子どもの頃から言葉が遅いと言われていて、

授業をまともに受けた事がない。

大人になって、発達障害と医者に言われ、精神薬を飲み続けて10年後、断薬し、

今では、すっかり元気になりました。

 

 

断薬したきっかけは、

がんの代替療法に出会ってからでした。

 

 

私は、「がんが治るなら、私の精神症状も治るだろう」と、単純に思ったのです。

 

そこから、ゲルソン療法以外の療法にも出会い、

 

がん患者さんや、

色んな、病気の人たちと、

情報交換したりするようになりました。

 

色んな療法があって、

色んな人がいて、

治る人もいました。

死ぬ人もいました。

 

「奇跡」と、言われる場面にも、たくさん、立ち会いました。

治らないと現代医学的には言われているものを克服し、

障害者手帳を返却した人もいました。

 

その中で、色んな考え方を知る事ができました。

 

仮に、

「亜流医学」と、ここでは名付けて、すすめますと。

 

亜流医学(仮称)では、

 

 

例えば、

スポーツなどをやっていて、集中したいと思う場面で、

身体は、「高血圧」の状態になる事もある、という考え方があるようです。

 

高血圧には、高血圧になる必然がある、というものです。

 

例えば、

血液が汚れきっていて、身体が生きていけないよ!と言う時に、

劣悪な環境でも生きていけるようになる、細胞を作るという考え方があるようです。

 

がんには、がんになる、必然がある、というものです。

 

例えば、

身体に、毒を取りこんでいて、これが全身に廻ったら死んじゃうよ!と言う時、

血液をドロドロにする事もあるようです。

 

血液ドロドロには、ドロドロになる、必然がある、というものです。

 

 

トータルであるのは、

「身体は、自分を治すために、その状態を作り出している」

という考え方です。

熱を出す事も。

血圧を上げる事も。

痛みがあることも。

全て、身体を良くするために、身体がおこしていることだ、と、亜流医学(仮称)は、考えたようです。

 

 

 

それに対して、西洋医学は、

「悪いやつが身体に入ってくる」

または、

「身体に、エラーが起こる」という考え方を採用している場合が多いように思います。

身体を信じないから、「そのまま、ほっとくと、悪くなるよ!」というわけです。

「病院行った?行かないと治らないよ!」というわけです。

 

 

私の周囲でやってきていた、

亜流医学(仮称)は、身体を信じる、という場合が多いように思います。

「身体は、一生かけて、身体を治そうとしている」ととらえ、

原因を解きほぐし、ひとつひとつ、オーダーメイドで、改善していくという考え方でした。

 

 

そう信じる事にしたとき、何をするかは、

「身体を助ける事」であって、「症状を抑える事」では、なくなるようです。

 

 

出ている、殆ど全ては、身体を良くしている反応だと。

 

 

闘病で苦しんでいた、とーちゃんが、

亡くなる前日、仏のような顔になっていた…

 

ボケていたばーちゃんが、

亡くなる前日、ハッキリと、喋っていた…

 

それを、亜流医学(仮称)では、

「身体が治すのを、やめたから」と解釈する場合もあるようでした。

 

 

 

この考え方は、

「発達障害」と言われていた症状にも、あてはめて考えていました。

 

身体に、起きている事が、全て、

身体を守るための最善の事だとするのなら、

 

 

なぜ、現代において。

 

集中力がない状態の、人たちが、

 

存在しているのでしょうか?

 

 

どんな、合理的な理由があって、

 

身体は、その状態を選んだのでしょうか?

 

 

 

そのことも、

だんだんと、分かってきました。

 

 

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全ての臓器には固有の周波数があるそうです。

 

ロシアでは、医療機器として使われているものもあり、

その測定法も、いろいろあるようですが、

私も、縁があって、ときどき、測定しています。

 

 

日本人女性は、胆嚢の波動が悪い人も多いようです。

 

 

原因として、多く考えられると思うのは、

 

・乳製品

・加熱した植物油

など。

 

女性は特に、

油には気をつけた方がいいのかもしれません。

 

 

次に、銀歯や、歯の詰め物。

解毒してもしても、歯に負担をかけるものをうめていると、

それは、臓器に負担をかけるかもしれません。

 

 

 

 

私は、体質改善の要を肝臓に置いていたので、

胆嚢の波動が良くない事は、そこそこにショックでした。

 

 

 

そして、

私が、あまり取り組みたくない「感情」のアプローチをする事にしました。

 

 

 

怒り。

 

 

胆嚢は、「堪忍袋の緒がきれる」と言われるように、

怒りをつかさどる臓器のようです。

 

「何かをためこんでいる可能性がある」のです。

 

でも、私には、ピンときませんでした。

ストレスなし生活だと、思っていたのです。

 

苦手な人とは、すぐ距離おくしー

まいにち、好き勝手にやってるしーー

ふわっふわ生きてるしーー

 

 

でも、

無自覚だからこそ、内臓に出るのかもしれないと思ったのです。

 

 

 

わたしは、

怒りが一番苦手です。

 

瞬時に怒れないのです。

「あれ?なんか、さっき、失礼な事言われた?」みたいに、後で、思い出すんです。

 

怒っても、すぐに、「ま、いっか。もうあの人と関わるのやめよっ」ってなるんです。

 

 

嫌な事から、ふわふわ、逃げて暮らしつつ、

そこそこ過ごしていたのですが、

 

 

胆嚢は、自分の本来の声からの、サインなのかもしれません。

 

 

本当にそれでいいの?

その生き方でいいの?

 

 

私は、もっと、もっともっと、自由でありたいのかもしれません。

人よりも自由でしょ?とかじゃなく。

 

人と比べて、どうこうじゃなく、もっと、もっと。

 

 

 

そこで、怒る練習です。

 

 

お金がないときは、お金がある人の生活習慣を観察するのです。

健康になりたいときは、健康な人の生活習慣を観察するのです。

 

 

そして、怒りたい時は…

華麗に怒ってる人を観察してました。

 

この人の怒り方…華麗だ!!

 

 

そして、自分に落とし込むのです。

 

 

 

最初は、自分の中だけでやっていたんですが、

そして、測定器的には、そこそこ解決していたのですが、

 

測定器で出たのは、ひとつのきっかけであって、

それが良かったからゴールという話でもないのだと思いました。

私にとっては、どのような素晴らしい測定法でも、あくまで、参考なのです。

 

 

たぶん、これは、人とのコミュニケーションをやっていく上でも、

改善した方が、より、自由に生きられるのではないかと、思うようになりました。

 

 

これは、ここ、2カ月ぐらいの話です。

がんばっておこってます。<`ヘ´>

ひとつひとつハードルを越えていく、感じです。

 

 

 

かつて、私は、

コミュニケーションを勉強して、

どんどん、怒らない人になりました。

 

人と、上手くやっていけるようになりました。

 

 

コミュニケーションノウハウを学び、

人と上手くやっていけるようにもなったけど、

自分は見失ったわけです。

 

 

がんばって、ハードル越えて、

華麗に怒っていきたいと思います。

そして、このブログでも<`ヘ´><`ヘ´><`ヘ´>←こんなかんじで。

 

 

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精神病院で、患者が錯乱する現場には、日常的に出くわしたのですが、

錯乱しているときに、こんな事を言う患者に、何度も出会います。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

 

何度も、繰り返すのです。

 

 

そして、このようにも、繰り返すのです。

 

 

「ごめんなさい、ごめん、ごめんなさい、

ありがとうございます、ごめんなさい、ありがとう、ありがとう…」

 

 

今まで、どれだけ、

「ごめんなさい」と「ありがとう」と、強制させられてきて、

その恐怖におびえているのだろうと、思うのです。

 

 

 

「ありがとう」は、私にとって、呪いの言葉でも、あります。

 

 

 

断薬後、体質改善をしていたときに、

色んな人と会ったのですが、その時に、しょっちゅう出くわしたのは、

「症状に感謝しないと治らない」という言葉です。

 

痛みに対して「ありがとう」と声をかけなさい、というものです。

 

ある、代替療法がきかない、と言う人に対して

「感謝が足りないからだ」と言う人もいました。

 

 

私は、その事をきくたびに、入院先の出来事を思い出していました。

 

 

感謝だとか、「ありがとう」とかいうものは、

強制されると、それは、呪いとなるのだと、私は知っています。

 

 

そして、現代は、

「ありがとうは?!」「感謝しなさい」と強制されている人があまりに多く、

その呪いにかかっている人が、多いのだと、思います。

 

「ありがとう」が分からない…

「感謝」って何…?

 

でも、「ありがとう」と言うと、許してもらえるらしい…

「ありがとう」と言うと、幸せになるらしい…

 

ありがとう、ごめんなさい、あいしてます、ゆるしてください…

 

 

ましてや、

「ばかやろう」なんて言っちゃいけない…

 

 

反抗的な子どもを、発達障害として、薬を飲ませている親が増えているようです。

 

「もう嫌だ!」と暴れると発達障害。

授業受けられないと発達障害。

宿題しないと発達障害。

タバコを吸ってバイクにのると発達障害。

夜の校舎の屋上で、宴会すると発達障害。

そして、薬を飲んで、大人しくなる…。

 

「ばかやろう」と言えなくなってきている子どもも、増えているのかもしれません。

 

 

私は、「ありがとう教」の世界も、たしなむ程度には知ってますし、

その世界で、結果を出して、たくさんの方を救った人も知っています。

「ありがとう」の言葉で、人を救った現場も、見てきました。

 

でも、

「ありがとう」「ありがとう」と言っている人の中には、嘘をついている人も、多いです。

私には、その嘘が、まざまざと、見えてしまう時があるのです。

 

 

そういった方は、人を「ありがとう」でコントロールしようとします。

自分自身も、「ありがとう」にコントロールされているように見えます。

 

 

「ありがとう」は、魔法の言葉にもなり、「呪い」にもなると思います。

 

 

「ありがとう」に呪われた人は、もう「感謝」が湧き出る事は、なくなります。

 

 

自分の嘘にすら気付かない場合は、

身体が、何らかの信号を出す場合もあると思います。

そんな人も、みてきました。

 

 

 

薬をやめて、身体を整えていると、

蓋をしていた絶望が、ぶわーーっと出てきて、涙が出てくる事がありました。

それから、感謝の思いが、じわっと、出てくるようになりました。

 

感謝するにも、段階があるのだと思います。

「嫌だ!」ということ、「ばかやろう」という事、

それも、段階で、それを飛び越える事は難しいような気がします。

 

 

絶望している、と叫ぶ事ができる場所に、希望があると思います。

孤独だ、と叫ぶ事ができる場所に、希望があると思います。

悲しい、辛い、苦しい、イヤだ…

 

絶望を叫ぶ事が出来る場所。

そんな場所を作っていこう。

 

 

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ご協力していただける方、picece@gmail.comにご連絡くださいませ。

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