エリックサティ ピアノ全集

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最近は色々な作曲家の曲を勉強し直そうと努力していますが、
今まであんまり注目してこなかった
サティーもやってみようかと思い、
エリックサティピアノ全集を買ってみました。


ドビュッシー、ラヴェルからの尊敬は厚いものの、
それまでの伝統的な作曲法から大きく外れているため
音楽界の異端児などと呼ばれていますが、
良い機会なので広く目を通してみようと思っています。


旋法、平行和音など近代フランス音楽で多く用いられた手法の多くは
サティーが始めたものも多く、
個人的な印象としては同じ近代フランスのドビュッシーやラヴェルは
それらの発展的な技法をあくまで古典的な基礎の上で
開花させた作曲家であるのに対して、
サティーはもっと自由に、悪く言えば伝統をまるきり無視しているようにも
思える部分もあり、
この辺りが全体を見渡した上で具体的にどうなのか?ということと、
純粋に作曲の勉強としてやってみたい感じです。



〈犬のための〉ぶよぶよした前奏曲やヴェクサシオンなど
奇抜なタイトル、奇抜な楽曲で知られている作曲家ですが、
有名なジムノペディーやグノシェンヌやその他数曲を
過去に学んだに過ぎないので、
ネットで簡単に集められる情報以上に
多くを語れるほど詳しいわけでないため、
しっかり取り組んでみます。



BGMでそのまま使えそうな楽曲も多く、
古典和声から見れば、もはや比べるべくもない
ヘンテコリンな和声や記譜だらけで
元々ある程度は知ってはいるものの
作曲のネタ集めには最適そうです。



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メシアンが好きです。

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好きな作曲家はたくさんいて、
特にモーツァルト、ベートーヴェンが好きです。


近現代でも好きな作曲家はたくさんおり、
中でもメシアンは特に好きな作曲家の一人です。



動画の原題:Quatuor pour la fin du temps(英語:Quartet for the End of Time)は
直訳すると「時の終わりのための四重奏」ですが、
日本語では「世の終わりのための四重奏」と訳されることが多く、
メシアンの個性を十分に発揮した名曲として知られています。


メシアンはユダヤ人なので、
第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、
収容所に収容されていましたが、
そのときに作曲された曲だそうで
ヴァイオリン、クラリネット、ピアノ、チェロという
かなり変則的な編成で(不自由な収容所で演奏可能な編成がこれだったらしい)、
日本だと武満徹が影響を受けて同じ編成で曲を書いていたりします。


相当な難曲であり、この曲のどの動画を見ても演奏者全員が楽譜に目が釘付けで
おそらく暗譜は限りなく不可能に近いくらい
複雑なのだと思います。


メシアン明確な個性を確立している作曲家で、
聞いて一発でメシアンだとはっきりとわかる音使いは
好き嫌いがはっきりと別れ、
私個人としては素晴らしいと思う反面、
逆に響きの多様性が限定的とも思えたりもします。


彼自身の論文「わが音楽語法」でも解説されていますが、
「逆行不可能なリズム」「移調の限られた旋法」「添加価値」etc…など
若い頃から自分の個性を明確に発揮していて、
私もBGMのお仕事でメシアンの技法を随分使わせてもらっていますが、
頭が良すぎるとこうなってしまうんだろうなぁ…という印象を
ヒシヒシと受ける作曲家の一人であり、
知性が極端に発達している感じがありありとあらゆる曲に見られます。



昔「わが音楽語法」を読んだので、
スコアを見ればある程度まではその技法を理解出来ますし、
メシアンっぽい作曲技法は前に書いた作曲の基礎理論本でも
主に移調の限られた旋法について触れていますが、
やっぱり如何にも現代音楽な感じで、非常に難しいです。



一口に現代音楽といっても色々な方向性やコンセプトがあり、
そのすべてが文句なしに素晴らしいと手放しで褒めることは私には出来ず、
むしろある種の現代音楽には破壊性があるとすら感じられますが、
あくまで個人的な見解として
メシアンは人類の知性平均レベルに対して進歩しすぎているので、
全然聴衆が付いてきてない感じがします。


現代においては誰がどう見たって、クラシックの現代音楽よりも
ポップスやロックあるいはアニソンの方が人気がありますし、
人口に膾炙しているという意味ではバッハやベートーヴェンのような
とうの昔に亡くなった作曲家のほうが存命の作曲家よりも価値があるように見えます。



クラシックの現代音楽は理屈を説明してもらわないと意味がわからないという
小難しい側面がいくらかあり、
単純に音楽の響きよりも、
その響きの下敷き、あるいは記譜に込められたある種の法則・ルールに
意味があると考えられて作られたものが多いので、
直接感情に訴えるような、つまり音楽を聴いて直で楽しいと思えるようなものが
ポップスやロック、あるいはクラシックの古典やロマンに比べると
著しく少ないため、どうしても難解であると多くの人に受け取られてしまうのでしょう。


事実難解だと思いますし、
完全な「オレ流ルール」で書かれている曲も多数あり
少しばかり音楽を囓っている程度の私では「???」となる曲も多いです。


メシアンは素晴らしい作曲家ですし、
トゥーランガリーラ交響曲や幼子イエスに注ぐ20のまなざし、
クロノクロミー、など名曲は一杯ありますが、
やっぱり難解であり、聞く側の趣味嗜好の問題に加え、
知性が相当発達しないと楽しむことが出来ないように思えます。


ドビュッシーやラヴェルあたりまでなら、
分析して、理解し、自分でその技法を再現するには
それなりの知性の発達が必要ですが、
彼らの音楽にはわりと直接感情に訴えるようなポップな要素もあり、
高い芸術性を有しているとともに、そのポップな感じや覚えやすい旋律が
現代人にも受け入れられています。


現代音楽はそのポップな感じや覚えやすい旋律がないものが多く、
全部がそうではありませんが、
どちらかというと感情よりも知性のほうに重きを置いているように思えますし、
袋小路に入ってしまっている現代音楽を見渡すときに、
これから音楽はどうなっていくのか、
あるいは自分はどんな作品を書いたらいいのかと
考えることもあります。


もし人類が全員の知性レベルが今の何百何千倍も発達し、
現在いわゆる天才と呼ばれるような人類の0.0001%程度の人たちが
一般人レベルになるまで人類の知性レベルの底上げがされれば、
あらゆるものが変わってくるのでしょうが、
そんなことはずっと先の話であり、
少なくとも私が生きている間にはありえない話です。



どんな音楽を書いたらいいのか?といま書きましたが、
結局は書きたいように書けばいいわけで、
人それぞれ自分の知性や感性の進歩・発達の度合いによって
良しとする曲を作ればよいのであり、
あんまり難しく考える必要はないようにも思えます。


問題は複雑であっても、その取り組み方は単純であっても良いわけで、
各々がやりたいようにやれば、
現代音楽もバロック→古典→ロマン→…と進歩してきたように
次の段階へ進んでいくのかもしれません。




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音楽教師で有名なナディア・ブーランジェの妹であるリリ・ブーランジェの
作品が前々からちょっと気になっており、
昔少し手を付けたことがあったのですが、
つまみ食いくらいで終わってしまったので、
改めて最近見直しています。


ガチンコでやろうというよりは、
ちょっと見てみようかな、くらいな感じではありますが…。


ナディア・ブーランジェリリ・ブーランジェがどんな人かを知りたい方は
リンクからwikiをどうぞ。


歴史上、作曲家と言われる職業に就いていた人間のほとんどは男性で、
現代でも女性作曲家で活躍している人はいますが、
割合で見るとどうも圧倒的に男性の方が多いようです。


男性のほうが脳髄に優れ、女性のほうが美に優れているというのが
世の中の一般的な見解のように思えますが、
リリ・ブーランジェは女性で初めてローマ大賞を受賞した画期的な人物であり、
バッハ、ベートーヴェン、ブラームスのような
大作曲家とまでは言えず、強烈な個性を獲得しているとも
私には言えませんが、それでも進歩的な部分もあり、
学ぶべきものがあるように感じる作曲家です。



ドビュッシー、ラヴェル、あるいはフォーレの影響を明確に感じますが、
そのレベルは非常に高く、進歩している部分もあり、
女性らしい透明感のある和声も、
男の私にはない感性なので勉強になる部分があります。




youtubeでリリの動画を調べていたら、
リリのオーケストレーションのレッスン動画(英語)があったのですが、
見ているとなるほどと思うような画像があったのでスクショしてみました。
英語はほとんどわかりませんが…


ドビュッシーとラヴェルのリリへの影響相関図

英語なので白文字で日本語訳を入れてみました。

画像の通りではありますが、
ドビュッシーにも一見複雑に見える隠された単純性は大いにありますし、
(ドビュッシーは超絶古典的な作風と感じています)
ラヴェルにも調性の曖昧さはあるので、
あくまで一例だとは思いますが、
ラヴェルとドビュッシーの合体した技法に
女性らしさを加味したのがリリの売りように思えます。



3 Morceaux (3つの小品)

リリの3 Morceaux (3つの小品)というピアノ曲の第1曲目に
ちょっとコードを振ってみました。



楽譜は動画の25秒から。


ピアノで弾いたり、分析してみたりしていますが、
変化和音や借用旋律音が多く、
転調も多彩で、こんなのばかりではありませんが、
パラパラと見ているだけでも面白いです。

ヘンテコリンな始まりですが、
コードスケールからペアレント(出身キー)をとっていくと
解釈が可能です。


ポップスでもロックでもゲームのBGMでもそうですが、、
出来るなら大雑把にでもその技法や特徴を理解して再現出来るようにしつつ、
色々な作品を聞いて自分のレパートリーを広げていくと
いつか何処かで役に立ったりします。


まだまだ未熟者なので
進歩による個性の獲得と言えるようになるくらいまでは
もっと勉強して作曲しなければなりません。



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「菜の花」の動画を作ったので、
以前作った「薔薇(ラヴェルの墓)」と「百合」も楽譜をカットして動画を作ってみました。




高解像度楽譜はこちらです。




高解像度楽譜はこちらです。


楽譜を切り貼りして、秒数を合わせて切り替えるだけですので、
動画の知識ゼロの私でもなんとか作れますが、
1280×720のサイズだと4段か5段あたりが限界とも思えるので
弦楽四重奏や木管五重奏が丁度良い、
ピアノ五重奏は行けるか?といった感じです。


五線を見ずらくなるほど小さくしてもいいなら、
もっと行けそうですが…


上の2つとも修業時代の課題として書かされた曲なので
分類としては古い習作ですが、比較的出来がマシなほうだったので
六花のシリーズとして作ってみました…


私自身決してサボっている訳でも手を抜いている訳でもないのですが、
未だになかなか習作の域を出ないです。


最近は過去の大家の作品をよく研究し、
作品について考えを巡らすことをが多いのですが、
やればやるほど自分の未熟さが目に付いて、
まるきり自分は駄目で話にならないと思ってしまいます。


それでも進むのを止めるわけにも行かないので、
下手くそは下手くそなりに、例え一歩でも良いので
毎日努力を重ねて進んでいくしかないわけで
あとどれだけ寿命があるかわかりませんが、
死ぬまでに少しでもまともになれば…と思っています。


自分への戒めと記録を残すという意味では、
昔の作品を形にしておくのも意味がないわけではない思いますので、
もっと研鑽を積みたいと思います。


多分私はブツブツ言わずに黙って納得行くまで修行を積むのが
一番有意義で似合っていると最近思うようになりました。



世界最古のBGM?

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レッスンの課題で色々なジャンルの色々な音楽について
調べてもらう課題を出しているのですが、
面白い話を見つけました。


今日、ストーリーに音楽を付ける、すなわち劇伴あるいはBGMは
一般的になっていますが、
ゲームやアニメ、映画やドラマなどのBGMも
その起源を辿ればクラシックのオペラであり、
オペラの音楽を学ぶのはBGM作りに大いに役に立ちますし、
私自身も勉強してきました。


現在記録が残っているオペラとしては
1597年ごろにヤコポ・ペーリというイタリアの作曲家が
ギリシャ神話を題材にした『ダフネ』(Dafne)を作曲したという記録があり、
これが記録が残っている意味では、
世界最古のBGMとなるそうです。


ただこれは楽譜が失われている?らしいので、
ちゃんと楽譜が残っており、音源化されているのは
同じくペーリの『エウリディーチェ』(Euridice)が
現存するものとしては世界最古のBGMのようです。





同時期の作曲家のカッチーニなどにもオペラ作品があることから、
この時代には既にオペラが存在し、
おそらくはもっと前から
劇に音楽を付けるということが行われていたようです。


エウリディーチェはギリシャ神話に出てくるお話を題材にしています。

死んでしまった妻(エウリディーチェ)を
夫オルフェオがあの世まで迎えにいくのですが、
地上に戻るまでは決して振り返って妻の顔を見てはいけないと
言われたにも拘わらず振り返ってしまい…云々という
よく聞くお話です。


日本神話にも全く同じお話があり、
夫である伊弉諾尊が死んでしまった妻の伊弉冉尊をあの世まで迎えにいくのですが、
地上に戻るまでは決して振り返って妻の顔を見てはいけないと
言われたにも拘わらず振り返ってしまい…云々という内容で,
洋の東西を問わず世界中に同じような話が残っています。


どの話も結局は夫婦の仲はこじれてしまい、
日本では黄泉比良坂で千引の磐戸を閉ざし立て、有名な


千引岩ちびきいわ(千人掛かりでないと動かない大岩)を
黄泉比良坂よもつひらさかに引きへて、
その石なかにして合ひ向ひ立たして

みましの国の人草、日に千人ちひとまけと申し給ひき。
(あなたの国の人間を一日に千人殺します)
伊弉諾いさなきの命 宣り給はく、吾は一日ひとひ千五百ちいほ生まなむと申し給ひき。
(それなら私は一日に千五百の人間を産もう)

の場面に繋がっていきます。


ちなみにいもとは現代の兄弟姉妹の妹という意味ではなく、
自分の妻や愛する女性に使う言葉であり、
妹背の契り(夫婦の契り)などで使う意味での妹です。


古語に精通していない学者が妹という字を見て、
そのまま兄妹で夫婦になったと勘違いしたのか、
伊弉諾尊、伊弉冉尊が兄妹のように書かれている本もあるくらいです。
(ホツマツタエでは遠い親戚関係になっています)


今日に至るまでオペラの枠組みを飛び越えて、
ストーリーに音楽を付けるという行為は
非常に他分野に渡るようになりましたが、
やはりこういったオリジナル(クラシックの色々な楽曲)
を学ぶことで得られることは多かったりします。


例えばゲームならドラクエやFFなどのBGMがありますが、
こういった音楽を作っている作曲家はどう考えてもクラシック音楽を
大いに研究しており、
それらから得たものを現代風、自分なりに解釈して、
制作に役立てています。



現代のBGMを研究することは大いに意義がありますし、
また行うべき勉強でもありますが、
ドラクエやFFのBGMを参考にして自分もBGMを作ると
コピーのコピーのようになってしまうので、
私としては大いにオリジナルを学ぶことを推奨したいです。



現実的にはロマン派のオペラの方がよっぽど現代のBGMに
応用出来そうなテクニックが多いですが、
古今東西様々な場面の音楽を研究し、
自分なりにそれらを応用出来るレベルまで高めていくのが
現代人としてもっとも仕事に役立ちそうな勉強方法のような気がします。


久々にピアノ曲を作ってみました。
現状未完成の「六花」というピアノ組曲の「菜の花」という曲です。



高解像度楽譜はこちらです。

仕事もあり、なかなか時間が取れなかったりしますが、
自分の曲で作りたい曲はたくさんあるので、ちまちま作っています。


百合、薔薇、菜の花まで完成して、
残りは木の花、松、竹で完成の予定です。


冒頭のレミファ#ソ~という8小節のフレーズは
私が生まれて初めて作ったメロディーだったりします。
ここだけちょっとポップな感じがしますが、
個人的に思い出深いフレーズなのでこのままにしてあります。


今回はFINAREで楽譜を作りつつ、
同時にDAWで音符を入力するという方法を取りましたが、
複雑な記譜法になると
どう考えても手書きで譜面を書いた方が速いものの、
どうせFINAREで浄書しなければいけないので、
手書きをやめてFINAREのみでやってみました。


個人的には譜面を手で書くのが一番速く、好きでもあるのですが、
手書きの譜面は自分の保存用以外に用途はありませんから、
ある意味では無駄になるとも言えます。


手で書くのと同じくらいFINAREで書ければ良いのですが、
記譜法が複雑になればなるほど、
FINAREの操作が面倒くさくなり、
かと言って手書き→浄書は手書きの工程が無駄手間にもなりますので、
どうしたら一番効率的かと悩んでいます。


一つ一つのパートの記譜法がそこまで発展的でない
室内楽やオーケストラは先にDAWでMIDIを作って後で
FINAREに流し込むのが一番楽ですが、
複雑な記譜になればなるほどMIDI流し込みの意味が薄れていくので、
一番効率的な方法を今後も探していきたいと思います。


奈良に引越して半年くらい経ち、
周りたい古代遺跡などはあらかた回ることが出来ました。


記録が残っているという意味では奈良県は
日本で一番歴史が古い場所なだけあって、
まだまだ調べたりず、周り切れていない場所もあります。


子供の頃は考古学者になりたかったのですが、
なぜか音楽の道に進むことになり、
今日に至るわけですが、
趣味で今でも歴史的なことを調べたりするのが好きです。


日本は世界最古の国であり、
建国以来一度も国が潰れたことがない、
おそらくは世界唯一の国で、
失われた記録はたくさんありますが、
残っている記録・遺跡などもたくさんあります。


そもそも日本は建国がいつなのか?
それすらもわからないくらい昔からずっとある国です。


歴史ある神社なども非常にたくさんあるのですが、
ふと日本で一番古い神社は一体どこだろうかと思いました。


千年以上続く神社はたくさんありますが、
科学的な検証を基づいて考古学的に一番古いのは、
奈良県南部の吉野にある丹生川上神社上社のようです。


丹生川上神社上社

吉野は千本桜で有名な場所です。


明治の初め頃までは高龗たかおおかみ神社という小さな村の祠だったそうですが、
村にダムが出来ることになり、
発掘調査を行ったところ祭壇及び遺跡が出土し、
縄文時代中期末から後期初め(約4000年前)頃の祭祀施設が見つかりました。


おそらく年代を科学的に特定できるという意味で考古学的には
これが一番古いのではないか?と思われます。


今の神社の形式とは大きく異なるのでしょうが、
縄文時代に既に日本人は祭祀を行っていたようです。


これ以外となると大神神社か元伊勢(伊勢神宮の元になった神社)と呼ばれる
いくつかの神社になります。


古事記や日本書紀に登場する出雲の国作りの話
大国主大神少彦名命の神と一緒に
日本(当時は葦原の中津国と言いました)の国作りを行っていたときに、
突然、国作りの途中で相棒だった少彦名命の神が「帰る」と言って国に帰ってしまい
「これから一人でどうやって国を造れば良いのか」
と困っていたときに
海の向こうから新しい神様がやってきて、
「我は汝の幸魂さきみたま奇魂くしみたまである。丁重に私を祀れば、国造りに協力しよう」
と言い、どうやって祀ればいいかと問うと
大和(現在の奈良県)の東の山の上に祀るよう答えたといいます。


その通りにするのですが、
その山が現在の三輪山であり、その神社が大神おおみわ神社です。

大神神社

大国主大神の幸魂奇魂である大物主大神が祀られていますが、
この神は以後何度も日本の歴史に登場します。


一番最後に記録として登場するのは太田田根子おおたたねこの時代(西暦300年頃)で、
下記の元伊勢に関わってきます。


大神神社が現存する以上、必ず神社の縁起があるはずなのですが、
これが何処まで事実なのか?考古学的に年代としていつなのか?を
特定することは残念ながら出来ません。


いずれにしても大神神社は一体いつからあるのか?
誰が作ったのか?そういったことは古すぎて何もわからず、
古事記や日本書紀の話を丸呑みしていいならば、
大国主の国作りの時代まで遡ることになります。


また人間が引越すように神社が引越すこともあり、
近所に白屋八幡神社という神社があるのですが、
元々は奈良県南部の山の中にあった村の神社だったのですが、
村にダムが出来ることになり、村人とともに街に引越してきました。


これを新しい神社と考えるのか、それとも前の神社の続きと考えるのか?で
話が変わってきますが、
人間が引っ越しをしても、その人の経歴がリセットされるわけではないと考えるなら
伊勢神宮大和おおやまと神社も相当古い歴史を持つことになります。

伊勢神宮


大和おおやまと神社



今の三重県伊勢市にある伊勢神宮が出来たのは
崇神天皇の時代(西暦300年頃)ですが、
伊勢神宮の天照大御神と大和神社の倭大国魂神
元々は皇族の祖先なので皇居内で祀られていました。


理由は記録を読み解くと色々なことが書いてありますが、
結果だけを言うとこの二神は崇神天皇の時代にある理由から皇居を出て行く形となり、
天照大御神は伊勢神宮に、倭大国魂神は大和神社に祀られることになります。


つまり元々はこの二神は皇居から引越ししてきたわけであり、
伊勢神宮は伊勢に落ち着くまで何十回も引っ越しています。


今の伊勢神宮になる前の神社を元伊勢といい、
「これが記録にある元伊勢の神社なのでは?」という比定される
神社はいくつかありますが、
確実に此処と呼べる場所は考古学的には特定出来ないようです。


古事記には「大和の国(奈良県)の笠縫邑かさぬいむらに…」と書かれており、
これはまず間違いなく、現在の奈良県磯城郡田原本町の笠縫周辺
(笠縫駅)と言われており、具体的に現存するどの神社なのか?はよくわかっていません。



大和神社は伊勢神宮と違い、
最初に皇居を出てから、今までずっと奈良県天理市の大和神社のままで
戦艦大和ゆかりの神社として今でも残っています。
(実在の大和より今は艦これの戦艦大和が有名か)


そういう意味では島根の出雲大社も大国主の国譲り(葦原中国平定)の時に
作られた神社なので相当古いということになりますが、
現物は残っていても、考古学的な記録としては検証が難しく、
古事記や日本書紀の記述を丸呑みしていいかどうかも難しいので、
とにかくわかることは極めて古い上古の時代から伝わっているということだけです。



ホツマツタヱでは日本神話に出てくる神様はみな人間として登場しますが、
身分の高い人をカミ、中くらいの大臣などをオミ、一般人の平民をタミとして
カミオミタミの3種で語っています。


この3つの用語は現在でも通用しますが、
ホツマにしろ、古事記にしろ、日本書紀にしろ、
貴重な資料として大いに参考にはなりますが、
丸呑みすることはやぱり出来ず批判的な視点から見るのが
学者としての姿勢だと思いますのでやはり正確なことはなんとも言えませんが、
私たちの遠い祖先である古代の日本が如何様なものであったのか
現存する多くの古代遺跡とともに色々と推測するヒントにはなり得ます。



ほかにも邪馬台国?の卑弥呼?の墓と言われている
倭迹迹日百襲姫命箸墓古墳
(古墳はもの凄くたくさんあります)
卑弥呼=倭迹迹日百襲姫命説
飛鳥時代の都の遺跡などもたくさんあって、
やはり現地にこないとわからないことや見られないものもあるので、
考古学の勉強という意味では奈良は素晴らしい場所です。