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2006年03月22日

攻撃第七〇八飛行隊

テーマ:特設飛行隊〔攻撃〕

攻撃第七〇八飛行隊


【所属】

第七六二海軍航空隊〔輝部隊〕
昭和18年2月15日付  台湾・新竹基地にて開隊(第一航空艦隊・第六十一航空戦隊に編入)
【司令】

久野修三  大佐
【副長】
【飛行長】

勝見五郎  中佐


攻撃第七〇八飛行隊〔T部隊〕
【定数】

一式陸上攻撃機  24機
陸上爆撃機「銀河」  5機
【開隊】
【改編】

昭和  年  月  日付 第七六二海軍航空隊に編入
昭和19年12月20日付 第七二一海軍航空隊に編入

【飛行隊長】

長井 彊   大尉  (海兵64期)
足立次郎  少佐



第二航空艦隊に編入。


『捷二号作戦/台湾沖航空戦』

昭和19年9月

攻撃第七〇八飛行隊の一式陸攻、「銀河」陸爆は、鹿屋基地、宮崎基地に展開。


昭和19年10月2日

攻七〇八は、第一警戒配備をとり、以後、0300より攻撃待機体制を取る。


昭和19年10月9日

「索敵哨戒」
攻七〇八の哨戒機が、鹿屋基地を発進。
0845 哨戒機1機が、宮崎県都井岬140度450浬付近で消息を絶つ。
[テニアン島よりの米軍哨戒爆撃機とと遭遇、交戦を行い、被撃墜(米軍記録による)]
【編成】

*筆者注:調査未完、詳細不明
【被害】

損失:1機[未帰還]

      

同日

「夜間索敵」
攻七〇八の一式陸攻4機が、夜間索敵のため鹿屋基地を発進。
2040 三六小隊・二番機が発進。「針路20、速力140、高度4,000、進出距離450浬、測程50浬」
敵を見ず、帰途につく。
途中、天候不良、及び発動機不調の為、佐伯湾付近の芋畑に不時着。
【編成】

一式陸攻4機

三六小隊 二番機 主操 野呂   飛長        *不時着・大破
             副操 吉野   飛長
             偵察 篠原   上飛曹[機長]
             主電 桑本裕夫一飛曹
             副電 中村   二飛曹
             攻撃 酒井   飛長
             搭整 千葉   二整曹
【被害】

不明

     

同日

連合艦隊は二航艦を、第六基地航空部隊(南西諸島から台湾にかけての防空を任務とする)に発令。


昭和19年10月10日

0925 連合艦隊司令部が「基地航空部隊捷二号作戦警戒」発令。

1204 連合艦隊司令長官が「基地航空部隊捷一号及捷二号作戦警戒」発令。


昭和19年10月11日

「台湾東方索敵哨戒」

攻七〇八の一式陸攻が、索敵のために鹿屋基地を発進。
【編成】

*筆者注:調査未完、詳細不明
【被害】

不明
【戦死者】

山本泰登  一飛曹 (甲飛10期) 七六二空・攻七〇八 *台湾東方、索敵哨戒中


同日

1141 二航艦司令長官が「T攻撃部隊」に台湾への進出準備を下令。


同日

夕刻 二航艦司令長官が「T攻撃部隊」は12日沖縄経由で薄暮および夜間攻撃に出撃する事を発令。

    

昭和19年10月12日

「T攻撃部隊/米機動部隊薄暮夜間攻撃」
1030 第一段索敵隊の彩雲3機[一三一空・偵一一]と銀河1機が、鹿屋基地を発進。
1230 直協隊の一式陸攻7機[七六二空・攻七〇八] が鹿屋基地を発進、沖縄に向かう。
1330 攻撃隊の一式陸攻12機[七六二空・攻七〇八] が鹿屋基地を発進、沖縄に向かう。
1720 直協隊/一番機が台湾・鵞鑾鼻82度138浬に米機動部隊を発見。                               「敵部隊見ユ、空母ノ在否不明、地点「ツウ2キ」、進行方向東、十数隻、速力二十ノット、雲高千、雲量四 天候晴、淡キ「ミスト」アリ」を打電。
直協隊/一番機が「ワレ敵戦闘機四ト交戦中」を打電。被弾により右発動機が停止。

直協隊/二番機が敵戦闘機4機の奇襲を受け、被弾・自爆。
1730 与那国島上空にて待機中の攻撃隊・一式陸攻8機は、南下を開始。
1825 攻撃隊が機動部隊を発見、夜間雷撃を行う。
2045 直協隊/一番機が機動部隊の上空に吊光弾を投下、その後、行方不明。
【編成】

一式陸攻19機
直協隊 第一小隊

 一番機     茂木 茂大尉    機長   *未帰還 
 二番機                        *自爆
 三番機
 四番機
第二小隊

 一番機
 二番機
 三番機
   

攻撃隊 第一小隊

 一番機     小関俊勝大尉    機長   *未帰還 
               

       主操 一ノ瀬倫也少尉   機長   *被墜  行方不明  対空砲火により被弾、海上に墜落

       副操 小川幸治飛長                 捕虜生還 
       偵察 内田一夫上飛曹               行方不明 
       主電 大野新一郎上飛曹              捕虜生還 
       副電 上田秋忠二飛曹               行方不明 
       攻撃 宮武克之飛長                 捕虜生還 
       搭整 沢井武夫整長                 捕虜生還 
          

           岩本秀雄飛曹長   機長

【戦果】

不明                       
《米軍記録》

損傷:駆逐艦1隻[衝突事故による]
【被害】

不明
【戦死者】

茂木 茂   大尉 
小関俊勝  大尉
一ノ瀬倫也 少尉  (乙飛4期)
内田一夫  上飛曹
八代栄一郎 一飛曹 (甲飛10期)*台湾方面、新竹基地発進後、敵機発見の電信を発したるまま行方不明
前田旭彦  一飛曹 (甲飛10期)*機動部隊攻撃の為,鹿屋基地を発進、与那国島上空にて敵戦闘機4機と交戦 
山本正人  一飛曹 (甲飛10期)*台湾沖敵機動部隊攻撃の命により、鹿屋基地発進、1900敵発見攻撃中
竹腰武志  一飛曹 (甲飛10期)*南西諸島与那国島付近 
緒方 実   一飛曹 (甲飛10期)*台湾沖敵機動部隊攻撃の命により、鹿屋基地発進、索敵接触中 
長岡 徹   一飛曹 (甲飛10期)*台湾沖敵機動部隊攻撃の命により、鹿屋基地発進、敵機と交戦 
池田正義  一飛曹 (甲飛10期)*南西諸島、敵主力攻撃中
上野 薫   一飛曹 (甲飛10期)*南西諸島与那国島付近にて敵主力攻撃中 
山田敏博  一飛曹 (甲飛10期)*台湾、敵主力攻撃中
清水文男  一飛曹 (甲飛10期)*台湾沖敵機動部隊攻撃の命により、鹿屋基地発進、1900敵発見攻撃中
上田秋忠  二飛曹
    

昭和19年10月13日

「T攻撃部隊/米機動部隊薄暮攻撃」
1030 索敵機4機が発進。
1330~1410 一式陸攻27機[七六二空・攻七〇八:23/七五二空・攻七〇三:4]〈攻撃隊20機、直協隊 7機〉「銀河」陸爆6機[七五二空・攻五〇一]、零戦12機[二〇三空・戦三〇三] 合計45機が鹿屋基地を発進。
戦闘機隊は宮古島上空まで攻撃隊を掩護し、宮古島、石垣島に帰投。
うち、一式陸攻3機(攻撃隊2機、直協隊1機)、「銀河」陸爆2機が引返す。
1620 三番索敵線の「彗星」艦爆が「花蓮港139度、95浬ノ空母3隻ヲ含ム一群、サラニ花蓮港158度 108浬ニ大型空母4隻ヲ含ム一群ノ敵機動部隊ヲ発見」を打電、その後消息を絶ち、未帰還。
一番索敵線の「銀河」陸爆も「石垣島205度、85浬ニ空母1隻ヲ含ム敵機動部隊ヲ発見」を打電、以後消息を絶ち、未帰還。
1710頃 攻撃隊が宮古島上空に到達。
薄暮を待ちながら攻撃隊は宮古島上空を大きく2回旋回し待機。
1730 敵を捕捉攻撃する為、宮古島上空より索敵配備に付いた直協隊の攻七〇八の一式陸攻6機の後を、攻撃隊の28機が続行。
1813 直協隊に1機が敵の大部隊を発見。
1830 攻撃隊[攻七〇八]が、雲間よりグラマンF6F戦闘機1機の奇襲を受けるが、一撃のみで被弾無し。
1843 攻撃隊[攻七〇八]が敵を発見。
1845 「敵は、正規空母4、小型空母3、戦艦3、その他10数隻」と確認し打電。
機動部隊を発見した各隊は攻撃を開始。
戦場状況は天候曇、雲量十、ところどころにスコール有り。

攻七〇八は攻撃隊15機、直協隊5機が未帰還。
【編成】

一式陸攻27機、銀河6機
直協隊・第一小隊

 一番機     柴田 鐘大尉   機長   *未帰還 
       主電 宮原周士一飛曹
       電探 井上 悟一飛曹

攻撃隊・第一小隊

 一番機 主操 長井 彊大尉   機長   *未帰還 
       偵察 小滝幸夫一飛曹
第二小隊

 一番機 主電 桑本裕夫一飛曹       *被弾10発 
         

       主操 山本喜久夫一飛曹 機長  *被弾30発 

【総合戦果】

空母3乃至5隻轟撃沈(うち正規空母2~3隻)
《米軍記録》

大破:重巡「キャンベラ」(魚雷命中1本)
小破:空母「フランクリン」(陸攻の体当り)
【被害】

未帰還:20機
【戦死者】

長井 彊   大尉  (海兵64期)
柴田 鐘   大尉
宮原周士  一飛曹 (甲飛10期)*敵機動部隊攻撃の為、鹿屋基地発進、1832以後消息不明のところ戦死認定
井上 悟   一飛曹 (甲飛10期)*敵機動部隊攻撃の為、鹿屋基地発進、1832以後消息不明のところ戦死認定

小滝幸夫  一飛曹 (甲飛10期)*敵機動部隊攻撃の為、鹿屋基地発進、1832以後消息不明のところ戦死認定
古賀英之  一飛曹 (甲飛10期)*敵機動部隊攻撃の為、鹿屋基地発進、1832以後消息不明のところ戦死認定
壇原章三  一飛曹 (甲飛10期)*敵機動部隊攻撃の為、鹿屋基地発進、1832以後消息不明のところ戦死認定
中村 礼   一飛曹 (甲飛10期)*敵機動部隊攻撃の為、鹿屋基地発進、1832以後消息不明のところ戦死認定


第一空襲部隊を編成。
基地航空部隊 第二航空艦隊
          第三航空艦隊
          第五十一航空戦隊
機動部隊    第三航空戦隊
          第四航空戦隊


昭和19年11月8日

第一中隊が鹿屋より台南に進出。

フィリピン・クラーク基地に進出。


昭和19年11月12日現在

攻七〇八航空兵力

台湾部隊:一式陸攻6機(台南)

比島部隊:一式陸攻9機(クラーク)


昭和19年11月13日

「スルアン島沖輸送船夜間攻撃」

クラーク基地より一式陸攻6機[七六二空・攻七〇八]、「銀河」陸爆3機[七六二空・攻五〇一]

【戦果】

不明

【被害】

未帰還:一式陸攻2機、「銀河」陸爆1機


同日

「ラモン湾東方海面機動部隊攻撃」

1330 台南基地より「彩雲」艦偵3機[七六二空・偵一一]、一式陸攻6機[七六二空・攻七〇八]、「銀河」陸爆5機[七六二空・攻五〇一]が発進。

高雄基地より四式重爆「飛竜」12機[七六二空・飛行七戦隊(陸軍)]、一式陸攻11機[七六二空・攻七〇三]が発進。

攻七〇八は攻撃目標付近が天候不良のため、マニラ・ニコルス基地に4機不時着。(途中、3小隊1番機、2小隊2番機が行方不明)

【戦果】

無し

【被害】[*調査未完、詳細不明]

未帰還:「彩雲」2機、「銀河」1機 一式陸攻1機[七六二空・攻七〇三]


同日

【戦死者】

河野一雄  上飛曹 (甲飛10期)*機動部隊索敵のため台南基地を発進。予定索敵線上で敵を見ずを発電、その後、比島東方海面にて消息を絶つ


昭和19年11月16日

「レイテ夜間雷爆撃」

*筆者注:調査未完、詳細不明。

【戦死者】

山本喜久雄上飛曹 (甲飛10期)


昭和19年11月19日

「比島方面機動部隊攻撃」

*筆者注:調査未完・詳細不明

【戦死者】

高山 正   上飛曹 (甲飛10期)*高雄基地発進後、敵戦闘機グラマンと交戦、魚雷を搭載したまま海面に接水、自爆。


同日

午後 クラークより5ペア(?)台南に帰還した。


昭和19年11月22日

攻七〇三/七〇八は、比島作戦より解除され、使用可能機を攻七〇二に譲渡し、鹿屋に帰還。


台南よりフィリピンに進出した陸攻は合計19機

他の隊(攻七〇二?)へ3機の陸攻を譲って、台湾で4機の新機を受領する。

【比島作戦における損害】

未帰還:6組

昭和19年11月26日

1600 攻七〇八は兵力を損耗し、一式陸攻7機が鹿屋基地に帰還。



昭和19年12月20日付

改編
第七二一海軍航空隊に編入。


昭和20年2月24日

攻七〇八より搭乗員7組が、攻七〇三へ転勤




【調査協力】
HN:源五郎さま


【参考文献】

テーマ一覧「主要参考文献・資料」を参照下さい。

*コメント欄も参照下さい。


調査未完につき、今後、大幅に加筆・改訂を予定しております。


初稿  2006-03-21

第2稿 2006-03-22 一部加筆


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