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2008年08月09日

第三三二海軍航空隊 1

テーマ:海軍航空隊[戦闘機]
【開隊】
昭和19年8月1日付
山口県岩国基地にて
呉地区の防空戦闘機隊として開隊。前身は呉海軍航空隊岩国分遣隊。

【所属】
呉鎮守府
【司令】
柴田武雄  中佐  (海兵52期/第18期飛行学生)
【飛行長】
山下政雄  少佐  (海兵60期/第26期飛行学生)
【飛行隊長】
兼倉義男  少佐  (海兵63期/第30期飛行学生) *第一、二分隊長兼務
【分隊長】
梅村武士  大尉  (海兵69期/第37期飛行学生)
淺川正明  大尉  (海兵69期/第38期飛行学生)
【先任分隊士】
中島孝平  中尉  (海兵71期/第40期飛行学生)
竹田 進   中尉  (海兵71期/第40期飛行学生)
斉藤義夫  中尉  (海兵71期/第40期飛行学生)

山本勝雄  中尉  (海兵72期/第41期飛行学生)
相沢善三郎 中尉  (海兵72期/第41期飛行学生)
高見隆三  中尉  (海兵72期/第41期飛行学生)
江崎良則  中尉  (海兵72期/第41期飛行学生)
渡辺清美  中尉  (海兵72期/第41期飛行学生)
渡辺光允  中尉  (海兵72期/第41期飛行学生)
松本亮司  中尉  (海兵72期/第41期飛行学生)
君山守彦  中尉  (予備学生11期)
傍示誠譲  中尉  (予備学生11期)
佐藤寛二  少尉  (予備学生13前期)
水野申一  少尉  (予備学生13期)
木村高則  少尉  (予備学生13期)
富永 静  少尉   (予備学生13期)
兼田 功  少尉   (予備学生13期)


【分隊士】
桑原清美  飛曹長 (操練34期) 艦爆転科
川上福寿  飛曹長 (乙飛7期)  水上機転科
石原 進   飛曹長 (甲飛3期) 

【先任下士官】
松本佐市  上飛曹 (乙飛9期) 

林 常作   上飛曹 (丙飛2期)
斉藤栄五郎 上飛曹 (丙飛6期)
越智明志  上飛曹 (甲飛9期)
芦立栄一  一飛曹 (甲飛10期)
出原寛一  二飛曹 (甲飛11期)
越智理吉  二飛曹 (乙飛17期)
原 重蔵   飛兵長 (丙飛15期)
大中正行  飛兵長 (丙飛15期)
青木 滋   上飛兵 (特乙1期)
矢村幸夫  上飛兵 (特乙1期)
高橋幸允  上飛兵 (特乙1期)
田代政行  上飛兵 (特乙1期)
川本正行  上飛兵 (特乙1期)

【第三分隊長】
林 正寒   大尉  (海兵68期/第36期飛行学生) 操縦/水上機(二座)転科  
【分隊士】 
高橋 孝   少尉  (予備13期) 操縦 艦爆転科  19年10月~
玉木一郎  少尉  (予備13期) 操縦 艦爆転科  19年10月~
渡辺次則  少尉  (予備13期) 偵察  横空より
間庭 理   少尉  (予備13期) 偵察  横空より
肥後三郎  少尉  操縦
石川延雄  少尉  操縦

清重嘉明  上飛曹 操縦
大六野嘉一 一飛操 偵察
小出弘治  二飛曹 偵察


【定数】
局地戦闘機  48機
夜間戦闘機  12機

三三二空編成時の航空兵力
  機 種          定数  保有  可動
零式艦上戦闘機      48   45   28
丙戦闘機「月光」      12    2    2
乙戦闘機「雷電」       0    2    2
九〇式機上練習機      0    2    2
二式中間練習機       0    1    1

呉海軍航空隊
零式水上観測機      16   14   13
九四式水上偵察機      0    2    2


昭和19年8月1日付
第41期飛行学生を卒業したての海兵72期8名(相沢善三少尉、林 藤太少尉、向井寿三郎少尉、松本亮司少尉、高見隆三少尉、山本勝雄中尉ほか)が着任。
                     
その後
月光、雷電の保有機数が増強された。
雷電は斎藤栄五郎上飛曹等が厚木に取りにいって徐々に増加。
三三二空は昼戦隊を零戦と雷電に分けることはせず、雷電に乗れる搭乗員も零戦に搭乗した。


昭和19年8月26日
「操縦訓練事故/岩国基地」
雷電に搭乗し飛行中、発動機が焼付きを起こし、着陸前の場周旋回中に海岸縁に墜落、搭乗員は殉職。
【殉職者】
田淵明盛  上飛兵 (特乙1期)


昭和19年9月2日(?)
「操縦訓練事故/岩国基地」
青木 滋上飛兵が雷電に搭乗し飛行中、発動機が焼付きを起こし、飛行場横から胴体着陸で滑り込む。


昭和19年10月初め
予科練乙飛18期6名が配属される。


昭和19年10月上旬
台南空で艦爆の実用機教程を終えた、高橋 孝少尉、玉木一郎少尉等の予備13期の操縦員が岩国基地に着任、夜戦隊に配属される(後に「彗星」夜戦要員となる)。


昭和19年10月
林 藤太中尉が零戦52型に搭乗し、着陸時に第一旋回に入った所で、発動機の減速器から先がプロペラとともに飛散。前部風防に潤滑油が付着し視界のきかない機を第四旋回まで操縦、脚を出し無事着陸。


昭和19年10月25日
「北九州地区B-29爆撃機邀撃」
零戦16機が岩国基地を発進、会敵せず。(三三二空の初出撃)
【編成】
零戦16機
{米第20爆撃兵団の成都出撃機数B-29爆撃機78機。第一目標(大村航空廠)投弾機数は59機、臨機目標に数機が投弾。高高度より侵入。}
《米軍記録》
損失:B-29爆撃機2機[戦闘機により1機、その他の理由1機]


昭和19年11月1日現在
三三二空航空兵力
実働機数 零戦 27機
       月光  6機
       雷電 15機


昭和19年11月
三三二空昼戦隊は東京にF-13偵察機に侵入した後、それまで合わせ行っていた対戦闘機用訓練を中止、対B-29爆撃機攻撃訓練のみに絞った(主戦法は直上方攻撃)。

夜戦隊に斜銃装備の「彗星」12型戊が配備される。

その為、夜戦搭乗員を「月光」要員と「彗星」要員に二分した。


昭和19年11月6日
「呉方面F‐13偵察機邀撃」
1010 高度8,000メートルにて南方より侵入したF-13偵察機1機に対して、零戦12機、雷電8機、月光 2機、零式観測機2機が発進したが、捕捉できず。
F-13偵察機は岩国付近から北西方向に向け離脱。

同日
三三二空零戦隊主力に比島前進が下令された。


昭和19年11月7日
竹田 進中尉(海兵71期)指揮の20機が岩国基地を出発、鹿屋、高雄経由で11月中旬に比島クラーク基地に転進、第二〇三海軍航空隊・戦闘三〇三飛行隊[後に第二〇一海軍航空隊]に編入され、セブに移動、一週間の激戦でまもなく壊滅状態となり、帰還したのは倉地兵曹の一名のみだった。
比島派遣隊
【編成】
零戦20機
【指揮官】
竹田 進 中尉  (海兵71期)  11月27日 戦死[戦三〇三]

倉地   飛曹
[筆者注:派遣隊員の調査未完、氏名不明]

同日
夜戦隊分隊長:林 正寒大尉以下の月光6機と、君山守彦中尉以下の零戦(斜銃装備)8機が、F-13偵察機の侵入で空襲の予想される東京の防空援助の為、厚木基地に派遣された。
しかし、邀撃戦は行わず、上空哨戒を担当したのち、12月15日に岩国基地復帰が下令。
厚木派遣隊
【編成】
月光6機 零戦(斜銃装備)8機
夜戦隊(分隊長):林 正寒大尉
 他に11名(?)
昼戦隊(分隊士):君山守彦中尉
 他に7名(?)


昭和19年11月21日
「岩国地区F‐13偵察機邀撃」
午前 斎藤義夫中尉機が、岩国上空を哨戒中、F-13偵察機を発見、雷電4機で追撃したが、雲中に逃げられる。
他に零戦と月光1機が哨戒していたが、敵影を見ず。
【編成】
雷電4機 零戦1機 月光1機


昭和19年12月15日
厚木派遣隊は岩国基地への復帰が、呉鎮守府より下令された。
派遣中、上空哨戒を担当し、邀撃戦には参加せず。

同日
大本営海軍部より、呉鎮守府長官(澤本頼雄大将)に対して、三三二空戦闘機隊を兵庫県鳴尾に進出させ、防衛総司令官(東久邇宮稔彦王大将)の作戦指揮下に入るよう指示を受ける。


昭和19年12月17~18日
飛行長:山下政雄少佐指揮で、雷電11機、零戦9機が川西航空機の防空の為、兵庫県鳴尾基地に移動、 ただちに上空哨戒を始める。
鳴尾派遣隊
【編成】
雷電11機 零戦9機
指揮官(飛行長):山下政雄少佐   (海兵60期)
昼戦隊(分隊長):中島孝平大尉   (海兵71期)
     (分隊長):斎藤義夫大尉   (海兵71期)
            相沢善三郎中尉 (海兵72期)
            松木亮司中尉   (海兵72期)
            向井寿三郎中尉 (海兵72期)
            林 藤太中尉   (海兵72期)
            高見隆三中尉   (海兵72期)
            山本勝雄中尉   (海兵72期)
            渡辺光允中尉   (海兵72期)
            桑原清美少尉   (操練34期)
            石原 進飛曹長  (甲飛3期)
            川上福寿飛曹長 (操練34期)
  (先任下士官):松本佐市上飛曹  (乙飛9期)
            斉藤栄五郎上飛曹(丙飛6期)
            越智明志上飛曹  (甲飛9期)
            原 重蔵二飛曹  (丙飛15期)
            青木 滋飛長    (特乙1期)
            矢村幸夫飛長   (特乙1期)
            玉木俉郎飛長(?)*氏名判読できず期不明


昭和19年12月19日
「岩国上空B‐29爆撃機邀撃」
敵来襲の情報で、月光3機と零戦4機が岩国基地を発進。
月光隊の一番機と三番機が、敵編隊の飛行機雲を発見したが、攻撃出来ず。
来襲したのは、天候偵察と小規模攪乱爆撃任務の第497爆撃航空団のB‐29爆撃機。
【編成】
月光3機 零戦4機
月光隊 第一小隊
 一番機 操縦 林 正寒大尉
       偵察 小出弘治二飛曹
 二番機 操縦 清重嘉明上飛曹
       偵察 増渕昇三少尉
 三番機 操縦 肥後三郎少尉
       偵察 渡辺次則少尉
零戦隊 第一小隊
 一番機 渡辺光允少尉
 二番機 桑原清美少尉
 三番機 高見隆三中尉
 四番機 江崎良則中尉
【戦果】
なし
【被害】
なし


昭和19年12月22日
「名古屋北西地区上空B-29邀撃戦/鳴尾派遣隊」
1240 零戦6機が発進。
1245 雷電6機が発進。
1315 石原隊の一・三番機が故障に為、降着。
1330 川上小隊の二番機が故障の為、降着。
1330 斉藤隊の二番機が故障の為、降着。
1330 斎藤義夫大尉機が、B-29爆撃機6機を発見、攻撃したが効果不明。
1345 中島小隊の零戦3機が降着。向井機降着。
1350 零戦1機(矢村飛長)が発進。
1400 川上小隊の零戦2機が降着。石原隊二番機降着。
1400 雷電1機(越智上飛曹)が発進。B-29爆撃機を捕捉し攻撃、撃墜の後、故障のため不時着。
1420 斉藤機が降着。
[他に二一〇空の零戦16機、紫電11機、彗星5機、月光5機が邀撃]
{米第21爆撃兵団/第73爆撃航空団のサイパン出撃機数B-29爆撃機78機。第一目標(三菱重工業・名古屋発動機工場)投弾機数は48機、最終順位目標3機、臨機目標11機が投弾。高高度より侵入。}
【編成】
雷電延べ9機 零戦延べ8機
雷電隊
第一小隊(第一次)1245発進
 一番機 斎藤義夫大尉           1420降着
 二番機 相沢善三郎中尉   故障・引返す 1330降着
 三番機 向井寿三郎中尉          1345降着
第二小隊
 一番機 石原 進飛曹長   故障・引返す 1315降着         
 二番機 越智明志上飛曹          1400降着
 三番機 松本佐市上飛曹   故障・引返す 1315降着
    (第二次)1400発進
 一番機 越智明志上飛曹   故障・不時着  *撃墜:B-29爆撃機1機
    (第三次)1415
 一番機 松本佐市上飛曹 1500降着
    (第四次)1436発進
 一番機 石原 進飛曹長          1515降着           
零戦隊
第一小隊(第一次)1340発進
 一番機 中島孝平大尉           1345降着
 二番機 松本亮司中尉           1345降着
 三番機 林 藤太中尉           1345降着
第二小隊
 一番機 川上福寿飛曹長          1400降着
 二番機 原 重蔵二飛曹   故障・引返す 1330降着
 三番機 矢村幸夫飛長           1400降着
    (第二次)1350発進
 一番機 矢村幸夫飛長           1535降着
    (第三次)1355発進
 一番機 中島孝平大尉           1510降着
    (第四次)1400発進
 一番機 松本亮司中尉           1535降着
    (第五次)1435発進
 一番機 川上福寿飛曹長          1539降着
    (第六次)1440発進
 一番機 林 藤太中尉    増槽に引火・引返す 1456降着      
【戦果】
撃墜:B-29爆撃機1機
二一〇空:撃墜:B-29爆撃機1機
〔陸軍戦果〕
撃墜:B-29爆撃機8機
《米軍記録》
損失:B-29爆撃機3機[不時着水2、大破1]
#42-24733:名古屋(三菱重工名古屋機体製作所)攻撃後、エンジン不調のため南硫黄島南方に不時着水。乗員5名が戦死、駆逐艦により6名が救助された。
#42-24684:名古屋上空で陸軍の飛行第五六戦隊の三式戦闘機「飛燕」4機(鷲見忠夫曹長指揮)の攻撃を受け、南方に避退。太平洋上の救助潜水艦の近くに不時着水したが悪天候のため救助は行われず、乗員12名全員が行方不明。

【被害】
損傷:雷電1機[不時着/中破]
〔陸軍被害〕
損失:4機


昭和19年12月28日
「鳴尾派遣」
[筆者注:調査未完、詳細不明]
【死者】
山本勝雄  中尉   (海兵72期) 昼戦隊


昭和19年12月30日
松山基地西方
[筆者注:調査未完、詳細不明]
【死者】
越智理吉  二飛曹  (乙飛17期) 昼戦隊


昭和19年12月末
夜戦隊は阪神地区防空の為、陸軍伊丹飛行場に移動。(第十一飛行師団・第五十六戦隊と共用、昼戦隊と合同しなかったのは、鳴尾基地が狭く月光の離着陸に無理が有った為)
岩国基地は司令部と分隊長:梅村武士大尉以下の錬成を任務とする留守隊のみ。



以下、(2)に続く。


【参考文献】
テーマ一覧「主要参考文献・資料」を参照下さい。


筆者注:調査未完のため、今後、大幅に加筆・改訂を予定しております。


初稿  2006-01-06
第2稿 2008-08-09 一部加筆
第3稿 2009-07-26 一部加筆
第4稿 2009-08-02 一部加筆
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