曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

元『BURST』、『BURST HIGH』編集長の曽根賢(Pissken)のコラム


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[The SHELVIS――より]

 

これは我らシェルビスのセカンド・7インチシングル小説「Shiglla」のジャケットである。

(写真以下の文章は、そのシングルに書いたままーーただしかなり改行した)

 

 

 

 

ジャケット写真の人物は、赤痢菌を発見した細菌学者の志賀潔(一八七〇一九五七)であり、撮影者は写真家の土門拳(一九〇九一九九〇)だ。

十八歳の夏休み明け、放課後の人気のない学校図書館で、この写真を「発見」した私は、本棚と本棚の薄暗がりに長いこと立ちつくした。

写真集のタイトルは『風貌』。

土門はそこでこう書く。

 

「志賀博士は、丸顔の小さなお爺さんだった。(中略)自分で修繕した眼鏡をかけて、ポール・ド・

クルーフの『細菌の猟人』を読んでいられた。(中略)障子一面に新聞紙が貼ってあった。つまり、

障子紙の代りに新聞紙を使ってあるのだった。だから部屋が重苦しく暗かった。僕は撮影の旅で、

方々の農村も歩いたが、こんなにひどい障子は初めてだった。志賀博士が明治三十年に赤痢菌を

発見して以来、今日まで人類が受けた恩恵は、決して少なくない筈である。しかもここに、その

発見者は、赤貧洗うが如き生活に、余生を細らせているのである。(中略)博士は僕たちが所望

したので、文化勲章を見せて下すったが、勲章というものは凡そ貧乏臭さのないものだけに、ボ

ロボロの畳の上で見ると、その金銀のあでやかさも、何かそらぞらしいものに思えた(後略)」

(土門拳『風貌・私の美学』〈酒井忠康 編〉講談社・二〇〇九年刊)

 

若き志賀は赤痢ワクチンを試作し、自らの背中に接種した。

その瘢痕は生涯残り、そしてまた、志賀の名から名付けられた赤痢菌の属名「Shigella」は、細菌学史に永遠に残ることとなった。

 

十八歳の私は、土門の写真に魅せられ、生まれて初めて「畏怖の念」という感動を覚えた。

と同時に、超然としたコミカルさと、野放図な潔さをもつ男の風貌を、胸に植えつけられたのだった。

この写真が少年の私へ注射した「やるだけやれば、あとはこんなもんでいいんじゃないか」とい

うワクチンの痕は、まるで志賀の背中の瘢痕のように、五十二歳となった今も胸に残っている。

 

もちろん私は、志賀や土門のような偉業を成し遂げた男ではない。

若いころからこれまで「うかうか」と生きてきた自堕落で文無しの無名作家だ。

それでも願う。

私の今回の作品もまた、あなたへのワクチンになってくれればと。

私のワクチンの菌もまた、六十度に加熱した「死菌」だから、ほどよく効くはずだ。

 

曽根 賢(PISSKEN

 

20161225日クリスマス。

その日より、このセカンド・シングルを発売する。

限定500部。

 

A面「親不知のしゃれこうべ」

B面「ものもらいの数珠」

定価1,600

 

※くわしいことは次回以降にて。

 

 

おやすみなさい。

もうおれも灯りを消します。

よい夢を。

 

 

 

P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
「詩作品」(手書きした原稿用紙――1万円)
宅配便着払い

原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と1万円ほどで)

 

●pissken420@gmail.com

[シングル小説「The SHELVIS」発売中]

 

7インチ・レコードと同じ体裁の小説集(A面「八重桜」/B面「熱海にて」)定価1,600


本作の購入は、曽根のメール(pissken420@gmail.com)へ直にお申込みください。
(ただし、毎日メールチェックが出来ないため、お返事が数日遅れることをご了承ください)


以下の「ディスクユニオン」の店舗で発売中。
御茶ノ水駅前店/新宿パンクマーケット/渋谷パンク・ヘヴィメタル館/下北沢店/通販センター
中野ブロードウェイ「タコシェ」にても発売中です。
西早稲田「古書現世」にても。
下北沢「気流舎」にても。

●南池袋「古書 往来座」にても。

(以上の場所は、ネットで調べてほしい)

[ユーチューブにてシングル小説A面「八重桜」のPV公開中]
曽根自身が声と手足で出演しています。
ガレージパンク・バンド「テキサコ・レザーマン」が全面協力!

[ユーチューブにてPISSKEROのファースト&セカンド・ライブ放映中]
中野「タコシェ」にてのポエトリー&サウンド5回。
下北沢「気流舎」にて。

 

 

 

 

 

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※佐藤ブライアン勝彦の連載は次回ブログより再開します。

 

[鬼子母神立ちん棒日記]

 

1011日(火)鬼子母神は終日曇天。

 

午後1時。その時分、鬼子母神の境内に参拝客はいなくガランとしていた。

ただし、16日からの大祭「御会式」の準備で、職人たちの姿がちらほら見える。

いつものように、本堂向かって左の小堂脇の奥に座り込み、本を読んで客を待つ。

本は佐藤春夫『退屈読本』の下巻なり。

1時25分。「吾が回想する大杉栄」の文章に熱中していると、名を呼ばれた。

顔を上げると、画家の西巻徹(にしまきとおる)さんだった。

若い彼女を連れていた。

 

西巻さんは今日が誕生日で、私と同じ52歳になるという。

そして1年前から付き合い始めた彼女の齢は、なんと22歳。それも学生。

30の齢の差かあ、さすが画家はやるなあ。

可愛く、くったくのなさそうな彼女は、シングル小説を買ってくれたうえ、チーズのかかった調理パン2枚をくれた。

11月に北海道札幌のギャラリーで個展をするため、フライヤー等を置きに店を廻っているという。

これから新宿へ2店廻り、そのあと2人で誕生日を祝うとのこと。

 

結局、本日の客(?)は西巻カップルのみ。

しかし「幸先がいい」と満足なり。

部屋に帰って、さっそく麦茶で、調理パンをいただく。

旨い。たちまち2枚とも食べた。

 

 

1012日(水)鬼子母神は秋晴れ。

 

元同僚の松隈くんが今回も寄ってくれた。

そして『BURST』の初期バック・ナンバーを1冊、2,000円で買ってくれた。

つまり1度は自分が長い「社内原稿」まで書いたことのある古雑誌を、わざわざ定価の倍以上で買ってくれたのである。

尚も松隈くんは、スーパーに入って、1,000円分の食材(卵・手羽元・半額の豚肉・人参・油揚げ)まで買ってくれたのである。

私はいっさい遠慮をしなかった。

いや、遠慮したか。

煙草まではねだらなかったもの。

 

 

 

――ここまでで、「立ちん棒日記」は途切れている。

翌日から連日の飲み会となり、とても書ける状態になかったのだ。

静岡から来てくれたコウヘイさん、障害者就労支援センターの日下さん、元『ナイト・ウオ―カー』編集者のサキュウさん、最終日にまた来てくれた松隈くん、みんな酒や煙草ありがとう。

 

1120日雑司ヶ谷「みちくさ市」に出店]

 

みちくさ市●鬼子母神参道での古本市(古着や小物等もあり)

日時●1120日(日)午前11時より午後4時まで

場所●雑司ヶ谷鬼子母神参道「キク薬局」斜め前(コンビニの「ピアゴ」並び)にて。

 

私(曽根)はシングル小説の他、『BURST』『BURST HIGH』のバック・ナンバーを売ります。

一緒に、石丸元章氏は、フリー・ペイパー『ブルーズ・マガジン』を配布します。

ぜひ、遊びに来てほしい。

 

[シングル小説の発売書店増える]

●「古書往来座」豊島区南池袋3-8-1-1階

電話(FAX)03-5951-3939

 

ここ数週間、体調を崩し(むろん深酒で)、ずっと原稿を書けぬまま、部屋で「入院生活」していました。

現在もまだ病み上がりでフラフラ。

週明けから、またブログも書き始めます。

見捨てず、御贔屓のほどを。

 

[ザ・シェルビス新制作メンバー募集]
詳細は8月1日のブログ「緊急『The SHELVIS』制作メンバー募集」にて。
P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――1万5千円)
宅配便着払い

原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と1万円ほどで)

●pissken420@gmail.com
 

[シングル小説「The SHELVIS」発売中]

 

7インチ・レコードと同じ体裁の小説集(A面「八重桜」/B面「熱海にて」)定価1,600

本作の購入は、これからしばらく、曽根のメール(pissken420@gmail.com)へ直にお申込みください。
(ただし、毎日メールチェックが出来ないため、お返事が数日遅れることをご了承ください)


以下の「ディスクユニオン」の店舗で発売中。
御茶ノ水駅前店/新宿パンクマーケット/渋谷パンク・ヘヴィメタル館/下北沢店/通販センター
中野ブロードウェイ「タコシェ」にても発売中です。
西早稲田「古書現世」にても発売中。
下北沢「気流舎」にても発売中。

[ユーチューブにてシングル小説A面「八重桜」のPV公開中]
曽根自身が声と手足で出演しています。
ガレージパンク・バンド「テキサコ・レザーマン」が全面協力!

[ユーチューブにてPISSKEROのファースト&セカンド・ライブ放映中]
中野「タコシェ」にてのポエトリー&サウンド5回。
下北沢「気流舎」にて(最新)。


 

 

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炊きたてのご飯を丼に盛り、フライパンを濡れ布巾に置いて、昼の味噌汁を温めた。

――さて、夕の食卓ができた。

フライパンを皿がわりにして、ジジジジと音を立てる焼きたてのサンマを、箸で腑わけする。

頭と中骨と尾をのけて、ワタに醤油を振る。

そして身とワタを、大根おろしで包むようにして口にする。

すかさず、ご飯を頬張る……。

「……………こりゃ、すごいや」

(レイモンド・カーバー「大聖堂」ラストより)

 

ところで、佐藤春夫の「秋刀魚の歌」の中に出てくる、サンマにしたたらす「青き蜜柑」とは、スダチとかではなく、たんにまだ青いミカンのことをいうのだろうか?

春夫は和歌山だから、ミカンの産地だものな――いつかやってみよう。

それにしても、春夫は「恋愛ジャンキー」とはいえ、恋しい女を想い、サンマに涙をしたたらせて食らうとは、詩的誇張もはなはだしい。

――が、レモンさえ買えなかった男は、それでもそのサンマ(&ご飯)の旨さに「随喜の涙」をしたたらせているではないか。

一笑。

 

実は、春夫のこの歌のシチュエーションと似た、食卓を経験したことがある。

(春夫のこれはやはり、親友・谷崎潤一郎の妻だった千代子――のち春夫と結婚。お互いそいとげる――への恋歌なのだろう)

が、しかし私の場合、その関係の実情はまったく違う。

幼い女の子は父親に溺愛されていたようだし、人妻は夫に棄てられそうなどころか、夫は「何したっていい。きみが帰って来てくれさえすれば」とすがりついていると当の女から聞いたし、私は妻に、そむいていた。

 

場所は私と妻が暮していた、ふた間(4畳半と6畳)のアパート。

そこに彼女と女の子が2晩泊ったときの、2晩目の夕餉だった。

彼女の夫は海外に出張中で、私の妻は父親の看病でやはり実家に帰っていた。

 

サンマとは色気のない食卓だが、昼間3人でスーパーへ行くと、女の子がサンマを食べたいと言い張ったのだ。

(私と女は朝から酔っぱらっていた――前日から寝ていなかった)

私は酔っぱらった常の感じでほざいた。

「おう、じゃあ、ひとり2本づつな!」

すると女の子は、私を見上げて「はい、そうです」と言った――微苦笑を浮かべ――なぜか姿勢正しくペコリと頭を下げた。

 

その姿をなぜか、不憫には感じなかったが、あまりの「みなしご」ぶりに、私も少々うろたえた。

むろん、私の幻想の「みなしごの女」の姿だ。

 

その骨の緊張と、肉の張りと、足指に千年こびりついた泥。

 

――その後、数年経って「元祖Dカップ女優」中村京子(現ゴールデン街『中村酒店』マダム)に出会って、あの娘が大人になって眼前に現れたのかと、うろたえ、次の瞬間、いきなり惚れたのだった。

「その骨の緊張と、肉の張りと、足指に千年こびりついた泥」

 

話がそれた。

「みなしご京ちゃん」のことは、いずれ「作品」にしたい。

で、ここだけの話だけれど、彼女の「元祖Dカップ女優」という名はメディアの詐称で、実際は、当時も今も「Gカップ」である。

 

 

――あのときの夕餉は確か、奮発してスダチを絞ったはずだ。

しかし、ワタまでは好みじゃなかったようで、歌のように女の子は「箸をあやつりなやみつつ、父ならぬ男にさんまの腸をくれ」た。

私はひとくち食べて見せたが、他の食卓にはいっさい手をつけず、酒ばかり呑み、女も同様で、テーブルの中心には5本の黒いサンマが、えんえんと記憶の面前にある。

 

話はこれっきりなのだが、つらつら思い返すに、サンマのワタをくれたのは、あの女の子しか記憶がない。

私の家は「モグリの託児所」をしていたのだから、そんなことがあってもいいはずだが憶えがない。

ましてや、情を深めた数人の女たちは皆なぜか、サンマのワタを寄こすどころか、魚も貝も獣も、真っ先に内臓から食うと決めた「美食家」ばかりだった。

 

それにしても、あの夕餉には、間に合わせの「団欒」さえなかった。

理由はくどくどしくなるから説明しないが、ひとことで言えば、私に甲斐性がないからだ――当時も(今も)未来も。

だからこそきっと、あの女の子は、あの「異常な夕餉」を今も記憶しているだろう。

(無論、悪いことをしたとは金輪際思わない)

が、

あの子は、あれからサンマのワタを好きになっただろうか。

それとも、今も可愛く、男にワタを押しつけているのだろうか。

勝手だし、願う意味もないけれど、ワタ好きの美食家になっていてほしいと思うのである。

 

 

 

あはれ

秋かぜよ

こころあらば伝えてよ、

子を生(な)せない女と

棄て犬を親に棄てられた幼兒とに

伝えてよ

――家賃を溜めた男ありて

夕餉に ひとり

さんまを食らひて

大家の声に首をすくめる と。

 

 

――なんて、風立つ気配などない。

15歳から1度だって、そんな風は吹いたことはなかった。

これから吹くだろう。

あなたの頬にこそ。

 

 

 

おやすみなさい。

読んでくれてありがとう。

ねえ、君よ。

ザ・スミスの「セメタリ―・ゲイト」を聴いて、墓場に行こうよ。

もちろん、ひとりで。

笑顔でさ。

大丈夫だよ。

声を出して笑わなければ。

で、俺たちのシェルビスに手をあげてくれ。

14万円をいますぐ出せるなら。

 

この世界がみんな詐欺じゃないぜ。

おれはむろんモノホンのヒモだけど。

セックスのポテンシャルは15歳から低い。

だから「縛って」と言わないでくれ。

良い夢を。

 

 

 


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(※ところで、このブログのめんどくささ、どうすればいいのだろう。クソ! どうすりゃいいんだ!」

 

夕方の5時。浸けていた水を切り、新しい水で米を炊く。

30分後、テーブルにまな板を敷き、ラジオをかける。

大根を鉢におろす。

糠床からセロリを抜き、やや大き目にザクザク切って、小鉢に可愛く盛る。

カセット・コンロにフライパンを置き、魚焼き用銀紙を敷く。

窓の、薄いカーテンと網戸を開く。

 

2尾のサンマを、腸(わた)がこぼれないよう、斜めに2つに切る。

(つまり真ん中よりやや頭に近い、背から尾にかけて斜めに)

4片両面にまんべんなく塩をふり、フライパンへ並べる。

そして耐熱ガラス製の蓋をし、火を点ける。

 

 

焼く前に2つに切ったのは、むろんフライパンに入らないからだ。

が母は、切らずに私の弁当箱へ詰めたことがあった。

思い出した。

あれは中学1年生のとき――それはサンマだけに今時分、秋だ。

「アルマイト製」の弁当箱を開いてびっくりした。

開いてすぐ蓋を閉め、13歳の野球部員は辺りをうかがった。

 

残像には、白い飯の上、弁当箱の対角線上に、黒いサンマが1匹乗っていた。

それもなんと、頭を落とさず、2つに切ってもおらず、わざわざ尾を「く」の字に曲げられて。

「なんか臭いぞ!」と、これみよがしの声が上がった。

そりゃそうだ。

1977年の東北の田舎町とはいえ、弁当のおかずに焼きサンマを入れてくる奴はそういなかったろう。

ましてや、それも頭から尾まで1本はありえない。

 

「見つかったら一生、岩城と呼ばれる!」(※)

だから私は、そうっと弁当箱をカバンに隠し、腹の足しにならないパンを買いに購買部へ走った。放課後の野球部の「ひどい」練習を思って――。

その日の夜の、母との会話は憶えていない。

が、さすがに2度と弁当に、焼きサンマの「おかしらつき」が入っていたことはない。

 

(※いわきとは、漫画『ドカベン』の「サンマ好き」のメイン・キャラクターで、作品初期は常に口から楊枝がわりにサンマの骨を立てていた――その後、葉っぱ)

 

 

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味噌汁の鍋をガス台からはずし、フライパンを乗せる。

そして皮をそいだアスパラガスを15ミリ幅に切り、バターと塩と醤油で、少し焦げ目がつくほど炒めた。

そのコロコロとした緑に黒の半分を、丼に盛った温かいご飯(朝食の残り)に混ぜ合わせる。

以前なにかの雑誌で見た「塩炒り」を、バター醤油味にアレンジした「アスパラ混ぜご飯」だ。

それを、カブとニンジンの糠漬け、筋子、大根と揚げの味噌汁で食う。

 

(ふ~む、毎度おかずを書き出すたびに「塩分過多だな」と感心する。糖尿病が。しかし詩人の食卓に塩は必須。少ないおかずでご飯をいっぱい食べねばならないから。たとえ日がな1日畳に寝転んでいようが、ご飯を腹いっぱい食べねば言葉は出ない)

 

ふむ、見切りのアスパラだが、短く切ってあるから筋も気にならず、白緑黒の色合いもきれいだ。なんといってもやはりバター醤油味はご飯との相性がいい。

うん、なかなか旨い。来年はアスパラガスの出始めにやってみよう。

 

残り半分は、明日の朝食にラップをして冷蔵庫へ。

夕食はサンマの塩焼きだから――それも豪儀に2本も――ご飯は炊きたての白いピカピカじゃなきゃな。

と、食器を水に浸けてから、さっそく米をとぐ。

2合。

 

 

 

「秋刀魚の歌」

 

 

あはれ

秋かぜよ

情(こころ)あらば傳へてよ

――男ありて

夕餉(ゆふげ)に ひとり

さんまを食らひて

思ひにふける と。

 

さんま、さんま、

そが上に靑き蜜柑の酸(す)をしたたらせて

さんまを食ふはその男がふる里(さと)のならひなり。

そのならひをあやしみなつかしみて 女は

いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉(ゆふげ)にむかひけむ。

あはれ、人に棄てられんとする人妻と

妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、

愛うすき父を有(も)ちし女の兒は

小さき箸(はし)をあやつりなやみつつ

父ならぬ男にさんまの腸(わた)をくれむと言ふにあらずや。

 

あはれ

秋かぜよ

汝(なれ)こそは見つらめ

世のつねならぬかの團欒(まとゐ)を。

いかに

秋かぜよ

いとせめて證(あかし)せよ、

かのひとときの團欒ゆめに非ず と。

 

あはれ

秋かぜよ

情(こころ)あらば傳へてよ、

夫(おつと)に去られざりし妻と

父を失はざりし幼兒(おさなご)とに

傳へてよ

――男ありて

夕餉(ゆうげ)に ひとり

さんまを食らひて

涙をながす と。

 

さんま、さんま、

さんま苦(にが)いか鹽つぱいか。

そが上に熱き涙をしたたらせて

さんまを食ふはいづこの里(さと)のならひぞや。

あはれ

げにそは問はまほしくをかし。

 

 

 

 

佐藤春夫 詩集『寒蟬抄』より

 

※( )内は詩人のつけたルビ。いくつかの漢字の旧字が、このPCでは出なかったので新字にした。完成稿は岩波文庫の『春夫詩集』にて確認して、この際あなたよ涼とせよ。

 

 

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