体罰論。 を読んで。


最近親とか学校の先生が体罰することに、結構厳しい処分がされるようになって違和感覚えます。

体罰と暴力は区別すべきだと思う。「罰」というイメージ云々というよりも、「罰」と「しつけ」の違いだ。ただ、今回は深く考えずに「体罰」と表現することにする。


体罰はいけないという理由が、単に苦痛を与えるから、あるいは暴行は刑法犯であるというような短絡的な観点から来ているのが問題だと思うのだ。


「苦痛を与える」という方法は、学習システムの中においては効果的な方法の一つである。効果があるから、そういうやり方が古来からあり、今もあるのだ。


コメントでも誰か指摘していたが、体罰を受けた側は、なぜ悪いのか分からなくても、その行為を止めようとすることがある。善悪でなく罰がイヤだからよくない、と考えることがコメントした人の主張だったと思うが、そうだ、実はこれが体罰の効果の本質だ。


、殴られると痛い痛み回避しようとするのは、人間の本能的な行動である。だから、殴られないようにする。そのために行動パターンを変える。これが体罰による学習のシステムの基本サイクルである。体罰とはそういう本能的なレベルでの刷り込みを行う学習方法である。この「本能的」というのは非常に強力であることに注目して欲しい。


理想的なのは、そこで思考停止してしまったらそれまでなのだが、体罰が受ける側がなぜ殴るのか、なぜ殴られたかをきちんと考えて、理解する、というパターンだ。むしろ、そうでなければならない。しかし、特に子供にはそれが何故なのか、理屈で説明しても理解できないことがある。例えばマッチで遊んではいけないとか、屋上で柵の外に出てはいけないとか、他人にナイフを向けてはいけないとか、そういう緊急性の高い内容で、どうやって理解させるかという問題もあるし、理解より先に行動を止めないと危険な場合がある。


殴らなくても粘り強く説得すれば分かるのではないか、という意見があるかもしれないが、それは完璧に否定しておく。大人になっても殴っても分からないような奴が大勢いるのは説明するまでもない。もちろん説得しても理解力がないので無駄だ。もちろん、殴ったら分かるのかというと、そうではない。しかも、殴ったらやらなくなるか、というとそうとも限らない。特に反抗期に殴るのは逆効果となる可能性もあるし、妙なトラウマを与えたら、後に非常に大きな影響が残ってしまう。


もう一つ、この種の反射的な行動を利用したトレーニングという視点も捨てがたい。特にスポーツの分野のように、反射的な行動を体で覚える必要があるような場合である。間違った行動に対して、痛みを感じさせることで、それを矯正するのである。


例えば、フォームが崩れたら電撃ショックを与えるような装置を考えてみる。フォームがおかしいとビリっと来る訳だ。こうするとフォームを単にビデオに撮影して見ながら直していくよりも、早く熟練できると思うのだが、どうだろうか?


刺激を怖がってしまって危ない、というかもしれないが、この場合は、そんなに強い刺激にする必要はない。体に何かサインを送ることができればいいのである。極端にいえば、もしかすると痛みを感じない程度でもいいかもしれない。その方が効果が小さいと思うのだが、実験した訳ではないので、これは誰か実験してみて欲しい。


Wii Fit にそういう機能を付けたら面白いのではないかと思うのだが。ヨガなんかでポーズが悪いと電撃でおしおきだっちゃ、みたいな。フラフープを落とすと大変とか。


さて、昔ならこんな蛇足しないで誰かひっかかるのを待っていたのだが、コメントの応対するのも何だし蛇足する。スポーツ学習で書いた、一人で刺激を受けて学習する装置の件を除けば、私は別に体罰に賛成だとは一言も書いてない。もっとも反対だとも書いてないが。単に、体罰にはこういう効果があるのではないか、という指摘をしただけであって、それ以上でもそれ以下でもない。


これ書いておかないと、昔だと、私が体罰賛成主義者だという前提で猛反撃する人が必ず出てきたのである。つまりツリなのだが、そういう罠にハマる人には「どこに賛成と書きましたか」と反撃する訳だ。


ところで、


俺らの時代なんて、タコナグリでボコボコにされてたもんなあ。

やりすぎると効果半減ですよね。慣れちゃうから。


※ 本記事は2008-08-31に「フィンローダの裏の裏ページ」に掲載した内容を移転したものです。内容に変更はありません。

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暑いね なんですけど。


日本の夏を感じるね 船 ここ三年くらいは。

船って何か分からないけど、typo っぽいのでスルーするが、そういわれると最近は日本の夏を感じないようだ。私の場合。なぜだろ?


考えてみたが、多分、蚊取り線香を使わなくなったせいだと思う。


あの煙、体にはよくなさそうだが、あの香りがないとどうも物足りない。もっとも、電子蚊取りは体によくなくないのかというと、蚊が実際に死ぬような成分なんだから、よくなくないことはないと思うのだが。蚊と人間は違うから、よくなくないことはないことはないのだろう。多分。


※ 本記事は2008-08-30に「フィンローダの裏の裏ページ」に掲載した内容を移転したものです。内容に変更はありません。

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麻布十番祭り である。このお祭り、大勢見に来るというよりも、どうも狭いところでやるせいか、凄い混雑になるようだ。


その日は夜までプログラム書いてて、麻布十番の駅前通ったのは0時頃だった、確か。


果ては、あなたを撮っているのではなく、風景をとっていたら、あなたが勝手に写っていたとかいう意味のわからない言い訳。

対応が偉いと思った。私なら「じゃあ私も風景を撮る」といって、風景を撮って晒していたかもしれない。そんなことをしたら、肖像権が何だとか訳の分からないことで訴えられたりするのだろう、つまり罠かもしれない。元社長氏がそういうのにはひっかからないのは、やはり百戦錬磨ということなのだろう。


※ 本記事は2008-08-29に「フィンローダの裏の裏ページ」に掲載した内容を移転したものです。内容に変更はありません。

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つづくと書いてしまったからには続けるしかない、ということで、「術が経済のパイをひろげるって話 その1 」への突っ込みの続きです。


現存する、ゲームやスポーツの、ほとんどがイギリス発であることが、それを証明している。

さすがに学校の歴史の授業ではこんなの教わった記憶がない。だから調べてみた。Webでテキトーに。間違っているかもしれないので、話半分ということで。「ほとんど」という位の話だから、だいたい合ってればいいばずだし。


もちろん、ゲームというのはテトリスとかぷよぷよの話ではないはずだ。当たり前か。ちなみにテトリスの作者アレクセイ・パジトノフ氏はロシア(旧ソビエト)出身で、今はアメリカだっけ?ぷよぷよは広島人か?


さて、まず調べたのがチェス。知らなかったのだが、チェスの発祥はインドらしい。将棋も遡っていくとそのあたりまで行くようだが、あるいは中国という説もある。なお、将棋の類のゲームは元々戦争シミュレーションだから、戦争が大昔からあったのと同じように世界中に存在しているはずだ。時代がかなり最近にずれるが、日本には軍人将棋ってのがあった。こういうバリエーションを考えると、どこからどこまでがオリジナルかという判断が難しくなる。例えば RPG の発祥の地は、というような話に近くなってしまう。


トランプの発祥はどこなのか諸説あるようだ。いずれにしても、東洋が起源で、ヨーロッパで広まった、という流れらしい。これもインドのタロットが起源という説があるそうだ。タロットを現在のトランプの形式に洗練したのは誰か、ということになると分からない。ヨーロッパの諸国に様々なトランプがあったことが知られている。ただ、イギリスへはフランスから伝わったといわれている。


トランプのゲームといえば、まずコントラクトブリッジはイギリスだろう、と思ったがよく分からない。


ポーカーはどうか。Wikipedia を見ると、プリメロ、 brelan、のような聞いたこともないようなゲームが出てくる。ペルシャからフランスに渡ってニュー・オリンズという説がある。いずれにしても、現在の形式に洗練されたのがイギリスであることは間違いなさそうだ。


麻雀は中国ですよね。これは間違いないだろう。囲碁も中国かと思っていたのだが、よく分かっていないらしい。かなり古くから、東洋のそのあたりにあったのは確かだ。


バックギャモンの原型となるのは「すごろく」である。すごろくの歴史は古い。古代メソポタミアか古代エジプト、そのあたりまで遡るそうだ。ちなみに日本では日本書紀に既に出てくるという。あれ、そういえばサイコロはどうなんだろう。チンチロリンとか。


となると、ゲームって意外とバラバラで、発祥の地が同じでも国々の文化に応じて分岐した、みたいな感じで発展しているのではないだろうか。


次に、スポーツの話。たくさんあるので大変だが、オリンピックの種目から特にスポーツっぽいのを限定でざっと調べてみた。


サッカーはイギリス、イタリア。蹴鞠ってどうなんだろ?
野球はイギリスのラウンダースというゲームがアメリカで進化したもの
ソフトボールはイギリス、クリケットが原型らしい
柔道はもちろん日本
水球はイギリス
レスリングはグレコ・ローマンという言葉からも分かるようにギリシャ・ローマが発祥、イギリスで進化
バレーボールは原型らしきものがイギリスにあり、アメリカで進化
バスケットボールはアメリカ
テニスはフランスに原型があり、イギリスで進化
卓球はイギリス
バドミントンはインドが発祥、イギリスで進化
ハンドボールはドイツ、デンマーク
ホッケーは古代エジプトに原型があり、イギリスで進化
アーチェリーはイギリス
ボクシングは大昔から様々な国にあるが、近代ボクシングの形式を作ったのはイギリス
テコンドーは韓国
カヌーも様々な国にあったものが、イギリスで進化
フェンシングはイタリア、フランスあたりか


他には、ラグビーは有名ですよね、イギリスが発祥。アメフトはアメリカに間違いないだろう。武術の類は各国にちらばっている。拳法やムエタイ、相撲、剣道など。これは武人が身を守り攻撃するために、個々の国において必要だったからだろう。


さて、こうしてみると、元となるスポーツがあり、現代のようなルールになるまでに紆余曲折して変化した。それが洗練される途中経過としてイギリスが絡んでくるものが多い、という程度なら言えるような気がする。「発祥」というのとはちょっと違う感じだ。


そうなった理由としては、イギリスの人達がスポーツやゲームばかりしていた、という解釈もできなくはないが、むしろ、単にイギリスの文化が世界に広まりやすい状況であった、ということではないか。ちょうど産業革命後に世界中が攪拌される時代に、イギリスの他国への影響が相対的に大きく、世界の中でも文化輸出国として活躍した、ということではないか。


※ 本記事は2008-08-28に「フィンローダの裏の裏ページ」に掲載した内容を移転したものです。内容に変更はありません。

次はこっちに突っ込んでみます。「術が経済のパイをひろげるって話 その1 」を読んで書いた独り言だ。本当はトラックバックを付けたいのだが、トラックバックを拒絶する設定にされてるようなので、こっそりとここに書くだけにしておく。というのは前回も書いたような気がする。


人間の欲望には際限がない。

それはちょっと違うような気もするが、後でもう一度これを思い出すことにして、先へいく。


これだけ世の中が便利で快適になっても、回りをみわたして、自分が回りより豊かでないと不満に思ったりする。

これもちょっと違うような気がする、というか大多数の人はそんなことを考えずに、あるいは考えても諦めてしまうのではないか。


「豊か」の定義次第かもしれないが、誰もが他人より上に立ちたがっていると考えているのなら大間違いだ。どちらかというと、日本人は他人と同じであろうとするような傾向があるはずだ。あるいは、そこからちょっとだけ豊か、というか、ハナ差でリードって感じまでか。まあでもそういうことでしか満足できない人がいないとは言わないし、また、そういう価値観を否定する気もない。


真面目にコツコツがいいという価値観を否定するつもりはないが、

コツコツというのもちょっと違うんだよなぁ、という人も結構いそうだ。例えば山頭火氏のような生き方、あれはどうなんだろ。


古くは農耕の発明によって人類は安定的な食糧の供給を可能にし、人口を飛躍的にふやした。

そこで終わればよいのだが、人口が増えると、食い物がもっと必要になる。食い物を作ると人口が増えてしまう。さながら無間地獄。


また蒸気機関の発明に始まる産業革命はそれまで人間がやっていた作業の大半を機械にやらせることにより、労働時間を減らし、多くの人に余暇の時間を与えた。

まてまてまてまて~


いや、まあいいか。いやいや、よくないな、例えばコンピュータが出現したことによって、毎月100時間を超える残業が強いられて客先に張り付けになってしまうSEの人とか知っていると、違うよどう見ても。むしろ、機械の発明によって、人間には「機械を操作する」という新たな労働が追加されてしまったと考えるのが現実だ。技術が進めば進むほど、人間の余暇は減っていく。


イギリス、産業革命、というキーワードが出てきているのだから、その当時を考えてみればいい。中学校の歴史の授業で出てくるレベルの話題だ。産業革命の当時、実際に労働者の過酷な労働が社会問題になっていた。余暇の時間どころではない。以下はイギリスの話。


産業革命がおこると、工場経営者が機械の操業時間を延長したので、労働時間が朝の5時や6時から夜の8時や9時まで13~16時間になった。女性や子どもの場合も同じであった。ようやく1833年の工場法以後、労働時間が制限される傾向がでてきた。9歳未満の児童を雇ってはいけない、11歳未満の児童の労働時間は9時間以内、18歳未満の労働時間は1日12時間以内とする。鉱山法では女性を地下で働かせてはいけないと決められた。しかし、男子の大人についてはなんの制限もなかった。

http://www.hm.h555.net/~hajinoue/print/39sangyoukakumei.htm


つまり、実際は、機械の出現で労働時間が増えてしまったのだ。なぜ労働が増えるのかというと、簡単にいえば、大量に生産して売ればそれだけ儲かるからだ。前と同じだけ生産するのなら確かに余暇も増えようが、倍の生産力を手に入れて3倍働く、みたいなエラいことになった訳だ。


元記事には百数十のコメントが付いているのに、この重要なポイントを指摘している人が殆どいない。ざっと見た感じでは2人いるけど、ここは凄いツッコミどころだと思うのだが、普通に勉強していたら中学生でも知っていそうなことを突っ込む人が殆どいないのが不気味である。中学の歴史のテストなら、正しい文章に〇を付けなさい、のような設問が出ることがあるが、この文章がもしその中にあったら一瞥で「×」を付けるのが正解。


作業の大半が機械化されようがされまいが、労働者は眼一杯働かされてしまう。それは今も同じだし、多くの歴史が証明している。そういえば、ちょうど Google が社員の優遇制度を縮小するというニュースが飛び込んできたところだ。世の中はやはり、破滅に向かうしかないのか。


IT革命はどうなのか。IT革命に至ると、ついに人間がやっていた作業の「大半」ではなく、丸ごとコンピュータにやらせることが可能になる。その結果、失業者が増え、終身雇用契約という労働形態が崩壊していく。というようなシナリオも在り得る。破滅の足音はどんどん高くなるのさ。


やっぱり長くなりすぎたので、一旦ここで切る。


(仕方ないからつづく)


※ 本記事は2008-08-28に「フィンローダの裏の裏ページ」に掲載した内容を移転したものです。内容に変更はありません。

ということで、続けようと思ったのだが、何か間違って編集中の文章をごっそり消してしまったような気がする。で、中途半端なんだけど、大野病院事件の話から続く。元ネタは、技術が経済のパイをひろげるって話 その2|六本木で働いていた元社長のアメブロ


故意でない医療事故に刑事罰をもちこむのは反対。

基本的に過失は罰しないというのが刑事罰の原則で、医療のような場合は業務上過失ということになって罰になったりする、というのは常識だから言うまでもないと思うのだが、医療の場合は業務上過失というのもナシにしよう、と解釈してみる。個人的には賛成したいのだが、言いたくはないが、世の中、本当に藪医者はいるのだ。私の場合、身内が一人医療事故で死んでるし、一人はもう少しで死ぬところだった。医者を甘くみてはいけないと思う。


しかし、危機管理という意味では、罰しないということで事実が表に出せるようになり、今後の事故防止に役立つはずだ。それが大原則だと思う。


ただ、過失といってもピンからキリまであるのだ。刑事罰はナシだとしても、医療免許剥奪あたりは場合によっては検討して欲しいと思う。新たな被害者を出さないためにも。


たとえば、ネット掲示板で冗談みたいな殺害予告をして逮捕されたりとか。

ていうか冗談なんだろうけど、あれは書く方がバカだろ。そうすれば何が起こるのか、という最低限をことを考えずに、何十億人が見ることのできる所に情報を出したりするからだ。例えばそれを書いたら万一を考えて警備を強化したり警戒したりすることになるだろう、ということが想像できないというのがおかしい。


やっと終わった。以上。


※ 本記事は2008-08-28に「フィンローダの裏の裏ページ」に掲載した内容を移転したものです。内容に変更はありません。

うっかり「つづく」なんて書いたものだから続きを書かないといけませんよね、遅れてごめん。「技術が経済のパイをひろげるって話 その2 」への戯言です。トラックバックしない理由は前回書きました。


子供に親が生きているうちから農耕技術の継承と土地の継承を行い、食糧の確保をせねばならなかった。

前回「違和感」と書いたモノについて考えてみる。農業をベースにして「家族」やそれ以上の規模の集団を維持することをイメージすると、どうもカムイ伝のような話が頭をよぎるのだ。あるいは、日本残酷物語に出てくるような例もそうである。つまり、農民というのは今までずっと、それどころではない世界に生きてきたのではないだろうか、ということだ。


宮沢賢治氏が「雨ニモ負ケズ」を書いたのが1930年頃だという。


ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ

「ヒデリ」が「ヒドリ」だという説はさっき初めて知ったが、これは何百年も前の話ではない。かといって数年ということでもないのだが、東北の農耕のが昭和初期まで悲惨だったということは紛れもなく事実である。さらに昔、もっと悲惨だったと想像してもそう外れてはいないだろう。


今時のIT技術者なら、学校出て資格とって入社してからインターンシップで基礎技術を固めて…なんて感じかもしれないが、昔の農家はそんな悠長な状況ではなかっただろう。働ける年齢になったら全力で自分達の食うものを作る。食えるものが作れないと餓死するからだ。しかも不作になるかどうかが、天候のような人間にはどうしようもないファクターに左右される。実際、大飢饉のときには大勢死んでいる訳で、だから「親が生きているうちに」なんてのんびりした状況が想像できないのである。


そう考えると、この違和感の本質が見えてくる。つまり子供に「土地を継がせる」なんてことを考える暇があったのか、ということだ。もちろん、やれば出来るという格言もある位で【違】、作る気がなくてもとにかく子供はできる。結局、自分が今日食うのが大問題で、そのために子供を働かせるというような順序であって、継承なんてのんびりした話は出てこなかったのではないか。


余談だが、当時は今のような避妊技術もないし、医学も確立していなかった。そのため、いわゆる「間引く」という行為が行われていたはずである。今では考えられないことかもしれないが、そういうことも頭に入れておくべきだろう。


現代日本では、人口の9割が農業ではない産業に従事しているわけで、子供に土地を継がせる必要もないのに、一夫一妻制の結婚制度があたりまえのように存続しているのは、つい100年前まで、ほとんどが農民であったことに起因するのだろう。

成程。ちなみに、人口比でいえば、江戸時代は8割が農民だったらしい。現在は元社長氏が指摘している通りで、農業は人口の1割程度が従事している。( http://www.research-soken.or.jp/reports/digit_arch/population03.html )


ところで、今回の話題で人口比を考えるのは自然な発想だが、一般論としては、この種の統計を考える場合、絶対値と相対値、両方考えるのがよい。


今から100年前の人口は5000万人弱である。江戸時代なら、約3000万人程度と言われている。仮に江戸時代の8割が農民とすれば、農民は2400万人いたことになる。今の日本の人口は1億5千万人だから、その1割が農業に従事しているとすれば、1500万人ということだ。2400万人から1500万人になった、というのと、8割から1割になった、というのとでは、かなり印象が違う


まあでも減ったには違いない。


ちなみに、法律婚という制度が確立されたのは明治以降でしたっけ?「家」という制度が法的に定められたのは明治あたりで、農耕の発明なんていう大昔のことに比べると、意外と新しかったような気がする。


これまた長くなったので、多分まだ続く。あ、またヤバいような気が。

ホリエモンこと堀江貴文氏がブログを再開している。面白いことを書くのではないかと期待していたのだが、実際ある意味面白い。ただ、こう書くと失礼かもしれないが、個人的にはかなり期待ハズレなところもあるのだ。


ブログのトップに「思ったことを素直に書きます」と書いてある。それが既に怪しい。そんなこと普通は書かないものだ。ということは、穿った見方をすれば素直に書かない宣言とも取れるのである。実際に書かれたことを読むと、素直に思ったことを書いているというよりは、意図的に何か隠して、当たり障りのないことだけを書いているような気がする。裁判中にブログを書くということ自体、前例のないことなのである。もしかしたら、まだ裁判が続いていることの影響かもしれない。だとしたら多少は確信を伏せざるを得ないというのも仕方ないのだろう。


とはいっても、コメントが多数付いている。著名度を差し引いたとしても、一般には何等かの評価する人が多いことの祥子、いや証拠だろう。


さて、そのブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ 」の記事にトラックバックを付けようとしたが、できない。トラックバックが無効にされているようだ。トラックバックさせたくない、という気持ちは個人的にはよく分かる。毎日何百とかそれ以上の trackback spam が来るというのは、あまり面白いものではないのだ。


ということで、この文章は本来トラックバックするつもりで書いたのだが、それができない。コメントは書けるので、そこにリンクを書いておく手はあるのだが、トラックバックという機能が用意されているにもかかわらず、わざわざ不便な別機能で代用する、というのは面白くもないので、こちらから勝手にリンクだけ付けることにした。


まずスタンスを明確にしたい。同感だという類のことは、既に誰かコメントしているはずだし、そんなことを書いても仕方ないと思うので書かない。逆に、これ違うよ、と思ったことを書く。ただ、そういうことばかり書くと、細かいところをブツブツと揚げ足ばかり取っているように見えると思う。誤解されるかもしれないが、別に構わない。ということで行ってみよう!


ちょっと話が横道にそれるが、農耕の発明とともに人間界に新たな制度が生まれた。一夫一妻制の結婚制度である。

いきなりこれが怪しい。農耕の発明というのは大昔の話だ。私は、日本では弥生時代に米作が始まったと習った。最近は縄文時代と教えているらしい。どこまでが縄文時代でどこから弥生時代かが謎だが、米以前にも農耕はあったと思われるから、つまりもっと昔のことだ。


では、その大昔の日本で一夫一妻制の結婚制度が確立しつつあったのか?学校ではそういうことは教えてくれないが、例えば「家」の制度が広まったのはもっと後、かなり早めに見積もっても戦国時代から江戸時代あたりか。さらに、家長制度的なものが社会的に確立したのはもっと後で、明治になってからではないかと思う。だから時代的におかしい。


さらに、もっと根本的な反論もある。現在においても、厳密な一夫一妻制度は少ないという説だ。( http://www.kisc.meiji.ac.jp/~hirukawa/anthropology/theme/polygamy/index.html )


日本に当てはめるとどうか。「一部の武士など特権階級にのみ」一夫多妻であったということは元社長も指摘している。「のみ」と限定できる根拠が不明だが、誰もが多妻を養うことができる訳ではない、という意味で理解できる。一夫一妻という建前があった時代でも、いろいろ抜け道はある訳だが。


いずれにしても、日本で一夫一妻制度が確立したのは、農耕の発明よりもはるかに後のことだと思われる。だから、一夫一妻制度の起源を農耕と結びつけるのは疑問である。


ではなぜ一夫一妻という考えが出てきて、確立したのか?私見としては、宗教が最も重要なファクターだと想像する。すると問題は「宗教が一夫一妻を命じるのであれば、なぜなのか」という方向に展開する。面白い話だが、話が逸れすぎるのでこの話はここでおしまい。


次に、すごく違和感がある、この箇所。


それは子供を作り、その子供に土地を継がせる必要があったからだ。

どういう違和感かは後で書く。ところで余談だが、今でこそ少子化が問題になり、日本は年々人口が減るという異常な完成形の社会に近付いているようだが、昔は何人も兄弟がいる家だって別に珍しくもなかった。


戦前まで、家督というのは長男が継ぐことになっていた。ちなみに今でも特に田舎に行けば、そのようなしきたりが受け継がれている所も多いと思う。一人が家を継ぐというのには重要な意味がある。タワケとか「たわけ者」という言葉があるが、これは田を分けるという意味から来ているらしい。一つの田を分けて二人に継がせたりしたら、二人とも破綻してしまうのだ。では、長男以外は一体どうなるのだろう?


農業にちょっとでも触れたことがある人は分かると思うが、田畑は一年耕すのをやめると、雑草が生い茂り、もとの農地に戻すのに、大変な労力をかけなければいけない。

雑草だけなら1年もかからない。1か月で十分である。それに、田はともかくとして、畑に雑草が生えるのは耕すのを止めたからではなく、雑草を抜くのを止めるからだ。耕しておいても雑草は生える。今は除草剤という便利なものがあるから、昔よりは楽に処理できるかもしれないが、農作物がある所に使うのは怖いし、手作業の畑仕事ということになる。


農地というのは雑草がなければいいというものでもない。元の農地に戻すという意味においては、土地の栄養分だとか性質維持だとか、生態系のバランスであるとか、そういうところも重要だ。輪作という技術がある。畑から同じ作物を毎年作り続けると、作物が養分等を吸収してだんだん収穫が減ってくる。そこで、年によって違った作物を作ったりして、養分をまんべんなく使うようにする。場合によっては、1年間作物を植えないことがあって、休耕畑と呼ばれている。休耕畑は放置してある訳ではなくて、ちゃんと耕すし、休耕畑用の植物を植えたりする。


つまり、放置しておくとやはり後は大変なことになる訳である。だから労力という意味では元社長の言うことは正しいと思う。しかしあえて雑草という言葉が出てくるというのが面白い。一体何を暗喩しようとしているのだろうか。


何か長くなったのでここで一旦切る。


(つづく)


※ 本記事は2008-08-23に「フィンローダの裏の裏ページ」に掲載した内容を移転したものです。内容に変更はありません。