「もー、そんなイジワル言わないの! 大事な萌ちゃんが取られちゃったからって、」
側で聞いていた南が志藤の背中を叩いた。
「おれだってなあ・・・ゆうこと結婚するって社長に言うたとき! どんっだけ嫌味言われたか。 いまだにあの人は、おれには嫌味100%やし!」
志藤は鼻息を荒くして言った。
「まったく。 あんたらはさあ・・社長だって青天の霹靂やったと思うよ。 あんたとゆうこがデキてたなんて、全く思いもしなかったし。 社長もゆうこのことほんまに信頼して大事な秘書やったし。 しっかも・・いきなり妊娠させるしさあ。 しまいにゃ、ゆうこを家庭に引っ込めちゃうし。 社長が嫌味言いたくなるのもわかるって。 斯波ちゃんたちは誰もが納得するカップルやし、結婚だっていづれこーなることわかってるやん、」
南の言うことがいちいち図星だったので、志藤はムッとしながらも、
「・・ま。 おれも栗栖が幸せそうな顔してるのは。 嬉しいけど。 ・・これで彼女の望みやった子供だって。 何の差し障りもなくなるし、」
ちょっとため息をつきながら言った。
「子供かあ。 まあ、女心としてそれはあるよね。」
南は大きく頷いた。
「ま。 栗栖を泣かすなよ。 おまえはもうぜんっぶ彼女がわかってくれてるって甘えてるし。 これからは・・責任もって彼女を幸せにしないと、」
志藤の言葉に斯波は
「・・はい。」
神妙に頷いた。
「で! 式は? どーすんの?」
南がぱあっと明るい顔で身を乗り出した。
「は? 式?」
斯波はいきなりのことに面食らった。
「結婚式! どこでするの? 二人だけでこっそり~とかはないよね~?」
「し、式? って・・あんま考えてなかったけど、」
「え! 考えてなかったの? ちょっと! 志藤ちゃん!!」
南は芝居がかったように、オーバーに志藤の腕を揺さぶった。
「それはアカンなあ・・・。」
志藤も深刻そうな顔で頷いた。
「は?」
「おまえはどーでもええねん。 でも! 栗栖はあんっなに美しいのに! ウエディングドレスも着せてやらないつもりか?」
グサっと心に突き刺さった。
「そ・・それは・・」
正直
式を挙げること自体、何も考えていなかった。
「そーそー。 萌ちゃんはもう斯波ちゃんと結婚できればいいってそれしか望んでへんと思うけど。 あたしらはとっても見過ごせないよ~~~。」
南のねっとりと張り付くようなセリフに斯波は八神の北都邸でのパーティーを瞬時に思い出してしまった。
ま
まさか!!
あんなこっぱずかしいことを・・
おれにやれって??
どんどん汗が出てきた。
「それに。 あんた、萌ちゃんのお母さんにさあ、ちゃんと挨拶したの?」
「は??」
またもドキンとした。
「え! してへんの? 結婚すんのに挨拶もナシ?」
志藤もまたもオーバーに驚いた。
「・・あ、あいさつ??」
「まあ、萌ちゃんもお母さんとはいろいろあったけど。 今はようやく落ち着いてお母さんも頑張って仕事してるんやろ? どんな経過を辿ったとしても。 お母さんにとってはたった一人の肉親で娘やん。 ちゃんと挨拶くらいしないと!」
南は語気を強めてそう言った。
「な・・なんて言えば・・」
普段は冷静な斯波がかなりうろたえているのが二人はおもしろくなってきて、
「そら・・・『お嬢さんを下さい!』やろ。」
志藤は大真面目に言った。
「へっ!!」
ドラマでしか見たことがないその光景。
自分が??
斯波は思わずドンと壁に背中をつけるほど、動揺した。
「おれもな~~。 初めてゆうこの親に挨拶に行く時! めっちゃ緊張したな~~。」
志藤は懐かしそうにタバコの煙を燻らせながら言った。
「しかも、おなかに赤ちゃんまでいたしね~~。 ねえ、ゆうこのお父ちゃんって、浅草で大工の棟梁やっててさ。 もう絵に描いたような下町の頑固オヤジだったの! 血の気も多くて、ほんっとちゃぶ台ひっくり返す、みたいな人でさあ。 志藤ちゃんってばもう・・大変だったんだよね~~。」
南も思い出し笑いをしてしまった。
「ま、おれのことはいいけど。 男にとってさあ、結婚ってなったら一度は通らないといけない道じゃない? おまえもその苦労くらいしろよ・・」
ジロっと睨まれた。
け
結婚って・・・
なんて面倒くさいんだ・・・。
斯波は心拍数が上がってくるのが自分でもわかった。
結婚の現実に直面した斯波はヘンな汗が流れ始めてきました・・