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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
マーシャル・ロー  

<<専門知識がないとわかりにくい世界>>


考えてみると、『ラストサムライ』のE・ズウィック監督作品なんだな。『ラストサムライ』は西部開拓とマニュフェストディスティニーへの贖罪意識が、テーマになっている。そう考えると、米国の原理的な問題点をテーマにしているのは、彼のライフテーマなのだな、と納得。 この作品も、米国特有の感覚を描き出している。


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それにしても、9.11の前に作られたというのうが不思議なほど今の対テロの現実をえぐっている。逆に言うと、それだけアメリカ社会にとっては、9.11のようなテロがいつ起きても不思議は無いという感触があったと言うことなんだろうね。エンターテイメント作家は、時に巫女や預言者のように時代を先取りするものだから。


しかし、こと「エンターテイメント」としては、とても分かりにくい。みなさんわかりましたか?。


複雑な話を見事にまとめていた、『戦火の勇気』のエドワード・ズウィック監督だったので、期待していたのだが。デンゼルワシントンの演技が、秀逸。しかし、その他の役者の存在感が、いまいちだった。なによりも、ブルースウイリスって、役が全然あっていない気がするのだが・・・(笑)。というか、脚本がうまくなかったような気が。


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この作品のテーマは、冒頭でもいったとおり米国特有の意識をテーマにしています。


たぶん、知らない人が見ても、全然なにを、テーマにしているかが、意味不明だと思います。たぶん、ほとんどのアメリカの一般人も分からないと思う(笑)。エドワード監督って、たぶん凄いインテリなんだと思う。


これは、米国の憲法にまつわる緊張を描いた作品なんです。


アメリカというのはとても変な国で、思いっきり国際法を無視する傾向があるんですよね(笑)。どうも、大陸国家には、ありがちなのだが、他の国と自分の国の境目が分からなくなってしまうことがよくあるのだ。


とはいえ、仮にもあれほど強烈な法治主義に貫かれた近代国家において、一情報機関であるCIAや政府が独走して、国際法を簡単に踏みにじり、他国の元首であるノリエガ将軍やイラクのフセイン大統領を逮捕したりするのは、物凄いおかしい。アメリカ国内でも、学者では、いくらなんでもひどいのではないか!という意見は多いそうだ。


まぁ、当たり前ですよね。


だって、どんな理由で、どんな正統性があって、他国の元首を裁くことができるのか?。そんな法律は、近代法であるわけがない。まことに持って、おかしな国です。捕まえてきた当の米国人が、これは近代法では裁けないと悩むくらいですから(笑)。


ことほどさように、米国というのは、かなり一部の価値観や勢力が、めちゃめちゃなレベルで暴走することがあるとても激しい国です。


たとえば、プロライフVSプロチョイスという、堕胎を認める認めないの議論では、アボーションクリニック(堕胎の医者)をめぐって、地域で銃撃戦や爆弾による戦闘(笑)があるのが日常!!な国なんですよ。日常的に内戦をしている国が、米国だと考えれば妥当だと思います。


こうした価値観と信仰における、内乱状態が継続する米国で、唯一それを調停する機能を持つのが、


合衆国憲法です。


まさに、近代のコンスティチューション(=憲法)の理念が、まさにまさに生きている国なのです。人工的な起源を持つアメリカらしいです。



だから太平洋戦争時の日系移民虐待行為(憲法違反として今なおアメリカで最大の歴史的恥部の一つ)などの憲法違反行為は、米国内で執拗に議論され、その評価を定めようと、物凄い労力が払われます。


この日常の内乱状態の妥協と解決施策の、正統性を支えるのが憲法なのです。


こういった合衆国憲法に対する、米国民のセンシテイヴな意識を知らないと、憲法の機能についてのこの作品内のキャラクターたちの葛藤が全然理解できません。


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この映画のテーマは、社会学者の宮台真司さんが何度か指摘しているが、安問題(パブリックセキュリティ)の問題を扱っている。


アメリカではで戒厳令が発令されたのは1862年のリンカーン大統領以来。その後違憲判決も出ているので、マーシャルロー(=戒厳令)にはとてもセンシティヴ。憲法によって、憲法の命令を一時停止するんだから、それも止む得まい。


国家の治安(現体制の維持)を守るための軍事力が、結局のところの市民社会や国家を支える憲法や法のシステムを崩壊させかねないということですね。

戒厳令を敷いて法律を停止させなければ、テロを防げない


しかし戒厳令を敷いて法律を停止させることは、テロよりも怖い法治国家、憲法に支えられた自由な社会を崩壊させてしまう


この矛盾の中で、それぞれは、何を守るのか?


この映画は、アメリカ社会のCIA、FBI、軍、政府などの組織がそれぞれ、どの理念や現実を背景に行動しているかを考えながら見ると、その緊張感はなかなかのものがあります。憲法や市民社会の自由の問題は、極めて抽象的なので、知らない人は、何を悩んでいるのか意味不明かもしれませんが。


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それから合衆国軍(US DEPARTMENT OF DEFENSE)



州兵(州軍/UNITED STATES NATIONAL GUARD)


の違いも重要。アメリカはもともと、独自の権限を持つ13の国家が連合して形成した国なので、そもそも州が物凄い権限を持っています。というか、ここで州と約すのは、少し誤訳で、Stateは国ですね。連邦政府が、フェデラリストの活躍と国土防衛の観点から強大になっていますが、それ以上に、独自性を重んじる州とのおっそろしいほどの緊張した対立がいつもアメリカにはあります。


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それと、これはアメリカからの視点でありアメリカの国内問題だけを扱っている視線を感じる。真の意味でのアラブ世界やアラブ系という他者は、感じられない。どうもアラブ人やパレスチナ人が理解不能に描かれすぎている気がするなぁ。でも、サイードのいうオリエンタリズムってそんなものかもしれないですねぇ。これをみると、アメリカ人がいかにいかに、アラブをオリエンタリズムという枠内で差別してみているかが、多分監督の演出にそんな意図がないだろうことがわかるだけに、強烈に感じます。


Amazon.co.jp引用
ニューヨークで、アラブゲリラの犯行とみられる連続テロ事件が発生した。動揺が広がるなか、アラブ系市民とほかの市民が一触即発状態になり、ついに軍は、アメリカ史上初の戒厳令(マーシャル・ロー)を施行する。ニューヨークは戦場となってしまうのか?
FBIとニューヨーク市警が共同で組織したテロリズム対策本部長のデンゼル・ワシントン、戒厳令軍総司令官のブルース・ウィリス、ミステリアスなCIA活動員のアネット・ベニング。それぞれが白熱の演技を披露する、ポリティカルアクションである。
テロリスト逮捕が先か、軍が市民に銃を向ける「暴発」が先か。サスペンスフルに展開するストーリーは目が離せない。監督のエドワード・ズウィックが脚本も担当している。(伊東文恵)
内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
『戦火の勇気』のE・ズウィック監督、『マルコムX』のD・ワシントン、『バグジー』のA・ベニング、『ジャッカル』のB・ウィリス出演で贈る話題のサスペンス。

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