2010年06月16日

論文でもなく、自伝でもなく…

テーマ:ブログ
原宏之さんがちくま新書で出版されたばかりの『世直し教養論』を送ってくださった。
世直し教養論 (ちくま新書)/原 宏之
¥861
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すさまじく話題豊富な本である。

教養論にはのんきなものが多い。

世直しを世直しという言葉で語るひとはほとんどいない。

原さんは、世直しを本気で引き受け、それを教養論を通じてやろうとしている。

歴史では、古代ギリシャ、古代日本からポストモダンまで論じる。

思想では、仏教から現代思想まで論じる。

ゲーテが出てきたと思えば、誰もが読み飛ばすような三面記事が読み解かれ、突然アリストテレスの解釈が続く。

いわゆる学問だけではない。第五章では東洋医術が紹介される。

この多様体を敢えて要約するならば次のようになるだろう。

ルソーが論じたデモクラシーを日本で実現すること。

デモクラシーが本当によいかどうかは、実際は分からないけれど、一回もなかったのなら、やってみようよ。

で、そのためにはデモクラシーを担う主体である市民が必要。

教養とは、その市民の教育のためのものである。

原さんは、本当に「東洋のルソー」になろうとしている。

つぶやきのように差し挟まれる注も読み応えがある。

一番印象に残ったいい話を引用。

「池波正太郎が書いていることだが、敗戦直後に一三才の少年が関西から東京にいる姉を頼ろうと列車に無賃乗車して途中米原駅で捕まってしまうという話があったらしい。八〇年代のはじめにもなってなぜそんな話がニュース性をもったのか。少年を捕まえた側の駅長や助役その他駅員たちが少年からじっくり事情を聞いてみると、両親が亡くなってしまい仕事のありそうな東京で働きたいということだった。そこで米原駅の駅員たちは少年を送り返したり警察に引き渡すのではなく、それどころが身銭を集めて東京までの乗車賃をくれてやった。集まったのは十円。当時では一世帯の一ヶ月あたりの生活費に相当したらしい〔…〕。少年は無事東京にゆき、姉を頼りながら、懸命に働いた。駅員たちの厚情の思い出が、辛いときを支えたのかもしれない。そして時は一気に八〇年代となる。退職していまや老人となった彼は、がんばって貯蓄したありったけの金を米原駅にもっていったらしい。「これを何か駅のために使ってください」と(p.68、注11)。

俺はこういう話に弱い。

でも、この本は別にじめじめしているわけではない。

この本の雰囲気には奇妙なところがある。

筆者原さんが最初から最後まで嘆いているのは、いま日本人はゆとりがなくなり疲れているということ。

しかし、この本のエクリチュールにはすさまじい焦燥感がみなぎっている。

原さんはおそらくこの内容と形式の分裂を生きているのだろうと思う。

だから、この本に書かれているのは、問題が提示されて、それが展開されて、解答が出されるといういわゆる論文ではない。

内容と形式の分裂を生きている原さんの生そのものだと言ってもいい。

この本は或る意味では自伝である。

原さん自身の話、体験、お父上の話。どれも大変興味深い。

しかし、自伝とも言い切れない。

論文でもなく、自伝でもなく…。

俺は、まったく性質を異にする別の本、しかし、俺が読みいったという点では共通する或る本を思い出した。

詩人平出隆先生が今年出版された『鳥を探しに』。
鳥を探しに/平出 隆
¥3,990
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「先生」と書いたのは、俺が多摩美術大学芸術学科の非常勤講師をさせていただいていて、ずっとお世話になっているから。

でも、平出先生の本は読んだことはなかった。

5月30日の日経新聞に平出先生が長めのエッセイを寄せている。

それによるなら、この本は、伝記とも小説とも言えぬ本である。

そう、おじいさんの話、父のはなし、そして私の話。更にそこに絡まるベンヤミンの話。

本の冒頭。キタタキの話から、私のベルリン長期滞在の話、そして、かつてシベリヤ鉄道もなかった時代にシベリヤを徒歩で横断した男の話。

平出先生のエクリチュールは透明である。

透明なエクリチュールがバラバラなトピックを継ぎ目なく繫いでいく。

とても不思議な感覚である。


ここまで書いて、

「ひとは哲学の書物をかくも長いあいだ書いてきたが、しかし、哲学の書物を昔からのやり方で書くことは、ほとんど不可能になろうとしている時代が間近に迫っている」

というドゥルーズの『差異と反復』の一言を思い出した。

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