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動物学博士 吉村卓三先生のパーティにて!

2011年01月21日
テーマ:ブログ

今年の干支(えと)は卯年(うさぎどし)。十二支は、子(ねずみ)丑寅卯(うさぎ)辰巳午未申酉戌(いぬ)亥である。子(ねずみ)年はあるのに、猫年がないのは理不尽と思うが、僕たちの先祖は寅(虎)と思うといくらか気持が落ち着く、益して僕の名は「寅吉(とらっきー)」なので、普通の猫よりも寅に近い感じがして、優越感を覚えている。

さて、僕の主人はとても忙しい人で、毎朝5時30分には目覚まし時計が鳴り始める。

鳴り始めの音は「ブー」という音なのだが、主人がその「ブー」を、スイッチを押して止めると、音楽が鳴り始める仕掛けになっている。

その音楽というのが、キリッツ!と目が覚める音楽なのだ!

おかげで、僕まで目が覚めてしまう。元旦の朝もそうだった。


眠い・・・・ぐぅぐぅ
とらっきぃーな日々-眠い寅吉


主人は昨年の忘年会で、アントニオ古賀さんというギタリストに出会ったとのこと。

この忘年会は、動物学博士の吉村卓三先生http://www.yoshimuratakuzo.jp が理事長を務めておられる日本作家クラブhttp://nihonsakkaclub.com が開催したもので、アントニオ古賀さんは吉村先生の永年のご友人としてゲスト参加なさったようだ。

吉村先生は僕たち動物の最高の理解者で、動物に関する本をたくさん書いておられる。

『犬や猫はナゼ夢を見るのか!動物不思議発見』や『動物は幼児教育の達人』など多数あるので、僕も今度、主人に読んでもらうことにしている。

僕は毎日15時間以上も寝ているので、夢ばかり見ている。

そのメカニズム、とても興味があるのだ。


僕とアントニオ古賀さん目      サインいただきました音譜
とらっきぃーな日々-寅吉と古賀さん  とらっきぃーな日々-アントニオ古賀さん

アントニオ古賀さんは忘年会の会場で、ギターの演奏をしてくれたそうで、その演奏に合わせて参加者の人たちは、僕の知らない昔の唄「湯の町エレジー」やら「影を慕いて」を歌ったそうだ。主人は生演奏のアントニオ古賀さんの演奏に魅せられ、1枚のCDを買って帰って来た。CDの表にはアントニオ古賀さんの直筆のサインがあります。

このCDには、キューバで収録された16曲が入っているそうで、1曲目が「東京ラプソディ」という曲、これが原曲とは異なり、キューバなのでサルサ風のアップテンポにアレンジされた「東京ラプソディ」なのだ。

このリズムが耳から脳に入って来ると、人間も猫も「もう眠れなくなる」。

うるさくて眠れなくなるのではなく、とにかく軽快なリズムで、踊り出したくなるほどの心地よい音色なのだ。主人もすっきり、僕もすっきり!5時45分には一緒に洗面所への毎朝なのだ。朝起きの苦手な人たちも、猫たちも、ワンちゃんたちも、このCD「Nat’s Melody」を聴けば、毎朝快適な「めざめ」ができるよ!

そのアントニオ古賀さん、今月1月22日(土)午後5:30~明治記念館で開催される

「チャリティーパーティ」で演奏をされるとのこと。主人は正月早々、そのことを僕に報告、すごく楽しみにしているようだ。この「チャリティーパーティ」はアントニオ古賀さんが理事長を務めておられる社団法人虹の会http://www.nijinokai.or.jp  と案内文には書かれています。


ではまた、次回!


                        

明けまして、おめでとうございます。

2011年01月11日
テーマ:ブログ

みなさん!あけましておめでとうございます!

僕もマンションの4階から、初日の出を拝みました目


とらっきぃーな日々-初日の出


願わくは、僕の大好きな「まぐろの刺身」に

毎日あり付けるように、祈りました。

祈る僕 ↓



とらっきぃーな日々-初祈願

ペッツベスト 共々、今年もどうぞ、よろしく!




とらっきぃーな日々-どうぞよろしく


朝早いから、ちょっと眠いぐぅぐぅ

動物の孤児院ハッピーハウス

2010年12月27日
テーマ:ブログ

今回の話題は、僕の主人が大阪府の北辺にあるNPO法人日本アニマルトラストを訪ねた時の話です。NPO法人日本アニマルトラストは、「動物の孤児院ハッピーハウス 」と名付けられているそうです。大阪の私鉄・阪急宝塚線にある「川西能勢口」という駅で、能勢電鉄に乗り換え、25分で終点の「妙見口」駅に到着、「妙見口」というのは、妙見山(標高660メートル)の入り口、妙見山は信仰の山として古い歴史を持っているとのこと。妙見山の途中には「能勢妙見山」という霊場があり、どんな願い事でも叶えてもらえるそうな!主人から、この話を聞きながらテレビを見ていたら、黒鉄ヒロシという博学のマンガ家が登場し、『勝 海舟の父親の勝 小吉は、海舟が幼い頃、睾丸を犬に噛まれて生死をさ迷った時、本所(墨田区)にあった能勢妙見山(東京別院)に祈願、海舟の怪我が癒えた』と言っていた。傍で見ていた主人は、『能勢妙見山が東京にもあるのか、寅吉、今度一緒に行ってみよう!』と興味津々のようだったが、僕は既に「去勢」という手術で睾丸を失くしており、そんな話を聞くと複雑な気持ちになってしまう。

 http://www.myoken.org/tokyobetsuin.html



大事な「動物の孤児院ハッピーハウス 」の話に戻ります。「妙見口」で電車を降りた

主人と主人の会社の部長さんは、車で迎えに来てくれたハッピーハウスのスタッフの方の案内で、現地に向かったそうです。途中の車の中で主人はその方に質問をしたそうです。『どんなワンちゃん、猫くんがパッピーハウスに連れて来られるのですか?』、スタッフの方『ワンちゃんの場合、高層マンションで飼っていると、エレベータの中で犬を怖がる人に出会うことが多々あります。子犬の頃は文句も出ないのですが、大きくなるにつれ、厳しいお叱りを受けるのだそうです。それで止むなく、私どものハウスへ連れて来られるケースが最近増えています。』と話しておられたそうです。




僕も1年半ほど前までは、「野良猫」として幅を利かせていたので、仲間の野良猫や野良犬と、「人間とは?」という命題で議論を重ねたことがあるが、皆の結論としては

『俺たち、イヌ族やネコ族を見ると、恐れたり、明らかに敵意に満ち満ちた眼差しを浴びせて来る人たちが50%、逆に優しく声を掛けてくれたり、手を差し伸べてくれる人たちが50%、これが人間!』というのが我らの仲間内での定説であった。そう考えると、エレベータの中で、俺たちを恐れ、毛嫌いする人たちが半分はいることになり、マンションの住人の人たち間では、クレームとして上がってくるのは寧ろ当然かもしれない。それにしても、引き裂かれる飼い主の人もワンちゃん、猫くんも大変だ! 主人のマンションには、エレベータがないので、僕は胸を撫で下ろしているが、生木を裂くような飼い主とワンちゃん、猫くんとの別離を思うと涙が出てくる。

車を降りると、山あいの小道には落ち葉が絨毯のように敷き詰められ、その枯落ち葉に

冷たい雨が降り注いでいたそうです。晩秋から初冬に架けて、音もなく降り続けるこんな冷たい雨のことを人は「時雨」(しぐれ)と言うそうだが、「しぐれ」と言われると食い意地の張っている僕は即座に、「蛤(はまぐり)や牛肉のしぐれ煮」を思い浮かべてしまう。やはり、猫は人に比べて「情緒に乏しい」ようだ。

それから、主人たちはハッピーハウスのスタッフの方々のご案内で、ハウス内を見学させて頂き、多くのワンちゃんやネコちゃんたちと触れ合ったきたそうです。ハッピーハウスには現在、ワンちゃん300匹、ネコちゃん270匹が収容されており、主人の印象としては、『みんな寂しそうだったぞ!寅吉もそんな仲間がたくさんいることを考え、我儘ばかりするんじゃないぞ!』と教育的指導を受けた。

主人がハッピーハウスを訪ねた理由は、ペット保険 という仕事柄、米国の犬・猫の保護センター(欧米ではshelter:シェルターと云うらしい)を昨年、視察してきた主人は、「日本の保護センターの実態をも是非知っておきたい」と考えたようだ。

米国ロサンジェルス郊外にあるシェルターは広々としており、多くのボランティアの人たちが犬・猫の世話をしているそうだが、ボランティアの希望者が多く、ボランティアとしてシェルターで仕事を始めるためには審査の難関を経なければならないとのこと。

日本と米国の大きな違いは、米国では大企業や資産家の人たちがシェルターに積極的に寄付を行ない、シェルターの運営を支えているが、日本ではハッピーハウスをはじめ、寄付の集まりは芳しくなく、スタッフの人たちは大変なご苦労を重ねられているという現実があるようだ。主人はそのことをとても嘆いており、「日本の企業経営者やお金持ちの人たちに募金を呼び掛ける運動が急務だ!」と云っています。ハッピーハウスの様子は、ホームページで見て戴くことにして、僕は主人に『米国のシェルターの写真があったら、貸してくださいよ!』と頼み、借りて来ましたので、掲載致します。


とらっきぃーな日々-シェルターエントリー とらっきぃーな日々-シェルター看板


とらっきぃーな日々-悲しげ犬 とらっきぃーな日々-指犬


主人はこの日曜日、僕を膝の上に乗せて、シェルターについての話をまだまだたくさんしてくれましたが、僕は気持のよい眠りに誘われ、スヤスヤ、グーグーでした。



        『行く年や猫うずくまる膝の上』(漱石)














































「ネコの語り」始めます

2010年12月15日
テーマ:ブログ



はじめましてクラッカー



とらっきぃーな日々-僕2


僕は、現在2歳半の雄猫です。名前は「寅吉」(トラッキー)と云います。



昔、明治の文豪と云われた人が、『吾輩は猫である』という小説を書いて一世を風靡したそうです。その小説の書き出しは有名で、『吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたか頓(とん)と見当がつかぬ。』と生まれて間のない子猫(雄猫)の独白から、物語は始まります。親兄弟と離ればなれになってしまった子猫は路頭に迷いながらも、とある邸内にもぐり込み、その家の下女(今で云う、お手伝いさん)に何度もつまみ出されましたが、最後につまみ出されようとした時、その家の主人が出て来て、その子猫を暫く眺めてから、「そんなら内へ置いてやれ」ということになり、『かくして吾輩は遂にこの家を自分の住家と決めることにしたのである。』『吾輩の主人は教師だそうだ!』で始まる小説です。



これに倣(なら)って僕も自己紹介から始めてみたいと思います。

「寅吉」命名の由来は、僕は俗に云う「キジトラ」で虎の子にそっくりであること、また寅年であった2009年に交通事故に遭い、「九死に一生を得た」ラッキー(吉)な猫であることから、僕を助けてくれた主人が「寅吉」(トラッキー)と名付けてくれました。



僕は、2008年6月7日、東京の下町にある食堂の裏口の軒下で生まれました。

食堂は仲の良いご夫婦によって営まれており、僕の誕生を最初に見つけてくれたのはこの食堂のおかみさんでした。

僕たちは双子の兄妹で、誕生日が6月7日であったことから僕は『六(むつ)ちゃん』、妹は「七(なな)ちゃん」と呼ばれていました。僕も妹も血統書などはなく、俗に言う「キジトラ」です。



僕は生れて1年が過ぎた頃の2009年6月20日(土)の夜、僕が生まれた食堂の前の道を横断中、車に跳ねられ、殆ど意識不明の状態に陥りました。道路の真ん中で動けなくなった僕は、頭の上を通り過ぎる大きな車の脅威をわずかに覚えています。

気が付いた時は、夜間救急動物病院の診察台の上でした。薄っすらと意識が戻るなかで、獣医師の先生と僕を助けてくれたらしい人との対話が聞こえて来ました。

助けてくれた人『先生!この猫大丈夫ですか!助かりますか?この猫は何歳くらいですか?行きずりに出遭った猫ですから、治療費、なるべく安くしておいてくださいよ!』と。

獣医師先生『この猫は骨格がしっかりしているので、5歳ぐらいかな!』、

看護師さん『検査、治療は最小限に止めますので、そんなに高くはならないと思います。』

などなど・・・。の会話が聞こえてきました。



こんな交通事故に遭った僕を、危険を顧みず救護し「保護猫」として病院に担ぎ込み(体重5kgだったので、担ぎ込みというのは聊かオーバーな言葉のようですが・・)、検査と治療を受けさせ、高い費用を払ってくれたのが今の主人です。



僕は退院後暫く、事故現場近くの主人の知人の家で皆さんの手厚い看病を受けていました。その間、僕を助けてくれた主人は3日と空けずに僕の様子を見に来てくれました。皆さんの優しい介護のおかげで僕は、1ヶ月程で左前脚を引き摺りながらも歩行が出来るようになりました。そんな或る日、主人と知人の方は僕を事故現場に連れて行き、放ってくれました。僕は一目散に僕の生まれた住家である食堂に駆け込みました。そこに居たおかみさんは即座に僕を抱き上げ、『どうしてたの!六(むつ)ちゃん!どこに行っていたのよ!』と、おかみさんは何度も僕に頬ずりをしてくれました。すると、傍に居た僕を助けてくれた主人が、620日の夜のことをおかみさんに詳しく話してくれました。おかみさんは納得してくれて『よかったね!六(むつ)ちゃん!』と、もう一度僕を強く抱きしめてくれてから、おもむろに主人に向かい『私の家では、家の中で猫を飼うことが出来ないのです。出来れば、ご縁ですから、このままこの子を引き取ってもらえませんか?』と・・・・・。

一瞬、僕は複雑な気持ちになりましたが、駄々をこねるわけにはいきませんので、僕は

黙って、おかみさんの目を見つめていました。おかみさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいました。僕も胸が詰まる思いをしました。だけど、僕は雄猫ですから、じっと堪えて涙は見せませんでした。



僕を助けてくれた人、つまり僕の主人は、偶然にもペッツベストというペット保険 会社で働いている人だったのです。ですから、当然のことながら、犬や猫が大好きで、主人はこれまでに「ウサギを3年、犬を17年、猫を11年飼っていたそうです。以前飼っていた猫の「ニャーコ」さんが2年前に亡くなり、それ以降は、犬も猫もいない生活を主人は続けていたのですが、僕との偶然な出遭いによって、再び猫との生活が始まったのです。

主人の奥さんは3年以上も母親の介護のために、奥さんの実家がある大阪と東京を行ったり来たりしていますので、日頃は主人と僕の「二人暮らしならぬ、人ひとり猫一匹の暮らし」なのです。僕は昼間、ひとりで色々なことをしたり、考えたりして過ごしています。ですから、主人の帰宅を待って僕は、今日一日の出来事を一気に報告します。報告は毎日、たくさんあります。その日々の出来事をこれから、語り綴っていきたいと思います。

主人は1211日(土)、大阪の北辺にある国税庁認定NPO法人 日本アニマルトラスト

http://www.happyhouse.or.jp  (動物の孤児院:ハッピーハウス)の見学に行き、帰宅してから僕にたくさんの話をしてくれました。



次回は、そのことを話しますビックリマーク








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