最近ボーカロイドの曲をちょっと聞いて見ているんですが、実にいいですね。
恐ろしいほどクオリティーが高いです。
これらの楽曲を生み出せる人がしっかりとネット上だけでも評価されているというのは素晴らしいことでしょう。
生計を立てていけるかはまた別の問題ですが。
それだけこういった文化の世界で生きていくのは大変なんでしょう。
技術を含めた様々なスキルを駆使して自分の伝えたいものを伝える、作りたいものを作る。
出来上がった作品は決して数字的な評価が付けられるわけでもないので
結局はどれだけの人に伝わるか、そして求められるか、というところになってくる。
多くの人に求められるものは需要と共有の原則に従って、そのもの自体の市場価値が上がっていく。
そして製作者が生活できるようになる。
ポイントはそれがただの市場価値でしかないことと、人の求めるものは集団心理によって他人に回りに左右されやすいという事だ。
ヒトは集団に適合していることに快楽を求める人間でもあるので、アイドルの様な大衆文化が悪いわけでもない。
アイドルのような低俗音楽のせいで、素晴らしい技術をもった音楽家が消えて行くなんて言うつもりもない。前述のように技術はスキルの一つであり、文化ははっきりとした優劣が付けられるものでもない。
生き残っていくのは求められるものであって、素晴らしい音楽が消えて行くというならば、それを受け入れるだけの能力が大衆になかったということだろう。
しかし人間はたくさん視覚的にも聴覚的にも触れたものを好きになる傾向がある。(好きだから見てるのか、見てるから好きなのかわからない状態ということである。)
つまり求められるものの尺度がコンテンツ自体以外にもあるということだ。
メディアコントロールにより、一部の人間が多くの人の目に触れる状態を作ることが可能なので、求められるものを意図的に作る出すことが部分的に可能ということだ。
結局は人は集団心理によって集まるので、その集めたメディアがある程度力をもつ。でもそこで扱われるコンテンツにおいて、TVなどの従来のマスメディアにおいては完全にコントロールされている。
そのようなコントロール下に置かれた強大なマスメディアがない状態を知らないからわからないが、文化だけに焦点を置くと、危険ではあると思う。
音楽などのおいても、本で言う再販売価格維持のように守られる法律があっていいと思う。
市場の原則だけに基づくと多様性が失われてしまうからだ。
短期的にはメリットが見えないから多様性が失われるのだが、長期的にはメリットがある。
ソーシャルメディアの普及によってコンテンツ自体の市場価値が高いものであれば、多くの人に認められる土台ができつつある。
すべての人が生み出すことの出来、優劣が付けづらく、なくても死ぬわけでもないものは(そこまで多くのモノに同時に熱中はしない)お金にしづらいことは事実だが。。
ではにわかの送るボカロ曲11選いきます!!
--■みくみくにしてあげる♪【してやんよ】 (2007)
-作詞・作曲 ika_mo
-ボーカル 初音ミク
--■二息歩行 (2009)
-作詞・作曲 DECO*27
-ボーカル 初音ミク
--■炉心融解(2008)
-作詞 kuma(alfred)
-作曲 iroha
-ボーカル 鏡音リン
--■モザイクロール (2010)
-作詞・作曲 DECO*27
-ボーカル GUMI
--■カゲロウデイズ (2011)
-作詞・作曲 じん
-ボーカル 初音ミクAppend(Vivid・Sweet)
--■初音ミクの消失(2007)
-作詞・作曲 cosMo(暴走P)
-ボーカル 初音ミク
--■キリトリセン (2011)
-作詞・作曲 40㍍P
-ボーカル GUMI
--■speed(2011)
-作詞・作曲 otetsu
-ボーカル 巡音ルカ・GUMI
--■メグメグ☆ファイアーエンドレスナイト(2009)
-作詞・作曲 samfree
-ボーカル GUMI
--■メルト (2007)
-作詞・作曲 ryo
-ボーカル 初音ミク
--■粘着系男子の15年ネチネチ
-作詞・作曲 家の裏でマンボウが死んでるP
-ボーカル 初音ミク
テーマ:音楽





