よくUIの話題になるネタなのだが、エレベータの開閉ボタンの話。エキサイトニュースに、「エレベーターの開閉ボタンのデザインを勝手に提案!」という記事があった。

エキサイトニュースの方には、開閉という漢字だとか、「あ」「し」にするとか、ありがちな提案から、提案4にあるような目をイラストにしたアイコンのようなものまで、いろいろ考えているようである。

chat でちょっと閃いた。エレベーターのボタンって、2つ必要なのか?そもそも、マックのマウスだって、1つしかボタンがないのに何でもやってしまうではないか。これはちょっと違うか。でも、ボタンが絶対2つ必要というのは、単なる先入観ではないのだろうか。

そう言われても、どうすれば1つのボタンで済むだろう。例えば、次のように設計するとどうだ。

1. ボタンを押し(続け)ていたら、開く。

2. ボタンを離したら、閉じる。

何となく、これだけでいいんじゃない?

エレベータのボタン側に立っている人が、自分が最後に出るときに「閉」ボタンを押すことがあるのだが、前述のような仕様にすれば、閉ボタンを押すまでもなく、ボタンを離せばドアは閉まる。

しかし、これだと、エレベータから全員出て、外から何人か乗ろうとしたときに、最後に出る人がボタンを離した瞬間にドアが閉まり始めるから、ちょっと危険だ。とはいっても、実はエレベーターの「開」ボタンは、押した瞬間から一定時間が経過していれば、離した瞬間にドアが閉まり始めるようになっているから、現状とあまり変わらないのだが。それを踏まえた案としては、こうなる。

1'. ボタンを押したら、ボタンを離さない限り、ドアは開いている。

2'. ボタンを離したら、ボタンを押した時点から一定時間経過後にドアが閉まる。

この場合の弱点は、早くドアを閉めたいときにどうしようもないことだ。ボタンを押したら最後、一定時間経過するまでドアが閉まらない。ボタンを少し押して離したときは、すぐに閉まるようにする、という手はあるけど、ちょっと分かりにくいような気がする。

まあ今思いついて書いただけなので、細かい検討とかしていないし、結局いろいろ難しいということは再認識できたということで。何か見落としていたらすみません。

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ネットで積極的に書いている人なら、罵倒されてヘコんだ経験のある人も結構いるだろう。批判慣れしていない人は、単なる間違いの指摘でさえ、心に深刻な傷を負ったりするかもしれない。批判的なことを書かれたブログが簡単に閉鎖・消滅するのを見たことのある人もいるだろう。

もちろん、それは批判される側の問題でもある。ネットはそのような人が出てきて無傷でいられる所ではないのだ。ネットが末端の個人と個人が直接コミュニケーションする場であるかぎり、そこはある意味、激しい戦場なのである。戦場だから、敗れ去る人ばかりではない。吸収力のいい人は、批判は糧として自己成長の材料として使う。誹謗中傷でさえ、その裏には何かがあるという事実を重く見る。そのような活用手法に慣れると、ネットをさらに使い込んで自らをレベルアップすることもできる。

ところで、この映画の批評は、中傷などという低いレベルのものではない。掲示板に書かれていることを、実際に見ていただきたい。例えばYahoo!映画 - あなたを忘れない - 作品ユーザーレビュー という掲示板には、700件以上のユーザーレビューが公開されている。私もいくつか見たが、個人的には、ちゃんと筋道の通ったものが圧倒的に多いように感じたのだ。

この映画の監督は「国境に関係なく、人として行動することの大切さを訴えたかった」と主張しているそうだ。それなのに、なぜ掲示板では、韓国が善で日本が悪という前提で描かれた一方的な映画であるとか、事実とは異なる脚色が許せないとか、そのような投稿がこれだけ圧倒的多数集まるのか考えてみてください。情報操作? 組織票? そのような気配があるかどうかは、見て判断してほしい。

レビューをいくつか読めば、この映画を、「日本を批判している」という理由で反発しているというよりも、事実を元にしたように見せかけた映画の内容が、殆ど事実に基づいていない捏造だ、という所に憤慨していることが分かる。事実とは全く違っているフィクション・創作なのに、実際にあった現実のことを伝えているかのように見せかけている、というのだ。一言蛇足しておくなら、それが日本を差別している内容だ、というのがこの盛り上がりの主因だと思うのだが。

一つ具体的に紹介しておこう。新大久保駅で実際に起きた事故では、日本人も線路に下りて助けようとして犠牲になった。この映画にはそのことが描かれていない。これは流石にまずいと思ったのだろうか、公式サイトには、それを描かなかった理由説明したページがある。しかし、映画を見る人には、そのような場所に文章があるということなど知らないだろう。この事故を知らない人だったら、日本人は他人を助けようとしないという、誤った先入観を植え込まれるかもしれない。

人を傷つけるのはネットだけではない。むしろ、映画作品というのは、その露出度を考えれば、それ以上に多数の視聴者を一撃で傷つけることもあるし、影響力も桁違いに大きく、持続性がある。このようなネットの反応は、その単純な事実への危機感が現象として現れたのではないか。

Yahoo!映画の掲示板による評価は、700件以上のレビューによる総合評価が、5点満点で 1.6 点だ。ちなみに、評価は最低でも1点なので、この点数は、最低点を付けている人がかなり多いということを意味している。これは異様に低い評価である。

(ちなみに、レビューの数が多くてかつ点数が低かったものとしては、「ゲド戦記」が記憶に新しいのだが、そのゲド戦記でさえ、総合評価は 2.37 点なのである(2月20日現在)。)

しかもイメージワードのトップ3は、「絶望的」「不気味」「恐怖」である(2月20日現在)ホラー映画ならともかく、人として行動することの大切さを訴えたいという趣旨の映画のレビューが、なぜこうなってしまうのだろうか?ここにこの映画の本質があるような気がする。

ネットは全然怖いものではない。怖いのは人間そのものの方だ。ネットがなければ、多くの人が本当は何を考えているのかなんて分からないというだけの話だ。気付く機会もなく、最後まで人生を全うすれば、確かに傷つくこともないだろうし、それも一つの生き方である。

特に、映画監督という職業には、大衆の声を反映させたり、世評を考えて次の作品をどうこうしたり、というような義務はないと思うし、むしろ、世間とは隔離されたところで、黙々と自ら信じるものを作った方がいいのかもしれない。わざわざネットを見たりするから話がややこしくなる。真実を知りたくなければ、ネットは使わない方がいい。

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表現の自由とは何だろうか。マスコミは自分に都合のいい情報でなければ流さない。これがマスコミの表現の自由である。

考えるまでもなく、至極当然のことだ。自分に都合の悪い情報を流すことは、自己の存在の危機に晒されることになるからだ。スポンサーの怒りを買って降りられるのも怖いし、今後の取材が拒否されるのも困るだろう。「自社の不祥事も報道しているではないか」と反論する人がいるかもしれないが、誤解してはいけない。自社の不祥事を報道するのは、それを隠しておくと、本当に都合の悪いことになるである。

だから、映画の紹介記事は、毒舌が売りのコーナーや、よほどマニアックな映画評論系のコラムでもない限り、普通は好意的なことだけを書くものである。場合によっては、公開前から絶賛されることも少なくない。しかし、ネットはそうではない。

基本的に、ネットという場は、何かを見て感じた人が、それをそのまま書く。特別な背景があれば別だが、面白くもない映画を面白いと評しても得する訳でもないし、面白いものを面白くないと書いても、たかが一人の戯言に社会が動くこともない。思ったことをそのまま書いて何の不都合もないわけで、そこにはいかなる情報操作も介在しない。スポンサーもないし、取材拒否なんて関係ない。だからそこには真実が集まることがある。常に真実であるとまでは言わないが、マスコミというフィルターを通すよりも、圧倒的に真実性は高い。

もっとも、掲示板の中には、管理人が気に入らない投稿を削除するようなものがない訳ではない。幸い、インターネットには無数の掲示板がある。ブログで自分から情報発信することもできる。この種の情報を上から操作して封じ込めることは、どんどん難しくなっている。

また、最近はブログに製品評を書いたら報酬がもらえる、というようなビジネスもあるようで、そのように金銭が移動し始めると、内容の信憑性は薄まってくる。暮しの手帖 という雑誌があって、今はどうなのか知らないが、昔、家電製品のレビューがよく掲載されていた。スポンサーが付くと公平に評価できないので、全て自腹で購入して評価したときく。お金というのは怖いものだ。

予断はさておき、監督は「人を容易に傷つけるネット」という。むしろ、映画のような露出度の多い作品が遥かに危険ではないのか。それは、ネットにおける個々の投稿などは比較にならないほど多くの人を、たった一撃で傷つけることができるからだ。しかし、もちろん、人を傷つけるのはネットではない。あくまでそれは人なのだ。

(つづく)

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「あなたを忘れない」という映画が話題を呼んでいる。この映画の公式サイトは「http://www.korea-japan.jp/ 」だ。

あれっ、と思った人はいないだろうか。それとも、このURLに、何か作為的なものを感じたのは私だけだろうか?普通、このような公式サイトには、映画のタイトルを連想しやすいような文字列を選ぶものだ。それはSEO対策という意味でもあるし、ユーザビリティという点でも当然の発想である。今から何年かたって、いや、今の時点で、「あなたを忘れない」という映画の公式サイトの URL を想像できる人が何人いるか。

この映画は、日韓共同で作ったということになっている。マスコミの報道をみても、何も知らなければ、国境を越えた友情云々、というようなテーマの映画のように見えるはずだ。だから、こういうURLになっているのだろう。ただ、話題になっているのは、日韓共同制作だからという意味においてではない。

この映画の監督は、新聞記事のインタビューにこんなことを言っている(もっとも、新聞記事がインタビューしたときの言葉を正しく伝えたとして、だが)。


表現の自由はあるにしても人を容易に傷つけるネットは怖い。メディアのプロとしてどう対応するか考えていかねばならない


この映画が話題になっているというのは、実は、これが日韓共同制作なのに反日的な内容だという批判の声が多数出てきたからななのだ。

この映画は、2001年に新大久保駅でホームに落ちた男性を助けようとした韓国人がいたという話を元にして創造したフィクションだ。報道でも「ドキュメンタリーではない」と明言してあったし、フィクションであるということは明白な事実である。

私はこの映画をまだ見ていないのだが、具体的にどう反日的だという批判が多数あるにもかかわらず、それに対する筋の通った反論は一切見たことがない。例えば、天皇陛下が見た映画なのだから批判してはいけないとか、日韓友好のための映画なのだから批判するなとか、そういう反論は見たような気がするが、理由はこれこれで、だから反日的という批判は的外れだ、というような論理に基づいた批判は記憶にないのだ。だから、ネットを見ただけで判断すれば、これは反日的映画なのだろう、と思い込むことになる。まあ実際どうなのかは知らないが。

(つづく)

先の記事「福島みずほ氏の「子どもを埋めたい人の気持ちは」について語るサイトが急増している理由 」に誤記がありましたので、お詫びの上訂正させていただきます。

×説明しておくと、福島みずき氏の公式サイト
  ↓
○説明しておくと、福島みずほ氏の公式サイト

なお、隣のキーを押したという古典的な typo が原因と思われます。

「子どもを埋めたい事件」とでも命名しておこう。説明しておくと、福島みずほ氏の公式サイト(福島みずほと一緒に国会へ行こう (福島みずほ公式ホームページ) )に「子どもを埋めたい人の気持ちは?」という記述があった。これ自体は物騒ではあるが単なるtypoか変換ミスの類だと思われるのだが、それをコッソリ直して何の訂正も謝罪も行わなかったから、大変なことになった。


掲示板やブログに急激に伝染している理由の一つはそこにあると思う。

一般論として、密かに直して問題点を隠そうという態度に反発する人は多いだろう。すると逆に、そういうことがあったと他人に伝えたくなるものだ。隠そうとするものを余計見たくなる、というのは人間の隠れた基本的な心理の一つなのである。

大流行には、もう一つの原因がある。福島氏が柳沢大臣の発言の揚げ足取りを執拗に行っているところにある。もちろん、揚げ足取りではなく意味のある主張だという人もいると思うが、私見としてはあのような前後の文脈を無視した曲解は言いがかりの域すら越えないただの揚げ足取りとしか感じられないのだ。そうなると、揚げ足取りをしている人の揚げ足を取りたくなるというのも、基本的な人間の行動パターンの一つだ。2ちゃんねるでよく「今日のおまえが言うなスレはここですか」という発言があるが、自分のことを棚にあげて…という感覚は、意外と万人に共通したもののようである。

2月6日には、「子どもを埋めたい人」を AltaVista で検索しても、該当の公式サイト1件しかヒットしなかった。

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これが、7日の午前中で約50件。午後になると265のサイトがヒットするようになる。

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さらに8日の午前中に800件、午後になると1,380件。ちなみに12日現在だと、22万5千ページがヒットするようになった。

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Web のような「世界中に情報発信」の大原則は、間違ったら訂正するということ。間違えることが良いとは言わないが、エラーは不可避というのは定説であり、ユーザーインターフェースの分野でも常識である。間違えることを前提に全体を設計する位だ。

何をどう訂正したかを明確にすることで、訂正したという事実も広まる。本人は削除したつもりでも、情報は、世界中のブラウザのキャッシュに残っている。検索エンジンのキャッシュは、検索サイトに要求すれば消してもらえるかもしれないが、いずれにしても、何かを書いて公開していたという事実は誰にも消せないのである。たとえそのページがなくなろうと、サイトがなくなろうと、地球が滅亡しようと、事実はどこまで行っても事実なのだ。

失言を理由に大臣は罷免すべき、あるいは辞任すべきだと主張するのなら、「子供を埋めたい人の気持ちは?」のような表現をする人はどうなのだろう、という人もいるかと思う。中には、うっかりではなく、普段から思っていた本音が出てしまったのだろうと考える人だっているかもしれないのだが、実際、私もこういう誤記はいくらでもやったことがあるから、自らの経験から想像すると、単純ミスの可能性も否定はできないと思う。まあしかし、訂正、謝罪しても許さないという態度を自ら実践するのであれば、自分が間違えたときも訂正・謝罪しても許してもらえないと考えるべきだろう。それ故に密かに消そうとしたのだと思うが、ちょっと遅かったのだ。このちょっと遅いというのがネットでは致命的だ、という事例の一つになってしまいそうだ。

参考: AltaVista
老舗の検索サイト。Google で検索したら、余計なサイトが多数ヒットするように見えたので、今回は問題のフレーズが適切にヒットして出てくる AltaVista を使って状況をチェックした。

Firefox 2.0 には、セッションの修復機能がある。開いたまま Windows をシャットダウンした場合、次に Windows を起動して、最初に Firefox を立ち上げたときに、前のセッションを修復するか、というダイアログが出るので、ここで修復を選択すれば、前回開いていたウィンドウが、おおむねその時の状況で開く。

これを何気なくやってしまった。ただ、それが livedoor Wireless に接続したものだから大変なことになった。livedoor Wireless は、ブラウザを起動して、最初にインターネットに接続しにいく時に、まず livedoor Wireless にログインするための認証画面を表示する。認証に成功すると、livedoor のポータルトップを表示する。

つまり、元の画面が復元するかと思いきや、すべてのブラウザウィンドウ、すべてのタグに、livedoor wireless が表示されてしまったのだ。

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これでは結局、セッションを保存していなかったのと同じである。現状でこの悲劇を避けるには、2つの方法がある。まず、Βテスト中の MAC アドレス認証機能を使う方法。試していないのだが、多分この機能を有効にすれば、認証画面が出ないはずなのだ。もう一つは、Firefox を開く前に、IE や Opera を起動して、認証を済ませておく方法。一度認証しておけば、無線LAN は有効になるので、その後に Firefox を開いても問題ないはず。

DoCoMo には MZone という無線LANサービスがある。こちらも同様で、最初、ブラウザに認証画面が表示されるのだが、MZone の場合は新規ウィンドウを開いてこの画面を表示するので、今回のような悲劇は起こらない。ちょっとした仕様の違いが、大きな使い勝手の差につながる。

2ちゃんねるで爆撃的に無差別に張りまくっている人がいるが、状況はこうである。キッズgoo で「竹島」という文字を検索すると、1件だけヒットする。「独島」を検索すると、26700件発見、と出てくるのだ。実際にやってみたらそうなるのは、すぐに確認できると思う。

kidsgoo-1

2ちゃんねるの書き込みだけ見た人は、キッズgooが「竹島」という言葉を検索できないようにしているかのように誤解してしまうかもしれない。google 八分という言葉があるが、検索エンジンが、特定の言葉やサイトを検索対象から除外するというのは、実際よくあることだからだ。

ところが、1件しかヒットしないこの画面をよく見ると、「つづきがあるよ」というボタンがある。これを押すと、111001件のヒット、という結果が出てくる。

kidsgoo-2

「つづきがあるよ」ボタンの横には、「つぎからはきかいがあつめたけっかだよ」と書いてある。つまり、最初に表示されたサイトは、クローラーが集めたのではなく、スタッフが明示的に登録したサイトではないかと思われる。

では「独島」だといきなり大量にヒットした画面が出るのか? 「独島」に対応するサイトが、一つも明示的に登録されていないのだろう。この場合、最初からクローラーが集めたサイトをリストするページが表示され、その結果、「竹島」だと1件しかヒットしないのに「独島」だと2万件もヒットする、という錯覚をしてしまうのである。

ユーザビリティ視点からの問題点は2つある。まず、検索結果によって、最初に表示するページが2種類あるのに、ユーザーがそれに気付きにくいという点。候補が登録されていないのでクロールした結果を出す、というような趣旨の説明が表示されていれば、誤解は減るかもしれない。

もう一つは、「つづきがあるよ」というボタンのデザインがよくないため、ボタンだとユーザーが認識できないことがあるのでは、という点だ。全く分からないということはないのだが、このボタン以外にも、このページ、どこが押せる箇所なのか、他のサイトに比べると分かりにくいような気がする。