高い。
おふくろは人ごみと小象に圧倒されたのか終始無言。
私は紙袋に包んだ「一の蔵」の4合瓶をラッパ呑みする。
(飲食物の持ち込みは禁止)

土俵では十両の取り組みが始まっていた。
おふくろは無表情にそれを見下ろしている。
私の隣に、若いスタッフが座り、無造作に小さな弁当を開く。
中身は「助六寿司」だった。
それがやけに旨そうに見える。


ここで、むかし雑誌に書いた原稿を挟んでおこう。
角界に「八百長賭博」騒動がおこったときのものだ。
以下は私の相撲観である。
――まあ、ザレゴトとも言うが。


「力士と詩人は同じ土俵に立つ」
どちらも「怠惰の暦」を首からぶら下げ、呑む打つ買うは育ちの悪さ。
いざ土俵に立てば、力士は「地の塩」をまき、詩人は「言葉の花札」を切る。

はったりをかますか、姑息に猫だましも平気のへいざ。
しゃにむにむしゃぶりつき、おしこみ、引きこみ、足をかけ、みところ攻めもなんのその。投げ、ふんばり、うっちゃり、ころがり、ひたいを切っては見えをきる。

土俵に金なんぞ埋まっちゃあいない。
土俵に埋まっているのは「賽と匙」ばかり。
金は土俵の外にうずまいている。
土俵は世間の真空だ。

ゆえに、人情、八百長、花相撲、なんでもござれ。
それに向かって存分に、砂かぶりの客は金をまき、升席の客は座布団をなげ、大向こうの客は金を賭ければいい。
土俵上の振る舞いは、国技でもスポーツでも見世物でもない。
日本の今を占う、奇怪な神事だ。

が、いったん土俵を降りれば、力士は浴衣を着せられ銀座を歩かされる小象でしかない。
(詩人はむろんオシの幽霊だ)
今回の八百長賭博騒動は、小象の飼育人の不始末だ。
世間は存分に飼育人を叩けばいい。
水に落ちた小象まで叩くのはよしなよ。

小象を叩けば叩くほど、土俵はどんどん狭くなる。
世間の真空は狭くなる。
清めの塩は「いい加減」を失う。
だからここはひとまず水入りにしようぜ。

さて、小象は浴衣にツギをあて、呑む打つ買うに専念せよ。
詩人は金はなくとも、雨はたっぷり。

(※末尾の1行はブコウスキーより)




幕内、横綱の土俵入りが終わったところで、私はなるたけ大きな相撲取りを選び、声をかけた。
「あの、おふくろと握手してもらえませんか」
「はい」
おふくろは憮然とちっちゃな手を出し、190センチ近い相撲取りが握る。
醜名を訊くと「湊竜(みなとりゅう)」と名乗った。
(どこの部屋かまでは訊き忘れた)

またリフトで降ろしてもらい1階へ。
さっきのタクシーを携帯電話で呼んで乗りこむ。
それまでずっと無言だったおふくろが、車中でようやく口をひらいた。
「さっきの海苔巻きたべたい」
見てたのか!
家におふくろを降ろし、私はそのままタクシーで近くのスーパーへ向かった。



●左端が可愛い甥っ子のダイキ(高1)。サッカー部ですでに中心選手。真ん中が富ちゃん(79歳)。しかし写真はあからさまに「老い」を強調するな。どう見ても痴呆の婆さんだ。100メートル歩けないし。けど、頭はこれでも動いており、相変わらず感がいい。モノノケの血はまだ太い。


助六寿司のパックを2つ買って、帰りは歩いて家へ。
そして着くなり、缶ビールを開け、料理を始めた。
真鯛の兜に、大きなやかんの熱湯をかけ、そのあと水を流して、よく血あいや脂を掃除する。
大鍋の底に昆布を敷き、生姜を数枚と葱の青いとこ、そして残しておいた一の蔵をどぼどぼとそそぎ入れ、まずは酒蒸しにした。

いったん兜をとりだし大皿へ置くと、鍋に椎茸のもどし汁をたっぷりと張って、また火にかける。
おふくろは私以上に歯が悪いので(入歯があっていないようだ)、もどし椎茸をなるたけ薄切りにし、麩(ふ)と葱も入れる。

最後に少しのあいだ、兜を火にかけたままの鍋に沈めてなじませる。
これで「潮汁」の完成だ。
(塩をたっぷり振って時間をおいたのは、素人が「潮汁」をつくるとどうしても生臭くなるため用心したのだ)

深めの大皿に、鯛頭とひたるほどの汁を盛り、別の椀に潮汁と白髪葱を散らす。
喉(?)のあたりの大きな肉を、おふくろの皿にとってやる。
助六寿司はすでに1パック分、皿に盛っておふくろの前に置いてある。

いつものようにおふくろが、無言でコップを差し出す。
ビールをついでやり、乾杯する。
実は毎朝、私が目覚めの缶ビールを開けるたび、おふくろもコップ半分呑むのが習慣となっていた。
(たまに昼と夜にも)

酒に煮られた真鯛の肉は、とても柔らかい。
汁もうまくできていた。
私はまたコップ酒にする。
どろりとした眼玉がたまらない。

テレビではリオ五輪が流れている。
雨脚が早くなってきた。
開け放したサッシ戸の向こうには、小さな家庭菜園があり、雨に打たれたミニ・トマトがきれいだ。
「おもしろかった?」と訊くと、
「おもしろかった」と、やはりおふくろは憮然と答えた。
「握手、どうだった?」
「柔らかかった」ボソリと言った。
そして、鯛の肉と汁をおかずに、おふくろは海苔巻きと稲荷寿司を、くずしくずし口にする。

土産にもらった色紙の、白鵬の手形(むろん印刷)に手を当て、
「意外と大きくないんだな」と私は言った。
おふくろはシカトウである。
そこで私も憮然と、海苔巻きをパクリ。




――冷蔵庫に冷やしておいた「一の蔵 特別純米 生原酒――立春朝搾り」(アルコール度数17度)は、田舎の親友利明より2本貰ったうちの1本だ(4合瓶)。
もう1本はすでに隣室の兵庫くんと空けていた。

肴は、鯛の刺身のすまし汁。
けっこういける。
他に、やはり昨夜の残りの手羽先(オイスター味)。
味が濃いので、冷たくともじゅうぶん肴になる。
たちまち皿に小骨が溜まっていく。

さて、嬉しい話を最後に。
なんと、枯れたミニ・ヒマワリを片づけようと手をかけたら、1本に種がぎっしりと詰まっていたのだ。
望外の喜びだった。
米粒ほどしかないそれを封筒に入れ、収穫日を筆ペンで記し、壁の横柱の枠に差した。

その封筒を眺め、酒を呑む。
すまし汁をすすり、手羽先をしゃぶる。
その合間に、5粒の種を、おしみおしみ齧る。
嘘のようだが、種には、はんなりとした塩味があった。



読んでくれてありがとう。
そしてぜひ、メンバーに手を上げてくれないか。
(おふくろには鼻で嗤われた)
おやすみなさい。
よい夢を。


P.S.

[ザ・シェルビス新制作メンバー募集]

●詳細は8月1日のブログ「緊急『The SHELVIS』制作メンバー募集」にて。


以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――1万5千円)
※宅配便着払い

●原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と1万円ほどで)

●pissken420@gmail.com


[シングル小説「The SHELVIS」発売中]
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●7インチ・レコードと同じ体裁の小説集(A面「八重桜」/B面「熱海にて」)定価1,600円


●本作の購入は、これからしばらく、曽根のメール(pissken420@gmail.com)へ直にお申込みください。
(ただし、毎日メールチェックが出来ないため、お返事が数日遅れることをご了承ください)


●以下の「ディスクユニオン」の店舗で発売中。
御茶ノ水駅前店/新宿パンクマーケット/渋谷パンク・ヘヴィメタル館/下北沢店/通販センター
●中野ブロードウェイ「タコシェ」にても発売中です。
●西早稲田「古書現世」にても発売中。
●下北沢「気流舎」にても発売中。

[ユーチューブにてシングル小説A面「八重桜」のPV公開中]
曽根自身が声と手足で出演しています。
※ガレージパンク・バンド「テキサコ・レザーマン」が全面協力!

[ユーチューブにてPISS&KEROのファースト&セカンド・ライブ放映中]
●中野「タコシェ」にてのポエトリー&サウンド5回。

●下北沢「気流舎」にて(最新)。


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テーマ:
[鬼子母神日記]

「ボード上のジャングル――Hellcats」
(1995/アクリル)
佐藤ブライアン勝彦●作品



※カッチャンの文章を発注し忘れました。申し訳ない(曽根)




8月26日(金)鬼子母神は快晴。

久しぶりのクーラーの冷気で、腹がゆるくなって目覚める。
(夏がけじゃなく布団をかぶっていたのだが――女たちに云わせれば「男は皆おなかが弱い」そうな)
時計を見ると、もう昼過ぎだった。
「9時間も眠れたのか」
ひとりごちて引戸を開く。

と、廊下をはさんで眼の前の扉が開いており、布団に仰向けに寝ている男の長い脛(すね)が見えた。
一瞬だが、30前後の若い男の足に見えた。
そこは新聞配達店が、従業員のために借りている部屋である。

窓が開け放されてはいるが、扇風機さえない。
今日も猛暑だ。
「おれの部屋で寝てもらおうか」
用を足しながら、毎度余計なことを考える。

昨日大家さんに家賃を払いに行ったとき、私が帰省している間に、その部屋の住人がまた変わったということを聞いた。
こんどはひとり住まいだと。
この夏に2組(2人ずつ)がその6畳間に入ったが、結局2組とも2週間も我慢できなかったわけだ。
(配達の仕事ではなく、部屋の暑さにだろう)

当りまえだ。
都心でクーラーがなけりゃ、とても身体がもたない。眠れやしない。
(七曲がり荘でクーラーがあるのは兵庫くんと私の部屋だけだ)

とは云え、私(と女)は、30歳になるまでの10年間、同様の部屋で夏を過ごしたのだから、やはり若い肉体に宿る精神は鈍感なのだろう。

(その6畳は溜まり場で、毎日4人以上が眠っていたのだからキチガイ沙汰だ――隣室は東南アジアの出稼ぎ人が6人も寝ていたが――私と女はよく洗面器の水に両足を浸けて眠ったものだ――夏が終わるたび「助かった」と心底安堵して、涼しい部屋で昏々と眠ったのを思いだす――仲間たちも)

便所の手前にある205号室の扉は閉まっている。
朝方1度、便所に立ったときは開いていたから、〈棒振り〉の爺さんは、この猛暑の夏をクーラーや扇風機なしで乗り切りかけている。
(去年もだ)
まあ、3年は寿命を減らしたと思うが。


涼しい部屋に戻ると、さっそく茶飲みに薩摩焼酎「黒白波」をつぎ、冷たい麦茶で割る。
それを呑みながら、肴を器に盛り、昨夜の残りのすまし汁を温めた。

●キムチ(鶴橋の漬物屋「豊田商店」――兵庫くんのおみやげ)
●チャンジャ(同)
●アサリとヒジキの煮〆――刻みレモン入り(田舎のおばあさまIさん手作り)
●もどし椎茸と昆布出汁に豆腐と生の青海苔と葱を散らしたすまし汁(見事な干しドンコは実家から持ち帰った)
●昨日漬けた白瓜
(糠床は冷蔵庫に入れて帰省した)

それらを肴に、ゆるゆると昼酒を啜りながら、これを書きはじめた。
『僕が夏休みに食べたモノ』(1~3?)
帰省2週間、色々なことがあったが、ずっと酔っ払っていたためエピソードの日時は混乱している。
(実家にはノートPCを持っていかなかった)

そこで、食べたものを思いだし、それらを定点として「絵日記」風に語ろうと、昨夜寝る前に決めていたのだ。
まあ、食べたより、作ったモノのほうが多くなるだろうが。
(2週間、昼と夜の食事をつくり、おばあさまたちのお茶の肴に毎度数品の小鉢を出した)


で、まず最初に「新天丼」の出来あいを、報告せねばならないだろう。
前々回のブログで「うな丼と天丼」と題し、田舎に帰ったらそれを試してみたいと書いたのだから。
(詳しくは前々回のブログを読んでほしい)


結果的に、田舎では「新天丼」を食べられなかった。
天婦羅割烹店の主人である幼なじみYに相談をし、
「相変わらず、ケンは変なこと考えるねえ。まあ、いいよ。やってみよう」
と言ってくれたのだが、やはりお盆のことゆえ、お互い日時が決まらず、うやむやになってしまったのだ。

しょうがない。
「じゃあ、自分で作ってみよう」と、実際に作り食べてみた。
それが昨日だ――この七曲がり荘にて。
つまり、帰省中に食べたモノではないが、「僕の夏休み」はまだ終わっていない。
(いつか終わるのだろうか?)

以下は、その流れと顛末である。
なるたけ手短に語ろう。
「僕の夏休みの課題」発表である。


「新天丼の味わい」

●まず、炊きたてのご飯(岩手の城戸さんより頂いた精米したての米)で、酢飯を作る。
米酢と塩、砂糖は極少量。
酢飯を大きな塗りの器に盛り、その上に新聞紙をふせて、部屋を出る。
時刻は午後4時半。

銭湯の手前に「天婦羅惣菜店」がある。
品は天婦羅だけだ。
東京ではかなり珍しい(私はここしか知らない)、しかしさびれた店だ。
高くも安くもない。
数度買ったことがあるが、冷たい天婦羅はやはり旨いもんじゃない。
(白状すれば、その天婦羅を私は小鍋で煮て「天丼」にして食べていた)

なんの冷房もきいていないガラス・ケースに、ころもの「しなびた天婦羅」がぽつぽつとある。
おそらく胡麻油1にサラダ油9の色合いだ。

声をかけると奥から、今まで見たことのない、痩身の明らかにインテリな、眼鏡をかけた優男が愛想良くあらわれた。
私(52)とそう齢は違わないだろう。

「あのう、これ、2度揚げしてもらえませんか」
「天婦羅は、他の揚げものと違って2度揚げできないんですよ」
私は一気に血が上った。
そんなことさえ、この齢になるまで知らなかった。
(肉屋じゃ、コロッケやチキンカツを2度揚げするのを子どものころより見ていたものだから)

インテリはそれでも私を嗤うことなく、言葉をつないだ。
「電子レンジはダメなので、トースターやフライパンで温めたほうがいいですね」
私は慌てて言う。
「エビを2本と、あなごとイカ、それとインゲンをください」
(確かこれで700円くらい)

慌てた口調そのままに、インテリへ私は嘘を言った。
「あの、実は雑誌の企画で、新しい天丼をつくることになったんです。その、天丼って、熱いメシに、揚げたての天婦羅を乗せて、その上から甘い天つゆをかけて、さらに蓋をして蒸らすじゃないですか。そうするところもがグチャグチャになって、揚げたての意味がないんじゃないかって。そこで揚げたてを、ひと肌の酢飯に乗っけて、塩か醤油をたらして食べればと」

「そうですか」
インテリはおつりを寄こしながら、なにげなく言った。
「天婦羅好きは、あれもいい、これもいいだからねえ」
ギャフン。
私はペコンと頭を下げて、その場から逃げ去った。

そりゃそうだよ。
ホンモノの天婦羅好きなら、ころもがクリスピーだろうがグチャグチャだろうが、それぞれを鷹揚に愛するのではないか。

ここでまた白状しよう。
実は私だって、揚げたてのトンカツでご飯を食べるより、子どものころから食いなれた、卵でとじたカツ丼のほうが好きだったではないか。
(トンカツにかける、あの甘い甘いソースに、てきめん血糖値が上がり具合が悪くなるのだ)

――しかし、その思いは32歳になってから変わった。
会社そばに「 T 」というトンカツ屋ができ、そこで食事や打ち合わせをするようになってからだ。
そこのトンカツと串カツがすこぶる旨い。
揚げモノへの概念が変わったほどだ――が、昼のランチのカツ丼は不味い。甘い――と云うかてきめんに腹を下す――いいトンカツの脂と卵とじは相性が悪いんではないかと思うほどだった。
揚げモノ好きの石丸元章と評論家の福田和也が、各店のトンカツを喰いながら歴史・時事放談をする本において、Tは「現在都内で1番旨い店」と2人から折り紙をつけられている。


インテリの言葉に取り乱しつつ、部屋に帰り、パイント・グラスに黒ビールをそそぎながら気を落ちつける。

●それを呑みながら、カセット・コンロにフライパンを置き、「油なしでもくっつかない! フライパンで魚焼きホイル」を敷く。
そこへ天婦羅を並べる。

●焦がさないよう、裏表を焼くと、フライパンを濡れ布巾に置き、海苔を炙る。
(海苔も実家から持ち帰ったモノ)
その海苔をもみ、酢飯にまんべんなく振りかける。
(この際、お里が知れて、つい少量の醤油を振った)

●その海苔の上に「キッチン鋏で切った天婦羅」をばら撒く。
(前々回のレシピでは書いていないが、やはり「天婦羅ちらし丼」こそ最初のイメージなので、前夜「切ろう」と決心したのだ)

●天婦羅の上に塩を振って「新天丼」完成。

※これから書く味わいはもちろん、あくまで私の感覚である



●不味い。
むろん、安天婦羅(それも、さらに焼いた)からじゃじゃない。

●肝心の酢飯と天婦羅があわない。
脂やころもに酸味は(たとえばレモン汁とか)合うのに、まったく合わない。
と云うか、ご飯が腐っているような幻臭さへ感じる。

●酢飯に天婦羅の味が負けてるのだと、醤油をかけてみたが、まったく勝目がない。

●やはり天婦羅は、切ってはならない(あなごさえ)。
それは「かぶりつく」旨さなのだ。
天婦羅とは〈タネ〉をころもで包んだ調理法こその味であるのだから――と、あらためて知らされた。

●大失敗。
(むろん皆食べたが)

●でも、あなたなら「新天丼」をつくりだせるかもしれない。
新たなレシピでおためしあれ。
そして報告してほしい。



『BURST』を始めて2年目、32歳の私は、本気で転職を考えていた。
(それは相棒のユージや同僚に語った――つまり愚痴った)
まあ、じたばたしていたのだ。
転職先は「天婦羅屋の職人」である。
田舎もんはたいがい、江戸の花火師と職人に憧れるものだ。
それが私の場合「天婦羅職人」だった。
理由は……ふ~む、なぜだろう――天婦羅が好きだから?
小学生かおまえは。
私は今もよく「小学生かおまえは」と言われる。

私の最初の夢は「プロ野球選手」である。
次いで『太陽にほえろ』のマカロニにやられ「刑事」。
(ここまで小学生)
高校にあがって「絵描き」。
(恥ずかしいがシャガールとルドンにやられた――ルドンは何作もパステルで模写した。油絵はモロにシャガールもどき)
高3年から「ロック・ミュージシャン」。
(スターリンにやられて)
だいぶ経って30過ぎて「天婦羅屋職人」。
36歳で「作家」。

プロ野球選手、刑事、絵描き、ロック・ミュージシャン、天婦羅職人。
ロック・ミュージシャン以外の夢は2年で諦めた。
(ロック・ミュージシャンは挫折するまで7年もかかった)

ああ、作家の夢は、もう17年も続いているのか。


明日は兵庫くんと部屋で呑むことになっている。
さっき、食材を買いに外へ出たら、大家さんにつかまり、北海道のカニ缶を貰った。
昨日、4カ月遅れていた家賃を払いにいった際(3カ月分しか払えなかったが)、ひとつ6百円のケーキを2つ手渡したのだが(私はいつもそういう「子供だまし」をする)、そのおかえしにと。

これから、明日の肴に、半額で買ったホタテを甘辛く煮〆るつもりだ。

おれは毎日なにをしているのだ。
あなたは毎日なにをしているのだろう。
萩原朔太郎のごとく、あなたと薄暗い部屋の椅子に座り、静かに、ぼんやり、たわいもないことを語りあいたい。


おやすみなさい。
読んでくれてありがとう。
よい夢を。



P.S.

[ザ・シェルビス新制作メンバー募集]

●詳細は8月1日のブログ「緊急『The SHELVIS』制作メンバー募集」にて。


以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
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※宅配便着払い

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(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と1万円ほどで)

●pissken420@gmail.com


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(ただし、毎日メールチェックが出来ないため、お返事が数日遅れることをご了承ください)


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