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2005年12月27日

第七五一海軍航空隊

テーマ:海軍航空隊[陸上攻撃機]

佐世保鎮守府所管(常設)

第七五一海軍航空隊

【開隊】
昭和17年11月1日付、『鹿屋海軍航空隊』を改称。
【装備機種】
陸上攻撃機
【原隊/原駐地】
鹿屋航空基地(鹿児島県)
【最終所属】
第一航空艦隊/第二十六航空戦隊
【解隊】
昭和19年7月10日

【司令】
【副長】
【飛行長】
【飛行隊長】

西岡一夫  少佐

昭和17年11月1日付

鹿屋海軍航空隊は、第七五一海軍航空隊(佐世保鎮守府・陸上攻撃機・常設航空隊)に改称。



昭和17年末迄

鹿屋空/七五一空の南東方面での機材損失:一式陸攻14機


ソロモン諸島北端のブカ島に進出。


昭和18年1月30日

「レンネル島沖海戦(第二次攻撃)」
午後 一式陸攻11機が、ブカ基地を発進。
薄暮 米重巡洋艦隊に雷撃を行う。
米空母「エンタープライズ」第10戦闘飛行隊のグラマンF4F「ワイルドキャット」戦闘機10機と交戦。
前日に損傷の重巡「シカゴ」を撃沈。
【編成】

一式陸攻11機
第一中隊 第一小隊

 一番機    西岡一夫少佐    機長   *被弾7発

【戦果】
《米軍記録》

沈没:重巡洋艦「シカゴ」
    駆逐艦 「ラバット」
【被害】

損失:一式陸攻8機[被墜7/不時着大破1]
搭乗員戦死:56名


昭和18年4月1日付

改編
南西方面艦隊・第二一航空戦隊に編入
【司令】

佐多直大  中佐
【副長】
【飛行長】

鈴木正一  中佐
【飛行隊長】

西岡一夫  少佐


『い号作戦』

南東方面支援のため、全機がニューアイルランド島カビエン基地に進出。


昭和18年4月12日

「い号作戦・Y攻撃/ポートモレスビー攻撃」
天候は快晴 七五一空は一式陸攻17機が、カビエン基地を発進。
ラバウル上空にて一式陸攻44機[七五一空:17/七〇五空:27] 零戦124機が、約45分で合同したうえで、出撃。
敵戦闘機約100機の迎撃を受ける。
二中隊・一小隊長/島田中尉機が爆撃目標および爆撃進路の誘導を誤ったため、二中隊の行動に混乱が起こり、二中隊長/栗原大尉機と二小隊の3機は、追撃してきた敵戦闘機に捕捉されたらしく未帰還となる。
【総指揮官】

鈴木正一中佐 [七五一空:飛行長]
【編成】

一式陸攻44機 零戦124機
制空隊:零戦55機[瑞鶴:23/飛鷹:17/隼鷹:15]
第一攻撃隊:一式陸攻17機[七五一空]
直掩隊:零戦37機[二〇四空:19/五八二空:18]
第二攻撃隊:一式陸攻26機[七〇五空]
直掩隊:零戦32機[二五三空:18/瑞鳳:14]
           
第一中隊 第一小隊

 一番機    鈴木正一中佐   機長

第二中隊 第一小隊

 一番機    栗原  大尉   機長   未帰還  行方不明 

第二小隊

 一番機    島田  中尉   機長   未帰還  行方不明  敵戦闘機に捕捉された模様 
 二番機                     未帰還          敵戦闘機に捕捉された模様 
 三番機                     未帰還          敵戦闘機に捕捉された模様 
第三小隊

 一番機
 二番機    永松  上飛曹  機長   自爆 戦死 敵機により被弾、空中火災を起こし、飛行場に突入   

 三番機    水越  三飛曹  機長   自爆 戦死 敵機により被弾、機体大破し、手を振りながら在泊中の輸送船に体当り 
【総合戦果】

撃墜:29機
地上撃破:14機
轟沈:輸送船1隻
飛行場施設の炎上爆破無数
【被害】

損失:一式陸攻6機[自爆2/未帰還4]


昭和18年4月14日

「い号作戦・Y‐2攻撃/ミルネ湾攻撃」
一式陸攻18機が、カビエン基地を発進。
【編成】

一式陸攻44機 九九式艦爆23機 零戦129機
母艦部隊 攻撃隊:九九式艦爆23機[隼鷹:11/飛鷹:12]
直掩隊 零戦:75機[瑞鶴:23/瑞鳳:15/隼鷹:17/飛鷹:20]
基地部隊 攻撃隊:一式陸攻44機[七五一空:18/七〇五空:26]
直掩隊 零戦:54機[二〇四空:19/二五三空:16/五八二空:19]

         鈴木  一飛曹   機長  被墜 戦死 空中戦闘中、敵機と接触し操縦不能となり自爆 

         鈴木  二飛曹   機長  被弾多数、帰還不能となりスルミ基地に不時着 
     搭整 野沢  二整曹        重傷


昭和18年4月下旬~5月9日

『い号作戦』終了後、七五一空は南方海面警戒のため、一個中隊9機を西岡飛行隊長が率い、バラレ基地に進出。
連日、ガダルカナル島、及びソロモン列島線の紹介を実施。
更に、一個中隊を佐多司令が率い、ブカ等に進出、哨戒機から敵発見の報があり次第、機を逸せず、雷撃を行うように待機した。


戦力恢復のため、5月中旬より部隊全部を一時マリアナ諸島テニアン基地に後退させ、休養を兼ねて人員の交代補充、教育訓練を行い、器材を整備し、9月から再びラバウル第二基地(ブナカナウ)に進出することが決められた。


昭和18年5月9日

ブカ、バラレに進出していた二個中隊は、基地を、撤収し、カビエンに帰還。


昭和18年5月10日

先発飛行隊と船便による第一隊が、カビエンを出発、逐次テニアンに向けて移動を開始した。


昭和18年5月14日

「オロ湾攻撃」
一式陸攻18機、零戦32機が発進。
東部ニューギニアのブナ・オロ湾を攻撃。
攻撃後、米陸軍第49戦闘航空団のロッキードP38「ライトニング」/カーチスP40「ウォホーク」戦闘機と交戦。
【編成】

一式陸攻18機
第一中隊 第一小隊

 一番機     西岡一夫少佐    機長  被墜 戦死
       副偵 大野尚武二飛曹
第 中隊 第一小隊

 一番機     浦田正海大尉    機長  被墜

   番機 主操 谷田 仁中尉     機長
       主偵 横山一吉上飛曹
       副偵 岸 一美二飛曹        右腕に被弾、重傷
【戦果】

大型輸送船1隻、小型輸送船2に命中弾、炎上
揚陸地点に大火災
撃墜:戦闘機1機
【被害】

損失:一式陸攻6機[被墜3/不時着大破3]


昭和18年5月17~18日

戦力回復のため、本部と飛行機隊は、マリアナ諸島テニアン島に後退。


【司令】
【副長】
【飛行長】

勝見五郎  少佐
【飛行隊長】

足立次郎  少佐
【分隊長】

本図真砂夫 大尉


【内務長】

加治屋栄蔵 大尉 


昭和18年7月3日

第一中隊〔指揮官:本図真砂夫大尉〕9機をブカ島に派遣。
【編成】

一式陸攻9機

第一中隊 第一小隊

 一番機   本図真砂夫大尉  機長

第二小隊

 一番機   田利 平中尉    機長

第三小隊

 一番機   小川  飛曹長   機長

         佐古常男一飛曹  機長


昭和18年7月7日

「ルビアナ島攻撃/ブカ派遣隊」
一式陸攻6機 零戦43機が、レンドバ島北方のルビアナ島の敵陣地攻撃に出撃。
【編成】

一式陸攻6機
         佐古常男一飛曹  機長    未帰還  行方不明 
【戦果】

撃墜:15機
【被害】

陸攻:2機 零戦:2機


昭和18年7月15日

「ルビアナ島爆撃/ブカ派遣隊」
一式陸攻8機、零戦47機が発進。
爆撃終了後、同島上空にて、敵戦闘機44機と空戦。
戦場附近の断雲に突入、編隊がバラバラとなる。
【編成】

一式陸攻8機
第一中隊 第一小隊

 一番機   本図真砂夫大尉  機長    被墜 戦死 空中戦闘により 
 二番機                      被墜
 三番機                      被墜
第二小隊

 一番機   田利 平中尉    機長    被墜 戦死 単機にて敵戦闘機と交戦、被弾・火災を起こし敵陣地に突入 

第三小隊

 一番機   小川  飛曹長   機長    被墜 戦死 単機にて敵戦闘機と交戦、被弾・火災を起こし敵陣地に突入 
【戦果】

撃墜:28機

不確実撃墜:3機
《米軍記録》

被墜:3機
【被害】

損失:一式陸攻6機[被墜5/原因不明1] 零戦5機

 

昭和18年7月末

ブカ派遣隊の残存3機が、任を解かれテニアンに帰還。


昭和18年9月4日

主力はラバウル西(ブナカナウ)飛行場に再進出。


昭和18年9月5日

「ラエ東方敵揚陸地点昼間攻撃」
一式陸攻8機が発進。


昭和18年9月6日

「ラエ東方敵揚陸地点昼間攻撃」
一式陸攻17機が発進。

         高橋 広一飛曹   機長   被墜 戦死
【被害】

損失:一式陸攻1機
損傷:一式陸攻6機


昭和18年9月8日

「ブソ河口揚陸点夜間爆撃」


昭和18年9月13日

「ブソ河口揚陸点夜間爆撃」


昭和18年9月14日

「ブソ河口揚陸点夜間爆撃」


昭和18年9月19日

「ムンダ攻撃」
一式陸攻3機
        河合 敏一飛曹   機長    被墜 戦死

【被害】

損失:一式陸攻1機 


昭和18年9月4~20日迄

三回の作戦で機材損失:一式陸攻6機[被墜2/不時着大破4]


昭和18年9月22日

「クレチン岬沖輸送船団攻撃」
一式陸攻8機、零戦38機が発進。
東部ニューギニアのフィシュハーヘンへの敵上陸にともなう輸送船団を攻撃。
米陸軍第8/第475戦闘航空団のロッキードP38「ライトニング」戦闘機群と交戦。
【編成】

一式陸攻8機
第二中隊 第一小隊

 一番機 主操 谷田 仁中尉     機長  被墜 戦死 対空砲火により被弾、火災を起こし敵艦に突入

   番機     水越 是飛曹長    機長  被墜 戦死 対空砲火により被弾、火災を起こし敵艦に突入

   番機 主操 蔵増実佳飛曹長   機長  被弾75発                      

       主偵 横山一吉上飛曹

   番機     内馬場繁之一飛曹 機長  被墜 戦死 対空砲火により被弾、火災を起こし敵艦に突入

   番機     倉本二生一飛曹   機長  被墜 戦死 対空砲火により被弾、火災を起こし敵艦に突入

   番機     江口繁徳一飛曹   機長  被墜 戦死 対空砲火により被弾、火災を起こし敵艦に突入

   番機     吉成定男二飛曹   機長  被墜 戦死 対空砲火により被弾、火災を起こし敵艦に突入
【戦果】

撃沈:護衛艦艇3隻 輸送船1隻
【被害】

損失:一式陸攻7機[被墜6/不時着大破1] 
損傷:一式陸攻1機[被弾75発]


昭和18年9月26日

一個中隊〔飛行隊長:足立次郎少佐〕がブカに派遣され、ソロモン列島の哨戒に当たる。
26日以降、連日五本の哨戒線を確保。


昭和18年9月29日

「日施哨戒」
           隈本広則一飛曹   機長  未帰還  行方不明 
【被害】

損失:一式陸攻1機[未帰還]


昭和18年10月5日

「日施哨戒」
           調査未完、不明        未帰還  行方不明 
【被害】

損失:一式陸攻1機[未帰還]


昭和18年10月6日

「日施哨戒」
           調査未完、不明        未帰還  行方不明 
【被害】

損失:一式陸攻1機[未帰還]


昭和18年10月7日

「日施哨戒」
           調査未完、不明        未帰還  行方不明 
【被害】

損失:一式陸攻1機[未帰還]


昭和18年10月8日

「日施哨戒」
           小川  一飛曹         未帰還  行方不明 
           大川  一飛曹         未帰還  行方不明 
【被害】

損失:一式陸攻2機[未帰還]


昭和18年10月12日

「ブナカナウ基地被爆」
1100過ぎ 飛行場背後の山頂すれすれの超低空で、ノースアメリカンB‐26「ミッチェル」双発爆撃機約50機が、ラバウル第二(ブナカナウ)、第三(トベラ)基地に来襲。
地上掃射の急射撃に続き、落下傘を付けた小型瞬発爆弾を飛行場全域にばら撒いて、南方に避退した。
警報も無く奇襲されたので、飛行場で作業中の地上員は避難の余裕もなく、大損害出した。
【地上被害】

損失:一式陸攻4機[炎上3/大破1]
整備員戦死:21名 負傷39名


昭和18年10月15日

ブカ派遣隊がラバウルに帰還。


昭和18年10月31日

「日施哨戒」
哨戒機が、敵輸送船団の大群と護衛艦隊がソロモン列島線の西側バラレ島沖を大挙北上しつつある事を報じる。

 

同日

「夜間雷撃」
一式陸攻10機が出撃
【編成】

一式陸攻10機 
            篠原  飛曹長   機長    未帰還  行方不明

                         機長    対空砲火により被弾  着陸時大破
【戦果】
【被害】

損失:一式陸攻2機[未帰還1/着陸時大破1]
搭乗員戦死:?名 重傷:2名 軽傷:2名


              
 『ろ号作戦』

昭和18年11月8日

「第二次ブーゲンビル島沖航空戦」
「モノ島西方約三〇浬に戦艦三、駆逐艦四発見」(支援艦隊デュポーズ隊:軽巡三、駆逐艦四)の索敵機報告が入る。
索敵接触機:九七式艦攻6機が発進[未帰還2機]
一航艦の九七式艦攻9機[夜間戦闘機の追蹤を受け未帰還2機] と一式陸攻11機が発進。
薄暮雷撃を敢行。
【編成】

一式陸攻11機
第三中隊 第一小隊

 一番機    野坂通夫大尉   機長  被墜 戦死 自爆

第四中隊 第一小隊

 一番機    金田吉一中尉   機長  被墜 戦死 自爆

【総合戦果】
【被害】

損失:一式陸攻5機[自爆2/未帰還3]
《米軍記録》

大破:軽巡「バーミンガム」〔命中・魚雷2本 爆弾1発〕


昭和18年11月12~13日

「第四次ブーゲンビル島沖航空戦」
0200過ぎ 「二群ノ目標ヲ探知」
一式陸攻8機[七〇二空]が発進。
未帰還の一式陸攻1機は、米海兵隊/第531夜戦飛行隊デュアン・R・ジェンキンズ大尉搭乗のロッキードPV-1「ベンチュラ」夜間戦闘機により被撃墜。
【編成】

一式陸攻8機

【総合戦果】

撃沈:3隻 大破:2隻
《米軍記録》

大破:重巡「デンバー」
【総合被害】

損失:一式陸攻1機[被墜]


昭和18年11月16~17日

「第五次ブーゲンビル島沖航空戦」
2315 一式陸攻6機が、ラバウル西(ブナカナウ)基地を発進。
三小隊/一番機は雷撃前に被弾・墜落。搭乗員7名は生存、脱出するが、途中、重傷の岡本上整曹は行方不明。残りは米駆逐艦に救助され、捕虜収容所へ。
【編成】

一式陸攻6機
第一中隊 第一小隊

 一番機    一色賢蔵中尉    機長
 二番機
第二小隊

 一番機
 二番機
第三小隊

 一番機 操縦 桑折邦重上飛曹       負傷 捕虜生還
       偵察 横山一吉飛曹長   機長 負傷 捕虜生還
       主電 石井三郎上飛曹       負傷 捕虜収容所で自決
       副電 淵之上美雄一飛曹          捕虜生還
       搭整 岡本利雄上整曹       頭部と額に裂傷・重傷 米軍に救助される際に行方不明
       攻撃 塙 正義一飛曹        両足複雑骨折・右足切断 捕虜生還 
       攻撃 朝倉信義飛長         負傷 捕虜生還
  二番機
【戦果】

【被害】

損失:一式陸攻3機[被墜2/不時着大破1]


以後

七五一空は、タロキナ上陸に対する反撃も殆ど効を奏せず、兵力を整備しつつ、ラバウル南東方面の哨戒を続行、タロキナ周辺の夜間爆撃を行う。


昭和18年12月1日

解隊した、第七〇二海軍航空隊の一部搭乗員が転勤してきた。


昭和18年12月3日

「機動部隊攻撃」
【編成】

不明
           今富  少尉    機長  未帰還 行方不明 
【戦果】

【被害】

損失:一式陸攻2機[未帰還2]


テニアンより新たに9機の補充を受ける。
可動兵力は15~16機。


昭和18年12月25日

「機動部隊攻撃」
索敵機が、ニューアイルランド島東方海面に機動部隊を発見。
【編成】

一式陸攻5機[索敵1/雷撃3/接触1]
索敵機      岩田文雄一飛曹   機長   未帰還  行方不明 
雷撃 

 一番機     一色賢蔵中尉    機長   被墜/自爆 戦死 
接触機      都川浩明中尉    機長   未帰還  行方不明 
【戦果】
【被害】

損失:一式陸攻3機[自爆1/未帰還2]


昭和19年1月1日

艦隊編成改編
南東方面艦隊・第一一航空艦隊・第二五航空戦隊に所属。

 

同日

「哨戒」
早朝 一式陸攻7機が、ブナカナウ基地を発進。
1000頃 ニューアイルランド島東方海面に機動部隊を発見。
【編成】

一式陸攻7機


昭和19年1月4日

「哨戒」
ニューアイルランド島北方海面に機動部隊を発見。
吉田飛曹長機が、米軍の哨戒機と遭遇戦を行う。
【編成】

一式陸攻?機


           吉田 毅少尉     機長   未帰還  行方不明 


昭和19年1月?日

「哨戒」
荒井一飛曹機が、米軍の哨戒機と遭遇戦を行う。
【編成】

一式陸攻?機
           荒井貞澄一飛曹  機長   未帰還  行方不明 


昭和19年2月

ラバウルに対する空襲が激化し、掩体内の機が狙い撃ちされ、9機が炎上し、5機が大破した。
哨戒により未帰還3機。

夜間爆撃により未帰還4機〔中隊長:神田擂三郎大尉を含む〕


昭和19年2月17日

夕刻 トラック島空襲により、連合艦隊司令部は急遽、内南洋への航空兵力集結を発令。

七五一空も急速移動命令を受けた。


昭和19年2月18日

即時可動の11機が雷装し、飛行隊長:足立少佐が率いて、テニアン島に移動、第二十二航空戦隊の傘下に入る。

~20日迄

ラバウル所在の全戦闘機約40機をトラックへ誘導し、テニアンへの移動を終了。


昭和19年2月20日

諸藤博治大尉以下390名の選抜地上整備員は、「黄海丸」「興安丸」の2隻に分乗しラバウルを出港。

 

昭和19年2月21日

1300頃 上記船団は、ニューハノーバー島三〇浬の沖合で、米機の攻撃を受け、海没。


昭和19年2月23日

米機動部隊がマリアナ諸島に来襲。七五一空は応戦。


昭和19年3月2日

七五一空はペリリューに移動。


昭和19年3月4日

航空部隊改編
第七五一海軍航空隊も空地分離方式を採用。
 

第七五一航空隊
【司令】

佐多直大  中佐
【副長】
【飛行長】

勝見五郎  少佐

【所属飛行隊】
攻撃第七〇四飛行隊
【飛行隊長】

壱岐春記大尉


フィリピン・ミンダナオ島ダバオ基地に移動。


昭和19年7月10日付

第七五一海軍航空隊は解隊。      


【参考文献】

テーマ一覧「主要参考文献・資料」を参照下さい。  


筆者注:調査未完につき、今後大幅に加筆・改訂を予定しております。 


初稿  2005-02-03

第2稿 2005-12-27 大幅加筆

第3稿 2007-03-31 一部訂正

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