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2016-04-18 17:21:25

めでたい話

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ブータン人の友人が5月に来日するというメールが入ったので、ブータンの最新情報を得ようとブータンの公営放送のBBSとKUENSELのホームページを見たら、国王夫妻に生まれた赤ちゃん(王子)の命名が行われたというニュースがありました。



古都プナカで行われた命名のお祝い式典の様子です。黄色いカムに(スカーフ)をかけた国王に抱えられた王子は「シグミ ナムゲル ワンチュク」 と名付けられたとのことです。

この写真は王室専属写真家がマスコミに公開している写真です。

(ブータン王室の写真は王室専属写真家でないと写せません。)


また、15日にはイギリスのウィリアム王子とキャサリン妃が2日間の日程でブータンを訪れています。

王室外交をしたり、2800mの崖に建てられたタクツァン僧院に登ったり、ブータンに弓を楽しんだり、バターランプを灯したり下ことが報道されています。

このウィリアム王子訪問には70名の外国のプレスが同行してきており、ブータンにとっては絶好の観光PRが出来たのでは。


ウィリアム王子は旧イギリスの連邦国家であったインドとセットでを訪れたのです。その後インドのタージマハールなどに旅立っています。

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2016-01-28 11:02:15

ブータン 西岡京治記念室(2)

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昨日の続きです。



西岡さんがブータンで働き始めて2年後に任期延長が認められ、本格的な試験農場が出来上がり、現在のAMC横の農場「ボンデ農場」が作られてきました。

ボンデとはAMCのある場所の地名です。

ここで作った野菜、キャベツ、キュウリ、トマト、カリフラワー、エンドウなどを首都・ティンプーまで運び売ることを行いました。

今でもそうですが、ブータンで採れる野菜は日本のものと比べると小さかったり、色・形が悪かったりして、明らかに違いが判ります。

だから西岡式で育てたの野菜は良く売れたそうです。

残念ながら、西岡さんのような指導者がいない現代、ブータンの野菜の進化の速度は遅いように思えます。

大根もブータンのものと比べると西岡さんの作った大根は日本の標準的なものですが、ブータンの大根の倍以上の大きさで、白菜、人参、玉ねぎ、トマトなども違いが明瞭です。

農家に種子を配布するだけでなく、肥料の与え方、育て方迄指導を行ってきました。

同時に稲の育て方も種子の種の直接的なバラマキでなく、日本式の並木植えを実践して成果を見せて普及させたのです。

今でもブータンの農民は並木植えを行っています。

10年のパロでの成果が評価され、ブータン政府から南部シシェムガン県の貧困地区の農業振興を指導するように求められ、5年間シムガンで働くことになりました。

今でもシェムガンは交通が不便で、平坦な農地がほとんどなく、灌漑用水もないいところなので、焼き畑農業でトウモロコシを作っているところです。

彼らを平坦な南部(インド国境に近い亜熱帯地域)への移住を勧め、南部の農場開発も推進しました。




シムガンは今でも道路や橋が少なく、陸の孤島に近い状況のため、彼は人力でつり橋を作り、人の行き来を良くすることも行いました。

灌漑用水を作り、トウモロコシからコメ作りに農民を指導して、成果を上げることができました。

当時の写真を私もANCで見ましたが、農民を集め西岡さんが話してる写真がいくつかあり、何度も農民との話し合いを持ったことをAMCの職員から聴きました。

気候条件が悪く、昔からの農業に固執する田舎の人への説得は大変だったことは私の経験からも容易に想像されます。




5年間のシェムガン県での指導を終え、再度パロに戻った西岡さんは、農業機械化の推進、種・種苗の生産と配布、農産品加工工場の稼働、インドやバングラディシュへの農産物輸出の推進などの役割が与えられました。

農業機械の導入ではその成果が現在のAMC(農業機械化センター)として残っています。

種や種苗の生産配布はNSC(国立種苗センター)として残っています。

その種苗センターの一角の見晴らしの良い丘の上に、西岡さん亡き後、西岡さんをを偲ぶ西岡チョルテン(仏塔)が建てられています。

農産品加工は私が働いていたポストハーベストセンターが行っていました。

ジュースやジャムの製造、カップぜりーの機械の導入なども行っており、その機械が私がいたポストハーベストセンターに残っていましたが、機械のメンテナンスが出来ず、農産品加工は失敗しています。

輸出推進ではバングラデシュへのリンゴの輸出、インドへのジャガイモの輸出などが現在行われています。

アスパラガスの導入も西岡さんの成果です。

これらにより、パロの農民の所得は急激に向上し、ブータンでは格別に豊かな農民が出来上がりました。

シェムガンでの成果やこれらの16年にわたる功績により、西岡さんはダショー(爵位)を外国人として初めて国王から授かりました。




彼が作ったAMC,NSCなどの説明が書かれており、それぞれ成果を上げたので、設立当初の西岡さんの直属の部下が農林事務次官、局長、所長などを歴任し、今でもブータン政府内部でも農林省は主要官庁として位置付けられています。


1992年、日本での歯の治療が終わらないままに、ブータンに戻った西岡さんは日本では想像もできないことですが、医療施設や機械が揃わないブータンなので歯からの病気で亡くなってしまいました。

この写真は西岡さんが住んでいた住居から付近から中央にパロ・ゾン(県庁)とその山の中腹にあるタ・ゾン(国立博物館)を写したもので、私の住んでいた場所に近く、パロの中でも景勝地で思い出深いところです。

彼の葬儀にはブータン王室や政府の大臣などが出席した国葬で行われました。

荼毘に付された遺骨はパロのボンデ川、シェムガンのマナス川に散骨され、日本・高野山の寺院に埋葬されたとのことです。


偉大なブータンにおける先人の功績は日本人の誇りです。


その成果を表す仕事の手伝いが出来たことは私にとっても嬉しい限りです。

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2016-01-27 13:55:11

ブータン 西岡京治記念室(1)

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私のブータンでの任期終わりがけに、隣の職場のAMC(農業機械化センター)の所長に頼まれて、西岡京治の記念館開設の手伝いをしていたものの、途中で帰国することになり、出来上がりを見ていません。

その出来上がりを、最後まで手伝った青年協力隊員が詳細を知らせてくれました。

その内容です。


まず、この部屋の目的が書かれtいます。


西岡さんの献身的な努力が日本とブータンの友好関係の基礎を作り、今日まで続いており、今後のより良い友好関係の記念碑となるこを目的としています。




部屋は3つに分かれていて、概要説明の部屋、映像展示失、資料室に分かれています。

言葉はブータンの言葉ゾンカ、日本語、英語の3か国語で書かれています。


最初の部屋は西岡さんの活動を年代ごとにまとめ、当時使用していた農機具の展示もあります。



2番目の部屋は、1960年代に日本のテレビ局によって撮影された映像を写している部屋です。

当時日本のテレビ局が撮影した8mmフィルムが数本あり、それを見ると当時の苦労がよく理解できます。

3番目の部屋は資料室で、当時の写真や西岡さんの蔵書が保管され閲覧できるようになっています。



展示物の写真です。映写室、資料室、農機具などが見られます。

これが概要です。




西岡さんの年譜です。

1933年に生まれ、1992年に亡くなるまでの記録です。

1964年にブータンにJICAの前身の海外技術協力事業団の派遣でインドから陸路で渡り、59歳で亡くなるまで29年間ブータン農業の近代化に勤めダショーと言う爵位を受けた最初の外国人であることの説明です。



この派遣は当時のコロンボプランの一環で、日本以外にもインド、オーストラリア、ニュージーランドなどからの技術支援がされていました。

従って、後から行った日本人に対する対応は冷ややかだったとのことです。



まずパロでの最初の2年間の説明です。

パロに到着すらまでに国境の町・プンツォリンから車で今なら6時間以内で行ける距離を当時は15時間かかったとのことです。

また、日本人を当時のブータン政府の役人は西岡さんを相手にしなかったので、若い職員相手に仕事を始めたともことです。

その当時の若者が今では農林省のトップになっています。



ブータンの田植えに日本の並木植えを導入したり、日本の大根をそだて、ブータンの在来の方法とは明確に違う成果を示すことができました。


長くなるので今回はこれまで。

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2015-04-15 15:10:38

JICA海外ボランティア募集

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毎年春と秋に行われているJICAの海外ボランティア募集が始まりました。

東海地区でも3月28日より 「体験談&説明会」 が始まりました。

募集説明会のリーフレットです。

私が担当するのは今月18日の午前中で、名古屋笹島にあるJICA中部の 「地球ひろば」 で、シニア海外ボランティア募集です。


午後2時からは青年海外協力隊員募集の 「体験談&説明会」 です。



リーフレット裏面です。


私はブータンの農産品加工ですが、コロンビアの工作機械、メキシコの行政サービス、ブラジルとパプアニューギニアで日本語教師をされた人の話もあります。


退職後の自己啓発にもつながる有意義な仕事です。

時間の余裕があれば各地区で開かれている 「体験談&説明会」 に是非とも参加していただきたいものです。


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2015-04-12 12:32:22

FIFAランク

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久しぶりにブータンのBBS・TVのホームページを見たらブータンがFIFA世界ランク最下位から脱出しているニュースに出会いました。

世界ランク163位だそうです。

バングラディシュやスリランカに勝ち彼らよりも上位に上がったと喜んでいます。

今まで日本人のコーチが指導していましたが、コーチが変わったので上位に上がれるように強くなったのかな?


但し、ブータンは高地で空気が薄いため、初めて来た他国の選手は息切れしてしまい十分戦えなかったのも勝因に挙げられます。

Bhutan- FIFA Ranking- 163

そしてついにワールドカップの二次予選に出ることが出来ました。

グループCで中国、カタール、モルディブ、香港と戦うことになりました。

中国は世界ランク82位、カタールは99位、モルディブは141位、香港は167位、そしてブータンは163位ですから順当に行けば香港に勝てるのでは?と思います。

FIFA-2ndRound- Group C

香港とは6月11日に香港でアウェーで戦うことになっています。

香港でアウェーで負けても、ブータンに戻って戦えば香港人はブータンの薄い空気では息切れするでしょうからブータン人が有利です。そこではブータンが勝てるはずです。

香港戦に向けて、タイで低地で順応するための強化合宿を始めるとのことです。


期待したいものです。



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2015-01-10 11:32:47

TV出演

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ブータンやトルコには全く関係ない話ですので了解していおてください。


私は今日・10日のNHK総合TVで」夜9時からの 「NHKスペシャル 空き家列島の衝撃」に出ています。

その話です。


ことの発端はNHKから 「空き家問題で困っていませんか?」 とのアンケートがあり、我が家の隣が現在空き家になっており、1mを超す雑草や夏の蚊の発生、防犯、火災などの問題を抱えており、その解決策も含めて答えたところ、1時間以上に亘る電話取材を受けました。

そんなことから 「NHKで特番を作るから出演しませんか?」 との誘いがあり、昨年末の12月23日に渋谷のNHKに出向き収録したものです。



ここがNHK西口です。

ここを入ったところにゲートがあり、NHKのスタッフが出迎えてくれました。

スタッフから渡された入管証をゲートにかざすとゲートが開き、入館できる仕組みです。

長ーい迷路のような通路を通り控室に向かい、10分程度のブリーフィングを受けました。



その控室には各人のサンドイッチとお茶が用意されています。

それ以外にもおにぎりやお菓子があり、コーヒー紅茶が自由に飲めるようになっています。

その後スタジオに向かいました。



スタジオの収録前です。

番組で写るスタジオの10倍ほどの大きさのスタジオで、カメラが7台と音声スタッフだけでも4名でとてつもない大きなスタジオでした。


空き家問題を抱えている一般市民20名と専門家やタレント10名の合計30名が出る番組です。

マイクテストや照度テストなどを終えて、2時間収録後15分の休憩を挟み更に2時間、合計4時間以上みっちり収録がありました。


それを1時間の番組に集約させるわけで、私の発言は一言ぐらいしか放送されないのでは?と思われます。

それでもタレントの松本明子さんが実家が空き家になっており盛んに質問や発言をされており、またデーブ。スペクターさんが時おり茶々を入れることもあり、面白い番組になっていると思われます。


時間があれば見ておいて下さい。



収録後の記念撮影です。

前列左端が三宅民夫アナで前列右端が徳永圭一アナです。



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2014-08-04 16:18:25

ブータンの松茸

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ブータンの知人が松茸を送って来てくれました。

名古屋で個人輸入をされている人があり、その人の荷物と一緒に送ってくれたものです。

輸入食品であるので当然通関と植物検疫が必要なので、個人輸入をされている人に頼らざるを得ません。

ブータンを出て2日で到着しました。

発泡スチロール箱の中の蓄冷剤も溶けず、フレッシュな状態の松茸でした。



松茸は一本づつ吸水紙に包まれており、香りが逃げず鮮度も維持されています。

早速松茸ご飯で頂きました。


東京大阪には輸入され始めたとのことです。

名古屋ではまだ販売しているところが無いのが残念です。


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2014-06-18 08:50:48

ようやくダショー西岡京冶記念館完成

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今朝・6月18日の朝7時のNHKテレビで「ブータンの農業の父 日本人資料館オープン」と言うコラムがあり、見ていたら故西岡京冶さんの記念館が完成し、西岡京治さんが派遣されて今年で50周年にあたるので記念式典が行われたことが放送されていました。

TVでは西岡京治氏に直接指導を受けたチェテム・ワンチェンさん(元AMC所長で定年後現専門家)が西岡京治さんに指導を受けた内容を話していました。

チェテムさんは日本人に対しとても親切にしてくれて、私も彼の家に夕食に招かれたことがあります。


放送内容は下記。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140618/k10015301461000.html

4月までブータン政府農林省の事務次官だった人も西岡京治氏の指導を受けています。

これで西岡京治さんの指導を受けた年代のブータン人が一線からすべて引退しただけに、この西岡京治記念館は、後世に伝える大切な施設になると思います。


事の起こりは、私が2年前ブータンにいた時に私が働いていた職場の隣にあるAMC(農業機械化センター)のカルマ所長(プログラムダイレクター)から「新しい建物を建てたので既存の建物の一部を西岡冶さんを偲ぶ部屋にしたいが手伝ってもらえないか?」とのことでした。


そこから資料の整理、JICAへの支援要請、保存されている日本の放送局から提供されていた当時放送された彼の活躍を記録した8㎜フィルムのビデオ化を日本への要請すること、JICAの青年協力隊員に記念館の設計を依頼すること、完成までの打ち合わせの日時設定などの話し合いなどを行っていました。

完成は昨年6月頃を目指していましたが、ブータンらしく完成が1年遅れとなってしまいました。


完成した西岡京治記念館の完成披露の模様は現地のAMCのホームページに掲載されています。

英文ですが何とかイメージはつかめると思います。

http://www.amc.gov.bt/

このホームページの中には西岡京治氏の足跡が記されており、忘れ得ぬ人と結ばれています。


当時、青年海外協力隊員が書いてくれた西岡京治記念館の設計図。

ピンさんのブータン日記


設計図や工程表を基に、打ち合わせ中です。

右はカルマAMC所長(彼は元琉球大学留学生)、中は現地パロ県へ派遣された建築設計の青年協力隊員で、左はJICAブータン職員です。

偶然にも、私も含め参加していた日本人は皆愛知県人でした。

ピンさんのブータン日記

私のブログでも西岡京治さんの写真集がAMCにあったので掲載しています。

http://ameblo.jp/pinsansbhutan/entry-11351611199.html



この放送はブータンでとれる冬虫夏草を放送したいので強力してほしいとの要請を受けて、ブータンで冬虫夏草が採取されセリにかけられる迄をお知らせたインド・ニューデリー駐在のカメラマンに、この記念館が完成したら放送してくれるよう要請をしておきました。

それを果たしてくれたことに感謝します。

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2014-03-30 11:21:50

シニア海外ボランティア募集

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JICAのシニア海外ボランティアの春募集のための「体験談&説明会」がいよいよ始まりました。

昨日3月29日から各地で開かれます。



昨日は名古屋駅南の笹島にあるJ「ICA中部なごや地球ひろば」の2階セミナールームで10:30から始まりました。




初回と言うこともあり、参加者は25名ほどでした。


私と他2名のボランティアOBが応募動機、現地での仕事内容や生活、安全性、困難であったこと、語学とコミュニケーションなどをそれぞれ説明を行いました。


その後、シニアボランティアはそれぞれ分かれて、個々に質問を受けました。


語学、体育教育、小学校教育などの専門家も来ており、個々に応募するにあたっての不安な部分への質問を受けるような体制になっていました。

それ以外にも、JICA職員による個別応募相談のコーナーもあり、応募を考えている人には恵まれた環境が整備されています。



シニア海外ボランティアの説明会は上記のように多く開かれます。



青年海外協力隊の説明会も名古屋だけは別時間ですが、全国各地でほぼ同じ日程で開かれます。

参加者が1人でも多くなれば幸いです。



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2014-03-25 22:37:24

ジミー・トブゲー

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3月25日夜7時からTBS・TV系で放映された「世界の日本人妻は見た」にブータンに嫁ついだ日本人妻が出ているといことで見ていました。


出ていたのはブータンで旅行会社「DRUK SAKURA TOURS:デュルック・サクラ・ツアーズ」を経営しているジミー・トブゲーと奥さんの佐藤こずえさんではないか。


私がブータンでの任期が終わる半年前に「使っているマルチスズキのゼンという車を売ります」とPRしていたら、ジミーから連絡があり会ってみました。彼は新妻のこずえさんを日本から迎えたばかりで、奥さん用の乗用車を探しているということでした。

ところが私の乗っていた車はブータンでは当たり前なことですが、オートマ車ではなく、マニュアルシフト車であることから奥さんはオートマ車免許しか持っていなくて、マニュアルシフト車は運転したことが無いということで乗用車を売ることにはならなかったことがありました。

その後も何度か彼が首都ティンプーから私のいるパロに来る用(パロ空港での旅行客の送迎)があり、何度か食事をしたことがありました。

その当時は子供は一人だけでしたが二人目の子供もできていたのですね。

ジミーの人懐っこい笑顔が相変わらずで、懐かしく思い出しました。


それにしてもブータン人と結婚するには厳しい審査があり、なかなか結婚を認めてもらえなくなりました。また、結婚後に日本人がブータンに在留するのにはビザの更新が義務付けられており、ビザの更新料もその都度値上がりすることになっており、住み続けるには相当の費用が掛かります。

幸せな国に暮らすのも簡単ではありません。


TVを見ていたら奥さんのこずえさんはホンダの新車に乗っていました。ツアー会社が順調に経営できているのでしょう。

その当時こずえさんはブータン在住の日本人とは敢えて付き合わず、ブータン人に溶け込もうとしており、勇気ある女性だなと思っていました。

北海道育ちで、どこでも住める強い意志を持っているとのことでした。



ドゥルック・サクラ・ツアーズ(Druk Sakura Tours)のホームページは

http://www.druksakuratours.com/dst.html です。


ブータン旅行を計画されている人は一度彼に問い合わせてみたら如何でしょうか。

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