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女性・女系天皇とは?①/我々が目指すのは共和制なのか、それとも・・・・


天皇の跡継ぎ問題。


秋篠宮妃が御懐妊したことで、議論が吹っ飛んでしまった。


だが、この問題は、とってもセンシティヴで興味深い話なんだと思う。僕は、まったく、ゼンゼン、知識が

ないので本来は、こうやって文章を書くのは申し訳ない気もするが、しかい同時性の問題は、自分でアウト

プットしておくととても記憶に残るので、このブログは私的メモ的ということで書いてみる。


それは、この問題は後継者問題に矮小化されているが、そもそも


日本人とは何ものか?


というアイデンティティーの問題に関わると思うのだ。


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■何をもって日本人のコアとするのか?


皇室の継続を願う勢力にとって見解は、こういう感じでしょうか?。


日本という国の、同一性を何によって、証明するか?。


究極のところ考えるとと、最終的に、日本の統合のシンボル、権力の正統性の源泉は、天皇でしかありえな

い。


これは、歴史的事実だ。


覇権的統治権力であった徳川家康、織田信長、明治政府でさえ、統治権力の正統性は、すべて天皇に依存している、それが約2000年も継続している。


遺伝子や血統とか細かい話は脇においても(これを言い出すときりがないので(笑))、皇統譜により男系で世界で一番長く継続しているというのは事実である。


極論ではあるが、日本の皇統が絶えた場合には、日本の統治権力の正統性を証明する根拠が失われる(これも確かに事実だ・・・)ために、何かのきっかけで日本に内乱が起こってもおかしくはない。


こういう権力の正当性の考え方を、血縁カリスマ、というらしい。まぁ王権神授説ではないが、そもそも国王(キング)による統治を、正統性の源泉とする考え方は根強くたとえば近代国家の祖たるフランスでは、ブルボン王朝の復活と共和制の否定派ががっつりといまでさえ!政治勢力として生き残っていたりするという現実も見なければならない。


・・・・・うーん、これは、確かに事実なんだよね。社会の機能として、日本における天皇家という存在が、上記のような機能を果たしてきたことは事実だと思います。これからもそう、とは限らないにしても。


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■統合機能というフィクションがなければ、国家はバラバラに解体する


「日本人のコア」って、どういうものか?、と考えた時に、一番考えなきゃいけないのは、国民統合機能

のではないでしょうか?。


僕は、別に学問的に知っているわけではないので、なんちゃって議論なんですが・・・・・・いわゆるパワ

ーズ(列強)と呼ばれる、先進国が、その他の国々と最も異なっている部分はどこかといえば、ネイション

ステイツ(国民国家)が成立していて、近代化(モダニゼイション)がかなりのレベルで進んでいるという

ことです。


ネイションステイツ(国民国家)というのは、ある単一の民族(ネイション)によって、国家(ステイツ)が運営される、という考え方です。


さまざまな議論で、これは、ある種の幻想・フィクションであった、というのは既に定説です。とりわけ、国家の、憲法の正統性の源泉は、一般意思(ルソー)といわれていますが、これがフィクションである、というのは定説です。まぁ、フィクションだなんていうのは、社会思想を真面目に学んだ人からすれば、当たり前すぎて言及するのも、馬鹿馬鹿しいかもしれませんが。


国民という概念が、というのは、たとえば、いい例では、純粋な日本人、、、と言いますが、そもそも日本人に血・遺伝的同一性はありません。単一民族というのは、遺伝学的に言えば嘘です。科学的に実証されている事実です。よく韓国なんかが、純潔とかいっても天皇家には朝鮮系の血筋が古代に入っているじゃないか、と騒ぎ立てますが・・・・事の真偽はどうでもよく、そもそも純粋な日本人なんて、遺伝学的にいるのか?と、僕なんか、思ってしまいます。


本当の日本の凄さは、そんなハイブリッドな雑種で、しかも、アイヌや東北など、まつろわぬ民が古代から面々といる空間で、強固な統合国家を成立しえ、しかも純潔と勘違いするほどの強固な結束を、為し得た!ということだと思う(いいことか、どうかは別にして(苦笑)。


いつも内戦して派閥争いで国が傾くいるような国々には、この凄さは、わかるまい。


それにそのほかで云えば、ドイツ第三帝国がユダヤ人という既定をするのも、そもそも無理がありました。こ時の、科学的、法律定義は、優生学骨相学やさまざまな疑似科学によって証明しようと、あの科学の権化のナチスががんばりましたが、ぜんぜんまともなものはできませんでした。だって、ユダヤ人というのは、凄まじく混血しすぎていて、そもそも血の同一性は、同定できません。そんなのフィクションなんですよ。


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■エスニック・クレンジングという国民化作業


けれど、歴史的過程で、「純粋な民族」というのが、あたかもあるような徹底したイデオロギーと大衆メディアによる洗脳政策によって、「国民」という概念をまとめ上げていきます。はっきりいって、ヨーロッパでも、日本でも、どこでもこの国民化の作業とは、洗脳と、差別と、異物排除・・・・極端な話、民族浄化(エスニック・クレンジング)と大差ありません。日本だとて、国民化・・・・日本では、皇民化といいましたが、アイヌをはじめ徹底した少数民族圧殺を繰り返しています。


この国民化の作業とは、実は、ほぼ不可能な人工的なモノなのです。


なぜ、こんな非自然的な、超人為的なことが、できたのか?


そもそも人類はほとんどの有史・前史の大半を、部族・血族社会による「復讐法」によって過ごしてきてい

ます。


その社会の部族同士、血族同士を超える論理・倫理・・・・・共同体を超える「正しさ・公正さ」というものを人類は長く生み出せませんでした。それは簡単で、血族レベル・・・・面識圏レベルを超えた人間関係を調停するルールは、感情的にありえにくいのです。


簡単云うと、例えば、僕はもし、妻を殺されたらどんな手段をつかってでも、復讐するでしょう。けど、同じ日本人(だけどあったこともない人)を殺されたからといって、あまりそこまで憎しみは感じないでしょう。ましてや外国人ならなおさら。そもそも「われわれ」という時に、「われわれ」の範囲というのは、とても恣意的で、いちばん正統性を持つのは、面識圏なのです。


英米系のミルやその他の思想家たちは・・・・いまでは、アメリカのリチャード・ローティーですかねぇ?、このへんは、この面識圏を徐々に広げていくことこそが、リベラリズムの本義にかなう、と主張しています。が、それは容易ではなく、「われわれ」の範囲に入らない人は、同じ人間ではないので平気で見殺しにし差別できる状況が続きます。

リチャード ローティ, Richard Rorty, 小沢 照彦
アメリカ未完のプロジェクト―20世紀アメリカにおける左翼思想


えっと話がずれたのですが、この「われわれ」という範囲を、面識圏から血族、部族・・・そして共同体を超えたレベルまでに拡大したものを、国家と呼びます。


真の意味で、この国家というものを独力で発明し、鍛え、維持し続けているほどの錬度がある国家は少なく、まぁ、ヨーロッパの西側一部とアメリカ、日本ぐらいが、近代国家という意味では、せいぜいでしょう。


まともに憲法などが機能しているとなる真の近代国家レベルの運営がなされているのは、イギリスとアメリカ・・・・くらいかなぁ。


まぁ、近代国家として軽く100年以上くらいまともに運営しないと話にもならないですね。議会制度を独力で運営している日本でさえ、100年以上たってもこの体たらくですから。


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えっと、ごちゃごちゃしてきたのですが、ようは、ある部族レベルで殺しあっている地域を、「国家」という共同体間の殺し合いを正当化する血讐法を超えられベルでの調停力や、『正さ』の共有感覚(=「われわれ」のラインの飛躍的拡大)をもたらすには、



非常に特殊な飛躍の契機



が必要で、



かつ、その契機による権力機構によって50年から100年くらいの、圧倒的な圧政とエスニッククレンジングとしかいいようのない、国民化・洗脳化作業を必要とします。


ちなみに、アメリカの人権がうそ臭いのは、自分達が、国家統合のために平気で奴隷売買を数百年続け、インディアンを皆殺しにしておきながら、国民化・近代化の途上(にあるかもしれない)その他の後進地域に対して、人権を振りかざすことです。


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■そのシンボルをどうするか?/日本が共和国となれるのか?


僕が天皇の存在は、日本のキーなのでは?というのは、この非常に飛躍的な契機というのが、天皇という社会的機能によって成し遂げられてきた歴史的事実にあります。



さて、よく言われますが、日本の政治システムは、なかなか評価が難しい。



というのは、事実性として、議会制度を取り入れ、立憲機能を運営して、100年以上経つアジア唯一のまともな近代国家なのですが・・・・・


その統治のシンボルである天皇という存在と制度は、実は、テオクラシー(神政政治)に近い機能を持っている、ということです。昭和天皇が崩御された時のメディアの自粛などを見ると、天皇の発言や存在が、神政政治に近い立場を機能的に持っていることを示しています。


えっとですね、前にも書いたのですが、これって、昭和天皇の戦争責任を論じる時に、補助線となる考え方なんですね。


はっきりいって、立憲政治的には、常識で解釈すれば、天皇に戦争責任はありません。そんなのあたりまえです。明治憲法に「輔弼の責任」が記載されており、天皇自身に決定権がないのですから。運用上もそうです。ましてや、様々な歴史の一次資料や証言、、、それも第一級レベルのもので、裕仁天皇が、立憲君主たろう、その機能に、たとえ国難が訪れようとも殉じようという強い意志と節度があったことは、もう明白です。君主としては、素晴らしいですよ、マジで。


しかし、それでも、どうしても天皇への戦争責任を追及する声が絶えなかったのか?


それは、そもそも、日本における天皇という存在が、親政政治が可能な聖俗と宗教性の両方を持つ絶大な独裁権を持った存在であったからです。


また当時のナチスドイツのヒトラーや独裁的全体主義、ソビエトのような神権政治権力を行使しして、腐敗や貧困を撲滅・回避するという例があったため、、、、もし、裕仁天皇が自らの意思で、戦争を踏みとどまらせたり、逆に、もっと強いリーダーシップで戦争を勝利に導いたりすることが、「可能なだけの政治権力を保有していたからです」。実際、終戦も開戦も、天皇の意思に強く影響づけられています。立憲君主たるべきと、凄まじいプレッシャーと教育を受けていただけに、このことを死ぬほど嫌がっていたようですが。


ただ、事実は事実。確かに、天皇には、戦争責任を問われるだけの権力がありました。が、明治大帝より50年近い立憲政治の伝統を『上から』維持しようとした天皇家は、それを拒否して立憲政治を目指したため、憲法を大きく踏み越える決断をしませんでした。ようです。。。。このねじれ、が、戦争責任の問題だと僕は思います。


これって、イギリス国王のように、政治権力と宗教的権威が分離していると、絶対起きないことです。


つまり、もしイギリス国王が、戦争したいとか辞めたい!とかいっても、誰も真面目に聞きません。どんなにわめこうが、意思決定権は、議会と首相にあるのですから。けれど宗教的権威が同時にある天皇が議会に命令すれば、いっきに議論がひっくり返る可能性があります。「これ」をして、テオクラシーといいます。



『裕仁天皇の昭和史』山本七平著/英明で啓蒙的独裁君主を望んだ戦前の日本

http://ameblo.jp/petronius/entry-10001941342.html



えっと、どういうことかというと、ようはね、西ローマー的な教皇(=宗教)と国王(=世俗)という二元的な分割が出来ていないのです。ですから、ようは、宗教の自由がないのですね。


わかるかなぁ?、僕自身もよくわからないところなので(笑)


つまりね、心の中を支配するのは、教皇。身体を支配するのは、国王。このように分けることで、教皇に命令されれば、国王に逃げて、国王に命令されれば教皇に逃げるということで、内面の自由が生まれるのです。


けれど、政治権力には、往々にして、というか伝統的に政治と宗教的権威が一体化してしまいやすい。


むしろそれが分離している西ヨーロッパのほうが、歴史的に特異です。


そんでもって、日本の天皇家には、そうした機能がまだかなり強く残っている、と思うのです。まぁ戦後かなり、そういった機能も弱っているので、いざそれが政治的にこうするかどうか、は不明ですが、そういう特異な存在が、統治シンボル・統合機能を持っているというのは、よくいわれることです。


『山本七平の日本の歴史』山本七平著/天皇制を通して描く日本人論の極北

http://ameblo.jp/petronius/entry-10002600429.html


長くなったので、②につなげますが・・・・


ようは、こういう歴史的に統合機能を持っている存在を、これからどうしますか?というのが、この女系・女性天皇の根本テーマなんです。


けど、明らかにそういうベースの議論はされていませんでした。


もし、天皇家の権威や機能が、解体する方向で考えるならば・・・・・もちろん、女系になったからといって血縁カリスマが失われるかどうかは不明です、、、科学的に予測を立証できませんから・・・・けれども、仮にそうだ、とすれば



それが、日本が国王殺しをしたフランスのような共和制を目指すという志向になるわけです。


神話に連なる王権神授説的な、国王という機能を捨てて、壊して、それ以外に新しいものを、本当に作り出せることができるのか???


フランスでさえ、ドゴールやナポレオンの独裁を見ても、共和制による市民社会が、いかに壊れやすく、独裁的な権力を望むかが如実です。それなら、王がいたほうがいいじゃないか、というイギリスや王という擬似制度をつくったアメリカのほうが、たしかにプラグマティツクだなーと思います。


そういうもっと国家の存立基盤にかかわる、一般意思・・・・憲法意思に関わる問題として、これは考えるべき、と僕は思ったのですが・・・・

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著者: 山本 七平
タイトル: 山本七平の日本の歴史 (上)  
 
著者: 山本 七平
タイトル: 山本七平の日本の歴史 (下)  
★★★★★星5つです。

<<天皇制を通して描く日本人論の極北の一つ>>


一言でいうと、「天皇」を論じることを通して「日本人とはなにか?」という問いに答えた本。


古典を読みこなす膨大な知識とそれをまとめ上げる巨大な構想力は、ミステリーとも感じるほどの知的スリラーでした。


夏目漱石の『こころ』に典型的日本人像の類型を抽出し、実はその日本人像の典型が歴史を通して作り上げてきた政治思想が、天皇制であるとして、その歴史的な出発点を南北朝時代に見出している著作です。個人的には、最高に面白かった。


最近(05年3月)山本七平は、復刻ブームらしく感じる。書店で復刻をよく見る。『日本人と中国人』に『裕仁天皇の昭和史』なども、おもしろく読んだ。ぜひ、一読をお薦めする。山本七平の著作を読むと、いつも思うのは、「ものを考えることとは、ここまで徹底するんだな」と感心します。


基本的には、戦前の天皇崇拝時代に神格化された南朝の高級参謀にして正統論の著述家であった北畠親房『親皇正統記』を読み解くところから、南北朝時代の南朝の後醍醐天皇、北朝の花園院、そして、足利尊氏を通じて、現在の「天皇制」の核心となった仕組みが出来上がる過程を描いている。


僕は、見沢知廉の『天皇ごっこ』の後書きでブルセラ論争で左翼だと思っていた社会学者宮台真司が、「日本で世直しを考えるなら、論理的には天皇制しかないじゃないか」と天皇主義者に転換したことや、高橋克己の『邪宗門』を読んで、そうか「日本社会で本気でものを考え、行動するには『天皇』を避けて通れないのだな」と思っていました。


戦後生まれかつ生まれたときには、既に日本の経済力が世界一レベルで、物質的な豊かさが完全に揃ってしまった僕達のような世代では、あまりにナショナリティが弱く、天皇といっても、まじで実感は全然ないのだが、しかし普通にものを考えるのが好きだったり、本を読んでいれば「ここ」にぶち当たらなければ、知的不誠実だと思う。そして、結構なんちゃって読書家の僕から見て、少なくとも天皇制の議論を歴史から非常に広く、そして徹底的に考えた人物は、多分山本七平なんのだろうと、思い至っていま読み返しています。



この本の最初に矢沢永一さんが「論証がない」と言っている。それは、節々に確かに僕も感じる。論理が飛躍しているし、緻密な論証が欠けているし、壮大な構想力に比してあまりにも無防備な書きぶりは、まぁ学者ではなく評論家であったのだろうと感じる。下手をすると、想像力の豊かな小説家とすら感じる。そしてだからこそ、あれだけのポピュラリティーを獲得できたのだと思う。すげーおもしろいもん。わかりやすいし。


だから逆にいうと、この発想を学問的に黙殺するのは容易であろう。歴史学を根本から変えたといわれる網野史学が黙殺されているように。


山本さんは、フィリピンに学徒出陣として徴兵され、信じられない馬鹿で無能な帝国陸軍組織で、地獄を見ました。そのあまりに理不尽な体験が、「なぜ日本人がああなったのか?」という質問を、生涯持った人です。


司馬遼太郎が、ノモンハン事件で素手でソ連の機械化部隊に突入せよという馬鹿な命令を受けたことが、物書きとなる原点になったのと同じです。


ただ、昭和の日本人を描きたく小説家たろうとした司馬が、結局そこに手をつけられなかったのに比して、山本七平は、徹頭徹尾ターゲットを絞っている点は、正直な人だなと思いました。


ここでことさらに欠点を挙げてはいますが、その壮大な構想力と膨大な知識と、原理的なものまでさかのぼる知的誠実さは、とにかくすごいの一言です。僕は、『一下級将校の見た帝国陸軍』を読んで、時代的にてっきりいわゆる当時のリベラル左翼の人かと思っていたが(当時の論壇の状況など知らんし)、この本を読むと、かなりの徹底した天皇主義兼右翼と周りに規定されていた人なんだな、とビックリしました。



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