長々と綴ってきた、選挙運動報告。


まだまだ、ブログに書けないネタはたくさんあるのですが、ひとまずこれまでに。


私が学んだ大きなポイントはギリギリの所まで記載したつもりです。



当選こそしなかったものの、選挙という国の根幹を請け負うシステムの一端を担えたことは、本当に大きな経験でした。


選挙戦は、かなりの体力と気力を要します。


あのような活動を4年毎に繰り返すような気合は、私にはないかもしれません。


やはり自由にやりたい事を全力で取り組むのが、私のスタイルでしょう。



選挙は人を狂わせてしまうのかもしれません。


あのような激しい経験を積んだ上で、勝ち残った人間が得る自信というのは、さぞかし大きなものになるはずです。


その自信に押しつぶされないような謙虚さを持ち合わせる政治家が一人でも多く誕生することを願ってやみません。

AD

選挙というのは、たくさんの人間の利害関係が絡み合って行われるものだと知りました。




我らお手伝い部隊は、腹の中に黒い物を持っている人間は皆無でした(と信じています。)




しかし、候補者にアプローチしてきたうち、我ら以外の人間は、ほぼ全て私利私欲がある人間だったと思います。




これが非常に面白かった。






私も、初めは何も分からずに『手伝ってくれるなんて良い人だな』とだけ思って、疑いもせずに接していました。




しかし、ちょっとした発言や行動から、みるみるうちにその人間が何を腹の中に持っているのかが見えてくるのです。




自分の目的の達成のために、武捨候補どう利用しようか。




そればかりが目についてしまい、事務所にいる人間としては対応が面倒くさい反面、非常に勉強になり、後半はそのような人間をどう扱うかを楽しんでいた節もあります。




ブログに書くとオフレコには出来ないため、この件はここまで。




気になる方は、直接お話ししましょう。








そして、人間関係に限った話ではないのですが、経営者やマネージャー感覚で、ヒト、モノ、情報をさばいたというのも大きな経験でした。






まずはヒト。




最終的には総勢200名を超える方がお手伝いに来て下さいました。




3月中旬までは、1日平均5~10名程度の人間の出入りで済んだのですが、




3月下旬以降は、最低15人、多いときは50~60人の人間の出入りがありました。




このたくさんの人間一人一人に仕事を与えていき、時間になったら帰宅させるというのは、並大抵の労力ではありませんでした。(特に、三郷市は車社会のため、非常に苦労しました)




”誰” が ”いつ” 現地に来れるかという情報を頼りにし、次の日に打てる最善手を考える。




そして、”どこ” に集合してもらい ”なに” を ”どのように” するかを決定する。




そして、それを正しく連絡する(手入力で)






最も気にしたのは、なるべく早めに連絡をするということ。




朝の駅立ちは、6:30から開始します。




三郷に6:30に集合するということは、ほぼ始発に乗らなければならないということです。




そのため集合場所の指定は、遅くとも前日の22時までには済ませようと努力しました。




毎日、20時くらいになると、頭の中で作戦会議を行います。




最後の数日間は一緒に考えられる人が出来て、とても楽だったのですが、




毎日毎日これをやるのは、本当に気が滅入る作業でした。








そして、モノ。




モノを、用意する、運搬する、管理するのは、非常に大変だという事がわかりました。




上記でも触れましたが、一人一人に仕事を与えるというのは、本当に苦労します。(善意で手伝いに来て下さっているとはいえ、忙しいときに『何かお手伝いすることはありますか?』と言われるとイラッとする事も。すみません)




仕事を与えるのには、必ず物品が必要になります。




身一つで出来る仕事というのは、かなり限られてしまいます。




まず、車でメンバーがいるところまで物品を運び、必要ならばその人たちを仕事する現地まで運ぶ。




そして、仕事が終わったら回収しに行く。




しかも車の数も限られているし、ドライバーも限られている。




これが非常に大変で、計画なんか立てられるような単純なものではありませんでした。




また、モノを運ぶこともさることながら、モノを用意するというのも一苦労です。




チラシ(合計6種類を配りました)の作成⇒チェック⇒発注⇒折り⇒仕分け




ポスターも同様(折らないけど、プラスチック段ボールに貼ります)




旗や立て看板などの選挙グッズは、活動員が車の中に放置したり、事務所内に放置したりと、どこにあるのかさっぱりわかりません。




そして、見落としがちなのは、鍵類です。




事務所の鍵、車のカギ(全部で5台利用しました)、自転車の鍵が、あちこちに放置され、これもほとんど管理できませんでした




とにかく、これだけのモノを、”ズボラ”な私が全て管理するのは、言い訳ではなく不可能でした。








最後に情報




200名を超える方々がお手伝いに来ましたが、参加方法はメールにてシフトの提出をするというものでした。




私が関わってきた選挙期間中は、約1か月程度(30日とします)




この期間で、




シフトの受付をしていたPCのアドレスには、600件の受信と280件の送信


(1日平均、20件の受信と9~10件の送信)




その他の連絡を取り合った携帯電話のアドレスには、約2500件のメールの受信と1500件を超えるメールの送信


(1日平均80件の受信と50件の送信)




電話の件数は、直近50件程度しか表示されないため、最早数えられませんが恐らく1日平均10~15回の通話はありました。(すると、合計300~450回の通話)




これだけの情報が毎日舞い込んできます。




もちろん、情報過多で頭はパンク状態。正常な判断力なんてなくなります(頭がぼーっとしてしまうため)




ピーク時では、『1台目の携帯で通話をしているとキャッチが入り、2台目のPHSが鳴り始める。』というような状態が、20分間続きました。




誰と何を通話したかなんて、覚えてませんでした。(しかもこの時は選挙カーの運転中だったため、電話に出るたびにハザードをたいて駐車してました。)




電話というのは、通話しているとその人が全てその電話に取られてしまいます。




細かい話をすると、




・報告は必要な情報を全て記入してメールで送信するのが良い(後で見られるため)


・調べられることは全て自分で調べてから、どうしてもわからないものだけを時間に余裕をもってメールするのが良い。(直前に、場所はどこですか?というような電話はかなり困ります)


・本当に緊急な用件や相談事は電話が良い




と思いました。




もちろん、これだけの情報が舞い込んでくるという事は、すぐに処理しないと、どんどん溜まってきます。




面倒臭いから、メールの返信は後回しにしようというような思考は、己の身を滅ぼします。




そのため、私の個人的な目標として、来たメールは機械操作かのようにすぐ返信すると決めてました


(よく、携帯サイトの予約フォームや登録フォームに入力送信すると、すぐに返信が返ってくるアレのレベルを目指していました)




そして、寝ている時や休んでいる時でも、常に電話を片手に持って気を張っていなければならないのは、意外にも疲れます。




もう1点付け加えるならば、丁寧さです。




1件1件のメールに対し、なるべく丁寧な言葉遣いでやりとりをしようと思っていました(元サービス業の血がそうさせました)






『あさって、シフト入れます』とだけメールに書いてあったものでも、




『ご連絡ありがとうございます。24日は是非よろしくお願いします。共に武捨さんを勝たせましょう。そこで、もしよろしければ、当日は、何時から何時まで参加可能なのか、それと緊急連絡用に携帯電話の番号を添えて返信頂けないでしょうか?お忙しいところ申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。』




などと、丁寧さを意識して返信をしていました。(後半になるについれて、ほとんど出来ませんでしたが)




ただの事務作業ではなくて、一人一人に感謝の気持ちを込めて接しようと心掛けました。




しかし、ここでの学びは、その処理の大変さだけではありません。




情報過多になり頭がパンクしてくると、メールの処理も雑になり、メールの返信の言葉遣いも適当になり、口頭での指示出しもキツイ言い方になってしまいます。




自分で分かっていながらも、そうならざるを得ない事に、とても悔しい思いをしていました。








最後に、以下は非常に失礼になることを承知で、書かせていただきます。




お手伝いに来て下さった方は、気を悪くする事のないよう、ご了承頂いた上でお読みください。






何かというと、『自己完結しているボランティアこそが理想』だということです。




”自分には時間も余裕もある。気持ちもある。だから現地に行ってお手伝いがしたい”




という、気持ちだけでお手伝いに来ると、逆に周囲に迷惑をかけ可能性があります。






先ほども書きましたが、仕事を与えるというのは管理側の労力になります。




入り時間までに物品を用意して、入り時間にはその人を現地まで運び、帰る時間には駅まで運ぶ。




特に選挙カーまで連れて行くという事は、一瞬かもしれませんが選挙カーの仕事がストップするということ。(取れる票が取れなくなるということ)




そして、選挙カーが駅まで送ったりしていると、むしろタイムロスになります。




無理を承知で理想を書けば、




『現地に行ける時間帯だけを報告して、物品は自分で用意し、移動手段も方法も自分で調べておく。そして時間になったら勝手にお手伝いをして、勝手に帰る。』




これが、究極のお手伝いのスタンスです。




”忙しいけど、2時間だけ時間が空いた。自分も何か手伝いたいから、とりあえず現地に行こう”




こう思い立ったまま急に連絡を寄越されると、結構困りました。






これは、きっと震災の被災地でも言える事だと思います。




気持ちだけで素人が現地入りすると、結局何もできずにプロのスタッフの気を使わせて、仕事をストップさせ、貴重な食料や水を消費して、結局大した仕事も出来ずに帰ることになる。




きっと、こうなるはずです。




お手伝いしたいという、善意を踏みにじるかのような発言かもしれませんが、ボランティアを管理する側になる事は、世間では中々ないと思いますので、勇気を出してここに書きました。


AD

次に、認識の甘さについてです。


ここ数年、『変化』という単語がキーワードの様に思えます。


政治の世界でも、日本を変えなければならない、政権交代、変革など同じような単語を聞きます。


世間では、明治維新の象徴、坂本竜馬ブーム


若い世代でちょっと意識の高い人たちの間では、日本を変えようという動きがあります。



しかし、国を変えていくのは並大抵の事ではありません。


いくらスローガンを掲げても


いくら明治維新ブームが来ても


国なんて変わりません。


『国を変えよう』と何となく格好の良い言葉を使っていたって、絶対に無理


力も経験もない若者が、仕事や学業の片手間で『国を護ります』などと、軽々しく言える言えるような簡単なものではないのです。


しかし、私を含む今の若い世代に期待をしていないわけではありません。


むしろ、若者が日本を変えるべきだと思います。


私が言いたいのは何か。


それは、日本を変えるとか、護るとか、正義は勝つとか、聞こえの良い言葉に騙されるなという事です。


頑張っていれば日本が変わる


一生懸命にやったのだから、国が護れる。


そんな単純なものではない。


ぬるい教育を受けてきたからこそ、気持ちのテンションを何段階も張り詰める必要があるのです。



私が十分なテンションを持ち合わせているなど、毛頭言うつもりはありません。

今まで軽々しく国護り、変化などと口にしてきた事を、大いに反省しました。


大きな事を成し遂げるには、それだけの行動をせねばならない。


今回の敗によって、胸にナイフが突き刺さるが如く、社会の厳しさを痛感させられました。


だからこそ、今こそさらなる高い基準で行動していこうと思います。

AD