「高宮さんのことはね。 大まかだけど、夏希から聞いてる。 ホントはお兄さんが亡くなったことも聞いてたの。 昨日はヘタな芝居しちゃったけど、」
夏希の母は笑った。
「え、」
「夏希が。 高宮さんにはそんなこと言わないでって、言うから。 高宮さんが家族と疎遠になっちゃってること、すっごい気にしてるみたい。」
夏希がそんなことを考えているとは思ってもみなかった。
「ほんと、夏希とお母さんを見てると。 いい家族だなあって。 ぼくは小さい頃からあまり両親といる時間がなかったから。 父はほとんど家にいなかったし、母はそんな父を支えながら、兄の教育に身を削って。 ぼくと妹ははお手伝いさんに育てられたようなものでした。 家族全員で食卓を囲んだことさえ、記憶にあまりないくらいですから。 家族がいったいなんなのか。それさえもわからずに育ってしまいました。」
高宮は寂しそうにため息をつく。
夏希の母はコーヒーをカップに注ぎながら、
「夏希の父親はね、小学校の校長先生だったの。」
ふっと笑いながら言った。
「えっ・・・・」
失礼だが
あまりに彼女とのギャップがありすぎて
ちょっと想像つかない。
「あの子が中学生に上がったくらいのときかな。 校長になったのは。 とにかく、まあ、熱心な人でね。 学校でも家でも。口ぐせは、『子供には溢れるくらいの愛情を注ぎなさい』だった。」
クスっと笑った。
「子供のころに、家庭から溢れるほどの愛情を注いで育てたら、きっと子供はなにがあってもそこに戻ってくるって。 家庭がそういう場所だってこと、本能的に覚えるって。 そういうの知ってる子はね、グレたりしないって。」
溢れるほどの
愛情・・・。
「それは甘やかすって意味じゃなくてね。 子供と真剣に向き合って、なにを考えているのかとか。 子供が今思うことだとか、全部汲み取ってやることなんだって。」
なんだか
胸がいっぱいになってくる。
「想像だけで言うのは失礼だけど。 高宮さんは自分が帰れる場所、探してるのかなあって。」
母の優しい優しい言葉に
不覚にも
涙が出てきてしまった。
今の自分には帰る場所なんかない。
親からの愛情なんて
全くわからない。
「もう、選挙以外に大事なもんないんですよ。 ウチの親は、」
情けなくなってきた。
「今はそうかもしれない。 でもね、きっと、もっともっと時間が経ったら。それだけじゃないってわかるかもしれない。 人間、年取ると、考えは変わっていくしね。 お父さんだって政治家である前に人間だもん、」
高宮は鼻をすすった。
「夏希はね、たぶん、難しいことはいっこもわかってないと思うけど。 でも、あんたの心の中にぽっかりあいた穴がることはわかってると思う。 あの子がそれを埋められるほどの存在かどうかは別にして、あんたの寂しさを受け入れる覚悟はあるんだなあって、思った。」
ヤバ・・・
ほんっと
涙、止まらない。
高宮は手で涙を拭った。
「ぼくは・・・もう夏希以外にはなにもいらないんです、」
そんな彼の言葉に
母は少しだけ驚いたあと、
「ま、あたしもね、難しいことわかんないから!夏希はお父さんの血は一滴も引いてないと思うから。 あたしの血、100%みたいな子だからね。 えらそーなこと言えないけどさ!」
夏希の母は彼女ソックリな笑い方で、明るく笑った。
「は・・・・」
もう
泣き笑いみたいに、
高宮はちょっとだけ笑った。
「ね、メルアド交換してくれない? 夏希に内緒のことなんかも相談したいから。」
いたずらっぽく笑う母にさらに涙が引っ込んだ。
「たっだいまあ!」
その空気を打ち破るように、けたたましいほどの大声が玄関から聞こえる。
「あ~あ、うるさいのが帰ってきたよ、」
母は笑って立ち上がる。
「な・・、」
高宮はいきなり4~5人の夏希の友人に囲まれた。
「うっそ! やっぱりホントだったんだァ~! うっそみたい! 夏希が彼氏連れてくるなんて~!」
「しっかも! めっちゃイケメンじゃん! 背も高いし!」
「超エリートなんだってよ! あんまり恥ずかしいこと言っちゃダメだよ!」
「アツシにメールしよ、」
口々に色んなことを言う彼らに、
「ご、ごめんなさい。 なんっかみんな、隆ちゃんのこと見たいって言うから・・」
夏希は申し訳なさそうに言った。
「や・・・別に」
ひきつった顔で答える。
そして
「や~~! 海日和だな~!」
「ね、コレおいしいよ。 食べてみて!」
みんなで車に乗り込んで
なぜか海に向かうハメに
「ほんっと、ゴメンね、」
夏希はまたも申し訳ないように言った。
二人で海、を想像していた高宮は
「別に、」
同じようにひきつった笑顔を見せて、やり過ごす。
車で15分ほど走ると、もう海だった。
家から水着を着て来たので、みんな車の陰でいきなり服を脱ぎだす。
「い、いっくら水着着てるからってさあ。」
高宮はためらう。
夏希もTシャツを脱ぎながら、
「え、子供のころからこうしてましたよ、」
ケロっとして言った。
「それは子供だからだろっ!」
夏希はあっという間に水着になってしまった。
タンキニのビキニ姿が眩しい。
手足がスラっと長くて、胸もそれなりにある彼女にはすごくよく似合った。
「平気、平気。 誰も見てないから!」
いたずらっ子のような笑顔に
また心射抜かれた。
真夏の空の下、開放的にみんな弾けて・・