ところが
「だからさっ！ 会社に電話してくんなっつーの！」
八神は電話の向こうの母に少々腹立たしかった。
「携帯に出ないからでしょ！」
なんだか
母もちょっと怒っているような口調だった。
「で、なに？」
ファイルを探しながら言うと、
「あんた・・・雅之さんにマンション買ってもらうってホントなの？」
いきなりその話題だったので驚いた。
その話をしていたのはゆうべだったのに。
「へっ？？ だ、誰が、そんなこと、」
「今朝、由美ちゃんから聞いたよ。 美咲がそんなこと言ってたって。」
美咲のヤロ～～～。
拳をぎゅうっと握り締めた。
「由美ちゃんはそのくらい出すわよ～、うちの人。 なんて言ってたけど！ 絶対にそんなの許さないからねっ！」
母のボルテージが上がってきたのが電話越しにわかる。
「ゆ、許さないって・・」
「そんなんしてもらったらあんた一生、多賀谷に頭上がらないわよ。 あんた貯金してるんでしょうね？ いくらあんの？」
「えっ、と。 いちおうボーナスは遣わないでとってあるから。 70万くらいかな・・」
「それだけ！？」
「それだけ？って。 すっげー節制してんだからな！」
「頭金のハナクソにもならないじゃない。 しかも、あんたまだ美咲に指輪も買ってないでしょ？」
ドキンとした。
「その代金にもならないじゃない。」
「も～～。 目の前真っ暗になるようなこと言うなよ～～。」
泣きたくなった。
母にさんざん文句を言われて電話を切った。
「ママからですかァ？」
夏希がからかうように聞くと、
「ったくうるせー・・ほんっとにもう、」
八神はデスクに突っ伏してしまった。
「え？ マンション？ 買うんですか？」
休憩室に移動した夏希は八神に言った。
「マンションを買うってすっげーことだと思うし・・」
八神はもうため息しか出てこなかった。
そこに
「あれ？」
高宮がやってきた。
「あ、隆ちゃん。 聞いて。 八神さんねえ、マンション買うんだって。」
夏希が明るく言ったので、
「買うなんて言ってねーだろっ！ 願望！」
八神は激しく否定した。
「へえ。 ああ、そういえば。 ついに結婚するそうですね。 おめでとうございます。」
高宮が言うと、
「まったく感情が篭ってねえ、言い方。 ありがとよ。」
八神は恨めしそうに彼を見た。
「でも買うとなると頭金だけでも大変ですね。 どのへんで？」
高宮も横に座った。
「今住んでる阿佐ヶ谷あたりで。 あそこは美咲の職場の新宿にも近いし、乗り換えるけど実家に帰るのにも都合がいいから。 便利だし。」
「阿佐ヶ谷ですかあ。 まあ、でも新築マンションで、そうですね。 将来のことを考えて最低、3LDKは必要ですよね・・。 そうすっと、阿佐ヶ谷あたりで最低4000万くらいはするんじゃないですか？」
「4000万！？」
「中古って手もありますけどね。 今、建築偽装なんかの問題もあるから作った時期なんかも調べた方がいいですけど。」
「頭金ってどんくらいかな・・」
「まあ、いろいろプランはあると思いますけど。 たとえば・・。4000万の物件くらいだと・・まあ800以上はないと苦しいですよね。 できれば2割以上は。」
「2割？？ え？ 800万？？」
「ええ。」
現実をつきつけられ、さらに落ち込む。
おれの貯金が70万だっつーのに。
ほんと
ハナクソにもなりゃしねーじゃん。
高宮は尚も、
「頭金ナシでもローンは組めますが、月々の支払いがかなり苦しくなりますね・・」
ポケットから小さな電卓を出して計算し始めた。
「まあ、だいたい・・ざっとですけど月々15万は返して行かないと。 それを考えると苦しいでしょうがやはり多少は頭金があったほうがいいですよ。 この辺の地価相場はたぶん去年と比べて落ちていますから、買いどきと言えば買いどきですが。 マンション買うと今度固定資産税も発生してきますから。 これもバカにならないし。 あ、住宅ローン組んだら、その分、申告すれば税金は控除になりますから、それを忘れるともったいないですよ、」
一方的にベラベラとまくしたてられ。
八神と夏希は目をぱちくりしながら聞いてしまった。
「・・・なんか、おれ自信なくなってきた、」
結局、ガックリするだけだった。
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