色聴に関して。

テーマ:

一昔前は色聴に関して色々と面白いと考え、
自分の考えを論文もどきにまとめてみたりもしましたが、
あまり意味の無い行為であったというか、
共感覚と音楽を結びつけて考えるのは
音楽の本道から逸れる行為であると思うようになり論文も削除しました。


すべてを端折って結論だけを述べると
私にはこんな風に見えます。




色はマンセル色相環で定量的に表しています。
私の場合は調性に対して色彩を感じるわけですが、
発動条件は人それぞれのようです。


面白そうだと感じる方は「共感覚」「色聴」などで
調べてみると良いかもしれません。


私としてはこれは音楽と結びつけて考えるべきではないと
現時点では考えています。


メシアン、スクリャービン、コルサコフなど
作曲家の中には共感覚の所有者がおり、
色聴であったと言われている人が何人かいますが
音楽であることを捨てて、
それだけを全面に押し出した作品は残していません。
現代の日本の作曲家にもたくさん色聴所有者はいるようです。


もちろん見えるものは見えるので作曲時に
影響を全く受けないというわけにはいかず
無意識下での影響はあるでしょうが、
私としても、あんまり色聴を全面に押し出す作品は
もう何年も作っていませんし、
今後も作ることはないでしょうし、
あまり意識もしなくなりました。


やはり誰にも理解されない、
自分にしか見えていないというのが最大の理由です。


誰とも共感出来ない、誰にも自分の意図を伝達できないツールに
存在意義はないと感じています。

何処にも通じない携帯電話が
通話するための道具としては存在意義がないようなものです。


色聴は全員がある音に対して同じ色を見るわけではなく、
また発動条件も人それぞれです。

感度も人それぞれで12音中A音だけが赤く見えるが、
それ以外は何も感じないという人もいました。


(おそらく僅かでも共感覚があるという意味において)
2000人に一人と昔は何かで読んだことがありますが、
個人的にはもっといると思っています。


学校で教員をやっていた頃、色々なクラスで授業を受け持つ度に
生徒全員にこのことを教壇からまとめて話したことが何度もありますが、
何人も自分もそうだという生徒はいました。


もちろん条件や感度は人それぞれで、
内気な生徒であれば、共感覚であっても
黙っていた子もいると思うので、
実際にはもっと多かったのかもしれません。


そしてやはり、ある音に対して見える色は
完全に全員揃っていたわけではありません。


ある人にはドが白に見え、別の人にはドが赤に見えます。
全員が同じものを共感出来ないという部分に大いに問題を感じます。


携帯電話で私が「こんにちは」と話したら
相手先には「さようなら」と聞こえてしまう、あるいは聞こえもしないのであれば
そんな特殊な携帯電話は使わないほうが良いでしょう。


絵を描くときに赤い絵の具を塗ったのに、
別の人には青く、または黄色く見えてしまうのでは
画家の意図を伝えるツールとしてはその絵の具は破綻しています。
普通の絵の具を使うべきと多くの画家は考えるでしょう。


私にとっては色聴はそんな自分一人だけの狭い感覚です。
全員が同じ感度で同じ音に対して同じ色彩を感じるときに
始めて共感が起こり、芸術の表現形式としての意味をなすのであって、
そうでないならば、むしろそんな不確定なものを主軸において
物事を進めるのはあまりにも不確実に思えます。


話のネタとしては面白いかもしれませんが、
それは音楽の本質からかけ離れています。


また調に対しての印象も私は持っていますが、
これも考えようで、色聴や音視と同様に考えるべきでしょう。


*以下、見えない見にくい文字は範囲選択すると見えます。
                                                                                                                                                                                                        
  

調

  
  

  
  

調の性格的印象と力

  
  

ハ長調

  
  

白色

  
  

単純明快・素朴で無装飾。(白だと見えないので黒で記載)

  
  

ハ短調

  
  

銀色

  
  

真剣な感情や情熱を表す。全調の中で最も鋭い印象。

  
  

嬰ハ長調

  
  

金色っぽい

  
  

装飾的な意味での華やかさ。着飾っているという虚構的な雰囲気。

  
  

嬰ハ短調

  
  

黄土色

  
  

それほど強くない寂しさ、孤独感を示す。色彩的にも薄く、あまり力もない。

  
  

ニ長調

  
  

  
  

全の調の中で最も神聖な印象。人造ではない超自然的な神聖さ。

  
  

ニ短調

  
  

ダークブルー

  
  全の調の中で最も陰鬱で魔に近い調。絶望的な悲しみを示す。  
  

変ホ短調

  
  

赤みがかった薄い灰色

  
  

ト短調のような純潔さや変イ長調のような淡い悲しみではなく、どちらかというと俗っぽい感じがする。自己憐憫。

  
  

変ホ長調

  
  

白銀色

  
  

♭3つの持つ真剣な感じは長調同様。調そのものが輝きをもっている。装飾でない内面からの輝き。

  
  

ホ長調

  
  

黄色

  
  

内面から溢れ出る喜び、世俗的な喜びや楽しさ。俗的な感じが強い。

  
  

ホ短調

  
  

暗い緑

  
  

内面に向かう悲しみ。自虐的な攻撃心を表現する。内側に向かう負のエネルギーを持つ。

  
  

ヘ長調

  
  

水色

  
  

何処か牧歌的。よい過去への回想。穏やかな喜び、大人が幼少時代を思い出すような雰囲気。

  
  

ヘ短調

  
  

赤紫

  
  

外に向かう負の感情。ハ短調には劣るがかなりの鋭利さを持ち外部を傷つける。ホ短調とは力の向きが正反対。美化された悲しい想い。悲しくも美しい短調。自己憐憫。

  
  

変ト長調

  
 

薄い赤茶色

  
  ♭系で最も俗っぽい性格。強い個性を持っておらずどっち付かずの平凡さ。  
  

嬰ヘ短調

  
  

暗い赤

  
  

自己憐憫。ヘ短調と違い外に向かう力はなくホ短調とも違い内にも向かわない。行き場のない悲しみ。

  
  

ト長調

  

  
 

緑の調、ニ長調に続き人造の神聖さでない超自然的な印象をもっている。この緑は大自然の緑でもある。癒すような優しさ。 

  

ト短調

  
  

薄い灰色

  
  

無気力。この調に力はほとんどない。しかし無垢さや純潔さを持っている。

  
  

嬰ト短調

  
  

灰色

  
  
あまり力を持っていない調。無気力。
  
  

変イ長調

  
  

淡い赤色

  
  淡い悲しみ、影のある喜び。最も短調に近い長調。  
  

イ長調

  
  

  
  情熱的・燃えるような赤。夢や未来への希望に燃えるストレートな明るい情熱。
  
  

イ短調

  
  

やや暗い赤

  
  暗い赤と書いたが色彩印象が非常に弱い。簡潔な悲しみ。  
  

変ロ長調

  
  

明るい灰色

  
  あまり力を持たない脱力的な長調。明るい光沢のない灰色の長調。。  
  

変ロ短調

  
  やや茶色がかった灰色    僅かな鋭さと美化された虚構。 
  

ロ長調

  
  

輝きのある灰色

  
  着飾った印象を受けるが、嬰ハ長調ほどの虚構さない。これもそれほどの力はもっていないが、どこか不思議な輝き、神聖さがある。  
  

ロ短調

  
  

少し青みがかった灰色

  
 最も長調に近い短調。救いのある悲しみや失望を表現する。  



文字色はアメブロのカラーパレットから近しい色を選んでいます。
パレットの色数が少ないのであまり正確ではありません。


今でもレッスンの生徒さんに調に関する印象を聞いてみたりすることがありますが、
やはり人それぞれです。


私の色と調に対する印象はある程度リンクしていますが、
これは今でも作曲するときの調選択、
つまり作り始めるときに「何のキーにしようかな~」という時に
一応役立ってはいます。


しかしこれが他人に理解されるわけでもなく、
私が勝手にたった一人で感じているだけのことです。


ある意味役には立ちますが、色聴や音視を全面に押し出した芸術に
未来はないのではないでしょうか。


音楽はやはり音楽として面白くなければ
音楽としての価値はないわけで、
音楽以外の要素は音楽の道を追求するのに
役に立つことはあっても、それはあれば便利だ程度であって、
それを真ん中に据えてはいけないように思えます。



バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、
シューベルト、ショパン、ブラームス、フランク、
ドビュッシー、ラヴェルなどが色聴だったかどうかは知りませんが、
そんなことは関係なしに素晴らしい作品をたくさん残しています。


それは音楽が音楽として高度であるからこそであり、
誰にも理解されない閉じた感覚だけを頼りに
音楽を作っていたら多分今のような価値は
彼らには見い出されていないでしょう。


正直見えたから何の役に立つのくらいにしか思えません。
視覚はどちらかというと絵画芸術の領分であって、
音楽からはむしろ切り離して考えるべきのように思えます。


もちろんこれは芸術としての話であって、
娯楽としては面白いかもしれない思います。


例えばレの鍵盤を押すと青い光が出るような玩具の鍵盤は
子供が喜ぶかもしれませんし、
そんなピアノで色々なピアノ曲を弾くのも
ある意味面白いかもしれません。
(ディズニーにそんなオルガンがあったような気がします)


自分が進みたいと思う進歩の道は人それぞれですが、
音楽の本質は少なくとも、
誰とも共感出来ない、独りだけの閉じた世界ではないはずなので
私としてはあまり意味ないと感じるようになりました。


芸術の進歩における音楽は
ほかの何かと混ぜて考えるのではなく
音楽としてのみで考えるべきというのが現時点の私の考えになります。


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NUVOのDooDが面白そうです。

テーマ:
島村楽器で500円で買ってきたピッチの怪しいリコーダーを
マイクで録音して自分の曲で使ったりしているのですが、
これならほかの楽器(簡単に弾ける楽器限定)も何か出来るんじゃないか?
と思っていたところ面白そうな楽器を見つけました。


NUVO DooD

NUVO DooD 公式

防音もしていない壁も天井も薄いの部屋なので
大きな音は出せないのですが、
半分オモチャみたいな可愛い音のする楽器が
BGMを作るときに欲しくなることが多いので
これは結構面白そうかもしれません。


発音方式はクラリネットやサックスと同じシングルリードですが、
運指はリコーダーというコンセプトのプラスチック楽器です。


いまさらクラリネットの運指を覚えたり、
ゼロから練習するのは正直キツいですが、
リコーダーの運指そのままで
音だけクラリネットやサックスっぽい音が出るのは興味深いです。


私の場合は本気で楽器演奏をやりたいわけではなく、
BGMで安っぽく可愛い音が欲しいなぁというときに
自分の意図するソフト音源では出しにくいニュアンスを
生演奏なら簡単に出せるというメリットが
BGMをよく作る私にとっては気になるのです。


多くのソフト音源は高品質且つリアル指向であり、
高価な楽器を使ってプロの演奏家が一流の録音環境で
収録しているのが一般的なので
音色が良い、ピッチが正確、演奏が上手い、綺麗に録れている、
という本来長所となるべき部分が
可愛い感じのBGMでは逆にデメリットになることがあります。


ちょっとくらいピッチが不安定だったり、
演奏がたどたどしかったりするほうが
逆に良い場合も多々あります。
(程度問題ではありますが)


もちろんMIDI入力はそういう風にすることで
いくらでもカバー出来ますが、
やっぱり自分で吹いて入れるのは楽しいですし、
音源では出せないニュアンスを出すことも出来ます。


特に大事なのが音色で、ニュアンスはMIDI次第でなんとかなりますが、
音色は(ある程度作り込めるものの)基本的には音源依存なので
高価でよく手入れされている良い楽器の音色ではなくて
もっと安っぽいオモチャみたいな感じが欲しいときに
そういう音源がDTM業界にあまり普及していないのが
こういった方面に目が向く一番の理由です。







DooDの生演奏を聴ける動画は少ないのですが、
発音方式はシングルリードという意味では
サックス、クラリネットと同じで、音ももちろん似ています。


クラリネットは基本 木管楽器であり、木材やABS樹脂主体ですが、
サックスは真鍮(銅と亜鉛の合金)主体で材質も違えば、
穴を指で押さえる方式もサックスとクラリネットで異なるため
Doodはサックスなのか、それともクラリネットなのか?と考えると難しい部分です。


穴を全部パッドで押さえるサックスと違い、
一部穴を指で押さえたりするクラリネットの方が近いような気もしますが、
運指はリコーダーなのでサックスに似ています。


サックスは開管か閉管は難しい問題ですが
(一応円錐形なので開管という風に私は考えていますが)、
クラリネットは円柱形、サックスは円錐形、Doodは円柱形ですので
Doodは閉管であり、管の構造はクラリネットに近いと考えるべきと思います。


結局、2つの楽器の要素がミックスされた
シングルリードで円柱形のプラスチック製で
閉管のリコーダー運指のオリジナル楽器ということになります。


お値段もお手頃で3000円~4000円くらいで売られており、
ちゃんとシングルリードとして使える楽器というか、
半分オモチャみたいなものとして買うには丁度良い感じです。


プラスチック製ですから丸ごと水洗いOKですし、
管理湿度を気にする必要もなく
ちょっと落としたくらいでは壊れない頑丈さ、
そして何より可愛い感じの安っぽい音色が個人的には気になりました。

BGMで使えそうな可愛い感じの楽器だと思います。

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ギターのオクターブピッチが少し合わなくなってきたのと
弦を2ランク太いものに変えたので久々にオクターブピッチ調整と
弦高をもっと低くして弾きやすくしたいので調整をしてみました。


ギターのリペアショップなどに頼むと
専門の方がメンテナンス込みでオクターブピッチ調整をしてくれますが、
少しの手間と小道具があれば、自分で出来る範疇です。


まず弦が太くなった分と
好みの弦高に設定するためにブリッジの高さを調整します。


ペンチでブリッジの付け根を摘まんで丁度良い高さに調整しますが、
2ランク弦が太くなったくらいでは
そんなに弄る必要はないかもしれません。

次にネックの先端のトラスロッドカバーを外して、
トラスロッドを回します。

トラスロッドの反りについて

レンチのサイズは色々あるので、
自分のギターのサイズがわからないときは
サイズ違いを複数持っておくと良いかもしれません。


弦高は低ければ低いほど弾きやすいですが、
やり過ぎると弦がビビるのでギリギリのラインを探ります。

あるいはパンクなどは弦がビビっているのがカッコいいという風に
考える人もいるので、
少しくらいならビビっても良いかもとも思います。
歪ませたらそんなにわかりません。
(クリーンだと目立ちますが…)

ネックの反りやブリッジの高さは設定がシビアですので、
必要がない限り触らない方が無難です。
色々弄っていたら、ちゃんとした状態に出来なくなった…
なんてこともあるかもしれません。


弦の高さが大体決まったら
オクターブピッチの調整を行います。

サウンドハウスさんの動画がとても参考になります。
動画はこちら


ブリッジ側の調整に必要な道具がギターによって変わり、
ドライバーで回すものや六角レンチを使うものがありますが、
私のギターは六角レンチタイプです。


面倒なので、弦は緩めたりせずそのままで
ブリッジのサドル部分の六角レンチを緩めておきます。



サドル部分は固定されていなくても弦がピンと張っていれば、
ちょっとピッキングしたくらいでは動いたりはしないので、
この状態で12フレットを押さえた音と
12フレットのハーモニクス音を合わせていきます。


実音の音程の方が低い場合は
サドルをギターのネック側に近づけ、
実音の音程の方が高い場合は
サドルをネック側から離します。


調整前の12フレット

調整前の12フレットのハーモニクス

画像は3弦ですが、ハーモニクスの方がちょっとだけ高いので、
音を鳴らしながらピッチが合う部分を見つけて、
丁度良い場所が見つかるまで何度もリトライします。



調整後の12フレット

調整後の12フレットのハーモニクス


ピッチがしっかり合ったら弦を少しずらして
六角レンチでしっかりサドルを固定します。


トラスロッドやブリッジの調整まで行うと
少し時間が掛かりますが、
オクターブピッチ調整だけなら
慣れれば10分掛からないかもしれません。


弦の太さ、高さの変更、あるいはもっと大規模な改造で
ピックアップを変えるなどしたら
その都度オクターブピッチ調整は行う必要がありますが、
弦を同じ太さのものに交換するだけなら
1度しっかり合わせておけば毎回行う必要はありません。


すんなり行けば良いのですが、
ネットを見ていると色々なトラブル(弦の不良)が起こることもあり、
難しそうなら楽器屋さんに依頼するのも一つの手です。


もっと太い音にしたくて弦を太くしたのは良いのですが、
元々大してギターが弾けない上に、
弦が太くなったことで「押さえにくい…」という感じになってしまったので、
せっかく交換したものの細いものに戻そうかと
早速思案しています。


最後までお読み頂き有り難う御座いました。


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ミヨー プロヴァンス組曲

テーマ:
たまには私の個人的に好きな曲を紹介してみたいです。

好きな作曲家はたくさんいますし、
好きでなくとも私自身の向上のために有益である作曲家もたくさんいますが、
どうも私は近現代のフランス系が好きらしく、
フォーレドビュッシーラヴェル辺りからスタートし、
ミヨーメシアン、あるいはブーランシェ
もっと後ならジェラール・グリゼートリスタン・ミライユあたりが好きです。


ミヨー(1892年生まれ)を紹介してみたいと思いますが、
ドビュッシーのちょっと後くらいの世代の人で
複調性、多調性をよく使う作曲家です。


ミヨー プロヴァンス組曲
Darius Milhaud, Suite provençale, Op.152, Plusieurs



ミヨーにはたくさんの作品がありますが、
わかりやすい作品としては「プロヴァンス組曲」なんかが好きです。

プロヴァンスはフランス南部地方で
ゴッホが訪れてたくさん絵を描いたのでも有名です。
(サン=レミやアルル時代)


第一楽章はとても元気が良くて
現代のRPGのオープニングで鳴っていても良さそうな感じです。


結局のところ音楽は趣味嗜好の問題でありますが、
大作曲家たちの誰によらず尊敬出来る部分は
各々が明確な個性を獲得している点です。


wikiからのコピペですが、
ある日ミヨーがザビエル・ルルー(先生)に自作のヴァイオリンソナタを見せたところ、
ルルーは「君は私のクラスで何をしているのかね? 
君は既に自分の和声語法を持っているのに、
さらに因習的な和声を習おうとしているのか。クラスを去りたまえ」

と言ったと言われています。


Darius Milhaud Sonata for Violin & Piano I

前述の逸話のがこの曲かどうかわかりませんが、ミヨーっぽい感がちゃんとします。

ミヨーに限らず近現代の作曲家の多くは金太郞飴みたな作品が多く、
デビューまでにみっちり修行をして如何にも若書きみたいな未熟な作品がほとんどなかったり、
あるいはブラームスみたいに厳しい自己批判から未熟な作品はすべて
暖炉で燃やすみたいな場合が多く、
wikiの逸話に出てくるヴァイオリンソナタが1番のソナタかどうかはわかりませんが、
個性を既に獲得しているように思えます。



ともあれモーツァルトの曲はモーツァルトっぽいし、
ショパンの曲はショパンっぽいです。


またもしドビュッシーがまだ生きていて、
彼の新曲が出て予備情報なく私がそれを初めて聞いたらおそらく
「なんかこの曲ドビュッシーっぽいな…」と思うはずです。


そのくらい明確な個性があるわけですが、
和声法だったり、管弦楽法だったり、リズムだったり、もっと別の部分だったり
色々なところに理由があり、それを掴めばある程度までは
芸人のようにモノマネすることが可能です。



そういったことは学習段階としては有益ですし、
仕事の上で役に立つこともあるでしょうし、
私自身もやってきましたし、
今まさにやっている学生さんもたくさんいると思うのですが、
やはり音楽の進歩において最も望む物は個性の獲得ではないでしょうか。


私自身もその個性を獲得したいと思っていますが、
まだまだ修行中という感じです。


聞いてその人の曲だとわかるというのは凄いことだと思います。



また学生時代に何の本で読んだか忘れてしまいましたが、
ミヨーは復調のアイデアを得るのに、
バッハのフーガの技法を見ているときに復調部分を発見した…とか
丘の上にいるときに色々な角度から別のキーの音楽が同時に聞こえてきたとか
そんな話を読んだことがあります。


具体的にどの部分かは本には書いてなかったのですが、
私の作曲理論の本からの抜粋になってしまい恐縮ではありますが、
楽譜をさらってみたところそれっぽい箇所を見つけました。



バッハ フーガの技法 8度のカノン 60小節目

上段と下段をそれぞれ分離して考えてみると
たしかにキーが違うように見えます。

上段が二短調、下段がイ短調

上下バラバラで考えてみるとたしかにキーが違うように見えます。


前情報なしで上の譜面を見せられて
調判定しろと言われたら誰もがニ短調と答えるのではないかと思います。


フーガの技法は楽器が指定されていないので、
例えば弦楽器などで弾いた場合は
各々のパートはキー違いになり、
ミヨーが具体的にどの部分を見たのかはわかりませんが、
おそらくはこういうことだと思います。
ほかにも探せばありそうです。


バッハが復調を意識して書いているとは思えないのですが、
結果的にそのようなスコアになり、
ミヨーには復調に見えてインスピレーションを得たという感じでしょうか。


最後までお読み頂き有り難う御座いました。

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エリックサティ ピアノ全集

テーマ:
最近は色々な作曲家の曲を勉強し直そうと努力していますが、
今まであんまり注目してこなかった
サティーもやってみようかと思い、
エリックサティピアノ全集を買ってみました。


ドビュッシー、ラヴェルからの尊敬は厚いものの、
それまでの伝統的な作曲法から大きく外れているため
音楽界の異端児などと呼ばれていますが、
良い機会なので広く目を通してみようと思っています。


旋法、平行和音など近代フランス音楽で多く用いられた手法の多くは
サティーが始めたものも多く、
個人的な印象としては同じ近代フランスのドビュッシーやラヴェルは
それらの発展的な技法をあくまで古典的な基礎の上で
開花させた作曲家であるのに対して、
サティーはもっと自由に、悪く言えば伝統をまるきり無視しているようにも
思える部分もあり、
この辺りが全体を見渡した上で具体的にどうなのか?ということと、
純粋に作曲の勉強としてやってみたい感じです。



〈犬のための〉ぶよぶよした前奏曲やヴェクサシオンなど
奇抜なタイトル、奇抜な楽曲で知られている作曲家ですが、
有名なジムノペディーやグノシェンヌやその他数曲を
過去に学んだに過ぎないので、
ネットで簡単に集められる情報以上に
多くを語れるほど詳しいわけでないため、
しっかり取り組んでみます。



BGMでそのまま使えそうな楽曲も多く、
古典和声から見れば、もはや比べるべくもない
ヘンテコリンな和声や記譜だらけで
元々ある程度は知ってはいるものの
作曲のネタ集めには最適そうです。



メシアンが好きです。

テーマ:
好きな作曲家はたくさんいて、
特にモーツァルト、ベートーヴェンが好きです。


近現代でも好きな作曲家はたくさんおり、
中でもメシアンは特に好きな作曲家の一人です。



動画の原題:Quatuor pour la fin du temps(英語:Quartet for the End of Time)は
直訳すると「時の終わりのための四重奏」ですが、
日本語では「世の終わりのための四重奏」と訳されることが多く、
メシアンの個性を十分に発揮した名曲として知られています。


メシアンはユダヤ人なので、
第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、
収容所に収容されていましたが、
そのときに作曲された曲だそうで
ヴァイオリン、クラリネット、ピアノ、チェロという
かなり変則的な編成で(不自由な収容所で演奏可能な編成がこれだったらしい)、
日本だと武満徹が影響を受けて同じ編成で曲を書いていたりします。


相当な難曲であり、この曲のどの動画を見ても演奏者全員が楽譜に目が釘付けで
おそらく暗譜は限りなく不可能に近いくらい
複雑なのだと思います。


メシアン明確な個性を確立している作曲家で、
聞いて一発でメシアンだとはっきりとわかる音使いは
好き嫌いがはっきりと別れ、
私個人としては素晴らしいと思う反面、
逆に響きの多様性が限定的とも思えたりもします。


彼自身の論文「わが音楽語法」でも解説されていますが、
「逆行不可能なリズム」「移調の限られた旋法」「添加価値」etc…など
若い頃から自分の個性を明確に発揮していて、
私もBGMのお仕事でメシアンの技法を随分使わせてもらっていますが、
頭が良すぎるとこうなってしまうんだろうなぁ…という印象を
ヒシヒシと受ける作曲家の一人であり、
知性が極端に発達している感じがありありとあらゆる曲に見られます。



昔「わが音楽語法」を読んだので、
スコアを見ればある程度まではその技法を理解出来ますし、
メシアンっぽい作曲技法は前に書いた作曲の基礎理論本でも
主に移調の限られた旋法について触れていますが、
やっぱり如何にも現代音楽な感じで、非常に難しいです。



一口に現代音楽といっても色々な方向性やコンセプトがあり、
そのすべてが文句なしに素晴らしいと手放しで褒めることは私には出来ず、
むしろある種の現代音楽には破壊性があるとすら感じられますが、
あくまで個人的な見解として
メシアンは人類の知性平均レベルに対して進歩しすぎているので、
全然聴衆が付いてきてない感じがします。


現代においては誰がどう見たって、クラシックの現代音楽よりも
ポップスやロックあるいはアニソンの方が人気がありますし、
人口に膾炙しているという意味ではバッハやベートーヴェンのような
とうの昔に亡くなった作曲家のほうが存命の作曲家よりも価値があるように見えます。



クラシックの現代音楽は理屈を説明してもらわないと意味がわからないという
小難しい側面がいくらかあり、
単純に音楽の響きよりも、
その響きの下敷き、あるいは記譜に込められたある種の法則・ルールに
意味があると考えられて作られたものが多いので、
直接感情に訴えるような、つまり音楽を聴いて直で楽しいと思えるようなものが
ポップスやロック、あるいはクラシックの古典やロマンに比べると
著しく少ないため、どうしても難解であると多くの人に受け取られてしまうのでしょう。


事実難解だと思いますし、
完全な「オレ流ルール」で書かれている曲も多数あり
少しばかり音楽を囓っている程度の私では「???」となる曲も多いです。


メシアンは素晴らしい作曲家ですし、
トゥーランガリーラ交響曲や幼子イエスに注ぐ20のまなざし、
クロノクロミー、など名曲は一杯ありますが、
やっぱり難解であり、聞く側の趣味嗜好の問題に加え、
知性が相当発達しないと楽しむことが出来ないように思えます。


ドビュッシーやラヴェルあたりまでなら、
分析して、理解し、自分でその技法を再現するには
それなりの知性の発達が必要ですが、
彼らの音楽にはわりと直接感情に訴えるようなポップな要素もあり、
高い芸術性を有しているとともに、そのポップな感じや覚えやすい旋律が
現代人にも受け入れられています。


現代音楽はそのポップな感じや覚えやすい旋律がないものが多く、
全部がそうではありませんが、
どちらかというと感情よりも知性のほうに重きを置いているように思えますし、
袋小路に入ってしまっている現代音楽を見渡すときに、
これから音楽はどうなっていくのか、
あるいは自分はどんな作品を書いたらいいのかと
考えることもあります。


もし人類が全員の知性レベルが今の何百何千倍も発達し、
現在いわゆる天才と呼ばれるような人類の0.0001%程度の人たちが
一般人レベルになるまで人類の知性レベルの底上げがされれば、
あらゆるものが変わってくるのでしょうが、
そんなことはずっと先の話であり、
少なくとも私が生きている間にはありえない話です。



どんな音楽を書いたらいいのか?といま書きましたが、
結局は書きたいように書けばいいわけで、
人それぞれ自分の知性や感性の進歩・発達の度合いによって
良しとする曲を作ればよいのであり、
あんまり難しく考える必要はないようにも思えます。


問題は複雑であっても、その取り組み方は単純であっても良いわけで、
各々がやりたいようにやれば、
現代音楽もバロック→古典→ロマン→…と進歩してきたように
次の段階へ進んでいくのかもしれません。




世界最古のBGM?

テーマ:
レッスンの課題で色々なジャンルの色々な音楽について
調べてもらう課題を出しているのですが、
面白い話を見つけました。


今日、ストーリーに音楽を付ける、すなわち劇伴あるいはBGMは
一般的になっていますが、
ゲームやアニメ、映画やドラマなどのBGMも
その起源を辿ればクラシックのオペラであり、
オペラの音楽を学ぶのはBGM作りに大いに役に立ちますし、
私自身も勉強してきました。


現在記録が残っているオペラとしては
1597年ごろにヤコポ・ペーリというイタリアの作曲家が
ギリシャ神話を題材にした『ダフネ』(Dafne)を作曲したという記録があり、
これが記録が残っている意味では、
世界最古のBGMとなるそうです。


ただこれは楽譜が失われている?らしいので、
ちゃんと楽譜が残っており、音源化されているのは
同じくペーリの『エウリディーチェ』(Euridice)が
現存するものとしては世界最古のBGMのようです。





同時期の作曲家のカッチーニなどにもオペラ作品があることから、
この時代には既にオペラが存在し、
おそらくはもっと前から
劇に音楽を付けるということが行われていたようです。


エウリディーチェはギリシャ神話に出てくるお話を題材にしています。

死んでしまった妻(エウリディーチェ)を
夫オルフェオがあの世まで迎えにいくのですが、
地上に戻るまでは決して振り返って妻の顔を見てはいけないと
言われたにも拘わらず振り返ってしまい…云々という
よく聞くお話です。


日本神話にも全く同じお話があり、
夫である伊弉諾尊が死んでしまった妻の伊弉冉尊をあの世まで迎えにいくのですが、
地上に戻るまでは決して振り返って妻の顔を見てはいけないと
言われたにも拘わらず振り返ってしまい…云々という内容で,
洋の東西を問わず世界中に同じような話が残っています。


どの話も結局は夫婦の仲はこじれてしまい、
日本では黄泉比良坂で千引の磐戸を閉ざし立て、有名な


千引岩ちびきいわ(千人掛かりでないと動かない大岩)を
黄泉比良坂よもつひらさかに引きへて、
その石なかにして合ひ向ひ立たして

みましの国の人草、日に千人ちひとまけと申し給ひき。
(あなたの国の人間を一日に千人殺します)
伊弉諾いさなきの命 宣り給はく、吾は一日ひとひ千五百ちいほ生まなむと申し給ひき。
(それなら私は一日に千五百の人間を産もう)

の場面に繋がっていきます。


ちなみにいもとは現代の兄弟姉妹の妹という意味ではなく、
自分の妻や愛する女性に使う言葉であり、
妹背の契り(夫婦の契り)などで使う意味での妹です。


古語に精通していない学者が妹という字を見て、
そのまま兄妹で夫婦になったと勘違いしたのか、
伊弉諾尊、伊弉冉尊が兄妹のように書かれている本もあるくらいです。
(ホツマツタエでは遠い親戚関係になっています)


今日に至るまでオペラの枠組みを飛び越えて、
ストーリーに音楽を付けるという行為は
非常に他分野に渡るようになりましたが、
やはりこういったオリジナル(クラシックの色々な楽曲)
を学ぶことで得られることは多かったりします。


例えばゲームならドラクエやFFなどのBGMがありますが、
こういった音楽を作っている作曲家はどう考えてもクラシック音楽を
大いに研究しており、
それらから得たものを現代風、自分なりに解釈して、
制作に役立てています。



現代のBGMを研究することは大いに意義がありますし、
また行うべき勉強でもありますが、
ドラクエやFFのBGMを参考にして自分もBGMを作ると
コピーのコピーのようになってしまうので、
私としては大いにオリジナルを学ぶことを推奨したいです。



現実的にはロマン派のオペラの方がよっぽど現代のBGMに
応用出来そうなテクニックが多いですが、
古今東西様々な場面の音楽を研究し、
自分なりにそれらを応用出来るレベルまで高めていくのが
現代人としてもっとも仕事に役立ちそうな勉強方法のような気がします。


奈良に引越して半年くらい経ち、
周りたい古代遺跡などはあらかた回ることが出来ました。


記録が残っているという意味では奈良県は
日本で一番歴史が古い場所なだけあって、
まだまだ調べたりず、周り切れていない場所もあります。


子供の頃は考古学者になりたかったのですが、
なぜか音楽の道に進むことになり、
今日に至るわけですが、
趣味で今でも歴史的なことを調べたりするのが好きです。


日本は世界最古の国であり、
建国以来一度も国が潰れたことがない、
おそらくは世界唯一の国で、
失われた記録はたくさんありますが、
残っている記録・遺跡などもたくさんあります。


そもそも日本は建国がいつなのか?
それすらもわからないくらい昔からずっとある国です。


歴史ある神社なども非常にたくさんあるのですが、
ふと日本で一番古い神社は一体どこだろうかと思いました。


千年以上続く神社はたくさんありますが、
科学的な検証を基づいて考古学的に一番古いのは、
奈良県南部の吉野にある丹生川上神社上社のようです。


丹生川上神社上社

吉野は千本桜で有名な場所です。


明治の初め頃までは高龗たかおおかみ神社という小さな村の祠だったそうですが、
村にダムが出来ることになり、
発掘調査を行ったところ祭壇及び遺跡が出土し、
縄文時代中期末から後期初め(約4000年前)頃の祭祀施設が見つかりました。


おそらく年代を科学的に特定できるという意味で考古学的には
これが一番古いのではないか?と思われます。


今の神社の形式とは大きく異なるのでしょうが、
縄文時代に既に日本人は祭祀を行っていたようです。


これ以外となると大神神社か元伊勢(伊勢神宮の元になった神社)と呼ばれる
いくつかの神社になります。


古事記や日本書紀に登場する出雲の国作りの話
大国主大神少彦名命の神と一緒に
日本(当時は葦原の中津国と言いました)の国作りを行っていたときに、
突然、国作りの途中で相棒だった少彦名命の神が「帰る」と言って国に帰ってしまい
「これから一人でどうやって国を造れば良いのか」
と困っていたときに
海の向こうから新しい神様がやってきて、
「我は汝の幸魂さきみたま奇魂くしみたまである。丁重に私を祀れば、国造りに協力しよう」
と言い、どうやって祀ればいいかと問うと
大和(現在の奈良県)の東の山の上に祀るよう答えたといいます。


その通りにするのですが、
その山が現在の三輪山であり、その神社が大神おおみわ神社です。

大神神社

大国主大神の幸魂奇魂である大物主大神が祀られていますが、
この神は以後何度も日本の歴史に登場します。


一番最後に記録として登場するのは太田田根子おおたたねこの時代(西暦300年頃)で、
下記の元伊勢に関わってきます。


大神神社が現存する以上、必ず神社の縁起があるはずなのですが、
これが何処まで事実なのか?考古学的に年代としていつなのか?を
特定することは残念ながら出来ません。


いずれにしても大神神社は一体いつからあるのか?
誰が作ったのか?そういったことは古すぎて何もわからず、
古事記や日本書紀の話を丸呑みしていいならば、
大国主の国作りの時代まで遡ることになります。


また人間が引越すように神社が引越すこともあり、
近所に白屋八幡神社という神社があるのですが、
元々は奈良県南部の山の中にあった村の神社だったのですが、
村にダムが出来ることになり、村人とともに街に引越してきました。


これを新しい神社と考えるのか、それとも前の神社の続きと考えるのか?で
話が変わってきますが、
人間が引っ越しをしても、その人の経歴がリセットされるわけではないと考えるなら
伊勢神宮大和おおやまと神社も相当古い歴史を持つことになります。

伊勢神宮


大和おおやまと神社



今の三重県伊勢市にある伊勢神宮が出来たのは
崇神天皇の時代(西暦300年頃)ですが、
伊勢神宮の天照大御神と大和神社の倭大国魂神
元々は皇族の祖先なので皇居内で祀られていました。


理由は記録を読み解くと色々なことが書いてありますが、
結果だけを言うとこの二神は崇神天皇の時代にある理由から皇居を出て行く形となり、
天照大御神は伊勢神宮に、倭大国魂神は大和神社に祀られることになります。


つまり元々はこの二神は皇居から引越ししてきたわけであり、
伊勢神宮は伊勢に落ち着くまで何十回も引っ越しています。


今の伊勢神宮になる前の神社を元伊勢といい、
「これが記録にある元伊勢の神社なのでは?」という比定される
神社はいくつかありますが、
確実に此処と呼べる場所は考古学的には特定出来ないようです。


古事記には「大和の国(奈良県)の笠縫邑かさぬいむらに…」と書かれており、
これはまず間違いなく、現在の奈良県磯城郡田原本町の笠縫周辺
(笠縫駅)と言われており、具体的に現存するどの神社なのか?はよくわかっていません。



大和神社は伊勢神宮と違い、
最初に皇居を出てから、今までずっと奈良県天理市の大和神社のままで
戦艦大和ゆかりの神社として今でも残っています。
(実在の大和より今は艦これの戦艦大和が有名か)


そういう意味では島根の出雲大社も大国主の国譲り(葦原中国平定)の時に
作られた神社なので相当古いということになりますが、
現物は残っていても、考古学的な記録としては検証が難しく、
古事記や日本書紀の記述を丸呑みしていいかどうかも難しいので、
とにかくわかることは極めて古い上古の時代から伝わっているということだけです。



ホツマツタヱでは日本神話に出てくる神様はみな人間として登場しますが、
身分の高い人をカミ、中くらいの大臣などをオミ、一般人の平民をタミとして
カミオミタミの3種で語っています。


この3つの用語は現在でも通用しますが、
ホツマにしろ、古事記にしろ、日本書紀にしろ、
貴重な資料として大いに参考にはなりますが、
丸呑みすることはやぱり出来ず批判的な視点から見るのが
学者としての姿勢だと思いますのでやはり正確なことはなんとも言えませんが、
私たちの遠い祖先である古代の日本が如何様なものであったのか
現存する多くの古代遺跡とともに色々と推測するヒントにはなり得ます。



ほかにも邪馬台国?の卑弥呼?の墓と言われている
倭迹迹日百襲姫命箸墓古墳
(古墳はもの凄くたくさんあります)
卑弥呼=倭迹迹日百襲姫命説
飛鳥時代の都の遺跡などもたくさんあって、
やはり現地にこないとわからないことや見られないものもあるので、
考古学の勉強という意味では奈良は素晴らしい場所です。



ドビュッシーの弦楽四重奏をアナリーゼしてみました。

まだ完全終了は第一楽章だけですが、
ドビュッシーらしさが確立された初期の作品とは言え、
ドビュッシー独自の和声やリズムや主題展開がてんこ盛りで
BGM作りに応用するネタとしては枚挙に暇が無いくらい
たくさんの得るものがあります。




ドビュッシー:弦楽四重奏曲

Imslpになんと自筆譜がありました。


自筆譜


学生時代に水道橋のアカデミアによく行ったのですが、
趣味と言うほどではありませんが、
自筆譜集めが好きだったので、
アカデミアで自筆譜を何度も欲しいと思ったことがあります。


貧乏学生だったので結局は買えなかったのですが
(普通のスコアの10倍~100倍くらいの値段です)
なんと今はネットで無料で見れられるは驚きです。


例えばベートーヴェンの交響曲第9番は
ポケットスコアなら1700円くらいですが、
ファクシミリ版は国内では17万円くらいします。
(価格差は100倍)


自筆譜は音楽学者の研究のためや演奏家さんが
巷の○○出版社や○○版との差違を見比べるために買うものか、
完全に趣味で買う物かどちらかだと思いますが、
出版社から出されたものには書いてないことが自筆譜にはあったり、
あるいはその逆があったりするので、
研究資料としては価値があります。



ドビュッシーは大好きな作曲家なので、
度々記事にも書いていますが、
いつものように下の画像みたくアナリーゼしています。


ピアノに直してゆっくり弾いたり、
移調してみたり、
その場で分析で得た知識を元に即興で作曲してみたりと
チンタラやっているので、1楽章完了、3楽章途中という感じですが、
やはり鍵盤に直すともの凄くドビュッシーらしさが伝わってきます。


移調するのも勉強になりますし、
一番面白いのはやはり即興で作曲することでしょうか。
ネタが集まっていきますが、
すぐに忘れてしまったりします。


楽譜を眺めながら思ったことを簡単に書いてみました。


・甚だ旋法的
・ホールトーンで調性を埋没させる
・変位和音極めて多し
・変奏、あるいは主題展開の達人
・大胆な不協和が普通なので、もはや協和に聞こえてくる
・こだま大好き
・遠隔調出身の偶成和音多し
・和声付けが単純な場合でも、非和声音がそれをぼかして複雑に聞こえる
・平行和音を使う
・メロディックマイナーとハーモニックマイナーの活用
・メロディックマイナーの上行形を下行で使う
・旋法と調性のバランス取りが上手い
・ペンタトニック好き
・長いペダル上で無関係の和音が大胆に使われる


まだまだ語るべきことはたくさんありますが、
ドビュッシーの和声法や作曲技法を学びたい学生の方は
巷に本がたくさん出ているので是非色々と参考にしつつ頑張って下さい。
得られるものはたくさんあると思います。


作曲における創意工夫という点においては
最も興味深いのがドビュッシーであり、
同時に古典と決別し、現代音楽の始まりは
丁度この辺りからだとも感じています。


オーケストラと違い編成が小さいので、
ドビュッシーっぽい曲を作ってみたい方への
教材としても手を付けやすいのではないでしょうか。

最後までお読み頂き有り難う御座いました。


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パソコンで始める日本一簡単なDTM作曲本

(初心者向けの作曲導入本です)
ブルックナーの弦楽五重奏をレッスンでやらせて頂いているのですが、
特に第3楽章が特に美しく、
まさにロマン派音楽の華という感じです。


本来は弦楽五重奏なのですが、
弦楽オーケストラ編曲のyoutubeがありました。




五重奏ということもあり、全楽章とも内声が非常に充実した構造で(動画は3楽章のみです)、
ブルックナー本人がオルガニストだったということも加わって、
いかにもバッハ好きなオルガニストが作った曲という感じです。

この五重奏には所々にオルガン曲や
ブルックナーの交響曲に見られるテクニックが出てきます。


弦楽四重奏でも弦楽三重奏でもない、
弦楽五重奏というジャンルが持つ特性を見て
このジャンルで作曲してみたくなりました。


ブルックナーはブラームスと同期ですが、
和声上の原則・禁則に関しては割とファジーで、
美しさを優先しているようなところがあり、
もっと後の時代の作曲家のように聞こえます。


それにしてもこのアダージョは美しい。
ブルックナーはもっと評価されてもいいんじゃないかと思います。

ブルックナー弦楽5重奏 第3楽章冒頭分析

いつものようにコードとディグリー、コードスケールを分析しています。

最初はレッスンで生徒さんのご希望で、という感じでしたが、
今はMP3プレイヤーに入れて聞いているくらい気に入りました。

ブルックナーに以前よりも少しだけ深く食い込んだおかげで
私自身の引き出しも少しだけ増えました。


色々な作曲家のスタイルを理解し、応用することは
言うまでも無く作曲でそのまま役に立つので、
作曲なさっている方は、ジャンルに関係なく、
広く自分の好きな曲をアナリーゼするのはお勧めです。


ギタリストさんがギターソロを耳コピしたり、
エンジニアさんが2mixを聞き込んだりするのと同じです。


アナリーゼにおいては分析は和声学の和音記号でも良いですし、
フランス式の数字付き低音でも、
ポピュラーのディグリーでも何でも構いません。

自分が理解出来れば、また自分の作曲に応用出来れば何でも良いと思いますが、
現代の日本人にとってはフランス式の数字低音より
CM7やDm7などのコードネームと
それに対応するディグリーネームが一番普及していると思うので
こちらを採用しています。


和声学の和音記号は転調や借用和音が多用されると
表記が煩雑になり、赤本や黄本程度の簡単な課題ならまだしも
ロマン派や近代・現代の音楽では表記が煩雑になりわかりにくいですし、
おまけにクラシック音楽にはコードスケールという概念がなく
すべて転位と変位で考えるので
ポピュラー系のオリジナルの作曲に応用しにくく、
やはり「学習上では」ディグリー+コードスケールが一番優秀なのではと思います。


バスがKEY-G♭メジャー(変ト長調)で
メジャースケールを駆け上がっていく単純なスタイルは
奇しくも先日やったラヴェルの弦楽四重奏と同じです。
(キーは半音違いですが)


レッスンで触れるまでブルックナー=交響曲という風に思っていて、
彼の室内楽(と言ってもまともなのは五重奏くらいですが)に
全く触れてこなかったのですが、
編成がオーケストラに比べて小さいので
内容を把握しやすいですし勉強には持ってこいです。


やっぱり割と現代的なところが自分でBGMを作る時にも応用が利きますし、
ガチガチの古典和声と現代の自由さの中間みたいな感じに
学ぶべきものがたくさんあるように思えます。


音楽の趣味嗜好は人それぞれで
ロック大好き、クラシックつまんない!みたいな方もいれば
なんでも広い心で学ぼうという方まで色々な方がいらっしゃいますが、
自分の好きなジャンルを極めていくのが一番楽しいです。



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