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2005年11月23日

第五二三海軍航空隊(鷹部隊) 2

テーマ:付録【共同執筆者】

原稿作成:土屋二飛曹

  

第五二三海軍航空隊(鷹部隊) 2 


昭和19年 6月 2日     草地静夫大尉指揮の第二攻撃集団(彗星10機前後と推定)テニアン基地発 

                  進、サイパンの二六一空零戦×16を誘導しヤップ基地着、着陸時彗星×1、 

                  零戦×1大破【注7】

 
6月 3日    GF電令作第114号(1421)により第二攻撃集団のハルマヘラ方面集中配を
           下令
   〃       5FGB電令作第73号(2100)により第二攻撃集団のワシレ、カウ進出を下令
  
6月 5日    彗星×4、ヤップ基地発ハルマヘラ島着(二六五空のfc×28誘導)
   〃       彗星×4、ヤップ基地発ペリリュー島着(二六一空のfc×27、二六五空のfc×       
           4誘導)
   〃   現在 ペリリュー基地実動兵力 艦爆×16
          (他に零戦×38、陸爆×12、艦偵×2、六一航戦戦闘詳報6日0700発電) 
 
6月 6日    彗星×4、ペリリュー基地発ハルマヘラ島着(二六五空のfc×4誘導)
 
6月 9日    ペリリュー基地は昼間、B-24爆撃機数機の奇襲をうけ、六一航戦幕僚、その
           他各部隊の搭乗員、整備員など、多数の人員、機材が大きな被害を被る。
           この空襲による被害は、戦死27名(准士官以上1)、重軽傷者約145名、行方
           不明1名、炎上 銀河×3、月光×2、零戦×3、その他被弾機多数
           五二三空搭乗員の被害(判明する分のみ)
           戦死 常盤 長寿上飛曹乙飛12・偵察)
               塩月  忠 上飛曹甲飛8・偵察)
               若松 義彦上飛曹甲飛9・偵察)
               石渡  静 上飛曹(偵察)         
               竹辻 繁雄一飛曹乙飛15・偵察)   
               鹿出久代喜一飛曹乙飛16・偵察)
               市川 甲生一飛曹乙飛16・偵察)
               山本 数美一飛曹甲飛10・操縦)   
               山野 房雄二飛曹(操縦)         
   〃   現在 ペリリュー基地第一攻撃集団可動兵力 艦爆×8
           (他に戦闘機×28、陸攻×4、夜戦×0、陸爆×6、艦偵×1、合計47機、松
           本資料による数字、保有機はもう少しあるものと推定)
 
6月11日現在 マリアナ(テニアン第二基地)所在兵力 艦爆×20   (航本資料による数字)
           (他に零戦×57、丙戦×17、艦偵×11、陸爆×約20、陸攻17、合計約142機)
   〃       ワシレ、カウ方面所在兵力 艦爆×約12
           〔他に零戦×56、陸爆×10(以上、第二攻撃集団)、バボ、ソロン方面に零戦
           ×20、艦爆×11(以上、第三攻撃集団)、陸攻×20、艦偵×4、司偵×2、
           零戦×13(以上、第三空襲部隊)、合計約148機〕
   〃       GF電令作第136号(1342)により第二攻撃集団の第一集中配備(ヤップ復
           帰)を下令
 
6月12日    ワシレ基地0912発電により、翌13日の第一集中配備復帰予定を、陸爆×9
           (他に二六一空零戦×10、二六五空零戦×10、14日 五二三空艦爆×9)と
報告【注8】
6月13日    GF電令作第146号(1727)により「あ号作戦決戦用意」発令
  
6月14日    この日までに彗星×3がハルマヘラよりヤップに転進(他に五二一空銀河×4、
          二六五空零戦×6計13機がヤップに、二六一空零戦×8がガドブスに転進)
   〃      第二攻撃集団指揮官0750発電により、15日までのヤップ集中可能機数五二
          一空銀河×16機、五二三空彗星×7機、二六一空零戦×16、二六五空零戦
          ×8と報告
   〃      5FGB電令作第112号(1730)により、「第四一西空襲部隊は第一第二第三攻
          撃集団を統合改編し当分の間一ヶ攻撃集団を編成すべし 本攻撃集団を第一
          攻撃集団と呼称し指揮官を五二三空司令とす」と発令
 
6月14日    六一航戦司令官は攻撃集団兵力部署等を発令
四一WAB電令作第30号(1533)
1 攻撃集団左の通り定む 各隊速やかに所定配備につき戦闘準備を完了すべし(隊名、航空隊名、兵力配備点の順)
第十一攻撃隊 五二三、五〇三、二六五、三四三空艦爆20、
          戦闘機20、ヤップ一部アイライ
第十二攻撃隊 五二一、二六一空陸爆20、戦闘機20 ペリリュー
制空隊      二〇二、二六三空戦闘機30 ガドブス アイライ
偵察隊      一二一空 陸偵5 ペリリュー
集団指揮官 五二三空司令
集団飛行機隊指揮官 五二一空飛行隊長
本集団を甲攻撃第一集団と呼称す
2 (略)
四一WAB電令作第34号(2123)
1 明15日攻撃集団を左の通り臨時編成す
甲11K 五二三空、二六一空
甲12K 五二一空、二六三空
甲1S  二六五空、三四三空
2 攻撃集団は15日0415より0700まで即時待機別法
3 敵機動部隊来襲時の集合をクツール島とす
6月15日    米軍サイパン上陸、GF電令作第154号(0717)により「あ」号作戦決戦発動
聯合艦隊15日0721発電
第五基地航空部隊は攻撃を開始せよ
聯合艦隊15日0800発電
皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ 各員一層奮励努力セヨ
5FGB電令作第118号(0900)
1 第五基地航空部隊は全力を挙げて敵機動部隊を撃滅せんとす
2 2AB兵力 トラック北方の敵空母群
41WAB サイパン附近敵部隊
在硫黄島部隊 マリアナ方面を索敵攻撃
   〃      甲攻撃第一集団 第十一攻撃隊 彗星×3(五二三空 寺井栄中尉指揮)、直
          掩零戦×6(二六五空分隊長 浮村安彦大尉指揮)1403、サイパン周辺敵輸
          送船団攻撃のためヤップ発進
          第十二攻撃隊 五二一空銀河×10(雷装、うち2機別動)、直掩零戦×5(二六
          一空)1500、ヤップ発進
          1730より1830の間、第十一攻撃隊の彗星はサイパン、テニアン間輸送船団
          を攻撃
               戦果
(イ)爆撃  駆逐艦、小型輸送船各1隻撃破
(ロ)雷撃  小型輸送船船尾に魚雷1命中(別動隊)、銀河主隊8機のうち7機は突撃まで被害なかりしもののごとく、攻撃後4機ロタ附近まで帰投せしを認めたるものあるも全機未帰還のため戦果不明
(ハ)撃墜  グラマン2機
被害
(イ)自爆  銀河×1、彗星×1【注9】、零戦×1
(ロ)未帰還 陸偵×1、銀河×7
戦死 寺井  栄 中尉乙飛2・偵察)  
徳平 己信一飛曹乙飛15・偵察) 
横山  洋 一飛曹乙飛16・偵察) 
重永 輝彦一飛曹甲飛10・操縦) 
疋田 惠次二飛曹(操縦)*1      
西村 幹正飛長(操縦) *2      
太田 勝郎飛長(操縦) *2      
   〃      この日、ハルマヘラよりペリリューに彗星×4(五二三空1機、五〇三空3機)、ペ
          リリューよりヤップに彗星×5転進
   〃      この日の作戦後の可動兵力
          パラオ 彗星×3(他に銀河×6、零戦×9、陸攻×16、月光×2、陸偵×3、  
          計39機)
          ヤップ 彗星×5(他に銀河×0、零戦×21、陸攻×0、月光×1、陸偵×0、  
          計27機)
  
6月16日   この日、ハルマヘラよりペリリュー経由ヤップに彗星×、ペリリューよりヤップに
          彗星×5(うち五〇三空2~3機)、ヤップよりペリリューに彗星×1転進
  
6月17日   彗星×17(指揮官 五二三空飛行隊長 渡部俊夫大尉、うち2機は石井 樹中
          尉を指揮官とする五〇三空機)、銀河×2、零戦×31サイパン周辺敵機動部隊
          攻撃のため、1345ヤップ発進、薄暮時サイパン東方35浬において空母群(1
          群4隻は島型特空母、他の約8隻も特空母の算大)を攻撃、グアム島に帰投
戦果
(イ)爆撃  特空母3乃至4隻大破炎上(大型中型各2隻と認めたるものあり)
大型駆逐艦または輸送船1隻直撃大破炎上
(ロ)雷撃  1機魚雷不時落下のため攻撃せず、1機未帰還のため効果不明
被害    彗星×11【注10】(うち五〇三空1機)、零戦×16、銀河×1未帰還
戦死 渡部 俊夫大尉海兵65・偵察)
山口  博 大尉海兵69・偵察)
吉川 慧海大尉予学7・操縦)
永田預志也中尉予学9・操縦)
亀岡比天夫中尉予学10・操縦)
加藤 信雄飛曹長甲飛4・偵察)
熊谷 十郎上飛曹甲飛7・操縦) 
富樫亥之助上飛曹乙飛13・偵察) 
長井 時雄一飛曹乙飛16・偵察)
上田 潤作一飛曹甲飛10・操縦) 
宮原 利治一飛曹甲飛10・操縦) 
永岡  昇 二飛曹(操縦)      
河村 宗矩飛長(操縦)       
浦木  勇 飛長(操縦)    
佐野 要作上飛(偵察)       
布施 一夫一飛曹甲飛10・操縦)*1 
細見 三郎上飛特乙1・偵察)  *2
中村  浩 一飛曹(甲飛10・操縦)*3  
小川  登 上飛曹(偵察)     *3 
福山 愛蔵一飛曹乙飛16・偵察)*4 
  
6月17日    この日作戦後の翌日可動兵力 
           パラオ   彗星×0(他に銀河×1、零戦×30、零水×5、陸攻×12、陸偵×
                  2、月光×2、紫雲×1、計53機)
           ヤップ   彗星×1(他に銀河×5、零戦×18、零水×0、陸攻×0、陸偵×
                  1、月光×0、紫雲×0、計25機)
           この日、 ハルマヘラ方面に派遣されていた飛行機はほとんど西カロリンへの
                 移動を終了
  
6月18日    彗星×4(甲集団)、0300頃グアム第二基地発進、サイパン南方及びテニア
           ン西方舟艇群並びに艦艇を攻撃、グアムに帰投
戦果  巡洋艦 1撃破
被害  未詳
   〃      攻撃隊〔銀河×8、彗星×2、零戦(爆装)×20、陸偵×1(誘導)〕、零戦×28、 1220ヤップ発進、薄暮時左を攻撃
(イ)銀河、彗星隊 空母3、戦艦2、巡1、駆4(サイパンの60度110浬)
(ロ)零戦爆装隊 輸送船4、駆4(サイパンの150度40浬)
戦果
(イ)雷撃
空母1、巡または駆3 撃破炎上、空母1 雷撃せるも効果不明
(ロ)爆撃
戦艦1 撃破炎上、輸送船1 撃破大火災、輸送船2 撃破白煙を上ぐ
(ハ)空戦
撃墜 グラマン4、艦爆1
被害 未帰還 銀河×7、陸偵(誘導)、零戦(爆装)×各1、零戦×13
  
6月19日    攻撃隊銀河×1、彗星×2、零戦×8、0345グアム第二基地発進、サイパン
           西方大型輸送船攻撃
零戦(爆装)×3、0345グアム第一基地発進、サイパンの100度60浬の敵特空母4隻を攻撃
戦果
(イ)爆撃
艦爆隊  未詳
零戦隊  特空母2隻に命中弾あり
(ロ)雷撃
銀河1発射せるも雷跡を見ず
(ハ)被害
彗星2機【注11】、零戦8機未帰還
零戦爆装隊被害未詳
戦死 古村 義雄上飛曹甲飛6・操縦)
中山 輝治一飛曹乙飛16・偵察) 
原口 英人一飛曹乙飛16・偵察) 
新鷲  一 飛長(操縦)       
宮内  明 飛長(操縦)          
馬場 義春飛長(偵察)       
   〃       この日、ヤップよりグアムに彗星×2(所属不明)進出【注12】
   〃       この日作戦後の翌日作戦可動兵力 
ヤップ   彗星×0(他に陸攻×11、銀河×0、陸偵×1、零戦×7、
       紫雲×0、計19機)
パラオ   彗星×3(他に陸攻×11、銀河×1、陸偵×4、零戦×19、
       紫雲×1、計36機)
  
6月20日    この日、ダバオよりペリリューに彗星×3(五二三空)、ペリリューよりヤップに
           彗星×2機(所属不明)転進
  
6月28日    彗星×2、サイパン攻撃のまま行方不明【注13】
戦死 小林 哲次一飛曹乙飛16・偵察)   
西出 一夫一飛曹(操縦)        
長野 徳三一飛曹乙飛16・偵察)   
中村  潔 二飛曹(操縦)        
 
7月10日    解隊、西カロリンの生存隊員の多くは内地帰還後、新編の攻撃第五飛行隊に
           配属される。
           テニアン残留隊員はマリアナ航空隊(乙航空隊)所属となり、8月2日玉砕を迎
           える。
 
資料、出典
[1]  第五二三海軍航空隊戦時日誌
[2]  第五二三海軍航空隊飛行機隊戦闘行動調書
[3]  第二六一海軍航空隊飛行機隊戦闘行動調書
[4]  第二六五海軍航空隊戦闘詳報(昭和19年6月1日~30日)
[5]  あ号作戦七六一空戦闘詳報第十一号(昭和19年6月11日~昭和19年7月10日)
[6]  第六一航空戦隊戦闘詳報
[7]  搭乗員戦死者名簿 昭和十九年度 上・下
[8]  戦史叢書12「マリアナ沖海戦」防衛庁防衛研修所戦史室編
[9]  「筑波山宜候 続甲飛三期生の記録」甲飛三期会
[10]  「甲飛八期のあゆみ」八期甲飛会会史編纂委員会
[11]  「九甲飛」編集委員会
[12]  「散る桜 残る桜 甲飛十期の記録」甲飛十期会
[13]  「豫科練外史1~6」倉町秋次
[14]  「海軍第十五期乙種飛行予科練習生の記録」乙飛十五期会
[15]  「海軍乙種(特)一期飛行豫科練習生戦没者名簿」
[16]  「第五二三空『鷹』部隊とマリアナ作戦」板津辰雄(『丸』別冊太平洋戦争証言シリーズNo.18 忘れえぬ戦場 陸海空戦域総集編Ⅰ 1991年所収)
[17]  「あゝ太陽の子らはいずこに」竹中正雄(雑誌『丸』昭和44年1月号)
 
【注1】  資料[12]による。
【注2】  足立寛治上飛曹(甲飛6・操縦)、大沼茂治飛曹長(甲飛3・偵察)ペアと思われるが、要確認。
【注3】  資料[1]には吉野山中遭難の記述はないが、資料[16]に「松山基地での訓練の帰途・・・吉野山中
の遭難事故からまぬがれた」の記述がある。なお、殉職の下士官のうち1名は松澤正二上飛曹
(乙飛9・偵察)と思われる。
【注4】  内地出撃の日時、機数については資料[16]に拠った。
【注5】  資料[16]による。
【注6】  資料[17]に、三四三空は26日を転進準備に費やし、零戦×40機が尾崎飛行隊長指揮で27日0
800テニアン出発、隊本部(竹中司令以下)がDC-3輸送機で続いたとの記述があることを注記
しておく。
【注7】  資料[4]の6月3日の「友軍の戦闘経過の概要」欄に「虎(二六一空)fc甲×16機、鷹(五二三空)彗
星艦爆8機ヤップ基地着、虎1機、鷹1機大破」の記述があることを注記しておく。
なお、資料[3]によると、二六一空の零戦×16機(指宿大尉指揮)のヤップ到着は6月2日1100で
ある。
また、資料[16]の著者である指揮官機の偵察員、板津辰雄氏はテニアン出発の日を6月2日と記
している。
  ところで、日付が前後するが、資料[7]の6月1日付け戦死者として五二三空の荒井甚五郎飛長
(操縦)、中村 守一飛曹(乙飛16・偵察)の氏名がある。摘要欄に「サイパン敵攻撃中行方不明」
と記載されているが、今のところ日付、戦死状況のいずれが誤りか不明のため、本欄への注記の
みにとどめた。
【注8】  彗星によるこの日のマリアナからの攻撃とされる資料[8]533頁の記述、「0715テニアンから彗星
6機をもって昼間攻撃を実施し、巡洋艦1炎上大破等の戦果を報じたが5機が未帰還となった。」に
ついては、資料[8]に出典の明示がないこと及び資料[7]に該当する戦死者がいないことから取り上
げなかった。  
【注9】  資料[6]によるが、資料[7]からこの日の戦死の可能性のあるものとして7名(操4名、偵3名)が拾い
出せる。このうち、*1は6月13日の戦死者欄に記載されており、日付欄に「六・一五」と追記され
ている。
また、他の6名は6月15日の戦死者欄に記載されており、うち*2の2名のみが日付欄に「六・一
七」と追記されている。
【注10】 資料[6]によるが、資料[7]からこの日の戦死の可能性のあるものとして20名(操11名、偵9名、15
日記載の2名を除く。)が拾い出せる。このうち、*4以外は6月17日の戦死者欄に記載されてお
り、うち*1の1名は摘要欄に「生存者」の追記があるので、この日の戦死でない可能性もある。
また、*2の1名は日付欄に「六・一八」と、*3の2名は「六・一九」と追記されている。
*4の1名は6月18日の戦死者欄に記載されているが、この日は資料[6]によればヤップから攻撃
の彗星の損失はない。
【注11】 資料[6]によるが、資料[7]にはこの日の戦死者として6名(操3名、偵3名)の記載がある。
【注12】 資料[8]には「夕刻と推定」との記述がある。
【注13】 資料[7]による。  
初稿  2005-11-23
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