自分が、学生あるいは会社に入ってしばらくの時期は、というと随分昔の事になるが、気の向くままに山に行くことができる時期だった。本格的な山に行くときは、だいたい一人で行っていた。自分のペースで行けるメリットもあるが、一人でいろいろ考えるのが好きだった。

その頃、南アルプス南部というと、テント担いで、何日も歩くイメージで、単独行の身としては、なかなか行く気になれずにいた。一人でテントとなると、どうしても荷物が重くなるし、日中一人の分、夕方山小屋で人と話をするのが楽しいわけで、テントで一人というのはちょっと寂しい、というのもあって気が進まなかった。

ところが、空前の中高年の登山ブームのおかげか、はたまた百名山ブームのおかげか、このエリアも、山小屋やアクセス等、改善していて、小屋泊で十分行けるなど、知らないうちに随分身近になっていた。そんなわけでいつか機会があれば、と思っていたが、今年は、長期の休暇がとれ、しかも家族の事情でまとまった旅行には行けないということで、思ったよりもその機会は早くやってきた。

よし、「南アルプス南部」に行こう。
前夜泊二泊三日で赤石岳(3,120m)~荒川三山(荒川前岳:3,068m、荒川中岳:3,083m、悪沢岳:3,141m)を狙っていたが、一日追加すれば、どうやら聖岳(3,013m)にも行けることが分かった。次に行ける機会がいつになるか分からない、となれば、まとめて縦走しようと考えた。
  
 さて、これらの山は、馬の蹄鉄のような形となるため、行き方としては、椹島を起点として荒川三山から左回りのルートと、聖岳登山口を起点として、聖岳から右回りのルートと考えられる。荒川三山からの左回りのルートの方が、総歩行時間は短くなるため一般的とされるようだが、以下の理由から右回りルートとした
①登山口に行くためには、東海フォレスト送迎バス(畑薙第一ダム-聖岳登山口-椹島)と、井川観光協会バス(井川-畑薙第一ダム-聖岳登山口)の2つバスのいずれかに乗らないといけないが、東海フォレスト送迎バスは8/21の出発日には、畑薙第一ダム発8:00が最初であるのに対して、井川観光協会バスは6:45発であること
②左回りだと、帰りに、聖岳登山口から椹島までバスまたは歩きで一旦戻らないといけないこと
③聖岳登山口を起点として右回りの方が、危険箇所が登りになり、より安全と思われること。

というわけでスケジュールが固まった。
なお、バスの情報は、静岡市のホームページに詳しく載っている。
http://www.city.shizuoka.jp/deps/kouiki/kankou_alpus_top.html

ただ、このエリアの最大の問題は、電波がとどかず、スマホが使えないということだ。どうやらドコモは比較的通じやすいようだが、自分が使っているauはかなり厳しいらしい。これは困る。疲れや悪天候で、予定より手前の小屋で宿泊することになると、このエリアでは挽回はほぼ不可能で確実に一日余計にかかることになるので、下山日が変わってしまう。

これでは家族に心配をかけてしまう。それでも、途中の赤石岳山頂や大聖寺平では通じるというネットの情報があった。それに賭けることにする。もっと心配なこととして、もし道に迷ったり滑落した時、救助要請をしようにも連絡がとれないことがある。とはいっても、人はいるだろうし、道に迷うことのないエリアだろう
。とにかく無理せず、慎重に行動を、ということになるが、まあ、それは電話が通じても同じことかと。

本格的な山に行くのは本当に久しぶり。旅行に行く前は、普通は楽しみなものだが、本格的な山に行く前は、大丈夫か、危険箇所は無事にいけるか等々、緊張感が先にたつ。今回は特にそう。では、何で行くのかといえば、「頑張ることで、自分への信頼を確認することができるから」かと。家庭も仕事も少々無理はあるが、自分を取り戻しに、頑張ろう。


前日8/20(月)
東名川崎IC 20:00発 →第二東名・新清水IC 21:30発→畑薙夏季臨時駐車場25:20着(仮眠)

お盆明けということも、時間が遅いこともあるが、高速道は空いていた。ただ、足柄SAは「混雑」と表示されていた。
途中、車窓右手に富士山が見えるが、中腹より上に転々と明かりがはっきり見える。山小屋の灯りか。賑わっていることだろう。

車は快調に進むが、自分のナビは、古くて第二東名がないため、リルートばかりでせわしない。こうした中で、降りるインターを間違えるという初歩的ミスを犯してしまった。

第二東名ができて少し時間が短縮できることになったが、第二東名ができる前は、東名清水ICから行くということだったので、第二東名では、そのまま新清水ICから行くのかと勝手に思い込んでいたが、実はその次の新静岡ICから行くと、直接県道27号線につながっていて、そのまま行けるのだった。気づかず新清水ICで降りたので、むしろ、従来の東名清水ICで降りるよりも遠回りとなってしまい大幅にロスタイム。

 
そんなわけで、22:00 本来通らないはずのJR興津駅に寄ってみた。20:15以降は券売機のシャッターも下りて無人駅となるようだ。

遠回りとなってしまったが、清水駅付近で深夜にやっているガソリンスタンドを見つけて、満タンにすることができたので、いいことにしよう。県道67号線沿いの渋川橋東交差点にあるガソリンスダンドで22:30に給油した。

清水からは国道1号線の静清バイパスから、県道74号線に入るが、工事で迂回箇所が多く、流通センターからこども病院間で道に迷う。こんなことで無事につくのだろうか・・・。

県道27号線(安倍街道)に入ってからは、安部川沿いに進む。途中で、このルート最後のコンビニという看板のあるコンビニに立ち寄り、朝食等を購入。既にスマホの電波は微弱。メール等しておく。

道は、県道29号線(梅が島街道)を右に分け、次に県道189号線(三ツ峰落合線)を左に分ける。県道189号線も井川に通じているが、がけ崩れで現在通行止めとなっている。道は片側一車線で民家も少なくなり、本格的な山道。途中から民家は途切れ、完全に真っ暗。既に23時ということもあってか、対向車も一台もなく、前後の車もなく、完全に自分の車だけ。FM放送が入るので、心細さは紛れるが、道はかなり曲がりくねっていて、ヘアピンの連続。神経を使う。スマホの電波は入らず、ここで脱輪や車の故障があると、完全にお手上げな状況。

あちこちで道の補修がされているが、そうした看板などを見ると安心するくらいの何もない山道。井川に行くまでにたぬきに3回遭遇。たぬきでもいてくれると嬉しい。山道をひたすら登っていくと、途中に口坂本温泉を通るが、道の下方に温泉があるらしく、道からは明かりは一切見えず、かえって寂しさがつのる。間違いなく、こんな深夜に一人で運転するような道ではない。

そうこうしているうちに、ようやく富士見峠。かなり安心する。深田久弥の「わが愛する山々」によれば、峠には井川林道開通記念塔というのが立っているそうだが、無論真っ暗で、何も分からない。「それによると、この道路は延長25キロ、工費2億5千万円、3年かかって完成した。」とあるのだそうだ。

富士見峠からは下り。相変わらず、曲がりくねった下りが続くが、ところどころに井川の明かりが見えるようになってきて、心が弾んでくる。
やがて完全に下って、トンネルを抜けると、井川ダム。堰堤上を渡っていく。渡った先の中部電力の広報館である井川展示館は、まるでホテルのように明るく見えていた。その先にすぐ大井川鉄道井川駅がある。

 
井川駅前には0:50到着。
井川の街の中心部は、左から県道388号線が合流してから、しばらく行った先の井川湖沿い。とはいっても深夜に空いている店はない。対向車もない。井川湖を過ぎると再び曲がりくねった山道。途中、シカが道沿いにいた。トンネルをいくつも抜け、かなり行くと、きれいな施設の赤石温泉白樺荘。またそこから山道をしばらく行くと、ようやく畑薙夏季臨時駐車場に到着。ちゃんとした案内が見当たらず、少々不安だが、車がかなり止まっているところをみると間違いなさそうだ。予定より一時間半も遅れて到着。エンジンを切って、そのまま車内で仮眠する。
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