君が想い出になる前に

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今、あなたは本当に誰かに必要とされてますか?


あなたがいるだけで、

その人を元気付けられたり、

喜ばせられたりする人は

いますか?


私は、今日

そんな人の為に3連休の丸1日を使ってきました。


これは、今あたしがすっごく大切にしたいと思う人の話です。




あれは約2ヶ月前。


暑い毎日が続き、

平日は仕事の後から夜中の2時3時まで酒を飲み、

休日はシャワーを浴びて化粧を直すためだけの為に家に帰っていた頃。


仕事は少しなれてきたけど、

辛い毎日に、

仕事以外では

めちゃくちゃに遊ばないと気が済まなかった頃。


同居していながら母と顔を合わせる機会もなく、

会話といったら朝の忙しい中での

30秒くらいしかない中、母からの1つのお願い。


「来週の木曜日は7時か8時に帰ってこれない?

明日からおばあちゃんホームに行っちゃうから、

家族4人で最後のお食事しようよ。」


“ホーム”とは介護付き有料老人ホームのこと。


今まで、81歳になる祖母は家から約10分のところに1人で暮らしていた。


以前ブログでも少し祖母のことを書いたりしていたけど、

81歳の割には結構しっかりしていて、

お洒落なんかにも気を使っていた。


家から10分のところに住んでおきながら、

忙しい母も、もちろんあたしも祖母の家に頻繁に行くことはなく、

週に1回日曜日だけ母が一緒にご飯を食べに足を運んでいただけ。


そんな祖母も半年くらい前から病気がちになり、

入退院を繰り返していた。


いくら薄情なあたしとは言え、

入院したときは

お花の1つでも持って祖母のお見舞いに行ったりはしていたけど、

正直祖母がどんな状態なのかとか

全く把握せず、

全て母に任せっきりだった。


そんな祖母を老人ホームに入れようと決めた母の心の葛藤は、

想像に難くない。


まだまだ元気でしっかりしているところもあるけれど、

常に体の辛さを訴える祖母、

未だに1日12時間を超える労働をしている母、

祖母にはほとんど関与しない父とあたし。


もう、例え家から10分のところでも、

1人暮らしをさせておき、

母1人で面倒をみるのはのは

限界だった。


そんな母が苦悩の末選びに選んで

市ヶ尾にある老人ホームに祖母を入居させることになった。


せめて、ホームに行くのを明るく見送ってあげよう、

遠くに行ってしまっても、

また皆で会えるって、

寂しくないんだってわからせてあげよう、

そんな気持ちでその木曜日は

祖母、母、父、あたしの4人が、

祖母の大好きな叙々苑に集合した。


その日の祖母の表情を

鮮明に覚えてる。


すっごく幸せそうで、

すっごく楽しそうで、

上手くいっていないうちの父と母、

父とあたし、

あたしと母、

そんなの全然関係なしに、

4人とも絶えず笑顔だった。


はたからみたら本当に幸せな家族で、

こんなに元気に焼肉や、

デザートのアイスクリームをたべている祖母が

明日から老人ホームに行くなんて、

誰も想像もつかないだろう。


散々焼肉を食べて、

まだ名残惜しそうにしている祖母を

2次会のお茶にまで連れて行って、

最後の夜を過ごす祖母の家までタクシーで送り、

すっかり寝る仕度を整えて、

母とあたしは祖母の家を出た。


「じゃあね、お母さん。

明日朝早めに迎えに来るからね。」


「はい。今日はありがとう。

楽しかった。

なっちゃんもありがとね。」


「ううん。今日は疲れただろうからゆっくり寝て、

明日行ってらっしゃいね。」


いつも通りの別れだった。




そして次の日。


約束通り朝早くから

「今から出るね」

と告げるために何回も鳴らす祖母の家の電話に、

祖母は出ない。


何回も何回もベルは鳴っているのに。


嫌な予感がする母。


次出なかったら、

急いでタクシーで祖母の家に向かおうと決めたその電話に

蚊の鳴くような細々とした声で

「かおる・・・・来てちょうだい・・・・」


その声を聞いた母の焦りようは、

並大抵のものではなかっただろう。


タクシーで約5分。


けどその5分が、

きっと母には何時間にも思えたに違いない。


そして祖母の家に行き着いた母が目にした光景とは・・・・。



母から生々しく伝えられたその光景をブログではかけないけど、

真っ青な顔をして

汗をびっしょりかいて、

冷房もついていない

暑い部屋の中、

祖母は下半身になにも纏わず、

よつんばになって倒れていた。


後々わかったことだけど、

祖母はその時腸の病気にかかったため、

排泄をコントロールできずに、

部屋中・・・・。


泣きながら母は、

「ごめんね、ごめんね。

昨日あんなに焼肉食べさせちゃったからね。」

と叫びながら、すぐに救急車を呼び、

救急隊員にも、その後見てくれたお医者さんにも

必死に昨日の楽しかったあの時間のことを詫びた。


けど、その日のことは、

昨日の焼肉のせいでも、

アイスクリームのせいでも、

母のせいでもなんでもなく、

病気がちだった祖母の根本的な病気が

形になって現われただけだった。


病気がちだった原因も、

年をとっているため、

検査ではしっかりわかることがなく、

こういった症状が起きて初めて、

腸に腫瘍がることが発見された。


腸と膀胱がくっつき、そこに小さな穴が開いていたという。


その日から入院し、

大変な手術をしたけど、

結局腫瘍は除くことができず、

人工肛門を付けただけで、

体の中に腫瘍を残したまま、

祖母の体は閉じられた。


しかし手術をしたら、

腫瘍を取り除く前に体力を消耗させ、

命はなくなっていたかもしれなかったという。


「余命はあと2、3年と思ってくれていて良いです。」


そうはっきりと担当のお医者さんは母に告げたそうです。




祖母が倒れてから約2ヶ月。


母の必死の看病で、

祖母は元気になり、

入院のせいで痴呆はだいぶ進んだものの、

やっと1人で歩けるようになった。


そして2ヶ月遅れでまたホームへの見送りの日がやってきた。


仕事を休んで毎日毎日病院に通い詰めた母にとっては、

申し訳ないような、ほっとするような。


病院にホームの車が迎えにきて、

その車に乗る祖母を見送りに行った。


「おばあちゃん元気になって良かったね!

これから新しいお家だね!」


「うん。お見送りに来てくれてありがとね。」


入院中とはうってかわって顔色も良く、

久々に自分の足で歩き、

よそ行きの服装をしている祖母を見て、

少し安心したあたしだったが、

車が出発しようとドアが閉まりかけた瞬間、


「なっちゃん、あっちに行ってもたまには遊びに来てね」


そう言って、祖母はしわだらけの顔を余計しわくちゃにさせて、

まるで子どものように声を震わせ泣き出した。


その姿を見て、

思わず祖母の手をぎゅっと握りしめた。


「寂しいの?」


「うん。寂しいよ」


迷惑をかけ、

面倒を全て見てもらっている母には遠慮していたのだろう。


あたしの前で、

出発間際に祖母は本音をぶつけたんだ。


「すぐ遊びに行くよ!

向こうに行ったらお友達もいっぱいいて、

絶対楽しいから!

寂しくないから!!

元気で頑張って!!」


年寄りにはちょっときつかったかもしれないくらいの力で、

あたしはその震えた祖母の手を握り締めながら、

溢れてくる涙を止めることが出来なかった。


そしてそんなやり取りを隣でみていた母が、

一番辛かっただろう。

彼女もまた、静かに涙を流していた。




それから1週間の日が経った今日、

あたしは約束通り、

すぐに祖母の元に訪れた。


家から市ヶ尾までは約1時間。


都会の暮らしになれているあたしと母にとっては

かなり遠い距離。


祖母に会いに行くのにこんなに時間をかけたことは

今まで一度もなかった。


わざわざ市ヶ尾にした理由は、

もちろん金銭的な問題で。


都心で環境が良い老人ホームなんて、

入居金だけで1,000万円もするという。


はっきり言って、

うちの経済状況から言ってそんなの無理。


そして数々の候補の中からも、

母が選んできた施設は、

値段が安いだけあって、

介護師1人に付き、老人が3人、

入居しているのはほとんど重度の痴呆が進んでいる人か、

寝たきり。

外に出るには絶対に家族の付き添いが必要で、

1人でエレベーターに乗ることも許されない。

ほとんど監獄状態。

はっきり言って待遇が悪い。


ある程度の妥協はして選んだものの、

そこまで悪い環境だってことは、

母も実際に祖母が入居してから初めて気が付いたという。


そんな前振りをされていたから、

あたしは最悪の状態を想定していた。




母に連れられて着いたそのホームは、

一見普通のアパート風。


中に入ると感じの良いヘルパーさんたちが

声を揃えて挨拶をし、

館内にはスーパーみたいな有線の音楽なんかも流れ

想像していたよりは全然良かった。


今日は十五夜のお月見ってことで、

あたしたちが着いた時には、

祖母は丁度レクリエーションルームに集まり、

40人くらいのお年寄りと一緒に

「大きな栗の木の下で」

を合唱していた。


あたしたちが遠くから手を振ると、

満面の笑みを浮かべて手を振り替えした。


母から聞くところによると、

こういった会合に祖母がでていることは凄く良い傾向で、

電話で様子を聞いたときは

「あんなのバカらしくて出てらんないよ!」

と言っていたという。


確かに。

まだ結構気がしっかりしている祖母にとってはキツイかも。


前評判通りほとんどが

凄い痴呆の人や、車椅子で意識がないような人たち。


会合でなぞなぞをやっていたけど

「火の横にいる動物はなんでしょ~か?

ひのよこですよ~。


ハイっ。正解はひよこでーす。」


とか言って、

祖母にはちょっとキツイでしょう。


まだまだしっかり話しができるし、

気の利いた冗談や、自分の昔の話を鮮明に話したりできる。


まだ会合は続いていたけど、

皆の輪を抜け出して、

祖母はあたしの元にやってきた。


「なっちゃんが来てくれるのずっと待ってたんだよ。」


嬉しそう。


そして3人でお部屋でお茶を飲んだりお菓子を食べたり、


(結構元気そうじゃん)


と思う一方で、

母がいなくなるといきなり


「なっちゃん。

こうゆう生活どう思う?」


「こうゆうって?」


「ここの生活。

惨めだと思わない?」


とか、


「ここでは家に帰りたいって言っても帰れないんでしょ?」


とかそっと言ったりする。


やっぱり辛いんだね。


やっぱり寂しいんだね。


そりゃそうだよね。


けど、狭くて午後10時以降にならないと

誰もいない我が家に祖母を引き取り、

お腹にある人口肛門を、

素人のあたしたちが毎日取り替えてやることは

実質不可能なんだ。


ここではないにせよ、

ホームに入る選択肢しか

彼女には残されていない。


せめてこうやってここに来れる時は、

一緒にいる時は

楽しい思いさせてあげよう。

一時は食事制限されていた祖母も、

手術後はお医者さんに

「なんでも好きな物食べさせてあげて下さい。」

と言われたのを良い事に、

食事をしに外に連れ出し、

次あたしたちがこれるまでの1週間分のおやつをスーパーで買い込み、

門限の7時までホンノ束の間の楽しい時間を過ごした。


部屋に戻り、そろそろ帰ろうかと荷物をまとめていると、

祖母がいきなり話を切り出した。


「なっちゃんかわいそうに。」


「なんで?」


「なっちゃんに、前みたいにいっぱい色々買ってあげて、

いっぱいお小遣いもあげたいのに、

わたしがこんなになっちゃって、

何もしてあげられなくて、

わたしは悔しいよ。」


あの時、

ホームへの出発の時に見せたあのときと同じ表情で、

また泣き出した。


そしてあたしもあの時と同じで、

祖母の涙に誘われて涙ながらに

「何言ってんの!

この時計も買ってもらったし、

お小遣いもいいっぱいもらったし、

あたし今自分でいっぱいお金稼いでるんだから大丈夫。

そんなの気にしないで!


と、祖母の肩を抱いて話した。


「そう、それ聞いて安心した。」


しばらくして祖母はケロッとして

他の話をしだす。


むしろまだ涙を引きずってるこっちが恥ずかしくなってくるくらいだった。


きっと感情がストレート現われるんだろうね。


母の話によると、

子どもの頃から自分の母親が泣いたのを見たのは、

ここ最近までなかったくらい、

自分の感情を表に出さない人だったという。


そんな祖母に

「また絶対すぐ来るね」

と約束をして、

あたしたちはホームを後にした。




ここ何年かは、

久しぶりに祖母に会う度に

「もっと頻繁に会ってあげなきゃな」

って思っても、

ついつい日々の自分の事でいっぱいいっぱいになって

次合うのが3ヵ月後とかになっていた。


けど、今回は

今回だけは、

本当に週1のペースで会いに来ようって思った。


だって、あたしと母が

どんなに今祖母にとって必要な存在か、

痛いほどわかったから。


あたしがそこにいるだけで、

どんなに祖母が救われるか、


あたしがそこにいることを

どんなに望まれているか、


こんな存在他にはいない。


あたしをこんなに必要としてる人、


あたしがこんなに幸せを与えられる人、


他にいないと思った。


もし、

お医者さんが言ったように、

本当にあと2、3年の命なのであれば、

絶対に後悔しないように、

ちょっとでも笑顔でいられるように、

できる限り側にいてあげたい。


私たち社会人が週末を待ちわびるの以上に、

祖母は私たちが訪れる週末を楽しみにしているんだ。


祖母と一緒の時間を過ごすことが、

祖母にとっても

あたしにとっても、

ベストな週末だって、

今は心から感じることができる。


また来週、


待っててね。












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