思えば遠くへ来たもんだ

日本を飛び出し、ザルツブルクへ! 思い切ってヨーロッパにダイブしたピアニスト&コレペティの、かなり破天荒な経験話をちらほらと書きとめてゆく・・・予定です。


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近頃ピアノを習い出した10歳の男の子。初回のお試しレッスンからピアノに興味津々で、レッスンに来るのが楽しみな様子。

今日で3回目のレッスンなのですが、その子がうちで弾いてきた曲や、その子が作曲したという「君が僕は大好き」(たった5音の歌だけど、いちおう伴奏もついてた)などひとしきり聴かせてもらった後。

「何か弾いてくれない?」と唐突に言われました。
「何か、君も知ってる歌? それとも複雑なピアノ曲?」
と訊いたら、ピアノ曲をきちんと演奏して欲しいと。

「エリーゼのために」をちょろっと弾いてあげたけど、そうじゃなかったみたいで。
「こんなの(と言って歌う)、イルマの曲なんだけど」とその子。

歌った旋律を弾いてみたけど、ピンと来ない。
イルマ・・・、ああ、あれ? と思い出して、"River flows in you"を弾いたらビンゴでした。

そして、「お母さん呼んできてもいい?」
なにげにお母さん?と思ったけど、隣の待合室にいるお母さんにもレッスン室に来てもらいました。

それで、ようやく判明。
お母さんが大好きな曲で、楽譜をダウンロードして、家にあるキーボードで挑戦していたそうです。

今日は楽譜も手元になかったし、うろ覚えだったけど、弾いたら感激してくれました。
そして、来週初心者用の楽譜を持ってくる約束もしました。

なんだか、ほのぼのしてしまいました。#^^#

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近頃、北朝鮮を巡る緊張状態は、(たぶん)世界のテーマになっています。
少なくとも、ここドイツではそうです。
先日は雑談の折に「なんで日本はミサイルを撃ち返さないのか? 正当防衛と認められるのではないか?」などと訊かれたほどです。いろいろ背景があって、他の国も絡んでいて、世界第三次大戦に発展しかねないから、慎重に、国連を通した方がいいのだ、と返事しておきましたが。

今日の記事は、私の尊敬する国際政治ジャーナリスト北野幸伯さんのメルマガ記事を紹介します。

まず、テーマとなる安倍総理の国連演説を読みたい方、見たい方はこちらで見られます。

外務省のHP
http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/unp_a/page4_003327.html

演説録画
https://www.youtube.com/watch?v=4VrHngXeHP4

https://www.youtube.com/watch?v=kWriuKEFTZ8

北野さんのメルマガには、なぜ安倍総理の演説がすぐれているのか、わかりやすく簡潔に解説されています。

(引用開始)

▼北朝鮮は、世界の脅威

安倍総理は、こんなこと話したかった、あんなこと話したかった、といいながら、結局テーマを一つに絞ります。

<私の討論をただ一点、北朝鮮に関して集中せざるを得ません。>

(安倍総理の国連演説 2017年9月20日より)

「北朝鮮の話だけしますよ!」宣言です。

そして総理は、「北朝鮮問題の現状」を語りはじめます。

<9月3日、北朝鮮は核実験を強行した。
それが水爆の爆発だったかはともかく、規模は前例をはるかに上回った。

前後し、8月29日、次いで、北朝鮮を制裁するため安保理が通した「決議2375」のインクも乾かぬうち、9月15日に北朝鮮はミサイルを発射した。

いずれも日本上空を通過させ、航続距離を見せつけるものだった。

脅威はかつてなく重大です。眼前に差し迫ったものです。>(同上)

「脅威はかつてなく重大」「眼前に差し迫ったもの」
まさしくその通りですね。

<不拡散体制は、その史上最も確信的な破壊者によって深刻な打撃を受けようとしている。>(同上)

「不拡散体制」を出したのは、立派です。なぜか?
「北朝鮮問題」は、「日米韓と北朝鮮だけの問題ではない」ということです。

なぜ?
「核兵器の拡散」を恐れた人類は、「核拡散防止条約」(NPT)をつくり、核兵器の開発、保有を制限しました。

NPTは、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連(後ロシア)、中国だけ、「核兵器の保有を許される」。「その他の国々の保有は許されない」という、極めて不平等な条約です。

それでも、なんやかんやと、核の拡散を抑制することに成功してきました。

(とはいえ、イスラエル、インド、パキスタンは、NPT未加盟で核を保有している。北朝鮮は、93年にNPTを脱退し、核兵器開発を実現した。)

まあ、いろいろと論理的に思考すれば、「NPTって機能していないよね」と思えるでしょう。その議論は、置いておきましょう。

ここでは、総理が、「不拡散体制」を演説に入れることで、
「北朝鮮は、世界秩序の脅威である!!」というロジックにしたことが重要です。

▼北朝鮮との対話は無意味

北朝鮮問題は、本当に深刻な問題です。なぜ解決できないのか?

一番の問題は、北を「緩衝国家」とみている中国とロシアが、守っているからでしょう。
中ロは、「対話しなさい」「対話しなさい」と主張します。
しかし、安倍総理は、そんな中ロの主張に反論します。

<これをもたらしたのは「対話」の不足では断じてありません。>(同上)

北が今のようになったのは、「対話の不足」が原因ではないと。
安倍総理の考えでは、「対話は十分したが、北にダマされた」と。

<94年10月、米朝に、いわゆる核合意が成立します。核計画を北朝鮮に断念させる。

その代わりわれわれは、北朝鮮にインセンティブを与えることにした。

日米韓は、そのため、翌年の3月、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)をこしらえる。

これを実施主体として、北朝鮮に軽水炉を2基つくって渡し、また、エネルギー需要のつなぎとして、年間50万トンの重油を与える約束をしたのです。

これは順次、実行されました。

ところが、時を経るうち、北朝鮮はウラン濃縮を次々と続けていたことが分かります。

核を捨てる意思など、もともと北朝鮮にはなかった。それが誰の目にも明らかになりました。

発足7年後の2002年以降、KEDOは活動を停止します。>

「だまされた例1」です。

<2002年、2度目の危機が生じた。懸案はまたしても、北朝鮮がウラン濃縮を続けていたこと。

そしてわれわれは、再び、対話による事態打開の道を選びます。
KEDO創設メンバーだった日米韓3国に、北朝鮮と中国、ロシアを加えた6カ国協議が始まります。03年8月でした。

その後、2年、曲折の後、05年の夏から秋にかけ、6者は一度合意に達し、声明を出すに至ります。

北朝鮮は、全ての核兵器、既存の核計画を放棄することと、核拡散防止条約(NPT)と、IAEAの保障措置に復帰することを約束した。

そのさらに2年後、07年の2月、共同声明の実施に向け、6者がそれぞれ何をすべきかに関し、合意がまとまります。>

<今度こそ粘り強く対話を続けたことが、北朝鮮に、行動を改めさせた、そう思わせました。

実際はどうだったか。

6カ国協議のかたわら、北朝鮮は05年2月、「われわれは、既に核保有国だ」と、一方的に宣言した。さらに06年の10月、第1回の核実験を、公然、実施した。

2度目の核実験は09年。

結局北朝鮮はこの年、「再び絶対に参加しない」と述べた上、6カ国協議からの脱退を表明します。
しかもこのころには弾道ミサイルの発射を繰り返し行うようになっていた。>

「だまされた例2」。決定的ですね。

<議長、同僚の皆さま、国際社会は北朝鮮に対し、1994年からの十有余年、最初は「枠組み合意」、次には「6カ国協議」によりながら、辛抱強く、対話の努力を続けたのであります。

しかし、われわれが思い知ったのは、対話が続いた間、北朝鮮は核、ミサイルの開発を諦めるつもりなど、まるで持ち合わせていなかったということであります。

対話とは、北朝鮮にとって、われわれを欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった。>

まさしく「その通り」です。

<何よりそれを次の事実が証明します。すなわち94年、北朝鮮に核兵器はなく、弾道ミサイルの技術も成熟にほど遠かった。

それが今、水爆とICBMを手に入れようとしているのです。対話による問題解決の試みは、一再ならず、無に帰した。

何の成算あって、われわれは三度、同じ過ちを繰り返そうというのでしょう。>

「対話は意味がない」と。では、総理は、「どうすればいい」と考えているのでしょうか?

▼国際社会の圧力による解決

<北朝鮮に全ての核・弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄させなくてはなりません。

そのため必要なのは、対話ではない。圧力なのです。>

核、ミサイルを放棄させるためには、「対話」ではなく「圧力」が必要だと。

この後、安倍総理は、横田めぐみさんの話をされました。
演説の流れからみると、少し「唐突感」はありましたが、北の「異常性」と「残虐性」を強調する意義は大いにあったでしょう。

<北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対し、日本は日米同盟によって、また、日米韓3国の結束によって立ち向かいます。

「全ての選択肢はテーブルの上にある」とする米国の立場を一貫して支持します。

その上で私は、北朝鮮に対し厳しい制裁を科す安保理決議2375号が、9月11日、安保理の全会一致で採択されたのを多とするものです。>

安倍総理は、「アメリカの立場を一貫して支持する」と宣言しました。
そして、9月11日の新制裁決議を評価しました。

<しかし、あえて訴えます。

北朝鮮は既に、ミサイルを発射して、決議を無視してみせました。決議はあくまで、始まりにすぎません。

核・ミサイルの開発に必要な、モノ、カネ、ヒト、技術が、北朝鮮に向かうのを阻む。

北朝鮮に累次の決議を完全に履行させる。

全ての加盟国による一連の安保理決議の、厳格かつ全面的な履行を確保する。

必要なのは行動です。

北朝鮮による挑発を止めることができるかどうかは、国際社会の連帯にかかっている。>

「北朝鮮による挑発を止めることができるかどうかは、国際社会の連帯にかかっている」そうです。

総理は、この問題を、「日米韓 対 北朝鮮」という構図にせず、
「全世界 対 北朝鮮」 にしたのです。

80年前の1937年は、日中戦争がはじまった年です。

日本は、満州国問題で国際連盟を脱退し、世界的に孤立していました。
それで、中国は、アメリカ、イギリス、ソ連から支援を受け、日本と戦っていた。
当時の日本には、「孤立=破滅」と考える総理はいなかったのでしょう。

しかし今、安倍総理は、孤立を慎重に避け、世界を味方につけて北に対峙しています。
前々から書いていますが、「北問題」で日本は、正しい道を進んでいるのです。

▼安倍演説が「大成功」の理由

北朝鮮問題に関しては、「二つの立場」があります。

一つは、日米の立場。国連安保理で制裁を強化することで、北から妥協を引き出す。
安倍さんの「圧力」ですね。

もう一つは、中国、ロシアの「対話」です。

「平和を希求する日本人」は、「対話」が好きです。(私も、「対話で解決できるなら、対話で解決した方がいい」と思います。)

しかし、中ロが「対話」を要求するのは、「緩衝国家」北朝鮮を守りたいからなのです。(つまり、国益。)

この「基本構図」を知ったうえで、安倍総理の演説を見てみましょう。

これまで見たきたように、安倍総理は、

1、対話が無駄であることを、北問題の歴史を挙げ、説得力をもって解説した。

2、結果、国連安保理を通した「圧力強化」を求める日米の主張が力を増し、
「対話」を求める中ロの主張が打撃を受けた。

3、この問題は、「日米韓 対 北」というローカルな問題ではなく、
「世界 対 北 の問題なのだ」という構図をつくりだした。

というわけで、安倍総理の国連演説は「大成功だった」といえるでしょう。

「消費税引き上げ」「残業代ゼロ」「3K外国人労働者大量受け入れ」など、いろいろ問題もありますが、「外交」「安全保障」で総理の右に出る人は、いまのところいません。

(引用終わり)

政治を良くして暮らしやすい国を作るにも、
まず国家が存続して安定していることが前提条件です。

その点で、外交、安全保障分野は、国家が存続できるかどうかの鍵を握る、最重要分野だと私は思います。

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だんだんさかのぼってきて、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団1回目のコンサート。

8月14日(月)エルプフィルハーモニー

〈プログラム〉
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ガーシュイン:ピアノ協奏曲F調
ラヴェル:バレエ音楽『ダフニスとクロエ』
アンコール
ラヴェル:ボレロ

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ
ピアノ:クリストファー・パーク
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭オーケストラ
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団

このプログラムは、合唱団にとって今年の目玉でした。
なんせ世界一音響の良いホールとして有名で、コンサートのチケットもあっという間に売り切れる
エルプフィルの舞台に乗れるんですからね。

ちなみにこのコンサートのチケットも、販売開始日に売り切れました。

合唱団にも、エルプフィルで歌えるなら、ということで応募者が多く、若い人がたくさん集まった、と聞きました。

オーケストラは、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン・オーケストラアカデミーのメンバー、この若者オケを指導しているのが、巨匠エッシェンバッハ。

このオーケストラアカデミーは、アメリカの作曲家&指揮者バーンスタインのイニシアチブで、30年前に始まりました。今年のオケは、シーズンを通して活躍し、バッハからメシアンに至る幅広いプログラムでコンサートを開きました。

しかし蓋を開けてみれば、このプロジェクトが一番ストレスが多かった。

何より、エルプフィルハーモニーの警備が厳重すぎたうえ、オープンしてまだ日が浅いので、充分な人員対応ができていませんでした。

ホールは12階以上にあり、使えるエレベーターは3台。しかも、係員の人が来てカードで施錠解除しないと、使えません。

おそろしく時間がかかると予想した私たちは、14時半にアーティスト入り口に集合、15時から声出しして16時からのオケリハに備える、という予定を立てました。

この日は雲ひとつない晴天。15分以上前には全員が入り口前に集合。青空と海に映えるエルプフィルハーモニーの建物は美しく、初めはみんな写真を撮ったり、若干観光者気分でした。

ところが、警備上の理由で15時までは建物に入れてもらえず。中に入ったら、エレベーターが動かない、控え室が開いていない、どこのトイレが使ってもいいのかわからない、などなど問題のオンパレード。係員さんがOKを出さないと、どこにも行けません。各階に、そこにいることがお仕事の係員が配置されているのですが、誰に確認して誰が責任を持って開けたら良いのやら、はっきりしていない模様でした。

業を煮やした合唱指揮者は、廊下でリハーサルを始めました。

オケリハはホールで、予定通り始まりました。

この曲は1箇所、合唱がアカペラで、しかも各声部にシンコペーションが入る箇所があります。裏打ちの感覚ってない人が多いのかな? 指揮者がタクトを降ろしたところで、素直に自分の音を歌ってしまう人多数。その上、音程が下がらないように気をつけて、オーケストラが入ったところでスムーズに共演できないといけません。

この箇所は、合唱指揮者がエッシェンバッハさんに話したりお願いしたりして、最後にもう一度合わせてもらいました。指揮もわかりやすくなって、問題解決。

2日前にエッシェンバッハさんへの引継ぎリハーサルがありました。初めて見た時は、なんて音楽的な指揮なんだろう、と感動しました。手の動きに色彩の移ろい、空間の動き、すべて表されているようで、目が釘付けになりました。

ところが…これがいつも効果的かというと、また別なんですね。この曲、オーケストラも大編成、合唱も150人を越えています。どこが拍なのか解釈がずれると、演奏は当然めちゃくちゃになります。合唱団員の中にも、いっそ拍だけ単純に示してくれたらいいのに、という人もいて、考えさせられました。指揮者は、音出せませんからね。

今回、オーケストラと初めて合わせた日の夕方に練習スタジオで公開ゲネプロがあり、これはスケジュール的にも会場的にも、ちょっと無理がありました。それが、この日の前日。合唱指揮者が神経質になるのもわかります。

この日のコンサートは司会者が入り、急遽ピンチヒッターで登場したピアニストが、シャワーしている時にエッシェンバッハさんから電話を受けたエピソードなんか披露して、くだけた雰囲気。

どの曲も、各楽器に素敵なソロがあり、オーケストラ参加者が楽しんで演奏しているのが感じられました。

私たちは、舞台の真後ろすぐの場所で歌いました。世界一の音響と言われるホールですが、私の感想は…かなり独特な響きだと思いました。

どこの音も、とてもよく聴こえます。私たちの合唱団も大きくて、かなり左右に拡がりましたが、向こう側にいる男性の声もよく聴こえます。

今年は、どの演奏会も男声、女声、それぞれで各パートが分散して入り混じる形にしましたが、これは他声部が聞きやすくて、みんな楽しかったと言っていました。

ただ、合唱の中にいるのに、自分の声も丸裸で、よく聴こえます。

なんと言うか、レントゲンを見ている感じというか。すべての音がクリアでよく聴こえるのに、ハーモニーの一体感が薄いのです。そういう意味では、私はどちらかというと、古いライツハレの方が好みだなあ。

まだ、客席に座って聴いた事がないので、断言はできませんけど、エルプフィルハーモニーの売りは、どこに座っても同じようによく聴こえること、だそうです。

満員の観客のアンコールに応え、コンサートが終了したのは23時。3時間のコンサートでした。

コンサート後は、なぜか控え室の電灯が点かず、暗闇の中手探りで荷物をまとめて出ました。

キールの団員が自分も疲れているだろうに、車に乗せて家まで送ってくれました。
自分で列車で帰宅しなければならなかったら、ちょっときつかったかもしれません。

この日の演奏は、NDRラジオで9月17日11時から、Sonntagskonzertで放送されます。

この演奏会について新聞記事

http://www.kn-online.de/News/Aktuelle-Nachrichten-Kultur/Nachrichten-Kultur/SHMF-Festival-Orchester-und-Chor-unter-Eschenbach-in-der-Elbphilharmonie



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徐々にさかのぼって記録しています。

8月19日(土)はレンズブルクのキリスト教会で、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団のコンサート『夜の静けさ』がありました。

〈プログラム〉
サン=サーンス:夜の静けさ
ブラームス:混声合唱のための5つの歌 op. 104
リリ・ブーランジェ:混声合唱とピアノのための『春』
         混声合唱とピアノのための『泉』
         メゾソプラノ、女声合唱とピアノのための『サイレーンたち』
         男声合唱とピアノのための『嵐の中で』
         ソプラノ、テノール、混声合唱とピアノのための『平原上の夜』
ブラームス:混声合唱とピアノのための『4つのカルテット』op. 92

指揮:ニコラス・フィンク
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団
ソプラノ:ファニー・アントネル
テノール:トーマス・フォッレ
ピアノ:フィリップ・マイヤース

リリ・ブランジェは20世紀初頭に活動し、ラヴェルが何度も挑戦して得られなかったローマ賞を得るほど評価されていながら、1918年に24歳でこの世を去った女流作曲家です。

私は留学時代に彼女の歌曲を持ってきてくれた歌の学生がいたので、名前を知っていましたが、合唱団のメンバーは誰もブーランジェを知りませんでした。

半音進行と全音進行、息の長いフレーズ、感覚的に官能的な、開放的な、非常に快感のあるハーモニーで、まぎれもないブーランジェの語法が確立されています。

このプログラムは、合唱団のメンバーにも好評でした。

他の演奏会では、実際の本番を振るプロのオーケストラ指揮者と、我々素人合唱団の間に立って中間管理職のストレスを背負っている我らが合唱指揮者にとって、この演奏会は彼が企画し、彼が本番も指揮できる、ストレスの少ないはずの演奏会なんですが…。

今までとは違って予測のつかないハーモニー、フランス語の歌詞、一部は8声にもなる見た目のややこしさ、おまけにマイナーな作品だからか、なかなか楽譜が届かず(コピーで練習していました)、ミスプリントが散見されます。とくに、臨時記号。何が正しくて何が間違っているのか、ひと目では判断できません。

6日前には初のエルプフィルハーモニーでのコンサートが終わったばかり、ピアニストはようやく前日、歌手とは当日初めての合わせで、とかく予定が押し気味で気が抜けませんでした。ブーランジェの作品は、ピアノパートが、腕が3本要るんじゃないかしらと思うくらい音が多くて、重要な役割を果たします。ピアノとの合わせは出来をかなり左右します。

前日も当日も、この演奏会のために一日中リハーサルか待機している状態。そもそも指揮者がピリピリしていて、それが団員に伝わって…となると、ロクなことになりません。

幸い、コンサートの前に空き時間があったので、町に出て気分転換することが出来ました。

ありがたいことに会場はほぼ満員、本番ではみんなが力を出し切ることが出来ました。
けっこうみんな、乗せられやすい体質?^^;

キリスト教会は大きすぎず、残響もほどほどでとても聴こえやすく、気に入りました。
教会の方々が私たちのためにひな壇を作ってくださって、指揮者ともよくコンタクトが取れました。

1曲目のサン=サーンスで、音程は下がりながらも、ハーモニーが調和していたので、行けそうな手ごたえを感じました。ブラームスOp.104までは、無伴奏アカペラ。

「サイレーンたち」では、サイレーン部隊が遠くからハーモニーを流します。リハーサルの時はよく響き、できるだけ静かに、と指示されました。それが、ほぼ満員の会場で響きが違ってしまったのか、舞台上のメンバーにも聴こえなかったと言われたし、聴いている人にも「指揮者が違うほうを向いて指揮しているから、そこにも誰かいるのかと思ったけど、何を指揮しているのか聴こえなかった」と言われました。わざわざ特別時間を作って練習したのに、う~ん残念なハプニングでした。録音ではマイクで音を拾っているので、大丈夫そうですが。

アンコールに応えて、「平原上の夜」をもう一度演奏しました。

当然と言えば当然かもしれませんが、この日がブーランジェのレンズブルク初演だったそうです。

プログラム全体が本当に素敵な曲ばかりでした。とくにブーランジェは、また演奏する機会があればいいのに、と思った人が多かったみたい。

この日の演奏は、10月29日22時よりラジオ NDR Kultur で放送の予定です。

この演奏会について新聞記事

http://www.kn-online.de/News/Aktuelle-Nachrichten-Kultur/Nachrichten-Kultur/Der-Schleswig-Holstein-Festival-Chor-in-der-Christkirche-Rendsburg



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いやまあ、今年の夏は忙しい夏でした。
遊びや趣味や個人的な予定でいっぱいだったので、責任もないし、頭が忙しいわけでもないし、気楽でやっぱり夏休みではあったんですが、時間がせわしかった。家にいられたのが夏休みの間3週足らず、しかもうまい具合に翻訳の仕事が入ったりで、あっという間に過ぎていきました。

7月初めに開幕したシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭は、8月27日(日)の最終コンサートで幕を閉じました。私たち音楽祭合唱団にとっては、3つ目で最後のプログラムです。

プログラムは
ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲
オルフ:カルミナ・ブラーナ

ソプラノ:ローザ・フェオーラ
バリトン:ミヒャエル・ナジ
テノール:ユルゲン・ザッヒャー
指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ
北ドイツ放送交響楽団、北ドイツ放送ユースオーケストラ
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団
エルンスト・バルラッハ・ギムナジウム合唱団

1曲目は、前日のリハーサルで部分的に聴いた感じでは、立体的でタイトル通り、さまざまな声部が交代にソロを担ってゆく、現代曲にしては心地よい響きの曲でした。聞いてみたい気持ちはあったのですが、時間にゆとりがなく、2曲目が出番だということもあって、楽屋でおとなしくしていました。

この日は、音楽祭の締めくくりの式典も兼ねていたらしく、関係者の話があった模様です。今年焦点の当たった作曲家はモーリス・ラヴェルでしたが、来年はシューマンの年だそうです。

このプロジェクトは、コンサート前の予定にゆとりがあり、本番3日前には合唱指揮者からウルバンスキへの受け継ぎがあったし、オーケストラとも2日にわたってリハーサルがあり、この曲の経験者も多く、3つのプログラムの中で一番スムーズに行ったプロジェクトでした。

ウルバンスキさんは30代半ば、人当たりよくにこやかながら、音楽的には妥協せず根気よく自分の解釈を貫いてきます。

第3曲目『春の喜ばしい顔』では、慣れているテンポよりもずっと速いテンポで、みんなビックリしていましたが、楽譜どおりだし、歌詞の内容から言ってもふさわしい。ただ、新しいテンポに慣れるのにちょっと時間が要りましたが、本番前にマスターできました。

第5曲『今や願わしい春が』でも、楽譜どおりに徐々にテンポと音量を上げていき、緊張感が生まれます。

男声にトリラーを要求したり、グリッサンドをフォルティッシモのまま時間をたっぷりかけるよう指示していましたが、これも楽譜どおり。
かなりドラマチックな解釈ですが、すべて楽譜から解釈可能です。

その一方で、こちらの要求にも耳を傾けてくれました。1箇所、裏拍で出るところがあるのですが、1拍目は音がなく、ウルバンスキさんは1拍目を鋭く振り、2拍目以降をその反響と感じられるような振り方をしていました。でも、それだと、みんな鋭く振り下ろされた1拍めで声を出してしまいます。合唱指揮者とも何度も練習して、みんなわかっているんですが、ウルバンスキさんが1拍目を勢いよく振り下ろすと、やっぱりつられてしまいます。

それで、2拍目を合唱団から引き出すような振りに変えてくれ、オーケストラにも事情を説明してくれました。これで、事故が事前に避けられました。

ソロの歌手の方々も、それぞれに要求された特徴を十二分に出していました。
ソプラノのフェオーラさんは、豊かな声ながらピアニッシモも良く響き、愛に悩む女性のニュアンスがよく出ていました。
バリトンのナジさんは、かなり演劇的な解釈、とくに僧侶の「俺、俺は僧院長様」は、性格がよくわかるような人物描写でした。
テノールのザッヒャーさんは、ハイDだけが裏声で後はまともに歌いきり、哀れっぽい嘆きを響かせていました。

ウルバンスキさんは、この曲を一種のエンターテインメントとして捉えているようで、自身も時にはコミカルな身振りを見せていました。私たちも、"cullannd"では、文字通り左右に揺れる身振りつき。22曲目の「おお、おお、すっかり花盛り」では、オーケストラ団員も一緒に歌えるように、歌詞が配られていました。

裏話としては、第11曲目のバリトンソロ「胸のうちは抑えようもない」で、2回目の間奏が2小節のはずのところ、1回目と同じように3小節。お隣の歌手と「え?!」と顔を見合わせましたが、オケも淀みなく、ナジさんも迷う風もなく、ウルバンスキさんも楽譜を見直したようにも見えましたが、何も発言なく。本番でも堂々と+1小節でした。

私たちの出来も、徐々にリハーサルを重ねることが出来て、この日が最高だったと思います。とても楽しい体験でした。

会場は、キールのシュパールカッセ・アリーナ。普段ならポピュラー音楽のライブが行なわれるところです。この日はマイクが使われましたが、私がリハーサルの時に客席で聴いた感じでは自然で、よい響きでした。

カルミナ・ブラーナは人気が高く、この日も最終コンサートということもあり、観客は5,000人あまり。割れるような拍手が続きましたが、さすがにアンコールはありませんでした。この日の演奏は、北ドイツ放送からライブ配信されました。

この後、打ち上げパーティーで関係者の尽力を称えねぎらいました。

この日の演奏、なんともうYouTubeにアップされていました(音のみ)。事務担当者さんが教えてくれました。






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