2010年06月23日

地上の星は不経済

テーマ:ブログ
内田樹氏の『ためらいの倫理学』を読んで、かつて戦争責任についていろいろ自分で考えていたことを思い出した。

内田氏の高橋哲哉批判には読むべき点が多い。

氏は『戦後責任論』という本を扱っている。

俺はこの本は読んだことがない。

だが、高橋哲哉の『靖国問題』は読んだ事があり、授業でも取り上げたし、高く評価している。

それはこの本が、近代国家と戦争の関係を考える上で重要な兵士のリクルートシステムを構造的に描き出しているからである。

この本は売れたが、この点は完全に見落とされている。

この本はむしろ、〈近代国家〉論として読まれるべきなのだ。

そして、それを読めば、ここに言う〈近代国家〉の構造が、いままさに変容を迫られてきていることも分かる。

今後靖国のようなシステムが機能することは大変難しいだろう。

それにともなって、新しいシステムが登場しつつある。

こんなことを考えながら、授業のためのメモだったか、自分でこのことを記した文章をパソコンに保存していたのを思い出した。

どこにも発表していない短文なので、ここに掲載しておく。

「そんなこと分かってるよ」と言われてしまうかもしれないが、この話をすると、学生は驚いていたので。掲載しても無駄ではないか、と。





「地上の星」は不経済——「靖国問題」から「貧困大国アメリカ」へ
國分功一郎

 堤未果のベストセラー『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)は、アメリカの貧困層の状況をヴィヴィッドに伝えるすぐれた書物である。
 いくつものショッキングな事例が紹介されている。だまされてサブプライムローンに契約させられた移民。日帰りで出産しなければならない医療体制。腹がぼってりとふくれた資本家のカリカチュアは時代遅れになっていて、貧乏人こそ、調理器具もほとんど必要ない高カロリーのジャンクフードを食べてばかりで肥満。しかも、子供たちはそれを喜んで食べる。「食欲をそそられた生徒たちは待ちきれずに列から体を乗り出し、ホワイトボードに書かれた「マカロニ&チーズ」の文字に歓声を上げた」。
 しかし、この本が非常にわかりやすい仕方で世に伝えることに成功しているテーマとして最も注目するべきは、貧困と軍事の関係である。マイケル・ムーアの映画『華氏911』(2004年)でも紹介されていたので、ご存じの方も多いと思うが、アメリカでは、軍のリクルーターと呼ばれる人々が、貧困地域の高校生たちを軍にいれようとして盛んに活動している。大学の学費が出るというのが最大の殺し文句だそうだが、実際には、入隊後に大学の学費を受け取るのは兵士の全体の三五%。というのも、学費を受け取る前に一二〇〇ドルもの前金の納付が義務づけられているからだ。しかも、リクルーターは「最高で五万ドル」という説明をするが、実際には(当然のことながら)それよりも低い額しか、しかも必要額を遙かに下回る額しか受け取れないのであり、除隊後に大学を卒業する兵士は一五%とさらに少なくなる(p.103-104)。
 貧困を利用して、国家が(ほとんど詐欺のようにして)人々を軍に招き入れる。恐ろしい事態だ。だが、本当に驚くべきはこの後、ここから導きだされる政策である。「世界個人情報機関」という組織ではたらくパメラ・ディクソン氏は著者堤氏にこう言う。

「もはや徴兵制など必要ないのです。」
「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。」(p.177)

 貧困が人々を軍へと招き寄せるのなら、軍へのリクルートをやりやすくするために、わざと貧困を促すような政策を打ち出せばよい。貧困は国家にとって、政策や意図を超えて発生してしまう現象や事態というより、手段として創設され利用されるものになっている。
 この事態をさらに正確に測定するために、ひとつ補助線を引くことにしよう。



 近代国家における兵隊のリクルート・システムについて、明確な定式を提示したのは、高橋哲哉の『靖国問題』(筑摩新書)である。氏は、靖国神社の例に基づき、国民の戦死を「名誉の戦死」として顕彰する機関(靖国)が、いかにして国民を次の戦争へと向かわせるシステムとして作動しているのかを明らかにした。国家は、戦死者を善意で弔うのではない。「そこには国家としての冷徹な計算が働いている」。
 氏が参考にしたのは、日清戦争直後の一八九五年一一月一四日に、福沢諭吉が創設し社主を務めていた新聞「時事新報」に掲載された論説「戦死者の大祭典を挙行す可し」である。この高橋氏の新書もよく売れたものであるから、細かな説明は割愛するが、高橋氏によれば、論説から分かるのは次のような主張と論理である。
 戦争から帰ってきた将兵は、最高の名誉を与えられ、国民に感謝され、報奨金まで受け取っている。しかし、戦死者は勲章や報奨金を受け取る術もなく、国民に歓迎される由もない。その遺族もまた、多少の扶助料などを与えられてはいるが、無事を祈った父兄の姿はもうなく、その戦友たちの栄光を横目で見ながら涙を流すのみである。これはおかしい。戦死者とその遺族にも可能な限りの名誉と栄光を与えねばならない。
 だが、話はここでは終わらない。同論説は続ける。東アジアの情勢は緊迫しており、いつまた戦争になるかもしれない。その場合国を守るのは、死をも恐れぬ兵士の精神に他ならない。その精神を養うことこそ、国を護る要諦である。「そしてそれを養うためには、可能なかぎりの栄光を戦死者とその遺族に与えて、『戦場に斃るるの幸福なるを感ぜしめざる可らず』、すなわち、戦死することが幸福であると感じさせるようにしなければならない」(p.41)。
 これこそ、高橋氏が明確に定式化した、戦死者の顕彰による軍へのリクルート・システムの本質に他ならない。戦死者とその遺族にも可能な限りの名誉と栄光を与えねばならない。なぜか。次の戦争のために新しい兵隊が必要だからだ。国は戦死者を弔うのではない。ただ新しい兵隊を欲しているのだ。「戦死者が顕彰され、遺族がそれを喜ぶことによって、他の国民が自ら進んで国家のために命を捧げようと希望することになること」(p.44)。近代国家の戦死者顕彰システムは、このようにして、新しい戦争を行うために、戦死者の死と遺族の感情を利用してきた。



 このシステムは別に字義通りの、狭い意味での戦争のみに見いだされるものではない。筆者の個人的経験をここに記すことをお許しいただきたい。筆者は高校生の時分より中島みゆきの歌を好んで聴いていたが、だんだんそこから離れていって数年がたったあるとき、NHK番組「プロジェクトX」に使われた「地上の星」という曲を聴いて、強烈な不愉快さを感じたことがあった。自分ではそれが何だったのかがよく分からず、もしかしたら、自分がかつて聞いていたものもこれと同じ不愉快さを今の自分には催させるのだろうかとも考えた。もやもやとした感じを持ち続けたまま時間が過ぎた。
 その不愉快さの本性が分かったのは、高橋哲哉『靖国問題』を読んだ時である。あの曲の不愉快さとは何か? それは、あの曲が、疲れた者への慰めを超えた、リクルートの呼びかけであったからに他ならない。誰にも注目されずに仕事をしていた「地上の星」たちがこんなにいます。あなたも「地上の星」になりなさい。そうです、企業戦士として喜んで死になさい(経済戦争における兵士のリクルート)。
 実際、あの番組で問われたのは、仕事がどれほど大変であったかという点だけであった。仕事の内容は問われない。おそらく、戦場での大殺戮・大虐殺の苦労話を取り上げても番組は成立したはずである(あの番組のパロディーがたくさん作られてネット上で公開されていたが、パロディーが簡単だったは仕事の内容は問わないというあの番組の構造に起因している)。
 定年退職後の男性たちが合唱団をつくってこの曲を歌っているという。こんなにもおぞましくも悲しい話があるだろうか。ラ・ボエシーの「自発的隷属」の問題といってもいいし、ドゥルーズの「なぜ人々は隷属こそが自由であるかのように自身の隷属をもとめて闘うのだろう?」という問いを挙げてもよい。あの番組を見て多くの中高年男性が涙していたというが、筆者が涙したのは「地上の星」を歌っている男声合唱団を見たときだった。



 だが、こうした事態に涙を流す機会は今後減っていくだろう。「地上の星」システムは不経済であり、利用価値が減っている。「大祭典」には膨大な人的・金銭的コストが必要である。現在の国家は「自発的隷属」すら必要としていない。人々を貧乏な状態にすれば、あとは、国家の思うように人を動かせる。兵隊だけではない。人々を貧乏な状態においておけばフレキシブルな労働力にでも何にでも使える。勲章も顕彰もいらない。「マカロニ&チーズ」で十分である。




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