“遠い日のフォトグラフ
何故いつも見つめるの
同じはずさ 季節なら変わるけど
ずっと僕らは”
出勤時や帰宅時,ふと最近この曲が頭の中を流れています。
リリースは1993年。WANDSの5枚目のシングル。
作詞上杉昇,作曲織田哲郎。90年代を席巻した,「B-ing」系のJPOP。
まさに,ど真ん中の王道を渡り歩いて,「あ,聞いたことあるかも」という人が
多いのではないかと思ったり,思わなかったり。
リリース当時の状況を少しばかり,話すとしたら,私は12~13歳。
発売されたのは,4月17日とのことなので,当時中学1年生なりたてですな。
私が生まれて初めて「おこずかい」でレンタルしたCDが,
L←→Rの“Hello It's me”(※1)だったりするので,この曲のリリースが1994年10月21日。
この曲をきっかけに,いろいろなCDをレンタルしては,カセットテープ(!)にダビングして,
「My Selection」などど,青臭いタイトルで音楽への興味がわきはじめたものです。
きっとこの曲を知ったのは,そういったいろんなCDを聞いていく中で,
やがてZARDへと辿り着く過程で,知ったかもしれません。
となると,表題のこの曲は,まだまだ,わたしがJPOPにどっぷりハマる前のこと。
リリースから19年の時を経てなお,31歳のわたしの頭の中を繰り返し流れているという。
19年!!ひゃああ~。
この曲のイントロから冒頭に入り上記の歌詞でまず,やられてしまいます。
中学2年生くらいから,季節は変わり,時を経て17年。
遠い日のフォトグラフにふと目をやり,わたしの中の変わった部分変わらない部分などを思い,
こんなとこが変わっちまったなぁと苦笑いしつつ,でも,ある意味ではあの頃とは変わらないものも
あるなぁなどと歌詞を頭の中で流しながら,ふと思う。
“ぎこちない笑顔で二人
光受けた 思い出 消えぬように”
「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」は,室生犀星の詩『小景異情(そのニ)』(※2)に
あるフレーズですが,ふとこの歌を思う時は,「思ひでは遠くにありて思ふもの」なんて思ったり。
面白いのは,「悲しくうたふもの」ではなく,「思い出」はやはり,遠ざかると光り輝くものであるなぁと。
太宰治の『お伽草子』(※3)の中の「浦島さん」にある,
「年月は人間の救いである
忘却は人間の救いである」
っていうニュアンスに近いものがあると思います。
一方で,そんな昔を思い出しながらも「変わった部分」といえば,
“愛を語るより口づけをかわそう 永遠に戻らない
この時間の中 愛を語るより君を感じたい
とめどなく高なる胸がはりさけそう”
中学生くらいだと,ある種,こういう言葉に憧れを抱きつつ,来るべき「恋愛」に対して
漠然としたイメージしかない場合もあるだろうけど,なかなかね,歳を経てしまうと,
こんなこと言えません(笑)。こっぱずかしーって思ってしまう自分がいるのです。
しかし,音楽が,楽曲が,歌詞が,ある時ふと,心の内だとか,その時の思いだとかを
代弁してくれる,あるいは,くれていたように思います。
後にダウンタウンの浜田雅功さんが「Hjungle with T」としてリリースした
“WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーブメント~”(※4)の歌詞
“思えば love song なんて歌ってみるとき必ず目当ての誰かがいた様な”
という一節はまさに,的を得ているなぁとしみじみ思うのです。
この曲は,ある程度年齢を重ねてから,噛み締めるように歌詞を味わうと,
なかなか趣深い,心にすっとはいってくる共有感というか「ああそうだよね」的なフレーズが
随所に散りばめられており,個人的に90年代を代表する1曲と勝手に思ってもいたりします。
“愛を語るより口づけをかわそう”
こっぱずかしけど,この曲を思うたび,そして頭の中を流れる時,
ちょとばっかし素直な,自分に出会えるような気がしています。
いじょ。
(※1)
(※2)
室生犀星『小景異情(そのニ)』→リンク
- 室生犀星詩集 (新潮文庫 (む-2-6))/室生 犀星
- ¥460
- Amazon.co.jp
(※3)
太宰治『お伽草子』→青空文庫
- お伽草紙 (新潮文庫)/太宰 治
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- Amazon.co.jp
(※4)





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