テーマ:
とよ田 みのる
ラブロマ 3 (3)

★★★★星4つ


なんど読んでも、涙が薄っすらと出るほど、感動する。


前回、書評書いたので、全体の評価は、ここにあります。

http://ameblo.jp/petronius/entry-10001679245.html



>だから、その「ありえなさ」に感極まるのです。

>たぶん、ここまで正直に心の防御壁を飛び越えて恋愛をした経験のある人は、皆無でしょう。

>むしろその「ありえなさ」が、ロマンチシズムを生んでいるのではないか、と僕的には思っています。

引用



マンガでも、評論でも、ニュースでも、どんなものでも、読むときに人は、文脈依存的です。


文脈依存というのは、


①物語やニュースの持つテキストそれ自体


というものの評価というのを考えるとき、


それが、どのように素晴らしいか?ひどいか?感動したか?つまらなかったか?とかいろいろな論点から論じることができます。


けれど、その時には、


②それを読んでいる人自身の体験や状況


そして、


③その読者自体が置かれている時代背景やパラダイム(その時代の支配的な観念)


との関係性を読み解かないと、実は本当の評価をした事にはならないと思うのです。


僕自身の書評が、「そこまで」自覚的で、かつ突き詰めているかといえば、NOです(笑)。だって、大変だもんそこまで書いたら(笑)。


僕のは、ほぼ感想の域ですが、


このラブロマの書評考えた時に、


「ありえなさ」が、不可能性への挑戦としてのロマンチシズム


を生んでいる、と僕は評価していました。


--------------------------------------------------


■王道純愛路線の回帰


それは、韓国ドラマの『冬のソナタ』の大流行などと同じく王道純愛路線回帰の一形態なのだ、と考えたのですが、それはつまり04年から05年の前半ぐらいまでの広範囲に流行を形作った純愛路線や映画『世界の中心で愛を叫ぶ』『黄泉がえり』『いま会いにいきます』などなどの流行と同様に捉えていたことになります。

     

これを読んでいたときに、思い出したのは、90年代のブルセラ論争や援助交際という話が、メディアですごく話題になった頃の時代です。今では、一般化してまったくセンセーショナルに扱われなくなりましたが、あのへんの感覚をよく表わしたものに、桜井亜美の小説や実際の事件で東電OL殺人事件があります。アニメーションの『新世紀エヴァンゲリオン』のブームも似ていました。あれの大きなテーマの一つは、人類保管計画に代表とされる、SF的な全体性を希求し個でいることの恐怖から全体に溶けることを望む願望でした。


   
 


■自分探しは、自分が「ない」と思うところからはじまる


大不況によるリストラと不透明感、社会構造が完全に成熟社会化して生産よりも消費が優先される新に経済的に豊かなステージに突入したこと、それにともなうコンビニエント化などなどの社会背景があるのですが、


この時の感覚をいうと、


「自分」というものが、この世界にとって必要と感じられない不遇感


です。


これは、大人世代から少女までほぼ全ての世代に渡る感覚で、


たとえば、例でいうと、経済の構造転換による大リストラは、


労働市場の流動性を招きました。


労働市場の流動性とは?


ようは、好きなときに会社を辞めて(首にして)、好きな時に就職する(雇用する)ことが自由なマーケットのことです。もちろん、その価値がなければ、マーケットでは売れ残ります。


これは、人間の価値を、その『機能』に見出すことを重視しまくることを招きました。



えっと、わかりますか?



たとえば、転職をするときには、年齢・学歴・資格・職歴・・・・・などなどはっきりと肩書や『できること』のみが重視されます。


ここでは、


素の自分



機能が果たせる自分


の二つに個人が分化されていくのが分かります。




そして、素の自分がまったく会社や社会から必要とされない、ということを指し示します。




■機能を社会の最大に価値として置いた合理的な国家


この人間を機能だけで見る合理的で便利な社会の究極形態は、アメリカ合衆国です。


このコンビニエントで支配された社会哲学を持つ米国は、全世界、全歴史上、ほぼ究極的な形での機能性と便利な社会を構築しました。


が、人間の心は、「できること」だけを認めてもらうことでは、満たされない。


アメリカの人々が、なぜ、そんな個人の価値を無視しまくった社会で生きられるかというと、それは、教会という信仰とまわりの人間を支えあう宗教共同体が裏で、機能として自分だけで競争しまくる殺伐な社会を支えているからです。


会社では、『機能』でしか評価されなくとも、教会に行けば、牧師が、同じ信仰を持つ地域の仲間が、名前のある存在として等身大の素の自分を見つけてくれるのです。


もちろんこの教会共同体が縮小することで、米国社会は、極めて歪んだ形になっていきます。。。


------------------------------


えっと、話がずれたな、


ようは、なぜエヴァンゲリオンや援助交際モノ話が噴出したかというと、過剰流動性にさらされて米国的な価値(お金=それを生み出すスキルこそがすべて!)観が日本に浸透し、かつ同レベルの経済環境が整い始めたがゆえに、



自分の価値のなさが社会から突きつけられて不安になったのでした



そして、その不安感を抱えて生きていることが、ほぼ当たり前の時代になった00年代は、「その程度のことで」不安になるよりは、


そもそも、「ありえない」のはわかっているけど、ベタになんかの価値にコミットしてみようよという、「あえて」物語にベタにはまる行為が出てきたのだと思います。


これは、存在の虚無感から逃避する行為なのです。


そうでないと、韓国ドラマのようなベッタベタの話が、受け入れられるはずがない。


-----------------------------------


■ロマン主義への過剰なコミット


えっと、物凄く長く話がずれました、


ようは、そうした過剰流動性におびえて、自分の等身大の価値がほとんど社会から省みられない時代背景で、、、、そうした


実存の不安が日常化した社会では、


あえて『ロマン主義』にコミットする行為が、表れてくるということです。


そういう時代背景(=個の価値がないのではないか?という不安が日常)に、おいて、ベタ恋愛は強い感動を生む、と思うのです。


恋愛とは、等身大の個を認める行為ですからね。


--------------------------------


ちなみに・・・・・・



政治でいうならば、右翼の復権です。


そして、これからは、「あえて」戦争もOK。とか、ベッタベタに軍国主義の復活やファシズムへの希求が強まる傾向があるのではないか、、、、と思うのです。

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。