Life:Re Creation ~ ゼロからの海外起業日誌

色々あって2016年夏に北京で起業することになった、とある日本人の日々。起業ネタ、異文化コミュニケーション、中国語、メンタルコーチング・心模様・北京生活などなど

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起業時って何かと不安が多い。

 

新規顧客は開拓できるのか

生活できるだけの収入は得られるのか

安定収入を得られるようになるのか

 

最初はこの辺りの不安が強いことと思います。

 

一言で起業するといっても、ちゃんと準備した上で起業した人もいれば、その準備が出来ないまま勢いで起業している人、準備も勢いもないまま押し出される形で起業している人もいるので、持っている不安は人それぞれだとは思いますが

 

上に挙げたことは、立ち上げ時に共通しているもののはず。

 

資金的にちゃんと準備していたはずの人も、売上のないまま時間だけが過ぎて資本金がただ減っていくだけ…ということも多々あるでしょう。

 

自分自身、上記3つの不安は確かにあるものの、そこに囚われることなく、精神的には比較的穏やかな日々を過ごせていて、夜も夕方以降にカフェインでも摂らないかぎりは寝られないなどということはありません。

 

では、どうやってこうした不安と向き合っているのでしょうか。

 

 

まず、収入面での不安との向き合い方です。

 

手元のお金がみるみるうちに減っていく…。でも、いつ新たな収入を得られるか、何のメドも立っていない。僕は昨年9月に副業を切ってから、11月に初めてのお仕事を頂くまでこうした状況でした。

 

そんなときでも信じていたことは…

 

"今日一日無事であればそれで良し。明日は明日の風が吹く"

 

 それと

 

"必要な収入はどこからともなく必ずやってくる"

 

この2つを信じていました。ですから、あんまり不安や恐れって無かったんです。

 

もちろん不安や恐怖が襲ってくることもありますが、そんなときでもただ黙って慌てず騒がずしばらく感じ続けて感情を解放していました。

 

もしかしたら年末年始を北京で迎えることはないかもしれない…と思ったこともありますが、こうして今は無事に北京で年越しを迎えて、7月8月くらいまでは何とかメドが立ちそうな状況を作れています。

 

 

まず、"今日一日無事~"という部分に関してですが、僕が今特に心掛けていることの一つは

 

『自分で勝手に未来を決めつけない』ということ

 

例えどんなに不利な状況であろうと、次の瞬間や翌日以降には状況がどう変わるかなどはわからない。一寸先は闇かもしれないし光かもしれないから、自分で勝手に闇だけとしない。もちろん先が闇である可能性も否定はしないけど、光かもしれない可能性も否定しない。

 

そして、光に繋がる行動を地道に継続していく。あとはただ待つ。それだけ。

 

いつどんな良いことがあるのか、今の時点ではただわからないだけなんですよね。

 

だから、やるべきこととしては、まず自分の想いに忠実に動く。ダメだったらイヤだなぁという不安は置いておく。どんなに敗色濃厚な雲行きであったとしても、自分の望みにフォーカスをして取るべきアクションを取ればいいと思います。

 

 

会社員をやっていると何故、こうした不安が湧かないのかというと、単に毎月の給料日が決まっていて、これまでその通りに支払われ続けてきたから、会社が支払ってくれる、ということを信じ切れているだけなんです。

 

だから不安が湧かない。

 

でも、もし同じ会社員でも、物凄く不況で前月には予定通り給与が振り込まれなかったら、確実に不安を覚えるはず。

 

経営者を少しでもやってみるとわかることですが、毎月大人数に対して一定以上の給与が指定日に振り込まれていく。

 

これはハッキリ言って"奇跡"

当たり前のことでもなんでもない。

 

どちらかというと幻想に近い。

 

でも、この幻想を当たり前と思ってしまえる。

 

それが会社員生活の怖いところ。

 

こういう僕も昨年までその会社員だったから余計にそれがよくわかるのだけど。

 

 

だったら、僕みたいに"必要な収入はどこからともなく必ずやってくる"という幻想を真剣に抱いたとしても別にバチは当たらないはず。

 

ただ、僕の場合は会社が支払ってくれるのではないから、いつ発生するのかはわからないのだけど、間違いなく"ある"ということにしておく。そして信じて待つ。

 

そうしておくと、大抵は何かしらあります。

どこからともなく現れる。

 

人間は何かと確証を欲する。

何かと証拠を欲する。

自身の不安を解消するために。

 

けれど、起業時には成功への証拠も確証もないから、何の確証も得られないことをどれだけ信じられるのか

 

要は、「どれだけ自分に都合の良い勘違いを出来るか」

 

これが起業時の心構えとしては、大事なような気がします。

 

 

会社員は会社員で

"いつまでも あると思うな この給与"

と思っていれば良い緊張感に繋がりますし

 

スタートアップはスタートアップで

"いつまでも 無いと思うな 売上高"

とでも思っていればいいのだと思います。

 

 

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第1話からの続き ~ <第1話>↓ ↓ ↓

http://ameblo.jp/pinlintakayuki/entry-12238033483.html

 

第1話では心に抵抗があった替え歌を作ることにしたところまでのお話。

 

最初のうちは抵抗もあったのだけど、元々の「歌唱力」に加えて「替え歌」でディスるというのは、パワーが倍に増すんじゃないの?とも思えるようになって、アッサリ受け入れられた。

 

なんか「隙を生じぬ二段構え」っぽくて面白いかも~とおめでたい感じ…(あのやりたがらなかった頃の面影はどこへ…)

 

 

 

では、続いて"どうやって曲選びをしたか"

 

替え歌って、元の歌を知らなければ聴いても全然面白くない

 

だから、会場にいる方々のほとんどが知っているはずの曲を選ぶ必要があった。

 

そうなると国民的ヒット曲になるわけだけど、そうなると自然と選ぶ曲は古い曲になる。自分がよく聴いて育ったようなJ-POPは、世代が変わると多くの人は知らないから。

 

国民的な歌で、演歌・懐メロ・アニソンの中から選ぶとなると、実は選ぶのは意外と簡単。

 

無数にある曲から選ぶわけではなく、自分の記憶にも焼き付いている歌を選べばいい。

 

第1話のときにも触れたけど、こうしたケースではやはり得意な歌を歌った方がいい。となると、自然とアニソンという選択肢になった。

 

例えば懐メロでアリスやチューリップ、グレープなんかもアリといえばアリなのだけど、聴いている側からしたら、メロディは単純明快な方が詩が伝わりやすい。

 

というわけで、ジャンルはアニソンに決定。

 

次に何を歌うか?だけど

 

自分が得意なアニソン歌手は水木一郎か子門真人。このくらいしか思い浮かばない。ささきいさおは声が低すぎてあんまり合わない。堀江美都子は女性だし。他はみんな無名歌手。影山ヒロノブとかだと年配者が知らない。

 

で、水木一郎か子門真人のどちらがいいのか?というところでは声の伸びるところ・ロングトーンが得意なところなんかは自分によく合うから、やはり子門真人がいい、という結論に達した。

 

ちなみに、子門真人の代表曲といえば…

 

「勇者ライディーン」

「ガッチャマンのうた」

「およげ!たいやきくん」

 

この3曲なら別にどれを歌っても良かったのだけど、「ガッチャマン」か「たいやきくん」だよねー、と早い段階からかなり曲が絞れた。

 

で、やはり歌い出しの

 

「誰だ 誰だ 誰だー♪」はディスり系の替え歌にはピッタリ。

 

ということで、あっさりガッチャマンを歌うことに決めた。

 

他にもガッチャマンを選んだ理由としては、何せ冬だから、風邪を引いてノドを壊してもマトモに歌える歌がいい、という予防線をはる意味も含まれていた。

 

さて…歌は決まったので、次は一番問題の詩をどうつけるか…

 

 

(つづく)

 

 

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 来週の土曜日、今日からちょうど一週間後、第4回 の北京日本倶楽部(旧 北京日本人会)の歌合戦が開催される。第3回までは「都道府県別対抗歌合戦@北京」というイベント名だったが、大使が変わり、日中友好色を強めた今回からのイベント名は「日中友好 故郷(おくに)自慢歌合戦」と変わった。

 

 このイベントは、自分にとっては北京の日本人社会に参加するキッカケとなったモノでもあり、自分の中ではとても重要な位置づけ。3回の出場で4つも賞を頂けたのは自分だけだし。

 

 北京の日本人社会の中で自分についての話をするときには決して欠くことが出来ないイベント。

 

 と同時に、この第一回目から第三回までのイベントを通してかなりたくさんの心理的葛藤があったこともまた事実で、人との交流だけでなく、人としての成長を促してくれたコトとしても非常に印象が深い。

 

 そのイベントでは毎回「替え歌」を作って、国民的に有名なメロディに乗せて歌っていた。どんな替え歌かというと、北京在住の駐在員の代表的な心境を表現した歌や、自分も含めた北京在住の日本人の心境を綴った歌。

 

 たくさんの方々にご支持頂き、どこまで本当か不明だけど「ファンです」と言ってくださる方にも多く恵まれ、毎回「次は何をやるんですか~?」と尋ねられていたけど、前回でそうしたネタ作りはもう卒業。

 

 ようやく自ら肩の荷を下ろしてラクになれました。

 

 そんなに大変なら自分で一回目で終わりにすれば良かっただけなのだけど、周りの人たちの期待の声も大きく、大学時代から20年近くをエンターテインメント業界で働いてきた経験からくるエンターテイナー的なサービス精神も手伝って、なんだかんだで3回も続けてやってしまった…。

 

 第一回目が終了した直後には、もう第二回目は何を歌うのかを考え始めていたし、第二回目の直後にもすぐに第三回目は何を歌うのか考える始めていたけど、そんな状況もようやく終了。

 

 上で、「ずっと心理的葛藤があった」と述べているけど、具体的にどんなものがあったのか、というと

 

 1. 歌い手から"替え歌芸人"へのポジションの拡大

 

 2. 一回目がウケすぎてその後の周囲の期待のハードルが上がってしまい、自分のクビを絞めたこと

 

 3. それでも"一発屋"で終わることを絶対に許さなかった自分の作り手としてのプライドゆえの苦心

 

 4. 個人的に評価して欲しいのは歌唱力なのに、ネタばかりが注目されたこと

 

 

 ただネタに触れているだけでは想像すら出来ない僕の内面活動の数々。

 

 でも今振り返ってみると、こんなことですらみんないい想い出になっている。こうした場を企画・提供してくれた実行委員会の方々、僕のネタに爆笑してくれた方々、投票してくださった方々、拍手を送ってくださった方々、2回も大使賞をくれた前任の木寺大使には感謝が絶えません。

 

 では、この歌合戦に何故出場することにしたのか、何故"あの曲たちを選択したのか"、どういったロジックで替え歌の歌詞を考案したのか、都度どのような心の機微の変化が生じていったのか、それらをこれから数回に分けて綴っていくことにする。

 

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

第一話 「引き寄せた邂逅」

 

 まず、自分が何故、その歌合戦への出場を決めたのか、そんな話から始めよう。

 

 第1回の歌合戦が開催されたのは、2014年の2月下旬で、2013年の12月くらいから出場者の募集を開始していたと記憶している。

 

 僕は2013年9月に転職をして、主に日系企業の新規顧客開拓をミッションとして活動していたものの、当時の状況が自分の想像を超える厳しさを有していた。

 

 潜在顧客先に訪問をしても、あんまり歓迎されていない。何せ自分への認知度がなさすぎる。日本にいたときも新規顧客開拓の仕事は経験があったものの、商材との相性というのもあり、そのときよりも遥かに厳しく感じていた。

 

 故に当時アタマの中を駆け巡っていたのは…

 

 「いっそ辞めてしまった方がいいのか、他に何か有効手段はないのか、特段有効な一発大逆転出来る打ち上げ花火のようなイベントは何か無いものか…。」

 

そんなことを毎日考えていた。

 

 「打ち上げ花火か…、といっても俺が打ち上げられる花火といったら歌うことくらいしか無いじゃないか…。そんなイベントが仮にあって何か歌ってみたところでこの状況を果たして改善できるのか?にしても、そんなイベントがまずあるはずないじゃないか…。何をバカなあり得ない空想しているのだか。」

 

と途方に暮れていた当時。

 

 

 

 そうやって数日が過ぎたある日、突然県人会のメールアドレスから

 

 「第1回 都道府県別対抗歌合戦 出場者募集!」

 

 という内容のメールが飛び込んできたが、これをみたときは最初はさすがに自分の目を疑った。

 

 "そんなバカな空想ごとが起きるはずないじゃないか…"と思っていたことが、現実に目の前で起こっているのだから。

 

 日本で今、女性の間での流行している「引き寄せの法則」が、現実として自分に対して起きた。

 

 「ホントにこんなことってあるんだ…」

 

 と半分は信じられずにいたが、あるものはある。この機会を当然逃すわけにはいかない。この千載一遇のチャンスをどう活かすか。それを考え始めた。

 

 こういうイベントは何よりインパクトが大事。インパクト………。SNSでアイデア募集などをしてみても何にもアイデアは得られなかった。そりゃそうだ。

 

 そんなある日のこと、当時僕は毎月コーチングセッションをプロコーチから受けていたけど、そんな僕の悩みを受け、プロコーチからいくつかの質問を受けた。

 

 コーチ「そこで主に集まるのはどんな人たち?」

 

 ひら「主に日本人。駐在員が多い気がする。駐在妻とかも」

 

 コーチ「年代は?」

 

 ひら「多分年配者が多いはず。50代以上」

 

 コーチ「そんな人たちはどんな歌が好き?」

 

 ひら「演歌、懐メロ、古いアニソン辺りでしょうか」

 

 コーチ「その中でひらさんが得意なのは?」

 

 ひら「懐メロかアニソンですね。演歌は歌ったことないですし」

 

 コーチ「こういうときはやっぱり得意なのを歌った方がいいですね」

 

 そして…

 

 コーチ「あと、僕から提案していいですか?替え歌はどうですか?歌を全部替えるのは厳しいかもしれないけど、部分的に替えるとか」

 

 ひら「替え歌・・・ですか・・・?!」

 

 

 それでそのセッションは終了したものの、"替え歌"というのは正直な話、心理的に抵抗があった。

 

 

 まず、これまで作ったことがないし、考えたこともない。

 

 それに、自分は歌うことにはそこそこ自信はあるけど、芸人であるつもりはない。ぶっちゃけた話、そんな芸人地味たマネはあまりしたくなかった。今思えば、プロでもない素人のチンケなプライドでしかなかったのだけど。

 

 こうして、普通に得意な歌を歌うか、敢えて替え歌にトライしてみるか、という2択の中で数日ああでもないこうでもない、という葛藤が始まった。

 

 歌合戦事務局に参加申し込みをしてエントリーシートをもらってから、実は最初にエントリーしていた曲は「世界にひとつだけの花」だったけど、事務局から「他にも同じ曲でエントリーしているのが2組くらいいるから、他の曲に変えてみた方がいいのでは?」という回答をもらい、この線は取りやめた。

 

 やっぱ替え歌作るしかないのかねぇ…。替え歌か…そもそもどうやって作るんだ…

 

 "そもそも今回の目的はなんだ?ただ気持ちよく歌うことではなく、聴衆に多大なるインパクトを与えることのはず…"

 

 じゃあ…、取り敢えず作ってみるか…、「出来ない」ということはやってみて作れなかったときに改めて言うとしよう。。。と自分のチンケなプライドは横に置いておいて

 

 取り敢えず替え歌を作ってみよう!と覚悟を決めた。

 

 

 (続く…)

 

 

 

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起業したての頃は、基本的にドタバタ。

揃っていないものがあまりにも多いので、逐次対応を迫られる。

 

たぶんみんなそんなもんだと思う。

 

会社員時代も、基本的にはずっとドタバタ。

何にも揃っていないところばかり。

 

キッツイことが多かったので

多くのことをプロジェクト化して対処していて

 

"ずっとトラブルやドタバタを減らす、無くすこと"を目標にずっと仕事してきて

 

こんな悲惨な状況は絶対に終わらせてやる、と意気込んでいたけど

 

目標通りトラブルもドタバタもなくなって平穏無事な毎日しかやってこなくなったら

 

毎日がつまらなくなって、都度仕事を変えてきた。

 

 

 

今思い起こせば、会社員時代に経験したトラブルやドタバタは

 

みんなしあわせだったなぁ…と

 

ただ、当時は見えていなかったし

 

見ようともしていなかった。

 

 

 

たぶん、どんな苦しい状況のなかにも幸せってあって

 

楽しめることもたくさんあるはず。

 

 

 

ネガティブの裏では必ずポジティブが育ち

 

ポジティブの裏にはネガティブが潜んでいる。

 

 

 

経営者をはじめて

 

仕事の愚痴をこぼせる相手がいなくなったら

 

そんなことが急にみえるようになってきた。

 

 

 

だから、色々と厳しいことは続くけど

 

心は常に穏やかで

 

何があっても

 

これはこれで楽しいなぁと思える。

 

 

 

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今年の1月3日から朝陽区の国税局が移転しました。

国税局の管轄は、主に増値税と企業所得税。ちなみに個人所得税は地税局の管轄です。

元々は三元橋付近の国展(旧コンベンションセンター)の中にあったのが、八通線の双橋から徒歩10分の世通国際大厦のC座に移転。


{97BBB1B4-0DCB-4ABB-9FBE-F9F399362A07}



昨年片付けられなかった用事を片付けに来たものの、受付番号をゲットするだけで2時間半待ち...

移転前は受付番号を取るだけなら大して待たなかったのに。

ローカルの大型総合病院顔負けの並びっぷり。

受付番号をゲットしてからもさらに待ちます。今回の僕らの用事では前が23人待ち。これでも決して少なくないけど、税務申告関連の待ち人数が200人を超えていたのと比較するとだいぶマシです。

あと何時間かかるだろうか...

今日午後一件アポイントがあったけど、止むを得ずそれもキャンセルして来週にリスケ。

移転の理由が、「人民のための改善」ということだけど、建物が新しく綺麗になったこと以外は改悪なんちゃう?とつくづく感じる現場からお届けしました。



まぁ...ある意味予定調和的なオチではあるのだけど...



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