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村上 春樹
回転木馬のデッド・ヒート
村上 春樹
神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

つなさんに貸していた『回転木馬のデットヒート』の記事上がっていたので、ちょっとうれしかった。でも、あんまりお気に召さなかったみたいだけれども(苦笑)。僕はまず薦めるのなら、この上記二作だと思う。読み易いし。。。。でも、変遷を追いたければ、最初から順に読んでいくと、最高なんだけれどもね。


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基本的に、村上春樹さんの小説には苦手意識を持っているのだけれど、これは割合するりと読めました。そう多く読んだわけではないので、勝手なイメージなのだけれど、村上春樹の小説は、言いたい事が、弾力のある何かにきっちりと包まれているような気がして、その手触りが何だか気持ち悪く感じてしまうのです。ま、こんな私でも、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、もう二十年近く前になるけど、結構楽しく読んだのだけれど。きっと村上春樹の言いたい事というか、核心には賛同出来るんだけど、その手段が時に私には合わないんだろうなぁ、と思います。「心臓を貫かれて 」など、翻訳はむしろいいなぁ、と思うしねえ



「回転木馬のデッド・ヒート」/人生はメリーゴーラウンド/日常&読んだ本log
http://ameblo.jp/tsuna11/entry-10050138423.html

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村上春樹の小説は、言いたい事が、弾力のある何かにきっちりと包まれているような気がして、その手触りが何だか気持ち悪く感じてしまうのです。


ちなみに、このフレーズはまさに同感。


しかしこれは、彼の本質であると思うのです。たしかに病的な感じを感じます。だから、彼の作品も描く世界も、愛しているし深く感涙するのですが、基本的には余裕がない時には読むのがツライと感じます。あれほど学生時代読み込んだのに、社会人になってから、とりわけ営業で人と話す、触れあう職業になってから、まったく読めなくなっています。あんなに好きだったのに・・・。読むと落ち込みそうなんです。


村上春樹著『回転木馬のデットヒート』/喪失感というテーマの導入書
http://petronius.ameblo.jp/petronius/entry-10001795047.html


ここで書いたとおり、それは合目的思考で生きる「目的を織り込んで生きる」現代人の生き方を否定してしまいかねない虚無感を、強烈に突き付けて来るからだと思います。本当は生きる目的も意味もないことをなんとか忘れてがんばっている社会人の心をぶち壊してくれそうですよ。


あの文体は、なにか、ズブッと(リアル=現実)に触れてないような、この不遇感、非現実感のある現代都市生活の在り方、心性の在り様を描くと、あのようになるのではないかな?と思うのです。


なぜアメリカでこれほど受け入れられるのかといえば、それはやはり、1920年代のスコット・フィッツジェラルドに代表されるアメリカ文学の都市を生きる孤独のテーマを、感じさせるからでしょう。この辺は、その前提を踏まえて読むと非常に共通性を感じます。村上春樹さんは、これが資本主義文明の極まった、快適で繁栄した都市の中で、、、、物質的な豊かさに囲まれながらも、一人自分の心の中に閉じこもっていく「ナルシシズムの地獄」を最も見事に描く現代作家だと僕は思います。

レイモンド・チャンドラー, 村上 春樹
ロング・グッドバイ
スコット フィッツジェラルド, Francis Scott Fitzgerald, 村上 春樹, 村上春樹
グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
マイケル ギルモア, Mikal Gilmore, 村上 春樹
心臓を貫かれて

よく、村上春樹の小説を、


「平易な文体で高度な内容を取り扱い、現実世界から非現実の異界へとシームレスに(=つなぎ目なく)移動する」


と、いいます。


これは、現代的な現実と非現実(=心の中の出口のないナルシシズムの地獄)のつなぎ目のなさ、現実感覚の異様な薄さのもっとも洗練された形式で、昨今のSFもアニメもライトノベルも、実はこの感覚の口当たりの良い一般化にすぎないと僕は感じている。この辺は興味深い論考なので、別途敷衍してみたいと思う。


J.D.サリンジャー, 村上 春樹
キャッチャー・イン・ザ・ライ
アスミック
サイダーハウス・ルール
John Irving
The Cider House Rules

アーヴィングなんかも同じ匂いを僕は感じます。ちなみに、まさかと思うでしょうが、アメリカの古い作品から順に読んでいくと、そこに住む都市生活者の感覚の変遷を感じて僕は凄く面白いと思います。


全然テイストが違うと思いますが、アメリカの真髄を表現する『素晴らしき我が人生』『スミス都へ行く』フランクキャプラ監督『宇宙の戦士』『銀河市民』を描いたロバート・A・ハインラインも、僕は似た匂いを感じます。もちろん『キリマンジャロの雪』を書いたアーネスト・ヘミングウェイにもね。アメリカの良心を代表しながらも国家のために戦争で死ぬことを賛美したフランクキャプラとハインラインや、退屈な日常に壊れていう自分を保つために、スペイン戦争などの義勇軍に参加したりや狩りにコミットしたヘミングウェイは、まさに都市生活者の不毛感覚を代表する人に僕は思えます。


マクロで考えると強い共通性を僕は感じるのです。もちろん時系列的な差はありますがね。


ホイットマン, 酒本 雅之
草の葉 (上) (岩波文庫)
ヘンリー・D. ソロー, Henry David Thoreau, 酒本 雅之
ウォールデン―森で生きる (ちくま学芸文庫)
 
ロバート・A・ハインライン, 野田 昌宏
銀河市民 (ハヤカワ名作セレクション ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A・ハインライン, 矢野 徹
宇宙の戦士
アーネスト ヘミングウェイ, Ernest Hemingway, 高見 浩
勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)


ちなみに、僕が村上春樹を人に薦める時は、上記の二冊か、『風の歌を聴け』か『国境の南太陽の西』かな。とりわけ、『国境の南太陽の西』は、まだ学生の頃に、友達ですらなかったの妻に借りて、たくさん感想を話した覚えがあるので、凄く思い入れのある本です。考えてみれば、凄い暗い話だけれども(苦笑)。

村上 春樹
風の歌を聴け

村上 春樹
国境の南、太陽の西 (講談社文庫)


なんというか・・・・・やはり現代日本を、そして地球上の発達した都市文明を代表する作家であるというのは、間違いないと思います。その観点からも、ノーベル文学賞を取って歴史に名を残してもおかしくない文学者だと僕は思いますよ。ノーベル賞がなくとも、十分時代を代表する人だと思うけれども。
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著者: 村上 龍
タイトル: 村上龍映画小説集  
 
著者: 村上 龍
タイトル: 村上龍映画小説集  

他の作家と似ているというのは、作家にとってあまりうれしいことではないのかもしれない。でも、村上春樹とそっくりだった。あまりのそっくりさに、読んでいて、あれ、これってハルキだっけ、と表紙を見返してしまったくらいです。


けれど、僕は、村上龍と村上春樹という作家は、アプローチこそ違うけれど、同じ対象を凝視していると思っていた。


この作品は、村上春樹の作品とすごく印象が似ている.主人公が言葉の意味を取り違えないように少し集中して聞くんだ、というシーンなんかは、とてもハルキ的な印象を与える。


村上龍の半自伝的作品で、武蔵野美術大学に入る前の予備校時代の自分が何ものでもない頃の作品です。なにも持っていないが故に、彼が何に渇望していたのかがすごくよくわかる作品です。


数々の映画の名シーンが出てきますが、『イージーライダー』のラストシーンは、僕も同じくスキでした.春樹の作品が、JAZZ好きにはたまらないように、映画が好きな人にはオススメの一品かも。

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著者: 村上 春樹
タイトル: 回転木馬のデッド・ヒート  


村上春樹は、よく『喪失感』を描く作家だといわれる。

それは、村上さんが1920年代アメリカのロストジェネレーション世代、たとえば『華麗なるギャッツビー』を書いたフィッツジェラルドなどを好んでいることからくる(翻訳もたくさん書いているしね) 。


 
著者: フィツジェラルド, 野崎 孝
タイトル: グレート・ギャツビー  
 
著者: フィッツジェラルド, 野崎 孝
タイトル: 偉大なギャツビー  
 
著者: フィッツジェラルド, Francis Scott Fitzgerald
タイトル: 華麗なるギャツビー  


哲学だとか評論などを好む人以外は、『喪失感』?っていわれてもピンとこないだろう。


実際僕もそうでした。


よく「ハルキのおもしろさって、どういうもの?」と質問されると、
へなへなとしゃがみこんでしまいそうになる。読まないと分からない、というのは、なんだか逃げの気もするし(笑)でも、説明しづらいのだ。


僕は、喪失感というものを「ああ・・・わかった」と思ったのは、この回転木馬の「プールサイド」という短編を読んだときだ。



読みやすいし、短いし、それでいて、深く心に残る・・・村上春樹の導入の本としては、『風の歌を聴け』や『ノルウェイの森』とともに一番優れているように感じます。




たぶん、みなさん経験があると思うけど、なんでこんなに恵まれているんだって思う自分よりスゴイと思うやつがいたとします。プールサイドの主人公は、そんな人生の成功者。でも、35歳で、男が望むだいたいのモノを手に入れてしまった彼は、なんとなく違和感みたいなものを抱えてていて、村上さんに相談します。


これは、人間が、お金や社会的地位や安定など、いわゆるブルジョワシーが望む物質的なものを全て手に入れたとしても、自分の中の心の空洞が必ずしも全て埋まるわけではない現実を、表わしています。みんなこういう意識があるからこそ、ライブドアの堀江貴文さんが「金がすべて」などという(笑)見もふたもない『一面の現実』を主張すると、激怒するのです。


前に日経ビジネスの特集で、有線ブロードネットワークス会長(いまのUSENのCEOでインテリジェンスの創業者ですね)のコメントで、


「目的のためだけに生きている自分を時々どうしようもない気がする」


といったコメントをして、驚いた事がある。彼のほどの若くして成功者が、何をそんなに諧謔するのだろうかと。でも、この本を読んで、その理由がわかった気がしました。



目的思考の合理主義者というのは、目的という檻の中にいる奴隷なんです。



だから近現代の、上昇志向的発想・・・・・・・・・・・・・お金に代表される立身出世やエコノミックアニマル、良い大学を出て良い会社、起業することなどなど、資本主義社会の基本である『合目的性』とは、合理的なロジックに、人間の魂が疎外されてしまうことを常に抱えることになってしまいます。



はっきりいって、「自己実現」と「合目的性」は、矛盾します。


みんな、転職したり、起業したり金と地位を手に入れたり、旅に出て世界をさすらえば、自分自身を手に入れられると勘違いしている言説が多く語られますが、「自己実現」つまり自己を極めることは、そういうことではありません(と、僕は思う)。



自己を極める話は、さておき、



何かを合理的に目的にしたがって「正しい手法」で、結果に突き進む時、


結果という未来は、自分の魂を支配する奴隷主になります。


ほんとうの「自己の望むこと」を見失って、喪失感を抱えてしまうのです。


現代資本主義社会の本義は、「合目的性」です。だから、資本主義が反映すればするほど、物質的には豊かになりますが、精神的に貧しくなりやすいのです。


そういうものを、まざまざと見せつけられる短編集でした。


さすがのハルキワールドです。
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著者: 村上 龍
タイトル: 最後の家族  
「家族という幻想」からの解放を描いた作品。

現代の家族を描けていると思う。「家族を、まとめよう、大事にしよう、一緒にいようという意識」がことごとく家族のメンバーを追い詰めていき、最終的には家族がバラバラになる(=家族を他者として認識する)ことによって家族が再生するというテーマは、「孤独を引き受けて自分独りで自立する」というテーマなのだ。現代は「家族」というマジックキーワードで、「個人が自立していくこと」からの逃避をしている。その告発を描いた作品。

とはいえ、所詮これは二番煎じのテーマ。

「家族の崩壊こそが家族の再生」というテーマの最初は、マンガ家山本直樹の『ありがとう』。たしか90年代の最初ぐらいだと思う。村上龍の作品がドラマの原作故か甘いテイストで書かれているのに比例し、レイプ・監禁・チーマー・家庭内暴力・家父長制度・新興宗教・リストカット・売春など僕らの日常身の回りにあるありふれた風景のなかで最もネガティブなものを描く姿勢は、凄まじい衝撃を与えます。この傑作マンガこそ、現代日本の家族の核心部分を表わした名作だと思う。それに比べると『最後の家族』は、まぁ普通の作品かな。

    


印象に残ったのは、ひきこもりに対する著者の解釈。僕は『共生虫』での解釈は間違っていたと思う。主人公は精神がおかしくなっていくが、その間にネット上でのやり取りがあるり、明らかに「メディアによる洗脳」のイメージで、ホラー『リング』のパクリ。また安易に「精神異常」と「犯罪」と「ひきこもり」の3点セットを、同一視する姿勢は分析が甘すぎる。明らかに当時の社会不安や噂に影響されすぎていて、「偏見」に過ぎない。

 
著者: 村上 龍
タイトル: 共生虫  

村上龍の秀作(例えば『悪魔のパス天使のゴール』『ストレンジ・デイス』)には、この手の作品が多い。はっきりいって駄作だと思う。

 

著者が、勉強・練習のために作品を書いているのがミエミエ。


まぁ、これが傑作につながって行くのもハッキリわかるので、無駄とは言い切れないが…。ただ、社会的影響力の大きな作家が、あまり偏見に資するのも、どうかとは思う。


それに比較して、この作品では、ひきこもりがそれなりにうまく描けていると思う。ナルシシズムが行き着いた「他者との距離関係がうまくとれない」という感覚をうまく描写できており、読者をひきこもりの長男に感情移入して、それを鮮やかに反転させる手法は、さすがうまいと思った。


もちろん「ひきこもりとは何か?」が本当に僕にも分かっているわけではないが、少なくとも安易に犯罪や精神異常と定義するべきではないと思う。「ひきこもりたい」という感覚は、単純に反社会的行為としてニート等を糾弾すべきではない。僕自身も、生きている意味・価値にそんなに強くコミットできるわけではないから。コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』にあるように、現代社会の宿命は「退屈」だから。

ちなみに僕は村上龍さんを「お勉強クン」と思っている。


山田詠美が、村上龍のマッチョぶりを評して


「この人はエコノミックアニマル世代のような修行を自分に課しすぎていて、疲れないのかな?」


と云っていたが、同感。スポーツに経済にという八面六臂の行動力思索の幅広さは、エコノミックアニマル的な「上昇志向」の持ち主であることを印象づけます。「働きすぎるほど働く」団塊の世代近辺の世代には、「ひきこもる」ことや「生きる意志がない」といった行為は許せない以上に困惑の対象なんでしょう。そういった行為を、『希望の国のエグソダス』では象徴に見出しているのも、聖と汚濁の反転を見るようで、興味深い。村上龍の凄いところは、通俗・偏見といった一番地べたの次元から高みへ上がっていく部分だと思う。全作品を読むと、その視点のダイナミックな動きが分かって興味深い。

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僕は、彼の最高傑作は、今の時点(05/5)ではこの作品だと思っています。


村上春樹は、分かりにくい作家です。


文章に読みなれていない人が。『羊をめぐる冒険』『ねじまき鳥クロニクル』などを読むと、チンプンカンプンでしょう。やはり、筋があって分かりやすく短い『回転木馬のデットヒート』『ノルウェイの森』あたりから始めるのが妥当だと思う。

村上春樹は、世界的な現代作家であり、日本を代表する小説家です。それは、アメリカ20年代のフィッツジェラルドらロストジェネレーションの世代を受け継ぐ正統な後継者であり、都市文明の中に住む人間の孤独を扱う大きな流れに即しているだからだと思います。

彼は、一言でいうと「喪失感」を描く作家といわれます。



「喪失感」とは何か?



はさておき、彼の小説に出てくる主人公は、一人っ子で、ナルシシズムの殻から脱出できず、いつも世界から距離を置いて眺めているため、その「距離」の分だけ疎外されて孤独感にさいなまれて生きている。これは、不毛な現代社会に生きる僕たちそのままの姿です。


近代資本主義社会の都市文明に生きる僕たちは、群集でこれほどの人数で群れながらも、なにか「大きなもの」や「仲間」とつながることを忘れて生きています。その渇望がノスタルジーとなり、ファシズムの狂気に利用されたりましてきました。


現代では、母なるものへの回帰は、基本的にすぐにファシズムや政治権力に利用されてしまうことも証明されています。たとえば、『海辺のカフカ』ではその母なるものへの回帰を描いていますが、テーマとしては後退ではないでしょうか。単純な大いなるものへの回帰は、既に笑い話にもならない時代だからです。



この作品は、6つの短編から構成されるオムニバス形式で様々な登場人物の小さな(一見関係ないような断片的な)ストーリーが、いくつも重なり合って一つの大きな物語に収斂したり、大きなテーマを浮かびあがらせています。


この作品を春樹の最高傑作だと思う理由は、『風の歌を聞け』『ノルウェイの森』での著者が抱いた疑問への答えがはっきり表現されているからです。


「蜂蜜パイ」などに包まれる聖なる温かさは、不思議な癒しすら感じました。最後の「これまでの小説とは違うものを書こう」と主人公が決意するシーンは、作者の宣言にも聞こえました。


そして、とりわけ「アイロンのある風景」は、短編であるにもかかわらず「焚き火」を通して、なにか大いなるもの、



単純な「母なるもの」ではないなにかへ触れる感覚



が表現されていて、唸りました。村上春樹ファン必見の傑作です。

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